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[27743] 【習作】魔法少女奇譚(魔法少女まどか☆マギカ×夜魔)
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/05/20 22:22
初めまして。ふーまと申します。

まどかを見てハマり、衝動的に書き始めてしまいました。
願いを叶えるということで連想してしまったので、あの人を出しました。
まどかのような作風が1年に1作くらいあればいいなあとか夢想してます。


なお、当作品には以下の要素が含まれています。

・クロスオーバー(甲田学人:夜魔、Missingの要素も少々)
・独自解釈
・シャルロット改造
・クロス元、原作に比べると相当甘口。

これでもオーケーという方はどうぞよろしくお願いします。

また、仕事の関係や、場合によっては原作見直しなどもするので更新は遅れぎみになったり、書き直し等やる可能性もあります。

5/20 2話の「夢」の最後に書き足し。



[27743] 邂逅
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/06/13 02:14
何度時を繰り返しただろうか、何度悲劇を見ただろうか。何度ワルプルギスの夜に挑み、何度破滅した彼女を見捨てて敗走しただろうか。
またいつもの病室に戻ってきた。やぼったい三つ編みと眼鏡が弱い自分を表していた。
鏡に映るその姿を見るたびに思い出す。自分を救ってくれた彼女を、自分の名前をほめてくれた彼女を、あの笑顔を、ともに笑いあった思い出を。

「まどかっ・・・」

泣いてしまいそうになる。だが私には感傷に浸っている暇はないのだ。交わした約束を果たさなければならないのだ。
そう、なんとしても彼女だけは助けなくては―――それが私の願いなのだから・・・




「――――――それだけではあるまい?」

突如として現れたその男は、「陰」を引き連れていた。
それは誇張でもなんでもなく、「彼」が現れた途端に突如として日が翳り―――光の注ぐ白く清潔な病室は一瞬にして鉄錆のようなにおいのする禍々しい闇に塗りつぶされた。
美貌の男だった。
戦前から迷い出たような、大時代な服装の男だった。
黒よりもなお暗い、それでいて全くの闇でもない夜色の外套に身を包み、「彼」は雰囲気の一変した世界の中央に超然と立っていた。

「魔女っ!?」

暁美ほむらを襲ったのは未知の体験による困惑と、眼前の男への恐怖だった。
暁美ほむらは魔法少女にして時間遡行者である。
魔法少女―――それは願いが叶うことと引き換えに世に害をもたらす魔女と呼ばれる怪物と戦う運命を持つモノたち。
ほむらはたった一人の友人を救うため、その願いによって同じ時間を数え切れないほど繰り返し、幾千という魔女と戦い、たった一つの出口を探し続けているのだ。
そう、何度もだ。
もはやほむらにとってこの期間に起こることで分からないことはないはずだった。
どんな魔女がいるかについては、種類や居場所、能力にいたるまで完全に把握していた。
それでもこの時間の迷路から抜け出せないのは、選択肢を一つ間違えると一直線に破滅へと突き進む他の魔法少女や、手を変え品を変え体を換えて契約を迫る白いケダモノ、強すぎるワルプルギスの夜と呼ばれる魔女といった、判っていても対処しきれない要因によるものである。
そんなほむらにとって、「彼」の出現は初めてのことだった。
気配すらなく魔女が現れるなど今までなかった。
まともな言葉をしゃべる、というよりまともな人型の魔女などいなかった。
そもそも男ではないか。
だが魔女の撒き散らす絶望と同じ気配が、そして魔女のそれよりも深く、暗い、暗い、闇がそこにはあった。
ほむらは動けなかった。
恐ろしかった。戦いへの恐怖ではない、純然たる闇への恐怖が体を縛っていた。


動けないほむらの困惑の中、「彼」は嗤った。
長髪に縁取られた、怖気をふるうほど端正な白い貌。その一部である口が、三日月形に切り取られたこのように薄く開かれ、嗤っていた。

「アレらと私とは、似て非なるモノだ。「願い」の果てに自らの『願望(のぞみ)』を失った、という点では同じようなものだがね。魔法少女にして時間遡行者、暁美ほむら。」

ほむらからどっ、と汗が噴き出す。

(なぜ、私の名前と魔法少女であることを知っているの?しかも魔女のことまで)

「・・・その問いには答えはない。応えることは可能だが、それは君にとって答えにはなってはいないだろう。」

(心を読んでいるの!?)

「彼」の嗤いが深くなる。それはほむらの問いへの、何よりも明確な答えだった。
そして恐らく・・・「心を読まれている」という答えは正しく、また正解ではない。

「何、そう身構えることはない。私は君の望みを守護するために来たのだ。
喜びたまえ、君の紡いできた因果の糸は、繰り返し廻された願いの輪は、私を手繰り寄せるまでにいたったのだから」

「・・・・・・あなたは・・・」

「何者か・・・か?」

言葉にならないほむらの台詞を「彼」は引き取った。そして詠うように、答えた。

「私は“夜闇の魔王”にして“名付けられし暗黒”。そして“叶えるもの”だ。だがもし、最も本質的かつ、無意味な名で私を呼ぶのであれば、私の名は神野陰之という。」

神野陰之・・・ほむらはかつて聞いたことがあった。この病院に来る前、羽間市の病院にいたころ、外で犬を散歩させていた少女に聞いた名だ。
たしか、その都市に棲むという魔人、人の望みを叶えるという生きた都市伝説。そして、まほうつかい。

(わたしを楽しませるための、ちょっとしたおしゃべりかと思っていたけれど、まさか実在したとはね・・・)

あの話の通りなら、この時間の迷路を抜け出すためのカードになるかもしれない。
だが、慎重にならねばいけなかった。
なぜなら、ほむら達魔法少女は、別の叶えるモノに騙され、悲劇を繰り返しているのだから。

「神野陰之、あなたは願いを叶えることで、何を得るつもりなの?」

「あの異星から来た「孵す者」と一緒にしないでくれたまえ。私は本当の『願望』を守護するものだ。「孵す者」共は上辺の願いでも叶えてしまうから、自らの本当の願望と向き合ったとき、それが叶わないことに魔法少女は絶望して魔女へと変わる。ひどいものだ。」

獰猛に、そして哀れむように「彼」は嗤い、続ける。

「私は君に何も求めることはない。ただそれが善であれ悪であれ、全て肯定して心の奥の本当の『願望』を叶えるだけだ。
暁美ほむら、他者の思いを踏みしだき、弱き心を持つもの、現実に苦しむもの、ともすれば自らも蹂躙して進む『願望』を持っているのだろう?」


「私は・・・」

返す言葉もなかった。ほむらは自分の願い―――親友のまどかを助ける―――ために他の全てを切り捨ててきた。なんとしても叶えたい『願望』を持っていた。

「さあ、ためらいを飲み干し、君の『願望』を言ってみたまえ。彼女を助ける以上の望みを、本当は持っているはずだ。君は、その欲深い憧れの行方にどのような明日を夢見るのだね?」

彼の言葉に嘘はない、誰よりも強く望むのならば、それがどのような結果につながるものであれ叶うだろうことがほむらの直感だった。

「私は、私の本当の『願望』は―――――」

ほむらは『願望』を口にする。この時の迷宮の中、心の底にしまいこんでいた、その実頼る全てであったが本当の『願望』を―――――



[27743]
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/05/20 22:21
鹿目まどかの眼前に広がっていたのは廃墟だった。
ビルは途中から折れて砕かれ、大地は水に飲み込まれていた。
空には暗雲が立ち込め、中央では布に覆われた台座から飛び出た巨大な歯車が回っていた。
だが良く見ればそれは台座などではなく、白と青で彩られたドレスを着た女性が逆さまになっていることがわかった。
女性だ、と思ったのは歯車を覆うスカートと女性特有の甲高い笑い声による印象だった。
嘲笑しているような、自嘲するような両方にも取れる笑い声だった。
それは人というにはあまりに巨大で無機質で、その貌には笑い声を上げる口以外の器官が存在していなかった。
鹿目まどかはあれがこの廃墟の元凶だと直感する。
あれはその歯車が止まる日まで、その悪意を持って延々と破壊の作業を続けるだろう。

その歯車を止める者は存在しないのだろうか。
鹿目まどかが思ったとき、一人の少女がビルの陰から飛び出した。
白を基調にしたスレンダーな制服のような衣装に身を包んだ長い黒髪の美少女だった。
強い意思を込めた瞳で歯車の怪物を見据え、一直線に飛び出していく。
だが、それは届かない。
怪物が放つ炎に足止めされ、投げられたビルが行く手を遮る。
かろうじてかわすものの、火の粉や破片は容赦なく少女を傷つけていく。

「そんな、こんなのってないよ……あんまりだよ!」

どうして彼女は絶望的な戦いを続けるのだろう。
どうして彼女は一人なのだろう。
彼女のそばにいるのに、どうして何もできないのだろう。
力があれば、彼女を助けてあげられるのに。
 
『仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。けれど彼女も覚悟の上だろう』

声が、聞こえた。
振り向けばそこにいたのは赤い目を持つ白い小動物だ。
猫の耳から毛のごとくたれ耳が伸びている、そんな不思議な生物がいた。

『諦めたらそれまでだ。けれど君なら運命を変えられる。
避け様のない滅びも、嘆きも、全て君が覆してしまえばいい。
その為の力が、君には備わってるんだから』


「本当、に? 私なんかでも、こんな結末を変えられるの?」

自分のように無力でなんのとりえも無い人間に、そんなことができるんだろうか。

『勿論だよ』

まどかの質問に頷き、白い生き物は言葉を続ける。

『だから、僕と契約して魔法少女になってよ』


「―――その願いは彼女の望むところではないし、君の願望も踏みにじられることになってしまうよ」

この悲劇を変えられるなら迷いなど無い、そう思い口を開こうとしたそのとき、いきなり背後から声がした。
いつの間に現れたのか。夜のように黒い男が立っていた。
ママよりも美しい顔で、それでいて眼前の少女と怪物の戦いが色あせるくらいの存在感があった。

「その願いの末路は、ほら・・・」

瞬間、映像が流れてきた。
これまでの廃墟とは違う、見慣れた普通の町並みだった。
ただ、そこに移る人を除いて、

「いやああああ、ママ、ママあああぁぁぁ・・・」
「助けて、助け・・・て・・・」
「何が起きて、うわあああああああ・・・」
「きょう・・・すけぇ・・・たすけ・・・」
「しづ・・・き・・・さ・・・」
「きょう・・・すけ・・・さ・・・」
「たつや・・・どうして、まどか・・・どこ」

人間の尊厳を無視した、冒涜的な映像が繰り返される。
苦しみの声をあげて倒れ、
輪郭が徐々に歪み、
ぐにゃり、と粘土のように腕が奇怪な方向を向き、
顔が、足が、腹が、背中が溶けぐずぐずと白い肉塊に崩れていく。
崩れた体からは魂らしき光が上へ上へと登っていく。
先生が、クラスメートが、親友が、ママが、パパが、たっくんが、形を失い、クズレテ・・・
崩れて逝く皆を笑いながら見下ろし、光を愛おしそうに愛でているのは・・・私?

「あなたが叶えたんだよ」

透き通った声が聞こえる。
純粋な笑いとはこんなものなのだろうか、と場違いにもそう思わせる声が。

「みんながひとつになって、争いの無い、みんなが仲良くなれる世界を」

(こんなの違う・・・いや・・・)

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ・・・・・・夢?」


鹿目まどかはごく一般的な中学二年生の少女だ。
主夫の父とキャリアウーマンの母、幼い弟を家族に持つ。
父親が主夫というのは珍しいが、それ以外は自分のことをごく普通の少女だと思っている。
そんな彼女の日常もそれにふさわしいものであり、いつもの朝ならば、起きて父にあいさつをし、弟とともにぐずる母を叩き起し、母とともに歯を磨いて、かっこいい母を見送り、まどかも家を出る、といった、幸せで平凡な模様が見られただろう。

だが、今日に限ってはあの悪夢のせいで、真夜中に目が覚めてしまった。
途中までは、自分がヒーローになって活躍できそうな雰囲気だったのに・・・
まどかは思うが、同時に思い出す。ぐずぐずと崩れる家族の顔を。
やけにリアルな夢だった。


(まさか・・・ね・・・)

そんなことあるわけない、これは夢だと思いつつも、不安はまどかを駆り立てる。
しん、とした生き物の気配が希薄な夜。
廊下を歩けばこつ、こつ、と自分の足音だけが響く。

(パパ、たっくん・・・)

二人の眠る父の寝室のドアに手をかける。
どっ、どっ、と自分の心音のみが響く中、きぃ、とドアを開けると、暗闇の中、

・・・二人はすやすやと眠っていた。

(そうだよね。やっぱりただの夢だよね・・・)

安心したまどかはため息をつき、念のため隣の母の部屋にも乗り込む。
相変わらずの間抜け顔を眺める。起きていればかっこいいのになあ。
安堵して去ろうとするも、やはり怖くなって母の布団に潜り込んだ。
中学生になったとはいえ、怖いものは怖いのだ。
母のぬくもりに、恐怖が薄れていくのを感じた。


翌朝、そんな二人をもう少し一緒に寝かせてあげようとした父の粋な計らいにより、
いつもの平穏な鹿目家は慌てる女性二人によって騒乱につつまれたのだった。



どたばたと外に飛び出し、駆け足で二人の親友と合流する。

「ごめん、さやかちゃん、仁美ちゃん。」

美樹さやかは青髪のショートカットで快活な少女であり、志筑仁美は緑髪のウェーブのかかったセミロングのおしとやかな少女である。

「遅いぞ、まどか!」

「まどかさん、おはようございます。」

三人でわいわいと話しながら、登校する。
仁美がまたラブレターをもらったこと、担任の交際が3ヶ月を超えるかどうか、などなど。
流れで、まどかのリボンの話になった。
慌しいなかで、母が選んでくれたものだ。
これでまどかもモテモテだ、とか言っていたが、パンを咥えながら言われても説得力がなかった。

「派手じゃない。変じゃないよね。」

そんなことを思い出しながら、まどかは不安げに問いかける。

「くぅー。かわいいじゃないのさ。
 これでまどかの隠れファンもメロメロだ-。
 獲られる前に私が嫁にもらってやるー。」

それを聞くなりさやかが笑って抱きついてくる。
さやかの体温を感じながら、昨夜の悪夢をふと思いだす。

(みんな生きてる、いつもの日常、それはとってもうれしいなって)

こんなに日常を大切だと思ったのは久しぶりだった。


「ああ、二人はそんな関係だったなんて。いけませんわー」

動かないまどかを見て、妄想が暴走して駆け出す仁美を二人が全力疾走で追いかけるのはそれから10秒後の話であった。



まどか達の通う見滝原中学校は変わった学校だ。
机やいすが床に収納可能だったり、大学入試レベルの数式が授業に出たりもする。
また、壁は全てガラス張りになっている。
開放感を出すというふれこみだが、授業の難易度による閉塞感やその形から水槽やら水族館とも呼ばれている。
そんな学校であろうと、なれきってしまった少女達は気にせずおしゃべりを続ける。。

「いやー。まどかの反応がおかしいと思ったら、怖い夢を見たせいなんてねえ。子供っぽいまどかもかわいいぞー。」

「昨日さやかちゃんが怖い話なんてさんざん聞かせるからだよ。」

「病院のぬいぐるみの話とかすごい怖がってたもんね。縫い目のほころびから人の指が飛び出てたり、眼が覗いてたりするって。」

「思い出させないでよー。」

「怖い話といえば、この水槽、ガラスに魚が泳いでることがあるらしいですわ。そして前にそれを見た生徒は、忽然と教室から姿を消し、三日後に水死体で見つかったとか。」

「仁美ちゃんまでやめてよ!」

まどかがつい声を荒げてしまったとき、がらっ、と音を立て、怒気をたぎらせた担任が入ってくる。

「いいですか。女子の皆さん!」

騒ぎすぎた。とまどか達は身構えた。

「卵の焼き加減にケチつけるような男とは交際しないように!!
 そして男子は!くれぐれもそういう大人にならないように!!!」

しかし始まったのはいつもの愚痴である。
そういえば、交際3ヶ月とまだ持ったほうだが、そろそろ危ないということを昨日話していたのだった。
担任には悪いが、彼女が振られるのを見ることで、平和な日常であることを実感する。
だが―――


「あー、あと転校生紹介しまーす。」

((そっちが先だろ(よ)))

生徒が心の中でつっこむ中、入ってきた少女を見てまどかに寒気が走った。
入ってきたのは、見覚えのある長い黒髪の美少女で、周囲がざわめいているが、それすら耳に入っては来なかった。

(あの人、昨夜の夢に・・・)

「暁美ほむらです。よろしく。」


――――――日常が、崩れた。



[27743] 再会
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/06/13 02:15
(ようやく、まどかに会える)

教室の扉の前で待つ暁美ほむらの心には少々の不安と、親友に会える大きな喜びとがあった。
たとえこの時間軸のまどかと自分は初対面であっても、どの時間軸でも優しく強いその魂に触れられるだけでほむらは幸せだった。

(ただ、神野陰之にまかせていたのがどうでるか・・・)

唯一不安なのはそこだった。
―――――
――――
―――
「それで、願望をかなえてくれるとは言ったけれど、あなたは何をしてくれるというの?」

自らの願望を神野陰之に伝えたほむらが問いかけた。

「君の願望に従い、彼女達を守護し、君の戦いの手助けをしよう。
 君の願望が彼女達の願望を超える限り、君の力となろう。」

魔人は嗤みを絶やさずその問いに応える。
しかしその答えはほむらにとっては不完全だ。
彼女が求めるものは明確な形をもつ力なのだから。

「具体的には?」

「君の目の届かぬ間、彼女達を魔女から、そして孵す者から守り通そう。
 最も、孵す者との契約に関しては、その祈りが本当の願望に繋がるものであり、君の願望を上回るものである場合に関してはそちらを優先せざるをえないがね。
 そしてソウルジェムの穢れは私が引き受けよう。
 好きなだけ力を使い、願望に従い邁進したまえ。」

神野はさも当然というふうに応える。

「ジェムの穢れまで!?」

まさに死活問題である問題に対してあっさりと解決策が示されたことにほむらにしては珍しく驚きの声を上げた。

「その程度造作も無いことだ。
 海に雫を一滴垂らしたところで海があふれるなどありえないだろう。」

人一人にとって抱えきれない、魂が壊れてしまうほどの穢れであろうと、眼前の、闇そのものといっていい男にはたいしたことはないのだろう。

(これは・・・思っていた以上ね)

神野の述べたことは、ほむらにとっては破格の条件である。
これまでのループでの失敗は、ほむら一人では余裕がなかったことにあった。
ほむらがやるべきことは、まどかの守護以外にも多い。

一つには他の魔法少女の守護。
ほむらが繰り返す1ヶ月の間には、ほむらとまどか以外にも魔法少女が二人、高確率で魔法少女になる者が一人存在する。
そのうちの一人は何年も戦い続けたベテランのくせになぜかこの一ヶ月の間に限って高確率で死亡し、この期間に魔法少女になる者は平均一週間で魔女化する。残りの一人もこの二人の破滅に巻き込まれて死亡する場合が多い。
やっかいなことこの上なく捨て置きたいところだが、最後に控える強敵、ワルプルギスの夜相手にするための戦力確保には彼女達が欲しいところであるし、何より彼女達の死はまどかを悲しませる。
だが、ほむら一人ではカバーしきれず、彼女達の破滅を阻止できないことがほとんどだった。

もう一つは武器の調達とグリーフシードの確保。
時間遡行の願いにより、時間停止の能力を手に入れたほむらであるが、その代わりに魔法少女としての攻撃能力が皆無であったため、武器を別に入手する必要があった。
自作の爆弾に加えて、ヤクザや自衛隊、在日米軍から火器や兵器をお借りしている。
魔法少女としての武器である左手の盾にいくらでも収納はできるが、良質な武器を入手するには遠出するなど時間が掛かるし、時間停止を長時間駆使する必要があるので魔力の消耗が激しく、グリーフシードを余分に入手する必要がある。
これらの作業は、最後に控えるワルプルギスの夜と戦うためには必須である。
しかし、武器の充実を優先して時間を使っているとまどかが契約したりほかの魔法少女が破滅し、かといってまどかや他の魔法少女を重視した場合、火力不足に陥りワルプルギスの夜相手に敗北したり、戦闘に時間がかかりすぎて街そのものが壊滅してしまったりする。
・・・長期戦のすえワルプルギスの夜を撃破したものの、戻ってきて見たものが家族の死体にすがりついて泣き喚くまどかだった時は、無言で時を戻したものだ。

時間遡行者である暁美ほむらにとって、その望む結末に至るために最も足りないものが時間であるというのはなんという皮肉だろうか。
それだからこそ、神野陰之によって生じる時間の余裕はほむらにとって重要なものだった。

「私はこれから転校までの間、この街を離れて武器を調達に行くわ。
 あなたが言ったこと、確かめさせてもらうわよ。」

ほむらは覚悟を決める。
目の前の魔人に頼るのならば、最大限利用させてもらおうと。
転校までの間、まどかたちに何かが起こるというのは統計的にありえなかった。
何もしなければまどかは魔法少女になるが、その理由も他愛もないものだったため、神野の守護を突破することもないだろう。
そこでこの期間は神野に任せて装備を充実させることに専念する。
もし神野が役に立たなかったとしても、早くにそれが判明したならば別の策を練ることもできる。
最悪でももう一周する覚悟を決めればよいだけの話だ。
そんなほむらの魂胆はとっくに見透かされているのだろうが、神野はドアを指差し、舞台の開幕を告げるように言葉を紡ぐだけだった。

「行きたまえ、君の願望のままに」

―――
――――
―――――
そしてつい昨日までほむらは見滝原を離れて武器を調達していた。
神野の言うとおり、どんなに時間停止を駆使してもソウルジェムが濁ることはなかった。
能力のほうは信用してもよさそうだが、あの暗黒の存在が近くにいてまどかに悪影響がおよんでいないかが心配だった。
そしてその心配は現実のものとなる。

「暁美ほむらです。よろしく。」

自己紹介の際、こちらを見たまどかがあからさまに怯えた目をしていた。



[27743] 接触
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/07/19 23:29
「鹿目まどか。貴女は自分の人生が、貴いと思う? 家族や友達を、大切にしてる?」

「え、えっと、大切だよ。
家族も、友達の皆も大好きで、とっても大事な人たちだよ。」

「本当に?」

「本当だよ。嘘なわけないよ。」

「そう。もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね」
 さもなければ、全てを失うことになる。
 あなたは、鹿目まどかのままでいればいい。
 今までどおり、そしてこれからも。」

―――――
――――
―――
これがいつもの時間軸におけるほむらとまどかとの最初の会話におけるやりとりであった。
まどかを魔法少女にしないがため、ほむらは警告を行うのが常であった。
例えその声が届かなくとも、自分を卑下し変わろうとしてしまうまどかを前にしては声をあげずにはいられなかったのだ。

だが、今回はその警告が発せられることはなかった。





どうしてこうなってしまったのか。
授業を受けながらも、ほむらは上の空だった。
自己紹介の際、自分を見たまどかが怯えた表情をしていたことについてだ。

(やはり、神野陰之に任せきりにしたのはまずかったかしら)

まあ原因には心当たりがある。
いくらほむらに利する存在であっても、あれは闇そのものだ。
いくらあのインキュベーターから守護するためとはいえ、あんなものを普通の女子中学生の側に置いていて何も無いと考えるほうがおかしい。
自分の願望の都合上、直接何かあったとは考えがたいが、恐怖体験でもしたのだろう、とほむらは考える。
しかもその中に自分が悪い役で出ていたようだ。

(私はまどかにそんなことしないのに・・・)

もっとも、かつての時間軸では警告の唐突さや断定的すぎる言い方がまどかを怯えさせていたことをほむらは知らないのだが。
つらつらとそんなことを考えていると、ほむらが集中していないのに気づいた教師に当てられてしまう。
普通ならあわてふためくところだが、ほむらはスイスイと問題を解いてしまう。
周りからは驚きの声が上がり、熱い視線がほむらに向けられるが当の本人の頭の中ではまどかとどう接触すべきかという考えが続いているだけだった。
この一ヶ月を延々と廻り続けるほむらにとっては、その間の授業範囲ならば数学の証明すら片手間でやれるほどになっていたのだ。


休み時間。
前の授業で下手に実力を披露してしまったため、ほむらの周りには多くの生徒が群れていた。
そんな姿を見ながら、まどかは今朝の夢のことを考えていた。
ただの夢、そう思いたい。
だが、その中で怪物と戦っていた少女はほむらにそっくりだった。
そして・・・思い出してしまう。
大切な家族や友達が肉塊に崩れていく姿を。

(こんな状態で暁美さんと話すことになったら何を話せばいいんだろう)

まどかは悩んでいた。
初対面の人間に怯えられるなど、それ自体がトラウマになってしまいかねない。
とはいえ、彼女の顔を見て、今日のトラウマレベルの夢を思い出すなというのも無理な話だ。

(できれば、今日は話すことがなければいいなあ)

明日なら、顔を合わせて話せるくらいには落ち着くだろう。
だが、そんなまどかの願いもむなしく、唐突にほむらに声を掛けられる。

「鹿目まどかさん。貴女、保険委員よね? 連れていってもらえるかしら……保健室に」






「あ、暁美さん、こっちだよ。」

まどかはぎこちなくほむらを案内する。
ほむらに動揺を隠そうとするあまり、他の動作もおかしくなっている。
周囲では美貌のほむらに対してざわめきが起こっているが、その中心の二人はほぼ無言で歩く。

「鹿目さん、大丈夫?
 私が言うのもなんだけど、あなたの方が保健室で休んだほうがよいのでは」

先に折れたのはほむらだ。
いつもの時間軸ならば沈黙に耐えられないのはまどかのほうで、なぜ自分を保険委員だと知っているのかなどとまどかが質問してきて、お互いの名前の話などになるはずだが、このまどかにはその余裕がないようだ。
原因が自分にあるであろうという負い目や、また、まどかの苦しむ姿を見たくないという思いから、できるだけやさしく声を掛けてみる。
さすがに、警告なんてしていられる雰囲気ではないと、さすがのほむらも感じていた。

「え、ああ、ごめん。
 私なら大丈夫、気を使わせちゃったかな。
 保険委員だってのに、これじゃ失格だよね。」

えへへっ、と笑いながらまどかが応えるが、無理をしているのを隠せない表情をしていた。

「いいえ、そんなことないわ。
 ただ、あなたは無理をしてるように見えたの。
 私を見たとき、驚いたような顔をしてたし、何かあったのなら話を聞くわ。」

「ああぁ、あれはね・・・」

まどかはいかにもばつの悪そうな顔をして、ためらいながらも声を出す。

「今朝、怖い夢を見ちゃったの。
 その中に暁美さんによく似た人がでてきて、それで暁美さんの顔を見てその夢を思い出しちゃっただけなの。
 ごめんね、初対面なのにいきなりこんな話しちゃって、おかしいよね私。」

まどかは正直に話すことを決めた。
たとえ自分が変に思われても、自分のせいで暁美さんが転校生活に不安を感じるのはいやだったのだ。

「そんなことないわ。
 話づらいことを話してくれてありがとう。
 それはただの夢よ。
 こんな可愛い子を怖がらせるなんて、夢の中の私は何をやっているのかしらね。」

まどかを励ますように、ほむらはにっこりと笑ってみる。
だが、それはちゃんと笑えているのだろうか。
まどかを救うため一人で戦い続けると決めて距離を置いてきた、この友人に微笑みかけたのはいつが最後だっただろうか。
歪な笑顔になっていないだろうか、またはその妄執から魔人と同じく嗤いに堕ちてはいないだろうか。
ほむらの微笑にまどかが恐怖したなら、ほむらの心は絶望に染まっていただろう。

「ありがとう、暁美さん。」

だが、まだほむらは笑うことができたようだ。
まどかも笑顔で返してくれた。
いつもの初めの接触においては、暁美さん、という他人行儀な呼び名や戸惑うまどかに距離を感じてしまい、ほむらは胸を締め付けられる思いに駆られていただろう。
そうすれば、ほむらはそのあふれんとする思いを抑えるために、突っぱねるような口調になった挙端的な警告のみを残して去るしかできなかっただろう。
ただ、笑顔と共に呼ばれたなら、呼び名など大したものに思えなくなる。
ゆえに、ほむらは穏やかな口調で返すことができた。

「ほむらでいいわ。」

「じゃあわたしも、まどかって呼んで。
 よろしくね、ほむらちゃん。」

まどかは手を差し出す。
その笑顔からは、だいぶ影が薄れたようだ。

「こちらこそよろしく、まどか。」

ほむらも笑顔を浮かべその手をとる。
ちゃんと笑えているか不安になりながらも。
お互いぎこちなさの残る笑顔ではあるものの二人の物語は再び交わり始まった。

まどかは、夢のことを打ち明けてもほむらが引いたりしなかったので安心していた。
そして、教室ではまだ誰も見ていないであろうその笑顔を見ることができてうれしかった。
そう、あれはただの夢だ。
新しい友達ができた、そのうれしさが闇を晴らしてくれた。
また、ほむらのほうも、何時ぶりか分からなくなってしまったが、またまどかと近づけた喜びをかみ締めていた。





「あははは、それが二人の馴れ初めか~。
 悪夢から始まる恋物語ってねー。
 二人に電波がずびびってかー。」

放課後、喫茶店にて鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美、暁美ほむらの四人がテーブルを囲んでいた。
大笑いしながら冒頭のセリフを吐いたのはさやかだ。
まどかは赤くなっておろおろしており、ほむらは憮然としている。
仁美に至ってはその二人を見てニコニコと笑っている。

そうしてお茶会が終わる頃には、上機嫌な二人と、恥ずかしさや怒りでむすっとした顔の二人が出来上がっていた。



お茶のお稽古に行くという仁美と別れ、まどか達は街を歩いていた。
さやかのおせっかいで、今日はほむらに街を案内することになっていた。

「なあなあ転校生~」

「ほむらでいいって言ってるでしょう、美樹さやか。」

「あ、ごめん。
 ってあんたも私のことフルネームで呼んでるじゃない。
 まどか相手みたいにさやかって呼んでよ。

「二人の仲を笑っておいてそれはないんじゃないの、美樹さやか。」

「あ、また~」

まどかの眼前ではさやかがほむらにからんでいる。

(ほむらちゃんも大変だな~。
 それにしてもさっきのさやかちゃんは笑いすぎだったよ。
 こんなのってないよ。)

まどかは先ほどさやかにからかわれたことを根に持っていた。
今日はとことんほむらちゃんの味方をしてやる、と思いほむらを援護しようと口を開いたそのとき、

(助けて、まどか)

まどかの耳にどこからともなく声が響いた。
声変わり前の少年のような声だ。
あたりを見渡してみるが、それらしき人物の姿は見えない。
それどころか、隣を歩くさやかとほむらには聞こえてすらいないのか、まるで反応を見せない。

(助けて・・・)

再び声が聞こえてくる。
その声は、絞りだすようにか細く、助けを求めていた。

「どこ、誰なの?
 待ってて、今助けに行くから」

まどかは助けを求められて放っておけるような性格ではなかった。
突き動かされるような衝動に心をとられ、さやかとほむらを置いて走りだしてしまう。
冷静になって考えれば、その現象のおかしさにと気づけただろう。

なぜ、自分にだけ声が届くのか?
なぜ、自分の名前を知っているのか?
なぜ、言ったことのない場所なのに、声の主のいる場所が脳内に映し出されるのか?

最も、彼女がこれらのことに不安を感じ、足を止めてしまうような少女だったのなら、この物語、暁美ほむらの戦いは始まりすらしなかっただろう。
鹿目まどかの持つ他者への共感と思いやりは、自分自身の保身などを追いやってしまうためだ。

「どうしたの?まどか」
(!まさか・・・)

いきなり走りだしたまどかに驚いてさやかが声を上げる。
ほむらも驚いていたが、それはまどかの奇行に対してではない。
インキュベーター、魔法少女を勧誘するモノ、そいつがまどかを呼んでいるのだということにはすぐに気づいた。
彼らは魔法少女及びその素質があるものに対してテレパシーを使うことができるのだ。
だが問題は、インキュベーターがまどかに助けを求めたことだ。
いつもの時間軸ならば、まどかとインキュベーターを遠ざけるためほむら自身が狩りを行っていたため、インキュベーターがまどかに助けを求めることも考えられただろう。
しかし今回の時間軸ではほむらは狩りを行ってはいない。
そもそもこの街の魔法少女、巴マミはインキュベーターと良好な関係を気づいているはずだった・・・それが無知から来るものだとしても。
まるで心当たりが無い上、神野陰之の結界を越えて両者が接触してしまうことは、ほむらを焦らせるには十分だった。

「待って、まどか!」
「っ!追いかけましょう。」

まどかを追い、駆け出したさやかを見てほむらも思考から再起動を果たして後を追った。


少女達の出会いは最初の印象にも関わらず良好なものではあった。
しかし、暁美ほむらの願望にも関わらず、この時間軸でも少女達は魔法少女の物語に巻き込まれることになる。




[27743] 使い魔との戦い
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/07/23 02:05
「誰、誰なの?」

まどかは声の主を探して歩いていた。
その歩みはゆっくりながらも、迷うことなく声の主の下へと向かっていく。
脳裏に浮かぶ声と映像をたよりに、着実に進む。

「どこ、どこにいるの?」

追いかけるのに集中していたためまどかは気づかない。
いつの間にか路地裏を超え、人のいない改装中のビルに入りこんでいたことを。
後ろからさやかとほむらが追いかけてはいるのだが、入り組んだ道に迷い未だ追いついてはいない。
まどかがたどり着いたのは、まだ使い道の決まっていないだろう寂れたワンフロアだ。
その中心に、傷つき倒れふす白い生き物がいた。

「助けて・・・」

その生き物が声をあげる。
まどかは自分を呼んでいたのがそれであると直感的に感じ取って駆け寄る。
猫の耳から毛のごとくたれ耳が伸びているようなそのデザインは夢で見たものであり、動物が喋るなど常識ではありえないことであるが、まどかはそのことに思い至るよりも先に体が動いていた。

「怪我してる、今助けてあげるから。」

「ありがとう、まどか。
 怪我は大丈夫。
 今は早く、僕を連れてここから離れるんだ。」
 
「それはどういう・・・」

「しまった、おそかった。」

どういう意味、とまどかが言うよりも前に、世界に変化が起こった。
景色がゆがみ、コンクリートの地面は色とりどりのタイルをばらまいたような色へと、無骨な柱は捩れた木や茨、洋館や騎士などを模ったオブジェへと変わっていく。
大量の蝶が舞い、地面に降りた蝶からは巨大な収穫前の綿花のようなものが生えてくる。
もはや壁も出口も見当たらなかった。

「ねえ、何これ!?」

「ごめん、まどか。
 君を巻き込んでしまった。」

まどかの恐怖する声に、白い生き物は息も絶え絶えに謝る。
その間にも、綿花の綿の部分からは立派な口髭が生えてまどか達を取り囲む。

Das sind mir unbekannte Blumen     (知らない花が咲いてるぞ)
Ja, sie sind mir auch unbekannt      (知らない花が咲いてるぞ)
Schneiden wir sie ab             (摘んでいこう)
Ja schneiden doch sie ab      {摘んでいこう)
Die Rosen schenken wir unserer Königin (女王に薔薇をプレゼント)
  
綿花たちは口々に歌いつつ、獲物を見つけたことを喜ぶかのように体をゆらし、人の顔であれば目に当たる部分に漆黒の穴を開けて笑う。
その手にあたる葉の部分からは茨が伸び、その先に鋏を持って、しょきん、しょきん、と
まどかを刈り取るべく近づいてくる。

「これ悪い夢、だよね?」

あまりのことにまどかはすっかり怯えている。

「ごめん、まどか。
 残念ながらこれは現実なんだ。
 でも君の秘める力なら、こいつらを倒して脱出できるはずだ。
 僕と契約して魔法少女になってくれさえすればね。」

「契約、それって・・・」

まどかはこの状況から逃れるため、その言葉に惹かれてしまう。
だが、そこから先は足元から立ち上った光によって遮られる。
立ち上った光はまどかを優しくつつみこみ、押し寄せる綿花たちを押しのけた。

「危ないところだったわね。」

そこにいたのは、まどかと同じ見滝原中学の制服を着た少女だった。
黄色い髪をツインの縦ロールにした大人びた少女で、手には光る石のようなものを持っている。

「キュゥべえを助けてくれてありがとう。
 おかげで大切な友達を失わずに済んだわ。
 でもね、キュゥべえ、助けを求めるなら私のような魔法少女を呼びなさい。
 もう少しで二人とも危ないところだったのよ。」

安堵した声でその少女は白い動物に話しかける。

「あの、あなたは・・・」

「私は巴マミ。
 見滝原中の三年生よ。」

「私、鹿目まどかっていいます。
 その子に呼ばれたんです。」

それを聞いた少女はくすっと笑うと、再び近づき始めた綿花たちを見渡す。

「それ以上は、一仕事終えたあとにね。」

そう言うと少女はその光る石を掲げる。
光が迸り、それに包まれた少女が優雅に回ると制服が消え、靴はブーツに、スカートは髪と同じ黄色に、そして胸元にも黄色いリボンが現れ、頭には帽子と髪飾りが追加された。
そのまま飛び上がり、少女が手を一振りすると何も無い宙から大量のマスケット銃が表れた。
そしてそれは一斉に発射され、綿花の群れをなぎ払った。
だが、

「まどかっ!!」

一匹打ち漏らしていたようだ。
ようやく追いついたほむらが、時間停止の魔法を使おうとするが間に合わない。

(こんなところで・・・)

感覚が暴走して時間が停止したようなその世界で、ほむらはまどかの首へとせまる鋏を見ていた。
そして―――ばちん、という音と共に、いつの間にか立っていた神野陰之の体に鋏が食い込み・・・ずたずたになった綿花の化け物が崩れ落ちた。







「ほむら、いきなりあわててどうしたの?
 それに何よその格好、いつ着替えたのよ?
 あれ、まどか、あんたがいきなり走り出すからどうしたのかと思ったよ。
 あれ、そしてそこの二人は誰?」

いきなり表れた神野陰之に固まっていた少女たちは、今になって表れたさやかの言葉を聞いて再起動を果たした。
始めに動いたのはマミだ。

「鹿目さんを助けてくれたのには礼を言うわ。
 でも貴方は何者なの?
 魔女に近い雰囲気をまとっている、返答次第では撃つわよ。」

マミはマスケットを神野に構え、警戒を崩さず問いかける。
そのいきなりの行動にさやかは息を呑んだ。
だがさやかに構っている余裕はマミにはなかった。
これは明らかに闇のモノだと、人ではないとマミの本能が告げていた。
これまで戦った魔女にこのような存在(そもそも目の前の者は男に見える)はいなかったし、またこれほどのモノもいなかった。
最後に使い魔を倒したその挙動はマミの眼をしても見切ることはできなかった。
それに確実に刺さったはずの鋏によるダメージもまるでないようだ。
もしこれが魔女の一種なら、魔法少女たるマミは戦わなければならないのだ。
冷や汗をかきながらも、動揺を隠し戦闘態勢を崩さないのはマミがベテランゆえである。
そんなマミのけなげさを暖かく見守るように、またその蟷螂の斧を嘲笑うかのように、嗤みを浮かべた神野が応える。

「私は願望を守護する者にして魔法そのものだ。」

警戒を崩さないながらも、マミは少し安心していた。
この返答なら、ほむらと呼ばれた少女の願いに関係あるらしい。
魔法そのものというなら、ほむらの固有魔法がこいつの召喚なのかもしれない。

「彼女の願いによって現れたということかしら。」

「彼女の願望が呼び出したという意味では正しいね。」

確認のために放った問いへの神野の返答は含むものではあったが、マミはそれで納得したように銃を降ろした。
魔法少女は奇跡を起こす存在だ、どんな願いならこんなものが湧いてくるのか納得は全然できないが、理解はできる。
それに、それ以上踏み込むのがためらわれたというのが大きい。
魔法少女にとってその原点たる祈りは大切なものだ。
やすやす踏み込んでいいものではない、とマミは思っている。

緊張を解いたマミだったが、その耳に聞こえてきたのはさやかの心配そうな声だった。

「ちょっとまどか、大丈夫?」

「あら、どうしたの鹿目さん。」

マミと神野の会話の裏で、まどかはずっと怯えていたようだ。
怪物に命を奪われかけただけでも普通の人間には激しすぎる体験だ。
そこに朝の夢に出てきたのと同じ生物、其の時と同じ衣装の暁美ほむらに、夢を悪夢に変質させた男が現れたら悪夢のフラッシュバックがそこに加わるには十分すぎるきっかけだ。
まどかの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

「ごめんなさい、怖がらせてしまって。
 あなたの前ではこの姿もあいつも見せるつもりはなかったのだけど。」

そこに声をかけたのは、心底すまなそうな顔をしているほむらだ。
夢の件についても、喫茶店で内容を聞いていた。
その夢はほむらを救おうとした挙句、魔女となったまどかが世界を滅ぼした時間軸の内容だった。
自分の願望が、結局まどかに望まぬ運命を歩ませてしまった時間軸、そして今なおそのことで苦しめる、それを心苦しく思っていた。

「あれはあんな感じだから、感受性が高いとあれに当てられて怖い思いをすることがあるの。
 こんなことになってしまったから出さざるをえなかったけれど、本当にすまないと思っているわ。
 あなたに危害を加えることはないし、味方だから心配しないで。」

「ううん、ありがとうほむらちゃん。
 助けてくれたんだもんね。」

ほむらの言葉は、心を閉ざしてきた期間の長さゆえ少々淡々としすぎていたが、その口調にあった心配する気持ちが伝わったのだろう、まどかは少し安心したようだった。

「でも、あの夢は・・・」

本当だったのかな? そのつぶやきがふとまどかの口からもれようとする。
それを遮ったのは神野だ。

「“あれ”は泡沫の夢にすぎないよ、鹿目まどか。
 “君”が気にやむことではない。」

そう言い切られ、出鼻をくじかれたまどかは口をつぐんでしまった。
それを機に沈黙が場を支配する。








「ねえ、せっかくだし、私の家で話を聞いていかない?
 改めて自己紹介するわ。
 私は巴マミ、見滝原中学の三年生よ。
 巻き込んでしまった以上、ちゃんと説明しないとね。」

その沈黙を破り、明るい声を挙げたのはマミだ。
その声にはまだ無理が見えたが、場の空気を変えるには十分だった。
さやかなどは、マミさんナイス、とばかりに親指を立てマミに見せてきた。

「そうだね、ぼくとしても素質のある子たちにはちゃんと説明したいし。」

それに乗ったのはキュゥべえだ。
傷ついていたこともあり会話に参加できなかったが、混乱するまどかをほむらに任せてもよいと判断したマミによって治療されており、ようやく復活したのだ。

「そうだね、マミさん。
 私は美樹さやかって言います。
 いろいろ聞かせてください。
 私は途中から来たのでいまいち状況がつかめてないんですよ。」

さやかがそれに追随する。

「ほむらちゃん・・・」

「そうね。
 こうなってしまった以上ちゃんと説明しなきゃいけないでしょうし、お邪魔しましょう。
 これ以上あなたを不安にさせたくないもの。」

不安がるまどかを安心させるように、ほむらもその誘いに乗った。
こうしてまどか達はマミの家へと向かう。
神野陰之はいつの間にか消えていた。


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