2030年
地球には魔法がある。
使う者はウィザードと呼ばれ、魔法という希少技能を有するおよそ1000人に1人は各国の法律によって守られ、ときに管理されてきた。
ウィザードを、法律を作ってまで管理する必要のある理由は危険性。
純粋な戦闘能力や超能力的な異能は管理されなければいけない。かといって人権がある事で社会的にウィザードの地位は高くなった。
ウィザードという理由だけで無試験無資格の癖に公務員になれるのだ。
まぁその桁外れの給料に見合う働きはしているはずである。
軍事行動、凶悪犯罪、レスキュー、医療、ネットワークと活躍の場は広いしウィザードが一人現場に入るだけで100人分の働きをするそうだ。
ウィザードの能力がいかに有能かわかって頂いたところで話は変わる。
ウィザードの養成についてだ。
ウィザードは生まれ持った技能だが生まれてすぐ使えるわけではないのだ。
ペットと呼ばれる金属(メタル)と半霊物質(ソウルマテリアル)が混ざった補助体が魔法発動に不可欠である。
それを与えるのが養成機関だ。
15歳から入れる養成機関。
つまり15歳未満は魔法を使えない。
日本では全国に4つある養成機関。北から北海道・東京・長野・兵庫にある養成機関は無料な上に月15万の給料が出る。
魔法が使えると言うだけでこの待遇。
全く以って格差社会。
まぁそれだけウィザードが有能という事だろう。
有名どころではアメリカのレスキュー―ベン・スミス。ドイツの医者―イレーナ・リーヴィヒ。日本の刑事―持田十治。同じく日本だが本名不明自称ハッカー―キンチョール。最後のキンチョールは知らないが前者3名はいずれも20代の若きウィザードだ。そいつらと言ったら、毎日取材取材仕事仕事。テレビの生インタビュー途中に仕事に駆り出されるのも茶飯事な忙しさっぷり。その癖顔はいい、性格も良しと結婚したい有名人(世界版)では必ず上位に君臨する。
なんというリア充。
俺こと、持田五紀15歳。侍デカ持田十治の弟である。
魔法素質がある自分は長野の養成機関に入る事になった。
なんでこうなった。
それは高校入学を控えた3月15日の事だった。
兄と兄の親友達の活躍を報道するテレビ番組を切ろうとした所だった。
テレビには魔法養成学校1期生(1期生はアメリカの養成機関だけ)の中でも有名どころのレスキューベン・スミスが先日起こった油田火災時に死者無しで解決した事についてのインタビューをしていた時だ。
『そう言えば、僕の親友の弟が養成機関に入るそうだね。応援してるよイツキ』
テレビの中で世界のベンがとんでも無いさわやかな笑顔で俺の名を言った。空耳か。いやありえない。
兄十治とベン。後ドイツの姉ちゃんが親友同士というのは世界的にも有名だ。しかしありえない。確かに今年度から高校課程に入る俺は養成機関に入る資格はある。だがしかし、俺は普通の高校に入学する予定のはずだ。
なら別人のはずだと、安心してテレビを消した。
テレビの画面が黒く変わったと思ったらポケットに入れていた携帯電話がデフォルトの飾りっ気の無い呼び出し音を鳴らした。
電話の相手には兄貴と一言。
なんだお前か。と舌打ちしたがしょうがなく呼び出しに応える事にして開いた携帯電話を耳に当てた。
『五紀か。俺だ』
渋く低い声はまぎれも無い耳元で囁かれたら一発で堕ちると女子に人気な兄の声。感情が籠らないから俺はあんまり好きじゃないが聞きなれた声だ。
「なんだよ、兄貴」
『すまない』
「?」
いきなり謝る兄に何を言ってるのかわからなくなる。
『ベンが早とちりしたせいでお前が・・』
「ベンさんならさっき見た番組で変な事言ってたよな」
俺が養成機関入るとか。まぁ人違いだろう。
『お前を無事普通高校に入れる事が一番大事だったのに・・』
「いや、何言ってるかわかんねぇんだけど」
『あ・・あぁ、すまない。お前が見た番組でベンが、イツキが養成校に入る事を示唆する発言をしただろう』
「あぁ」
『あの発言を受けた日本ウィザード連盟が俺の弟という立場のお前を無理やり養成校に突っ込んだ』
「は?」
『お前の名前が・・養成校の新入生の欄に載っている』
「はぁ!??待て、待ってくれ兄貴!だって、俺の魔法素質は兄貴が・・」
『バレた。ベンの発言が切欠で俺と養成校が隠していたお前の素質が連盟にバレた』
「バレたって・・どうすんだよそれ。拒否できんのか?」
『すまない。本当にすまない。ベンはとりあえず殴った。すぐに治るのはわかっていたがとりあえずボコボコにしておいたから諦めてほしい』
兄の言葉が裁判長の極刑判決に聞こえた。
ありえない。何してくれてんだよ名前通りの糞便ウンコ野郎。
俺がわざわざ兄貴の立場を利用して隠蔽し続けてきた魔法素質を便がバラしやがった。連盟にバレたなら恐らく拒否権無し。
「・・・・おいおいおいおい。あっ!そうだ!個人意思の尊重で一般企業就職の生活科にすれば」
『お前の名前が載ってたのは公務員養成課程だった』
「ぐあぁぁぁぁぁ!!!!」
『すまん。お前にまた俺の名を背負わせることに・・』
「それはいいんだよ・・別に今更どうこう思っちゃいねぇって」
俺が兄の名を重く感じてたのはかなり昔だ。すでに吹っ切れている。
「公務員課程だけどうにかならねぇのか・・ってならないか・・」
『逃げ道が無いわけじゃない』
「えっ!何?」
逃げ道。それはなんと甘美な響きだったろうか。その言葉に思わず飛びつく。
『生活態度を最悪にすることだ』
飛びついたのは今すぐ離れたくなるヘドロの言葉だった。いや、それは・・。
「ないだろ」
『だが、これくらいしか・・』
「それは兄貴に迷惑掛るだけだろ」
『む・・』
「わかった。わかったよ。行く・・・・そのかわり」
俺は兄貴と約束した。その約束はその時思った以上にその後の自分の人生を苦しめる結果となってしまったが・・。
―――――
養成校という国家機関とはいえ15歳が通う高校とそんなに変わらない。
ただ通常の学校よりも通常授業がきつく、その上で魔法課程があるだけだ。
通常授業課程は高校3年分を1年で終わらせ、2年時からは法律やマナー。3年時は全てが魔法授業に当てられる。1日8時から20時までの授業。死ね。本当に死ね。
なんだその授業密度。
死ねるぞ?
何が普通高校と変わらないだ。全く違うぞ。
現在養成校入校式。その式直前だ。
ブルーのブレザーが集う周りとスーツか着物の後ろ。
前も後ろも酷くざわついている。
理由はまぁ後ろの席の一人の日本人男性と二人の外人。お忍びなのか全員サングラスを掛けているがそのオーラや日ごろテレビでお馴染なその顔がばれない筈がない。
「おいアレ。あの3人組って・・」
「十治様!生十治様よ!」
「ベン様かっこいいー!!」
「生でイレーナ様を拝めるとは・・・・今日死んでも悔いはない!!」
俺を除くすべての視線がその3人に向かっている。というかなんで全員に様が付いているのか・・。
なんつー事をしてくれた。なんでここに来るんだよ。
入校式なんか一向にざわつきが収まらず、締りの無いものになってしまい、グダグダと各教室へ。
俺が割り振られた教室に行くとそこには人だかり。これはヒドイ。
人だかりを抜け教室に行くと先程視線を集めた3人が教室の後ろで並んでいた。その横の保護者とは1メートル離れている。どんだけやねん。
俺はあえて前から乗り込み、黒板に張り付けられている席順を見に行く。見て絶望した。
中央最後にある俺の名前。奇しくもアイツラのまんまえが自分の席だった。
「・・・・」
「イツキー。ゴメンよ僕のせいd――ゴフッ!」
「黙ってろウンコ野郎」
軽く挨拶をしようとしたウンコ野郎に腹パンを食らわせる日本人男性。いいぞもっとやれ。
「はい、皆さん席に座って下さい」
気付くと教卓に一人の女性の姿が。先生である。しかも養成校1期生であり、後ろの3人組の同級生で親友である。
「・・・・」
「おっ、ミオじゃないk――ガフッ!」
「黙ってろウンコ野郎」
「なんで殴るんだい!?僕は級友を見つけた事に喜びを言おうt――ギャッ!」
「うるさい。他人の迷惑を考えて」
「おぉぅ・・医者が人に怪我を負わせてもいいのかい?」
「無問題。怪我をしない人間に治療は無意味だわ」
黙れよ3人組。人の後ろで何くっちゃべってんだ。見ろ、先生を。迷惑そうにしてるじゃないか。
「おい、そこな3人組。邪魔だ出ていけ」
ビクッ!
「み、ミオ?」
「そこなアメリカ人は何故そこに居る?このクラスにアメリカ人の親戚が居る奴は一人もいないぞ?」
「「・・・・」」
「いや、僕は可愛い弟分達が・・」
「邪魔だ」
「オーマイガ・・」
とぼとぼと教室を後にするアメリカ人。いやウンコ。その後を追従する奥様方。いや奥様方いいのかそれで?
「さて、煩いのが居なくなった。諸君。まずは自己紹介だ。私は智坂澪。このクラスの担任で諸君の魔法授業を担当する。質問は?」
辺りをザッと見渡す智坂先生。どうやらひとりの女子生徒が手を上げたらしい。
「あの噂は本当なんですか!!?」
なんの噂だよ。
「・・・・なんの噂だ?」
「持田十治様の弟とイレーナ・リーヴィヒ様の妹がこのクラスに居るという噂です!!いえ、お二方がここに居る事はそれの証明!一体誰なんですか!?」
「知らん。それと後ろに居るのは倉田さんと望月さんだ。決して持田やリーヴィヒなんていう名前じゃない」
んー。ありがたい。しかし効果は覿面だ。
ある程度分かると思うが俺は本名でここに通っていない。ここでの俺は春原。春原五郎となっている。
俺が兄貴にお願いした事の一つがこれである。悔しい事に声以外俺と兄貴は似ていないが今回はそれが役立った。
兄貴は親父似で俺は母親似。俺は割と中性的なのだ。決して女顔ではないので注意だ。
ここでもう一つのお願いも言ってしまおう。
それは生贄である。
実は俺のように兄弟や親の権力で魔法素質を隠している奴は結構いる。
その一人・・アリッサ・リーヴィヒ。後ろに居るイレーナ・リーヴィヒの妹を生贄としてここに召喚したのだ。
ドイツ人であるアリッサだが、その血の4分の3が日本人である。つまり日本国籍を持てる彼女を無理やり日本国籍に移し替えて彼女はここに居るのだ。
イレーナさんのように外人とひと目でわからない日本人な容姿を持つ彼女もまた偽名で通う事になっており、名前は広江亜理紗。丁度俺の斜め前の席に居る眼鏡ちゃんだ。
「という事で噂は噂だ。そんな事実は無い。よって次にその噂の真偽を聞いてきた奴には入学早々グラウンドを走ってもらう。いいな?よし、質問が無いのならば次に行くぞ――」
説明は粛々と進み、およそ1時間ほどの説明の後、各自自己紹介となる。
これで今日は終わりだ。
「春原五郎です。趣味は昼寝で公務員課程に入った理由はコマッテイルヒトノタスケニナリタイカラデス」
およそ感情が籠っていない後半は半分の人が意図的に聞き流していた。俺のやる気が無い事は証明されたも同然である。
兄の名を汚すのはアレだがまぁ春原さんの名前を汚しても良いだろう。
特に反応も無く拍手を浴び、ぺこぺこと礼をしながら席に着く。
「アリ・・広江亜理紗です」
お、生贄さんの番か。
「趣味は音楽。公務員課程に入った理由は無理やり。その原因を作った野郎をぶちのめすためにここに来ました」
その自己紹介にクラスが凍りつく。いや、一番凍りついていたのは俺か。
まさかそんなに恨まれていたとは思っていなかった。
こんな大衆の前で平然とぶちのめす宣言を飛ばす奴はそういない。
明らかな殺意がにじみ出ている。
俺に向かって。
これは・・死ぬかもしれないなぁ・・。
―――――
ばれる事も無く初日が終了。兄貴とイレーナさん、ウンコ野郎は先に我が持田家に帰っているそうだ。今日はプチ同窓会だと・・。イレーナさんが来ると言う事は生贄さん改めアリッサが来ると言う事である。
学校のように自分の立場が自分を抑えてくれるわけではないので恐らく一発くらい殴られる。
まぁいいか。
終了後早々に抜けた俺は、さっさと自宅に帰る事にした。
中学から使用している馴染んだスクールバッグを肩に掛け、巨大な養成校の門を抜けた。
「おい、待てイツキ」
「あっ」
抜けた所で肩に手が置かれていた。白く長い綺麗な手が俺の肩に置かれ、すさまじい力と共にミチミチと音を鳴らしていた。そのジワジワと来る痛みに手の持ち主を把握するため後ろを向くと件の生贄、広江亜理紗。
「い、痛いんですが・・広江さ――ゴフッ!」
「広江じゃないわよ」
ではなく、アリッサ・リーヴィヒさん。いや様。
「とりあえず目立つからあんたん家行くわよ」
「・・・・はい」
早々に捕まった。あと予想以上に怒っていらっしゃるようで、恐らく一発では足りないと思われる。
―――――
養成校から30分歩いた所に我が家・・というかアパートがある。普通に寮を借りる事も出来たが、家が近いので我が家からの登校となっている。
寂れた築40年の2階建て木造アパートだが、先日のリフォームで内部はかなり豪華だ。
家賃は6万。
というかここの土地も建物も兄の物なので家賃なんかいらない。
改造され、3部屋あった部屋が一直線に繋がっているのが我が家である。広いリビングとバスルーム、トイレ。後は俺と兄の部屋とキッチンだ。兄は仕事で東京から帰ってこないので実質俺が一人で住んでいる。
「おかえりー」
出迎えたのは先程とぼとぼ帰っていったウンコ野郎もとい便・スミス。
「ただいまー」
「お邪魔します」
礼儀正しく一礼してから部屋に上がるアリッサ様。こう言うところが日本人ぽい。というか日本人の婆ちゃんがマナー教室を開くぐらいに厳しいとか聞いたことあるな。
「帰ってきたか。昼食を用意してある。手を洗って来なさい」
猫柄のエプロンを付ける兄の姿は久々だ。ファンに見せてやりたい。こう見えて兄は猫大好きである。ペットがあれなのにな・・。
「はいよ」
[アリッサ。お帰り]
[ただいま。姉さん。仕事は大丈夫なの?]
[うん。みんなにお願いしてきちゃった]
[働きすぎよ。丁度いい位だわ]
[フフ。みんなにも言われたわ。1週間位休んで来いって]
笑顔で会話する姉妹だが残念ながらドイツ語は俺に理解できるものではない。ダンケしかしらない。ダンケってなんて意味だっけ?
手を洗い、食卓に並ぶ5人。思えばここに5人で集まる事など何年振りだろうか?
「6年ぶりか。最後に集まったのは養成校の夏休みだったな」
「そうね。それから私は国の大学で医学を学んでいたし」
「僕は直ぐに現場に駆り出されたね」
「俺も似たようなものだ」
懐かしいのか過去を振り返る大人組3人の横で、俺は正座をさせられていた。脛の下には鉛筆が5本置いてある。
痛い痛いって。
「あの・・広江さ――」
「リーヴィヒよ。イツキ。反省してるのかしら?」
実は反省してません。
むしろザマァである。俺と同じく注目を浴びたくないし兄姉のようにきつい仕事が嫌だという理由で隠蔽してたのだから良いじゃねぇか。いい機会だよ。
「ハンセイシテマース」
「ふんっ!」
太ももに踏みつけ。→鉛筆が脛に食い込む。→超痛い。
「ギャッ!」
「私のっ!」
「グッ!」
「平穏をっ!」
「ギャァッ!」
「返せこの野郎!!!!」
「グワァァァァァァッッ!!!!!」
脛が折れるかと思った。
だが反省はしない。
―――――
主人公→懲りない
ヒロイン→拷問好き
アニキ→無自覚S
世界観設定なんかは適当です。こんなんなんか程度で思って下さい。