突然だが、前世療法というものをご存知だろうか。
これは催眠治療の一種で本人の意識を過去そして生まれる前に遡らせていくものだ。
もちろん本当に前世があるんだなんて治療を行う者達は考えていない。
無意識下で作り上げた前世というイメージを引き出し、それによって今本人が抱えている問題を解決するヒントにしよう、というものだ。
生まれ変わりだの前世だのが実在するという確たる証拠は1986年になっても一切発見されていない。
それが常識のはずだった。
だが、16歳の日系アメリカ人である僕がある事情から前世療法を受けた際にはかなり……いや、相当に規格はずれなイメージが浮かんだ。
前世として浮かび上がってきた僕の人生は、日本人としてBETAなどいない平穏な世界でそれなりに楽しい一生を過ごしたものだった。
現実にはお目にかかれないほど発達したゲームもかなり楽しんだのだが……。
その中に『マブラヴ オルタネイティヴ』(全年齢版)というゲームがあった。
まるで僕が現実に生きている世界のようにBETAに攻められる世界を描いたものだ。
それはいい。
問題は、その物語の中で描かれた我が祖国アメリカの姿だ。
かなり非道でありまた身勝手である。
無通告で友軍のど真ん中に新型爆弾を叩き込んだり、
他国でクーデターを扇動し、そのクーデターがなんとか解決されようとした時に空気を読めない発砲したり、
人類を救うための決死作戦において大ボス撃破よりもG元素確保を優先したりetc……
前世の人間(ゲーム大好きなありふれた日本人)になりきっていた僕はともかく、アメリカ人としての素に戻った自分としては非常に腹立たしい描かれ方をしていた。
意地汚い策謀をしているうえに、その動きはことごとく裏目に出てしまうのだ。
もし、この前世の記憶が真実だったら頭が痛い。
どうせ転生させてくれるのなら、悪役じゃなくて主役寄りであってほしかったと思ってしまう――もっとも望ましいのはBETAなんかがいない世界に生まれることだったんだろうが。
前世療法が終わって僕が意識をはっきりさせると、施療した先生は非常に難しい顔をしていた。
それはそうだろう、あまりにトリッキーなイメージだ。ここから問題解決のヒントを探せというのは無茶だろう。
一応医者としての義務感からか「日系アメリカ人である君は、二つのルーツの間で微妙な感情を抱いている」などと言っていたが適当な感じしかしなかった。
時間と金を無駄にしたな、と落胆して家に帰った僕はニュースを何気なくつけて絶句した。
『アメリカ政府、日本帝国より打診のあったF-15イーグルのライセンス生産・技術移転の案件について、拒否を正式決定』
アナウンサーが読み上げる言葉に、僕は呆然とした。
確か、前世療法中にやったゲームだとイーグルのデータは日本帝国にとって欠くべからざる重要なものになるはずだ。
イーグルを徹底研究した成果がなければ、吹雪・不知火・武御雷といった日本製第三世代機は誕生できない。
あわてて新聞を引っ張り出して、過去の関連記事を追った。
G弾を国家戦略の主軸に据えることを決定したアメリカ政府は、戦術機関連の予算を削りその機密度を下げる措置を行っていた、という僕の記憶は確かだった。
なら、なぜ日本帝国の提案を拒絶などしたのだろう?
前世でやったゲームの中でさえ、アメリカと日本帝国の仲が決定的に悪くなるのはかなり先のはずだ。
結局、僕は前世療法中に見たのはおかしな幻と割り切り、日々の暮らしに戻っていった。
日系アメリカ人がれっきとしたアメリカ人として認められて久しいとはいえ、まだまだ差別感情は根強い。
それを払拭する一助となるべく、僕はアメリカ陸軍士官学校を受験することに決めていた。
志望はもちろん花形の戦術機搭乗者・衛士課程だ。
G弾のために価値が下落傾向にあるとはいえ、対BETA戦の中核であるこの兵器の主になることは、合衆国でも少年少女達の憧れ。
受験準備に励む僕は、合間を縫ってニュースをチェックした。
『アメリカ軍、海外展開軍の縮小を発表。在外基地の縮小・撤廃相次ぐ。地元からは歓迎と困惑の声』
『大統領、教書にて新孤立主義を提唱。アメリカと世界各国の不和を認めた上で、全人類の統一性を優先しアメリカが自主的に身を引くことを発表。
国内外からは賛否両論』
『アメリカ全軍、軍備再編に着手。新型第二世代戦術機を北米防衛軍に優先・集中配備することを決定。海外の輸入希望国家からは悲鳴』
『アメリカ大統領府、G弾がもたらす未知の危険性に警鐘を鳴らす科学者グループをホワイトハウスに招聘、G弾戦略見直しを示唆。
少数学派への優遇措置に、学会からは疑問の声』
……非常にまずい展開だ。
あのゲーム内においてはアメリカは道化だ。間抜けな悪役だ。微妙なフォローはされているが……。
だがその悪役の行為が思わぬ結果を引き出したり他者に利用されることで人類は勝利への足がかりを掴む。そんな展開だったはず。
感情論を抜きにすれば、アメリカが悪者になって救われた世界のほうがみんなまとめて破滅よりはずっとマシ。
だが『現実』のアメリカは対外不干渉主義に舵を切った。それも、かなり極端なほうにだ。
米市民が他国のために犠牲になることに批判的な勢力は、大統領の豹変を歓迎したが。それ以外の勢力は非難轟々だ。
これが一体何をもたらすのか?
前世がどうしても気になり、混乱したが僕は士官学校受験のため自分の出自をまとめる作業に入った。
名前:アドル=ヤマキ
出自:日本人(後、アメリカ国籍取得)の父親・山木源之助と、日系アメリカ人の母・シズカとの間に長男として生まれる。
父方の祖父・山木武雄は日本帝国軍人として米軍を相手に勇戦。戦後、アメリカ軍に召喚される。戦犯として訴追されるのを覚悟するも――呼ばれた目的は
『ガダルカナル攻防戦において、劣勢の火力を補うため密林を利用した貴官の迂回打撃運動は見事だった。是非、我が海兵隊に教授してほしい』
というものだった。ドイツ軍からも相当数の人間を招いて話を聞いているらしい。
自分達が打ち負かし降伏させた敵からさえ貪欲に学ぶ姿勢――
祖父はそれまでアメリカに負けたのを国力のせいにしていたが、この一件で心底『負け』を確信。同時にアメリカに対する見方を一変させ、息子にアメリカ留学を勧めた。
そこで父と母は結ばれ、僕が生まれたわけだ。
なお父の職業はアメリカ陸軍嘱託の技術者。昨今宣伝されているG弾の研究に携わっていた。
母方の祖父は、差別にめげず苦学しアメリカ屈指の軍需企業であるボーニング社の重鎮に成り上がった大物だそうだが……娘の結婚に反対だったらしく、ろくに会った覚えがない。
……正直、『僕は戦争とはいえアメリカ軍人を多くぶっ殺した人間の孫ですが、アメリカ軍の幹部になりたいです』というのは試験官達にすごい印象が悪いかもしれない。
だが、出自を誤魔化すことはできない。これがあの『前世』のイメージを生み出した僕のコンプレックスなのだろうか。
――幸いなことに、僕の士官学校受験は成功。
その後は、厳しい訓練をこなすのに精一杯で前世療法のビジョンなどすっかり記憶の底におしやることになる。
米軍の士官は軍事の世界では『世界一優秀』と言われているが、その優秀な士官を作るための教育は世界一厳しいのだ。
余計な話だが、アメリカ軍の士官学校では最も優秀な生徒グループは工兵とか兵站の、戦争映画などではあまり日の当たらないコースを勧められることが多い。
このあたりは戦闘兵科偏重の国家とは一線を画すお国柄というやつだろう。
そのせいで、あまりに優秀すぎると希望コースに入れないという喜劇(本人には悲劇)もよくある。
……僕は、そんな心配とは無縁だったがね。幸い、衛士適性も平均以上はあったし。
僕と同じような前世療法をこっそりと受けに来ていたある合衆国高官が酷似した前世ビジョンを見ていた、と知るのは僕が卒業間近になってからだった。
久しぶりに治療をしてくれた人を訪ねた際、茶飲み話の中で聞かされた。
その高官はこういっていたそうだ。
『アメリカが世界を破滅させるぐらいなら、世界戦略を後退させたほうが良いに決まっているな。
まりもちゃんごめんよ、迷惑かけないから……日本帝国には徹底不干渉にするから。TDAは地獄だ』
と。
つまりイーグルを帝国に渡さなかったのは前世視点が加わったための善意の一環であったらしい。
いやどこか間違えているかもしれないが、前世の世界を幻だと考えている僕にはその判断に対する明確な反論はなかった。
(そもそも米高官に一士官候補生がオカルトがかった話をできるわけもない。望んでも会える可能性すら低いだろう……祖父のコネは期待できないし)
さらに少尉任官を目指して訓練を積んでいる間も、いろいろどきりとする話が流れてくるようになった。
前世の創作世界(漫画やアニメ)に影響を受けたとしか思えないような、奇妙な新兵器開発案がアメリカの軍や政府のあちこちから挙がるようになったのだ。
この現実の技術では、明らかに無理なものまで。
ゲッ○ーロボ開発。やめてくれBETAより危険な物体に成長するかも知れん。しかも試作機案からして名前に『真』とつくってなんだ。
デモンベイ○製造。この世界に人に化ける禁断の書物はないよ。それ以前に魔術なんてないよ、人工超能力はともかく。
モビル○ーツ研究。ミノ粉を発見してからいってください。あと月は抑えられているのでルナなチタニウムは製造無理だって。
半人型・人型に可変する戦闘機提案。戦闘機開発自体が実質とまっているのに無茶ぶりがすぎる。反応弾なら一応あるが……。
すべて兵器開発当局からは一笑にふされたものの……この世界、何かがおかしくなっている。
SF的なアイデアなら何人だろうがふっと思いついても不思議はないが、その実用を目指す方向性が明らかにアメリカ人らしくないのだ。
前世ビジョンを見て、かつそれを真に受けた人間が何人もいる様子だ、と思わざるをえなかった。
僕はひそかにおののいたが、具体的な行動は起こせなかった。
他国からいろいろと文句を言われながらも世界防衛の中枢を担っていたアメリカが消極姿勢に転じたことで、人類全体の戦況は悪化。
だがアメリカ政府は『それでもアメリカがでしゃばり、引っかきまわすよりは良い』と(他人から見れば不可解なほどの確信を持って)いい続け、援軍を縮小する一方だった。
特に在日米軍に関しては縮小と撤収が急ピッチで進んでいた。
新孤立主義、あるいは『小アメリカ主義』といわれる政治方針だ。
その代わりに前線諸国への支援物資の割当てを大幅に増やし、米軍で退役が決まったF-4やF-5などの第一世代戦術機を無料同然で譲渡するなど、後方兵站に徹する姿勢を強化。
待望のG弾が実用化したものの、『G弾威力圏に取り込まれた物質がエネルギーに転化された場合、地球規模の大破壊が起きる』という危惧が強く主張されたため、継続研究対象となった。
当然のように国連に提案していたアメリカ案も凍結だ。
アメリカは一から国家戦略を練り直す事になった。
そんな中、僕は正式に少尉任官し憧れの衛士となる。
奇妙な前世ビジョンを見てから、四年の歳月が流れていた。