チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[28947] 【ネタ・習作】英雄譚 その後
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/07/21 11:48
英雄譚 その後




「それで満足か?」
「そう思うなら医者に行け。」



屍山血河。
周囲の状況を表すのなら、正しくそんな状態だった。
大量の騎士達の死体とそこから流れ出る血と臓物の匂いはむせる程だ。
そんな中でただ一人の生者は霞の様な、影の様な者を話していた。


「やはり納得いかんか?」
「いや、納得はしてるよ。」


生者は勇者だった。
国一番の武勇の資質を持ち、神殿の神託を受けて選ばれた者。
しかし、何の変哲もない孤児だった彼がどうして英雄として祭り上げられたのか?


「人身御供だったんだろ。」
「その通り。」


勇者は天に属する者。故に使命である魔王を退治を終えれば、天に返さなければならない。
何処の誰かが言い出したかは知らないが、どうせ碌でもない城住まいの連中だろう。
為政者よりも人気のある存在など、連中の権威を揺るがす不安の種でしかない。


「だからか。勇者の息子やら親族やらの話を聞いた事が無いのは。」
「先代も、先々代、そのまた先代もな。ずっと続いている。」


 ふーんと、血まみれの状態で勇者は陰をじっと見る。


「なぁ魔王よ。」
「なんだ勇者よ。」


勇者は己が倒した、最早影程度にしか存在できぬ怨敵を見る。


「オレのダチ2人はどうした。」
「魔法使いは宮廷入り、戦士は将軍職に就いた。」
「はなっからそういう約束?」
「あぁ、2人とも国には逆らえんからな。」
「ふーん。」


思い出すのは魔王を倒した直後の事。
最後の一撃を叩きこんだ勇者に贈られたのは称賛の声でも名誉でも巨万の富でも役職でもない。
さっきまで仲間だった男の剣だった。


「死ぬぞ、勇者よ。」
「だろうね。」


勇者は国の底辺の中でも更に底辺で生きていた。
泥を啜り、生ゴミを口に入れ、盗みを働く。
そうまでやってまだ生きられるか怪しい日常。
そして同じような立場の者達と庇い合うでは無く、奪い合う日々。
だからこそ、勇者に選ばれ、称賛と名誉を与えられる日々に違和感を持つ。
だからこそ、最後の最後に起きた裏切りに怒る前に納得した。


「よく手負いの身で騎士団一つ落としたものだな。流石は歴代最強。」
「こいつらが勝手にオレが対人戦の素人だって思ってたからだよ。」


普通、勇者なら人の「斬り方」など知らない。
だが、この勇者はその育ち故に人の効率的な殺傷方法を知っていた。


「…普通の人間なら、恨むと思うぞ?」
「納得してるからな。あんまり思わない。」


はぁ、と魔王が溜息をついた(様な感じがした)。


「我の元につかんか?」
「ついても特になー。」
「まぁどの道貴様を助ける予定だがな。」
「ひでぇ。」


けらけらと笑う勇者に魔王は本当に呆れた(様な感じがした)。


「そなたが死ねば、我が復活した頃に新たな勇者が生まれる。我らとしてはそれは阻止したい。」
「ふーん。」


半死人1人生かすだけで将来の禍根が一つ消えるのならお釣りが来て余りある。
魔王の判断に勇者は納得した。


「貴様は本当に淡白だな…。」
「逆にオレにはお前らがなんでそんな深く考えるのか解らん。」


所詮は学の無い身さ、と勇者は笑った。







勇者はその後、魔王の部下達の治療を受け、生き永らえた。
ただし、以前よりも弱い身体でだ。勿論、簡単な魔法すら使えない。
それでもその寿命は魔王と並ぶほどと医者に太鼓判を押される程に伸びた。
力を代価に命を得る。そういう術なのだそうだ。

それからは魔王領の隅では小さな畑を耕して暮らした。
暮らしていく内に魔王領は徐々に豊かになっていった。
人間の国からの侵攻の痛手は、徐々にだが癒えていった。
そう、侵攻。
魔王率いる魔物達は一切侵略行動をしていなかった。
ただ欲の皮の突っ張った神殿と国が協力して人類勢力のものではない魔王領に侵攻していただけだった。
まぁ、真実はそんなものだろう。
勇者は畑を耕している。

そして20年も経つと、魔王は漸く実体を持つようになった。
この時、勇者の外観は以前と全く変化していない。

「なぁ勇者よ。」
「なんだよ。」
「客に茶ぐらい出せんのか?」
「欲しいなら自分でな。」
「……………。」

黙々と自分で茶を淹れる魔王が見れるのは、魔王領広しと言えどここ位なものである。

「人間が侵攻を開始した。」
「勇者は?」
「いない。だが英雄を立てている。」
「んん?」
「お前の友人だった戦士だ。」
「へー。」

将軍職に就いたとは聞いていたが、厄介な役目を押し付けられたものである。
以前からクソ真面目な奴だったが、今回もその性格のせいで災難に会っているらしい。

「で?」
「勇者がいないからな。野生の魔獣に食われて死ぬさ。」
「本音は?」
「殺して首を晒してやりたい。」

こいつ(魔王)の本音もここ20年でよく聞くようになった。
恐らくこの魔王領で唯一自身に勝った相手だからだろうか?面倒な事である。

「まぁ、死んだら少し位は祈ってやるさ。」
「うむ。邪魔したな。」

そして魔王は去っていった。

半年後、勇者は戦場跡で半ばから折れた剣を拾った。
暫くして、勇者の家の近くに墓が立てられた。





更に20年後

「そなた、○○○か?」

随分と懐かしい名前を言われた。
この魔王領では自分は勇者としか呼ばれていない。

「お前、魔法使いか?」

白く長い髭と髪、皺苦茶になった顔で解り辛いが、所々に仲間だった魔法使いの面影が見える。

「帰んな。老い先短い老人が来る所じゃねぇぞ。」
「そなたは何故死なぬ。」

年のせいで微妙に威厳がついたのか、魔法使いは退かずに聞いてきた。

「力と引き換えに、オレは簡単に死なないようになったらしい。」
「そうか。では弱くなったのだな。」

魔法使いが右手に持った杖を向ける。
だが、それよりも先にオレの持っていた鍬が右手を斬り飛ばした。

「王様からか。」
「家族を…人質に取られた……。」

死に体の状態で、魔法使いはそう言った。
それでも油断なく予備の杖を向けて来るあたり、以前からの抜け目無さが見て取れる。

「でもさ、もう死んでんじゃないか?」

魔法使いは答えない。
聡い彼なら解っている筈だ。人質を取って生かすよりも死体を隠蔽した方が後腐れが無い。
ましてや人質に取っているのは嘗て自分を排除しようとした連中だろう。
それでも魔法使いは杖を振るった。

「おいおい…。」

後に残ったのは肉片だけ。
魔法使いは自爆した。
勇者には、傷一つ無かった。

「死にに来るなら死にに来たと、そう言えってのに…。」

勇者はその後、家の近くに二つ目の墓を立てた。






「そなたが勇者か?」

更に20年後、客が来た。

「誰?」
「妾は魔王の娘じゃ!」

ちんまい娘が無い胸を張っている。

「えらいねーえらいねー。親父さんに良い茶葉できたって伝えてくれる?」
「うむ!ちち様にしっかり伝えて…ってアホかー!!」

蹴りが飛ぶ。避ける。畑に突っ込む。叱る。

「ううぅぅぅ…ッ!」

睨みつけて来る褐色ロリ。
はっはっは、恨むなた自分を恨むのだな。
勇者は自慢の畑を荒らされて、ちょっと怒っている。

「あいつ、来ないのか?」
「…最近忙しいのじゃ。」

途端にむくれる褐色娘。
成る程甘えたい盛りか、と納得する勇者。

「じゃ茶葉を届けてくれ。」
「うむ、任されよ!」










[28947] 【ネタ・習作】英雄譚 その後 2
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/07/21 22:00

英雄譚 その後 2



「最近来ないな、魔王。」
「ちち様は忙しいのじゃ。」

ズズズと新茶を一啜り。

「働けよ娘。」
「働かんのか勇者?」

ぐい(勇者が魔王娘の角を掴む)
ぐい(魔王娘が勇者の襟首を掴む)

「オレは毎日畑耕してんの。この二ート娘。」
「妾も毎日勉強しとるのじゃ。」

ぎぎぎぎぎぎぎ…(力を込め続ける)

「やめるか。」
「そじゃの。」

ズズズとまた啜る。

「で、正味な所どうなの?」
「何がじゃ。」
「人類側の侵攻。」

それきり魔王娘は黙った。
気付かないとでも思っていたのだろうか?
これでも元勇者。戦の気配位は察知できる。

「…今回は勇者はおらぬが、数が多い。」
「唯一魔物に勝ってるとこだからな。そりゃ利用するさ。」

人間は個々の魔力・体力では魔物に絶対勝てない。
知恵は同等程度で、戦術・戦略面も然したる優位性はない。
だが、こと繁殖力に関して言えば人間は魔物の3倍を超える。

「ちち様達ならきっと勝つ。」
「だろうな。」

そう、あの魔王はきっと勝つだろう。
だが、戦に勝ったとしても、魔王領が荒廃すれば意味は無い。
最後は人類勢力に呑まれていくだろう。





3年後、戦の気配が止んだ。
そして、荒廃の気配が漂い始めた。

「酷いな、これは。」

危険な魔獣の生息地であるここは魔物も寄り付かない。
だと言うのに時々高位の魔物がここを訪れて作物を物々交換していく。
…大丈夫か魔王領。

「あのジャリに期待、かな。」





1年後、暫くぶりに魔王娘が来た。

「来たなジャリ。」
「来たぞ勇者。」

一番いい茶を入れ、一息。

「…ちち様は死んだよ。」
「そっか。」

懐から出したのは、指輪
魔王が何時も身に着けていたものだ。

「死因は?」
「先代勇者の剣で貫かれた。」

勇者は天から選ばれた、この世で唯一魔王を殺せる人間だ。
勇者が身に付けていた物は持ち主の性質を僅かばかりだが受け継ぐ。
しかし年月と共に劣化するので、現存する対魔王属性を持つ武器は無いに等しい。
かく言うオレは旅に出てから一度も装備を変えていないので無問題。

「何か言ってた?」
「そのまま生き続けてほしい。魔王領が人類と対等になれるまで。」
「嫌な事言うなぁ。」

勇者の返事に魔王娘、もとい現魔王はうぐっと涙ぐむ。
魔王領は広大で、資源も多い。
その反面、魔王の政策を隅々まで行き渡らせるのは非常に難しい。
また、ここ程じゃないが魔獣の問題もある。
開拓する場所が殆ど無くなり、技術・戦術・法ばかりが戦争と共に進化し続ける人類と対等の立場を持つには、それこそ何百年掛かるか解らない。


だが、勇者さえいなければ魔王を殺す事はほぼ不可能となる。
それはこの現魔王という優秀な為政者が、人間よりも遥かに長い治世を持つという事だ。


「いいよ。でも、その指輪は置いてってくれ。」
「解ったのじゃ。」

現魔王は忙しい。
もうジャリとは言えない彼女は、そうそうに仕事に戻っていった。

「…ったく、面倒事を持ってくんなよ。」

翌日、家の近くの墓が三つに増えた。





400年後、初めて2人の客が来た。
1人は老いが見えるようになった現魔王。
もう一人は前魔王によく似た角を持つ褐色少年。

「久しいのぅ。」
「そうだな。」

一番良い茶を淹れて、一啜り。

「終わったよ。」
「お疲れさん。」

じっと見つめられているのをスルーしつつ、話を続ける。

「なんとか人類側との交流も安定した。神殿も改革派が主導権を握った。人類側の開拓の矛先も他の大陸に向かった。」
「後継ぎもできた、か?」

その言葉に、ただ微笑む現魔王。
どこか、仲間の魔法使いが最後に見せた笑顔と似ていた。

「そなたはどうする?」
「もう死んでもいいってか?」
「そうじゃ。飽きたろう?」
「そこそこな。」

ズズズと一啜り。

「お前は?」
「疲れた。」
「そっか。」

ズズズ。

「そのガキ、どうだ?」
「聡い子じゃ。妾が教える事はもう無い。」
「だってよ?」
「…………。」

ガキは何も言わない。
ただ、母親をじっと見つめるだけだ。

「泊っても良いかの?」
「好きにしな。一応、予備のベットはあるからな。」
「では遠慮無く。」

その夜、現魔王は息子と一緒のベッドに入った。
息子は嫌がりそうなものだが、黙って一緒に寝入った。

次の日、家の近くの墓が4つになった。

「1人で帰れるか?」
「………。」(こくん)
「そっか。じゃ、達者でな。」

息子は1人で帰っていった。
その足元には、点々と染みが残っていた。

「…泣きたい時くらい、思いっきり泣きやがれってんだ。」





魔王領の奥深く。
強力な魔獣が住む森の奥。
そこには目立たない一軒家があるという。
その周りには普通の畑と墓がある。
畑はいつも作物があり、品物を交換してもらえる。
作物は時期によって色々あるが、いつも茶葉だけは豊かだという。

墓はいつも綺麗で、丁寧に世話をされている。
それらの墓は過去の魔王達の墓の他に、二つの人間の英雄の墓があるそうだ。
どうして人間の墓まであるのか?
それはそこを管理する墓守の友人達だからだ。
墓守は代々の魔王の友人だ。
何時の頃から、ずっとそこで墓守をしている。
代々の魔王は先代に連れられて、或いは位に就いた時、相談事がある時などにここを訪れる。
そして最後に後継者を決めて己の死期を悟ると、後継者を連れて訪れる。
そして、先代達と同じ様にここの墓に入る。

辛くはないのか、と誰かが問うと
墓守は「さぁな」と言って、畑に向かう。

墓守はこれからも気の遠くなる位長く墓守であり続けるのだろう。









[28947] 【ネタ・習作】英雄譚 その後 外伝
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/07/22 22:21
英雄譚 その後 外伝1



剣を振るう。
盾をぶつける。
籠手で殴る。
魔獣の群れの真っ只中で、男は1人死闘を続ける。

既に率いていた部隊は男を残して文字通り全滅。
増援(否、もはや救援レベル)の気配も無し。
孤立無援、四面楚歌。
それでも男は戦う事を止めはしない。


会いたい人間がいるのだ。


城で派閥を共にする者達は男を引きとめようとした。
だが、男は彼らにそれだけ言って止まらなかった。
敵対派閥が言い出してきた、勇者暗殺の失敗の咎。
それは20年前、直接致命傷を与えた筈の男に責任が求められた。
だが、男は非常に有能な軍人であり、そんな昔の事を言われた所で無視すればよいだけだった。
だが、男は動いた。
まるで、その言葉を待っていたかの様に

当然、誰もが止めた。
敵対派閥の者すら慌てて止めた。
派閥間の均衡を大きく揺るがす事態に、誰もが慌てた。
だが、宮廷魔導師である男の親友と、主君だけが男の背を推した。
部隊を「死に損ねた者達」に厳選し、男はさっさと城を出た。
誰しもが気まずい顔をしながら、それでも巌の様な男の意思を曲げる事はできなかったのだ。


魔王領に入って5カ月。
部隊は既に壊滅状態だった。
当初は数百名までいた部隊は、既に100人を切っている。
それでも、部隊は魔王領の奥深く。中枢たる魔王城へと最短距離を進んだ。
当然ながら魔王領には魔王率いる魔族と魔獣が生息している。
幸いにも魔族に出会う事は無かったが、最短ルート上には幾つもの魔獣の群れが存在していた。
迂回しようにも物資と体力がもたない。
だから、その全てを強行突破した。

間も無く半年という頃、部隊は男1人を残して消えた。



「ォォオオオオオオオオッ!!」

雄大に装飾された鎧は崩れ、国の紋章が彫られた盾は割れ、柄に宝石が埋まった剣は折れ、金箔の張られた鞘は砕けた。
残ったのは若い頃から愛用していた剣と五体のみ。
しかし、それすらも度重なる戦いに摩耗し切っていた。

男は将軍だった。
軍人の家系に生まれ、英雄と持て囃され、その才能を国のために役立てた。
だが若かりし頃の英雄となった旅路で、男はたった一つの心残りがあった。
親友と思っていた相手を、後ろから貫いた事。
そして、その親友だった相手が今も生きている事。

男は不器用なまでに実直で誠実だった。
だからこそ、国の命令には従わざるを得なかった。
それが唾棄すべき行動だとしても、彼はどうしようもなく軍人だった。

それだけなら、まだ良かった。
親友に裏切り者の罵声を浴びせられ、国では卑怯者と陰口を叩かれる。
表向きは華やかでも、裏では罵声を浴びせられる。
それだけなら、まだ良かった。

男が許せないのは親友が背後から胸を一突きされた時、「納得」の表情を浮かべた事だった。

許せない許せない。
男は実直で、誠実だった。
だからこそ、男は罵声を浴びせてもらえたかった。
友情を裏切った相手として責めてもらいたかった。
だから親友が納得した時、男は心の底から怒り狂った。

お前は辛く苦しい旅を共にした仲間を、最初から疑っていたのか!

裏切ったのは自分だ。後ろから刺したのは自分だ。
でもそれまでに築いた友情が、全てまやかしだと思われるのは、絶対に認められない。


だから、男は魔獣の海を突き進んだ。





残ったのは、魔獣の血肉の海と死人が一つ。
それと半ばから折れた古い剣が一つ。


数日後、折れた剣は誰かが拾う事となる。



 



 


「いっそ馬鹿馬鹿しいと笑いたいな。」

冷たく言い放つ老人は、しかし、己こそが道化だと知っていた。
2人いた親友。
一人を裏切り、もう一人を止められず。
今や自分一人となってしまった。


神殿は現在その影響力を大きく減じていた。
神殿は神託を受け、それを以て勇者を選び出し、魔王を討伐する。
神殿の唯一にして最大の政治への介入がここ四十年できないのだから当然だろう。
今までは十数年、長くて二十年程度で魔王を復活し、その度に新たな勇者を選んできた。
だが、ここ四十年はそれができない。
神殿は以前のような専横を振るう事ができていない。
だからこそ、この様な暴挙に出た。

老人は家族を人質に取られていた。

当代最高の魔法使いにして、勇者の元親友。
神殿が刺客として目を付けるには都合が良かった。
神殿が数多くの犠牲を重ねて得た情報により、勇者の居所は判明している。
後はそこに向かって転移、勇者を抹殺する。
邪悪に堕ちた勇者が消えれば、神殿はかつての威光を取り戻す。
文字通り狂信者となった神殿の上層部は本気でこんな策を実行に移した。

「無理だろうな。」

老人は自分の分というものを弁えていた。
例え相手が老いていたとしても、運動神経が存在しないような自分では不意をつく事などできまい。
勇者と戦士。親友二人を盾にし、回復と支援を行うのが自分の役目だった。

勇者と戦士。どちらも当代最高峰の使い手だった。
脱力気味な勇者とそれを叱る堅物すぎる戦士に、止めもせず眺める自分。
懐かしい、若かりし頃の光景。
裏切った自分が言うのもなんだが、あれは仕方が無かった。
当時、歴代最強と言われた勇者を擁した神殿の横暴は類を見ない程に酷かった。
これ以上の神殿の暴挙を止めるため、勇者というプロパガンタを消さねばならない。
国が神殿の横暴を止めるための、ギリギリの選択があれだったのだ。
だが、事態は予想の斜め上を三回転半しながら飛んでいった。
魔王に保護された挙句、半不死の状態となった勇者。
国からすれば棚から牡丹餅。
戸惑いを脇に置き、国はこれ幸いと神殿の力を削っていった。
そして、神殿からの搾取が消えた国は豊かになりつつある。

行かねばならない。
こんな大それた事、そう間を置かずに陛下が絶対に気付く。
それはただでさえ落ち目の神殿にトドメとなる。
今までお布施だ寄付だと言って散々国と民から絞り取ってきた神殿は蛇蠍の如く嫌悪されている。
今は改革派が保守派を追い越してそのような事も少なくなったが、保守派は嘗ての栄華を取り戻したいと考えているのだろう。
…まぁ、改革派の一部も事を黙認したとは思うが。
今回の事で、保守派が完全に消え去るのなら、それは国のためになる。

「行くか。」

転移の準備が完了し、陛下から下賜された杖を持ち、予備の杖をベルトにさす。

目指すは友の元。魔王領の最奥部だ。



 



 


病床の中、老王は寝台の中で夢を見ていた。
見るのは、勇者の夢。
お伽噺に出て来る様なそれではなく、飢えた獣の様な少年だった。
だが、その武才は誰よりも優れていた。
一週間で王室付きの剣の師匠を追い越した。
二週間で御前試合にて将軍に勝った。
三週間で魔獣の群れを全滅させた。

歴代最高峰の勇者。
それは魔王討伐において最大戦力が確保できたと同時に……国にとって最悪の厄介者ができたと同義だった。
国の膿とも言える神殿が最大級の政治的介入手段を得る。
それは、何としても避けたい事態だった。

代々、王家は勇者を魔王退治の直後、排除してきた。
勿論、そうならない様に最大の努力を払うが、大概の勇者は自身を選んでくれた神殿に敬意を払うようになる。
国によりも、神殿に、だ。
そんな事にならないように、旅の仲間は何とか国の人間で固めた。
旅の間に、どうにか彼が国側に傾くように、と。
幸いにも、今代の勇者はどちらにも傾いていない。
付け入る隙は必ずある。


三年後、勇者が魔王を退治した。
その一月前、部下達からの報告で、勇者がどちらにも傾いていない事が解った。
だがそれは、国にとって敗北に近しい結果だった。
国の膿として長年君臨してきた神殿だ。
こと宣伝や布教などの活動に関しては各地の教会を通している分、一日の長がある。

最早、是非も無し。
王は、戦士に暗殺を命じた。

その後の事は多くは語るまい。
国は国なりに勇者が去った後、復活した魔王に対する準備をしながらも豊かになろうと努力し続けた。
神殿もただ民の拠り所としての立場を得て、王も貴族も国と民に尽くすものとなった。
魔王領もまた、徐々にだがその方針を転換し、平和になろうとしている。


「そなたは、どうなるのだろうな…。」

魔王領の奥深くで未だ生き続けているであろう勇者に、老王は届かないであろう呟きを贈った。











感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.00448513031006