英雄譚 その後
「それで満足か?」
「そう思うなら医者に行け。」
屍山血河。
周囲の状況を表すのなら、正しくそんな状態だった。
大量の騎士達の死体とそこから流れ出る血と臓物の匂いはむせる程だ。
そんな中でただ一人の生者は霞の様な、影の様な者を話していた。
「やはり納得いかんか?」
「いや、納得はしてるよ。」
生者は勇者だった。
国一番の武勇の資質を持ち、神殿の神託を受けて選ばれた者。
しかし、何の変哲もない孤児だった彼がどうして英雄として祭り上げられたのか?
「人身御供だったんだろ。」
「その通り。」
勇者は天に属する者。故に使命である魔王を退治を終えれば、天に返さなければならない。
何処の誰かが言い出したかは知らないが、どうせ碌でもない城住まいの連中だろう。
為政者よりも人気のある存在など、連中の権威を揺るがす不安の種でしかない。
「だからか。勇者の息子やら親族やらの話を聞いた事が無いのは。」
「先代も、先々代、そのまた先代もな。ずっと続いている。」
ふーんと、血まみれの状態で勇者は陰をじっと見る。
「なぁ魔王よ。」
「なんだ勇者よ。」
勇者は己が倒した、最早影程度にしか存在できぬ怨敵を見る。
「オレのダチ2人はどうした。」
「魔法使いは宮廷入り、戦士は将軍職に就いた。」
「はなっからそういう約束?」
「あぁ、2人とも国には逆らえんからな。」
「ふーん。」
思い出すのは魔王を倒した直後の事。
最後の一撃を叩きこんだ勇者に贈られたのは称賛の声でも名誉でも巨万の富でも役職でもない。
さっきまで仲間だった男の剣だった。
「死ぬぞ、勇者よ。」
「だろうね。」
勇者は国の底辺の中でも更に底辺で生きていた。
泥を啜り、生ゴミを口に入れ、盗みを働く。
そうまでやってまだ生きられるか怪しい日常。
そして同じような立場の者達と庇い合うでは無く、奪い合う日々。
だからこそ、勇者に選ばれ、称賛と名誉を与えられる日々に違和感を持つ。
だからこそ、最後の最後に起きた裏切りに怒る前に納得した。
「よく手負いの身で騎士団一つ落としたものだな。流石は歴代最強。」
「こいつらが勝手にオレが対人戦の素人だって思ってたからだよ。」
普通、勇者なら人の「斬り方」など知らない。
だが、この勇者はその育ち故に人の効率的な殺傷方法を知っていた。
「…普通の人間なら、恨むと思うぞ?」
「納得してるからな。あんまり思わない。」
はぁ、と魔王が溜息をついた(様な感じがした)。
「我の元につかんか?」
「ついても特になー。」
「まぁどの道貴様を助ける予定だがな。」
「ひでぇ。」
けらけらと笑う勇者に魔王は本当に呆れた(様な感じがした)。
「そなたが死ねば、我が復活した頃に新たな勇者が生まれる。我らとしてはそれは阻止したい。」
「ふーん。」
半死人1人生かすだけで将来の禍根が一つ消えるのならお釣りが来て余りある。
魔王の判断に勇者は納得した。
「貴様は本当に淡白だな…。」
「逆にオレにはお前らがなんでそんな深く考えるのか解らん。」
所詮は学の無い身さ、と勇者は笑った。
勇者はその後、魔王の部下達の治療を受け、生き永らえた。
ただし、以前よりも弱い身体でだ。勿論、簡単な魔法すら使えない。
それでもその寿命は魔王と並ぶほどと医者に太鼓判を押される程に伸びた。
力を代価に命を得る。そういう術なのだそうだ。
それからは魔王領の隅では小さな畑を耕して暮らした。
暮らしていく内に魔王領は徐々に豊かになっていった。
人間の国からの侵攻の痛手は、徐々にだが癒えていった。
そう、侵攻。
魔王率いる魔物達は一切侵略行動をしていなかった。
ただ欲の皮の突っ張った神殿と国が協力して人類勢力のものではない魔王領に侵攻していただけだった。
まぁ、真実はそんなものだろう。
勇者は畑を耕している。
そして20年も経つと、魔王は漸く実体を持つようになった。
この時、勇者の外観は以前と全く変化していない。
「なぁ勇者よ。」
「なんだよ。」
「客に茶ぐらい出せんのか?」
「欲しいなら自分でな。」
「……………。」
黙々と自分で茶を淹れる魔王が見れるのは、魔王領広しと言えどここ位なものである。
「人間が侵攻を開始した。」
「勇者は?」
「いない。だが英雄を立てている。」
「んん?」
「お前の友人だった戦士だ。」
「へー。」
将軍職に就いたとは聞いていたが、厄介な役目を押し付けられたものである。
以前からクソ真面目な奴だったが、今回もその性格のせいで災難に会っているらしい。
「で?」
「勇者がいないからな。野生の魔獣に食われて死ぬさ。」
「本音は?」
「殺して首を晒してやりたい。」
こいつ(魔王)の本音もここ20年でよく聞くようになった。
恐らくこの魔王領で唯一自身に勝った相手だからだろうか?面倒な事である。
「まぁ、死んだら少し位は祈ってやるさ。」
「うむ。邪魔したな。」
そして魔王は去っていった。
半年後、勇者は戦場跡で半ばから折れた剣を拾った。
暫くして、勇者の家の近くに墓が立てられた。
更に20年後
「そなた、○○○か?」
随分と懐かしい名前を言われた。
この魔王領では自分は勇者としか呼ばれていない。
「お前、魔法使いか?」
白く長い髭と髪、皺苦茶になった顔で解り辛いが、所々に仲間だった魔法使いの面影が見える。
「帰んな。老い先短い老人が来る所じゃねぇぞ。」
「そなたは何故死なぬ。」
年のせいで微妙に威厳がついたのか、魔法使いは退かずに聞いてきた。
「力と引き換えに、オレは簡単に死なないようになったらしい。」
「そうか。では弱くなったのだな。」
魔法使いが右手に持った杖を向ける。
だが、それよりも先にオレの持っていた鍬が右手を斬り飛ばした。
「王様からか。」
「家族を…人質に取られた……。」
死に体の状態で、魔法使いはそう言った。
それでも油断なく予備の杖を向けて来るあたり、以前からの抜け目無さが見て取れる。
「でもさ、もう死んでんじゃないか?」
魔法使いは答えない。
聡い彼なら解っている筈だ。人質を取って生かすよりも死体を隠蔽した方が後腐れが無い。
ましてや人質に取っているのは嘗て自分を排除しようとした連中だろう。
それでも魔法使いは杖を振るった。
「おいおい…。」
後に残ったのは肉片だけ。
魔法使いは自爆した。
勇者には、傷一つ無かった。
「死にに来るなら死にに来たと、そう言えってのに…。」
勇者はその後、家の近くに二つ目の墓を立てた。
「そなたが勇者か?」
更に20年後、客が来た。
「誰?」
「妾は魔王の娘じゃ!」
ちんまい娘が無い胸を張っている。
「えらいねーえらいねー。親父さんに良い茶葉できたって伝えてくれる?」
「うむ!ちち様にしっかり伝えて…ってアホかー!!」
蹴りが飛ぶ。避ける。畑に突っ込む。叱る。
「ううぅぅぅ…ッ!」
睨みつけて来る褐色ロリ。
はっはっは、恨むなた自分を恨むのだな。
勇者は自慢の畑を荒らされて、ちょっと怒っている。
「あいつ、来ないのか?」
「…最近忙しいのじゃ。」
途端にむくれる褐色娘。
成る程甘えたい盛りか、と納得する勇者。
「じゃ茶葉を届けてくれ。」
「うむ、任されよ!」