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[28951] 【習作】ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 23:55
Arcadia初投稿です。

この小説は『にじファン』にも投稿しております。

なお独自設定・解釈がありますので、ご注意ください。



[28951] 第一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:40












「ドラえも~~~~ん!!!」












すべてはこの少年、野比のび太の涙混じりの絶叫から始まる。

足音も荒く階段を駆け上がると、自室へと飛び込むように入り込んだ。



「聞いてよ聞いてよ!! スネ夫とジャイアンがさぁ、アーサー王なんてただの伝説でそんなのいる訳ないって! それにしずかちゃんも……ってあれ? なんだ、いないのか」



無人の六畳一間を見た途端落ち着いたのか、頬を掻き掻き、一人ごちるのび太。

事の起こりは数十分前、空き地での事。

いつもの四人でワイワイ話していた時、ふとした事からアーサー王伝説の話題が上った。

騎士の代名詞であり、いつの日か死から目覚めるとされる最強の剣士、アーサー王。

頭が致命的に残念なのび太でも、アーサー王だけはよく知っていた。

信じられないかもしれないが、伝記だって昔読破している。



「それで、アーサー王はねぇ……」



ここぞとばかりにうんちくをたれるのび太に対し、仲間の一人であるスネ夫が突如噛みついてきた。



「でもアーサー王って結局は架空の人物だよ。元になった人物が二人いて、それをモチーフに描かれたんじゃないかっていう説が今のところ有力だね」



「なんだそうなのか。あーあ、つまんねえの」



スネ夫の言葉に仲間の一人、ガキ大将のジャイアン(本名、剛田武)が座っていた土管に仰向けに寝転び、盛大に欠伸をする。

のび太はそれが信じられず、必死になって言葉を並べ立てる。



「そ、そんな事ないよ! アーサー王は実在してるよ! お墓だってイギリスにあるんだろ!?」



「のび太さん。お墓があるからって、その人がいたって証明にはならないのよ。遺品やお骨なんかがあれば別だけど、それが見つかったって話は今のところないみたいだし」



「し、しずかちゃんまで……!?」



仲間の一人である紅一点、源しずかの否定の言葉で固まるのび太。

確かにお墓があってもそれは存在の証明にはならない、厳密には。

勝手に誰かが建てて、それをアーサー王のお墓だと言ってしまえばそれまでだからだ。

『鰯の頭も信心』という言葉をのび太が知っているかどうかは知らないが、いや間違いなく知らないだろうが、世間でそう認知されていても実は偽物でした、という事も十分にあり得る。



「ううううう……! わかった! 見てろよ! アーサー王が実在の人物だって事、証明してやるからな!!」



敬愛するアーサー王の存在を否定され、怒りでブルブル震えていたのび太は、突如ビシッと指を突き付けて啖呵を切ると空き地を飛び出し、一目散に家へと駆け戻る。

空き地に取り残された三人は、普段ののび太からは想像もつかないようなその態度にしばらく呆然としていた。












―――ここで話は冒頭へと戻る。












「いなんじゃしょうがないか。よし! 今から“タイムマシン”でアーサー王の生きていた時代に行ってみよう! あ、でもアーサー王の時代って戦争してたんだよな……絶対危険だぞ。うーん……そうだ! ドラえもんには悪いけど、念のために“スペアポケット”を借りて行こう」



パチンと指を鳴らしてそう言うと押入れの戸を開き、何やらゴソゴソとしていたのび太だったが、やがて突っ込んでいた上半身を引っこ抜くとおもむろに右手をポケットに突っ込む。

そして戸を閉めると方向転換、サッと机の引き出しを開け、玄関から持ってきていた靴を履くとその中に身を投げ入れた。

22世紀からやってきたネコ型ロボットの親友、ドラえもんの所持品である“タイムマシン”はのび太の机の引き出しにセットされているのだ。



「よし、着地成功! さてと、アーサー王の時代は何年前だったかな……あれ? なんだろう、なんか変な感じがするな」



四角い板に機械が乗っかったような形の“タイムマシン”に飛び乗ったのび太。

計器を操作する傍ら、ふと疑問を感じて視線を上げる。

何かが……違う。

いや、どこがどう違うとははっきりと言えないのだが……やっぱり普段の雰囲気とは違っているのだ。

そこはかとなくイヤな気配が漂う……のだがそこは良くも悪くものび太である。



「ま、いっか! ……うん、よし! セット完了! それじゃ、アーサー王の時代のイギリスへ、出発~!!」



深く考えないまま思考を打ち切りデータを入力、発進スイッチをポチッとな。

『エイエイオー!』と腕を振り上げ、時空間の大海原へと漕ぎ出してしまった。





























唐突だが、ここに一枚の紙切れがある。

丁寧に折りたたまれたこの紙切れ、中には何か文字が書き込まれている。

そして……これはなんとのび太の机の隅に置かれているのだ。

中にはこう書かれている。










『のび太君へ


 ちょっとドラ焼きを買いに行ってきます。

 あとタイムマシンはぜったい使わないように。

 どういうわけか時空乱流が発生していて、まともに時空間航行出来ないんだ。

 さっきタイムパトロールから連絡がきたからホントの話だよ。

 わかったね!  
  
                             ドラえもんより』










果たしてのび太は漢字をすべて読めるのか!?












……どうかはさておいて、とにかくのび太はこれを見る事なく、時空の海へと旅立ってしまったのだ。

もう少し目立つところにメモが置かれていたら、せめて紙切れが折りたたまれていなかったら。

結果は自ずと違ってきていただろう。

だが自分の考えに集中するあまり、メモの存在にも危険の匂いにも気付かずのび太は自分から飛び込んでいってしまった。















―――――運命という名の、血と涙の雨が荒れ狂う生死を賭けた大航海へと。




[28951] 第二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:41



「ふんふ~ん♪ 一体アーサー王ってどんな顔してるんだろうな? 時代にもよるだろうけど、やっぱり出木杉くんみたいにかっこいいんだろうか? それとも渋いおじさんなのかな? いやいやそれとも……実は可愛い女の子だったりとか!? ……って、それはないよね」



鼻歌交じりで未だ見ぬアーサー王に思いを馳せるのび太。

今のところ時空間航行は順調に進んでいる、何の問題もない。

さっき僅かに感じた違和感も既に忘却の彼方だ。



「ねえタイムマシン。あとどのくらいで着くの?」



『ピピッ、モウ、マモナクデス』



のび太の質問に電子音のような声で返答する“タイムマシン”。

“タイムマシン”には22世紀の高性能AIが組み込まれており、ガイドやコンピュータ管制をマルチタスクで行っている。

このように搭乗者と会話する機能も付加されているのだから、ある意味至れり尽くせりだ。

だから“タイムマシン”にお願いすればデータ入力や時空間検索などといった諸々を一手に引き受けてくれるのだが……のび太はなぜか全ての入力をマニュアルで行っていた。

そこは……うん、まあ、のび太という事でひとつ、理解してもらいたい。

ちなみにこれは当初から付属していたものではなく、後から組み込まれたものである。

これはドラえもんの“タイムマシン”が比較的型遅れの代物であるためだ。

新しいものを購入しようにも、タイムマシン自体かなり高額な代物であるため手っ取り早く、しかも安くグレードアップさせようと思ったら、必然的に改造に走らざるを得ない。

この辺りにドラえもんの財布の悲哀が見え隠れしているような気が……というか、ドラえもんの財布事情って一体どうなっているんだろうか?

少なくとも新しい型の“タイムマシン”を乗り回している彼の妹、ドラミよりも貧乏なのは確かだろうが……。















『モウ間モナク、目的地ニ到着シマス……ピッ!? ピピッ!!?』



「え、え!? タイムマシン、どうしたの!?」



と、もう少しでワープアウトするというところで突如“タイムマシン”が異音を発し始めた。

気になったのび太が声をかけると、機械らしからぬ切迫した電子音で回答する。



『警告! 警告!! 時空乱流ノ気配デス!! 急接近、急接近!! コノママデハ、巻キ込マレマス!!』



「えっ、時空乱流? 何それ? ……あ~、でもどっかで聞いたような気もするんだけど」



『ピピッ、時空間内ニ発生スル、台風のヨウナ物デス! 巻キ込マレレバ、最悪次元ノ狭間ニ放リ出サレ、永久ニ亜空間ヲ彷徨ウ事ニナリマス!!』



「な、なんだってーーーっ!!!?」



『運ガ良ケレバ、ドコカ別ノ空間ニ出ル事モアリマスガ』



「冗談じゃない! どっちにしろ元の時間に戻れないって事じゃないか! ねえ、何とかならないの!?」



かなりの危機的状況である事を悟ったのび太は、必死な顔で“タイムマシン”に打開策の伺いを立てるが、



『ピピッ、トニカク、機体ニシガミツイテイテクダサイ! 既ニ回避不可能ノルートニ入ッテイマス! 接触マデ、アト十秒!!』



帰ってきた答えはまさに最悪にして非情の物、のび太は涙目になりながらヒシと計器にしがみつく。



「うわーーーん! ドラえもーーーーーん!!!」



『3、2、1……突入!!』



瞬間、のび太の視界がブレ、凄まじい振動が全身を襲った。
















「うわわわわわわっ!!??」



時空間に吹き荒れる暴風に“タイムマシン”が振り回される。

ガクンガクン、と身体を揺すられ、のび太の身体のあちこちが計器に叩き付けられていた。

ぶつけた痛みがズキズキと襲い掛かってくるが、必死なのび太は泣きながらそれらをグッと堪え、全身全霊で以て身体を“タイムマシン”に張り付けた。

揺れる視界の先では稲光が轟音と共に幾条も走り、黒々とした風が唸りを上げて渦を巻いている。

まさにここは台風の中だ。

一瞬の気の緩みが、全てを終わらせる極限の牢獄。

だが。



「ううううぅぅぅ……もう、ダメだあああぁぁっ!!!」



そんなものがなくても、所詮は低の低スペックの身体能力しかないのび太。

拙い足掻きもアッサリと破られ、身体が虚空へと投げ出される。



「うわああああああぁぁぁーーーーーーーっ!!!!」



『アアッ……ノビ太サン!』



悲痛な叫びの余韻だけを置き去りに、のび太の姿はあっという間に漆黒の空間に飲み込まれ、そこから消えた。

後に残されたのは、今だ暴風と雷を的確な姿勢制御で耐え凌ぐ“タイムマシン”のみ。

感情を表さない筈の鋼鉄のボディに、僅かに悲しみと悔しさの色が滲み出ていた……ような気がした。






[28951] 第三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:48



「……う、うぅん」



何も見えない漆黒の空間。

のび太は僅かに意識を取り戻した。



(あれ? ぼくは……どうしたんだっけ? えーと……うん、その前に起きなきゃ)



目を開こうとするが、瞼が動かない。

まるで接着剤でガッチリと固定されているかのように。



(……おかしいな?)



それならばと身体を動かそうとするが、やはり動かない。

首も、肩も、腕も、脚も、口さえもだ。

辛うじて声だけは出るみたいだが、口が開かない以上は大して意味がない。

結局数度試行錯誤してみた後、のび太は全ての運動を放棄した。

諦めの極致で、ゆったりと全身を弛緩させその場に身を委ねる。



(はあ……それにしても、ここは一体どこなんだろう?)



目が開かないので確認の仕様がないが、幸いにも五感は生きていた。

使えない視覚と味覚はさておくとして、残った三つの感覚で今いるところを理解しようと試みる。










聴覚……何も聞こえない、完全な無音。



嗅覚……何も匂ってこない。完全な無臭の空間みたいだ。



触覚……身体には何も触れてないみたいだ。ただ感覚からすると、仰向けに浮いてるのかな?



現状把握……終了。





結論……何も解らない、どこだよここ。










(って、これじゃダメじゃん! もっと何か、他に……あれ? 何だこの感覚?)



自分で出した身も蓋もない結論に自分でダメ出しをした直後、のび太は突如奇妙な感覚に襲われた。

暖かいような冷たいような、明るいような暗いような、そんな矛盾した感触が全身を駆け巡る。



(うぅぅ……な、何この変な感触!?)



のび太はその気味悪さにゾワワと鳥肌を立たせていた。

すると今度は身体全体が異常なほどの圧迫感に襲われる。



(ぐえっ!? こ、今度は何だ!?)



まるで元からはまらない型に、力任せに無理矢理指で押し込んでいくような。

のび太の身体能力はスネ夫やジャイアンとは比べる方がかわいそうな程の開きがあり、実は女の子であるしずかよりも低い。

とどのつまり、同年代の女子平均よりも劣った身体能力しかのび太は持っていないのである。

……尤も、その割には129.3kgもあるドラえもんを抱え上げたり、犬に追いかけられた際、犬より速く走ったりしているのだが……まあそれは火事場の馬鹿力、という事だろう。

しかしそんな脆弱すぎるのび太にとってこれは堪らない。

必死に耐える傍らのび太の脳裏には、車に轢かれて潰れたカエルのイメージが浮かんでは消えていく。



(つ、潰れちゃう……! やめてやめてやめ……あ、あれ? 消えた!?)



と、始まった時と同様唐突に、フッとその感触が終わりを告げた。

あまりの展開の不可解さにのび太は内心で首を傾げる。

だがその疑問が解消されないうちに、状況は再び急展開を見せた。



(え? 何だこれ!? わ、わ、わ! 引っ張られる……いや、吸い寄せられてる!?)



何とのび太の身体がどこかに向かって動き始めたのだ。

未だ身体が思うように動かないのび太は、触覚からそれを感じ、ただ慌てる事しか出来ない。

やがて閉じた瞼の向こうに、光が見えたような気がした。

それと同時に身体がどこかに放り出される感覚が走る。

次の瞬間、のび太の身体は猛烈な勢いで急降下、垂直落下運動に入った。















「――――あああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


既に声も出せるし、手も足も動かせる。

当然目も開けられるのだが、自分が空中から落下しているという実感に伴う恐怖のせいで目は開いていない、いや開けない。

手足をバタバタと動かして必死に身体を浮かせようとするが、そんな事が出来れば人類は飛行機など発明していないだろう。



「助けてーーーーー! ドラえもーーーーーーーん!!」



当然ながら、声の限り叫んだって件の本人が助けになど来る訳がない。

そのうち声も上ずり、声帯を震わせながらも声が出ない、無発声のような状態に陥る。

空中でもがきながら、叫びにならぬ叫びを上げて紐なしバンジーを強制敢行するのび太。

やがてそれも唐突に終わる。










「ああ、追って来るのなら構わんぞセイバー。ただし―――その時は、決死の覚悟を抱いて来―――ごふあぁぁぁっ!!?」





「ああぁぁ―――――ぐえっ!!?」











自分の身体の真下にいた、青い男の上に頭からダイブする事によって。






[28951] 第四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/23 00:41



「あいてててて……」



ドスン、と地面に尻餅をつき、ぶつけた頭をさすりながら涙目で呻くのび太。

頭には見事に大きなタンコブが出来ている。

ちなみに落下した距離はざっと換算して100mはあった。

普通だったら間違いなく、頭蓋がザクロのようにはじけ飛んで即死している筈だ。

だがどういう訳かのび太はコブひとつの負傷で済んでいた。

長い間ジャイアンに殴られ続けたせいで、異様なタフネスを身につけてしまったのか……?

こう見えて意外にのび太は頑丈であった。

もっとも、それだけでは説明がつかない気もするのだが……まあそれは今はさておく。



「はあああ、助かった……それにしてもここは一体「動くな」……ヒッ!?」



無事に助かった事に安堵する傍ら、周りを見渡そうとしたのび太だったが、突如首筋に感じた冷たい感触に背筋を硬直させる。

おそるおそる振り返ると、そこには……。



「痛っ、まだ頭が痛みやがる……あん? なんだ、ガキかぁ? なんでガキが空から俺の頭の上へ落ちてきたのかは知らねえが……しかしお前、運が悪かったな。見られたからには死んでもらわなきゃならねえんだ。せめてもの慈悲だ、苦しまないよう、一瞬で命を止めてやる」



青いボディスーツと銀の軽鎧を纏った、長身の男がいた。

そしてのび太の首筋に突き付けられているのは……血のように真っ赤な槍の穂先。

瞬時に命の危機だと悟ったのび太は顔を青く染め、へたり込んだままの姿勢で後退りする。



「あわわわわわ……な、なんで? どうしてさ!?」



唇を戦慄かせながら理由を問いただそうとするが、目の前の男はそれらをきっぱりと無視し、スッとのび太の首から引き戻した槍を再び構える。

その穂先は濃密な殺気と共に、ピッタリのび太の心臓に合わせられていた。

相手の目はどこまでも真剣そのもの、男の言葉は嘘や冗談などではない事をのび太は悟る。

いきなり自分の身に降りかかってきた死の気配に、のび太の歯がガチガチと音を鳴らし始めた。



(ああどうしてこんな事に)



(こんな事ならあんな大見得切るんじゃなかった)



と、頭の中ではこの不可解すぎる状況と今までの己が行動に、激しい疑問と後悔の念が渦を巻く。










―――だが。










「え……?」



事態は思わぬ推移を見せ、のび太の思考は更なる混乱の渦に放り込まれた。



「……どういうつもりだ。何故このガキを庇う?」



「く……っ、如何な理由があろうと、たとえ“聖杯戦争”の最中と言えども……」



突如のび太の眼前に何かが立ち塞がった。

まるでのび太を男から護るように。

頭を抱えて震えていたのび太はその凛とした声に、そっと顔を上げる。

そこにいたのは……。



「―――年端も行かぬ、無垢なる子供の命を徒に殺める事、騎士として、剣の英霊として……見過ごす事は出来ません!」



青のドレスに、銀の鎧。

月明かりを受けて輝く金砂の髪に、強い意志を秘めた深緑の瞳。



「その体たらくで言われてもな……チッ、面倒な事をしてくれる……セイバーよ」



左の胸を血潮で真っ赤に染めた……だがどこまでも気高く凛々しい、騎士の少女だった。



「セイ、バー……?」



のび太は恐怖も疑問も忘れ、ただただ目の前のその背中を呆然とした表情で見つめていた。















「どけ、セイバー。“魔術は秘匿するもの”ってのが魔術師の鉄則。ましてや“聖杯戦争”に関しては言わずもがなだ。それぐらい知ってるだろう? 後々のためにも消しておいた方が……」



「くどい。退くのならさっさと退きなさい、ランサー……ぐっ!?」



男を凄まじい眼力で睨みつけながら、男の言葉を真っ向両断。

セイバーと呼ばれた騎士の少女は、背後ののび太と眼前の敵に気を払いながらも、鮮血に染まった左胸を抑え低く呻き声を上げていた。



(うっ……! アレ、相当深いケガをしているんだなぁ)



生々しい紅に顔を顰めつつも、のび太はどこか他人事のように思う。

そして互いに睨み合う事しばし。

やがてランサーと呼ばれたその男はフウ、と溜息をひとつ漏らすと槍を降ろし、徐にクルリと踵を返す。



「……ふん。まあ、どう転ぼうが俺には大して関係ねえ事だしな、勝手にしやがれ。もっともそのガキは、“こっちの事情”に関しては何にも知らねえみたいだが、さてさてどうすんのかねぇ……ま、それこそ俺の知った事じゃねえがな」



そして一気に跳躍し、塀の上へと飛び乗るランサー。

その一連の動作で、のび太はここがどこかの家の庭なんだとようやく理解に至る。



「ああそうだ、もう一度言っておくが……追ってきても構わんぞセイバー。但し、その時は決死の覚悟を抱いてこい!」



そんな捨て台詞を残して、ランサーは再度跳躍。

民家の屋根から屋根へと次々飛び移り、そのまま夜の闇へと消えていった。



「―――な、なんなんだあれ!? 人間が屋根から屋根に飛び移った!?」



その一連の光景にのび太の頭は混乱の極みに達し、オーバーヒートを起こしかけていた。

あまりにもトンデモ展開がポンポンと続いたため、脳の処理能力が許容量を越えたのだ。

まあ、のび太の貧弱すぎるアレではそうなるのも無理はない。



「―――大丈夫でしたか?」



と、のび太の眼前にいた少女……セイバーが振り返るなり、そう尋ねてきた。

月明かりに照らされたセイバーの顔は、整いすぎている顔立ちと相まって、いっそ幻想的なまでの美しさを醸し出している。

一瞬、その美貌に見惚れていたのび太だったが、その心配そうな声音に思わずカクカクと首を上下に振っていた。



「は、はい! あの、その……ありがとうございました。えっと、ところでここは一体「―――お前、何者だ?」……え?」



お礼ついでに質問をしようとしたのび太だったが、横から響いてきた声に中断を余儀なくされる。

ふと横を見ると、そこには高校生くらいの少年が立っていた。

どこかの学校のものらしい制服を着込み、左胸はまたもどういう訳か赤い血でベッタリと染まっている。

その視線は一瞬だけのび太を捉え、次いで今度はセイバーの方にピタリと向けられた。

表情に疑問と猜疑、そして僅かの羞恥を滲ませて。



「何者も何も、セイバーのサーヴァントです。貴方が呼び出したのですから、確認をするまでもないでしょう?」



「セイバーのサーヴァント……?」



「はい。ですから私の事はセイバーと」



「そ、そうか。俺は衛宮士郎っていう。この家の人間……って、や、ゴメン。今のナシ。そうじゃなくてだな、ええと……」



「……成る程。貴方は偶発的に私を呼び出してしまった、と。そういう事なのですね」



「あ……!? え、えと……た、多分?」



「しかし、たとえそうだとしても貴方は私のマスターだ。貴方の左手にある令呪がその証拠。警戒する必要はありません」



「令呪……ってちょっと待て! その前にセイバー……だっけ? お前、さっき槍で突かれてただろ!? 左胸血塗れだし、大丈夫なのか!?」 



「既に表面の傷は修復されています。ですが、完全ではありません。マスター、治癒魔術が出来るのならばお願い……ッ!?」



「ど、どうしたんだ?」



呆然としているのび太を余所に語り合っていた二人だったが、突如セイバーの顔が厳しく引き締まった。

衛宮士郎と名乗った少年は、その様子に『?』マークを浮かべる。



「……外に新たなサーヴァントの気配が。マスター、迎撃の許可を」



「きょ、許可って……!? それにケガは完全に治ってないんだろ!? そんなもの……」



「ッ!? 動きが速い……! もう猶予がありません! 出ます!」



「あっ、お、おいセイバー! 待て!」



言い置いて身をかがめ、塀の外へと一気に跳躍するセイバー。

士郎は慌てて門へと走る。

その後しばらくして、







『止まれセイバー! 人を無暗に傷付けるのは止めるんだ!』






『マスター! 何を言っているのですか!? 敵がいるのなら即座に討ち果たすのが当然の事でしょう!?』





『事情が全然分かってないのに殺すなんて事、許可出来るか! それに敵って一体何なんだよ!?』





『―――そう、貴方がセイバーのマスターって訳。そんな寝ぼけた事を言っているところを見ると、本当に何も解ってないみたいね。 ……アーチャー、霊体化していなさい』





『……いいのか?』





『ええ』





『……了解だ』





『お、前……遠坂!?』





『こんばんは、衛宮くん』





そんな緊迫した一連の会話が、塀を通して展開されていた。















そして一人、庭にへたり込んだまま、蚊帳の外へと置き去りにされたのび太はというと。





「一体、何が、どうなってるのさ……!?」





ポカンとした表情を晒したまま、漆黒の天空に向かってそうぼやくしかなかった。




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