昨年9月7日、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件で、那覇検察審査会は、中国人船長を強制起訴すべきだと議決した。
予想された通りの結果である。事件発生以来の経過を虚心にたどっていけば、それ以外の結論は考えにくい。
これからの手順としては、裁判所指定の弁護士が強制起訴し、裁判所が起訴状の謄本を本人に送達することになるが、本人は釈放されて既に中国に帰国している。
通常の事件であれば、日中間で交わされた「刑事共助条約」に基づいて中国側に協力を要請するのが一般的だ。しかし、今回は中国政府の協力が得られる見込みはない。
現行制度の下では、(1)検察審査会の11人の審査員のうち8人以上の多数決で「起訴相当」の議決をし、(2)議決を受けて検察が再捜査しても起訴しない場合、(3)検察審査会が同様の多数決で「起訴議決」をすると強制起訴となる。
那覇地検は、「起訴相当」議決後の再捜査の段階で、中国当局に情報提供や捜査共助などを申し入れていない。協力が得られる見込みがないからだ。
協力どころか、「船長に対する日本のいかなる司法手続きも不法で無効である」というのが中国政府の見解だ。
起訴状が2カ月以内に船長に送達されなければ公訴棄却となる。強制起訴されても、公判が開かれる可能性はほとんどゼロ。
政府の初動のつまずき、処理のまずさが後々まで尾を引いて、こういう事態を招いたというしかない。
海上保安庁が公務執行妨害などの容疑で中国人船長を逮捕したのは、事件発生の翌日、9月8日のことだ。当初、仙谷由人官房長官(当時)は「国内法で粛々と処理」する考えを明らかにし、検察当局も起訴する方針だった。
中国の相次ぐ対抗措置と、即時無条件釈放を求める温家宝首相の強硬発言。那覇地検が船長の処分保留を決め釈放したのは、捜査機関としての独自判断ではなく、政府方針に沿ったものである。
日本政府は、国内外から「圧力に屈した弱虫」だと見られ、外交的敗北だと痛烈に批判された。
その一方で、中国の振る舞いが国際社会から「横暴」だと見られたのも確かだ。
中国海軍が軍事力を増強し、東シナ海から南シナ海にかけての海域で、強引に海洋権益の拡大に乗り出している現実に対しては、世界的に警戒感が高まっている。
中国漁船衝突事件から何を学び、どのように外交を立て直すのか。それが、問われている最大の課題だ。
対中強硬路線への転換は、この地域の緊張を高め、軍拡を招く恐れがある。中国の台頭によってこの地域の力関係が変化しているのは事実だが、軍事力で対抗するのは得策でない。経済の相互依存が深まっていることを考えれば、中国封じ込めではなく、多国間対話の場での、協調的解決を目指すのが現実的だ。
尖閣周辺海域で漁を営む漁業者の不安を解消するのは国の責任である。