<おおさか発・プラスアルファ>
若者が夢を語り合いながら自らの可能性を探るイベント「ユメブレスト」が、昨春から大阪や和歌山などで開かれている。運営の中心は、04年にイラクで武装勢力に拘束され、事件後には激しい非難を浴びた男性と、大学時代の後輩で在日コリアンの男性だ。2人の偶然の出会いが、「踏み出すきっかけづくり」を目指す活動を生んだ。
■俺に近づくな
ユメブレストは、「夢を語る」と、自由に考えを出し合う「ブレーンストーミング」を重ねた造語だ。イラクで事件に巻き込まれた大阪市の会社員、今井紀明さん(26)と、神奈川県の会社員、朴基浩(パクキホ)さん(24)らが運営している。
これまでに20回ほど開いた。1回の参加者は十数人で、「過疎高齢化が進む地元を活気づけたい」「海外で誰かを助けたい」などと漠然と話す人が多いが、繰り返し参加するうち、海外ボランティアへの参加を決めたり話が具体的になり、動き始める人も現れている。曖昧な夢の実現手段を、他人と話しながら考えているようだ。今後は、通信制高校などを対象にした開催も予定されている。
中心になった2人の出会いは、07年秋だった。立命館アジア太平洋大(大分県別府市)の2年生だった今井さんと1年生の朴さんは、通学バスに隣り合わせて座った。
俺に近づくな--。そのとき朴さんは、今井さんからそんな空気を感じ取った。鋭い、同時に何かにおびえているような視線だった。構わず「在日」だと自己紹介した。相手のことを深く考えたわけではない。そんな初対面だった。
今井さんは高校卒業直後の04年、イラクで事件に遭った。帰国すると匿名の電話や手紙で批判され、「事件は自作自演」などと中傷を浴びた。反論したくて依頼に応じた講演では、英雄扱いされて逆に違和感を覚えた。非難や賛美の対象になる「今井紀明」は、現実の自分とはかけ離れている。家族との関係も崩れた。留学した英国でも、日本人学生が「あの人は変人だから」と周りに告げていた。06年に同大学に入学しても「あの今井君」という存在は変わらない。人を信じられず、友人関係を築けなかった。
■世の中に無視され
朴さんは、兵庫県尼崎市で在日3世として生まれた。小学生のころ通った朝鮮学校の窓ガラスは頻繁に割られ、民族衣装を着た中学生が通行人に「朝鮮へ帰れ」と言われる姿も見た。
違う世代や国の人と交流し、歴史を次世代に伝える仕事に就きたいが、教員や外交官になるのは難しい。外国人登録証を作れば出自を意識させられる。韓国籍を日本国籍に変えても違和感が残るに違いない。「自分はどの国にも属していない。世の中に無視された存在だ」と感じた。「自由な米国」に憧れて1年間留学した後、同大学に入学した。「在日のしがらみから解放されるためには、稼がねばならない」と考え、外資系金融会社への就職を目指していた。
「物珍しさでも同情でもなく、等身大の自分を見てくれた」。初めて出会ったころの朴さんに、今井さんが抱いた印象だ。事件以降、ほとんど接したことのない態度だった。
なぜかウマが合い、行き来するようになった。今井さんが「事件当時のことは誰も理解してくれない」と漏らすと、朴さんは「しょうがないよな。おまえが解決すべきだと思うよ」。イラクの映像を見て汗をかき体を動かせなくなった時には、「自分で乗り越えるしかない」。心情や経験を他人に話せず、尋ねられることも避けていた今井さんは、持ち上げも遠慮もしない朴さんと接し、解きほぐされていく。
■夢を語ることで
4年生になり、商社から内定を得ていた今井さんに、講義で1年生相手に学生生活について話す機会があった。朴さんが授業助手を務めていたのが縁だ。「いろんな生き方がある」と話した今井さんに、後輩たちが興味をもち、今井さん宅を訪れるようになった。
しかし、何か語るために訪れたはずの後輩は自信なさげで、発言をためらう。上級生からよく「今年の1年生はレベルが低い」と批判されていた後輩たちが、自らの過去に重なった。無数の人から生き方を否定されてきた今井さんは、「やりたいことや夢を話し、他人の話を聞き、自分の可能性を見つける場」を作りたいと、朴さんとともに後輩を招き続けた。
この集まりが、今井さんの卒業後、学外の若者も参加するユメブレストに発展した。真摯(しんし)に耳を傾け、考える2人に共感し、「自分の地元でも開催したい」と、運営に加わる若者も増えている。
朴さんは通販会社に勤めている。かつて志した金融業界は、「手段のはずの金が、逆に人を動かしている」と、就職活動のなかで限界を感じた。できる限り定時に帰り、ユメブレストに力を注ぐ。「今井と出会ってから、他人と正面から向き合い、行動しようと感じ始めた」と言う。
商社に勤める今井さんは、「働きながら社会に関われることを示したい」と思っている。イラクでの事件とその後についても、率直に話せるようになった。「僕が再び歩き出せたように、夢を持って踏み出せる可能性は誰にでもある」。一時は自殺さえ考えた今井さんは、朴さんとの出会いを経てそう思っている。
04年4月、イラクで武装勢力が今井さんら日本人の市民運動家やジャーナリスト3人を拉致し、現地からの自衛隊撤退を要求した。3人は8日後に解放されたが、外務省の退避勧告に従っていなかったことなどから、政府・与党や一部メディアなどが「自己責任論」を展開、論議を呼んだ。
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毎日新聞 2011年7月20日 大阪朝刊