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FC 第三節「白き肌のエンジェル」
第二十六話 月夜に舞う天使達
<ルーアンの街 市街地>

クローゼに道案内を頼んだエステル達は、昼近くにルーアンの街に到着した。
ルーアンの街並みは観光に力を入れているだけあって、大通りは美しい景観だった。

「うわぁ、ウィルヘルムスハーフェンみたい!」

アスカはルーアンの街を見ると、嬉しそうに歓声を上げた。
そんなアスカの言葉を聞いて、クローゼは首をかしげる。

「ウィルヘルムスハーフェンって何ですか?」
「あ、えっと……アタシが前に行った事がある港町の名前よ」

ドイツの港町の名前だと言っても通じないと思ったアスカは、適当にそう答えた。

「そういえば、アスカさんとシンジさんはとても遠くの国から来られたって話でしたね」
「そうそう、そうなのよ!」

クローゼが納得したように言うと、アスカもその言葉に賛成した。

「へえ、アスカとシンジがやって来た国か、あたしもいつか行ってみたいな」
「エステルさんは遊撃士なのですから、出来ますよ。でも、私は……」

クローゼはそう言って表情をわずかに曇らせた。
そして、思い詰めたような表情をしてアスカに尋ねる。

「アスカさんは、元の国に帰りたいと思う事は無いのですか?」

クローゼに質問されて、アスカはドイツや第三新東京市の事を思い浮かべた。
ドイツの母親や、加持、そしてミサトの姿が頭をよぎる。
しかし、アスカは首を横に振ってクローゼに答える。

「アタシはこのリベールが新しい故郷だと思っているわ。だって、新しい家族もできたから」

アスカが柔らかい笑みを浮かべてエステルを見つめると、エステルは照れ臭そうに頭をかいた。
シンジもアスカと同意見だった。
しかし、シンジは第三新東京市の事がまったく気にならないわけでは無かった。
自分達が居なくなった後、ネルフに残ったエヴァは零号機だけ。
レイは1人で使徒と戦う事になる。
その不安をアスカに話すと、アスカはネルフも新しいエヴァやパイロットを補充するから問題は無いだろうと答えた。
確かにその通りかもしれないが、シンジはレイが新しいパイロットと上手く信頼関係を築けるのかなど心配は尽きなかった。

「こちらがルーアンの遊撃士協会です」

クローゼが目の前の建物を指差してエステル達に告げた。
話しながら歩いているうちに、ついにエステル達は遊撃士協会にたどり着いたようだ。

「じゃあ、中へ入ろうか」
「待って!」

遊撃士協会のドアを開けようとしたヨシュアをエステルが呼び止めた。
どうしたのかとエステルにヨシュア達の視線が集まる。

「あのさ、仕事を始める前にお昼ご飯を食べない? 街道を歩いていたらお腹が空いちゃった!」
「孤児院でチーズケーキをご馳走になったじゃないか」

ヨシュアがあきれ顔でためいきをついた。

「甘い物は別腹って言うじゃない、ねえアスカ?」
「用法が明らかに間違ってるし。エステル、それはアンタが大食いなだけよ」

アスカの賛成が得られないと、エステルは拝み倒すようにヨシュアに訴えかける。

「たっぷり仕事をさせられる前にたっぷり食べておきたいのよ、お願い!」
「腹が減っては戦はできぬって言葉もあるし、お昼を食べても良いんじゃないかな」
「分かったよ」
「わーい!」

シンジの口添えもあって、ヨシュアは昼食を取る事を承知した。



<ルーアンの街 カジノバー・ラヴァンタル>

昼食を取るためにエステル達は手近なレストランへと足を踏み入れた。
しかし店の中に入った時、エステル以外は店の雰囲気に驚いてしまった。
店のカウンターでは昼間から酒を飲んだくれている青年達が居たのだ。

「クローゼ、このお店ってどうなってるの?」
「さあ、私は入った事がありませんから……」

アスカに尋ねられて、クローゼは困った顔で答えた。

「別の店に行こうか?」
「えーっ、あたしはあの料理が食べたい」

シンジが提案すると、エステルは特別メニューが書かれた板を指差した。
そこには『特盛り海鮮リゾット 30分で食べ切れたら お代は無料!』と書かれている。

「まさか、あれに挑戦するつもりなの?」
「もちろん、ご飯もお腹一杯食べられて、しかもお金を払わなくて良いなんて、凄いお得だよ!」

不安そうに尋ねたシンジに、エステルは笑顔でうなずいた。
そして、アスカ達が止める間もなくエステルは店のマスターに大きな声で『特盛りリゾット』を注文してしまった。
店の客達からどよめきの声が上がる。
エステルがテーブルに着いてしまったので店を出るわけにもいかず、他のメンバー達もそれぞれ料理を注文した。
『特盛りリゾット』を食べるのが少女だと知ると、店の客達から笑いが起こる。

「へっ、あんなガキが時間内に食べられるはずが無え」

酒を飲んでいた青年達もバカにしたようにエステルを見ていた。
ここは2階にカジノが併設された酒場だ。
昼間はランチを提供しているが基本的にやって来る客のほとんどがギャンブル好きだ。
勝てば無料になると聞いてたくさんの客が挑戦して来たが、達成できた者は居なかった。

「第1の理由は、ボリュームの多さだ。あの大量の米を胃袋に収められるやつはそうそう居ない」
「第2の理由は、辛さ。カルバード共和国から仕入れたトウガラシを大量に使っているから、見た目まで真っ赤だ」
「第3の理由は、あの熱さだな。分厚い鉄製の皿に入れられているから、簡単に料理が冷める事は無い」
「当たり前だ、今回も頂きだな!」

青年達に声を掛けられたマスターも、自信たっぷりに笑ってエステルが食べるのを見守っていた。
しかしエステルの快調な食べっぷりを見ているうちに、マスターの顔色は青白くなって行く。
エステルは普通に食事を楽しむように制限時間内に『特盛りリゾット』を平らげてしまった。

「おじさん、これでただになるんでしょう?」
「ああ……」

笑顔でマスターに勝利宣言をするエステル。
マスターはぼう然とした様子で答えたが、酒を飲んでいた青年達は怒ってエステル達のテーブルに近づいて来る。

「こらぁ!」

エステルをかばうようにヨシュアが青年達の前に笑顔を浮かべて立ちはだかる。

「驚かせてすいません、エステルの舌と胃袋は特別なんです」
「ふざけるな!」

青年達の1人がヨシュアの体を突き飛ばした。

「ヨシュア!」

店の壁に叩きつけられたヨシュアにエステルが駆け寄った。

「アンタ達、いきなり何するのよ!」

アスカが声を荒げて怒った顔で青年達をにらみつけた。

「アスカ、騒ぎを起こしちゃマズイよ!」

シンジが肩に手を置いて止めようとするが、アスカはまったくシンジの方を向こうとはせず、にらみ合いを続けた。

「どうしよう、このままじゃケンカになっちゃうよ……」

不安そうな声をシンジが上げたその時、緊迫した空気を切り裂く侵入者が店に現れる。

「君達、一体何をしているのかね!」
「げ、ダルモア!」

入って来るなり大声で注意をしてきた壮年の男性を見て、青年達は嫌そうな声を上げた。

「こ、これは市長……」
「外を歩いていたら、騒がしい声が聞こえて来たのでね」

マスターがカウンターから出て来てやって来た壮年の男性に頭を下げて謝りながら事情を話し始めた。
話を聞いた壮年の男性はエステル達に申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

「君達に不快な思いをさせて済まなかったね。この店のマスターには厳しく注意をして置くから、どうかお許し頂きたい」
「いえ、別にアタシ達は……」

アスカはすっかり怒気を抜かれてしまった。

「誰?」
「ルーアン市長のダルモア様です」

エステルの質問にクローゼが答えた。
男性から感じられる気品と威厳は市長だと言われて納得できるとエステル達は思った。
マスターはアスカ達に迷惑を掛けてしまったお詫びとして、エステルだけでなくアスカ達の食事代も無料にしてくれた。
そしてエステル達はダルモア市長と一緒に店を出る。

「この店は素行の良くない若者達が巣食っている場所なのだ」
「そうだったのですか」

ダルモア市長の言葉を聞いて、クローゼは案内役を果たせなかった事を悔いているようだった。

「クローゼさんが悪かったわけじゃないよ」

シンジは気落ちしたクローゼを励ますように声を掛けた。

「料理はおいしかったのに」

エステルは本当に残念そうな顔でつぶやいた。

「君達はルーアンに観光に来たのかね?」
「いえ、僕達は遊撃士です」
「あたし達、ロレントから来ました」

ダルモア市長に尋ねられて、ヨシュアとエステルが準遊撃士の紋章を見せて答えた。

「おお、ジャンが話していたロレント支部からやって来る有能な遊撃士とは君達の事だったのか」
「そんな、有能だなんて……」

シンジが戸惑ったようにダルモア市長の言葉を否定するが、市長はそんなシンジの態度をさらに気に入る。

「いやいや、これでルーアン市の平和は安心だ。それでは私はこれで失礼するよ」

ダルモア市長はそう言って、エステル達の側から立ち去って行った。

「僕達が有能だなんて、何かの間違いじゃない?」
「きっとそう言ってアタシ達をおだてて持ち上げて、仕事をたくさんさせようって考えよ」
「ひえー、それは大変ね」

シンジとアスカのやり取りを聞いて、エステルはたまらず悲鳴を上げた。

「たくさんご飯を食べたんだから、その分仕事もしないとダメだよ」

ヨシュアはエステルにそう声を掛けるのだった。



<ルーアンの街 遊撃士協会>

昼過ぎにルーアンの遊撃士協会へ入ったエステル達は眼鏡を掛けた青年に出迎えられる。

「やあ君達、遊撃士協会ルーアン支部へようこそ。僕は受付を預かるジャンだ、よろしくね」
「どうも」

明るい調子で言われて、エステル達は頭を下げた。

「さてと、ずいぶんと羽を伸ばせたみたいだし、これからたくさん働いてもらうよ?」
「うっ……」

ジャンの言葉を聞いたエステルが思わず顔をしかめた。

「あの、私が無理を言って引き止めたんです」

クローゼがそう言ってエステル達の遅刻を擁護しようとすると、ジャンは手の平を前に突き出して止める。

「君がかばう必要は無いよ、エステル君がラヴァンタルの『特盛りリゾット』に勝った事は評判になっているからさ」
「えっ、もうウワサになっているの?」

ジャンの言葉を聞いて、エステルは驚きの声を上げた。

「あそこのマスターはあの料理を使ってお金を稼いでいたからね。食べられそうな相手に対しては、食べられないように邪魔もしていたらしい」
「それはひどいわね」

話を聞いたアスカは鼻息を荒くして怒った。

「マスターも君のような女の子が相手だったから、油断したんだろう。やり返してくれて感謝するよ」

そう言ってジャンは自分のポケットから100ミラ硬貨を取り出してエステルに渡した。

「このお金は?」
「僕からの報酬だよ。個人的な物だけどね」
「もしかして、ジャンさんもあのリゾットに挑戦したんですか?」
「ああ、情けない事に邪魔されるほどでは無く負けてしまったんだけどね」

シンジの質問にジャンは苦笑しながら答えた。

「それでは、私はそろそろ学園の方へ戻りますね」
「今日は案内してくれてありがとう」
「いえ、大した事もできなくてすいません」

クローゼはエステルに笑顔で返した。

「でも、1人で大丈夫?」
「はい、剣とアーツを少々使えますから」

シンジが尋ねると、クローゼは制服のポケットから伸縮式の突剣と戦術オーブメントを取り出した。
それを見たエステル達はおおっ、と歓声を上げた。

「クローゼ君はこのギルドに学園や孤児院からの依頼を連絡しに来てくれるんだよ。特に孤児院は通信機が無いからね、助かっているよ」
「そんな、それほどでも……」

ジャンの言葉にクローゼはやんわりと首を横に振った。
クローゼが帰った後、エステル達は遊撃士としての仕事を始めた。
そして1日が終わり、明日も今日と変わらない1日が始まるとエステル達は思っていた。



<ルーアン地方 マーシア孤児院>

その日は雲一つなく晴れ渡った夜だった。
限り無く新月に近い細い三日月が放つ光りも、優しく闇夜を照らし窓を通って室内へと差し込んで来る。
2階の自分の部屋で眠りに就こうとしたテレサ院長は窓の外に細い筋が浮かび、影が出来ているのに違和感を感じた。
雲にしてはおかしな形だ。
いや、雲では無い、下の階から煙が上がっているのだ!
そして焦げ臭いにおいが部屋の中に充満する。
テレサ院長は確信した、火事だ! この孤児院が燃えている!
子供達を助けなければ!
同じ2階にある子供達の部屋に駆け込んだテレサ院長は子供達を叩き起こし、子供達と一緒に階段を降りる。
しかし、1階に降りたテレサ院長は息を飲み、子供達から悲鳴が上がる。
孤児院からの出口である玄関には行く手を阻むように燃え盛るまきが山積みにされていたのだ。

「ああ神よ、せめてこの子達の命だけはお助け下さい……」

テレサ院長が祈りをささげたその時、入口付近の建物が扉と燃え盛る薪の山を巻き込んで衝撃を受けたように吹き飛んで消滅した。
大きな音に驚いたテレサ院長と子供達が思わず目を閉じる。
再び目を開いた時、目の前には水色の髪の少女が立っていた。
少女の白い透き通るような肌は月明かりに照らされて、幻想的な美しさを作っていた。

「あなたは、女神エイドスさまが遣わした天使様なのですか?」
「もう大丈夫」

テレサ院長の質問に少女は答えず、穏やかな笑みを浮かべて話し掛けた。
いつの間にか孤児院を焼いていた炎も消えていた。
そして、少女はゆっくりとその場を立ち去って行く。

「オレ達を助けてくれてありがとう!」

クラムが少女の背中に声を掛けた。
少女は振り返えらず、その姿は小さくなり闇へと消えた。

「……お待たせ」

マーシア孤児院から立ち去った少女は、街道で待っていた銀髪の少年に声を掛ける。
その少年の肌は少女と同じく白かった。

「さあ、デートの続きをしようか」

少女は少年の言葉に黙ってうなずいて差し出された少年の手を取った。

「ふふ、この力にはこんな使い方もできるんだよ」

手を繋いだ少年と少女は細い三日月が浮かぶ夜空へとフワリと飛び立って行った。
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