ナイジェリア大会で亨進様が頬を打たれた理由は如何に
テーマ:ブログカープカフェに掲載された記事を翻訳して引用します。
表で伝えられている内容とは全く異なる驚愕の実情が記されています。
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ナイジェリア真のご父母様大会出席所感
(ご父母様のナイジェリア訪問日程全体に参加したあるアフリカ指導者の所感を翻訳して掲載します)
(前略)
アフリカのためにナイジェリアを短い期間訪問されましたが、真のご父母様はすべての精誠を注いで下さいました。ところがこのように大変に訪問して下さった真のご父母様を迎える基準と準備において相当な物足りなさが残る行事でした。真のご父母様は、今や、一国の大統領たれども簡単には相対して下さらない平和の王なのに、単に大統領に会うということだけで、このように無理な計画を推し進めなければならなかったのかという感じがしました。私たちの指導者の方々が何をお考えか分かりませんが、アフリカの指導者である私を含め、本当に反省して改心するべきだと思います。
18日の早朝訓読会で、私は本当に見るに耐えない場面を見てしまいました。
真のお父様は、何か霊的に基準が大きく反れたと思われたのか、食口たちが見る前で亨進様の頬を鋭く叩きました。続いて亨進様の夫人であるヨナ様の頬も叩かれました。
あっという間に起きた突発事態でした。
お父様は、その後も2時間ほどみ言を続けられましたが、こういう場面を初めて見たアフリカ食口たちは途方もない衝撃を受けたようでした。多くの食口たちは、私たちが真のご父母様を迎える準備をよくできなかったので全体を代表して亨進様夫婦が蕩減を払われたとも考えました。
真のご父母様が出発されてから、私は今回の行事について整理してみました。
大統領の招請でなされた歴史的な訪問でしたが、数日間の過程を考えれば、あまりにも物足りなさが押し寄せてきました。指導者たちが、なぜもう少し準備できなかったのだろうか、霊的にすべての現実を把握された真のお父様はどれくらい残念だっただろうか、などなど、多くの考えが私を困惑させました。
真のご父母様が、平和大使である大統領の招請でナイジェリアを訪問されるという便りがアフリカに伝えられた時、アフリカの指導者たちと中心食口は今回の訪問を通じて大きい変化が起こり、国家的にも大々的な歓迎があると期待しながら精誠を捧げました。経済的に大変だが、多くの方々が早くからナイジェリアに入ってきて真のご父母様をお迎えする準備と国際会議を準備しました。
そして終に真のご父母様がナイジェリアを訪問され、7月15日には大統領と歴史的な会談が開催されました。大統領が、真のご父母様のみ言と指導により、国を導いてくれることを思い、私たちはとても高揚し喜びました。
ところが何かちょっとおかしな事がありました。
言論や放送でこういうニュースが伝えられない、ということでした。
私は恐らく時間が少し必要なのだろうと思ってやり過ごしました。
ところが16日から18日まで大会場でお父様がみ言を語られる時や訓読会を主管される時の雰囲気が尋常ではありませんでした。
アフリカの状況を最大限考慮しても、真のご父母様を迎えるには準備がとても不足した部分があちこち目に付きました。大会初日から大会場には内部食口たちが多くの比率を占めました。日本から動員された食口100人余り、ナイジェリアと近所国から来た食口および平和大使がたくさん動員された反面、ナイジェリアの政府閣僚や指導者らは殆ど見当たりませんでした。
大統領が国賓で真のご父母様を招請した行事とは到底信じ難いものでした。周囲の何人かの指導者が話す言葉では、お父様が大統領に接見したものの、とても大変で最後まできわどく準備してやっと整えたという声も聞こえました。
最も残念だったのは、17日にお父様が壇上で5時間ほど話されましたが、中間で参加者の半分以上が出て行ってしまったことでした。会場のマイク施設が良くないうえに、壇上に固定されたマイクからお父様が向きを変えたり横に出て話される時は、声も聞こえず、同時通訳も中断され・・・
本当にお話になりませんでした。いくらアフリカとは言え、あまりにも誠意なく準備したのではないだろうかと、あちこちで不満の声が出てきました。場内が雑然とした中で長時間立ってお話しされたお父様を見つめながら、とても申し訳なく残念に思いました。
こういうみ言を、この国の最高指導者が聞かないで、準備されてない人々を連れてきて座らせておいて、多くの人々が立ち去ってしまうとは・・・
到底理解できないのは、渾身の力を出してみ言を下さるお父様に対する進行者たちの不十分な対処でした。
いくらお父様がみ言を長く語られたとしても、誰かの指示である西洋人スタッフがお父様にメモを渡すや、それをじろりと見られたお父様はメモ用紙をつかんで床に投げてしまいました。
時間がさらに過ぎてお父様がお話しされた後、一息つかれた時に、ドクター・ウォルシュが上がり、お母様を壇上に一緒にお迎えして花束を贈呈しました。
ところがこの時、お父様は花束を受けるや否や、二つとも聴衆側ではなく、講壇の左右に投げてしまわれ、その後、壇上に出てこられたお母様を席に戻され、引き続き2時間お話されました。
お父様は、お話の途中で大統領がどこへ行ったかと探されたりもしました。
古参食口たちはお父様がなぜ長時間お話になるのかその理由をよく知っていました。それゆえ、とてももどかしく申し訳ありませんでした。
私はホテルに滞在しながら毎日新聞などに細かく目を通したのですが、大統領との会談内容や行事に対する記事は見付けることができませんでした。
結局18日の早朝は、全食口が参加して訓読会が行なわれましたが、ほぼ12時まで7時間に亘って進行するなかで、ついにお父様のご不便な気持ちが表出する事件が発生しました。
お父様が、しばらくみ言を語られた後で、韓国からこられたドクター黄(ファン・ソンジョ会長)とドクター梁(ヤン・チャンシク会長)を壇上に立たせて、引き続き二時間ほど語られ、何か指示をされましたました。
公式行事の時と同様に、この日の訓読会でもマイク状態が良くなく、間近にいた人以外の殆ど大部分の食口たちはどのようなお話か聞くことができなかったし、通訳も不可能でした。
すると、横に立って耳を傾けて聞いていた亨進様が、お父様のみ言が終わったと判断されたのか、お父様に差し上げる拍手を食口たちに促して億万歳三唱を引導しました。亨進様がハナニム億万歳をするや、お父様は突然「止めろ」とおっしゃり、立っている亨進様の頬を強く叩き、そばにいた小さいヨナニムまで呼んで立たせて頬を殴りました。この場面を目撃した食口たちは慌ててどうすればよいか分かりませんでした。私も顔が熱くなって堪え難いほどでした。
お父様は、その後もみ言を数時間続けられ、結局、その疲れたお身体にも拘わらず7時間も語られ、ドクターファンに億万歳をリードさせて訓読会を終えました。私は、行事場所を後にしながら心がとても重かったです。
お父様は、今回、本当に勝利されたし、こん身の力を絞って絶対的な真の愛をアフリカのために投入して下さいました。ところが、この行事の責任を負った私たちアフリカ指導者と食口たちはどれくらい責任を果たせただろうかという思いに、とても申し訳なかったです。私はこの行事を企画して準備した世界の指導者の方々に、その責任を転嫁するつもりはありません。結局、アフリカはアフリカ自らが責任を負わなければならないからです。今回私たちのアフリカは、真のご父母様にあまりにも大きい負債を負いました。
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