菅直人首相は22日の参院予算委員会で、民主党の09年衆院選マニフェスト(政権公約)について「財源にやや見通しの甘い部分もあった。国民におわびを申し上げたい」と陳謝した。総額16.8兆円に達するマニフェストの新規政策は、民主党政権の発足当初から行き詰まっていたが、東日本大震災への対応を理由にようやく破綻を認めた形だ。首相の陳謝を受け、民主党は子ども手当の修正を巡り自民、公明両党に譲歩するなど、懸案の特例公債法案の早期成立に向け環境整備を加速させたが、自民党内には今国会の会期延長を巡り3党合意がほごにされた不信感も残り、合意が整うかどうかはなお見通せない。
「予算委員会で首相が『マニフェストは正しかった』と言ったら崩れてしまう」。自民党の石原伸晃幹事長は22日の3党幹事長会談で、民主党の岡田克也幹事長に懸念を示した。だが同じころ、首相は参院予算委で「基本的な認識は岡田幹事長と一致している」と答弁。岡田氏は事前に首相に根回ししていた。
首相の陳謝を機に、民主、自民、公明3党が再び接近し始めた。民主党は22日、子ども手当に関する実務者協議を急きょ設定。同党幹部は「新たな案を提示する。できれば今日中にまとめる」と意気込んだ。協議では「所得制限1800万円」から大幅譲歩した案を自公両党に提示。22日は合意に至らなかったが、民主党は妥結への自信を深めている。
自民党は大島理森副総裁と石原氏のラインが民主党との連携に動いた。大島氏は21日、岡田氏が首相に先立ちマニフェストについて陳謝したのを受け「現状を客観的に考えた意見」と評価。大島氏は同日、11年度第2次補正予算案の成立が25日にずれ込むことを報告した参院自民党幹部に「原子力損害賠償支援機構法案などの審議に影響しなければ構わない」と、民主党に配慮を見せた。子ども手当の譲歩案が自民党に伝わったのも幹事長ルートだった。
だが党内には、民主党との協調に前のめりな石原氏らへの不満も根強い。石破茂政調会長は22日「紙で持ってこないと判断しようがない」と「蚊帳の外」の不満を周辺に漏らした。「民主党はまた『実は党内がまとまらない』と言い出すかもしれない。今までに何度もそんな場面はあった」(中堅議員)と疑問視する声もある。首相に近い北沢俊美防衛相は22日の記者会見で「原理主義者が急に『謝罪主義者』になっても、なかなか成果は上がらない」と岡田氏批判を展開した。
「かなり霧は晴れてきた実感はあるが、まだ山頂まで見渡すことはできていない」。民主党の安住淳国対委員長は22日の記者会見で、首相の出方を読み切れないもどかしさをにじませた。【大場伸也、念佛明奈】
09年マニフェストに関し、菅首相と岡田氏が「見通しの甘さ」を認めた背景には、基本政策を巡る小沢一郎元代表との路線対立がある。岡田氏に近い中堅議員は陳謝について「(小沢路線の)店じまい」と話すが、「とっくの昔に破綻している」(財務省幹部)マニフェストで有権者に過大な期待を振りまいた責任が問われそうだ。
民主党は09年衆院選で、防衛費に匹敵する5・3兆円規模の子ども手当をはじめ、高速道路無料化やガソリン暫定税率の廃止など家計を直接支援する制度をぶち上げた。これらを主導したのが、06年に代表に就任した小沢元代表だ。月額1万6000円だった子ども手当を2万6000円に引き上げるなど、主要政策の財源を拡充し、それ以前に菅首相や岡田氏らが築いた政策体系を「バラマキ型」に変更。財源は「無駄遣いの根絶」「埋蔵金の活用」で確保できると主張した。
小沢元代表は、年金目的消費税の導入など国民負担を増やす政策も削除。当時党代表代行だった首相は「残しておけばいい」と不満を漏らした。岡田氏も、09年衆院選マニフェストの策定の際、ガソリン税の暫定税率を10年度から廃止する方針について「11年度の環境税創設と並行実施すべきだ」と財源確保の観点から抵抗した。
元代表の主導で策定されたマニフェストで政権交代を実現した民主党だが、政権を取った途端に財源確保に苦しんだ。無駄削減のために実施した「事業仕分け」などで捻出できたのは、10年度予算で3・3兆円だけ。ガソリン税の暫定税率廃止も早々に断念した。11年度も特別会計の事業仕分けなどを行ったが6000億円しか捻出できず、子ども手当の満額支給も実現できなかった。
首相と岡田氏による今回の陳謝には、野党時代からのこうした経緯がある。ただ、方針転換は党の機関決定を経たものではない。元代表に近い鳩山由紀夫前首相は22日「特例公債法案のために野党にすり寄ったのではないか」と首相らの姿勢を批判。鳩山グループの川内博史氏らも、岡田氏に発言撤回を申し入れた。今後党内で、マニフェスト総括を巡り対立が激化するのは確実だ。
22日の民主、自民、公明3党の幹事長会談では井上義久公明党幹事長が「党内のコンセンサスはどうなってるのか」と追及。岡田氏は「幹事長の私の発言が民主党の立場だ」と強調する場面もあった。【田中成之、坂井隆之】
毎日新聞 2011年7月22日 21時58分(最終更新 7月22日 23時40分)