なでしこのW杯優勝と“母国”の歩み (2/2)
東本貢司の「プレミアム・コラム」
■イングランド女子プロフットボールの歴史
イングランド史上、初めて女子のフットボールゲームが行われたのは1895年。これは男子の全国リーグが創設されたわずか7年後に当たる。ただし、あくまでも余興イベントに近いたぐいだったらしく、試合は「北部選抜」が「南部選抜」を7−1で下している。
それでも、その25年後に行われた史上初の国際マッチ、イングランド代表(男子の初期強豪プレストンの地元で結成された「ディック・カーズ・レイディーズ」)対フランス代表は、2万5000人が見守る中でイングランドが2−0の快勝。同年の「ディック・カーズ」対「セント・ヘレンズ・レイディーズ」(4−0で前者が圧勝)に至っては、何と5万3000の大観衆が詰め掛けた(これは今でも最多動員記録として残っている)。
ところが翌1921年、時の為政者から「禁止勧告令」が通達されてしまう。いわく「婦女子の恒久的(つまり、リーグシステムによる)フットボールを禁じる……婦女子にとって、このスポーツはきわめて不適切なものであり、間違っても奨励されるべきものではない」
この禁止令が解かれるまでには、それから50年近くを経て“The Women's Football Association (WFA)”、つまり(イングランド)女子フットボール協会(加盟チーム数、実に44!)が結成された2年後の、71年まで待たねばならなかった。
そういえば、マーシュの“戯言”が世に出たのはちょうどこのころ。おそらくは、WFAなる“陳腐”なスポーツ協会ができたことや、同年に早速開催された「女子FAカップ」(優勝はサウサンプトン)などについて、メディアあたりから意見でも聞かれた結果だったと思われる。
はたして、正式な全国リーグ(24チーム)が端緒についたのは、さらに20年後の1991年だったわけだから、真の意味でのイングランド女子プロフットボールの歴史が始まったのは、まさにプレミアリーグ創設(92年)とほぼ同時だったということになる。
■女子フットボールの定着に向けて
以来、イングランド女子リーグにおいて常勝チームとして君臨してきたのは、アーセナル・レイディーズ。これに続く有力なライバルはチェルシー、エヴァートン。また、ここ数年、バーミンガムも着実に実力をつけて3強に食い込む勢いを見せている。
なお、母体(統括機構)となるFAが、女子フットボールにおける「草の根からエリートまで」の育成プランを発表したのは、日本男子が初めてW杯出場を果たした98年のこと。この翌年、アメリカで女子W杯が開催されているが、この時の決勝は、実に9万の大観衆が詰め掛けたという。
なお、WFAは今年2011年より、その名も“FA Women's Super League”という特別短期エリートリーグを新設(夏季限定:8チーム)、母国のプライドを懸けた(?)強化策を打ち出している。“シーズン”半ばを終えた現在、首位は進境著しいバーミンガム。以下、本命アーセナルにチェルシー、エヴァートンの強豪が続く。
こうして歴史をたどってみると、女子サッカーが地球レベルでの発展に向けて走り出したこと自体、ほんの10年前程度にすぎないことがよく分かるだろう。しかし、その10年が驚くべき進化を見せていることは、今回のドイツ・W杯に出場した各国代表の戦いぶりを俯瞰(ふかん)してみて実感できた。そして、なでしこジャパンの優勝は、少なくとも代表レベルにおいて、その“進化域”に追いついたことを紛れもなく証明している。
それでも、浮かれているだけでは何もならない。仮に今から数年先のプロ化を視野に入れるとして、その一方で競技人口の飛躍的増加を促す“デフォルトベース”ができていくこと、例えば、小学校の校庭で昼休みにサッカーをして遊ぶ女の子の情景が当たり前のようになった時こそ、真の意味でこのスポーツが定着した、と言えるのではないだろうか。
とはいえ、女子フットボールはまさに「これから」のスポーツ。そして、そこにひとつの金字塔を打ち立てたばかりの「なでしこジャパン」が今後、日本を元気にする期待のシンボルの1つに成長してくれそうな希望は、当然膨らむ一方だ。だからこそまた、性急に時間を惜しむことなく、まずは徐々にでも待遇改善と環境整備の道を模索しつつ、若い有望なプレーヤーの海外飛躍などで、じっくりと足場を固めていってほしいものである。
<了>
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東本貢司
1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。最新の訳書に『マンチェスター・ユナイテッド クロニクル』(カンゼン)
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