「脱原発」は菅直人首相の「思い」であって、政府・与党の方針とは別--。菅首相の脱原発会見から一夜明けた14日、政府・与党内からは当面のエネルギー政策への影響を否定する発言が相次いだ。議論もなしに国策の大転換を打ち出した首相の「独走」には首相周辺からも「勝手に言わせておくしかない」と突き放す声が漏れる。「本格的な議論は次期政権で」というのが首相以外の共通認識となりつつある中、首相は原発の再稼働延期や「埋蔵電力」の発掘で実績づくりを狙う。【野原大輔、宮島寛、中井正裕】
「遠い将来の希望について首相の思いを語られた」。枝野幸男官房長官は14日の記者会見で、「原発に依存しない社会を目指す」との首相発言は政府方針ではなく、首相の個人的な「思い」との見解を示した。海江田万里経済産業相も衆院東日本大震災復興特別委員会で「将来のエネルギー電力供給の方向性として示された」と用意した紙を読み上げた。
民主党の岡田克也幹事長は記者団から「首相の思いは党の方針か」と聞かれ、「民主党ではない」。輿石東参院議員会長は「やがて首相の職を辞さなければならないなら、自分の思いは余計、国民に訴えておきたいという気持ちがあっても不思議ではない」と解説した。
政府は6月、新成長戦略実現会議の下に「エネルギー・環境会議」を設置し、「革新的エネルギー・環境戦略」の策定へ7月中に中間報告をまとめようと動き出している。再生可能エネルギーの拡大などが盛り込まれる見通しだが、「脱原発」まで踏み込む議論にはなっていない。枝野氏は「将来の目標の話とは必ずしも結びつかない」と首相の発言とは切り離す考えも示した。
しかし、首相本人は「思い」で終わらせるつもりはない。「定期検査中の原発をどうするかが最大の手持ちのカード」(首相周辺)となっており、ストレステスト(耐性試験)を指示して九州電力玄海原発の再稼働を先送りさせたばかり。運転停止中のほかの原発も含め「首相退陣後の早期再稼働」を狙う経産省との綱引きが続く。
その中で焦点に浮上しているのが、東日本大震災前から調整運転の続く北海道電力泊(とまり)原発3号機と関西電力大飯(おおい)原発1号機の扱いだ。調整運転は定期検査の最終段階で原子炉の状態を確認する作業だが、発電された電力は一般に供給される。通常は1カ月程度で営業運転に移行するが、再稼働を受け入れにくい立地自治体と、電力需給の逼迫(ひっぱく)を避けたい電力会社の「あうんの呼吸」(電力会社関係者)で、ずるずると4カ月以上も調整運転が続いている。
枝野氏と海江田経産相、細野豪志原発事故担当相は13日、泊、大飯原発を再稼働の条件となるストレステストの1次評価の対象としないことで一致した。すでに再稼働しているとみなして営業運転に移行させる判断だったが、首相が難色を示した。首相が調整運転の中止を指示すれば「夏の西日本、冬の北海道の需給計画に大きく影響する」と経産省幹部は警戒する。
法的根拠なしに中部電力浜岡原発の中止要請とストレステストの導入指示に踏み切り、政府・与党内の議論なしに脱原発の実績づくりを急ぐ菅首相。民主党の前原誠司前外相は14日のグループ会合で「安全確認をしたうえで再稼働させると言ったほうが責任感がある」。仙谷由人官房副長官は同じ会合で、首相の脱原発会見について「副長官の自分も聞いていない」と批判した。
自民党の谷垣禎一総裁は「退陣を表明した首相が原発に対する国民不安を利用して延命を図ろうとする。国民不在のパフォーマンスだ」と非難した。
「もっとあるはずだ。調べ直せ」。首相は7月上旬、「自家発電の余剰分は180万キロワット」と説明する松永和夫経済産業事務次官を怒鳴りつけた。企業などが保有する5383万キロワット分の自家発電を「埋蔵電力」と位置づけ、電力不足の穴埋めに使う思惑だが、既に自社で使ったり、電力会社に売電済みで、利用は限られる。東京電力も管内の企業などから160万キロワット分をかき集めたが、「埋蔵と言うほど期待はできない」(幹部)。
既存原発を寿命の目安とされる40年で廃止すれば、20年に設備容量で27%減、30年に57%減。国内の総発電量に対する比率も26%から30年には10%台前半に低下する。首相としては、太陽光、風力など再生エネルギー普及までの「つなぎ」として、「埋蔵電力」や天然ガスなどの活用が必要になってくるというわけだ。
ただ、経産省によると、導入後10年で再生エネの設備容量は現行1500万キロワットから4700万~5000万キロワットに拡大するが、天候に左右されて稼働率が低く、総発電量に占める比率は9%から5%押し上げる程度だ。
原発を全基停止すれば年間4兆円規模の発電コスト増が料金転嫁され、10年間の実質国内総生産(GDP)を平均2・5%押し下げるとの大和総研の試算もある。環境省の試算では代替火力が温室効果ガス排出量を16%増やす可能性があり、「脱原発」への道のりは険しい。
毎日新聞 2011年7月15日 東京朝刊