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[28938] 乙女は右手に男のロマンを宿す
Name: クラふぉう◆5cdf10e1 ID:ccd21492
Date: 2011/07/21 01:17
ある日乙女は、ロケットパンチと出会った……。
「正義のヒーロー」になる事を夢見た少女、檜井炉 音芽。
しかし夢は枯れ、望みも断たれ、漫然とした生を送っていた彼女が手に入れてしまった「ヒーローの力」。
そして、ヒーローの渡来を待っていたかのように、街に起こる事件。

かつて望んだ力を手に、彼女は何を思い、何を成すのか……。



どうも。どこの誰かは知らないけれど、知っている人は一応知っている。クラふぉうです。
いつもはISの二次をやっている人ですが、今回はちょいと休憩して投稿用に書いている長編をアップしてみました。
とはいえ、まだ書いている最中なので矛盾があれば文章が勝手に変わったり、ISに逃げたりするかもしれませんが、誤字脱字、せん越ながら感想なども頂ければ作者の右脳と左脳がジョグレス進化して勝率80%に(ry




[28938] プロローグ 「乙女の右手はロケットパンチ」
Name: クラふぉう◆5cdf10e1 ID:ccd21492
Date: 2011/07/21 00:53
 檜井炉 音芽(ひいろ おとめ)は気がついたら、住宅街の道路の真ん中に独り、ポツンと立っていた。

―――あたしは、なんでこんな所に居るんだ?

 この住宅街には見覚えがある。幼い頃から慣れ親しんだ、自分の家を出て少し歩いた所にある十字路だ。しかしその十字路の先は、全て霧がかかったかのようにぼやけていて見えない。

―――そもそも、あたしは何をしてたんだ?

 フワフワとして覚束ない思考を纏めようと、音芽はいつもあまり活発に動かさない頭脳をフル回転させて考えるが、

「おかーさーーん!」

 その慣れない労働は、背後から聞えて来た幼い少女の声によって不要となった。くるりと後ろを振り返り、姿を確認。それと同時に、彼女は深い深い、忌々しげなため息を一つ吐く。

―――ああ、『また』この夢か。

幼女は道路の真ん中を真っ直ぐに走り、そして正面に立ち塞がる音芽の身体を、まるで蜃気楼に突っ込んだかのようにスッ、と通過すると、また何事も無かったかのように走り続けた。

「おかーさーーーん! どこにいるのーーー!?」

 拡声器も無いのにスピーカーのようなボリュームを叩きだす幼く高いその声は、容赦なく半覚醒状態だった音芽の鼓膜と脳を揺らす。
彼女はその声に、強烈で確実な覚えがあった。なにせ少し変わったとは言え、元は自分の声だ。忘れるはずが無い。
 だんだんと、ぼやけていた意識が覚醒していく。
 ああそうだ、これは夢。それも今まで何度も見て来た、とびきりに最悪レベルの悪夢だ。
 変な方向に跳ねるクセがある腰位まで伸びた髪を首筋辺りで一本結びにして、その低い身長に明らかに合ってない赤いロングマフラーを地面に引きずらせながら走る、悩みの『な』の字すら無さそうな表情を浮かべる子供。それが目の前を走る今から八年前の、彼女が七歳の時の姿だ。

―――いい加減にしろ、進むなよ。これ以上は。

 そんな彼女の意思とは無関係に、まるでダビングされた映像を再生するかのように、視点はいつも通りに幼い彼女の背中を追って勝手に移動していく。
悪夢は突然、何の前触れもなくやって来る。それを予期することはできないし、予防法だって有りはしない。呼びもしないのにやって来て、好き勝手に心を乱して、気がついたら消えて行く。自己中ここに極まり、と言えるだろう。
 母を呼び一心不乱に走り続けていた幼い音芽の背中が、ある場所を前にして止まる。
 そこは近所の公園。そこまで広くは無いが一通りのポピュラーな遊具が揃っており、家から近い事もあって、幼い頃は毎日のように日が沈むまで遊んでいた彼女の思い出の場所。
 そうして、チビ音芽は公園の中にいつもの背中を見つける。
 大きくて、優しくて、暖かくて、そんな月並みな言葉しか渡来しないが、とにかく大好きだった、その背中を。

「見つけた! おかーさーーーん!」

 小さな音芽は、自分の声に振り向いて微笑む大好きな母の下腹部へと飛び込んだ。

「あらあら、どうしたの?」
「きいてきいて! きょうね! おとうさんとね!」
「こらこら、落ち着きなさいな。ゆっくりとお母さんに教えてくれる?」
「うん! わかった!」

 ぴょんぴょんと忙しなくジャンプしながら小さな手を使って抱きつく娘と、それを少し困ったような顔で受け止める母親。この光景の前にはどれほど冷徹な人間でも、思わず顔を綻ばせてしまうだろう。
 懐かしく暖かい追憶に、夢を見ているだけの音芽も一瞬、これが悪夢である事を忘れてしまいそうになる。

「おとうさんとね、『とっくん』したんだよ!」
「そう、今日はどんな特訓をしたの?」

母は幼い彼女の頭を撫でながら、屈んで目線を娘と同じに合わせる。
 頭を撫でられる心地よい感触に目を細めながら、娘はきゃっきゃっと答えた。

「うんとね、まずはしりこみでしょ。それにかたのれんしゅうとかやって、あとはくみてをしてね―――」

 指を一本一本折りながらトレーニングの内容を一生懸命思い出す愛娘の話を母さんは、目をしっかりと見据えて、ひとつひとつ笑顔で頷く。その優しい笑顔に後ろで眺めているだけの今の彼女も、思わず頬が緩んでしまう。

「でね、でね! きょうはあたらしい『ひっさつわざ』もおぼえたんだよ!」
「あら、凄いじゃない! また、夢に一歩前進ね」

 だがその一言で、音芽の夢うつつを行き来していた意識は一気に現実に引き戻された。
 そう、これは夢―――それも極上の悪夢。
結末は常に不変。何がしたいんだ、何であたしはこの夢を繰り返し見る?
いくら自己門答を繰り返そうと、答えはまったく出ず、そして最後の、あのシーンが再生される。

―――やめてくれ、これ以上、あたしに思い出させるなよ……。

「うん! あたしも、いつかきっと―――」
 幼い自分が、胸を張って宣言する。

「おとうさんみたいな、『せいぎのヒーロー』になってやるんだから!」

―――クソ、ああ本当に、本当に最悪な悪夢だ……。


                  ○●○


 朝、ほぼ徹夜明けのせいで中々開店しない目蓋をこすりながら、パジャマ姿の少女、檜井炉音芽はヤカンに火をかけトースターに食パンを突っ込むと、リビングのソファーに雪崩れこむ様にダイブした。
 眠い、眠たい、眠すぎるの三段活用。
 ああ、なんで昨日、あんな下らない事でムキになっちゃったかなぁ……。
 油断すると再び夢の国へ強制連行されそうな意識と、ふかふかでひんやりするソファーの誘惑と格闘しながら、彼女は朝のワイドショーを見る為に、リモコンを持ってソファーと向かい合う形で置かれたテレビの電源を入れ、

「げっ……」

 その意識を、一気に覚醒させた。
 画面の中では、アナウンサーが昨夜起きた事件について読み上げている。
そしてそれは、彼女が今、この世で一番聞きたくない話題だった。
 寝ぼけ眼が一瞬でしかめっ面になり、電源ボタンをもうワンプッシュしたい衝動に駆られるが、朝にマノさんの顔を見るのは音芽の欠かせないライフワークだ。
確かめたい事もあるし、彼女はため息を吐いて腹をくくると身体を起こしマジメに傾聴する姿勢に入る。

『本日未明、巷を騒がしている犯罪グループ構成員三名が、路上で倒れている所を逮捕されました』

 知っている、なんたって自分はその事件の当事者なのだから。
 デカいのが一人、チビが一人、そして丁度二人の中間くらいのが一人。古来から続く悪役のテンプレートを忠実に守っており、全員いかにも、マンガなどで主人公にボコボコにされる為に存在する三流チンピラといった風貌だった。犯罪グループだったことは流石に意外ではあるが。

『彼等は今日の朝方、電柱にぶつかり大破した車内で全員気絶しており、特に目立った外傷はなく―――』

これも知っている。そして車体の後ろには、

『何かが貫通した様な謎の穴が開いており、専門家たちの間で議論を―――』

 説明が少し抜けている、正確には『拳大』の穴だ。因みに、運転手側のドアミラーも粉砕されていたはず。

『男達は走行中にこの大穴を開けられ、電柱に衝突して気絶したという見解を元に、警察は加害者グループに何らかの強い恨みがある相手の線から―――』
「よし、あたしがやった事はバレてないな。セーフ……って違う! 違うぞ!」

 家には彼女以外誰もいないのに必死になって否定する音芽だが、今テレビで騒いでいるこの事件の犯人は、いた仕方ない所はあるものの、客観的に見ようが主観的に見ようが完全に彼女であった。
 昨日、とある用事で音芽は深夜まで、治安があまりよろしくない南区を徘徊していた。
 花の女子高生が、独り寂しく、そこそこ端整な顔を不機嫌そうに歪めながら。
 当然、夜道が物騒な事に定評がある場所に、カモがネギ所か、ついでにダシとコンロも一緒に背負ったような年端の少女が一人ほっつき歩いていたら、捨てておく輩はいないだろう。深夜を主な活動時間にするような奴らは、特に。
 昨夜の三人組も、そういう類の輩達である。
人気のない道をトボトボ歩いていた音芽の真横に車を止め、馴れ馴れしく声をかけて来たのが始まりだった。

―――ヘイヘイ、こんな夜中になにしてんの? 持て余してんの?

彼等は無視して速足に先へ行こうとする音芽を追いかけながら、最低に下品な『お誘い』と共に下卑な爆笑を飛ばす。それが、用事が終わらず放課後からずっと歩き倒しで、タダでさえ臨界点だった彼女の、溜まりに溜まったフラストレーションに火をつけてしまった。

―――うっせえんだよド変態共が! 

 瞬間、彼女が振り向くと同時に右手から繰り出される裏拳。
 ゴギャン、という音を立てて、吹っ飛ぶ『何か』。
 窓を開けて、空中から帰って来た『何か』を確認した後部座席に座っていたチビの顔が、ガミ○ス帝国の総統のように真っ青になる。
 カランカラン、とアスファルトに転がる、歪にひじゃけたドアミラー。そして、前を向くと無くなっている左のドアミラー。
 答えは全て、右手を硬い物を殴った後の様にヒラヒラしながら激怒に表情を歪めた、目の前の女子高生のような『何か』が物語っていた。
『何か』としか言いようが無い。マジメに学業に打ち込んでこなかった彼らでも、裏拳でドアミラーを吹き飛ばすような奴が、女子高生なんてカワイイ物ではないのは簡単に理解できる。

―――ヒィィ!? ば、化物だぁぁぁぁ!!?

 人知を超えた『何か』の恐怖に完全に呑まれてしまった三人組は、一刻も早くこの魔境から逃げ出そうと車を急発進させるが、日頃の行いが祟ったのかそうではないのか、定かではないが、その日の彼等は最高にツイていなかった。

―――逃がすかこの腐れチンピラ共ォ!

 ……こうして思い起こせば、自分はいささか、短気が過ぎると思う。
『コレ』がバレてしまえば、自分は明日、近所のコンビニに買い物に行けるかどうかすら怪しいと言うのに、あんなことで使用してしまうなんて。短慮、浅はか、ほんとバカ。
 そんな彼女の後悔を余所に、チンッ、と小気味のいい音と共に、テーブルに置かれたトースターに入れていた食パンが、程良い小麦色になって射出された。……なぜか、天井高くまで。
 だが音芽はめんどくさそうに一瞥しただけで、特に驚いたような表情を浮かべない。
 どうという事は無い。特別製なのだ、あのトースターは。
自分が生まれる前からこの家で食パンを焼き続け、ほぼ年中無休で働き続けた結果、懐き度とかそんなんがマックスになって内部で突然変異を起こし、パンを空高くまで放り投げる仕様にメタモルフォーゼしたのだ。決して壊れている訳ではない。修理代をケチってる訳でもない。うん。

―――それに、今はこっちの方が色々と都合がいいしな。

音芽は右手を、自然落下の体制に入った食パンに突き付けた。
彼女が座っているリビングのソファーからキッチンまで、距離は1m以上。
当然、ヨガをマスターしたインド人ではない彼女の手は届かない。届くはずがない。
だというのに、そんな常識どこ吹く風か。
音芽は左手で二の腕を掴み、右拳を握り締め、大きく息を吸って集中する。

―――方位良し、風向き関係無い、気合は……元より。

 そう、昨日の夜も丁度こんな感じだった。狙うのが食パンか、車のケツかの違いはあるが。
 そうして息と共に吐きだす。その左腕の名前を、あふれ出る力を、内なるエネルギーを。

「ロケットォォォ……パァーーーーーーンチィィィ!!!」

 瞬間、音芽の『鋼色』をした右腕から、ガコン、と、前腕と上腕を固定していた金具が外れる。と同時に、前腕の切り口からブースターが顔を出し、爆音と爆炎を上げて食パン目掛け、文字通りかっ飛んでいった。
 落下する食パンよりも圧倒的に速い速度で、空飛ぶ鋼鉄の右腕が迫り、

「よ……っと」

 閉じられていた拳がパッと開くと、食パンを見事キャッチすると大きくターンをして、また音芽の右腕に戻り再び、ガコン、と音を立てて何事も無かったかのように固定された。

「ふふん。我ながら、完璧なエイミング」

 などと抜かして眼を閉じてドヤ顔になるが、食パンをくわえながらなのでイマイチ締まらない。
というか、花の十五歳の右腕がロケットパンチな時点で何か締まらないというか、シュールな異常事態なのだが、当の本人はとっくに慣れ切ってしまったので特に何も感じない。
例え常に銃弾飛び交う戦場で暮らそうとも、何カ月もそこに居れば、その人にとってはそれが慣れ親しんだ日常と化すのと同じように、彼女にとってもこの右腕がある生活は、いつもと変わらない日常と化してしまっていた。
しかし、何事にも始まりというモノはある。
今ここで、パンにバターもジャムも塗り忘れたことに後悔する少女、檜井炉音芽にとっての始まりはちょうど二ヶ月前。
彼女は実の父親に呼ばれ、空港に足を運んでいた……。


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