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[1442] 太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆7ce9d5d0
Date: 2010/04/09 22:46
「朝でふよ、太郎」

いつもと同じ、目覚めを告げる一切の感情を排除した幼い美声。

虚ろな思考がゆっくりと覚醒してゆくのがわかる、いつもと同じ朝の感覚。

上半身を持ち上げて、ゆっくりと目を見開き、朝特有の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み。

「おはよう、かーさん」

白い少女に頭を軽く下げて挨拶、見た目4歳ぐらいの少女が白いワンピースを纏って目の前を浮遊している。

同じく雪のように白い肌に、白い髪、風もないのに踊るように漂う様子は少し怖い。

全てが白で構成された少女、瞳は閉じられており、その色を窺い知る事は出来ない。

「おはよう、ご飯出来てまふ」

それだけを言い残して、部屋を出てゆくかーさん、床ギリギリまで伸ばした髪が触手のように蠢いて。

ドアをパタンッと閉める。

「ふぁ、んー、もう少し寝よう」

自分にはとことん甘い俺、かーさんがいなくなった事を良いことに再度夢の中へと。

バタンッ。

「太郎~、起きる」

いつものパターン、そしてまた入ってきたかーさんに頬をペチペチと叩かれる、冷たい手の感覚にため息をする。

でふでふと、不機嫌そうなかーさんの呟きは白い息となって朝の冷たい空気の中に消えてゆく。

無理やり叩き起こさないところがかーさんの良いところである。

「んー、やだ、寝る」

「でふ、学校に遅刻するでふよ、おかーさんとして、許さないでふ」

ムーーっと無表情ながらに一生懸命に俺を布団から出そうとするかーさん、白い髪の毛が俺の体にじゃれるように絡みつく。

サラサラとした心地よい感覚、体がゆっくりと浮き上がる……どうやら持ち上げられたらしい。

「このまま連行でふ」

「……眠い~~~~」

窓から差し込む光を嫌うように、かーさんの雪のような色の髪の毛に顔を埋めた。



ズズッ、味噌汁を口に含んで、ご飯をガツガツ、朝食はしっかりと食べるのが俺の信念。

今日は他のみんなの顔が見えない、先に出たのかな?

「かーさん、今日の味噌汁、グーっ」

「グーっでふ」

ガツガツと食べる俺の横で、かーさんはモグモグと静かに食べる。

本来はかーさん、食事は必要ないらしい、『本体』の端子である人間の肉体はどうだか知らないけど。

「今日は遅くなるでふか?」

「いや別に、かーさん、頬っぺたにご飯付いてるよ」

「??」

頬にご飯粒を付けたまま、キョトンと首をかしげるかーさん。

「はいっ」

「でふっ」

パクッ、取ってあげたご飯粒をかーさんに見せると勢い良く食いついてくる。

指をハムハムと噛まれながら、顎の力無いよねかーさんとか下らないことを思う。

「そう言えば昨日、家に帰る途中でシャッガイの昆虫が家の周りをうろついてたよ、ブーンってさ」

「でふ、たまに蜂蜜とかをお裾分けしてくれるでふ、良い虫でふ、蚊よりは好きでふ」

かーさんの本体を信仰している昆虫の皆さん、蚊よりは愛されてるらしい……哀れ。

テレビの修理とかもしてくれるありがたい虫なのに。

「蚊より好きってかーさん」

「でふ、蚊は嫌いでふ、血を吸われるととても痒いでふから」

かーさんの口から指を離して、ティッシュで拭きながら苦笑する。

何ていうか、かーさんおもしろ過ぎ。

「おっと、そろそろ行かないと」

携帯に表示された時間を見て椅子から立ち上がる、かーさんの眉間に僅かに皺が寄る。

「……む、一緒に『ごちそうさま』をまた言えなかったでふ」

綺麗に食べ終えたピカピカの食器、これが俺の。

そして僅かにご飯の減ったお茶碗に、一切手が付いていないおかず達、これがかーさんの。

簡潔に言えば、かーさんは食べるのが遅いのだ。



ドアを開けると、青々しい木々達が目に入る、空気が澄んでいるのは彼らのお陰。

この世界は『内包世界』あらゆる存在が共存している、不思議空間。

俺はここでかーさん達に育てられた、普通の、ただの人間、育った環境が少し普通の人と違うだけ。

ポケーっと突っ立ってると空中で浮遊する大きな鳥のようなものが目に入る、ニャル姉…ちゃんとチャーターしてくれてたんだ。

「ピルルーーー、おはよう」

『やあ、太郎様、おはよう』

ニャル姉の友達のシャンタク鳥のピルル、鳥とは言ってるけど体全体を覆う大きな鱗や頭部の馬のような愛嬌のある顔がそれを否定している。

「よいしょっ、じゃあ、いつもと同じで現世の穴まで直行してくれるかな?」

『心得た、しっかりと掴まっておるのだぞ、貴方の御身に何かあればニャルラトテップ様にボコボコにされてしまう』

ニャル姉は過保護、これは恥ずかしながらも事実であり、保護対象は俺になるわけで……最近になって恥ずかしさを覚えてきた。

何を考えてるかわかんないけど……俺のことはしっかりと見てるんだよな、ニャル姉、少し怖い。

体が浮き上がる独特の感覚を我慢しながらそんな事を思う、徐々に地面が遠ざかってゆく感覚は中々に怖い。

「おおっ!?も、もうちょっとゆっくり飛んでくれーーー!」

『太郎様は相変わらず怖がりでいらっしゃるな、了解した』

あまりの速度に体を縮こませるようにピルルの体にしがみ付く、青く広がった空の下では様々な種族が空を浮遊している。

太陽に照らされた彼らの姿は様々で、統一性の無いソレは人間のような均一な存在には少し羨ましい。

『おおーっ、太郎じゃねぇーか、こんなに朝早くに何処へ行くんだ?』

ピルルじゃない声が耳に入る、俺達の横にぴったりとくっ付いて浮遊する大きな影。

竜の友達のアジ・ダハーカ。

「おはよう、何処にって……学校に決まってるじゃん」

5歳ぐらいのときに現実世界のダマーヴァント山に幽閉されてるのを助けてからの親友、三頭、三口、六眼、そしてピルルの4倍もある巨体。

『悪の光輪者』の名に恥じない猛々しい姿をしているけど、俺にとっては少し年上の親友の感覚は拭えないわけで……内包世界にいる時はいつも一緒に遊んでいる。

『うげぇー、まだ現実世界に通ってんのか?魔法なら俺様が教えてやるぞ、何たって千の魔法を操る邪竜とは俺様の事よ♪』

『アジ・ダハーカ殿………太郎様を非行の道に誘うのはやめて頂けないか?』

ムスッとしたピルルの声、一応は自分より上位者のアジ・ダハーカに敬意を踏まえてるように見えるけど、声には毒気がたっぷりと塗りこまれている。

この世界では神性やら魔力を様々な基準に置いて7段階に分けている。

上位から『月』『火』『水』『木』『金』『土』『日』と名づけられたランクで言うならピルルは『土』程度の幻想でしかない。

だが最高の悪神であった『アンラ・マンユ』に生み出されたアジ・ダハーカのランクは『火』、圧倒的な力の差である。

『うっせぇな、這い寄る混沌のペット風情が俺様に指図するんじゃねぇよ』

「こら、そうゆう事は言わないの」

『チッ』

舌打ちしながらも去る様子の無いアジ・ダハーカ、ああ、そうゆう事ねと、納得する。

「今日は少し帰り遅いけど……それでも良いなら一緒に遊ぼう、えーっと、ほら、東の山に綺麗な泉見つけたって言ってたじゃん?」

『おう、そんじゃあ、良くわかんねぇけど、頑張れや』

「ありがと」

約束をして安心したのか、翼を大きく羽ばたかせて去ってゆくアジ・ダハーカ、近くを通りかかった送り雀の群れがピィピィと逃げる。

それが楽しいのか、何をするわけでもなくそれを追いかけるアジ・ダハーカ、性格の悪いやつ。

『太郎様、差し出がましいかもしれませんが、お友達は……』

「いいのいいの、あれで結構良いやつだし、唯一の欠点は性格が悪い…ってアレ?」

それって欠点って言うよりは、全体的な要素のような……まあ、馴れればあいつの悪態も味のあるものなんだ、うん。

そんなことを思いながら下を向くと、大きな山の中心にポッカリと開いた穴が見える、ああ、着いたんだ。

現世の穴と呼ばれる現実世界と内包世界を繋ぐたった一つの通路。

「あんがとなピルル、それじゃあ、また帰りに頼む」

『ああ、しっかりと勉学に育まれるように』

別れの挨拶とともにトンッと、硬い鱗を蹴って飛び降りる、馴れない感覚だけど絶対に保障された安全があるわけで。

落下しながら俺は大きく欠伸をする、どんどんと迫りくる大穴は一切の光無く俺を待ち受けている。

スポッ、そしていつも通りに軽い効果音とともに吸い込まれた。



屋上で彼を待つ、地面に走る四つの赤い光、四とは世界の安定を形にした数字。

四元素、四方位、そして今、異世界から来訪する彼の『場』を安定させる役割を持っている。

ポンッッ、やがて間抜けな効果音と同時に一人の青年が地面から出現する。

「太郎、おはよ」

「おはようフォルケール」

パンパンッと体についた埃を叩き落しながら彼は笑う、何処と無く人を安心させるような不思議な笑み。

田中太郎(たなかたろう)同級生であり、少ないお友達の一人……でもその名前は偽名。

育ての母親に名づけられた真実の名は…■■■■■■■■■■■■■■■、我々人類には発音不可能、なむー。

「ん、どした?」

「いえ、別に何でも無いですよ、太郎、今日の気分は?」

「良好」

よろしい、意味の無い会話、それが私達のやり取りの大半、足並みをそろえて屋上を出る。

隣を歩く太郎、黒目黒髪中肉中背ー、そんな平均的な日本人高校生の容姿をそのままに体現しています。

唯一常人とは違うのは瞳、目の中に時折光の角度によって浮かび上がる不思議な紋様がある。

今でも上手に確認できないソレは、さて、何なのだろう?

「人の顔をジロジロ見て、もしかして惚れたか?」

「いいえーー、ああっ、それとコレ、貴方のいない間の授業のノートです」

彼は一週間に2度しかこの学校に通うことができない、内包世界と現実世界の門は月曜と木曜にしか開かないからだそうな。

我が学園『北条学園』は世界各国から異能の使い手が集う不思議学園、でも、流石に内包世界から通っている存在は彼だけ。

理由は簡単、彼以外に向こう側の世界に行くことは不可能、もし常人があちら側に行けば発狂することは間違いないです。

だから彼は頭のネジがいくらか飛んだ壊れた人間です、これ、間違いないです。

「おおー、さんきゅー、今日は朝からアジ・ダハーカとピルルが出会っちゃってさ、気まずいの何のって」

無駄に施設が充実した我が学園、自動販売機でジュースを買いながらも彼は苦笑する……私も微かな苦笑い。

アジ・ダハーカって……ゾロアスター教に現出する最強の悪竜、千の魔法を行使したとされ、竜族でも最強の一つとして数えられる。

召喚科の先生でも命がけで召喚しないと呼びかけにも答えてくれないような上位の幻想はよりにもよって彼の親友らしい。

ピルルとはクトゥルフ神話に置ける夢の国(ドリームランド)に生息しているとされるシャンタク鳥、怪鳥”兼”彼の専用のタクシー。

どうりで彼自身は成績が良くない筈なのに、この学園にいれるわけだ、存在そのものが保護されるべき人外の中で生まれ育った男の子。

それが私の友達の『田中太郎』



『彼がこの学園にはじめて姿を見せたのは2年前の春の日だった』

内包世界と名づけられた世界が構築されているのは我々も知っていた、数々の幻想がそこに住み着き出していることも。

太陽が白羊宮に入ったのを確認して、北風の吹く方向へと顔を向けた、へっくしっ、くしゃみをする。

「うぅー、寒いです……」

ズズッと缶コーヒーを飲みながら思う、この世界は今から滅びるのだ、愉快な気分。

十分に魔力に満ちた今の自分なら、失敗は無いはず、あらゆる神話体系の中から選びぬいた存在、それを今から現世へと。

缶コーヒーを地面に置いて、深呼吸。

「ああ、シュブ=二グラス、大いなる森の黒山羊よ、我は、我こそは汝を現世へと現出させる者ぞ」

地面に跪き、嘆願する、ザワッと木々が蠢く気配、たったそれだけで場の魔力の濃度が上昇するのがわかる。

「汝の僕の叫びに、応えたまえ、力ある言葉を知る者よ、眠りから目覚め、千の我が子を率いて出現したまえ」

ヴーアの印とキシャの印を順に結ぶ、何度も練習した一連の動作はスムーズにできている、大丈夫。

汗が頬に流れる嫌な感覚を我慢しながら、言葉を紡ぐ。

「我は印を描き、言葉を発し、扉を開ける者なり、現れたまえ、我は鍵をまわす存在(もの)なり、再び地上を歩みたまへ」

とりあえずは噛まずに言葉を紡げたことに感謝しつつ深呼吸、魔力の濃度が上昇する場の中で息苦しさを覚えながらも動く。

炭に燻香を投げ込んで、指に魔力を込めて空中に蚯蚓がのたくったような文字を描く、むむっ、ブラエスの記号は割とめんどいです。

『……ザリアトナトミクス、ヤンナ、エティナムス、ハイラス、ファベレロン、フベントロンティ、ブラゾ、タブラソル、ニサウォルフ、ウァルフ、シュブ=ニグラス。ダボツ・メムブロト』

力ある言葉を告げ終えると同時に、紫色の強烈な光が天に向かって雄雄しく伸びてゆく、やったっ!成功ですっ!

ざまあみろと心の中で囁く、今更ながらに気づいた教師達が駆け寄ってくる気配、遅い、亀の歩みよりも遅いですよ。

平和ボケした魔術師達は、愚かとしか言いようが無い怠惰な存在、このような事態を想定していないとは、低脳ですね。

さあ、この世界を蹂躙するために出現せよ、外なる神よっ!外なる女神よっ!大いなる森の黒山羊よっ!口が三日月の形に歪む。

ポンッ、そして間抜けな効果音と共に……ふぇ?ま、間抜けな効果音?

「いたたたたっ、な、何だ?」

声がする、私と年齢の違いを感じさせない大人にはまだ達してないであろう青年の声。

しかも『場』は魔力の残滓が微かに残るだけで、先ほどの限界まで高められた魔力は空気にあっさりと四散したようだ。

そして目の前には一人の青年、黒目黒髪の普通の青年……内包世界に住まう数々の幻想を手違いで召喚した?

それにしても、目の前の青年はあまりにも魔力を感じさせない、普通の人間以外の何者でもないようだ。

「え、えっと、貴方は誰ですか?」

「俺?……俺は■■■■■■■■■■■■■■■」

口を蛸のように窄めて、人外の名を名乗る青年、およそ我々人類には発音不可能であろう呼吸音……どんな口の動きですか。

それが名だと言うのですから、私は顔を顰める、すると青年はああっと納得したように独り言を呟く。

「えーっと、俺のもう一つの名前は田中太郎だ」

「たなかたろう……ふむ、では、太郎で」

口の中で何度かその名を転がすように呟いてみる、自然体に名を呼び捨てに出来るとは、私自身驚くほどに珍しい。

目の前の青年は何処か夢見がちな、虚空をさまようかのような瞳でニッコリと微笑む、調子が狂うとはまさにこの事です。

「しかし、シュブ姉のところで仔山羊達と遊んでたはずなんだけど……ここ何処?」

シュブ姉?仔山羊?……微妙に違和感を感じる、何だか少しずつだが仮説を頭の中で練り始める、馬鹿らしい仮説。

目の前の存在は、田中太郎は、内包世界に住んでいる人間?

「ここは現実世界ですよ、ちなみにシュブ姉とは?」

何名かの強い魔力の波動を感じる、教師達がここを突き止めたらしい、さてはて、退学ですかねぇ、割とあの寮は気に入ってたんですけど。

ちょっと、ちょっとだけです、でも残念です。

「シュブ姉? シュブ=ニグラスって名前の家族……どうしたんだ?」

ははっ、魔力が尽きてしまったみたいです……でも、興味深い存在を呼び寄せた見たいですね私、これはこれでおもしろいかもです。

そんなことを思いながら、私と彼の出会いは終了した。



[1442] Re:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/02/11 22:25
『北条学園』には様々なコースがあるわけで、私と太郎は召喚科に通ってます。

召喚科とは文字通り様々な存在を異世界、ここ最近では『内包世界』に住まうようになった存在を召喚する技術を学ぶ科。

まあ、外面はそんな言葉で取り繕ってますが、ようは世界を蹂躙できる存在に対して媚を売り込むためのコース。

人は常に彼らの下にありますから、ええ、まったく。

「ふぁーー、今日って契約した奴と合同授業だよな、じゃあ俺は自習だな、うん」

授業の内容を律儀に確認しながら頷く太郎、彼には契約している存在はいない、教師達も必死になって彼に使い魔を付けようとするけど。

彼の家族やら友達の威光は凄まじく、恐れをなして契約をしてくれるものがいないのだ。

一般の生徒から見れば彼は落ちこぼれにしか見えないのでしょうけど、本当は笑っちゃうほどに彼は優秀なのだ、色んな意味で。

『太郎様、貴方が望めば我々の仲間から数人貸し出せますが?』

私がいつも手に持っている真新しい紙質の魔法書からモワモワと煙が漏れ出る、そして出現するは子猫に天使の羽根を生やした不思議な存在。

私の契約している使い魔の一つ、プロケル。

マスターを差し置いて太郎に仮契約を持ちかけるとは、相変わらず良い性格をしている。

「プロケル、駄目だぞー、お前にはちゃんとしたマスターいるし、俺って魔力少ないから、お前みたいな高位な悪魔を使役したら干からびて死んじゃうよ」

『……マスターからの魔力供給が無くとも、私達なら現界し続けることも可能ですが』

「それじゃあ、お前達に何の得も無いじゃん、そうゆうの嫌いだ俺」

太郎の肩に乗りながら何とか自分と契約させようとするプロケル、かのソロモン王に使役された72の悪魔の一つ。

穏やかな物腰に冷静な思考、堕落した天使であり能天使の位に付いていたらしく、子猫の姿からは想像も出来ない力を持っている。

魔法書『レメトゲン』の模写を僅かな資料で作成し、契約することの出来た使い魔としては申し分の無い存在。

苦労して手に入れたそいつは、見た目通りの猫撫で声で無条件に太郎に忠誠を誓おうとしている、ムカつく。

時には氷の剣となり敵を射抜く尻尾を問答無用に掴む、ぎゅっです。

『にゃっ、にゃにをするマスターっ!?』

毛を逆立てて抗議するプロケル、首元に付けた赤色の髑髏の模様をあしらった鈴がチリンとなる。

白色の羽根を必死にパタパタとさせて逃げる様子は悪魔というよりは小動物。

「あはははははははははははは」

そんな私達を見て笑う太郎、元の原因は貴方なのに、こういった機微がわからないのが彼の特徴です。

やっぱり感覚が少しずれてるのでしょうか?

ガチャッ、そんな事をしていると黒塗りのドアがゆっくりと開く音がする、こんな朝早くに登校する人間は限られている。

「んなっ!?落ちこぼれにフォルケールッ、何でこんな朝早くから教室にいるのよっ!」

「おはようございますボーディケア、こんなに早くに来て予習ですか?ご苦労様です」

「ボーディケアおはよう、朝から落ちこぼれって酷くないか?」

幼いながらもイギリス人特有の彫りの深い綺麗な顔立ちをした少女、走ってきたのか白い肌は桃色に染まっている。

僅か10歳で我が校へと転入してきた天才少女、魔力の保有量は歴代生徒会長に並ぶ程と噂されている程の少女。

しかしそれは彼女の事を本当に知らない人間の戯言、事実、彼女の魔力保持量は歴代生徒会長を圧倒しているのですから、羨ましい限りです。

太郎とは違う意味でですけど、本当に凡人の我が身が恨めしいです、はぁ。

「フォルケール……何よその顔、ま・さ・かっ! いつものように自分が凡人とでも”勘違い”しているのかしら?」

「ええ、私は凡人ですから、貴方のような才能に満ち溢れた人が羨ましいです」

「おおーっ、確かにボーディケア凄いよなぁ、何でも出来るし、頭いいし、魔力高いし、色んな呪文知ってるし」

太郎の下手褒め攻撃が炸裂です、ふふっ、ボーディケアの顔が熟れたトマトのように真っ赤に染まってゆく。

教師や他の人間に褒められたときは低能と冷笑するのに、太郎のときはこのリアクション、さて、どのような感情でしょうか?

「う、うっさいわねバカ太郎ッ! あんたがボケボケ過ぎんのよっ!ええーい、近寄るなーー!」

「ほーら、ボーディケアは良い子だなぁ」

頭を撫でようとする太郎から逃げ回る天才少女、両方に愛らしく括ったツインテールが跳ねる、金色でとても綺麗ですね。

二人の行動をニコニコと優しく見守りながらプロケルを内包世界へと追い返す、邪魔です。

「ボーディケアっ、何で逃げるんだよーーーっ」

「あんたが追いかけるからでしょう、バカ太郎っっっ! あーもう、しつこいっ!」

ちなみに私達、三人で一組の『チーム』だったりします、いつもこんな調子で、おもしろいったらありゃしない。

本当に、シュブ=ニグラスを召喚しようとした時とは違って、本当に現在(いま)を大切に思えるのは、ありがたいことです。



ガヤガヤと騒がしくなってきた教室、太郎はアタシの横でウトウトしている、まったく。

コンッと軽く頭を小突いてやると、うーんと呻くだけで起きる気配は一切無い……舐めてんのかいっ!

ゲシッ、足を踏みつけてやる、しかも薄くだが魔力を上乗せしたソレを思いっきり叩きつける。

「ッ~~~~~~~~~~~」

ガバッと涙眼になって顔を上げる太郎、重なるようなタイミングで先生が教室に入ってくる、感謝しなさいよ。

「やあやあ、おはよう、愛すべき俺の生徒達!……ん? 太郎、顔色が悪いようだが大丈夫か?」

グビグビとお酒を飲みながらニカッと笑う中年親父、細身の体には黒いマントを幾重にも着ており、正直見るだけ重苦しい。

生活の悪さからか色褪せた茶髪には所々に白髪が混ざっている、でも不思議なことに眼光には異常な強さがあり、逆らい難い印象を受ける。

召喚科Bクラスの担任であるビョルコリトゥン先生、シベリア出身らしく常にお酒を飲まないと落ち着かないとのたまうアル中。

ビョルコリトゥンとは『元気者』の意、ふんっ、無駄にうるさいからぴったりな名前だわ。

「だ、大丈夫………ビョルコリトゥン先生、ちなみに苦悶の理由はボーディケアが俺の足を踏んでるから、現在進行形で」

「朝から夫婦漫才か? なははっ、年下の彼女に苦労するな太郎~~~~」

「違うわよっ!! こいつが寝てたから親切で叩き起こしてやっただけよ!」

聞き捨てならない言葉に怒りのままに口を開く、ビョルコリトゥンはそれに対してもおもしろそうにひび割れた唇を歪める。

ムカムカムカっ、この野郎ー。

「さて、おもしろ夫婦の事はほっといて、今日の授業についてだが」

「無視すんなクソ教師ッ! って、意味も無く高い高いするなバカ太郎ーーーーっ!?」

怒ってる私を見て何を勘違いしたのか、周りの眼も気にしないで”高い高い”を始める太郎……そーゆうのは他の人の眼が無い所でしろって!

ぬあーーーー!!

「ボーディケア、いつもこうやったら喜ぶし、甘えてくるじゃん、何で怒るよ? いたたたたたっ」

「バカッ、バカッ、あんた本当にバカっ! アタシのイメージを考慮して行動しなさいっ!」

「甘えん坊」

「それはあんたと二人っきりの時のイメージだろうがっ! むきーーーーーっ!」

ゲシゲシッとアタシを持ち上げている太郎の顔を蹴る、涙眼になりながらアタシを地面に降ろす太郎。

はぁはぁと乱れた呼吸を整えながら思う、駄目だ、こんなのがアタシの彼氏って………どーしてこんな事になったの、うぅ。

「見ろみんな、あれが世間一般で言う馬鹿ップルだ、自分達の世界を構成し、他者の介入を一切に許さず、全てを排除してイチャイチャと……
先生に彼女がいないのはあのような愚劣なものになりたくないからでもあるわけで」

「先生、見っとも無いですよ、敗者は語る術を持たないものです」

フォルケールの冷たくも鋭い一言を受けて、頭をカクッと下げるビョルコリトゥン先生。

癖のある銀髪を指で弄りながらフォルケールは怠惰に欠伸をする、不真面目なのにアタシと同等の成績ってのが気に食わない。

太郎の秘密を最初に知った人間で、それをアタシに教えてくれた希有な友人、でも苦手。

嫌いじゃないけど苦手なのよね、むーっ、何もかもが分かっているような淀んだ瞳が怖いのかもしれない。

「どうしましたボーディケア? 人の顔を探るように見て……はて、お米でも頬についていますか? そんな可愛らしい乙女な失態なら私は大歓迎ですが」

「違うっ、にやにやとアタシと太郎の事を見て、あんまりいい趣味じゃないと思っただけよ!」

「ふふっ、貴方達はおもしろいですからねー、特に太郎の行動はまったく飽きない、一日中見つめてていたいぐらいです」

形の良い赤い唇を笑みの形にしてフォルケールは眼を細める、太郎とは親友って言ってるけど、浮気をしないようにしっかりと見張っておかないと!

アタシの心の内を知ってか知らずか、『銀の魔女』の異名を持つフォルケールの視線は欠伸をかみ殺してウトウトしている太郎から動かない。

胸がモヤモヤとして、何だか腹立たしい気分だっ!



今日は駄目だった、何せ契約した使い魔との戦闘に置ける連携の授業だったのだから。

契約出来る使い魔のいない俺にはどうしようもない、体育座りで見学だった……むーっ、俺自身の魔力の保有量が低いのも原因だけど。

何故か契約してくれる使い魔がいないのが根本的な原因だったりする、内包世界では仲がよい奴も、契約となるとまた話が違うのだ。

友達にはなれるけど、恋人にはなれないって奴か? 何か違うような、でも大体はそんな感じだと思う。

「かーさんに相談しようかなぁ」

落ちこぼれのレッテルを貼られて早2年、流石にそろそろ使い魔の一つや二つは欲しいところだ。

しかも高位な幻想ではない奴で、俺の赤子程度の魔力に釣り合ってくれる、そこそこ優秀な奴が望ましいんだけど。

屋上への階段を上がりながらため息をする……そんな奴、中々いるわけないよなぁ。

「アジ・ダハーカにも何か知り合いにそんな奴いないか聞いてみよう、うん、コネって大事だよな」

窓から差し込む夕焼けの色に眼を細める、精霊達が忙しく夕焼け色に世界を染めているのがわかって苦笑。

早く内包世界に帰りたいのか必死に働いている様子は、凄く愛らしい。

「ああ、そう言えばあいつと遊ぶ約束してたんだ、その時にも契約してくれそうな奴を探すのも良いかも」

今のは我ながら名案ではないのか? 東の池の畔に確か白沢のオッサンも引っ越したって言ってたし、あの人に丁度良い幻想を見繕ってもらおう!

白沢ってのは俺に現実世界の言葉を教えてくれたありがたい妖(あやかし)の一種、元は中国の妖怪さんなので無駄に中華料理が好きだった記憶がある。

あらゆる世界の魑魅魍魎……幻想の事を知っているらしく大変に博識なオッサン、自分のことが書かれた『三才図解』を自慢げに見せてくれたものだ。

内容は簡潔に言えばとても賢くて、とても徳の高い妖怪さんですよーって内容だった、猫科の動物のような体に人間の中年親父の顔が付いている妖怪がそこまで偉い存在とは思えなかった当時の俺はボロ糞に罵った覚えがある……ミルクを舐める様子が気持ち悪いっ!って言ったのが一番効いたみたいだった。

それから2日後だっけ、オッサンが近所から東の池に引っ越したのは。

「むむっ、今覚えばオッサンが引っ越したのは俺が原因なのか?」

トンッ、屋上へと付く、それと同時に世界が凍りついたかのように動くのをやめ、景色から色が無くなって行く。

地面に走る四つの光が俺を包むかのように……さて、帰るとしますか。



「サンキューーー」

『いえいえ、それではまた』

飛び去ってゆくピルルに手を振る、器用にピルルは頭を動かすことでそれに応えてくれる。

しっかりと夕焼け色の空にその巨体が消えてゆくのを見送って、後ろにゆっくりと向く。

真っ白な白塗りの屋敷がある、これが俺の生まれ育ったお家、しっかりとした造りで住んでいる存在からは好かれている。

まずは餌やりをしないと、トントンと腰を叩きながら屋敷の裏手にある噴水へと向かう。

手をパンパンッと叩いてやると、プカーッと大きな海栗のようなものが浮かび上がって、こちらに結構な速さで近寄ってくる。

眼の前まで来たそいつはカパッと左右に開く、全裸の3歳ぐらいの少女が眼を擦りながらジーッと俺を見つめる。

緑色の長い髪を大きな桃色のリボンで括っており、頬には不思議な文字の羅列が横に入っている、ふあぁと欠伸をする様子は子供特有の愛らしさを持っている。

「グラーキ、昨日も徹夜したのか……こんな時間まで寝てるなんて、駄目だぞ」

「ふぁ、うっさいの、昨日はこの狭い噴水の領地を争ってシュド=メルのイカ野郎と喧嘩してたのっ!」

グラーキは我が家の愛すべきペット……ではなくてクトゥルフ神話の旧支配者としての立派な神格を持った神だったりする、神なのだが海栗ッ娘、シュド=メルも同じく旧支配者で烏賊ッ娘、二人はこの噴水の中で暮らしているわけで、良く領地を争って夜遅くまで喧嘩をしている。

ちなみにグラーキはブリチェスター北部のセヴァン瑚に住んでいたが、最近の水質汚染に嫌気が差して内包世界に住むことを決心したらしい。
同じくシュド=メルはアフリカ砂漠に住んでいたけども、良く考えたら自分は生物としては烏賊に近いのに、わざわざ水の無い砂漠に住む必要が無いじゃんと、あまりにも遅すぎた事実に気づき、内包世界に引っ越してきたとか。

二人とも、俺が小さなときから飼育している大切な家族である。

「ほい、餌」

バケツから取り出した生臭い赤く血の滴る肉をポイッとグラーキに投げつける、パクッと食いついてモグモグと口を血まみれにしながら粗食する、幼い女の子が生肉を貪る、昔は思わなかったけど割とシュールな光景だな。

「モグモグ、うまいうまい、太郎に感謝なの」

「そうか、たらふく食うんだ、食った量だけお前は成長するはずだ」

グラーキは餌を与え忘れると夢を操る能力で周囲の生き物を引き寄せて棘で刺し殺して粗食するからな、しかも残った残骸はゾンビになるし。
しっかりと餌をやれる時に与えておかないと大変なんだよな、実際。

「それとこれはシュド=メルの分、起きたら食うように言っといてくれな」

「じゅる、了解なの」

「………食ったら三日間飯抜きだから」

「がーんなの!?」

効果音すらも自分で呟く律儀な旧支配者、シュド=メルの真面目な性格を少しもグラーキも見習ってほしいものだ、多くいるクトーニアンと呼ばれる烏賊っぽい種族から、努力で旧支配者の仲間入りをしたシュド=メルは努力家である。

逆に夢を操る力だけではなく、何処か夢見心地な思考回路をしているグラーキはお気楽主義者。

ある程度の広さを持っているこの噴水の中でもお互いに息苦しいのは確かだろうなぁ、暇なときを見つけてもう少し広くしてやるか。



かーさんに東の池まで遊びに行くと言ったら、頭をペチッと軽く叩かれた、どうやら気に食わなかったらしい。

申し訳ない気分で外へ出る。

『おう、迎えに来たぜ太郎』

バサバサッと鈍い鉄のような独特な光沢を放つ翼を羽ばたかせ、アジ・ダハーカが唸るように呟く。

「サンキュー、あんまり翼を動かすなって、ニャル姉の盆栽が割れたりでもしたらどーするんだよ」

多趣味のねーさんは最近盆栽とやらにはまったらしく、洋風の我が屋敷の庭には沢山の盆栽が置かれている。

かーさんが無表情にそれを持ち上げて割ろうとした時に必死になって止めたものだ、あの人結構気に食わないものにはバイオレンスな行動するからなぁ。

『だったら戦うまでよ、這い寄る混沌、相手にとって不足無しっ!』

「盆栽一つで這い寄る混沌と悪の光輪者の戦いが見れるのって、どうなんだよ」

『はんっ!、現実世界の学校に行くまで、俺様の凄さがわからなかった癖に、何が悪の光輪者だってーの』

首を地面に付けて俺が乗りやすいように調整してくれるアジ・ダハーカ、何処からか出現した大きなムカデや蛙が俺のお尻を一生懸命に押してくれる。

よいしょっと、感謝を述べようとしたら既に姿は消えている、アジ・ダハーカの眷属の皆さんサンキュー。

「いや、だって、家族とか友達がそんなに凄いって、一緒に暮らしてたら結構わからないものじゃん?」

『そーかよ、さて、東の泉で良いんだよな?』

「うん、えーっと、ついでに白沢のオッサンに会いたいんだけど、いいかな?」

バサッと浮遊する巨体、こう言ったら悪いけどピルルの時とは違って怖さはまったくない。

しっかりとした筋肉の脈動と、安定を絶対に崩さない鉄のような硬さを持つ立派な翼、これに乗るのだから恐怖なんてあろうはずが無い。

『白沢のジジィ? 別に良いけどよぉ、どーしてよ?』

「俺の使い魔に丁度良い幻想を見繕ってもらおうかなーって」

『ああん!? だったら俺様でいいじゃねぇか! 強くて、知名度もあって、竜だぜっ?』

予想通りの答えに首を横に振る、アジ・ダハーカの真ん中の頭の上をポンポンっと叩く。

「だーかーらー駄目なの! お前みたいに無茶苦茶レベルの高い幻想を俺みたいなへっぽこ召喚士が使役できるわけねぇじゃん!」

『テメェだったら無償で契約してやるぜ俺様はよ、なあ親友』

ニカッと竜の癖に無駄に漢臭い顔で笑うアジ・ダハーカ、吐いた息は灼熱の炎となって空気を焦がす。

「それでもアジ・ダハーカ見たいな奴といきなり契約したらみんな驚くの、絶対に駄目!」

『チッ、だったら!』

こうやって東の泉に着くまで自分と契約させようとするアジ・ダハーカとそれを断り続ける俺の不毛な争いは続いたのだった。

しつこい!



[1442] Re[2]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆de21c670
Date: 2008/07/13 12:17
キラキラと夕焼けのオレンジ色の光が反射する大きな泉、パシャッと人間である俺の匂いに反応したのか水面からペグ・パウラーが顔を現す。

ジーっと人間の老婆の顔をした精霊は俺の様子を暫く見つめた後に、ギョッとして水面に顔を隠してしまう。

『俺様のダチに手を出そうだ何て、ふてぇ輩だぜ…食っちまおうか!』

「そうやってすぐに喧嘩を売らなくていいのっ!」

地面にトンっと飛び降りてアジ・ダハーカを叱る、ああ見えても精霊の一種だとボーディケアに教えて貰った覚えがある、イギリスのヨークシャー地方のティーズ川に住んでいて子供を水面に引きずり落とし、溺れさせるのが何よりの楽しみだという邪精霊ペグ・パウラー。

老婆の姿に異常に発達した長い腕と深い緑色の髪が特徴だと言ってた、うん、当てはまるよな、ちなみに水面にプクプクと浮かんでいる緑色の泡は『ぺグ・パウラーのふわふわ泡』と言われていて物珍しいものらしい。

「携帯で撮ってこう、カシャっと」

『あんな雑魚なんか見て何が嬉しいんだかよぉー、チッ』

「少なくともお前よりは珍しいよ、うん、アジ・ダハーカは見飽きた」

『な、なんだとっ!?』

学園のみんなが聞いたら卒倒しそうな台詞を呟く、悪の光輪者アジ・ダハーカより下等精霊のペグ・パウラーが良いなんて。

我ながらどーなんだろう?

「でも本当に綺麗な泉だなーっ、竿を持ってくれば良かったと反省」

目の前に広がる泉は無駄に広くて雄大だ、山の中にあるので枯れ落ちた葉が水の中に層の重なっている。

透明な水質のせいで底の方まで割と丸見えだったり、色んな生き物がゆったりと泳いでいるのが見えて、眼に楽しい。

『どうせろくなモンしか釣れねぇーよ、ん?……泉の中心から結構な魔力がするじゃねぇーか』

パシャパシャと水面に手を付けて水遊びをしている俺の横で、アジ・ダハーカがおもしろそうに口を歪める。

魔力?……この泉の主か何かかなーっ、契約してくれるような幻想だったら嬉しいんだけど。

「マジか?」

『おう、ち・な・み・にっ! お前の赤子程度の魔力じゃあ、契約するのは絶対に無理っ!』

「……人間の赤ちゃんよりはあるっつーの」

とりあえずは、このままここにいてアジ・ダハーカが泉の主と喧嘩し出しても嫌なので尻尾の先端を持って引っ張る。

人間の俺と一緒にいるアジ・ダハーカが珍しいのか、様々な幻想がこちらの様子を探っている気配がする。

「ほら、さっさと行くぞ、白沢のオッサンに会いに行くんだから!」

オレンジ色に染まった巨大な体躯は俺の矮小な力ではビクともしない、小さいときはこの尻尾でお手玉のように遊ばれたものだなー。

ポンポンポンッて軽々しく、よく考えたら少し間違えたら死ぬよな…。

『だけどよぉ、泉の中の野郎も魔力を放出して俺様を警戒してやがる、おもしれーじゃねぇか』

陽炎のように周囲の景色が一瞬蠢く、あまりにも禍々しい魔力の放出に草はざわめき、泉の表面は波打つ。

「おーい、俺たちは喧嘩する気なんてないからなー、あんたも魔力を放出するのやめてくれー」

『ちょ、バカ太郎ッ!』

緊張を解くように大声で叫ぶ、すると泉の奥のほうから感じていた魔力が薄くなるのがわかる、ほっ、一安心。

まあ、その代わり、黒くて大きな影が徐々にこちらの方まで近寄ってきてるけど……あれ?

「わざわざ挨拶に来てくれるなんて礼儀正しい主じゃないか、お前とは大違いだ」

『……………だったらいいけどよ』

アジ・ダハーカの大きな尻尾がクルクルと優しく俺を包む、肉の壁に守られた俺は顔だけ外に出ている状態。

ザバァアアアアアアアア、水が盛り上がる音が響き渡る、それはシャワーのように俺の頭の上に降り注ぐ。

「うわぁ」

ギョロッと巨大な縦長の瞳孔が俺たちを刹那に射抜く、ヌメリとした見る対象に嫌悪感を抱かせる光沢のある巨体。

手足なんて気の利いたものは存在しない、古代から人々に畏怖や恐怖を与えて来た単純なフォルム、つまりは蛇。

アジ・ダハーカの数倍もあろう体躯を揺らしながら出現したソイツは知り合いに良く似ていた。

「アナンタのお友達か何かかな?」

ここからさらに先にある極海(ごくかい)に住んでいる大きな蛇の姿をした友達の名を呟く、俺の作った特製カレーが大好きなあいつ。

アナンタはインド神話に名を残すナーガ(半神蛇)達の王であり、ナーガラージャ(竜王)の一柱……らしい、その名が持つ意味は無限、世界の始まりと終わりに出現するとされているあいつは、普通に遊びに行って呼びかければ海からポコッと顔を出す可愛い奴、つか、いつもアナンタの頭の上で眠ってるジジィが誰なのか気になる……。

『否、我はかの眷属とは違う、神性を有する事と蛇の姿であることは同一だがな』

温厚そうな声、高い知性を感じさせるソレを蛇の姿に似合わないと思う俺は失礼なんだろうか?

この大きな蛇さんが出現してからは、周辺から一切の幻想の気配がなくなったって事は、かなり高位な存在なのかなぁ。

『よぉ、まさかアンタ見たいな奴がこんな時化(しけ)た泉にいるなんてなぁ、笑えるぜ……テスカトリポカって野郎にアステカから追放されて行き着いたのがここかよ』

口元をニヤリと歪めて、おもしろそうに笑うアジ・ダハーカ、同じ爬虫類同士なのだから仲良くしてほしい。

『三頭、三口、六眼の巨竜、貴公こそ人間如きの英雄にダマーヴァント山に幽閉されたと聞き及んでいたが?』

「ああ、それなら俺がこいつを助けたんだ、なあ、あんたって誰?」

無理やり会話に入る、シリアスな場面で悪いんだけどこの大きな蛇さんの正体が気になるし、意外そうにこちらを見つめる蛇さん、俺なんて丸呑みに出来そうな口元を軽く開けて、驚いたような感じ。

今更ながらに俺が人間って事にでも気づいたかな?

『ヒトの子……なのか? いや、我の嗅覚が狂っているのやもしれぬ、この内包世界に矮小なヒトの子が……』

「狂ってないと思う、俺は純粋な人間だよ、それよりも名前教えてくれよ」

ポンポンっと粘液に覆われた大きな体を叩く、それに驚いたのかビクンッと大きく震える蛇さん。

『くっくっくっ、そいつは人間だからって俺様たちを畏怖しねぇよ、おもれーだろ? 名前ぐらい早く教えてやれよ』

『むっ、貴公に言われなくてもわかっている! 我が名はケツァルコアトル、ヒトの子よ、ソナタは?』

「俺は”一応”田中太郎、よろしくなケツァルコアトル」

微妙に覚えにくい名前だけど、これから友達になる奴の名前を覚えないのは失礼だからな、口の中で数度呟く。

うん、覚えた!



目の前の人間は微笑みながら我の体をペチッペチッと軽々しく叩く、不思議と悪い気がしない。

『おいおい太郎、アステカ神話の創造神の一柱に態度軽すぎっ、こう見えてもこの野郎、2度も世界壊してるからなっ!』

「きっとその世界は優しさとか、そういったものが無い世界だったんだよ、なあケツァルコアトル?」

『え、あ、う、うむ』

何なんだこのヒトの子は、常人ならば発狂するであろう我と『悪の光輪者』…アジ・ダハーカの存在感と魔力の中でピンピンとしてる。

しかも幻想である存在しか住むことの許されない内包世界にいるとは、一体何者だ?

『た、タロウと言ったな、そなた……先ほど『無限蛇』であるアナンタの名を呟いたな』

「ああ、友達だよ、そんでもってアジ・ダハーカは……腐れ縁の悪友」

『おいっ!?』

ショックを受けたようにタロウを睨み付けるアジ・ダハーカ、そこには親愛の念があるようでさらに理解できない、最初はこの泉を脅かすものを主として迎撃しようとしたのだが、どうも違うようだし……むむっ。

目の前には『無限蛇』と『悪の光輪者』を友扱いしている矮小な人間が楽しそうに笑っている……おかしなものだ、少しだけ愉快な気分になって、再度口を開く。

『タロウ、友であるならな二人の弱点も知っておろうな?』

「うん、アジ・ダハーカは硬派を気取ってるけど真ん中の喉元を手で撫でると子猫みたいに声をゴロゴローってあげるし、アナンタは辛口のカレーが苦手、甘口じゃないと食べてくれない」

『ぷっ、くははははははははははははははははっははははは、悪の光輪者は子猫のような声で鳴いて、無限蛇は辛いものが食えないとな? あははははははははは、い、いかん、愉快、愉快だなそれはっ!!』

『っ、太郎! くだらねぇ事を教えるんじゃねぇ!』

転げまわる我と、怒鳴りつけているアジ・ダハーカを見て首をかしげているタロウ。

それがまたおかしくて、さらに大声を上げてついつい笑ってしまう。

「ど、どうした? えーーっと、俺って何かおもしろい事でも言ったのか?」

『ボケ太郎っ! ったく、わかったろケツァルコアトル、こいつにとって俺様たちはただの”生物”よ、”幻想”だなんて崇める気持ちなんて皆無だろうよ』

言葉とは裏腹に嬉しそうなアジ・ダハーカ、その声音からは『悪の光輪者』と恐れられた邪竜の姿は想像しがたい、我もいつの間にかタロウと呼ばれる矮小なヒトの子の事に興味が湧いて来る。

『わかったともアジ・ダハーカ、このような面白き存在がこの世界にいたとはな、独り占めするのは如何なものか? くくっ』

『へっ、知るかよ』

「えーっと、何だか良くわかんないけど、ケツァルコアトル」

我の名を呟いて、急に真剣な瞳をするタロウ、ふむ、このような眼も出来るのではないか……さて、今までの事は好意に受け取れたのだが、もしも我に願いを持ちかけるやら、使役したい等と望むものなら腸(はらわた)を食い破ってくれようではないか。

「俺と友達になってくれ!」

…………………………………………………………………………ぷっ。

『ぷっ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははは』

「え、やっぱり、お、俺なんか変なこと言ったのか? ど、どうしようアジ・ダハーカ!?」

『はぁ、知らねぇーよ』



あれから色々あって、無事にケツァルコアトルと友達になれた。

後で気づいたんだけどこいつには緑色の大きな羽根が付いていて、天地を創造する際にはそれで世界を飛び回るらしい、今度乗せてもらう約束をしちゃったし、むー、乗り心地が凄く楽しみであったりする、ちなみに現在のナンバーワンはアジ・ダハーカ。

「じゃあなケツァルコアトル! 今度一緒に遊ぼうぜー」

『うむ、じゃあなタロウ、この森を真っ直ぐに進めば白沢の住む洞窟があるはずだ』

あの後に一緒に泉で遊んだケツァルコアトル、最後にはアジ・ダハーカとどっちが飛ぶのが速いのかレースまで始めちゃったし、何だかんだで気があったみたいだ、同じ爬虫類同士だし……いやー、良かった良かった。

手を振りながらアジ・ダハーカの背中に乗って飛び立つ、ケツァルコアトルに手は無いので手を振る代わりに首を振っている。

うっ、ちょっと可愛いかも。

「いやぁーー、新しい友達も出来たし、白沢のオッサンの場所も聞けたし、良い事尽くめだなアジ・ダハーカ♪」

『俺様のいねぇような時にあんまり高位な幻想にあんな態度するんじゃねーぞ、今回は良かったけどよ』

「あっ、リンドブルム(翼竜)の群れだ、家に帰る途中かなー、おーーい!!」

『聞けよ、俺様の話』

既に暗くなり始めてる空を、黒い翼を羽ばたかせて飛んでいるリンドブルムの群れ、見たこと無い種類だ、この世界にずっと暮らしていても会ったことの無い幻想は沢山いるわけで、出会いがあるたびに嬉しくなってしまう。

現実世界はみんな同じような姿してるもんなー。

「なあなあ! アジ・ダハーカ、あのドラゴンって何って種類?」

『ああ? あれはヴィーヴルって種族だな、翼が蝙蝠と一緒だろ? それと眼を良く見てみな』

アジ・ダハーカの言葉に従ってヴィーヴルの瞳を遠目ながらに必死に見る、キラリと何かが光って見えた、それは赤色だったり、青色だったりして、物凄く綺麗な色をしている、驚いてアジ・ダハーカの背中をペチペチ叩く。

うおー、すげぇ!! 物凄く綺麗だっ!

『あいつらの瞳はルビーやガーネットで出来てやがんのさ、ここ最近は魔術師達の大量乱獲が続いたからな……宝石が魔術の材料になるのは
オマエも学校で習っただろう? だから群れで内包世界に逃げてきたんだろうよ……絶滅一歩手前って感じだなぁ』

「………人間って、そうゆう所が嫌いだ」

『あははっ、オメェも人間だろうがよ、でも、俺様は太郎のそうゆう所が好きだぜ』

何だかムカムカした思いと、ほわほわした思いが同時に来て混乱してしまう、むーーー。

『ちなみに、あいつらの少数がイギリスで湾曲されてあの有名なワイバーンになるってわけよ』

「おおー、補足ト○ビア!」

『だな』

そんな事を話しているとヴィーヴルの群れがアジ・ダハーカに続くようにこちらに近づいてくる、ほんの数分の間に俺たちが群れの先頭になってしまう。

後ろを振り向くと一匹のまだ子供であろうヴィーヴルがキィっと甲高い声を上げてこちらに寄ってきて、頭にポスッ。

「いつの間にかリーダーにされてますよアジ・ダハーカくん」

『そうゆうテメェは頭の上が巣だと勘違いされてますよ太郎くん』

くっ。

『「あははははははははははははははははははははははははははは」』

笑い声は白沢のオッサンの住む洞窟に着くまで鳴り止まなかった。



[1442] Re[3]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/01/17 14:14
ヴィーヴルの群れに別れを告げる、何故か俺に懐いてしまった子竜が切なそうに声を上げる、困ったように笑いながら、何か上げるものがないかポッケの中を漁って、かーさんにいつも渡されている白いハンカチを取り出す、えーっと、これで良いか。

「えっと、これを尻尾の先に………これでよしっ!」

『キィッ?』

子竜は自分の尻尾に巻かれた白いハンカチを見ようとクルクル回る、クルクルクル、それじゃあいつまで経っても見れないぞ。

「これが俺の匂いだ、付けとけば忘れる事も無いだろう?」

『キィ、キィっ!!』

『ははははっ、喜んでやがるぜ、大きくなったら遊ぼうぜガキー』

『キィっ!』

何処か嬉しそうに俺の頭を羽でパタパタと叩く子竜…………頭撫でられてる!?

「………俺が慰められてどーするよ」

俺が呟いたと同時に子竜が空の上で待つ群れの方へと飛び去ってゆく、黒く染まった夜闇の中でキラキラと瞳が星のように点滅しながら光る、あれで夜は仲間同士で意志の疎通をするわけだ、納得。

「さて、着いたなアジ・ダハーカ」

後ろに向き直る、そこには荒々しい山の外壁にポッカリと開いた黒い穴が口を広げて来訪者を待ち望んでいる、つまりは俺たち。

「おーーーーーい、オッサンッッッ! 白沢のオッサンッッッ!」

叫ぶ、こんな暗くて怖い穴倉に入るのは流石に嫌だし、アジ・ダハーカの体では入れたとしても窮屈で可哀相だ、オッサン、自分で出て来い。

『うっさいアル、そんなに大声を張り上げなくても聞こえとるアル!』

しわがれた声、人生の甘い部分も苦い部分も全て経験し終わった中年親父の声、それはオッサンの声に間違いない、トントントンと軽い足音と共に闇の中からヌッと人間の顔が出てくる、その後には猫のような四足の生き物の体が………のっぺりとした顔の上には伸ばし続けた髪が海藻のように絡みついていて、細い眼が俺の姿を確認して軽く開く、簡潔に言えば心底嫌そうな表情だ。

「よっ! オッサン久しぶり!」

『………お前アルか』

ポリポリと前足で頭を掻く白沢のオッサン、すると一斉に蚤が跳ね回って………素敵だ、訝しげに俺と横にいるアジ・ダハーカを軽く睨み付ける、用件をさっさと言えとゆう事だろうか?

「えーっと、その前にッ! 昔ミルクを舐めてる姿を気持ち悪いとか言ってごめんなさいっ!」

今でも子供だけど、さらに子供の時の自分の過ちを謝罪する、すると白沢のオッサンは軽くため息を吐く、怒ってるのかな?……アジ・ダハーカに視線をやると三つの顔を横に振ってわからないとのジェスチャー。

あーう。

『何をボケーっと間抜けに突っ立ってアルよ、話をするにも外では寒いアル! それにそこのドラゴンは人間に化けれるから下らん気を使うではないアルよ!』

叱られる……怒鳴った後に洞窟の中へとのそのそと消えてゆく白沢のオッサン、えーっと、許してくれたのかな?

「つかさ、アジ・ダハーカって人型なれたのかよ」

『千も魔法を覚えてりゃあな、そんなもんもあるに決まってるじゃねぇか、昔は『ザッハーク』って名乗ってなぁ、イランで好き勝手に非道の限りを尽くしたもんだぜ♪ むかーしに見せてやったろ? 王書(シャー・ナーメ)に書かれた俺様の残虐っぷり♪』

ああ、思い出した、昔にこいつが自慢げに俺に見せてくれた古ぼけた一冊の本、読めない俺の横でこいつが音読してくれたものだ、千年間もの間、イランを支配して残虐非道な行いをしていた一人の王、一日に人間を二人殺してその脳を蛇に食べさすとゆうクレイジー野郎、あれ、お前だったのかよ、友達やめようかな俺。

『~~~~~♪ いやぁ、楽しかったぜあの時代はよぉ♪』

「……あっそ」



正直に言おうと思う、驚いた、人間に化けてもどうせ大した姿にはならないと思っていたけどこいつは反則だ、男の俺から見てもアジ・ダハーカは綺麗だと思える容姿をしていた。

ボリュームのある真っ赤に燃える灼熱色の髪に、何処か憂いを感じさせる細長の紫紺の瞳、口元は想像通りに皮肉をたたえて吊り上っているのはご愛嬌、彫りの深い全体の顔作りは彫刻みたいにしっかりしている、引き締まった細身の体躯は一切の無駄が無い野生の獣を連想させ、危険な雰囲気を漂わせていている。

身を覆う赤色の分厚いコートも悔しいけど良く似合っている。

「……ひきょーだ、女の子にきっとモテモテだ……モテモテ……いいもん、俺にはボーディケアって可愛い恋人がいるもん」

「な、涙眼になって凄むなよ、俺様としては人間の姿をするのはあんま好きじゃねーけどな」

竜の姿に誇りがあるのだろう、頭をポリポリと掻きながら使い古された感のあるジーンズのポッケに片手を突っ込むアジ・ダハーカ、その一連の動作すら様になっているのだから文句のつけようが無い。

「うっさい! ほら、さっさと行くぞ!」

「あーもう、そんなに怒るなよ太郎、この姿どっかおかしいのか?」

「全然!!」

そんなやりとりをしながら洞窟の中に入ってゆく、思ったよりは深く無いらしくすぐに壁に突き当たる、湿った感じも無くて住み心地は案外良さそうだ、蝋燭の光に照らされて地面に丸まっている白沢のオッサン…キツイ、とりあえずはドカッと俺も地面に腰を降ろす、アジ・ダハーカは壁にもたれかかって欠伸をしている、さて。

「オッサン、久しぶり」

『ああ、久しぶりアルな、それと一つだけ言っておくアルが引っ越したのは別にお前に暴言を吐かれたからでは無いアルよ、お前の家族の出す瘴気に耐えられなくなったからアル………あの魔力濃度の中にいたら頭が馬鹿になるアル』

「……そーなの? じゃあ怒ってない?」

『…別に、いきなり謝られてびっくりしたアルよ、相変わらず頭のネジが飛んでるアルね、太郎、笑いを堪えるのに必死だったアル、すまないね』

意地の悪い笑みをして俺を下から見上げる白沢のオッサン、何だか肩の力が抜けたような感覚。

『それに、お前も久しぶりアルね、アジ・ダハーカ、昔の悪竜っぷりが抜けて、ふふっ、ご苦労さまアルね』

「この馬鹿と付き合えるのは俺様ぐらいしかいねーからな、ふんっ」

「馬鹿って誰のことだよ?」

『「お前」』

声を揃えて俺を指差す二人、どうしてこんな時だけ揃うんだろうこいつ等、しかもかなり失礼だし。

「俺は馬鹿じゃねーもん、そんな事よりも! 白沢のオッサン、俺さ、現実世界の学校に通ってるんだ!」

『ほう、それはそれは……良くあの母親やら姉が許したアルね、人間の学校アルか、良かったね太郎』

「うん、それでさ、召喚士のべんきょーしてるんだけど……どんな幻想でも良いから契約したいんだよ」

俺の真剣な言葉を聞きながら、フムと軽く頷く白沢のオッサン、そーいえば昔もこんな感じで色々と悩みを相談したりもした、俺が『幻想』ではなくて『人間』だと教えてくれたのも白沢のオッサンだったし。

『それで相談に来たと……ふむふむ、状況は大体理解出来たアル、それよりも先に一つ質問アル、何で召喚士になりたいと思ったアルか?』

「えっと、なんとなく」

『ぷっ、何となくアルか、他意は無いようアルね、よろしい』

何だかわからないけど合格だったらしい、アジ・ダハーカも口元を押さえて笑いを堪えてるし、何か嫌な感じ、口を『への字』にしてムスッとしている俺の周りを暫くクルクルと回る白沢のオッサン、何をしてるんだろう?

『相変わらず魔力保有量が赤子並みアルね、うーむ、召喚士としては致命的アル』

「うん、先生に良く言われる、それでも契約できる奴っているかな?」

『……最初に契約する存在は大体、パートナーとして長く付き合って行くのが暗黙の掟アル、下手なのは紹介出来ないアル』

我が学校でも最初に契約した存在を『パートナー』と呼ぶ風習があるのはそーゆう事だったんだなぁ、契約基準は幻想にとって様々だが、内包世界に住むようになった幻想に関しては契約は比較的楽なものとなっている。

互いの証を体に刻み込む、最初に契約した存在の『証』は必ず心臓の真上に、己の命を預けるといった契約者の意思表示なのだ、幻想の方も体の何処かに『証』を刻んで契約完了、これが常時契約型の幻想とマスターの関係、つまりはマスターと使い魔。

「だったら俺様としろよ太郎ッ、テメェに魔力が無くても別にいいからよぉー」

「しつこいぞアジ・ダハーカ、お前とは友達だから、パートナーは何か嫌」

『残念だったアルねアジ・ダハーカ、さて、少し待つアル』

眼を瞑って何かを考え出す白沢のオッサン、何だかワクワクする、まだ見ぬ俺のパートナーに心が震える、うーん、やっぱり俺の魔力だとこの世界の力の順位『月』『火』『水』『木』『金』『土』『日』だとさ、『土』か『日』の奴になるだろうなー、でも強さなんて関係ないし、どんな奴でも仲良くしたいなぁー、うー、楽しみ。

『うーん、シャンタク鳥のピルルとかはどうアルか?』

「えーーーっ、あいつも友達だから駄目だよ! 俺の知らない幻想がいいーーっ!」

『我侭アルねぇ、だったらピクトとかはどうアル? スコットランドの赤い髪をした少女の妖精アル……可愛いアルよ?』

「おおーっ、そ「駄目だ、ジジィ、そいつのランクは?」

俺の言葉を遮って会話に割り込んでくるアジ・ダハーカ、少しだけ怒っているような、機嫌悪いのかな? もしかしてパートナーになるのを断ったからかなぁ、でも仕方ないじゃん、俺とアジ・ダハーカだったら釣り合わない、俺みたいなヘッポコ召喚士のパートナーなんてアジ・ダハーカが可哀相だ、きっと学校で馬鹿にされるし、やっぱ駄目。

自分の才能の無さがちょっとだけ恨めしいぞ、むぅ。

『”日”アルね』

「そいつは駄目だな、せめて金に届く奴はいねぇのかよ? 召還士にとっては一生モンの問題じゃねぇか……適当なので済まそうとしたら頭カチ割るぞジジィ」

少し驚いてアジ・ダハーカの顔を見る、照れたようにソッポを向いてくれる友達に感謝する、俺の考えてることも全部お見通しだったんだ、むー、怒っているように見えたのは真剣に俺のパートナーの事を考えてくれたと。

いい奴、やっぱお前はパートナーじゃなくて親友だ、ちょっと照れる。

『二人とも顔を赤くしてどーしたアルか、ふむぅ、ランクが金で太郎の魔力でも契約出来る幻想、つまりは幻想自体が魔力を欲しないタイプ…ああ、いたアル! ランクは『水』、これなら文句が無いアルね!!」

「ま、マジかーーー!? 水ってアジ・ダハーカより一つ下なだけじゃん! す、すげぇー!」

「おいおい、本当かよジジィ」

『ああ、でも、名を教える事は出来ないアル、きっと言えば、アジ・ダハーカ、お前は反対するアル』

溶かされた蝋の塊がポタッと小皿の上に落ちる、どーゆう事だろう?条件が全て揃っているのにアジ・ダハーカが反対する、考えてみてもさっぱりわからない、えーっと。

「つまりは、俺様の嫌うような性格のやろーってか」

『そうアル、そいつは今までに人に使役された事実も無いし、簡潔に言えば幻想かどうかもわからない存在アル、でも、だからこそ太郎との相性も良いはずアル、片方は魔力が無くても存在できる使い魔、片方は魔力がまったくないマスター、ぴったりアル』

「うおー、マジでぴったりじゃん! そいつ! そいつに決定ー!!」

「おいおい太郎、ってコイツがこうなったら俺様の言葉なんて聞きはしねぇか……ジジィ、条件は揃ってるんだ、別に俺様は反対しねぇよ、そいつの名を教えてくれ」

ゴクリ、息を呑む気配、既に消えそうな蝋燭の僅かな光と無駄に濃い白沢のオッサンの顔が全てを演出している、ドキドキ、高鳴る胸を自分で押さえながら、聞き溢さないように耳を澄ませる。

『渾沌(こんとん)、天地開闢の時より生き長らえてきた獣アル』



渾沌、それが俺の運命のお相手らしい、あの様々な幻想に精通している白沢のオッサンも名以外は知らないとゆう存在、渾沌、渾沌、渾沌、何度も呟くと実感が湧いてくる、こいつが俺のパートナー……なのかも知れない。

月の光の下でアジ・ダハーカは何度も舌打ちをしている、その体から溢れる魔力のせいで森に住む幻想たちは身を潜めてしまっている。

「何が気に食わないんだよアジ・ダハーカ」

『別にぃー、渾沌、渾沌ねぇ……俺様はわけがわからねぇ奴が嫌いなんだよ、まだアエーシュマって言われた方が納得出来たぜっ!』

徐々に見えてくる我が家の明かりを見ながら納得する、そう言えば昔からアジ・ダハーカははっきりしない事が嫌いだった……渾沌、存在もそうだけど名前からしてはっきりしない感じ、ごめんなまだ見ぬ相棒。

「つかアエーシュマって誰だよ」

『どーぞく、いけ好かねぇ奴だったがわけのわからねぇ渾沌よりは百倍マシだっつーの! なあ、やっぱりやめとかねぇか?』

「嫌だ、住んでる場所も聞いちゃったし、俺は明日にでも会いに行くよっ! お前は来なくてヨシッ!」

『……何でだよ』

不服そうに鼻息をするアジ・ダハーカ、でもこれにはちゃんと理由があるんだよ。

「俺さ、そいつと一人で話して、仲良くなって、契約してもらう! 頑張る!」

『くっ、はは、仕方ねぇ奴……何かあったら空に向かって俺様の名を叫びな、一秒で駆けつけてやる』

「あんがとー、よしっ! 頑張るぞ!」

ドンッ、俺が決心も新たにしたところで地面にアジ・ダハーカが着地する、白くて大きな我が屋敷はどのような原理か知らないけど、夜になったら青白く発光するんだ、眩しい。

「また明後日にな! 俺の相棒に期待しててくれ! それと仲良くしてくれなっ!」

『へいへい、努力はして見るよ、太郎こそ無茶するんじゃねぇーぞ、渾沌って野郎がどんな奴かわからねぇんだからよ』

「うん、じゃあなーーー!」

手を振るとアジ・ダハーカは俺を乗せて飛んでいた時の何十倍の速さで空へと消えてゆく、5秒も数えないうちに見えなくなり雲が空に四散する。

はえぇー、確かに1秒で駆けつけるかもあいつ。

「ただいまーーー!」

勢い良く黒塗りの木で出来たドアを開ける、帰りの挨拶は元気良く、我が家の教えその一。

ポフッと、開けたと同時に俺の体にぶつかって来る小さな体躯に頬が緩む。

「ただいま、かーさん」

「おかえりでふ、ご飯出来てるでふ」

純白の小さなレディーを持ち上げて、さーて、今日のご飯は何かなーとか考える俺だった。



[1442] Re[4]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/01/18 17:56
かーさんが怒った、朝起きてすぐに使い魔を探しに行くって言ったら…怒った。

無表情でフワフワと浮遊しながら食器をカシャカシャカシャしている、いつもの”でふでふ”の鼻歌も聞こえないし、うー、何がいけなかったんだろう?

「かーさん」

「でふでふ」

「かーさん」

「でふでふ」

無視ではないけど、とっても怒っている、だって”でふでふ”しか答えてないし、それって語尾だし、うーん、頭をポリポリしながら考える、何を怒らせてしまったんだろう?

「かーさん」

再度呟いてかーさんの腰をつかんで持ち上げる、羽のように軽い体、閉じた瞳に合わせるように向き直る、泡だった白い手が頬にピタッと当てられて、冷たい手の感覚が少し気持ちいいかも。

「契約でふ、おかーさんと契約するでふ」

「あー、そうゆう事………無理だから」

いくら『本体』の端子であるからといって、かーさんは間違いなく人間の契約するような存在ではない……しかも俺みたいな、才能なし、魔力なしの人間が契約出来るはずが無いし。

「でふ、でふ」

白い髪の毛が俺の体に絡みついてくる、甘い匂いとかーさんの体温を感じながらため息、さて、どーやって納得させようかなぁ。

「かーさん、何で俺と契約したいの?」

「でふでふ」

「いや、わかんない、しょーじきに言いましょう」

視線を逸らして”でふでふ”と言っているかーさんの細い顎を掴んでクイッと。

「………わけのわからない人に太郎はやれないでふ」

「あー、それは勘違いだよかーさん、使い魔ってのはパートナーであって、結婚相手とかでは……無い」

勘違いはそこですよかーさん、頭をポフポフと優しく叩いてあげながらゆっくりと説明してあげる、そうか、かーさんは使役される事なんて絶対に無いから使い魔の意味を正しく知らなかったんだな。

ちなみに。

「かーさんに使い魔の意味を教えたのって誰?」

「おねーちゃんでふ」

……本来なら自分の尽くすべき主君に対して何たる暴挙だ、流石はニャル姉、おもしろい事の為なら命を張る女、そう言えば昨日から姿を見ないなぁ、また現実世界でろくでもない事を企んでるんだろう、ほっとこう。

考えると頭が痛くなるし。

「さて、そーゆう事で、別にパートナー出来ても俺はお婿さんに行かないから安心してくれ」

「でふ」

コクコクと頷くかーさん、どうやら納得してくれたらしい、今日は何故か理解が早いぞ!

凄いぞかーさん。

「じゃあ、行くとしますか……かーさん、その手なに?」

「でふ、説明には納得でふ、でもおかーさんと契約しない理由にはならないでふ?」

あう。



渾沌の住む山は白沢のオッサンの住んでいた洞窟のさらに東に進んだ場所にあるらしい。

流石に一人では行けないなぁ、でも昨日あれだけアジ・ダハーカに偉そうに言ったので頼むわけにも行かないし、かーさんを無理やりに納得…では無くて正直逃げ出してきた俺は森の中でポケーッと空を見つめる。

誰か知り合いが通ってくれないかな。

「~~~~~~~~~~♪」

鼻歌が聞こえる、透き通った少女の声に顔を上げる……おおー、まさにこれこそ天の助けだー。

「おーーーい、”飛行おに”……ちょっとタンマ!」

「むにっ、何じゃ? おお、太郎じゃないかー、どしたんじゃー?」

黒い帽子に黒いマント、黒い豹に乗った白い肌の少女、薄く光っている赤い瞳が俺の姿を確認して嬉しそうに細められる、昔からの友達”飛行おに”、トンッと豹の足が地面に付いたと同時に俺のほうへピョンと飛びついてくる。

「やあ、飛行おに、ルビーの王さまは見つけられたかい?」

「やあ、太郎、それがまだ見つけられて無いんじゃよー」

とある童話の幻想である飛行おに、いつも黒い豹に乗って宇宙中を駆け巡りルビーを収集する魂のコレクター、存在を創りかえる『不思議なぼうし』と他者の願いを叶える『不思議なまほう』を使える高位幻想。

ここ最近は『ルビーの王さま』と呼ばれる幻のルビーを探しているのだが、残念だけどまだ見つかっていないらしい。

「うーん、ルビーの王さまかぁ、きっと物凄く綺麗なんだろうな」

「にゃー、言うな言うな、欲しくてたまらんようになるっ!」

癖のある尻尾のように一本に括った菫色の髪を手で弄びながら、飛行おには泣きそうな表情になる。

「ごめんごめん、ところでさ、これから暇?」

「ぬっ? 暇といえば暇じゃが……何か用事でもあるのかのぅ」

幼い姿からは想像できないお爺さん言葉、昔はそれがおもしろくて真似をしてからかったりしてたなぁ、むーっ、幼い自分の過ちを反省。

「うん、東の泰山(たいざん)まで連れて行ってくれないか?」

「太郎の頼みなら断るわけにはいかんの、ええよー、一緒に行こうではないか」

俺の胸までしか身長の無い飛行おに、だけどやっぱり年上のお友達、頼りになるな、何かお礼にとポケットの中をガサガサと漁る、掌の中に丸いものが転がり込んでくる感触。

「ルビーの王さまじゃなくて残念だけど、飴をあげようーー」

「サンキューじゃ太郎♪」

さてと、とりあえずは目的地の泰山までの足を手に入れて一安心、よいしょっと黒豹の上に跨る……そして目の前にはピョンピョンと跳ねて黒豹に飛び乗ろうとしている飛行おにの姿が、いつもどーやって乗ってるんだろう……腰を掴んで俺の前に座らせてあげる、耳まで真っ赤なのが可愛いところ。

「ち、違うんじゃよ! い、いつもは上手に乗れるんじゃ!」

「はいはい、それじゃあ出発ーーー」

両足で軽く脇腹を叩いてやると黒豹が天に向かって足を動かし始める、浮遊感は無く純粋に地面を走る感覚と同じ。

これはこれで乗り心地良いなーーー。

「むー、太郎のばーか、意地悪、そんでもって、ええっと、ええっと」

「そう言えば飛行おにってランク幾らだっけ?」

一度も飛行おにのランクを聞いた事が無かった事実に気づく、力や魔力は高いけど幻想としての歴史は浅い、どのくらいなんだろうか?

「ふぇ? ワシは確か『水』だったかのー、力はあるんじゃが、幻想としてはのう?」

「でも凄いじゃん、俺が現実世界で召還士の勉強してるのって知ってたかな?」

「ああ、風の噂でなー、ふむふむっ、納得したぞー、使い魔探し……じゃろ?」

赤い瞳を俺に合わせて微笑む飛行おに、帽子が飛ばないように両手で必死に抑えてる様子は人間の子供と変わりはないように見える、でも喋り方もそうだけど、俺なんかよりはよっぽど物知りで頭の回転も早いわけで、俺が言うまでも無く泰山に行く目的に気づいたようだ。

「うん、実はそうなんだ、ほら、俺ってば魔力保有量が無いから……誰も契約してくれないんだ」

「それと家族のご威光に臆してる奴ら多数じゃな、ワシで良いなら契約してもええよー」

いきなり高位幻想からの契約話が来ましたよオイ、何で俺の周りの奴ってこんなにノリが軽いんだろうとため息をする、俺は才能が無くて魔力も無いって言ってるのに、むー、理解してるのかな?

「だーかーらー、魔力無いから契約無理だっつーの!」

「むっ? 魔力なんていらんわ、そうじゃのう、先ほどの飴玉で契約ってのはどうじゃ?」

「駄目」

人間の少女の姿をした飛行おにの赤色の瞳が微かに潤む、小さくて形の良い鼻がピクピクして……泣きそう。

「あ、う、ええっと」

「……太郎はワシと契約せんと、あれか、幻想としての歴史が無いからか、それとも、わ、ワシが嫌いなのかのぅ」

一粒の涙から後方へと流れてゆく、飛行おに、マジ泣きだ……だって、仕方ないし、どうしよう。

まさか泣くとは、これは苦手だ、女の子が泣くのはすごく苦手だったりする、グシグシと涙を見られないようにマントで拭いてるし、罪悪感が胸にズキズキ。

「ち、違うって! マジ違うから! え、ええっとな、俺みたいなヘッポコ召喚士に飛行おには勿体無いって!」

素直に思ってる事を口にする、飛行おにの赤色の瞳は恨めしそう俺を睨んでいるわけで。

「グスッ、ワシはそれでもええと言っておるじゃろ?」

「それじゃあ、俺だけが得をしてるじゃないか……そうだ! 俺が一人前の召喚士になったら契約しよう!」

我ながら素敵な打開策、俺の困ったような表情を見て飛行おにも瞳を閉じて何かを思案している、そして暫くたった後に、ゆっくりと赤色の瞳が開かれる。

「…………約束……じゃよな?」

「うん、約束」

こうして俺は未来の使い魔と、契約ではないけれど、約束をしたのでした。



その山は小さいけれども立派な風格を持っていた、山というよりは一つの大きな岩って感じ、厳ついそいつをじっと見上げる。

「…………」

さて、どーしようかなぁ、既に別れた飛行おにから魔除けにと貰ったルビーを手の中で転がす、こいつには高位幻想である飛行おにの匂いが染み付いているらしく、下位幻想はこれを感じ取るだけで逃げてしまうらしい。

確かに多くの魑魅が俺のほうを見ている気配はするが襲ってこないし、その能力は十分に発揮されている、魑魅とは中国の言葉で妖怪寄りの山の精霊の俗称であり、必ずしも全てに当てはまるわけではないのだがこの山には沢山いるようだ。

「さて、探すとしますか」

渾沌は魔力が限りなく少ない幻想らしく、虱潰しに探すしかないのが結構辛い所、山の大きさとしてはそこまでのものでは無いから、一日中歩き回っていたら多分会えるだろうと楽観的な自分がいる。

「~~~~~~~♪」

あまり木の茂っていない開けた山、それが歩いて見た泰山の率直な感想だった。

「おーーい、渾沌~~~~! いるなら出て来いー、いなくても出て来いー」

声を張り上げて歩き回る、喉が枯れるまで何度も叫ぶけども一向に反応は無い、むーっ、結構歩き回ったんだけど姿すら確認できない……もしかしてこのルビーのせいかな? でも外した瞬間に魑魅の群れに襲われてもそれはそれで困るしなぁ、よいしよっと、木の根に座る。

『コケコッーーーー、人間よ、先ほどから何をしておる?』

木の上の方から声がして、見上げてみると甘い香りが鼻腔を一斉にくすぐる……あっ、桃の木だ。

ラッキー、小腹もすいたし食っちゃおう。

『っておーーーい!? それはこの天鶏(てんけい)さまの桃だ! コケーっ! 勝手に食うではない!』

「うっさいなー、あっ、鶏じゃん……捌いて食うか」

腰に挿したナイフを確認して木の枝に立っている鶏を睨む、これで今日の晩御飯は困らなくてすむな、桃と鶏が一度に手に入るなんて本当に運がいいな俺。

『コケッー!? この全ての鶏の王である天鶏を食うとな!?』

普通の鶏の三倍もあろうかとゆう体と微かに桃色に染まった羽毛、立派な金色の鶏冠が俺を警戒するように発光している、まさか、現実世界に行かないで鶏が手に入るなんて儲け儲け……あれ、この鶏喋ってるぞ?

「鶏じゃなくて幻想かー、へー、鶏の幻想なんて初めて見た」

『我が名は天鶏、全ての鶏を司る王ぞ! その宝であるこの桃の木に手を出そうとは不届き者……貴様、何を食っている』

「もぐもぐ、えっ? 桃」

『んなーーーーーーーーーーーーーーー!?』

種をペッと吐き出す、これが大きくなって新しい桃の木になるんだな。

そして天鶏と名乗った鶏さんは俺の吐き捨てた桃の種を唖然と見つめている、どーしたんだ? それよりもお腹もいっぱいになったし渾沌探しを再開するとしますか。

「よいしょ」

『ま、待てーーーーーー!!』

立ち去ろうとした俺の前方に木の枝からジャンプして着地する鶏さん、羽を広げて怒ってる見たいだ、こうやって対峙するとさらに思う、何て美味しそうな鶏なんだ……鶏の王って肩書きも本当かもしれない。

「じゅる」

『じゅるじゃ無い! 涎を拭け! 貴様ぁ、度朔山(どさくさん)からこの山に流れ着いて行く年月! 我が一生懸命に育てた桃をよくも!』

「ほいっ」

口の中へと飴玉を投げ込んでやる、味は俺の好きなイチゴ味、気に入ってくれるかな?

『こ、コケ? こ、こんなもので……甘い』

「だろ? 桃を勝手に食ったのは悪かったよ、ごめんなさい」

『……コロコロ、うまい、おい、これは何と言う木の実だ?』

羽を広げるのもやめ、コロコロと飴玉を転がしながら俺に問いかける天鶏。

「別に木の実じゃないんだけどな、飴玉って言ってな……色んな味があるんだ、もっとあるけどいるか?」

『こ、コケッ』

俺はポケットの中にある飴玉を全部かき集めて天鶏の前に差し出した。



『ふうー、こんな美味しいものがあるとは、我は知らんかった』

「飴玉でそんだけ喜んでもらえると俺も嬉しいよ、うん」

二人で飴玉をコロコロと転がしながらボケーっと青い空を見つめる、雲がゆっくりと流れて行く。

天鶏は内包世界に来るまでは中国の度朔山と呼ばれる山にあった巨大な桃の木に住んでいたらしい、しかし、山にいつからか住み着くようになった強力な仙狐(せんこ)が桃の木を切り落として住処にしてしまい、この内包世界に逃げるようにやってきたとか、ムカつくなーー、その仙狐。

「むーっ、ムカつくなそいつ」

『コケッ、仕方ない、力足らん我が駄目だったのだ……だがその住処であった桃の木の種がここまで大きくなったのだ、我は嬉しいよ』

「そうか、ごめんなー勝手に食って」

『コケッ、その代わりにお前は『飴玉』を我にくれたではないか、美味であった……感謝する』

「あははははは、桃も美味しかったよ」

そんな事を話してると突然に天鶏が地面に穴を掘り出し始める、器用に足でザッザッと…そこに残った最後の飴玉を放り込んで、また埋め始める天鶏……おいおい、流石にそれは生えないぞー。

口を開こうとした瞬間に地面からポンッとカラフルな色をした芽が姿を現す、マジ?

『この山は非常に澄んだ霊気と仙気(せんき)に溢れているからな、多少の無理も通ってしまうのだ』

「へーっ、飴玉の木かー、夢があっておもしろいじゃん……あー、そうそう」

飴玉の木の芽をジーっと真剣に見つめている天鶏、そういえばこいつだったら知ってるかも、立ち上がってパンパンッとお尻についた砂を叩き落としながら体を伸ばす、うーーーん。

「渾沌って幻想の居場所知らない?」

『ふむ、とりあえずは桃と同じように育てて……なに? 渾沌だと?』

「うん、渾沌」

『我はそやつの場所を知ってるのだが……むう、会おうとするのはやめとけ、死ぬぞ?』

「大丈夫」

根拠は無いけれど俺は何故か笑って呟いたのだった。



[1442] Re[5]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/01/20 12:56
天地開闢の時より世界に住まう獣、名を渾沌。

世界に形が整い始めた開明(かいめい)をその眼に焼き付けた誇り高き存在。

仙人の住まう崑崙の西の洞窟で身を隠し、ゆっくりと世界が変わり行く様子を見守ってきた獣。

雄雄しくも猛々しい、硬く強靭な尾を顎に挟み、前には進まずに地を回り、大極を描く。

大極とは上昇する地のエネルギーと下降する天のエネルギー、それを我が身で現し世界の進化を促す神獣(しんじゅう)なり。

人々に忌み嫌われ、後に生まれた神々からは獣と罵られ、同属からは存在が不確かなものと差別される。

そして、今、その身を覆う毛は真っ赤な血で染まっていた。

『かはっ……フゥフゥ……グルルルルルっ!』

『かつては天地開闢にその力を貸した貴方の血に染まった姿が見れるとは、ゾクゾクしますねぇ』

目の前には自分と肩を並べたこともある強力な幻想、四神(ししん)に及ぶやもと恐れられた四凶(しきょう)の一体である窮奇……四凶とは4つの獣、犬の姿をした『渾沌』(こんとん) 虎の姿をした目の前の敵『窮奇』(きゅうき) 半身半獣の化け物『饕餮』(とうてつ)『梼木兀』(とうこつ)……人々から罵られ、恐れられ、堕落していた時代の自分の罪が胸に突き刺さる。

『さあ、渾沌……我々とともにまた現実世界で暴れ周りましょう、そのために態々貴方を内包世界まで迎えに来たのですから』

『断る……我輩は血に染まった畜生(ちくしょう)には戻らない……』

『クックックッ、そうでしたねぇ、貴方は昔からそうやって私達を見下していた……いやぁ、懐かしいですねぇ』

『……』

虎の姿を鷹のように鋭利的と言える程までに発達した翼で覆い隠しながら窮奇は笑う。

心底楽しそうに、その周りには食われ、蹂躙された様々な幻想の死体がある、自分が住処に帰ったときには既に息をしていなかった、助けを呼ぶように天に伸びた魑魅の腕が目に入る。

ギリッ、歯を強く噛み締める、別に助けられなかった事を悔やんでいるのではない……四凶の戦いに無関係の者を巻き込んだ事に腹が立つ。

『でもねぇ渾沌、幻想の住まうこの世界に置いても貴方はやはり異分子なのですよ』

ゴヒュゥウウウウウウウウウ、窮奇の口から吐き出された紫色の炎が魑魅達の死体を一瞬で炭火にしてしまう……そして白い灰が舞い散る山の頂上で、対峙している窮奇の魔力の放出によって周囲の草花から生気が奪われ、枯れてゆく。

『『『ぎぃ、ぎぃいい! ぎぃ!』』』

自分の後ろには体を寄せ合って震えている生き残った魑魅達が、彼らを庇わなければ自分が傷を負うなんてあろうはずがない……頭の回る窮奇の事だ、彼らを生かしていたのは恐らくわざとだろう、自分が彼らを庇うことすら計算していたのだ。

『そんな幾らでも代えがいる幻想のために……渾沌……貴方ほどの存在が血を流すとは、クックックッ、皮肉ですね』

『暫く会わないうちにさらにお喋りになったな窮奇、もう一度言おう、我輩は貴様らに二度と力を貸さん』

体に一斉に生える七つの円月刀、チャッキと刃鳴る七つの牙であるそれはかつて自分を殺した神々の力の残留思念。

『ほう、七孔(ななこう)を出すとはね……本気で私と殺り合う気ですか? 後ろの屑を庇いながら無理でしょう?』

細められた瞳に侮蔑と哀れみを込めて、窮奇は首を左右に振りながら赤く染まった両爪を出現させる。

仲間にならねば殺すと窮奇は始めに言ったのだから。

『無理かどうかはわからんぞ、かかって来い格下、我輩が直々に相手をしてやる』

『その戯言を吐き出す舌を引っこ抜けば、少しは貴方の意見も変わってくれますかねぇ』



「おー、何か物凄い魔力感じるんだけど……渾沌って魔力あんま無いはずだよな?」

沢山貰った桃を一つリュックから取り出してムシャムシャと食べる、甘くて美味しい。

天鶏によると、今、この山の頂上で渾沌と現実世界からやってきた幻想が戦っているらしい……うん、別に飛行おにのルビーのお陰じゃなくてみんな怖くて身を潜めてたんだな、納得。

ガサッガサッと草を掻き分けながら歩く、恐らくこの禍々しい魔力は現実世界からやって来た奴のだな、ビリビリと肌を刺すような殺気の込められた魔力は意地の悪さを感じさせる、あんまり良い気分じゃない。

「ここら辺だな」

シュン、背の高い草の中から足を踏み出すと同時にカマイタチのような烈風が俺の横を通り過ぎる、ゆっくりと倒れる樹木を見て思う……当たってたら死んでたな、むー、少し顔を引っ込めて、草の間から頂上の様子を探り見る。

バシュ、シュ、タンッ、ぶつかり合い疾走する二匹の獣、体から鋭い刀を生やした真っ黒な犬のような獣と翼を持つ虎のような獣、二匹は人外のスピードで互いを噛み、切り裂き、ぶつかり合う、どーしてか狼の方の動きが悪いような。

「ああ、あいつが”渾沌”だな」

嬉しくなる、何故なら渾沌の動きが悪い理由が理解できたから。

自らの後方の崖の手前で怯えている魑魅を守ってやっているのが理解できたから、俺は心から本当に嬉しくなった。

「っで、あの虎が”わるいやつ”だな、むむっ、俺に出来ることは」

あの魑魅たちを救い出して、渾沌が気兼ねなく自由に戦える場をつくること、でも自分は人間であり矮小な存在なので、あの場を横切って助けに行くことはつまりは死を意味する。

悩む…………よしっ。

「考えても仕方ないから、とりあえずは渾沌を呼んでみよう、おーい、渾沌~~~~~」

空気が凍りつくような、シーーンとする空間……タンッと地面に降り立った二匹の獣。

二匹は何処か呆然と、口をポカーンと開きながら俺を見つめる、えーっと。

『人間……だと、この世界に? 馬鹿なっ!』

『ですよねぇ、何処ぞの幻想が変化してるわけでもなさそうですし』

何だろう、ジロジロと見られるのは照れる、恥ずかしくて顔がカーッと赤くなるわけですよ。

「おい、そこの虎さん、渾沌を苛めるのをやめろ」

『い、いじめ? 貴方が何を言っているのかはわかりませんが……人間如きが』

「そーだ、俺は人間だ」

『……えーっと、あのですねぇ』

虎さんは困ったように頭をポリポリと前足で掻く、渾沌はまだ呆然としてるようで俺をただ見つめている、ヒューっと強い風が山の頂上に吹いて二匹と俺の体を揺らす……寒い。

「虎さん、どうして渾沌を苛めるんだ? 現実世界からやって来てわざわざ苛めにくるなんて」

『い、いえ、別に苛めに来たわけではありませんよ、彼にまた私達と一緒に暴れないかと誘いにきたわけで』

「どーして誘いに来たんだ? あんまり仲よさそうに見えないのに」

『ムッ、それはそうです! 私は渾沌の事が昔から嫌いでしたからね、落ちぶれる前のプライドからか妙に紳士ぶって人間に接するのに、結局は欲に負け人を食う……あー、あの時の事を思い出すだけで腹が立つーーー!』

「ふむふむ、だったら誘わなくていいじゃん」

『私はそれで良いのですが、残りの二匹、饕餮と梼木兀の奴がどうしてもと』

「それは駄目だ、渾沌は俺の使い魔になってもらうから、お前らにはあげない、それに虎さん強いから渾沌いなくても大丈夫だって」

先ほどの戦いを見て思った事を素直に言う、わざわざ渾沌を仲間にしなくても虎さんだけで十分に強いのに、これ以上仲間を増やしてどーすんだろ。

わけわかんないなー。

『わ…たしが強い? そ、そんなこと貴方に言われなくても!』

「それに毛並みが綺麗、後、魔力だけを感じたら性格悪そうに思えるけど、人間”如き”の俺の話もちゃんと聞いてくれるしお前は良い奴だ、でも魑魅を人質にする必要は無かったんじゃないかな? お前強いんだからそんな事しなくても渾沌と戦えたろ?」

『む、無論です!』

翼をバサッと広げて己を鼓舞する虎さん、猫科の動物特有の引き締まった細身の体が太陽の光を受けてキラキラと輝く。

おー、とってもカッコいいぞ虎さん。

「うわー、かっこいいー、その翼で飛ぶことも出来るのか?」

『ええ、あっ、勝手に触らないで下さい』

『フカフカだー、毛並みだけじゃなくて翼まで手入れが行き届いてるなー』

ついでに鋭くも機能美に溢れた爪を横目で見る、鈍く光るソレは一片の汚れも無く綺麗だ、うん、納得。

『あーもう、何なんですか貴方は!』

見た目が猫科の動物なので顎の下を撫でてやったらゴロゴロって鳴くかなー。

『にゃー、ぐっ』

一瞬だけど顎の下を撫でられて”にゃー”と鳴いてしまった自分を恥じるように虎さんは悔しそうに歯を噛み締める……こいつ、結構可愛いんじゃないかな?

「あははははははははははは、虎さん♪ 虎さんは強くてかっこよくて可愛いんだから渾沌いなくても大丈夫だって、魑魅だって一匹も殺してないし」

『なっ!?』

渾沌の口から微かに驚いたような声が漏れる、それに対して虎さんは何処か忌々しそうに舌打ちをしてそっぽを向く。

「だって爪が全然血で塗れてないし……混沌には翼で攻撃してたもん、幻術だなー?」

『ええっ! そうですよ、その通りですよ! 下等な人間なら幾らでも殺してやれますが、同じ国の生まれの幻想を理由もなく殺すなんて真似は私は出来ないですからねっ! 笑いたければ笑いなさい渾沌!』

そっぽを向いてムキーっと言った感じで言葉を吐き出す虎さん、ぜーはーぜーはーと息が荒くて餌に在り付けない野生動物みたいだ、渾沌はなんと答えてよいのかわからないのか、何も語らずに虎さんを見つめている。

「でもそんな事をしたら渾沌が仲間になるわけないじゃん」

『怒りに駆られて昔の血に飢えた彼に戻るかと思ったんですよ! 今の腑抜けの彼に興味はありませんからね、ふん、昔に戻れない貴方にはそこの人間の使い魔風情が確かにお似合いかもしれませんね……はぁ、いいです、確かに一理はある……私がいれば貴方など四凶には必要ない」

バサッと翼を広げて浮き上がる虎さん、どーやら納得してくれた見たいだ。

「虎さん?」

『ふぅー、人間とは下等な生き物とばかり思っていましたが……貴方のような変り種もいるのですねぇ、見解を少し改めて見ますか……さらばです渾沌、それに人間”さん”』

「おーーー! またどっかで会おうな虎さーーん」

『ふふっ、その時には貴方の使い魔に成り下がった渾沌の姿を楽しみにしてますよ』

空に消えてゆく虎さんに手を振りながら思う、成り下がるって酷くないか?



突然現れた人間の子供。

あの人間嫌いだった窮奇、悪人を褒め称え、善人を殺し尽くす事でさらに人間の徳を貶めようとしていた窮奇。

それがたった一人の人間の子供の言葉に納得して空へと去ってゆく様子を我輩は呆然と見送っていた……これは夢か? それとも我輩はまた窮奇の幻術に騙されているのか? 頬に爪を軽く走らせる……痛い。

「おー、何してるんだ渾沌?」

眼をキラキラとさせて我輩の奇行について問い掛けてくる人間、まさかお前が幻術の類ではないかと疑ったとは言わないわけで。

むぅ。

「あー、挨拶忘れてた、初めまして渾沌、俺の名前は田中太郎! お前を探してたんだ」

『たなかたろう……』

「おう、お前に一つお願いがあって来たんだ!」

鼻息荒く、眼をキラキラとさせて我輩の瞳を見つめるタロー……先ほどの奇天烈な行動からはまったくその発言が予測できない。

カチャカチャと音を鳴らしながら我輩の体へと戻ってゆく七孔を見ていちいち驚いているし、何なんだこの人間、驚くほどに幻想に慣れていると思えば驚くほどに一つ一つの反応が初々しい。

「お、俺の使い魔になってくださいっ!」

頭をバッと下げて我輩に片手を差し出すタロー……使い魔、だと?

忌み嫌われ、人間から恐れられ、やがて忘れられ、唯の血に塗れた畜生に成り下がり四凶と恐れられた遠い日々……神々は我輩を『わけのわからぬもの』と罵り七つの穴を射抜いた、人間は我輩を『わけのわからぬもの』と恐れ唯の化け物へと貶めた、同胞は我輩を『わけのわからぬもの』と仲間として認めず、それ故に我輩の長き人生は孤独の日々に支配された。

我輩を………使い魔、目の前の存在からは他の者との契約が感じられぬのだから、初めて契約する幻想に我輩を選んだということになる。

『わけのわからぬ』我輩を……。

『貴様は何を言っているのかわかっているのか……我輩はまともな幻想では無いのだぞ? 天地開闢の頃より生き長らえたきた化け物だ、それをよりにもよって使い魔、相棒に選ぶだと?』

「むっ、自分でそんな事を言うな、お前の価値をお前が全部決めてるみたいだぞ」

『それは違う、我輩は、我輩はただの獣だ、わけのわからぬ獣であり幻想としては不確かで、あやふやで、忌み嫌われ続ける化け物だぞ? 逃げるようにこの世界に逃げてきても、結局は一人だ……我輩の居場所などこの世界には……』

生命無き白き世界を駆け巡っていた時を思い出す、あの頃は幸せだったのかもしれない……世界には自分しか存在しなかったから、世界も『あやふや』だったのだから、しかしやがて地が生まれ、空が生まれ、海が生まれ、生命が生まれた。

産声をあげ始めた世界で自分のような形無き『わけのわからぬもの』はただの異端でしかなかったのだ、差別され、罵られ、恐れられた。

「俺だってこの世界でたった一人の人間だったけど居場所はあったよ、だったらさ、俺がお前の居場所になるよ、うん、名案だな」

にっこりと微笑みながら、そんな………そんな言葉を。

そんな言葉を、我輩は、否定をすることも出来ないで、眼を大きく見開く。

「渾沌、ずっと、使い魔になって俺と一緒に生きよう、寂しいなら俺がいてやるし、苛められそうになったら俺が怒ってやる、その代わり俺が悲しいときは傍にいてくれ、楽しいときは一緒に笑おう、なっ?」

『我輩は……我輩を必要としてくれるのか?』

「うん、俺には渾沌が必要だ」

『依存するやもしれんぞ?」

「どーんっと来い」

『他の使い魔は許さぬぞ』

「むーっ、ど、努力する……飛行おにに謝らないとなぁ」

『我輩は化け物だぞ』

「俺は人間だぞ」

『…………………我輩は』

形をゆっくりと、人間の形を思い浮かべるようにして……『かたちなきもの』の”混沌”の特性を活かして変化する。

人間の少女の姿に。

「我輩は、お前のような存在を待っていた……我輩にはお前が、タローが必要だ」

「うん!」



[1442] Re[6]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/01/26 08:11
二人で手を繋いで道を歩く、ジトーっと繋いだ手に汗が滲む感覚に首を傾げる。

渾沌は下を俯いたまま耳まで赤く染めて、どうしたんだろう?

「た、タロー」

「んーーー?」

「あ、あのだな………やはりタローの家まで我輩の背に乗って帰らないか?」

橙色の肩まで伸ばした髪の毛を揺らしながら渾沌がポツリと呟く。

「いいじゃん、今日別に予定ないからさ、ゆっくり帰ろう」

「むぅ」

赤色の切れ長の瞳が不安そうに揺れる、それに苦笑しながら心臓の真上に刻まれた渾沌との『証』を撫でる、内包世界での契約は簡単でお互いが契約することを強く望んで、マスターの血を幻想に飲ませた時点で契約は完了する。

「もしかして嫌か?」

「嫌……ではない、しかし人間の姿をするのは本当に久しぶりでな、我輩に何処かおかしい所がないか心配で」

クルリと一回転して心配げに眉を八の字にして唸る渾沌、真っ白い肌に真っ白い式服を着込んで照れたように純白の表情で笑う、真っ白尽くめだ。

年齢は人間で言うと13歳ぐらいの形を選んだらしく、俺より頭一つ分ぐらい小さかったりして、たまに見下ろすと真っ赤な瞳がこちらを見上げていて照れる。

「無いんじゃないか? むしろ、えーっと、いいよ」

「いいよ?……とはどうゆう意味でだ?」

「むーっ、照れるから言わない」

「………そうか、タローが言いたくなければ我輩が退くしかないな」

太陽の光を遮るほどまでに成長した樹木が生い茂る森を下らない会話をしながら進む、パチンッと木の枝を踏むと森の精霊たちがクスクスと楽しそうに笑う声が、子供のような甲高い声、僅かな隙間から差し込んでくる太陽の光に時に照らされて、小さな掌(てのひら)サイズの少女のような姿が時折見える……四大精霊の地を司るグノームだ、フワフワの薄緑色の小さな体を葉っぱで作った服で飾っていてとてもお洒落だ、可愛いなぁ。

「グノーム? えーっと女の子だからグノーメかな? 今日は良い天気だから機嫌が良いのかな?」

『クスクスクス、こんにちわ、貴方が噂のタロウね♪ すぐにわかちゃった』

一匹のグノームが若葉のような綺麗な色をした羽を羽ばたかせながら俺の前に姿を現す、それに対して渾沌は『おや』と珍しそうにマジマジとグノームを見つめる、グノーム…それ以外の基本的な四大精霊も人前に姿を現すことは珍しいのだ。

「おー、その通り、小さな貴方のお名前は?」

『私はグノームの若葉(わかば)つい3日前に生まれたばかりなの、だから好奇心が旺盛過ぎるって友達から良く言われてる』

「成る程、その好奇心の網に俺の名前が引っかかったわけだ」

『だよ♪』

ちょこんと俺の肩に乗ってマジマジとこちらを見つめてくる若葉、翡翠色の瞳で興味深げに……ふむ。

「っで、俺ってば何故に噂になってんの?」

『だって怖いドラゴンさんといつもお空を飛んでるんでしょ?』

「怖いドラゴン……ああ、アジ・ダハーカの事ね、大丈夫だよ、昔みたいに意味も無く生き物を殺したりしなくなったから」

『ふへー、タロウ、あのドラゴンさんとお友達なの?』

「ああ、そーだよ」

羽を摘まんで若葉と睨めっこのような格好で、二カッと笑う、他の精霊たちが心配そうにこちらを見ている気配がする。

『へーー、人間と幻想ってお友達になれるんだー、そこの女の子もお友達?』

興味深そうに俺たちの会話を聞いていた渾沌は突然に話を振られてビクッと小さく震える。

「わ、我輩は友達ではない、タローの唯一の使い魔だ」

「いちいち唯一っていらなくないか? 俺は召喚士でこいつがパートナーの渾沌」

『ふーん、名前からして東の幻想だね、私は知らないけどこんなボケボケした人間と契約するなんて変な子だねー』

「そうだな、そー思えば渾沌変わってるかも」

確かに俺はボケボケだ、魔力もないし、魔術も使えない、そして才能なんて多分ゴミにも劣る……そんな俺を一生のパートナーに選ぶなんて渾沌って変わってるな、自分で契約させといて何だけど。

あははははははははは。

「ッタロー! 馬鹿にされておるのにヘラヘラするとは何事だ! 主が馬鹿にされることは使い魔の我輩も馬鹿にされているわけであって!」

「いいじゃん、実際俺みたいなやつに渾沌は勿体無い程の使い魔だよ、保障してもいい」

「ッ、だ、だから!」

言葉が続かないのかパクパクと金魚のように口を動かす渾沌、興奮してるのか少し涙眼だし、俺が馬鹿にされただけでそんなに怒ってくれるのは嬉しいけど、学園に行ったらどーなる事やら。

馬鹿にされっぱなしだし俺。

『でもこの子から魔力あんまり感じないよー』

「渾沌は魔力ではなくて”混沌”で自分を形作ってるからなー、でも強いぞー」

『ほ、本当に?』

パアァァァァァと顔を喜びに染める若葉、薄緑色の頬が興奮で微かに赤く染まっている、どーしたんだ?

渾沌も分けがわからぬといった感じで首を傾げている。

『あ、あのね、お、お願いがあるの!』

「お願い?」

精霊が人間にお願いとはこれ如何に? とりあえずはリュックから取り出した桃をパクパク。

欠片を若葉にあげるとクンクンと匂いを嗅いだ後にパクパク。

『ありがとー、パクパク、えーっと、実は最近この森にとても悪い幻想が住み着いて困ってるの、パクパク』

「パクパク、それを俺と渾沌にどーにかしてくれと?」

『パクパク、うん、もう仲間が何匹も襲われてて大変なの』

それは非常によろしくない、何も悪いことをしていない精霊を襲うとは怪しからん奴だ、地を司るグノームがいるから森は栄える、自らのエーテル(魔力)を植物に与えることでその生命を育むのだ、そんなありがたいグノームたちを意味も無く襲うなんて、ムカムカムカムカ。

よしっ!

「うん、引き受けた!」



我輩の主は底抜けのお人よしだ、それをすぐに理解した。

獣の姿へと変化した我輩の上で鼻歌を歌っているタローにやれやれとため息を吐く。

「~~~~♪ どーした渾沌、ムスッてしちゃって」

『いや、何でもない……しかしながら精霊の頼みごと……か』

「精霊を食べる幻想だなんて怖いよなー、どんな奴なんだろう、少しワクワク」

『聞いた話ではそこまで強力な幻想では無いらしいがな、我輩なら大丈夫だろう』

「うん、渾沌は強いしな!」

『あ、ああ』

この主は何と言うか、一度自分の懐に入れた者は全てを感受するといった感を強く受ける、むしろ懐に入ってない存在も感受するのだが……我輩は主の事が少し心配になる。

これからは我輩がしっかり守ってやらないと、何だか母親のような気分だな。

「あっ、送り犬だーーー、俺たちの後ろ付けてるんだな、おいでおいでー」

そんな事を考えてるうちにタローは我輩たちの後ろを付けていた下位幻想の方へと駆け出してゆく、送り犬と呼ばれた幻想は尻尾をパタパタとさせてタローに押しかかって顔をペロペロと舐め始める。

「人懐っこい奴だなー、桃食べるか?」

『キャン! キャンキャン!』

「そうか、美味いか!」

タローの手の中の桃をパクパクと食べながら嬉しそうに鳴く送り犬、先ほども今回も、あれではまるで桃太郎だな。

我輩は差し詰め心配性の犬か、ふう。

「じゃあな、気をつけて帰れよ」

『キャン! キャンキャンキャン!』

手を振りながら送り犬を見送る太郎、本来なら反対ではないのか? そんな些細な疑問が頭を掠めるが、まあ良いか。

タローと共にいると大体の事が下らぬ悩みに思えるから不思議だな。

「な、何だよニヤニヤして」

『なぁに、タローは自らの事を召喚士として不出来と言っていたが、我輩にはそう思えないだけだ』

「いや、不出来だろ……ちなみに今のは送り犬って言って日本の兵庫県の山に住んでる妖怪の一種、本当なら最後に御握りとかを上げて帰ってもらうんだけど、あいつは桃でも良かったみたいだな」

その説明にふっと思う、先ほどのグノームの時もそうだったがタローは幻想に関してそこそこの知識を持っているみたいだ。

ふーむ。

『詳しいな』

「むかーしに白沢ってオッサンに色々と教えてもらったんだ」

『白沢、あの御仁か……300年前に会った以来だな、彼もこの内包世界に住んでいるのか?』

「うん」

よいしょっと我輩の背に跨って頷くタロー、跨るというよりは我輩の上にうつ伏せになっているような……。

あう。

『タロー、ちゃんと乗らんかコラ!』

「渾沌好き好きだー、だきっ!」

何かが抑えられなくなったのか抱きついてくるタロー、むう、こんなに密着して自分以外の体温を感じるのは初めてやもしれん………どのような対応をして良いかわからずに、長い尾で太郎の頬を撫でながら苦笑する。

何処かポカポカしたような、変な気持ちだ。

『ぬー、わかったからちゃんと乗らんと落ちてしまうぞ』

幾ら普通の犬よりは大きいとは言っても高が知れている、それでも太郎は落ちないようにバランスを取りながら抱きついてくる。

仕方が無いので我輩は太郎を落とさないように慎重に森を駆ける。

「渾沌は俺の事好きか?」

『そ、そのような事……』

「嫌いかー? うー」

『…………卑怯だぞタロー』

嫌いなわけが無いではないかと心の中で呟く、口に出すのが恥ずかしいだけで『好き』と言いたいに決まっている。

しかし、いざ言おうとすると頭がカーッと熱くなって口が回らない。

「えへへ、でも俺にも使い魔がとうとう出来たんだな、何ていうか本当に嬉しい」

『我輩も素直に言えば嬉しいのだが、タローは感情を表現するのが正直すぎる……むう』

「どーゆうことだ?」

『……はぁ』

タローの純粋に見つめてくる瞳、隠すことを知らない真っ直ぐな好意は我輩には初めてで、眩しい……つい自然と尻尾を左右にパタパタと振ってしまう、これでは先ほどの送り犬と何一つ変わらんではないか。

「つかさ、ここら辺じゃないか?」

すっかり他の幻想の気配が感じられなくった森の中、先ほどの穏やかな森の空気とは違う、何処か病んだ様な印象を受ける黒々とした地面、枝に付いた葉はすっかり色を失って枯れ落ちて……自然に枯れたのではなく瘴気にやられた証拠に独特の濁った色をしている。

『あまり神聖な幻想ではないのは確かだな、悪霊か鬼の類と考えるのが自然だな』

「ふーん、あっ、上」

ガサッと枝が軋む音と何かが上空から落下してくる空気を切る気配、ちっ、我輩はタローを尻尾に巻きつけて後方へと飛ぶ、ズドォ、鈍く地面がへこむ音と禍々しい魔力の気配、タローは眼をまん丸に見開いて敵を見つめている…そんなにキラキラさせるではない!

そいつは人間の姿をしていた、しかし顔には瞳も鼻も無く、縦に付いた大きな蛸のような口が存在するだけ。

『ギッ、に、人間だ……あ、あひゃはは、精霊食い飽きた……オマエ、食う』

何処か滑った肌に小さな触手を蠢かしながら恋人にでも語るように恍惚とした口調でタローを見つめる、しかしタローは怯えた様子も見せずにそんな存在を熱心に観察しているし、はう。

「へー、俺食われるらしいぞ渾沌、あいつ顔も言葉も怖いなー」

『タロー、しっかりと掴まっていろ!』

油断した、姿からは想像できないが僅かに感じられる神性、敵はかなりの高位幻想だ、しかも元々は大した力は有していなかったのだろうが精霊を食った事で一時的にランクが格上げされている、危険な状態だ。

タローを背負ったまま戦える相手ではないと判断して駆け出す。

『ひゃ、ひゃはははは、逃げても、む、むだ』

ボウッと体を火で包みながら走り出す幻想、火が様々な木に飛び火すると同時にそこに出現する、それを繰り返しながら恐ろしい速度でこちらに肉薄する。

「なあなあ、あいつと戦わなくて良いのか?」

風を切りながら走る我輩の耳元でタローがポツリと呟く、すれ違う幻想たちは巻き込まれたくないのか隠れながらこちらを見守っている、くそっ、心の中で吐き捨ててから口を開く。

『あやつの狙いは、タロー、お前だ……元々は精霊を食べる存在なのではなく人食いの属性を持っているらしいな』

「……俺を庇いながら戦うのは危険だから?」

『肯定』

「あんがと、渾沌、やっぱお前は優しいよ、むむっ、だったら”友達”に助けてもらうか、情けないけど」

『何をする気だ?』

「友達を呼ぶだけだ、ふぅ、アジ・ダハーカぁあああああああああああああ! 助けてくれーーーー!」

タローが空にそう叫んだ瞬間、背中にゾクリと冷たいものが走る、大気が震えて息が詰まる。

雷鳴が轟き、空から一筋の光が眼にも留まらぬ速さでこちらへと近づいてくる、キィイイイイインンと空気が悲鳴を上げる、木々がざわめき、葉が空に舞い、その空すらも身を震わせながら来訪者を歓迎する。

雲が円形状に空へと広がり、ズンッと地面があまりの質量に軋む音……眼の前に降り立ったそいつは邪悪としか言い様の無い巨大な魔力を撒き散らす。

我輩の長き生命の間にも数度めぐり合った事のある超高位幻想の蠢く気配。

『よう太郎、お困りのようじゃねーか』

「うん、力を貸してくれアジ・ダハーカ♪」

三頭、三口、六眼の邪竜は開いた三つの口から煙を吐き出しながらタローに対してニヤリと微笑みかけた。



『へへへへっ、所でそいつがお前の使い魔の渾沌って奴か?』

「おう、苛めんなよ」

『い、苛めるって……テメェ! 俺様のことを何だと思ってんだよ!』

「苛めっ子」

『うっ!?』

アジ・ダハーカは図星を言われたのが悔しいのか顔をしかめる。

渾沌は突然目の前に現れた自分よりも高位の幻想を警戒しているのか尻尾を逆立てて威嚇している。

「渾沌、こいつは俺の友達のアジ・ダハーカ、そんなに怯えなくてもいいぞ」

『なっ、タロー、誰が怯えていると! 我輩はそこの邪竜を警戒しているだけであって!』

渾沌は心外だと言わんばかりに慌てたように弁解する、むー、だって毛が逆立ってカタカタと小気味に震えてるし、大体こいつに、アジ・ダハーカに出会ったときのリアクションってみんなこんな感じだよな、見た目が怖いのかな?

『あはははははは、この俺様と対峙してそんな言葉を吐けるなんて、どーやら中々の奴を使い魔にした見てぇじゃねぇか太郎』

「うん、あっ、アジ・ダハーカ後ろ」

『あん?』

後ろから飛び掛る先ほどの幻想、アジ・ダハーカの瘴気と魔力に支配されたのか意味の無い雄叫びを上げている。

ちょっとだけ可哀相かも。

『いただきます』

カプッ、アジ・ダハーカの真ん中の口が大きく開きそいつを丸呑みにする、人間を食った経験はあっても自分が食われる経験は無いよな。

渾沌はポカーンと口を開いてその光景を見守っている、当然だよな、自分でもちょっと苦戦するかもって言ってた相手を。

こいつ丸呑みだからさ。

『もぐもぐもぐ、中々の魔力だな……神性もあるし、美味だぜ』

「こいつって結局何だったの?」

『あーん? 知らねぇで襲われてたのかよ……こいつはムルアヅルクールって名前のパラオの悪神だぜ、火のある所に現出して人を食うってな♪』

「なーる、神様食ってもいいのか?」

『生きてる奴は何でも食いもんよ』

厳しい野生の掟は神様にも当てはまるんだな、新たに知った事実にフムフムと頷きながら納得。

渾沌はそんな俺たちを遠くから見つめている、そんなに離れなくてもいいじゃん。

「渾沌?」

『タロー、そやつは何だ、かつての斉天大聖を思わせるような禍々しき邪気……ろくな存在ではあるまい』

『あんな猿と一緒にするんじゃねーよ、俺様はアジ・ダハーカ、こいつのダチだよ』

俺の服の襟を器用に口で挟んで持ち上げるアジ・ダハーカ、渾沌はそれを見て低く唸る。

おいおい。

「えーっと、仲良くしようね」

俺はとりあえずそう言ってみたのだった。



[1442] Re[7]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/01/25 15:19
『『貴方の命ある限り、大地の祝福を』』

若葉と他のグノーム達の声が静寂な森に響き渡る。

暖かいようなむず痒いような不思議な感覚が右手に走る。

『おー、やったじゃねぇか太郎、グノームの刻印持ってる奴なんて精霊使いの名家でもいねーぜ』

「うーん、良くわかんないけど、ありがとな若葉」

ポゥと淡い緑色の光を放つ右手を見ながらお礼を言う、ジグザグに走った複雑な文字の意味はわからないけど。

微かに自分以外の魔力を感じる。

『えへへ、それは精霊と人間の親交の、友達の証だよ♪ つまりは人間だけど同属って印、タロウに精霊の名を進呈しまーす』

「それがこの右手の複雑な文字か?」

『うん、スレイン! タロウのイメージにぴったりだね』

スレイン……恐らくは花の名前だろうけど、植物にはあまり明るくないのでわからない、イメージにぴったりって言われてもなぁ、俺の肩に乗って自慢げにえっへんと胸を張っている若葉には何となく聞きにくい。

『スレインか、花言葉は純情、心の純潔、清純な心、信頼、よっぽど好かれたみたいだな』

アジ・ダハーカの説明に顔が真っ赤に染まってゆくのがわかる、そこまで下手褒めされると逆に恥ずかしさが先行してしまう。

純情って、うー。

「ほ、他に何か無かったのか?」

『無いよー、みんなで決めたんだからもっと喜んでよねー』

「うぅ、ありがとう」

ガクッと頭を垂らす、それを見て楽しそうに森がザワザワと大きく揺れる、森の住民も俺を見て腹を抱えて笑っているらしい、うぅ、だって。

『精霊の真名(まな)を与えられた人間なんて数えるしかいねーんだから、我侭言うんじゃねぇよ』

『でもドラゴンさんって、本当にタローとお友達なんだね、若葉びっくりだよー』

アジ・ダハーカの周辺をふよふよと浮遊しながら感心したように若葉が呟く、他の精霊は怖がって近づこうとすらしていないのに。

根性あるな若葉。

『へへっ、ダチは種族で選ぶもんじゃねぇからなぁ』

「おお、良い事言うじゃないかアジ・ダハーカ、少し見直したぞ」

いつも口から出るのは悪態やら愚痴やら嫌味なのに、予想外の言葉に俺は微かに驚きながらも嬉しい気持ちになる。

むむっ、やっぱこいつは良い奴だ。

『おいおい、それを俺様に教えたのはテメェじゃねぇーかよ、忘れてんじゃねぇぞ』

「……そんな事言ったけ?」

覚えのない事を言われて少し思考が停止する、えっと、いつの事だよ。

むー、困った顔をした俺を見て大きくため息を吐くアジ・ダハーカ、こいつからしたらどうやら重要な思い出らしい。

必死に記憶を検索しても思い出せないんだけど、ごめん。

「まあ、そんな事も言った……かも、それでこのグノームの刻印って、何の意味があるの?」

太陽に照らしながら改めてまじまじと見つめる、緑色の淡い光を零しながら右手にびっしりと刻まれた文字の数々。

そこまで大した魔力を感じるわけでもなく、お礼にと貰ったのは良いけれど……そもそも俺は何もしてないし、若葉曰く『それでもお願いを聞いてくれたことに意味があるの!』と無理やりにこの刻印を刻まれたわけだけど。

意味があまり無いものだったら見た目もアレだし、何だか『ふりょー』のするタトゥーに見えなくも無いので引き取ってもらうとしようかな?

『えーっとね、”意味”って聞かれたら困るんだよねー、同属として認めた証みたいなものだし……得点で言うなら地の精霊全般と”家族”になれたって事?』

「おー、それはいいな、うん、それはいい……精霊と家族かぁ、夢あるよなぁ」

『その意味あんまわかってねぇだろ太郎……まあ、そのうち嫌でも理解できるか』

アジ・ダハーカの言葉に少しムッ、そうやって含んだ物言いは苦手だったりする、はっきりと言ってほしい、でも長年の経験からこういった時のアジ・ダハーカに問いかけても無駄だと知っているので別に何もしない……でも、にやにやと俺を見ているところから推測するに好ましいものではないらしい、むぅ。

「さて、それじゃあ若葉、俺たちはそろそろ行くな、渾沌~~~!!」

木の根で丸まりながら俺たちの会話に耳を立てていた渾沌を呼ぶ、どうやらアジ・ダハーカと馬が合わないらしい、ケツァルコアトルは仲良くなれたのに、やっぱ爬虫類同士じゃないと無理なのかな? そんな馬鹿なことを考えつつ渾沌の方へ歩いてゆく。

『タロー、そろそろ行くのか?』

のそっと大きな体を揺らしながら渾沌が立ち上がる。

背中によいしょっと乗った後にポスッと顔を埋めてみる……野生動物特有の獣臭さは無く、何処か木陰をイメージさせる土臭い匂いが鼻を掠める。

うーん、安心する。

『タロー?』

「アジ・ダハーカと無理やり仲良くしなくてもいいから、俺からあんまり離れないでくれ、その、嫌われた見たいで寂しい」

『……タロー、お前は……はぁ、努力する』

ペロっと舌で舐められて俺はへへっと笑った。




結局、帰りは無言のまま終わりを迎えた、だってこの二人つーか二匹の雰囲気が最悪だし……いや違うかな? 渾沌が一方的に毛嫌いしてる感じかも……アジ・ダハーカに手を振りながらため息をする。

「渾沌、ゆっくり良いからアジ・ダハーカと……ん、どした?」

無言で我が家をじっと見詰めている渾沌、何だか値踏みされてるみたいで恥ずかしい。

「どした? えーっと、何か変なとこでも……とりあえず入ろう、なっ?」

『…………………………』

無言は肯定と受け取ってドアを開ける、いつもは快活に『ただいま』と言えるのに今日は無理だ。

「えっと、ただいま」

「お帰りでふ」

ドアを開けるとかーさんがムスッとした顔で立っていた。

いつも無表情なんだけど、長い付き合いだ……不機嫌な事を一目で感知する。

「ただいま、えーっと」

ジーーッ、かーさんの意識は俺の後ろで固まってる渾沌に向けられている、目を瞑っていてもわかる、何せ親子だから。

どうやって説明しよう?

「その子が、太郎の使い魔でふか? 犬さんでふ?」

固まっている渾沌をペチペチと白くて小さい手で叩くかーさん。

「犬じゃないって、渾沌ってちゃんとした名前があるから」

「でふ、太郎、その子を、おかーさんが認めると思ってるでふか?」

ザワッ、空気が僅かに引き締まるような独特の感覚、渾沌はビクッと震えて、俺はため息を吐く。

適当に話を切って逃げ出したのをまだ怒ってるのかなぁ。

「かーさん」

「でふ?」

「ごめんなさい」

ペコリと頭を下げる、勝手に使い魔を決めてごめんなさい、逃げ出すように出かけてごめんなさい、色々とごめんなさい。

心の底から素直に、頭を下げて謝罪をする。

「でふ、許すでふ」

「あんがと」

頭を撫でられる、少し恥ずかしいけどこれは小さいときからの通例儀式なので素直に従う、じっくりと無表情で頭を撫でるかーさん、2分ほどして満足したのか手をゆっくりとはなす。

最後にポンポンと軽く叩かれてお終い。

『た、タロー、その御仁は一体?』

「かーさん」

「おかーさんでふ」

『そ、そうではなくて』

親子仲良く声を揃えて返事すると渾沌は困ったように顔を顰める、何か間違ったことでも言ったかな? だってかーさんはかーさん以外の何者でもないし。

「むぅ、だったらどうゆう意味だ?」

強請るかーさんを抱っこしながら首をかしげる、かーさんの何が聞きたいんだろう。

「とりあえずは晩御飯にするでふ、渾沌ちゃんは好き嫌い無いでふ?」

『あ、う、うん』

「でふ、用意してくるでふー」

フワフワと俺の手から離れて台所の方へと飛んでゆくかーさん、今日のご飯なんだろうな? 動かない渾沌を暫しじーっと意味も無く見つめながら思う。

『た、タロー、あの御仁は本当にタローの母上なのか? その、人の気配も、幻想の気配も、どれとも違う……我輩に近いような、圧倒的に違うような、口では上手に説明出来ないのだが……あう』

「うん、いいじゃんそんな事、かーさんはかーさんだ」

どうでも良い渾沌の質問に適当に答える、かーさんの正体は知ってるけど、そんな事はどうでも良いし、変なことを言ってわざわざかーさんと渾沌の関係をこじらす事も無いだろう。

「ご飯が出来るまで暫く時間がかかるから、俺の部屋に行こうぜ」

『う、うむ』



この屋敷に馴染むまではかなり時間を必要としそうだ、我輩は心中でそんなことを考えていた、タローの母親と紹介されたあの少女、”虚空”(こくう)の香りがする、この天地が創造される前の世界の匂いと同じような香り。

友だと紹介された邪竜とは違い、瘴気や禍々しい魔力は感じられなかった、あるのは空虚を纏った空気だけ、僅かながらにタローと話すときだけはそれが薄くなった気がする、それが救いといえば救いだが。

人間ではないのは確かだ。

「渾沌、何か心配なことでもあったか?」

長い廊下を慣れた様子で進んでいたタロー立ち止まって柔らかく微笑む、どうやら我輩が考え事に耽っていたのを敏感に感じ取ったらしい、自分の事には鈍いのに他人の事には驚くほど鋭いタロー。

我輩の主はそのような不思議な存在。

『いや、色々な魔力が残留してるのでな、系統もすべて違うようだし、何故だ?』

「ああ、色んな友達が遊びにくるんだ、あんまり気分悪いようなら換気しようか?」

『いや、これはこれで安らぐ、ここまで色々な魔力が混じり合った力場なら我輩の混沌としての性質にも合いそうだ」

「それは良かったな♪」

心から嬉しそうに笑うタロー、我輩の居場所となってくれたタローには不服も不満も無い、既にタローが死すまで尽くす誓いは出来ている。

が、色々な不確定要素が多すぎる……タローの母親と名乗った少女にタローの親友と名乗った邪竜の姿が浮かぶ。

『タロー、タローはこの世界で生きてきたと言ったな?』

「うん、気づいたときにはこの世界でかーさんと暮らしてたよ」

まったく暗さの感じさせないタローの言葉、人間がこの内包世界で生きて来ただなんてそれこそ”幻想”だ、だが実際にタローはこの世界で育ってきたのだろう、我輩の知る人間とタローは決定的な違いがあるように思えるのだ。

それが何なのかはまだわからないのだが。

『ふむぅ、だったらこの世界にはその知り合い、友達も多いのか?」 

「ああ、今度みんなに紹介してやるぞ!」

『そ、それはそれで怖いな』

あの邪竜みたいな超高位幻想がそんなにいるとは思えないが、様々な系統の幻想がいるのは確かだろう。

異国の幻想か……ふむ。

「太郎ちゃんーーーその子は何ですか? チクタクチクタクー♪ いたっ!?」

時計の針の動く音と少女の声が同時に聞こえる、我輩は少し警戒を強めタローは軽く手を上げて笑う……廊下の向こう側から灰色の光に包まれた少女が不安定に左右にゆれながら近寄ってくる、時折壁に頭をぶつけているのが何処か滑稽だ。

「クァチル、ただいま」

「お帰りなさい~」

どうやらこの屋敷の住民らしい、魔力自体は大して感じさせないので警戒する必要もないだろうと我輩は尾を垂らす。

頭にシワシワの軍帽を被った少女、手は何かを探るように前方に突き出しており、良く見ると子供の手には似つかわしくない鋭い鉤爪が黒光りしている、男用のジーンズを履いてるのだが足の長さが足りないので地面を引きずる形になっていて……まあ、空中に浮いてるから関係無いのだろう。

羽織るようにしている清潔そうな白いカッターシャツからは白い肌が見えていて……ボタンを留めない事に我輩強い疑問。

「えーっと、紹介する、俺の使い魔の渾沌だ、仲良くしてやってくれ」

「はぁー、太郎ちゃんもついに使い魔を……クァチル、感動で涙です、チクタクチクタク」

「な、泣くなよ!? 俺だって召喚士なんだから当たり前だって!」

「むむっ、だったらクァチルと契約しないですかー、今なら得点として永遠の命を太郎ちゃんに進呈ですよ、チクタクチクタク」

身を包む灰色の光と同じ色の瞳で年相応の純粋そうな微笑をする少女、でも、何処か恐怖を感じさせる微笑だ……何せ瞳が笑っていないのだからな、我輩は新たな癖のある人物の出現に頭が痛くなった。

「嫌だ、俺の使い魔は渾沌だけって約束しちゃったし、あるとしても飛行おに、クァチルは残念!」

「むむ……そうだ! 渾沌さん、握手しましょー、チクタクチクタク」

手が差し出される、瞳は細められて笑顔の形を作っていて、三日月のような形に歪められた口は作り物めいている。

しかしこれからの関係を良好にするために、我輩は仕方なく前足を差し出す。

「渾沌駄目だぞー、クァチルと握手したら死んじゃうから」

『なっ!?』

「ちっ」

前足を急いで戻すと、クァチルは笑顔のままで舌打ちをする、やっぱり……タローの知り合いだ。

「クァチル! そうやって舌打ちするのは行儀が悪いぞ」

「だって、太郎ちゃんは小さいときクァチルと契約してくれるって言ってくれたですよー、なのに相談もなしに勝手に使い魔を選ぶなんて浮気に等しい行為です、つか、浮気です、けってー、さあ渾沌さん、レッツ握手ですー、チクタクチクタク♪」

「むむっ、そんな小さいときの話されても……こいつクァチル・ウタウスって名前の危ない時間神だから無闇に触らないよーに、手に触ると体の時間を百年も千年も万年も経過させられちゃうから、つまりは握手しようは抹殺宣言」

『時間を操るとな? しかし聞いたこと無いな』

「うん、クトゥルフ神話の旧支配者なんだけど、割と知名度薄いよな」

「んな!? そ、そんなこと無いですよー! えっと、ほら、カルナマゴスの誓約とかに名前出てるし! チクタクチクタク」

「あの埃塗れの汚い本の事か………数行読むだけで歳をとるってやつだろ? 誰もよめーねじゃん、有名になれないはずだよ」

「う、うぅぅぅ、チクタクチクタクぅ」

「しかも読む手順間違えたら死ぬし、昔あれを俺に読まそうとした恨みは忘れてないぞ」

珍しくタローは少しだけ不機嫌のようだ、いや、不機嫌を装ってクァチルを苛めて楽しんでいる、クァチルもそれがわかっているのか悲しみながらも何処か楽しそうだ、二人が一緒にいた時間の長さを感じさせて、むう、我輩は少しだけ気分が悪くなる、タローは我輩の主であってクァチルの契約者ではないのだから。

我輩は低く唸った。



いつもの自分の部屋、渾沌にも部屋がいるかと聞いたのだが『タローの部屋でいい』と言われたので今日からは二人の部屋だ。

そこら辺に雑に置かれた様々な書物やら遊び道具、足の踏み場が無いって程ではないけど片付けないとな、渾沌は俺がよく寝ながら勉強をするソファーが気に入ったらしく、その上に大きな体をポスッと乗せて喉を鳴らしてる。

可愛いなぁ。

『ふむ、これは中々に気に入った』

「おーう、だったらその上で寝るか?」

『ああ、それとタロー、我輩は何かの媒体に身を宿らすのは無理だからな、常時近くにいる形になるが良いか?』

「うん、でも渾沌でっかいからなー、学校とか大丈夫かなぁ」

『それなら心配ない』

渾沌の体が僅かに光を放ちながら縮小してゆく、そしてポンッと間抜けっぽい効果音、煙の中で眼を擦るとソファーの上には4枚の翼と6本の足を持った真っ赤な鷲のような生き物が……何処か優雅さを感じさせる仕草で俺のほうに顔を向ける。

「ふぇー」

『間抜けな声を上げるなタロー、我輩は渾沌、体を小さくすることなど造作もない』

バサッ、翼を一度動かしただけで俺の肩まで飛んでくる渾沌、不思議と空気がざわめく気配は無く埃もあがらない、肩に乗った渾沌は鳥には似つかわしくない己の犬のような尾をハミハミと噛みながら呟く。

「これなら大丈夫だな」

『して、学校とは?』

そーいえば説明してなかったな、自分の適当さに苦笑しながらハンガーに吊るしてある学生服を指差す。

真っ黒なカッターシャツと同じく真っ黒なズボン、召喚科のマントの色は規定に沿って黒色で微妙に嫌だったりする……描写のしようもない真っ黒セットだ。

「現実世界の『北条学園』って所、オカルト関連全般を扱ってる学校で俺は召喚科に通ってるんだ」

『成る程』

パートナーも出来たし、何の役に立つかわからないけどグノームの刻印も貰えたし。

よーし、今度の登校日はみんなを見返して……やれたらいいなぁ。



[1442] Re[8]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7
Date: 2011/06/15 02:22
学園とやらに向かうのは明日らしい、なので我輩とタローは二人でベッドの上でゆっくりと丸まっていられる。

「んー、むにゃ」

短い呼吸音とタローの体温を感じながら、カーテンの隙間から差し込む光に眼を細める。

内包世界の朝は現実世界と何一つ変わらない、住んでいる住人が違うだけで世界のシステム的には大きな変わりは無いのだ。

『タロー、今日は友が来るのだろう? そろそろ起きなくて良いのかーー?』

「んー、おはよー渾沌」

暢気な表情で笑いながら布団から顔を出すタロー、我輩をさらに強く抱きしめて嬉しそうに笑う……苦しいぞー。

コンコン……二人でクスクスと笑いながら戯れていると、窓に小石が当たった様な音がする。

何だ?

「むー、もう昼か、友達が来ましたー」

『ふむ、つか、結構な魔力じゃないか、少なくとも我輩よりは上だと思うのだが?』

「うーん、そうなのか? まあ、いいや」

我輩の言葉を適度に流しながらムクッとベッドから起き上がるタロー、寝ぼけているのか足元が覚束ない……それを心配げに見つめながら我輩も羽を羽ばたかせて宙に浮きあがる。

「ちょっと待ってー、着替えるから」

コンコン、タローの言葉に対する返事は再度の軽い衝突音……むむっ、喋れぬのか?

タローの友達と聞けばあの邪竜をつい思い浮かべてしまう、まともな奴、いや、まともな幻想なのだろうか?

「ふぁ、今日は二人と約束してるから、一人は遅刻っぽい、のんびり屋なんだ」

上半身を裸にして寒い寒いと呟きながら震えているタローを横目に我輩は不安になる。

もう一人来るのか……。

「グノームの刻印、目立つよなぁ、むう」

複雑な文字が肩にかけてまで緑色に点滅しながら侵食している光景、オカルト的な概念に触れていない人間が見れば病気が何かだと思うだろうな、アレでは幾らなんでも目立ちすぎる、精霊の加護とはかも派手なものなのか、割と迷惑だな。

「よし、着替え終了!」

元気に掛け声をあげて窓のほうへとトテトテと走り出すタロー、スリッパ特有の軽快な音とニコニコしたタローの笑顔。

我輩は苦笑しながらも尻尾を左右に振りながらそれを見守る、さて、どのような幻想やら。

ガチャ、我輩の心配など気にしないように勢い良く窓を開けるタロー。

「おはようヴクヴ」

『オハヨー、たろー、たろー、その服、とても似合っている、イカス』

「おぉ、これか? へへ、新しく買った奴だぞ」

とてつも無くでかい鸚鵡(おうむ)がタローと話しているのが見える、爬虫類や鳥類特有の感情を感じさせないガラス玉のような瞳、色彩豊かな体の模様からは様々な力の本流を感じる、七つの不安定な魔力の流れだ、まるで七体の幻想が目の前に存在しているような不確かな感覚……その力の巨大さは間違いなく我輩より上……『火』の下位ぐらいか?これまた圧倒的な幻想だな、我輩は少しながら不機嫌になる。

このように自分より上位の超高位幻想に二日で二度も会うとは、長き生命の中でも初めてだ、自分の力を微かに自負していただけに……少しだけ、嫉妬ではないが、自信を失いそうになってしまう、はぁー。

ポンッ、とりあえずは軽い破裂音を響かせて人型に変化してタローの横に並ぶ、狭い窓から顔を出して見るとさらにわかる。

この鸚鵡の巨大さが。

『たろー、そいつ誰? 知らない奴、知らない奴、オレ、知らない』

「俺の使い魔の渾沌っ! 仲良くしてやってくれな」

『たろー、たろーはオレとそいつ仲が良い方が嬉しい? 嬉しいか?』

邪竜のように禍々しい魔力ではなく七つの異なる魔力を有する怪鳥は我輩の混沌の性質と実に良く合う。

傍にいるだけで眠気がやってくる程だ……出会って間もないのに好意のようなものが芽生える、悪い奴でも無いみたいだしな、うむ。

「ああ、渾沌、こいつが俺の友達のヴクヴ・カキシュ、鸚鵡だ」

「い、いや、見ればわかるが……主が世話になっているようだな、渾沌だ……よろしく」

他者に対して自己紹介をするのは何せ初めての経験なので鼻の頭をポリポリと掻きながら短く呟く。

ヴクヴは首を傾げた後に数度頷く、理解してもらえたのだろうか?

『知ってる、知ってる、ヨロシク、たろーの使い魔、仲良くしたい』

「ああ、我輩も君とは仲良く出来そうだ、ふぁ」

しかしながら、ウトウト……いかんいかん、このヴクヴの異なる七つの魔力は我輩にとっては安眠ベッドの如し!

欠伸を噛み殺しながら目元を拭う、式服に僅かに滲んだ涙を見てその思いはさらに強くなる。

相性的には最高であり最悪だ……先ほどまで寝ていたのに、もう眠いのだが我輩ー。

「た、タロー、しかしヴクヴは何処の幻想だ、我輩は他国の幻想に興味など無かったからな……わからん者が多いのだ」

「マヤ文明の神々へと反旗を翻したすげぇー鸚鵡だぞ、今の姿からは想像出来ないけど自分のことを『太陽であって光であって月である!』と
声高らかに叫んでいたらしい……」

『若い頃は無茶した、フンアフプには悪いことをした、でも左腕美味しかった、美味!』

「ふぁ、タロー……通訳を頼む」

「えーっと、フンアフプって神様がヴクヴを討伐に来たときに、ボコボコにして左腕を千切って食べちゃったのを今更になって反省してるらしい」

「……おいおい」

眠気と戦いながらも呆れてしまう、本当にこの鸚鵡は昔は凶暴だったのかもしれん、あの邪竜と同じように。

窓枠からヴクヴの頭に飛び込んでいるタローを見ながら……へ?

「お、おい、タロー、危ないからやめなさいっ! ふぁ」

「渾沌、怒ってるのか眠いのかどっちなんだ?」

「両方だっ!」

ヴクヴの頭の上でピョンピョンと跳ねるタロー、ああっもう、あの小さな母親はタローにどのような教育をしているのだ!?

しかもヴクヴも楽しそうに首を左右に揺らし始めるし、タローは『こえぇー』と涙眼になりながらしがみ付く。

ならば最初からするでない!

「わ、我輩がそっちに!」

「あれ?」

足をツルッと滑らすタロー、鳥の体というのは見た目と違って意外とスベスベしているからな、水を弾く為にな……ふふっ。

我輩も鳥の姿に変化するからわかるぞ、うん。

「うわぁあああああああああ!?」

妙に冷静になっていた頭が一気に加熱してゆく、あの高さから落ちたら死にはしなくても大怪我を負うことは間違いない。

人型のまま背中から巨大な羽を出現させてタローの方へと、間に合え!

「まったく」

一言、一言声が空気に溶けた、この場に突然強力な魔力が荒れ狂い、僅か一秒も経過しない時間でそれは静謐に、何も無かったかのように消え失せる。

あまりの短期間に置ける魔力の放出と分散、それに対して我輩の感覚はついて行けなかったらしく間抜けなことに体を停止させてしまう。

タローは落ちているのに……落ちて、タローは……浮いている。

男に抱きかかえられて宙に漂うように、その男の背には何も無く、マントが風に流されるだけ、誰だ?

「デモデモっ!」

「はいはい、太郎くん、少しは反省なさい」

流れる金髪をかき上げて、片方の手で頭をポカッと、タローの頭をポカッと叩く、正しい判断だ……子供が悪いことをしたら目上がそれを叱らなければならない。

のだが、我輩はするはずだった本来の役目を横取りしたことに感謝より先に僅かな嫉妬が、むう。

「貴方もですよヴクヴ、あまり太郎くんと同じレベルでじゃれ付かないように、彼は人間で貴方は幻想、わかってますね?」

『うぅ、反省、反省、ごめんなさい』

漆黒の鎧に包まれた細身の、下手をすれば女性と言っても通るような美しいバランスをした肉体、そこから溢れる男の魔力に我輩は眼を瞬かせる……詳しくはわからないが、この感じ、何処かで……頭が痛む。

「デモデモ、そうやって種族で差別するのは駄目だぞ、何か嫌」

「差別ではなくて区別と言って欲しいものです、寝癖付いてますよ」

何処からか金色の琴の紋様を刻み込んだ櫛でタローの髪を整えてやる、タローは顔を真っ赤にして必死に嫌がっているが……。

何というか独特のテンポを持った男……幻想だな、人型に変化しているのか元々そうなのか、さて。

ちなみにデモデモと言う名に聞き覚えは無い、何て言うか間抜けな名前だな。

「こら、身嗜みをしっかりしないと女性に嫌われますよ?」

「いいんだよ! 俺にはボーディケアって彼女がいるから!」

「……それは初耳です、兄の役割としてその事は後でゆっくりと聞こうではありませんか」

「げっ!?」

彼女……ふむ、タローにはそのような存在はいるのか、つまりは将来に番いになる可能性のある雌(めす)の事。

我輩の使い魔としての位置を脅かす存在ではないので別段何も思わず、もっとも今気になるのは『飛行おに』と呼ばれる幻想。

タローの話では将来使い魔にすると約束したらしいが、むむっ、絶対に認めるわけにはいかんっ。

「おや、そちらのお方は……んっ?」

まじまじと我輩の顔を見つめてくる、彫りの深い顔立ちは我輩にはあまり見慣れたものではないので少し、失礼だが怖い。

そして、目の前の男の濃い緑色をした瞳を見るたびに頭がズキズキと鋭く痛む、眠気が吹っ飛んでしまうほどの強い痛みだ。

「渾沌?」

タローの声。

「こ……の方は?」

男の声は、やはり、聞き覚えるあるものだった……そして我輩の意識はそこであっさりと、途絶えてしまった。

『黒塗りの何も”無い”世界でフードに包まれた異形が、微笑んだ』

誰かの言葉と映像が流れ込んだ。



眼を覚ましたのは夜中だった、月の優しげな光と涼しげな風が自然に開けっ放しの窓から部屋に入ってくる。

タローは我輩の眼が開いたのを見て心配げに覗き込んでくる、まだ痛む頭が先ほどのあれが夢ではないことを教えてくれる。

良かった、タローの使い魔になった事すら夢だとしたら、何と残酷なお話なのだろうと思う。

「渾沌?」

「ああ、タロー、大丈夫だ」

変化は何故か解けてなく、人型のままらしい……軽く指を順に動かしてみる、良好だ。

我輩のそのような行動を真剣に見詰めているタローに苦笑する、心配を掛けさせた見たいだ。

あの悪夢のような世界とフードを被った異形の、中身は見えなかったが異形だと理解してしまった存在は何なのかわからない。

それでも我輩はタローに心配させないように微笑む。

「大丈夫だ、久しぶりの人間への変化でな、体が持たなかったらしい」

「……本当?」

「うむ、鳥などとは違って繊細な変化だからな……窮奇(きゅうき)との戦いで負った傷もまだ完治していないし、自業自得だな」

混沌の属性を持つ我輩でも同等の力を有する窮奇に負わされた傷が未だ癒えていないのは確かだ、しかしそれは気を失った要因ではない。

あの男の瞳を見つめた途端に襲い掛かった頭痛が原因だろうと冷静に推測する、脳内に浮かんだ不明瞭ながら悪夢のような光景。

あれだ。

「そーか、むぅ、心配させるなよ……泣いたぞ俺」

「はははっ、泣いたのか?」

「う、うっさい!」

我輩の寝込んでいるベッドの中に顔を突っ込むタロー、リンゴのように真っ赤に赤面しているの間違いないな。

わかりやすい主だな、そのような所まで好ましいと思うのは我輩だけだろうか?

「タロー、先ほどのデモデモとは、何だ?」

「デモデモ? 俺の友達だよ、ニャル姉のお友達の部下の人で、小さい時から面倒見てくれたお兄さんだ」

「幻想としての名は? まさかそれが真名なわけなかろうに」

「いや、知らないよ、本名を教えた人はみんな死んじゃうんだってさ、俺は大事だから、逆に教えないって言ってた」

何処の幻想とも知らずに付き合うとは、大雑把と言うか、器がデカイと言うか……もしくは頭が”少し”弱いのか?

そこがタローの独特の透明感を生み出しているのだろうが、やはり我輩がしっかりしないと駄目だな。

「そのニャル姉とやらは、あの男の本名を知っているのか?」

「うん、多分」

だったら、そのタローの姉とやらに問うしか無いようだな。

「そう言えばデモデモがさ、渾沌に”ごめん”だってさ」

「ふっ、ごめんとは……まるで自分に罪があるような言い方だな」

「えいやっ!」

我輩の皮肉に気づかずにタローはポフッと抱きついてきた、突然のアタックにバランスを崩して一緒に倒れこんでしまう。

このまま明日の朝まで共に寝よう、どちらも何も口に出さなかったが、自然とそれが決定した瞬間だった。

青い月の光とタローの体温を感じながら、瞳を閉じた。



「渾沌、今日は学校だ!」

『うむ』

「渾沌は初の登校だ!」

『うむ』

「俺が学校で落ちこぼれ等と言われても怒らないように!」

『否』

「あう」

渾沌が気を失ったあの日から一日が経過した、最初は心配したけどどうやら本当に疲れが溜まっていただけらしい。

物凄く心配して、物凄く焦って、物凄く怖かったけど、大丈夫だとわかれば一安心、俺は渾沌と朝早くに起きて学園に置けるルールを教えていた。

ルールと言うよりは俺に関することだけど……中々に渾沌は納得してくれない。

「あのなー、渾沌……これから一緒にみんなを見返してやればいいだけじゃん、今日一日ぐらい我慢してくれ」

『主が馬鹿にされて黙っている使い魔など屑だ、我輩は噛む』

「噛まないでくれ!」

『なら、爪で』

「駄目だっ!」

渾沌は頑固だ、しかもかなりの……俺が学園で馬鹿にされる事を説明したらかなり頭に来たらしい。

頭を撫でて機嫌をとろうとしても逃げるし、どうしようも無い。

「太郎、渾沌ちゃん、朝ごはんでふよー」

かーさんがドアを開けて部屋に入ってくる、今日は雪のように白くて長い髪を黒いリボンで一本に括っている。

新しいエプロンには熊さんが描かれていて、うん、可愛い。

『母上っ! タローが学び舎で馬鹿にされている事はご存知なのか?』

「知らないでふ、でも、どーでも良いでふ……ご飯を温かいうちに食べるでふ」

『なっ!?』

「言っても無駄だって」

「うーみ、本当に嫌になったらおかーさんに言うでふよ、”どうにか”するでふ」

少しだけ心配そうな、やっぱり全然心配そうじゃないかーさんの言葉、いつもそうだった。

かーさんは俺を心配してくれる、過保護と言うぐらいに、でも自分の力を安易に使えばどんな事になるかも良く知っている。

だからこそ尊敬できるかーさんだ。

「それじゃあ渾沌、行くとするか」

『うむ』

使い魔との初の登校だと思うと、少し胸がドキドキした。



[1442] Re[9]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/02/01 18:30
朝早く、いつもと同じように屋上にて彼を待つ、晴れ渡った空を眺めながらのんびりと。

白い雲が流れ行く光景を暫く見つめた後に腕時計を…そろそろですね。

おや? 太郎以外の魔力の流れを感じますね、これは如何に?

ポンッ、軽快でいて間抜けな破裂音、ケホッ、砂埃が口に入らないようにマントで口元を覆う。

「フォルケール、おっはー!」

「ふむ、いつも元気ですが今日はさらに増して元気な様子ですね……おはよう、太郎」

挨拶をした後に瞳を太郎の肩へとゆっくりと移動させる、鳥のような存在と眼が合う、はて?

太郎の微小な魔力の流れが肩に乗っている存在にゆっくりと流れ込んでいる、もしかして。

やりましたね、太郎……心の中で呟きながら口元を緩めて太郎の頭をポンポンッと叩いてやる。

「フォルケール?」

「おめでとう太郎、私もどうやら、不思議な事に少し嬉しいようです、契約出来たんですね」

他人の事で喜んでやるなんて、私にとっては稀と言うよりは皆無のような気がしてたのですが……太郎達に出会ってから人間のココロらしいものも芽生えてきたようです、喜んでよいのやら悲しんでよいのやら。

「えーっ、俺から言おうとしてたのに何でわかるんだよっ!」

「魔力の流れでわかりますよ、それに『証』がその使い魔の胸の部分に浮き出てますよ」

「うおっ、本当だ!?」

己の使い魔に浮き出た『証』を見てほえーと大口を開けて感心している太郎、複雑に編まれた契約の『証』は太郎の魂の形を現しているはずですが……お月様のような真ん丸い形の『証』を見て苦笑する、複雑ではなく至ってシンプルなその形は彼の心の在り方なのでしょう。

『タロー、そちらは?』

「フォルケール、人間の”親友”だ、親友だよな? な?」

「はいはい、貴方の親友のフォルケールですよ、間違いないですから、そんなに何度も聞かなくても大丈夫ですよ」

私は、あの日から太郎の事を”特別”と考えていますから、どのような代名詞で呼ばれようと良いのです。

それが『親友』でも『相棒』でも『恋人』でも『家族』でも、たまたま親友に固定されただけ。

太郎が親友と呼ぶのなら、私はきっと親友なのでしょう。

『初めましてフォルケール、我輩の名は渾沌、主が世話になっているようだな』

「……渾沌?」

中国神話の天地開闢の獣にして、あやふやなる者、混沌に通じるその名は時代によっては最も畏怖されるべき化け物とされていた。

その化け物が目の前で私に自己紹介をしてくれたのですが、成る程、良く考えましたね。

『混沌』で身を形成している渾沌ならば、魔力保有量の少ない太郎でも十分に使役出来る、しかも力の方は申し分が無いと来ている。

でもそれは、契約が出来てからの仮定の話、渾沌とは人間に使役されるような性格では無いと文献を齧って思ってましたが。

私と同じように太郎に丸め込まれた見たいですね、ご愁傷様。

「うん、渾沌っ! 俺の使い魔だ」

嬉しそうに笑う太郎、念願の使い魔が手に入ったのだ、しかも相性的に抜群で並々ならぬ力を持っているとされている高位幻想。

しかし、太郎にとってはそんな事はどうでも良いのでしょうね、彼なら使い魔が下位の精霊でも上級の悪魔でもこんな調子だろう。

力なんてものに固執してないのですから、この学園に通う生徒も教師も皆、”力”に魅せられている、それは私自身にも言える事。

でも太郎は…………そこまで思考が至っていない、違う、最初からそこを見ていない。

「フォルケール、どうした?」

「顔をそんなに近づけないで下さい、別に、少しボーっとしてただけです」

「へー、真面目なフォルケールもボーっとするんだ」

「ええ」

何処か気の抜けた間抜けな会話を続けていると、渾沌がクスクスと羽で口を隠すようにして笑い出す。

何かおかしな所でもあったでしょうか?

『……フォルケール、君は毅然とした空気を持つ素敵な女性だと我輩は思う』

「それはどうもです」

『しかしながら、タローと一緒にいると、その、だな、姉のようになるのだな、いやぁ、愉快』

私と太郎が姉弟ですか、その立ち位置も良いかもです……『恋人』はボーディケアに譲りましたが。

でも親友としての立ち位置も素敵なので『姉』はまだ放置とゆう方向にしときましょうか。

「ふーむ」

自身の癖のある銀髪を弄りながらそんな事を考える、昔からの癖なのだ、深い考えをする時の幼いときからの癖。

昔は全て勉学や知識の鍛錬のみに活用されてきた癖ですが、太郎と出会ってからはそちらの方に比重が偏ってきたようです。

何せ眼を離すと何をするかわからない、人間の世界の常識など彼にはまったく無かったのですから……成る程。

姉とは、言われて見ればそうかもしれませんね。

「それは、的確な表現ですね」

『だろ?』



我輩が思っていた以上にこの学園はしっかりとしたものだった。

床は滑らかな光沢を放っている、何かしらの魔石(ませき)らしく、自然と生徒達や教師に魔力が供給される仕組みになっている。

形を持たない程の下位の幻想たちがその上で丸まっていたりして、何処か落ち着く雰囲気を持っている。

清浄なる魔力は悪意のある幻想が嫌うものだ、逆に人間や人間と契約した幻想はそれを好む。

まったくもって良く考えて造られている。

「ここが俺達の教室だ」

暫く歩いていると一つの部屋に行き着く、タローがドアに手を当てた瞬間、身が僅かに引き締まる……巨大な魔力の気配………高位幻想とは違う、人間特有の魔力なのだが、それにしても巨大過ぎる。

魔力、霊気、神気、瘴気、様々な名で呼ばれる力の保有量、しかしコレは人間が持つにしては……。

ガラガラ、そんな我輩の心配など知らないかのようにタローはドアを開ける、

「おー、おはようボーディケアーーー!」

我輩が知らぬ名を言いながら教室へと早足に入ってゆくタロー、ああ、そう言えば。

タローの恋人だと語っていた名前である事に気づき、急に興味が湧いて来る……我輩も羽を動かしてタローに続く。

そこにはタローよりも頭二つ分ぐらい小さな少女が、眼に涙をためてタローの腕から逃げようと必死にもがいている。

「こらーっ! はなせってばバカ太郎! 何で朝からそんなにテンション高いのよっ!」

「ボーディケアに会えて嬉しいから!」

「っあー、う、うぬぬぬ、誰かこいつどーにかしてーーー!!」

顔を真っ赤に染めて叫ぶ少女、西洋人形のように整った美しい容姿をしている、それだけなら唯の美しいで終わるのだが。

頬をピンク色に染めて手足をジタバタとさせている様子が氷のような彼女の美貌に色を付けている、つまりは可愛らしい。

仕舞いには二本に括った己の髪でタローの首をギリギリと締め上げるように……見た目の愛らしさとは違ってかなり狂暴らしい。

あれがタローの彼女か……幼いのだが、魔力の保有量と、その身から溢れる”ある人間”特有の雰囲気が、それは才気と呼ばれるもの。

天才なのだろうとすぐに理解する、あっさりと、見ただけで理解してしまう……タローの彼女は天才なのだ。

「おはようございますボーディケア、朝から熱々ですね」

「何処がよっ!!」

「全体的にですが?」

「アンタの眼は腐ってるのかーーー! フォルケールっ! あんたからもこのバカに!」

「太郎、もっと抱きついてあげなさい」

「OKーー!」

「嫌ぁああああああああああああああ!?」

三人だけの独特な空間が展開されているので我輩は蚊帳の外でそれを観察する、不思議と疎外感は感じない。

この三人、非常に良いバランスで構成されているらしく、その絆の深さも自然と感じる事が出来る。

タローに人間のこういった存在がいてくれる事が素直に、その、嬉しいといえばよいのだろうか?

「恋人同士なのに何で嫌がるんだよ」

「それとこれとは話が別だっつーの! ええーい、うざったいわ!!」

ゲシゲシとタローを蹴って逃げようとする少女、それをジーっと眺めていると、ふと眼が合う。

我輩は困ったように頭をペコリと下げる、暫しの停止……タローはその間に喜んで抱きついている。

何だか飼い主にじゃれる子犬を連想させたりする光景だ。

「……幻想?……ん?」

我輩への姿を見ての疑問と自分を抱きしめているタローの右手を見ての再度の疑問の呟き。

別に特別な処置もしていない包帯でグルグル巻きにしているのだ、当然いつかはバレる問題だ……何せ人間とは違う異質な魔力がタローの右手から溢れ出ているのだから、しかしながらよっぽどの感知能力が無ければ気づかないはずなのだがなぁ。

単に魔力の保有量があるだけではないのだな、知覚能力も申し分が無いようだ。

「太郎、右手ちょっと見せて」

「んー」

特別に隠す必要も無いと感じているのか右手を差し出すタロー、我輩の事は後回しらしい。

「これ、どしたの? 精霊の証……名まで与えられてるじゃない……」

「ほほう、確かに、これはグノームの、地の精霊の刻印ですね、資料では知っていますが……興味深い」

二人の異性にジロジロと右手を観察されて流石に恥ずかしいのか、顔を赤く染めながら視線をさ迷わしている。

先ほどまで少女に抱きついていたのに、まったくもって、不思議な感性をしているな。

「えーーっと、うん、別に変なもんじゃないからそんなジロジロ見んなよ」

「当たり前よッ! 四大精霊のグノームに名を貰えるなんて精霊使いの名家でも無いわよっ! ものすごーく貴重なんだから!」

「精霊に愛された証拠ですよ太郎、それを専門に研究している探求者からしたら、貴方を標本にしてでも保存しようとしますよ」

「ひょ、標本……冗談だろ?」

「「本当」」

顔を蒼白にさせてタローは我輩に助けを求めるように瞳を向ける、ほほう、そこまで物珍しきものだったとはな。

タローの肩に足をつけ、安心させるように嘴(くちばし)で頬を突付いてやる。

『安心しろ、誇るものであり蔑まれるものでは無いのだからな、タローをもし、そのような眼に合わせようとする者がいるならば、我輩が全力を持って排除してやる』

「うぅ、渾沌………大好きだーーーっ!」

ガシッ、抱きしめられてぎゅーっとされる、むう、少し苦しいが許容の範囲だ。

それにタローが抱きしめたいのに使い魔である我輩が断る道理も無いのだし……タローに抱きしめられるのは正直言って嫌いではないしな。

むしろ好ましい部類だ。

「渾沌? もしかして……」

「そうですよボーディケア、太郎の使い魔の渾沌、天地開闢の獣の…」

「知ってるわよ! えっと、渾沌ね……何で貴方みたいな高位幻想が太郎の使い魔になったかは……どうせこいつの”雰囲気”にやられたんでしょうね、はぁー、同情するわ、とりあえずよろしく」

スーッと右手を差し出してくる、これはどういった意味合いのものなのだろうか?

タローに眼を向けると意地悪っぽく微笑んでいる、小声で『握手だってさ』と、幻想と握手とはタローの彼女ながら変わっている。

『口説かれたのだよ、タローにな』

足を差し出すと少女…ボーディケアは小さな手を差し出して握手してくれる、硬くて触り心地など良くないだろう我輩の鳥の足を嬉しそうに。

人型になっている時に握手したかった等と過去の我輩からは考えられないような事を思う、タローに触れてから我輩も少しずつ変わり始めているのだろうか。

だとしたら、今眼の前にいる二人の少女、フォルケールとボーディケアもタローと出会ってから何か変わったのだろうか?

そんな事を思う。

「口説かれた?」

『ボーディケアもタローに口説かれたのだろう? それとも口説いたのかな?』

「にゃ、にゃにを、く、くくくく、口説くだなんてっ、そんな、うぅ」

歳相応に顔を真っ赤に染めてあたふたするボーディケア、普段の肌が雪のように白いので赤くなったときとのギャップが凄まじい。

「違うぞボーディケア、俺が口説いたんだぞ、あれは……」

「やめ、やめ、やめーーー! 話すなーーーーーっっっ!」

非常に興味深い話をタローがしてくれると言うのにボーディケアは両手でタローの口を塞いでしまう。

フゴフゴと何か言っているタローと顔を真っ赤にしながら必死の形相でタローの口を両手で覆っているボーディケア。

それを見つめながら我輩とフォルケールは眼を合わせて苦笑した。



[1442] Re[10]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/02/20 14:06
「太郎……本当に、ほんとーに、お前の使い魔か?」

「本当に俺の使い魔ですビョルコリトゥン先生」

真っ赤な顔を睨みつけながら、俺は正直に事実を語る、このやり取りは既に10回目だ。

渾沌は俺の肩でふぁーと欠伸をしながら尻尾をカミカミと、クラスのみんなが俺たちを興味深そうに見つめている。

何で教卓の前でこんな事してるんだろう俺……。

「最後に、君は本当にコイツの使い魔か?」

『うむ、我輩の主はタローであり、我輩はタローの使い魔だ……そろそろ事実を認めんと流石に我輩も気分が悪いのだが?』

「あの天地開闢の獣の渾沌、しかも主への忠誠心もしっかりしている、認めるしかないようだなぁ」

ビョルコリトゥン先生は酒臭い溜息を吐きながら俺の頭をワシワシと撫でる。

や、やっと認めてくれたらしい、そんなに俺の使い魔が渾沌っておかしいのかなと思う……うぅ、自分の才能の無さが恨めしいぞ。

釣り合ってないのは俺が一番わかってるよ。

「りょーかい、オッケーだ、学園の方には俺が言っといてやる……席に戻っていいぞ」

先生が手でシッシッと、犬を追い払うように俺の眼の前で手を振る、何だかやるせない気分のまま足を進める。

そんな俺を見てクスクスと笑ったり、肩の渾沌の姿をジーっと見つめていたり、資料を必死に漁って渾沌を調べてる生徒もいる。

その中でまったく己のペースを崩していない二人の生徒の間に腰を下ろす。

「ふぁー、ご苦労様です太郎」

「ふんっ」

片方は銀の髪を弄って欠伸をしている、片方は金色の髪を微動だにさせずに教科書をのんびりと読み耽っている……俺の親友と彼女。

「あうー、俺の使い魔が渾沌って信じてもらえるまで、何でこんなに時間が……」

「高位幻想ですからね、太郎の非凡さからは中々に理解出来ない内容の事柄だと思いますよ」

「……フォルケール、酷すぎる……俺の事嫌いだろう……うー」

「いえ、好きですよ? しかしながらそれとこれとは話が違いますよ」

俺の頭をポンポンと白い手で叩くフォルケール、癖のある銀髪が目の前で踊る、接近し過ぎなんだけど。

ボーディケアはそんな俺たちを無視するように黙々と教科書を捲っている、全部内容が頭に入っているはずなのに真面目だなぁ。

天才だけど努力を惜しまない、それが俺の彼女のボーディケアだ。

「さーて、皆の者ー、今回の太郎の使い魔ゲットでついに我がクラスの生徒は皆使い魔を得たわけだが、太郎の使い魔について教師として軽く説明しちゃる」

黒板にカンカンッとチョークを走らせて『渾沌』と書くビョルコリトゥン先生、今までクラスのみんなが使い魔と契約するたびに先生はコレをして来た。

自分自身の番が来る事は正直ながら想像してなかったので、背筋をピーンッとさせてそれを見る……フォルケール、クスクス笑うなよ。

「俺も驚きだが、えー、正直ながら幻想としてはかなりの高位の部類に属する、主の力量を考慮に入れなかったら生徒会のメンバーの使い魔に匹敵するだろうな、名が示すとおり東洋の、中国神話の幻想でありー、一説には神だとされているが、神性が無い所を見るにそれは間違った解釈のようだが……宇宙の始め、天も地も無い時より生きている獣でありー、荘子にもその名が出てくるので興味があれば眼を通すよーに、俺自身も東洋の幻想には詳しくないから、まあ、こんなもんだ」

淡々と簡潔に説明をする、渾沌は不満も不服も無いのか俺の髪を尻尾の代わりにカミカミと噛みだしながらまったりしている。

クラスのみんなは………俺を呆然と見ている、ちょっと怖い。

「もう一度言うぞー、人間が契約出来る範囲の幻想の中でもトップレベルの存在だ、魔力の高さだけで幻想を判断するな、そこの渾沌は魔力は極端に少ないが『混沌』で体を構成している、混沌は教えたよな? この世界が生まれる前の全ての力の源、原初の海を構成していた成分だ…それを現代まで有している幻想なんて正に『渾沌』ぐらいだと俺は思うぞ、ぶっちゃけ、そこの太郎には勿体無い」

「そ、それって先生が生徒に言う台詞じゃなく無いですかっ!?」

俺の言葉を耳に指を突っ込んでホジホジとして聞き流すビョルコリトゥン先生、クラスのみんなも渾沌の凄さがわかったのか、うんうんと納得している。

ガクッ、頭を下に向けて唸る、悔しいけど、悔しいけど反論出来ない自分がいたりする。

『ふむ、タロー、こいつら、爪で』

「ダメだから……うぅ」



平凡な授業は寝ているうちに終わる、俺は渾沌を抱きしめてぐーぐーぐー。

使い魔との初登校からどうかと思うけど、別に使い魔と一緒に勉強して頭が良くなったり、優秀になったりする事に憧れていたわけではない。

普通に、今までの生活に使い魔が、渾沌がいる生活に憧れていたわけであって、ただそれだけ。

休み時間を知らせるチャイムの音に意識をゆっくりと覚醒させながら、そんな事を思う。

『タロー、でっぷりが来たぞ』

渾沌の落ち着いた声を受けて眼を覚ます、でっぷりとはどーゆう事だろう?

ポカポカと暖かく身を包む太陽の優しい光から何とか振り払い、顔を机からゆっくりと上げる。

「よぅ」

でっぷりと、でっぷりとしている………とてもでっぷりしていて、ちょっと美味しそうだ。

「じゅる」

「…………テメェ」

睨みつけられて少しだけビクッと、意識が完全に覚醒する、うおー、こえぇぇ。

人間に睨みつけられるのは、悪意を叩きつけられるわけで、俺はそーゆうのはとても嫌いで、怖いと思う。

今眼の前にいる人物はフンッとソバカスだらけの顔を赤く染めて俺の瞳から視線を逸らさずに、その巨躯を壁のように俺に突きつけている。

「えーっと、ポールだっけ?」

ポール・バニヤン、召喚士の名家の長男であり、とてもでっぷりとぽっちゃりとしている同級生。

マントに入りきらない丸太のような太い腕を胸の上で組んでいる姿は何処か滑稽で可愛らしく思うのは俺だけかな?

今までそこまで深い関わりも無く接してきた同級生だけど、何だか怒っているようなその表情からは俺の前に立っている意図が読み取れない。

「ポール・バニヤンだっ、オマエ……その使い魔とどうやって契約したんだ? 魔力も無くて才も無い、じゃあ何で契約しやがった?」

有無を言わさずの直線的な、真っ直ぐな質問に言葉が詰まる、テカテカと油で光っている潰れた鼻からは荒い息が出ていて怖い。

困ったように視線をさ迷わせる、フォルケールとボーディケアは手を軽くあげて『自分でどーにかしなさい』……うー、これも人間世界での勉強の一環なのか?

こういった、人間との付き合いがわからない事が時々あるわけで、今もまさにその状況だったりする。

「えーっと、ずっと一緒に生きて行くって、約束したわけで」

「あん?………他には?」

「無いよ」

『うむ、まさしく』

俺と渾沌の言葉に眼を瞬かせて、荒い鼻息も止めて、ポールはマジマジと俺と渾沌を異常なものを見るような視線で見つめる。

聞き耳を立てていたフォルケールとボーディケア……フォルケールはケラケラと声を出さずに器用に笑っている、ボーディケアは唇を吊り上げて皮肉な笑み。

クラスのみんなも、不思議なものを見るような視線で俺たちを遠眼に…な、何なんだ。

「そ、そんな、理想的な、理想的な関係があるわきゃねーだろ!」

突然に声を荒げて俺に詰め寄るポール、体からは人間特有の『焦り』を感じさせる魔力の乱れ、何をそんなに……そんなに焦ってるんだ?

俺にはわからない人間の機微、渾沌を抱きしめたまま、ポールの顔を下から見上げる。

「理想的かどーかはわかんないけど、渾沌が好きだから、一緒に生きてこうって、約束しただけだぞ、好きだからじゃないか、好きになれると確信したわけで、えーっと」

「わけわかんねぇ事言ってるんじゃねー! 高位幻想との契約の仕方、秘密を言えって言ってるんだよオイラはよぉ!」

耳がキーンっと、両手で遮っても頭がクラクラする、何だか空気がヤバイ方向に流れてるのはわかる、あー、どうすれば良いんだろう?

そもそも、高位幻想との契約の仕方なんて落ちこぼれの俺にわかる筈も無く、質問の意味も意図も理解出来ないわけで。

『タロー、もしかしてタローはでっぷりを、煩わしいと? ならば我輩が!』

「でっぷりの言っている意味が理解できないだけだ……うぅ」

「でっぷり?」

ポールは声を沈めて、俺たちの会話に割り込んでくる、腰を微かに屈めて視線を合わせて……頬がピクピクしているのは何でだろう?

クラスのみんなは頭に手を当てて『あちゃー』って顔をしてる、つか、実際に口にしている奴も多数、みんな俺に色々教えてくれるありがたい存在だ。

思えばクラスのみんなとは何だかんだで、落ちこぼれと言われながらも仲良くしているけど、ポールとだけ会話をしていない事実に気づく。

だって、いつも張り詰めた空気のようなものを持っていてべんきょーをしているから、話しにくいし。

「うん、でっぷりしてるじゃんポール」

何かを我慢出来なくなったのか声を上げて笑うフォルケールと頭を抱えているボーディケアの姿が見えた。

な、なんで?



何故か俺は校庭にいます、何故ここに自分がいるのかがさっぱり理解出来ないわけでありまして。

意味も無く地面を踵で抉って見たりして、それを意味も無く再度、砂で埋めてみて……楽しくない。

そして少し先には顔を真っ赤にして睨みつけているポールの姿、これは所謂”決闘”であるらしい。

あの後、俺に殴りかかろうとしたポールをクラスのみんなが差し押さえた、でも、どうやら俺にも”悪いところ”があったらしい。

それを祭り好きのクラスのみんなが真剣に抗議した結果、”決闘”で勝負を決めようと、そんな結果になったわけである。

青い空をボケーっと見つめながらここに至るまでの出来事を冷静に分析している自分……俺の事がポールは前々から気に食わなかったらしい。

ポールの言葉の通り魔力も才もまったく無い俺がエリート校である『北条学園』の召喚科に通っていて、しかもその中でも実力が抜きん出てるボーディケアとフォルケールと三人一組でチームを組んでいるのが気に食わないらしい、しかも自分が誘ってもまったく相手にしなかった二人だけに余計……なのだろう。

そんな才能も魔力も無いが状況は恵まれまくりの俺が突然に高位幻想と契約した事でポールの怒りのような感情は沸点に到達したらしく、それが今回の出来事の発端なのだと。

フォルケールがゆっくり、優しく俺に教えてくれましたとさ……うぅ。

「教師連中からの特別許可も出ています、休み時間中に終わらせる事と怪我人は出さない事、後は何でも良しですー」

『マスター、髪を弄る癖はあまり見ていて気分の良いものではないぞ』

そして仲裁役には『銀の魔女』フォルケール、その二つ名に恥じぬ美しい銀髪を弄びながら、使い魔のプロケルと共に宙に浮きながら俺にウインク、似合わないぞー。

とりあえずは渾沌は『ワンワンもーど』俺はその上によいしょっジジイ臭い台詞を吐きながら跨る。

「出ろ」

ポールの怒りを押し殺したような冷たい声、胸の位置にある『証』が服の上からもわかる程に発光する。

魔力をたっぷりと組み込んだ白い煙がモワモワとポールを中心に現出する、異界の空気、俺には慣れ親しんだものだったり。

過去に先生がポールの使い魔の説明はしていたのでその正体は知っている、『ニュージャージーデビル』……ポールの故郷の幻想だ。

アメリカで1730年代から目撃された竜の末裔の一種、既に知能や竜族として性質は欠落し、爬虫類に近しい存在になっている。

ニュージャージー州に出現していたそいつは、馬のような顔にカンガルーのように折れ曲がった足を持ち、蝙蝠のような折りたたみ式の翼を有している。

蹄のある2本足には巨大な血管が浮き出ており、脈動すると同時に口から荒々しい息を吐き出す、そこに見えるのは鋭く発達した黄色く汚れた牙……馬の顔にあるべき物ではない。

しかしその荒々しい姿とは別に本体の魔力は僅かなものである………渾沌と同じくらいだと思う。

「えーっと、今更だけど、戦うのやめない?」

「やめるわけねーだろうっ! オイラが勝ったらフォルケールさんとボーディケアさんはオイラが貰う! オイラとチームをっ!」

「何か、愛の告白みたいだなそれ」

「う、うっさい!! 元々、あの二人がお前みたいな落ちこぼれとチームを組んでるのが間違いなんだ、それを正す良いチャンスだっ!」

「……うー、確かに間違いかも知らないけど……ほら、二人は優秀だけど、俺がいないとバランス悪いと思う」

『それは確かに、あの二人の間でボケボケーと、のんびりとしていられるのはタローではないと無理だと我輩は推測する』

「あんがとー、バカにされてるのか褒められてるのかわかんないけど、喜んでみる」

『我輩がタローをバカにするわけないだろう……タローのそういった所は、非常に、あー、好ましい、褒めているぞ?』

「渾沌………好き好きだーーーーっ!」

『むーっ、我輩も、嫌いではないぞ』

ガシッ、渾沌を抱きしめる、ピコピコしている耳を手でもぎゅもぎゅすると渾沌はイヤイヤと首を左右に振る。

その仕草も、子犬的で無茶苦茶可愛い、大きい子犬だー。

「……太郎ワールド全開ですね、あー、そろそろ戦闘、始めたらどうでしょう?」

フォルケールの言葉にハッと、いかんいかん、戦闘の前なのにこんな態度で……いや、でも別に戦う前に使い魔と戯れたらダメって教わってないし。

とりあえずは渾沌と前に向き直る……良くわからない状況だけど、初戦闘です!



黒髪の少女が冷めた切れ長の瞳で窓越しに広がる青空を見つめている。

黒い瞳の中には細かな螺旋数字、いや、それは瞳に納まらずに白い肌まで侵食している。

瞳も、肌も、髪ですら赤い文字が事細かに刻まれており、時折思い立ったように淡く発光する。

これが全て高位幻想との契約の『証』だと言ったら誰が信じるだろうか?

「………………」

摘み所の無い空虚な雰囲気を有した少女は瞳から涙を零す、悲しいのではない、欠伸をしただけだ。

「ヘルヴォール、今日はやけに気分が沈んでいるね」

瞳を閉じてウトウトしている彼女に微笑みかける、僕の言葉に彼女は下らないと言いたげに首を横に振る。

昔からの彼女の癖だ、言葉で応えるより軽い仕草で応えてしまう……言葉を発するのが億劫なのだろう。

「そんなに嫌なら家にでも引きこもっていれば良いのに、君は真面目だね」

「……ナージェジダ、煩いぞ」

僕の名前を呼びながら睨みつけてくる、彼女にとって家の話は禁句なので良好な関係を築きたい人間は避けるのをお勧めする。

まあ、彼女と良好な関係を築ける人間なんて僕を含めて皆無だろうけどね。

「いやいや、君は逆に静か過ぎると思うけど?」

「…………私を苛めて楽しいのか?」

「勿論♪」

「…………ふぅ、困った奴だな」

椅子から立ち上がるヘルヴォール、あらら、少しからかい過ぎたかな?

彼女の身長は同年代と比べてとても低いのだけれど、人の眼を引くその異形の容貌のせいでとても目立つ。

「どうしたヘルヴォール?」

「…………散歩だ、校庭の方から興味深い魔力を感じる、じゃあな」

教室を出てゆくヘルヴォール、流石は生徒会長だ、後姿ですら完璧といえるほどに隙が無い。

僕はニヤけ顔でそんな事を考えていた。



[1442] Re[11]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/02/20 14:04
空気を裂く音だけが耳に甲高く響き渡る、両耳を塞ぎたいけど渾沌の体を抱きしめてるので無理な話。

舞う砂埃、相手は何処か間抜けな、鈍重そうな体つきをしていているから油断した、恐ろしく俊敏だ。

しかしその攻撃も渾沌にはあまり意味が無いものらしく、口笛を吹き出しそうな程に軽いステップで避けている。

問題はその上に乗っている俺かもな、だって……。

「うぅー、気分悪いー」

『タロー、それは我輩にはどうしようもない……許せ』

馬のような顔から涎をダラダラと流しながらニュージャージーデビルが吼える。

ピリピリと空気が震え、周辺で暢気に観戦していた生徒達は一斉に耳を塞ぐ……何か凄く怒ってる見たいだ。

どうやら俺をさっさと食いたいらしい、涎の多さから推測してみる、間違いない。

「ちょっ、あいつ、絶対に俺を食う気だって!」

『ふむ、安心しろ、あんな蜥蜴風情に我輩は負けん』

魔力を行使した攻撃をして来ないのだから当然だろうと思う、思ったとおり幻想としては失礼だけど……最弱の部類だ。

しかし流石は召喚士の名家の生まれのポール・バニヤン、使い魔に供給する魔力の純度も量も凄まじいものがある。

本来の魔力保有量から何倍も上昇した力を行使するニュージャージーデビル、カンガルーのような足が一瞬震えたと思ったら既に目の前に迫っている。

『くっ』

「うわっ!?」

浮遊感、浮き上がる渾沌の大きな体、空中でバランスを崩した俺たちに対して敵は冷酷なまでに攻撃を追及する。

さらに反対方向から刃物のような鋭さを持って尻尾が恐ろしい速度で迫る、しなり、意思を持ったそれをかわす事は不可能。

渾沌の胸に吸い込まれ、軽い衝突音と大きな衝突感、威力はそのまま俺の体にも伝染して、必死に手を離さないことだけを考える。

ズザァァァァァァァァァァ、それでも地面に猫のように鮮やかに回りながら降り立つ渾沌、だが威力は何も変わり無い、後方へと飛ばされる体を四つ足を突き立てて必死に踏み止まる。

『チッ、悔しいがあのでっぷり、主としては優秀な部類らしいな……蜥蜴風情の思考しかない使い魔を上手く操っている……供給する魔力も十分だ』

「ケホッ、むー、あの馬っぽいドラゴン強いなぁ……どーする?」

主として質問するべき内容ではない、授業でも習ったけど使い魔は命令するものであり、質問するべき存在ではない。

だから召喚士は様々なものを学び、あらゆる事態に対しても己で判断できるようにならないと駄目だとか……でも俺は違う。

何せ、授業を真面目に受けてないので何を使い魔に命令、では無くて…えっと、”お願い事”をしたら良いのかわからないのだ。

わからない時は素直に聞く、それが大事。

『ふふっ、我輩の自由にしていいのか?』

「渾沌の方が戦いなれてるだろ? 俺って、昔から喧嘩とかあんました事無いから、勝手がわかんないんだ……命令はしないけど、渾沌にくっ付いているよ」

『それはありがたい、タローがいれば、我輩は負けんよ』

ニヤッと男らしい笑みをする渾沌、少女の姿のときの愛らしいイメージが頭の中にあるので……凄い矛盾だ。

ニュージャージーデビルはそんな俺たちの会話を遮るように獰猛な声を上げて肉薄してくる、体を左右に振りながら、まったく理に適わない移動方法。

その足は何のためにあるんだろう、思いつつもその意外な速さに微かな驚きと笑いがこみ上げる、戦闘中……なんだけどなぁ、くくっ。

ちょっと可愛らしい。

「な、何がおかしいっ!」

ポールの怒鳴り声が聞こえる、俺の顔がニヤついている事に気づいたらしい、あんなに遠くにいるのに眼が良いんだなぁ。

とりあえず質問には誠意を持って答えるべし、俺は喉を震わせて敵の攻撃を避けている渾沌から振り落とされないようにしながら叫ぶ。

「ポールの使い魔、案外可愛いなーーー!」

「はっ!?」

俺の返事に対してポールは口をポカーンと開けて動きを止める、渾沌が不機嫌に体を揺するのがわかる。

主の戸惑いを感じたのかニュージャージーデビルの動きが鈍くなる、命令が無ければ何を行えばよいのか己で思考出来ないのだろう。

トンッ、渾沌が軽い音を立てて地から身を離す、あまりにも自然な、綺麗な動作だったので俺には何も衝撃が伝わらない、軽い浮遊感が心地よいかも。

『タロー、我輩がいながら他者の使い魔に可愛いとは、むー』

相手の懐に入り込み、敵の戸惑いをあざ笑う様にさらに右に飛ぶ、擦れ違い様に渾沌の尻尾が空気と肉を凪ぐ、真っ黒い血が飛び散る。

臭気をたっぷり含んだ赤黒い液体は地面に吸い込まれ、鈍い音をあげながら砂利を溶かす、鼻を突き刺すような臭いが辺りに充満する。

主であるポールが鼻を塞ぐのを見て少し気分が悪くなる、自分の使い魔なのに……ひどい奴だなぁ。

「……つか、ニュージャージーデビルってもっと小さいもんじゃないのか?」

グルルル、自分の血の臭いすら戦闘への興奮を掻き立てる物なのかニュージャージーデビルは声を上げて笑う、ポールはソバカスだらけの顔を真っ赤に染めている。

本来の体長は一メートルだと言われているニュージャージーデビルだがポールの相方はそんなものではない、8メートルぐらいはあるような気がする。

主と同じく沢山食べて沢山大きくなったんだろうなぁ。

『弱くはないが……強くも無いな、竜種、竜族としては恐ろしく下位だな、最近、同属で飛びぬけた存在を見たからな、どうも褪せて見える』

「勝てるの?」

『ふむ、肯定』

間抜けとしか言いようの無い格好をしながら渾沌とポケーっと会話をする、ちなみにどんな格好なのかと言われれば簡単に答えれる。

両手両足で抱きついています、さながらヌイグルミに抱きつく赤子の如く、だって振り落とされたら危ないし。

みんなはそんな俺の情けない格好を見て笑っていたり苦笑していたり携帯で撮っていたり、様々な反応をしている。

中でも多いのは渾沌の運動能力の高さに素直に驚いている人たち、爬虫類に近しい俊敏性を持つニュージャージーデビルの攻撃をほぼ全て避けているのだ。

しかも魔力により何倍も運動性を底上げされているニュージャージーデビルの攻撃をだ、渾沌が俺からまったく魔力供給をされていない事を考えると確かに脅威だったりする。

召喚士の魔力を使い魔が消費するときは主に己の何かしらの『能力』を行使する時だ、それは魔法だったり武装だったりと様々なものなのだけど、それ以外は使い魔に対して主がしてやれる事は限られている。

魔力を使い魔の運動性の上昇に使うか己自身で魔術を行使してバックアップするかの二択だ。

そして実際にその前者を高質な魔力で行っているポール、何倍にも運動能力と身体能力が跳ね上がっているニュージャージーデビル、単純に速くて、威力のある攻撃、しかしそれは分かりやすい恐怖と言える。

だがそれすらも渾沌は余力を残したまま回避している、凄いとしか言いようは無いんだけど……主がこんなんでごめんなー。

『どうしたタロー? 急に黙ってしまって……』

「な、何でも無いっ!」

今回の事で少し理解、もしこれからも”何か”と戦う事があるのなら、えっと、戦うのは嫌いだけど、もしそれがあるのなら。

俺が渾沌にその時にしてやれる事をそれまでに模索をして、見つけないと、今までは落ちこぼれで良かったけど…それで本来は優秀な渾沌が傷つくのは許せない。

自分が許せないんだ、うん、少しだけ理解した、俺なりの召喚士と使い魔の在り方を。

「くっ、ニュージャージーデビルっっ! 地へと消え行き敵を殲滅しろっ!」

『グルルルッル、ギィィイイイイイイイイ!!』

深い澱みが地を侵食する、それは能力の発現だとすぐに気づく、地面に走る黒い亀裂は俺たちを無視してニュージャージーデビルの体に絡み付いてゆく。

まるで食虫植物が獲物を絡めるときのように、厭らしい動きで地から生えた触手が巨大な爬虫類にも似た化け物を捕らえ、地面へと吸い込んでゆく。

渾沌の身が敵の襲撃に備え絞まる、パートナーの血が体を駆け巡る脈動音を感じながら息を飲む、敵の姿はすでに地の底へと、何処から出現するかはわからない。

『タローっ! 抱き付いてろ!』

「お、おー!」

地面からパリンッとガラスの割れるような音がする、地という場の属性が荒々しい魔力により破壊されたのだ、そして奇声を上げながら噛み付いてくる白目をした馬顔が。

かなりビクッとして体を硬直させてしまう、しかし渾沌はそれに対して何の恐怖も感慨も無いのか背からいつの間にか生やしていた羽で空へと上昇する。

「続いて炎を吐き、あいつを引きずり落とせっ!」

ニュージャージーデビルが1909年までに数千人もの人々に目撃されながらも捕獲に至っていない最大の理由を発見、成る程、地へと身を潜め獲物を狩る能力。

確かにこれだったら姿を見られてもすぐに逃げ出せる、1735年、ニュージャージーの風土に対して飽きてしまった人々が適当な知識で行った黒ミサと赤子の生贄により生み出した化け物。

自分たちの住まう地に対する飽きは『地面を侵食する』に姿を変え、この化け物の能力へと変質したのだとしたら、それは人間の驕りでしかないよな……ん、炎?

『ギシャァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』

吐き出されるは高温の炎、しかも羽を広げ真上に攻撃をかわしてしまったが故に、真下には間抜けな馬顔が口を開いてあるわけで。

そのまま直線で、空気を焼き尽しながら迫り来る圧倒的な敵意を含んだ熱量の塊、渾沌は避けるのが間に合わないとすぐさまに判断を下したようだ。

羽で俺と自分を庇うように身を包む……そして僅かに息苦しくも乾燥した空気で呼吸した後に、衝撃音。

「ふははははは、あっ、あはははは、竜族の劣化品だとしても、基本的な火を吹く能力は健在なんだよぉ、それを行うにはこいつ一匹じゃ無理だがっ! オイラの魔力をプラスすれば先祖帰りを一時的にする事も可能なんだ……くくっ、やっぱり、主あってこその使い魔だっ!」

でっぷりの、声が遠くに聞こえるのと、落下する、胃を転がすような感覚、俺は………渾沌を強く抱きしめた。



「……バニヤン家のものか、本人の性格は兎に角、使い魔の程度の低さに生徒会には勧誘しなかったが……中々だな」

屋上で鉄製の、風に冷やされた感触が心地よい柵の上で、両腕を組んで校庭を見守る……バランスが難しいな、っと。

この屋上はお気に入りだ、授業をサボるときも、家で嫌な事があった時も、私を暖かくでは無く、無機質に冷たく迎えてくれる。

非常にそれが心地よいのだから自分の神経の可笑しさを呪う以外にはあるまい……草が生い茂り、罅割れたアスファルトすらお気に入りだ。

『お嬢様、その意見には賛同出来ませんなぁ、雑魚の幻想と、ある程度の才のある召喚士……これの何処が”中々”なのでしょうか?』

「我々の基準で物を見るのは酷なだけだ、私は別に褒めているわけではない、客観的に物事を見て、それを口にしただけだ」

『くくっ、お嬢様がおもしろい催しがあると仰るから、ならばと、お気に入りの葉を持ってきたのに』

コポコポと注がれた琥珀色の液体、白いティーカップの上でさざ波を立てながら……揺れる、白い煙は地に伏せた使い魔から立ち上るものと同じだ。

皮肉にしては残酷過ぎだな……そう思い口に流し込む、かぱーっと。

「うん、うまい、もう一杯だ」

『はぁー、お嬢様らしいと言えばそうですが、女性としての慎みを……しかしながら、渾沌、渾沌ですか……かのような存在があのような召喚士と契約するとは時代の流れですかねぇ、勿体無い、非常に勿体無い、お嬢様と契約をなされたらこのような……』

「貴様はこれ以上、これ以上私に『証』を刻めと?」

己の体の隅々まで駆け巡る赤い螺旋文字、先祖から脈々と、おぞましい程の年数を重ねて契約してきた幻想との『証』の数々。

それは今も私の体を真っ赤に染め上げている、白い肌の上に赤い文字が刻まれてると言うよりは、赤い文字の隙間に白い肌があると言ったありようだ。

『い、いえ……申し訳ありません、過ぎた言葉でした』

「お前が謝る必要は無い、しかし、確かながらにあの渾沌……優秀である事に間違いは無い、資料や文献から推測しても高位である事は否定のしようもないが、幾らか怪我をしているな……同レベルの存在と争ったか、もしくは……本来なら使い魔が万全ではないのであれば、マスターが埋めるのは世の理、しかし」

『あのマスターではそれも不可能、何とも面白味の無い戦いですな』

自分の使い魔ながら素直な物言いをする、くくっと喉を震わせて向き直る、渾沌は羽を広げ主を庇うように立っている。

しかし肝心のマスターは気を失っているようだ、魔力を何層にも重ねた多重結界で本来は防御する所だが……出来なかったみたいだな。

感じるのは赤子並みの魔力、興味も無ければ、同情も無い、無能は地を見っとも無く這いずり回るのがお似合い……だ?

空気のざわめきを感じて、思考を中断する、我が使い魔も身を大きく震わせる、魔力の流れを感じるのだ、本来なら有り得ない存在の。

それは我々『召喚士』が感化するべき存在ではない者の呼吸音、それは本来は『精霊使い』が行使するべき、幻想よりもシンプルで、世界のあらゆる所に”いる”存在。

「精霊が…………怒っている?」

私の呟きは、この世界に生まれて初めての唖然としたものだった。



手が焼けるように熱い、火傷でもしたのかな? 朦朧とした意識でそんな事を考える。

だがそれは違うとすぐに理解、何処か暖かいようなイメージを持ちながら俺を優しく包んでくれるから……何だろう?

ハァハァハァハァ、荒い呼吸、そして意識の覚醒、渾沌の後姿を見て申し訳なさと苛立ち、自分は何で倒れてるんだろうと。

ずっと傍にいてやるんだから、見っとも無く転げ落ちて、地面を舐めてる場合じゃない、立とう!

『タローッ、我輩が終わらせる……無理は……タロー?』

「……戦い嫌いだけど、やってみて色々わかったよ、はぁ、頭クラクラする」

ドクンドクンッ、今までの世界の光景が歪んで見える、右手に走る鼓動に呼応するように、景色が変化する。

そして目の前にニコニコッと、微笑む少女の姿……おおっ?!

『やほーっ、タロウ、ではなくてスレインッ♪ 君のピンチに若葉か駆けつけたぞぃ!』

チョコンと俺の肩に可愛らしい仕草で乗っかる若葉、眼を瞬かせて、やっぱり緑色の鮮やかな羽根を掴んで目の前に。

そんな俺たちの周りを多くの精霊が興味深そうに浮遊している、緑色の光と日陰の香り……地の精霊たちだとすぐに理解する。

現実世界に置いて精霊の視認は非常に難しい、彼らは姿を見られる事を嫌う、そこは幻想と同じだが決定的に違うのは彼らの在り方。

幻想よりももっと根本的に世界を支配している存在、あらゆるものに宿り、あらゆる地に宿り、あらゆる場所にいる、姿を見せないだけだ。

これ程の数の精霊が一箇所に、姿を現す事はありえないのだと勉強嫌いの俺の足りない頭でもじゅーぶんに理解できる、どーゆ事?

『これこそ、家族のピンチにみんな集合の王道パターン、スレインは家族だもん、家族を傷つける存在を精霊は許さないの♪』

「うーむ、何だか知らないけど、俺召喚士であって精霊使いでは無いんだけど……」

『みんな”使われる”んじゃなくて、自主的にスレインを助けようって来たんだよ? ねー?』

『■■■■■■■■■■■■■■■』

声を持たない精霊たちが口をパクパクとさせて俺にじゃれ付いて来る、フラワーピクシー(花妖精)は波打つ金髪と白いドレスを風に遊ばせながらクルクルと回る。

先ほどのシリアスな戦闘をぶち壊す、ファンシーな空間に俺もちょっと呆然、アジ・ダハーカが言っていたグノームの刻印の真の意味を理解する。

世界中に過保護な家族がいるわけね、うぅ……いつも見られてるって事を考えると少し恥ずかしい。

「な、なんだこの魔力の充満はっ! テメェー、何をしやがった!」

精霊の皆さんは頬をプクーッて膨らましてポールを睨みつける、中にはアッカンベーってしてる子もいる。

俺を庇うように腕を組んで睨みつける精霊の姿をポールは見えていないらしいが、辺りに充満してる魔力の濃度はわかるらしい。

「え、っと、俺は何もしてないけど、みんなが自主的にしてくれたっつーか」

『ねえねえ、あの、不細工な馬顔トカゲと、でっぷりした人間がスレインを苛めたんだよね?』

腰に手を当ててプンプンっと怒る若葉、まだ生まれて間もないのに俺のお姉さん見たいだ、弟を苛められた姉の態度っぽい。

男として”苛められた”の部分を恥ずかしいと感じつつも、”うん”と頷く。

『た、タロー、この精霊たちは何なのだ?』

『えーっと、若葉たちがあいつの動きを止めるから、君はトドメをお願いしまーす』

ビシッと親指を立てて笑う若葉、他の精霊たちもビシッと親指を立てている、フラワーピクシーもビシッと、イメージがガラガラと崩れるような感覚。

中には敬礼しているのも、あまりにも数が多いので種族名が全て把握できない。

『スレインっ! 声を大きく、お腹に力を込めて、若葉に続くよーに、はいっ!』

「お、おう!」

『みんなアイツをボコれっ!』

「えっ、精霊術の呪文詠唱とかじゃなくてそんだけかっ!? み、みんな、あいつをボコれ!」

『『おーーーーっ!』』

後々にわかった、これが惨劇の始まりの一言、まさか『ボコれ』の枠内に……でっぷり、ポールも含まれてるなんて。

そして精霊使い科との因縁や、生徒会との関係が築かれる始めの一歩。



[1442] Re[12]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/02/20 16:03
余裕で勝てる、その思いは戦いを始める前から既に心の中に確かにあった。

例え使い魔が優秀でも、それを使役する人間のレベルが信じられないほどに低いのだ。

上手く扱えるはずが無い、何せ自分の戦う相手は赤子程の魔力しかない『屑』なのだ、その評価は出会ったときから変化は無い。

この学園に入学すると言う事は、一定以上の才能があると認められたに等しい……例えその血筋が、家柄が優秀でも、本人に才能が無ければ入学は不可能。

だからこそ、自分がこの『北条学園』への入学が決定したとき、心の底から喜べた。

自分の使い魔である『ニュージャージーデビル』は決して高位な幻想ではない、契約が成立したとき屋敷の人間は皆、首を傾げたものだ。

『お前だったらもっと優秀な幻想と契約出来るだろう?』その言葉を父親が見下すような姿勢で、実際に見下しながら自分に吐いたのを覚えている。

それでもこいつでは無いと嫌だと、初めて常に自分の眼の前に壁のように存在し続けていた父親に反抗した、そこだけは譲れなかったから。

こいつは友達だから、初めて自分の呼び声に反応してくれた友達、その容姿は竜としてはあまりにも不気味で間抜け、その上に知能も大したことは無い。

幻想としての歴史も浅く、生れ落ちた理由も非常に曖昧で不確かな化け物、何処か自分と重なるところをそこに見たのかもしれない。

召喚士としての歴史は深いが、血の優劣でしか物を見れない屋敷の中に陰湿に引き篭もる大人たち、巨人の血を引くと言われ『容姿』だけは異様に美しい血族達。

その中で一人だけ、化け物のような、先祖帰りをしたような容姿で生を受けた自分、なのに召喚士としての才は一族の中では下位になってしまう自分……自分が望んだわけではない結果。

『化け物』と言われるのが嫌だった……だから、必死に勉強をした、鍛錬をした、そしてこの学園に入れたのだ、つまり、それは己のプライドが構築された瞬間だと言ってもいい、オイラは”優秀”だ。

そんな自分の目の前に奴が現れたのは2年前の春の日だった……こんな透明な笑みをする人間は、知らなかった……その季節と同じ、春の匂いがする少年だった。

……田中太郎。



「み、みんな、あいつをボコれ!」

その声を聞いたときに頭の中が真っ白になる程の怒りを覚えた、わけのわからぬ状況にしろ勝利に近いのは自分のはずだ。

しかし身が硬直するほどの『場』を包み込んでいる重圧的な魔力に舌が回らない。

『グゥゥゥギィイイイッッ!?』

相棒の聞いた事も無いような戸惑いの雄叫び、ハッとして前を向くと木の根のようなものに絡まれて身動きが取れなくなっている。

そんなもの焼き落とせ、頭に浮かんだその言葉を飲み込む、無理だ……相棒の体から急激に魔力が失われてゆくのを感じる。

枯渇した地面が水を吸い込むように、相棒の体に絡みついた木の根は貪欲と言えるほどの勢いを持って魔力を奪ってゆく。

遠くから聞こえる何処か他人のような相棒の苦しみの声を聞きながら、背筋に冷たいものが走る……これは、これはっ、召喚士の扱うものではない。

知識としては納得しても、意識が認めようとしない、何せ眼の前の存在は『屑』なのだから、このような芸当が出来るわけがないのだっ!

召喚士でありながら、召喚術と相反するであろう『精霊術』を行使するなどはっ!

「て、テメェっ、いつの間にこんな事を出来るように……」

「えっと、つい先日だったりする、もうポールの使い魔、限界だぞー」

言われなくてもわかっている……このままでは魔力を失うばかりか『幻想』としての存在概念まで奪われ、相棒は形を失って、死ぬ。

舌打ちをしながらも相棒を内包世界へと、出現の時と同じように異界の空気が溢れ出る……申し訳無さそうに声を上げながら地面へと沈み行く相棒。

悪かったのはお前じゃない、相手の力を侮った自分にある…悔しいが、それを認めない事には召喚士としての高みには辿り着けない。

そして暫しの静寂、周りを取り囲んでいる生徒達は異様な魔力の充満と呆気ない勝負の結果にどう対処して良いのか分からずに困惑している。

それは自分も同じだ、眼には見えないが大量の精霊が敵意を向けて、矮小な人間に睨みを利かせているのだから。

「……オイラの負けだ」

「渾沌……お前の”トドメ”は必要なかったなぁ」

『タロー、我輩は状況の把握がまだ出来てないのだが、あー、勝ったのだな?』

「らしい」

暢気な会話をする一人と一匹、つい数分前までは敗北という言葉に追い詰めていた存在。

悔しさに唇を噛み締める、拳を握り締め、どんな言葉にも耐える用意をする、敗者は罵られるだけ。

それが自分の生まれ育ったバニヤン家の掟なのだから。

「喧嘩も終わったし、ポール」

情けない事だが歩み寄ってくる『田中太郎』の次の言葉を想像して眼を瞑る、純粋に怖いのだ、『傷つく言葉』が……とても怖いのだ。

……幼い頃から何度も親や家族から吐き出された鋭くも痛々しい言葉の数々、それに慣れる事などはただの一度も無く、常に涙をして来た。

会話中に、食事中に、勉強中に、家族の前で、他人の前で、常に言われ続けた『出来損ない』『不細工』の文字達、それから逃げたい事もありこの学園に来たのに。

今からまた、それに類する言葉を自分は言われるのだ……自業自得だ、何せ自分も彼に対して『屑』と罵ったのだから。

それでも、怖い、幼い記憶が頭に過ぎり、眼を瞑る。

「仲直りをしよー」

言葉の意味はわからずに、オイラは…………………へ?



手を差し出す、幼い頃にかーさんに教えてもらった事を思い出す、喧嘩をしたら次は仲直りでふ、良い言葉だ……でふは必要ないけど。

ポールは眼を瞑ったまま動かないし、俺はどーしたものかと思案する。

「ポール? 俺の事が嫌いなのはよーくわかる、何せ俺は才能無いし、魔力も無いし、なのに優秀なボーディケアとフォルケールとチームを組んでる、その上、使い魔はとてもゆーしゅうだ、うん、マジで優秀で俺には勿体無いほどだけど……」

『タロー、我輩は……』

「ストップ、でも俺の言葉には間違いは無いんだ渾沌、今回勝てたのも俺の実力じゃなくて、精霊のみんなが力を貸してくれたからだし、ポールが俺に劣っている事なんて一つも無いぞー、だから、そんな顔はやめよう」

ポールは顔を皺くちゃにして、涙と鼻水を見せないように下を向いている、でも俺にはわかる、何となくだけどわかる。

俺の存在そのものがポールの中の『大切な何か』と噛みあわないんだ、きっとポールは努力して、頑張ってこの学園に入学したんだと思う。

いつもの授業中の態度を思い出す、必死に黒板の内容をノートに書き写す姿は真剣そのものだし、ボーディケアやフォルケールとかにも休み時間に色々とわからない所を聞いていた。

休み時間は寝てるか遊んでるかの俺とは正反対だ…だから、そんな俺の態度がポールの中の何かを脅かしてるなら、それは俺の責任だと思う、うん。

「オイラは……お前が、嫌いだ、ッ、才能も無く、魔力も無い……それなのにこの学園にいるお前が、嫌いだ」

「うん」

「なのに、お前の近くにいるのはオイラの尊敬する人たちだ、才能もあって、努力もして来た人たちだ、お前がその人たちの『力』に甘えてるのが、オイラはムカつく……」

「うん」

「しかもそれなのに、使い魔は高位幻想だと? ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ッぅ」

「うん」

「そして今度は精霊術…お前は、お前は召喚士を舐めてんのかっ! オイラの血の滲むような努力を、姿を笑うのかっ!」

「ううん、笑わないぞ」

笑わないし、ポールが俺を嫌ってたとしても俺は多分、今まであんまり話もして来なかったけど……こいつの事好きだ。

自分の中の汚い事を全て吐き出すのはとても辛い事、ポールはちゃんとそれが出来た、それはとても凄い事だし、言ってる事も納得できる。

何せ俺は本来ならこの学園にいるはずのない生徒なんだから、でも2年前のあの出来事のお陰で、俺は今ここにいられるわけで。

そんな間違いでいるような俺を、落ちこぼれと言いながらも迎えてくれるみんなは得難いもので、ポールも無論その中の一人だ。

だから、喧嘩したままは嫌だ。

「じゃあ、ポール、俺にべんきょーを教えてくれ、色々と教えてくれ、そしてポールが納得できる俺になったら、その時は友達になろう」

「…………」

「いいだろ? ほら、俺ってば駄目人間だから、努力する事から教えてくれ、え、えっと、馬鹿にしてるわけじゃないからな、本当にどうやれば良いかわからないからなぁ」

「…………オイラは、初めてお前がクラスに来たとき、驚いた」

ポールが顔を上げる、そこには怒りは無く、負けてしまった事に対する悔しさも既に無い、さらに言えば本心を全て語ってしまった晴れやかさも……それは無表情。

見上げるようにしてその顔を見ながら、人間ってこんな透明な表情が出来るんだなーと変に感心してしまう。

「驚いた?」

「今までのオイラの世界にはいねぇー人間だ、驚きもする、才能も魔力も無いのに、罵られてもヘラヘラしてる、馬鹿にされてもそれを感受する」

「な、何か凄い言われようだな」

横にスッと並ぶ渾沌の頭を撫でてやりながら答える、俺って他人から見たらそんな感じに見えるんだな……精霊たちは俺の後ろでジーッとポールを睨みつけている、俺はそれを手で制してやりながらポールの言葉を聞く。

渾沌は既に危険が無いと認識したのか喉を鳴らしながら額を手の甲に押し付けてくる、甘えてくるのは後でして欲しいんだけど、今真面目な話だから……あう。

我が使い魔ながら、優秀だけど何処か抜けているかも。

「ッ、だから! あの広くても、狭苦しい屋敷の中で、そうやって振舞えずに、『努力』に逃げたオイラには、この学園に努力で逃げ込んだオイラには……眩しく見えたんだっ!」

「ポール?」

「だ、だから! オイラはお前が嫌いだけど! 本当は嫌いじゃねーんだっ! 嫌いじゃねーから、仲直りをしてやるっ! そして、また勝負だっ!」

バッと荒々しく丸太のような手が差し出される、ザラザラに乾燥してささくれ立った手のひら、沢山の本を読んでいる人間特有の、紙に油が取られてしまってザラついてしまった手のひら。

それは努力によって出来るもので、俺には無論無いものだ、何だかそれを見て少しだけ嬉しいような気分になり、握手をする。

ポールは何処か照れくさそうに、俺は何処か誇らしげに、新しい友達”候補”が出来ました……見た目はでっぷりだけど、物凄く努力家さんです。

だから、もっと仲良くなれるように俺も『努力』を少しだけしてみようかと。

『スレインーっ、お話は終わった? もうしても良いー?』

「ん? いいぞー」

若葉の言葉の意味を”内包世界に帰っても良い?”と受け取って適当に返事をする。

『よーし、それじゃあ、みんなやっちゃえーーーー!!』

『『おーーーーーーーーーーーーー!!』』

それが間違いだったのか、正解だったのかは、後々の”ポール”に聞いてください。



「うわぁあああああああああああああ!?」

ポールの体に木の根が絡みつく、ぎゅーと強く絡みついたのを見て『ハムみたいだな』と思ってしまった自分を反省。

ってオイっ!?

「ちょ、わ、わわわ、若葉っ!」

『ウッス! 何だねマイファミリー♪』

俺の呼びかけに対して敬礼をとる若葉、背中の羽をピコピコとして誇らしげに鼻をフフンと鳴らしてる。

何処から突っ込めばよいのか分からずに俺は口をパクパクさせる、渾沌なんかは暢気に欠伸をしているしっ!

「とりあえず、ポールを離してやってくれ!」

『嫌だね、だってスレインの事を苛めてたじゃんー、若葉は家族が苛められて黙ってるほどに良い子ちゃんでは無いんだぞ!』

「もう仲直りしたから! お、おぉ、お前ポールからも魔力吸ってるだろオイっ!」

どんどんと魔力を失って急激に……えっと、痩せてゆくポールを見て俺は怒鳴る、本人は何故か気持ちよさそうな顔をしてるけど……。

このままじゃあ魔力が枯渇して死んでしまう、ハム見たいだなとか暢気な事を考えてる場合じゃない、あれではスライス後のハムだっ!

『うん、それにこいつ、体の中に人じゃない魔力が混ざってる、巨人族の広々としたイメージの魔力、こんな狭苦しい中にあるから……とてもでっぷりしてるんだね、いつか破裂しちゃうよ?』

そう言えばポールの家柄ってアメリカの北部の逸話にある巨人の子孫とか、そんな事を誰かが言ってたのを思い出す。

凄く勝手な事だけど、若葉の言葉からは決して良いものには思えないので、頭の中に一つの提案が浮かぶ。

「だったら、その魔力だけを吸ってやってくれ…それで俺は十分だよ、あんがとな若葉」

『仕方ないなー、本当は全部吸っちゃいたいんだけど、巨人の魔力の残滓だったら木の生長も沢山促すだろうしー、おっけー』

「ふひぃいいいいいいいっっ!?」

ポールの叫び声を聞きながら罪悪感がジワジワと、でもこれからの事を心配してだ、結果よければ全てよし、ごめんポール。

シュウゥウウゥウ、ポールの体から水蒸気のようなものが溢れ出す、その中でニコニコと微笑んでいる若葉に微かに畏怖。

こいつ、案外性格怖いなー………。

『ん、スレイン、人の顔をジーッと見て、なになにー?』

「別に何でもないよ、ポールには悪いけど燻製してるみたいだな、まさにハム」

『くすくす、そーだねー』

やっぱ若葉は怖い娘だ………暫くの間無言のひと時、20秒ぐらいの時間が経過すると煙が徐々に晴れてくる、ケホッ、何か微妙に汗臭い煙だったりする。

若葉は十分に魔力が摂取できたのが嬉しいのか他の精霊たちと手を取り合ってクルクルと回っている、ポールにとっては悪い魔力が地の精霊には良い肥しになるのだから。

不思議なもんだなー。

『それじゃあスレイン、若葉は向こう側に帰るねー♪ 内包世界に帰ったら一緒にあそぼーね?』

「うん、遊ぼう、またなー!」

精霊のみんなが緑色の光を放ちながら俺にじゃれ付いた後にゆっくりと消えてゆく、蛍の死に際を一瞬連想させて、微かに悲しい。

でも内包世界に帰ればまたみんなに会えるし、うん、その時を楽しみにしとこー……それよりも、ぽ、ポールっ!?

「ポール、だいじょーぶか!?」

『タロー、そんなに急いで走ると転ぶぞ、むー』

駆け寄る俺と、自分に先ほどから構ってくれない事に対して不満顔の渾沌。

他の生徒達は精霊の気配に体を硬直させていたが、精霊たちがいなくなると同時に俺たちのほうへと駆け寄ってくる。

本来は敵意を滅多に見せないはずの精霊がアレだけの数で殺気をばら撒いたのだ、召喚士の見習いが体を固まらせるのも無理は無い。

僅かに残った煙をマントでパタパタとして避けながら、眼を細めてポールの巨体を探す、あんだけ大きいんだからすぐに見つかるはずなのに…何処だ!?

もしかして若葉の奴、本当に全部の魔力を吸い出したんじゃあ……不安で荒くなる心臓の鼓動、それを右手で押さえ込むようにして探し回る。

コンッ、足に何かが当たる……下をゆっくりと向くとマントに包まれた何かが、いや、マントに包まれてる時点でポールのはずなんだけど…異様に小さいのだ。

とりあえず、その”何か”を抱き起こす、柔らかい感覚と羽のような軽さに首を傾げる……ポールでは、無い……だったら誰だろう?

「ふうー、けほっ、まったく、何だってんだ……こら、”田中”っ!!お前の仕業だろっ!」

甲高い声、男なのか女なのか分からない中性的なソレに対してどちらか判断できないまま……疑問は深まる。

同じクラスの人間の声は全てわかる、でもこの声には聞き覚えは無いわけで、しかし校庭にいたのはうちのクラスの人間だけ……どーゆ事?

「えーっと、どちらさん?」

「ああん? 少し良い顔した途端にそれかよっ!?」

謎の人物はマントをバサッと鬱陶しそうに捲る……するとそこには見知らぬ女の子の顔、耳までにきっちりと切りそろえた茶色の髪。

細くてフワフワしているタンポポをイメージさせる、触り心地の良さそうなその髪は辺りに充満している水蒸気のせいで元気なく白い肌にぺったりと張り付いている。

同じく茶色をした丸々とした大きな瞳、その上には意思の強さを示すようにして少し太めの眉毛があるのだけど……八の字になっていて困惑気味。

白い肌には僅かなソバカス、顔も少しふくよかな感じで、決して太ってるわけではなくて人をほっとさせるような温かみがあるわけで……誰だろう。

「しかし妙に体が軽いな、つか、オイラを持ち上げるなんて……田中、案外力持ちなんだな、少し見直したぞ」

「はぁー、だって君の言うとおり……軽いし」

ボーディケアやフォルケールとはまた違った美人さん、それを間違いとはいえ抱き上げているわけでして、頬が徐々に熱くなって行く。

無言で名も分からない彼女を下ろす、俺より少し目線が下の少女……自分の体を確認するようにペタペタと己を触っている。

そして動きがピタっと突然に止まる……まるでビデオを見てるときに停止ボタンを押した時のように完全に少女は動きをとめる。

ダクダクと大量の汗が顔に浮き出てくるのを別にしたらの話だけど。

「な、な、なんじゃこりゃーーーーーーーーーーーーーーー!?」

「ふ、ふぁ!?」

ポケーッとしながらそろそろポールを探しに行かないとなぁと考えてた俺は突然の少女の叫びに体をビクッと、な、何だ?

自分の体を高速とも言えるような動きでペタぺタと触りながらどんどんと顔色を悪くさせて行く少女、そして学校規定のカッターシャツをバサッと。

形の良いお臍が見えます、あはは……ははっ?

「うわーっ、な、なんで、ちょ、逆痴漢って奴か!? 俺にはボーディケアって心に決めた人がっー!」

「何をトチ狂ってるんだ田中っ! お、オイラだよ、ポール・バニヤンだっ!」

「そ、そんな戯言はどーでもいいから、お、お臍をだな!」

「戯言じゃねーよこのグズっ!! とりあえず納得しろ、オイラがポール・バニヤンだと、そうしねーともっと見せるぞっ!」

「そ、それは駄目だっ、うん、納得するから、納得するからお臍!」

「う、うん、ならよし」

いそいそと白いカッターシャツを下ろしてお臍を隠す謎の少女改めて…自分がポール・バニヤンだと名乗る少女。

でも、改めて冷静になりつつある思考が告げている……この子はポールだ、だって魔力の性質がまったく同じだし。

興奮からか服の下から光を放っている使い魔との契約の『証』が、先ほどの戦闘の前に見たニュージャージーデビルのものと同一だからだ。

種族が同じでも同一の『証』は絶対に存在しない………み、認めたくない! 俺の安易な考えのせいでポールの男としての人生を奪ったとは。

わ、若葉のバカー、うぅぅぅ。

「…………ポール、ごめんっ! お前がそんな姿になったのは俺の責任なんだっ!」

「はぁー、やっぱりかよ、別に、その」

「お前が女の子になっちゃったのは俺の責任なんだ……うぅ」

「??……いや、オイラは元々、女だぞ」

「ははっ、何を冗談を……そんな自分を納得させるために無理な嘘を付かなくても」

「殴るぞ、オイラは元から女だ…………お前、もしかしてずっとオイラの事をずっと男だと?」

「え、っと、だって制服が……」

「あの体の大きさに合うのは男子用しかねーんだよ……」

「ほ、他にも名前が男の子の……」

「親父が初めての子だからって、ご先祖様の名前をだな……はぁー」

気まずい沈黙、それを打ち消すようにこのような事態になった理由を口早に喋る、そいつはもう全力で。

ポールの体が無駄に”でっぷり”してたのがご先祖様の魔力の残滓のせいだとか、それを精霊の若葉が取ってくれたとか…色々と必死に説明する。

最終的にはポールの本来の姿は恐らく今の姿なんだろうと説明し終えると、彼女はポリポリと頭を掻いて、一言。

「そっか」

何処か安心したような、救われたようなその響きに、俺は地面にポスンっと尻を落とした。



[1442] Re[13]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7
Date: 2011/07/01 13:33
あれから後が大変だった、みんなからの質問の嵐、ポールなんて”ポール”だと認めてもらうまでかなりの時間を必要としたぐらいだ。

精霊に関することやら今のポールの姿に関しては、とりあえずは渾沌の能力の一つだと誤魔化す事に成功、本人は不本意だと言わんばかりに鼻を鳴らしてた。

結束力は無駄に強固な我が召喚科Bクラス、ポールの今までの姿が先祖の巨人族の悪い魔力の影響で、それを”渾沌”が取り除いたと説明するとみんな驚きながらも、喜んでいた……ポールは気恥ずかしそうに怒鳴ってたけど、ちなみに今までポールとチームを組んでいた男子二人は涙を流しながら喜んでいた……オイオイ。

その後もビョルコリトゥン先生が教室に入ってきてポールを他クラスの生徒だと勘違いして追い出そうとしたりと、様々な事があったけど……一日は終わりを迎える。

「じゃあなー、ボーディケア、フォルケール、ポール!」

「んっ、またね、気をつけて帰りなさいよ……ふむふむ」

手に持っている分厚い本から眼を逸らさずに気の無い返事をするボーディケア、真面目な本かと思いきやタイトルは『ザ☆盆栽』

彼女は一年を通してオカルト関連の書物か盆栽の本しか読んでいない気がする、自分の彼女の少し年寄り臭い趣味に苦笑。

幼いがイギリス人特有の彫りの深い顔立ちをしているボーディケアが盆栽に夢中な姿は、何処か滑稽で愛らしい。

ニャル姉も盆栽が趣味だし、案外気が合うかも。

「はい、さよなら」

こちらは簡潔な挨拶、日向ぼっこをしながら銀の癖のある髪を弄りつつ欠伸をしているフォルケール、全身で怠惰を表現している素晴らしいだらけっぷり。

寮に帰ってさっさと寝ればいいのにと思いながらも、机に突っ伏してウトウトしている姿が一枚の美術画のように美しいので何も言い出せない。

一日中あんなにダラダラしていたら脳が腐っちゃいそうだ、眼が合うと欠伸による涙を拭いながらニコッと微笑まれて……はぁー。

「ふんっ」

そして鼻を鳴らしながら教室を出てゆくポール、ちょっとは仲良くなれたと思ったのに中々に難しい、これからゆっくり仲良くなろー♪

ブカブカのマントを引きずりながら出てゆくポールを微笑ましい気持ちで見つめながら心に誓う、質問し足りないのかポールの後を何人かの生徒が追うように続く。

ふふっ、俺にはみんな興味無しか、いいもん、ちょっと悔しいけど色々と質問されるよりは幾らかマシだし、うん。

『タロー、それでは我輩たちも行くか、屋上に行けば良いのか?……背に乗れー』

「うん♪」

よいしょ、跨ると渾沌は嬉しそうに尻尾を揺らす、フワフワとしてるけど、野性味を感じさせる荒々しい毛並みを手で数度撫でる。

初めて一緒に戦って、俺を庇ってくれた体だと思うと、愛しさが芽生えて我慢できなくなりぎゅーと抱きしめる、困った奴だと言わんばかりに渾沌は足早に教室を出る。

「渾沌、んなー」

『い、痛いぞ、ちょ、た、タロー、これっ!』

怒られても離さないわけで、渾沌は困ったような声を上げながらも無理矢理に俺を突き放したりはしない、廊下を歩いている生徒たちのクスクスと笑う声で少し正気に。

いかんいかん、時と場所を選んでじゃれ付かないと、少し変な奴に見えてしまう……渾沌も恥ずかしいだろうし、自重しないと。

『……しかしながら、混在としているのだな”学校”とは、様々な人間に様々な幻想、良くこれだけ集めたものだと関心するぞ我輩は……』

「居心地が悪いか?」

『いや、その反対だな、実に心地よい……だが、あのヴクヴと名乗った鸚鵡の隣には及ばんがな、くくっ』

「違いないな、あっ、ここの階段上ね」

屋上へと続く階段を指差しながら、俺は辺りに誰もいないのを確認した後にもう一度渾沌をぎゅーっと強く抱きしめた、首元に絡みつく俺の両腕。

今度は、優しくな。

『むぅー……』



ザァァァァァァァァ、夕焼けの色に支配されている屋上とゆう名前の狭い世界、オレンジ色の光景はいつもと変わらない。

この時間帯は既に誰の訪れも無く、静けさと風が頬を撫でる感覚に少しだけ物悲しく感じる、何でだろうな?

別に内包世界に帰るのが嫌なわけじゃないけど、暫くの間ボーディケア達と会えなくなるのが純粋に、ちょい悲しい。

「やあ、少年」

そして聞き慣れない女の人の声、少し低めの落ち着いた……この物悲しい夕焼け色に似合う、そんな声に俺はハッとする。

誰もいないと思ってたオレンジ色の光景に、溶け込むようにして存在する一人の少女、柵の上で足を遊ばせながら笑う。

その姿は何度も遠目に見たことがある………生徒会長『ヘルヴォール』この学園に通う者なら誰でも知っている存在。

その異形と言っても良い程の姿は一度見たら決して忘れることは無い、艶やかな黒髪に透けるような白い肌、真っ赤な唇……全身に刻まれた赤い、紅い『証』

白い肌を侵食するように赤く浮き出た文字たちは果てる事無く点滅を繰り返している。

瞳の中にも渦巻く『証』のせいで本来なら黒眼のはずの瞳が赤色に見える……その瞳は逸らさずに俺を見てるわけで、体が強張る、ど、どうして?

どうしてこの場所で、この時間帯に生徒会長が……しかも俺に対して話しかけてくるのだろうか? 理解しろと言う方が無理な話だ。

「あ、え、えっと………」

「まさか、あのままサボって寝ていただけで君に出会えるとは、面倒が省けた、感謝するぞ」

「あっ、はい、どーも」

何だか良くわからないけど感謝されてしまった、実感が湧かないまま返事をする。

夕焼け色よりもなお濃い『赤』を放つ体を億劫そうに揺らしながらピョンと軽々しく地面に降り立つ生徒会長、んーっと気持ち良さそうに体を後ろに反らす。

「私以外にここを訪れる人間がいたとはな、君が『場』の良さを理解できる人間で、非常に嬉しい」

「いや、”帰り道”なんで……つーか、初対面ですよね? 俺たち」

「私の記憶によると、成る程、確かに初対面の部類に入るだろうな」

「部類って……」

独特のテンポに困惑しながら生返事、渾沌はさっさと帰りたいのか尻尾で俺のお尻をペチペチと叩きながら急かしている。

ごめん……俺も早く帰りたいんだけど、疲れたしさ……それでも生徒会長を無視して帰るなんて度胸のある真似は俺には出来ない。

しかも俺を待ってたって言ってたよなぁー、『我が学校に君のような程度の低い人間は相応しくないっ!』とか言われるのだろうか?

そんなに目立つ行動をした覚えは無いんだけど……やっぱ廊下で渾沌に『すきすきー』って抱きついてたのが風紀上の問題とか?

でもあれは使い魔と主のちゃんとしたスキンシップの一部であって……うーーー。

「コロコロと良く表情が変わる……おもしろい子供だな、きみ」

「ふぇ!?」

自分の思考に耽っていたら、突然に少しだけ年上の生徒会長に子供扱いをされてさらに困惑です……いつの間にか眼の前に立ってるし!?

そして体を丸めてくーくーくーと微かな寝息を立てている渾沌、疲れていたのもあるだろうし、さっさと帰りたいとの遠まわしの意思表示。

赤い瞳は問答無用に俺の体をジロジロと見つめる、ゴクリとを唾を飲み込んだ後に視線を彷徨わせる……恥ずかしい……でも生徒会長だから文句も言えない。

ちょうど俺より頭分一つ低い身長なので、微かに首にかかる他人の息遣いに胸に手を当てて、落ち着けー、落ち着けー。

そんな俺の心の葛藤など生徒会長は無視しつつ、ガシッと突然に右腕を掴む、細い腕からは想像できない力強さにビクッと身を振るわせる。

「捲るぞ……ふーん、これが原因か、精霊の刻印持ちとは、赤子の如き魔力を補っても、素晴らしい」

「ちょ、な、何をっ!」

何かに呼応するように光を放つ右腕に刻まれた螺旋文字『グノームの刻印』緑色の光はオレンジ色の世界で頼り無く揺れる……全身が『証』で真っ赤な光を放つ生徒会長と、右腕の『グノームの刻印』から柔らかい緑色の光を放つ俺……暫しの間お互いに無言。

生徒会長だけは何かを吟味するようにペタペタと俺の片腕を興味深そうに触りながらブツブツと何かを呟いている……何を言ってるんだろう?

「心臓に刻まれた使い魔の『証』と右腕の精霊の刻印が中で上手に共存している、こいつは……実におもしろい、成る程、これなら件の出来事も」

まったく理解出来ません、聞き耳を立てて損をした気分になりながら空を見つめる、俺ってば何でこんな所で生徒会長に右腕をペタペタと触られてるんだろう。

黒い髪がサラサラと眼の前で流れるのを見ながら大きく溜息をする、髪にまで細かく刻まれた赤い『証』を夕焼けのようで綺麗だと場にそぐわぬ事を思う。

なー、早く帰ってお風呂に入ってご飯食べて、渾沌のフカフカの体を抱きしめて寝たい……初めての戦いで疲れて、ウトウト……ふぁー。

「私を眼の前に暢気に欠伸とは、些か注意力に欠けているぞ」

「ふぁー、すいません……でも、ねむねむ何です、ごめんなさい、申し訳ありません、ねむー」

「言ってる事が支離滅裂だぞ、よしっ、確認は出来た」

パシッ、軽く俺の右腕を叩いて袖を下げてくれる生徒会長、そう言えば遠くから見たらもっと物静かな人だと思ってたけど、案外喋るんだ。

変なところに感心しながら、生徒会長の肩に髪の毛が……赤い点滅をしながら抜け落ちた一本の黒髪、綺麗だなー、とても縁起が良さそうだ。

貰っても構わないよな?

「これ、貰っても良いですか? えっと、初対面の人に言うような言葉じゃないですけど、あはは」

指で掴んで目の前にかざす、夕焼けよりも濃い赤色の光と、その間にある艶のある美しい黒……夕方の橙と夜の黒の時間が溶け合っているような、綺麗だなぁ。

そんな俺を不思議そうな瞳で、別の言い方をすれば珍動物を見るような感じで見つめる生徒会長、ど、どーしたんだろう?

「……別に構わない、しかしそれを媒体に私を呪おうとしても無駄だからな」

「はっ? いや、普通にこうやって」

長い髪の毛を手早く、クルクルと小指に結び付けて縦と横に何度も何度も……キュッと強く結びつけた後に余った部分を爪を立てて千切る。

何となく勿体無い気持ちになりながらも上手に出来た、髪の毛の指輪、名前は少し不気味だけど赤と黒が螺旋になっていて綺麗だと思う。

こういった事だけが得意なのも困り者だけど、得意げになって生徒会長に『はいっ』と見せてやる、生徒会長は不思議そうに眼を瞬かせてる…何だかフムフムと何度頷いて、関心しているようだ。

「君は手先が器用なのだな、いや、素直に関心した……」

「生徒会長の髪、うん、綺麗だからこうやって貰おうかと、駄目?」

「ああ、別に構わないぞ……それと、敬語が苦手なのか?」

「あっ、ごめんなさい」

「構わん」

みんながしている噂話とかから堅い人だと思ってたけど、どーやらそれは違うみたいだ、何だか少しかーさんに似てるかも。

不器用そうな人だなー、人に勘違いされても本人は気づかないままに我が道を突き進む、そんな感じの人のような気がする。

「しかしながら簡易に祓って置く必要があるな、君が悪用するとは思えないが、気を悪くするなよ……アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ、アフナ・ヴァイリャ」

生徒会長は無表情ながらに何かを呟く、簡易な詠唱とはわかるけど内容まではわからずに首を傾げる……髪の毛から作った指輪からスーッと何かが失われてゆく感覚。

それが主から切り離された生き物の一部特有の『死臭』だと気づく、すげー、授業で習ったような習ってないような……どっちだったかな?

「本当はもっとちゃんとした手順を踏むんだが、君を信用してこれでも十分と判断した、感謝しろよ」

「あっ、う、うん」

「それと君は極端に魔力が低い体質のようだが、せっかく私の髪の毛を指輪の形にしたのだから……随時身に付けておけ、意識して”振る”動作で魔力が供給されるはずだ……元来髪とは魔力の底上げのためのものだからな……そう、私の体から、君の、ここにな」

トントンっと軽く握った拳で心臓の上を叩かれる、それは無償に俺に魔力を提供してくれるといった軽い感じの口約束。

だが、内容はとても重いもので、他人に自分の魔力を上げるだなんて、お金を他人に無償で差し上げるようなものだ……な、何を考えてるんだろう?

「あ、あの」

「ストップ、流石に24時間提供するわけにはいかんぞ? そうだな、君が心の底から己の危機だと思った時に使えば良い」

「でも、俺は生徒会長と初対面で、んー、こーゆうの、図々しいって言うんじゃないか?」

「なぁに、私も君から貰うものがある」

スーッ、俺を横切って出口のほうへと向かってゆく生徒会長、結局は何がしたかったのかさっぱりわからない。

まるで何かの手本のように背筋を立てて、乱れ無い綺麗な足並みで……後姿だけで常人とは違う雰囲気を漂わせて。

何かに気づいたかのように、俺のほうに、立ち止まらないままに振り向く、そして一言。

「気に入ったぞ」

オレンジ色の世界で告げられたその言葉の意味を、俺からこれから後の人生で十分に味わう事になるのだった。

俺とヘルヴォールの、互いに長い付き合いになる存在……そんなお互いを意識した最初の出会い。



……空が燃えてるとはこの事だ、眩い閃光が走ると同時に空が悲鳴を上げる。

敵意のある魔力の充満した生暖かい風、内包世界に帰った瞬間に物凄く嫌な予感、何せその魔力の持ち主たちに覚えがあるのだ。

覚えがあるっつーか、物凄く仲の良い友達って言うか……簡潔に言えば『飛行おに』と『ヴクヴ・カキシュ』が空中で戦っているわけ。

ヴクヴが空にその巨大な羽を広げ絶叫する、七つの属性別の魔力が高速で圧縮され、七つの球体が瞬きもせぬ内に空に生み出される。

『クェッ!』一鳴きすると同時に恐ろしい速度で”飛行おに”に迫る光弾、それに対して飛行おには微動だにせず、避けようともしないで不敵に微笑みつつ迎え撃つ。

危ないと叫ぼうとした瞬間に渾沌が一瞬で人間の姿になって俺を強く抱きしめる、大地が震え、ザワザワと山の頂上にある現世の穴の周辺に生い茂った木々から葉が落ちる。

白い式服を強くギュッと握る、大地を震わせるあまりの衝撃に恐怖が胸の中に芽生える……何で戦ってるんだあいつ等っ!

高位幻想の戦いは人知を遥かに超えている、だからこそ召喚士はその力に魅入られるのだ、でも俺はそんな事より、友達同士が戦っている事が嫌なんだ。

うぅ、どうせあいつ等のことだから力のレベルは置いといて下らない事で喧嘩してるんだろうな、間違いないっ!

「流石じゃなぁ、でも、ワシを沈めるには、ちょい、のぅ?」

黒い豹に跨り、いつもと変わらない無邪気な笑みをする飛行おに、でもその眼を見てすぐに理解する。

人によっては畏怖を覚える真っ赤な、それこそ彼女が愛するルビーのような瞳、その周辺の皮膚が荒々しく膨れ上がり、血管が浮き出ている。

少女の姿には似合わない微かにグロテスクな、血管が切れて血が涙のように頬に流れている、あれは飛行おにが怒った時の証拠だ……こえぇ。

両腕の爪も赤く鋭く伸びているし、一本に括った菫色の髪が空を揺ら揺らと漂っていて獲物を狙う野生動物の尾のようだ。

ニコニコとしながらも、戦いにより乾燥した唇を小さなピンク色の舌が這いずり回り、幻想としての彼女の凶暴性がどんどんと上昇しているのがわかる。

『つよいつよい、オレの攻撃受けて、無傷なんて、すごいことだ!』

「ワシにとってどのような攻撃も、意味を成さんからのぅ」

『不思議なぼうし』を右手で揺らしながら意地の悪い笑みをする飛行おに、あれはどのような物も変質させる事が出来る言葉の通りに不思議なもの。

さらに左手にはカラフルな飴玉が七個、ヴクヴの放った魔力の光弾の数も七つ、これは偶然ではなくて必然の一致、魔力すらも”飴玉”に変質させたのだ。

何でもないように語っているが、人間の常識から、魔法や魔術に対する常識からも大きくかけ離れた事を平然と成している人間の少女の姿をした飛行おに。

姿は人間を模していても彼女は紛れも無く異質な存在なのだと証明している、胸にムカムカと芽生える怒り……ああやって戦っている飛行おには何か嫌だ。

ルビーを世界中を駆け巡って探しながら、失敗して、グスグスと鼻を鳴らしている方がよっぽど良く似合っている、あれは駄目っ!

ムカムカムカムカムカムカ、ヴクヴの奴も”女の子”に対してあんな攻撃をするなんて信じられないぞっ! 叫びたい気分なので叫びとしようっ!

せーの!

「こらーーーーーーーーーーーっ! 二人とも降りて来いっっ!! 俺はとっても怒ってるぞーーーーーーーー!」

「タロー………怒ってるて……はぁー、我が主ながら」

渾沌は俺を抱きしめたまま、大きく溜息を吐いたのだった……何でだよー。



[1442] Re[14]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/03/03 21:44
しゅんとした、落ち込んだ二つの顔がある、片方は黒い帽子を被った赤い瞳の少女、片方は多種多様の色彩を持つ大きな鸚鵡。

この内包世界に置いても力で言うならば上位に食い込むだろう二つの高位幻想、『飛行おに』と『『ヴクヴ・カキシュ』……俺の友達だ。

一人と一匹を睨みつけながら指を立てて説教をする、どちらも居心地悪そうに下を向きながら黙って俺の説教を聞いている、反省中だ。

渾沌はおもしろそうにそんな俺たちを見て尻尾を左右に揺らしながら木の根でウトウトとしている、ヴクヴの混沌とした魔力の放出が心地よいらしい。

「っで、結局は、何が、どーなって喧嘩になったんだ?」

「わ、ワシは悪くないぞっ!……うぅ、そんなに睨み付けるなぁー」

「だって、ヴクヴが誰かに対して喧嘩を売るって考えられないもん、お前が原因だろ?」

ビシッ、少しキツメの口調で言いながら飛行おにを指差す、あたふたと両手を動かしながら視線を彷徨わせる飛行おに、誰もお前を庇ってくれる奴はいないぞー。

中々に認めようとしない飛行おにとは違ってヴクヴはちゃんと反省して落ち込んでいる、どうやら女の子に手を……羽を上げた事に物凄く罪の意識を感じているようだ。

羽を繕いながら『ごめんなさい、ごめんさい』と鳴く姿を愛しく思いながら飛行おにを再度睨みつける、瞳がウルウルしているけど悪い事をしたなら正さないといけない。

それが我が母かーさんの教え!

「どうせ、いつものようにルビーに関する事だろう? 基本的に飛行おにってそれ以外に執着しないし」

「むっ、それは心外じゃ太郎! ワシにだって大事なものは他にあるわいっ!」

プクーッと頬を桃色に染めて膨らます飛行おに、黒いマントをズルズルと引きずりながら俺の周りをクルクルと回る。

その後ろを主に忠実な黒豹が軽い足取りで続く……何だか物凄く微笑ましい光景なんですけど、ヴクヴも巨体を揺さぶりながらそれに続こうとする。

「いや、しなくて良いから、っで、他に大切な物って?」

「うむ、まずはのぅ、この黒豹じゃな……ワシにとっては家族のようなものじゃしー」

『グルルル♪』

嬉しそうに喉を震わせる黒豹、その頭をゆっくり撫でてやりながら成る程と思う、確かに少し俺の発言は失礼だったかもしれない。

飛行おにだってルビー以外の色んなものに執着もすれば大事にもする、人間も幻想も心の在り方はやっぱり大して変わらないのかも。

「それにこの『不思議なぼうし』もお気に入りじゃ!!こいつが無いと色々と厄介じゃー……むー、後はやっぱり」

スーッと白い指が前を指差す、その先を追う必要は無い……何せその先には黒豹の頭を撫でつつ話を黙って聞いている俺がいるのだから。

最初はまた黒豹を指差したのかな? と思ったけど、それはやっぱり違うわけで、お、俺ですか………意味を理解すると同時に頬が微かに染まる。

飛行おにの頬も染まっているわけで、恥ずかしいなら最初からするなよーと、好意を向けられながらも図々しい事を考えてしまう……うぅ。

「ち、ちなみに、ルビーとかとは、違う意味で大事、って事じゃ!」

「り、りょーかい」

気まずい……帽子を深く被って鼻歌をする飛行おにの行動が既に気まずい、ヴクヴは毛繕いをしながらふぁーと欠伸をしてるし……渾沌はそんなヴクヴに引きずられる様に完全に眼を閉じてしまっている、誰も気を使ってくれる奴はいません!

「あー、でさ、何でヴクヴと喧嘩になったんだ? 普段はあんなに仲良しなのに」

俺の友達には沢山の幻想達がいる、内包世界には幻想しか存在しないわけで、その中でずっと生きてきた俺には人間の友達より幻想の友達のほうが遥かに多い。

そんな友達同士の中には勿論『好き』『嫌い』の感情はある、俺はみんなに仲良くしてもらいたいけどみんなにもみんなの事情がある、例えば過去に神話の中で殺しあった間柄とか。

その場合、俺は両方と友達だとしても一緒に遊ぶ事は不可能、いきなり全力で殺しあうからだ……そこが人間の付き合いと違うところ、一緒に遊ぶメンバーを良く吟味して選択しないと山が一つ消えたりするのだから……”喧嘩”のレベルが人間の概念とは大きくかけ離れているのだ、しかもそれを止めるのは俺の役目だし……はぁー。

その中でも比較的に飛行おにとヴクヴは仲が良いほうだ、どちらとも高位幻想である事に間違いは無いが、性格は温厚だし戦いを決して好んだりはしない性質だからだと思う。

「あうー、実に単純な事なんじゃが……ヴクヴの右の羽をよーく見てくれー」

「ん?」

飛行おにの言葉に従って眼を細めてヴクヴの右の羽をジーーッと見つめる、夕焼けの色に染まりつつあるカラフルな巨体の上で何かがキラリと光る。

羽の中に埋もれるようにして何かが赤い光を放っている、夕焼けのオレンジ色の光を受けて濃い赤色の光がキラキラと……皮肉な事に沈み行く夕焼けの色より綺麗だったり。

あー、そーゆう事ね……予想通りの答えに空を煽り見て溜息、現実世界でも内包世界でも何一つ変わらない夕焼けによるオレンジ世界が眼に入る。

「ヴクヴー、その羽の中の……ルビーか?」

『ルビー? わからない、わからない、だけど綺麗っ! オレ、とても気に入った! シパクナーとカブラカンにも自慢するっ!』

鳥は光るものが大好きである、世界創造の頃に『七の鸚鵡』と神々に恐れられたヴクヴも鳥ゆえにキラキラとした光る物が大好きである。

神々の敵対者と言われているが可愛い一面も沢山あるのだ、ちなみにシパクナーとカブラカンとはヴクヴの子供の名前である……実は子持ちなのだ。

シパクナーは『山を創る者』と言われるヴクヴの長男で遊びで山脈を創造するようなすげー奴、カブラカンは『山を覆す者』と言われるヴクヴの次男で遊びで山を覆すようなすげー奴。

二人とも人間の想像なんて容易に超えた”すげー”存在、神々の敵対者と父と同様に恐れられた異形の怪物たち……でも、神様が嫌いでも俺にとっては大好きな奴らだったりするので、不思議なものだなぁ。

「うん、それは良いけど、もしかしてあのルビーを奪おうとして喧嘩したのか?」

「……喧嘩とは言葉が悪いのぅ、ワシは寄越せとヴクヴに要求しただけじゃ……それを良しとせんかったから……しょーぶで決めようと」

「一方的にだろ?」

「うぅ……ち、違うんじゃ……えーと」

どうにか誤魔化そうとしている飛行おにを無視しつつ納得、本当にルビーの事となると見境が無くなるなー、しかし、いつものヴクヴならどんな物でも飛行おにが欲しがったらあげただろうに。

ヴクヴは基本的に食べ物以外はどうでも良い感じだし……でも今回は飛行おににルビーをあげないのは当たり前とも言える、何せルビーは光り物……鳥は光り物がとても大好き、大好きつーか習性だし。

それは神々の敵対者と恐れられたヴクヴにも当てはまるわけだ、だって鸚鵡だもん、つまりは鳥だし……あはは。

「ヴクヴ、そのルビー、何処で手に入れたんだ?」

『これ? これか? これは煙が沢山出てるあの山で拾った、他にも転がってたけど、これが一番気に入った!!』

「な、なぬ!? ほ、他にもルビーが沢山あったのか?」

『うん、ヴクヴ、良い子だから嘘は言わない! キラキラしたの沢山、沢山あったぞ?』

眼をキラキラとさせて鼻息荒くヴクヴに詰め寄る飛行おに、頬が紅潮していて落ち着き無く両手をパタパタとさせて……うん、やっぱり飛行おにはこうじゃないと。

戦っている姿は似合わない、こっちの方がずっと可愛くて素敵だ。

「あの山は、黒豹が暑いのを嫌がるから近寄らんかったが……ルビーがそんなにあるとはのぅ……むー、盲点じゃー!」

「煙が出てるって『灰音山』(はいねやま)の事だろう? あそこって火山だから普通は近寄らないだろうに」

「甘いな太郎、ワシはルビーがあるとわかれば太陽の中ですら調べて見せるぞー、宇宙だろうが深海だろうが問題無し♪」

えっへんと胸を張る飛行おにの頭をポスポスと撫でてやりながら、ふーむ……灰音山か、そう言えば行った事ないなぁ。

火の属性の幻想が沢山いるって聞くけど、とても凶暴で危険だってかーさんに小さい頃から行かないようにと言われてたし……でも。

もしかしたら俺の知らないような幻想が沢山いるのかもしれない、沢山いるって事はその中には俺と友達になってくれるような奴もいるかもしれないわけで。

ムズムズムズムズムズ、決めたっ!

「飛行おにっ! 俺も一緒に行く!」

ピシッ、空気が固まる、飛行おにはニコニコ顔のまま硬直しているしヴクヴは眼を大きく見開いてポカーンと口を開けている。

どーしたんだろう、飛行おにの桃色の頬をムニムニと触りながら反応を待つ………きっちり10秒後に飛行おには”はっ”と短い呼吸をした後に俺を見る。

「だ、駄目じゃっ! あそこはきょーぼうな幻想が沢山いるんじゃ、人間の太郎には!」

「大丈夫だって、うん、理由は無いけど大丈夫!」

『だ、駄目! あそこの幻想とても危ない!! オレからしたら弱いけど、たろーには危険っ!』

「それも大丈夫、なあ、渾沌?」

スヤスヤと眠っている渾沌の毛を数度撫でる、ゆっくりと眼を開けた後に俺の顔を見て、舌で頬をぺロリと舐めてくれる。

生暖かい感触に眼を細めながら、ニコリと微笑む、仕方無さそうに体を持ち上げる渾沌……物凄く眠そうだ。

『どうしたタロー?………ふぁー、すまん、我輩の意思とは別に眠気が襲ってくる、少しばかりだが渾沌としての己の習性が憎らしいぐらいにな』

「別にいいよー、渾沌、明日ぐらいに灰音山って火に関連する幻想が沢山いる場所に行くんだけど、どーやら、きょーぼうらしい」

『ほう、それはそれは、確かに昔から火に関する幻想には、そのような輩が多いと我輩も記憶しているが、ふぁー』

「うん、だから、俺を……情けないけど守ってくれ♪」

『そんな事、別に口にする必要もあるまい……我が主』

にやっと笑って、大きな尻尾で俺をクルクルと巻き込んで……ポスッ、渾沌の体に抱かれるようにして掴まる……俺って抱き枕ですか?

ヴクヴがいなくなるまで渾沌は起きそうに無いし、困り顔で手をパタパタと飛行おにに振る、さよならーーの意味なんだけど飛行おには動かない。

「た、太郎、そーいえば……先ほどから気になってたんじゃが……その大きな犬のような幻想、新しい友達か何かかのぅ?」

こめかみをピクピクとさせて飛行おにが語りかけてくる、何故か物凄くさわやかな笑顔だ……両目の周辺が戦闘時のように赤黒い血管で覆われてゆく。

そう言えば飛行おにには説明してなかったな、ヴクヴと飛行おにが空中から降りて来た時には既に渾沌は丸まって眠りかけていたし、ヴクヴ効果恐るべし!

「ああ、こいつは渾沌、俺の使い魔だっ!」

ピシッ、飛行おにの表情が笑顔のままに固まった……な、何で?



明日一緒に灰音山に行く約束を飛行おにとして別れたわけだけど、最後まで虚ろな瞳で『嘘だもん、嘘だもん』とブツブツと呟いている飛行おにが印象的だった。

何かまずい事でも言ったかな? うーん、渾沌の紹介をしただけだし、明日はいつもの飛行おにに戻ってれば良いけど、少し心配だ。

渾沌が地面を走る軽い衝撃を楽しみながら、ふぁーと欠伸をする、今日は色々な事があって本当に疲れた、でもポールと仲良くなれて本当に良かった。

また、現実世界に行く楽しみが少し増えました!

『タロー、実に気分が良いようだな…………先ほどの少女の幻想は何者だ? 眠気に構って説明を聞けてないのだが?』

「おー、あいつは飛行おにって言ってな、俺の友達の一人で……将来的に俺の使い魔になってくれるって約束してくれたんだけど」

『我輩は許さんよ、タローは我輩だけの主だからな』

フンッ、鼻を不機嫌に鳴らして足を速める渾沌、予想通りの言葉は渾沌の独占欲の、嫉妬のようで……少しだけ頬が緩む。

ザッ、ザッ、ザッ、様々な光景が流れてゆく、夕焼け色だった空は徐々に闇色に染まりつつあるみたいだ、住処に帰る幻想とこれから住処を出る幻想。

その二つが空や地を忙しく駆け回っている、いつもと変わらない内包世界の光景を嬉しく思いながら渾沌の頭を意味も無くポンポンと撫でる。

良い子~~~、良い子~~~、良い子~~~、思いを込めてポスポスポスと軽く叩くように撫でてやる、渾沌は無言のままに喉を鳴らし尻尾を振る。

「渾沌ーー♪」

『タロー、ふむ、悪くない』

もっとしろと強請るように尻尾で頬を撫でられる、俺は苦笑をしながら何度も渾沌の頭を『良い子』する、思えば渾沌は俺に出会うまで誰にもこんな事をされた事が無いんだなぁ。

それは物凄く寂しい事で悲しい事、だから今まで渾沌が欲しかったものを俺はあげたいわけで……ずっと一緒にいたい理由、俺は渾沌にぞっこんだ。

徐々に見えてくる真っ白い建物を見つめながらそんな事を思う、ん、尻尾が耳をくすぐって……やめろー。

「なー、くすぐったいぞー、や、やめろ!」

『ふふっ、そう言われるとやめたくなくなるなぁー、我輩の主殿はここが弱いのかな?』

「ひゃ、ひゃはははは、ちょ、やめー!」

屋敷の前にトンッと、軽い音をたてながら止まる渾沌の身軽な体、その上で笑いを堪えてポンポンと渾沌の頭を叩く俺……だ、駄目っ。

自分がこんなに耳が弱い事実に驚きながら我慢が出来なくなり声を上げる、あははははははははは。

「ふぁ、あは、あははは」

『可愛い声で鳴きおって、ふふっ』

満足したのか尻尾を耳からススーッとゆっくり離す渾沌、俺は笑いの余韻に息を荒くしながら呼吸を整える……ふぅ。

尻尾が体に巻きつき地面にストッと優しく降ろしてくれる、それと同時にポンっと破裂音、人型に変化した渾沌は何度か確認するように手を動かす。

ぐーぱーぐーぱー、赤色の切れ長の瞳はそれを満足げに見下ろして『ふむ』と頷く、肩までキッチリと切り揃えた橙色の髪を揺らしながら俺の方へと……白い式服と無邪気な純白な表情。

赤と白で構成された渾沌は俺をポフッと抱きしめる……俺のほうが頭一つ分背が高いわけだから、何だか微妙な感じになるのはどうしようもない。

心臓の上に刻まれた渾沌との契約の『証』が熱を持ったように疼く、ポリポリと頬を掻きながら渾沌を持ち上げる……いつもとは逆だなー。

羽のように軽いとは良く言ったもので、渾沌の体は抱きしめたら折れそうで、ポカポカと暖かくて、獣の姿のときと同じ優しい匂いがした。

「ただいま渾沌、今日は色々とあんがとな」

「おかえりタロー、しかしながら人間の体とは常々思うが不便なものだな、勝手が違いすぎる」

そうなのかな? でも俺は人間以外の体にはなった事がないのでどのように不便なのかが理解出来ない。

抱きしめた渾沌の暖かさを楽しみながら家のドアをゆっくりと開ける、軋む様な音をあげながら黒塗りのドアが徐々に開いてゆく。

渾沌を抱きしめたままドアを開けるのは思ったより苦労するけど、ぎゅーっと抱きしめてニコニコと微笑む渾沌に今更どいてとは言えない。

片足を隙間に突っ込んで勢いをつけてドアを一気に開ける………何だか行儀が悪いが仕方が無いな、うん。

「ただいまー!」

「た、ただいま」

すっかり慣れた俺の言葉と、まだ何処と無く戸惑いの感じられる渾沌の言葉、ずり落ちそうになる渾沌をよいしょっと再度抱き上げる。

しかし返事は無く、シーンとした静まりが俺たちを迎えるだけ、誰もいないのかな?……渾沌の赤色の、木製の尖がり靴を脱がせながら首を傾げる。

白くて小さな足ををぐーぱーぐーぱしながらまたもや『ふむふむ』と頷く渾沌、どうやら色々と確認したいお年頃らしい。

「かーさんがいないとは、これまた珍しい」

我が家は基本的にみんな自由に過ごしている、自由に過ごすとはつまりそれぞれ気ままに生きているって事だ。

だから何処かに出かけたまま暫く帰って来なくても別に咎められることは無い……俺はかーさんやみんなにこっ酷く怒られるけど。

そのこっ酷く怒るかーさんがいないのは本当に珍しい事、グラーキ達にご飯でもあげているのかなぁー、むー。

きょろきょろと渾沌を抱きしめたまま居間を見回す、いつもの整然とされた空間がそこにあるだけで白い少女の姿は見えない。

何となく物足りない気分になって『でふでふ~~~』と鼻歌をしながら部屋を意味も無く歩き回る……でふでふ~ってな。

「太郎、渾沌ちゃん、お帰りでふ」

ガタッ、ソファーの後ろからポスッとモグラの様に突然に顔を出すかーさんに一瞬ビクッとしてしまう、瞳を閉じたままに無感情に……いつものかーさん……いつものかーさんだけど白い肌がホコリに塗れていて汚れていたりする、白く長い髪も同じようにホコリ塗れに……お掃除中だったのか。

「かーさん、ほら」

渾沌をソファーにおろして、かーさんの白い肌を手で拭ってやる、ホコリが僅かに飛び散ってしまう……コホッと咳き込みながらかーさんは無表情に俺の頬を撫でるんだけど……いや、撫でられたいわけではないです。

手で拭ったホコリをかーさんに見せてあげる、両目を瞑ってるけど確かに『見えている』わけで、ホコリを指差した後に自分を指差しながら首を小さく傾げる。

「そっ、かーさんに付いてたよ、掃除に夢中になるのは良いけどかーさんが汚れちゃったら意味ないと思う」

「でふ、むちゅーになりすぎて気づかなかったでふ……お掃除もでふけど、ボクルグちゃんが迷子になったでふ」

「迷子……って、家の中で?」

「でふ、行方不明でふ」

ボクルグ、言われてみればここ数ヶ月会ってないような気がする、たまにお風呂に背びれが浮かんでいるのを見て生存を確認するのだが。

ここ最近はお風呂ですら会わないなぁ、マイペースを極めつつあるあいつの事だからこの家の何処かでのんびりと生きているだろう。

でも、やっぱり少しだけ心配になる、ど、何処かで餓死とかしてないだろうな?

「うーん、俺も探してみようか、どうせ何処かの隙間にいるだろうし」

旧支配者の一柱にしてイグアナとかワニっぽい姿をしてるボクルグは狭いところや暗いところを非常に好む。

幼い頃かくれんぼをした思い出には自分が鬼になった時にボクルグを見つけれた記憶は無い程だ、それ程までに意外な所に隠れるのだ。

まあ、本人は隠れるつもりは無くて単純に落ち着く場所に身を潜めてるのだろうけど、家族からしたら物凄く性質の悪い習性の持ち主なのだ!

「ボクルグーーーー?」

名前を呼びながら色々な隙間を探し回る、何となくいそうだと思う場所に適当に眼を通す、かーさんは諦めたらしくエプロンをした後にフワフワと浮かびながら台所の方に消えてゆく。

かーさんに無言で『ボクルグ捜索隊』の隊長を任された俺、渾沌は構ってほしそうに俺を見ているけど……まあ、今日は疲れただろうから休んでろー。

さーて、ご飯が出来るまで探し回るとしますか!



何だかんだで30分も経過したわけだけど、何処にもボクルグの姿は見当たらない……い、家出か?

少しずつ大きくなる不安を誤魔化すように忙しく部屋を駆け巡る、大体の場所は調べたような気がするけど。

ガチャ、残るはここだけ、って言っても俺の部屋なわけですよ……いるわけないよなぁ。

ポフッとベッドに飛びついてふぁーと欠伸をする、うーん、迷子って、冗談では無くなって来たぞ、うん?

ベッドの下から尻尾が……出てる、深い緑色をした尻尾、太い尻尾は微動だにせず横たわってるだけ、その上で剃刀のような光沢をした背びれが光る。

何処かホッとしたような、そして心配させた事に対する僅かな苛立ち、それを全て含んだ『仕方ない奴だなー』って呆れた気持ち……ムンギュっと尻尾を掴んでズルズルと引きずり出す。

「んあー、むーに」

良くわからない言葉を吐きながら両手を動かしてベッドの下に戻ろうとするボクルグ、逃がさないようにしっかりと掴んで再度力を込める。

観念したのか急にフッとボクルグの小柄な体から力が抜ける、それに合わせて一気に引きずり出す……ズルズルと音をたてながら一人の少女が姿を現す、ったく。

「おはようボクルグ!」

「がーう、眠い、ねむー、はなすのだー、噛むぞ!」

縦長の黄金の瞳が俺を睨みつける、青白い独特の色をした髪を三つ編みにしているボクルグ、ここ最近はお風呂に入っていないのか少し褪せているようだ。

人間で言うならば4~5歳の姿をしているのだが、適当に着込んだサイズの合わない黒いシャツが俺のだったりして僅かなショック……うぅ、お気に入りだったのにボロボロだ。

下には何も履いてない様だけど黒シャツだけで十分に全身を覆っているので問題は無いだろう、でも、背中の部分から服を切り裂いてはみ出している背びれに問題は大有りだ……穴だらけ。

人間と同じ肌の部分の所々に緑色の鱗が存在を証明するように鈍い光を放っていて、彼女が人間の子供では無い事を証明している、そして同じように不機嫌に蠢いている小さな体とは明らかに不揃いな巨大な大型爬虫類の尻尾。

己の体と下手をすれば同じ面積を持つそれを乱雑に動かしながら不機嫌に俺を見つめる縦長の金色の瞳、まだ寝ぼけているのか……はぁー。

「おりゃ!」

「がうっ!?」

ポカッ、頭を軽く叩いてやる、心配を沢山させて……その言い様は無いだろっ!

「もう一度、おはようボクルグ」

「あ、頭が割れるように痛いがうー………爬虫類に対する侮辱だ、虐めだ………つーわけで、現実を無視しつつ、逃避の世界へー」

ブツブツと文句を言いながらベッドの下へ逃げ込もうとするボクルグの首根っこを掴む、細くて白いそこに問答無用に力を込める。

大丈夫、見た目は子供だけど立派に旧支配者だから♪

「いたたたっ!? はっ、此処は何処ガウッ!?」

「三度目のおはようだな、うん、起きたか?」

「んー、タロタロじゃん、どうしたガウ? 我が身は眠りを求めてるガウ、簡潔に言えば寝かせてください」

「まだ寝るのかよ……だーめ、久しぶりに一緒にご飯食べようー!」

「爬虫類の意見は無視ガウ……」

よいしょっとボクルグを肩に乗せる、反抗するのも面倒なのか黙って俺の肩に……本人の言葉通りひんやりとした感覚。

幼い頃から慣れ親しんだ冷たさ、暑いときはずっとボクルグに抱きついて寝てた気がする……ひんやりして大変に気持ちが良いです、はい。

「行くぞー♪」

「ガウガウ」

……鋭く尖った牙が肩にカミカミと食い込む感覚も慣れ親しんだものだった。



[1442] Re[15]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/03/12 10:16
待ち合わせ場所で欠伸をする、渾沌は蝶を追いかけ回りながら尻尾を振っている……和むなぁ。

ポカポカと照りつける太陽の日差しに目を細めながらウトウトとする、大きな木にもたれ掛かり再度の欠伸。

待ち合わせ場所は『灰音山』の入り口の近くにある開けた草原の真ん中で一本だけ己の姿を誇示している大きな木の下、非常に分かりやすい。

だけど待ち合わせ時間より10分ほど早く着いてしまったので、こうやって渾沌とのんびりと時間が経過するのを過ごしているのだ。

「渾沌ーーー、そうやってるとワンワンだなー!」

『むっ、失礼だぞタロー、これは一種の習性だ!』

少しムッとした感じの渾沌の言葉には僅かに愉悦の色が混じっていて、成る程、蝶を追いかけるのがそんなに楽しいんだ。

渾沌の大きな体躯が鮮やかに宙を舞う度に蝶達は驚いたように空高く上昇する、それを求めてさらに高くジャンプする渾沌……結構楽しそう。

俺も蝶でも追い掛け回して遊ぼうかなー、そんな事をポカポカの日差しにやられた頭で考えながら空を見上げていると、黒い天のようなものが徐々にこちらに近づいて来ている事に気づく、飛行おにーーー♪

「渾沌、飛行おに来たから戻っておいで!」

『了解だタロー』

軽やかにトンッと地面を蹴って俺の前に舞い戻ってくる渾沌、その跳躍力は凄まじく草花が衝撃で揺さぶられる程なのだけど……ケホッ。

当然ながら砂も舞ってしまうので、喉と眼に砂が入ってしまって少し痛い……渾沌は申し訳無さそうに俺の瞳を一舐め、小さな砂利を器用に舐め取る。

ペロッと瞳が舐められる感覚は背筋がゾゾーッとして気持ち良いのか気持ち悪いのか判断に悩むところだ、あうー。

『すまぬなタロー、だいじょーぶか?』

「んー、あ、あんがと」

顔をゴシゴシと服の裾で拭って渾沌にお礼をする……そんな俺たちの様子を笑うようにクスクスと木の上から笑い声が聞こえる。

何かなと思って見上げると木の枝に人間の女性の顔に鳥の体をした幻想達が何匹も羽を繕いながら笑っている……歌うような綺麗な笑い声に驚きながら彼女たちに手を振る。

ギリシャ神話の『セイレン』だ、俺の家の周辺にはいない種族なので初めて出会う幻想だ……へー、群れで休んでるんだ。

「はじめましてー、それでもっておはようー、何がそんなにおかしいんだ?」

『クスクスクス、ぼうやの行動がネ、幼くて可愛らしいってみんなで微笑ましく思ってただケ、気を悪くしたならごめんなさイ』

リーダーなのかな? 少し癖のある蜂蜜色の髪をしたセイレンが代表のように答えてくれる、他のみんなもウンウンと頷きながら笑っている。

可愛いと言われて頬が赤くなる俺を見てさらにクスクスと笑い出すセイレンの皆さん……渾沌はそんな困っている俺を見ておもしろそうに口元を歪めている。

「か、可愛いって……みんなはこんな所で何をしてるんだ?」

……誤魔化すように話題を変えてみる、俺にしてはかなりの高等テクニック、最近現実世界で人間と触れ合ってるうちに身に着けた最新スキルだ。

”人間”のみんなは日頃からこうやって本心を隠すのがとても上手いのだ……不思議だなぁ。

『私たチ? 私たちは内包世界の『アンテモッサ』を探して旅をしてるノ、ここの草原も暫く暮らしてみたけド、残念ながら違うわネ』

「アンテモッサ……」

かつてセイレン達の住まうとされたアンテモッサ島、花咲き乱れる島の意味を持つその名前………むかーしに絵本で読んだ時に憧れた覚えがある。

それと同時に夜に一人でトイレに行けなくなった嫌な思い出も、だってセイレンの美しい歌の虜になった者は死ぬまでその歌に魅了され続けてやがては白骨になって死ぬと書いてたわけで、アンテモッサ島の周辺の海岸にはそんな人間の白骨が何層にも山積みになっているとも、憧れると同時に恐怖を覚えた何とも不思議な島の名前。

「そこを探して、ずっと旅をしてるのか?」

『そうだネ、懐かしさに捕らわれテ……それでモ、この内包世界にはあらゆるものがあル、だったら探すのも一興だと思うわけネ』

内包世界に住まう幻想達の中には時折、現実世界での己の住処だった場所と酷似した環境を探し回るものも多くいるらしい、このセイレンもそうらしい。

そうだよなー、自分の暮らしていた場所が恋しいんだ……何か力になれないだろうか?………むっ、そうだ!

「だったら東の池の畔の近くの洞窟に住む白沢ってオッサンを訪ねて見てくれ、多分アンテモッサ島と同じような場所を知ってると思う」

のっぺりとした顔をしたオッサンの顔を思い浮かべる、あの人はこの内包世界の事に詳しいから恐らくアンテモッサ島のような場所も知ってるだろう。

俺の助言を聞いて『おおー!』と唸った後に羽をバサバサとさせて宙に浮き始めるセイレン達。

『私たちも白沢を探してタ、でも住処がわからずに悩んでいたところなのヨ! 場所がわかったならジッとしていられないワ!』

「おー、それは良かったな、もし道がわからなくなったら池の中に俺の友達がいるからそいつに聞いてくれ、大きな蛇さんだ!」

『むむっ、私たちを食べはしないかしラ?』

「だいじょーぶ、紳士だから女の子には手を上げないよ、それじゃあなセイレンのみんな!」

『ありがとうネ、新しいアンテモッサ島が見つかったら是非とも貴方を招待したいワ、お名前ハ?』

「田中太郎って、ありがちな名前です!」

『タナカタロウ、良い名前ネ、それじゃア! またネ!』

俺が手を振ると器用に羽を動かしながら別れの挨拶をしてくれるセイレン達、ピィーピィーと鳥のような甲高い鳴き声をしながら旋回する。

暫くした後に東の空の方向にゆっくりと連なって消えてゆく……それに入れ替わるように飛行おにが空から降りてくる……訝しげにセイレン達の飛んでいった方向を見つめ。

赤い瞳をパチクリとさせた後に口を開く……心底不思議そうに。

「えーっと、あの幻想たちと何をしてたんじゃ?」

「人助けつーか、鳥助け?」

俺の言葉に飛行おにはさらに不思議そうに首を傾げ、渾沌は喉を震わせながらいつまでも笑っていた……な、なんだよー。

本当の事を正直に言っただけだよな?



「えーと、昨日ずっと悩み続けた結果! ワシは貴様を太郎の使い魔とは認めんぞっ!」

ビシッ、人型になった渾沌を指差しながら声を荒げる飛行おに、場所は『灰音山』の入り口の手前……突然の宣言に渾沌は眼を瞬かせる。

自分を指差した後に俺のほうを見つめ……形の良い眉が八の字に、困り顔である……でも、実は俺も困っていたりするのだが、飛行おにの言葉の意味が理解出来ない。

とりあえずの疑問は『どうして認めてくれないか?』の一言に尽きる、何だかプンプンと怒ってる飛行おにには聞き難い状況だったりする。

「認めないって、実際に渾沌は既に俺の使い魔だし」

「うがー、それが駄目なんじゃ、こんな犬よりワシの方が太郎の使い魔に向いてると言ってるんじゃ!」

どうやら渾沌が使い魔である事が気に食わないのではなくて、俺が飛行おにより渾沌を選んで使い魔にした事実を認めたくないらしい。

客観的にそう判断した後に、さて、問題の解決策はあるのだろうかと思案………うぅー、難しい事を色々と考えると頭が物凄く痛くなります。

渾沌は別に何も堪えた様子は無く、飛行おにを冷たい瞳で見下ろしている……もしかして、渾沌も飛行おにの事があまり気に食わないとか?

歩を進めながら、この微妙な空気をどうやって打開しようかと頭を悩ませても、さっぱり何も浮かんでこない、つーか、これってもしかして俺の責任?

飛行おにを使い魔にするって約束をしたのも俺だし、渾沌を使い魔に選んだのも俺……なーる、自分の迂闊さに関心をする程だ、この日のこの状況になるまで理解してなかった俺。

あはははははははははははは、はは……ははは……飛行おにを使い魔にすると渾沌が怒る、でも使い魔にしないと飛行おにの機嫌は戻らない、最悪の状況。

「我輩がタローの使い魔としては完璧だと思うのだが、貴方は見た所、我輩と同列の高位幻想のようだが……契約による魔力供給に置いてタローの赤子のような魔力保有量で耐えられると? タローを干乾びさせて殺したいなら話は別だが、それは迂闊すぎやしないか?」

「ならば、己の魔力だけで力を行使するんのじゃが?……生憎と我輩の力の根底は『不思議なぼうし』による存在変換、太郎を守るのに魔力はいらないのじゃがのぅ」

「しかしながら、もしもの場合、例えば己より高位の幻想との戦闘時に肉体のポテンシャル向上に魔力は割り切れないだろうに……」

「細かい事を一々うっさい奴じゃのぅ……幻想としての程度が知れておる」

「ほざけ、幻想を語るならばその身に歴史の重みを積んでから語ることをお勧めする、我輩のように原初より生きている幻想のようにな」

「それはお断りじゃな、何せ、そのような存在では幻想なのかどうかすらわからぬ『あやふや』ものとなってしまうからのぅ、くくっ、図星じゃな?」

「その『あやふや』だからこそ魔力では無くて混沌の性質を持っていられるのだが、タローもだからこそ我輩をパートナーに選んでくれた、高位である貴方こそ一流の召喚士の呼び掛けに応じたら如何かな?」

「ワシが使い魔になるなら太郎だけと決めておる! 誰が好き好んで人間の支配下などに置かれるか!」

「その言い方ではタローが人間であることを否定しているみたいだぞ、くくっ」

………会話にとても割り込めそうに無い、とりあえずああやってじゃれている内に仲良くなるかもしれないからほって置こう。

誰が造ったかもわからない道を進みながら溜息、飛行おにの相棒の黒豹も何処か疲れたような顔をして黙って歩いている……はぁー。

どんな理屈かはわからないけどこの山の木々は葉を持たずに、代わりに赤く燃え盛る火の粉でその身を彩っている……不思議と熱くない。

「なあなあ、この木って何なんだ?……燃えてるけど燃えてないって感じで、不思議だー」

大きな石ころで構成された道を歩みながら渾沌に問いかけてみる、砂利とは違って迂闊に歩いてると派手に転んでしまいそうだ。

不揃いな石ころと燃え盛る木々の間を行きながら現実の世界の人間がこの光景を見たら驚くんだろうなーとか暢気な事を考えてしまう。

「ああ、これは不尽木(ふじんぼく)って言ってな、我輩の住んでいた当時には良く火山などで眼にしていたが……内包世界にもあるとはな…タロー見てろ」

何を思い立ったのかトコトコと一本の不尽木の方に足を進める渾沌、それを不思議そうに見つめる俺と飛行おに、何なんだろう?

渾沌は木の根に自然に出来たであろう空洞の部分をじっくりと丁寧に見つめた後に、何を思ったのかそこに白い腕をムンギュっと突っ込む。

「こ、渾沌?」

「タロー、まあ、見てろ……んー、感が鈍ったかな?……っと」

してやったり、唇を吊り上げて一気に穴の中から腕を引っこ抜く渾沌、『キィーキィー!!』と耳障りな声が一斉に外に漏れる。

その発生源は勿論ながら渾沌の右腕、微かに土に汚れたそこには見たことも無いような大きな鼠が声を上げながら逃げようともがいている。

鼠の奇声を煩わしそうにしながらも『どうだ!』と言わんばかりに胸を張っている渾沌、とりあえずは両手をパチパチと拍手、何故か飛行おにもそれに倣って拍手。

二人で拍手をしながらも心の中で思う……あの鼠は一体なんなのだろうか? わからないままに拍手する俺たちも考え物だよな、うん。

「ところでさ、その鼠さんって何?」

「むー、声がかなりうっさいのぅ、どーでも良いがそれは何じゃ?」

「何だ、わからないままに拍手してたのか………こいつは火光獣(かこうじゅう)……火鼠(かそ)って言ったほうがわかりやすいかな?」

その響きには覚えがあるが中々に思い出せない、白い毛をしたそいつはバタバタと両足を動かして逃げようと必死だ、しかし渾沌がしっかり首元を掴んでるので逃げる事は不可能っぽいぞ。

鼠と言うよりは大型のげっ歯類の姿に近い事に気づく、何処と無く憎めないその顔を見て可哀相に思えてくる……急に巣から引っこ抜かれたらそりゃ驚くよなぁ。

「こいつの毛は不思議な事に炎の中でも決して燃えなくてな、昔は仙人達が宝貝(ぱおぺい)の材料にと探し回っていたなぁ……もう絶滅したと思っていたが、懐かしいな」

説明を終えて飽きたのか、ポイッと地面に放り投げる渾沌、体を丸めてポンポンと地面を鞠のように転げまわる火鼠、すぐさまに姿勢を整えて巣穴のほうへと駆けて行く。

結構肥えている火鼠だったので己の巣穴に戻るのも一苦労だ、必死に体を巣穴に押し込もうとしているが……苦笑して可愛らしいお尻を優しく手で一押しして上げる……スポンッ。

巣穴に体が入れられて安心したのか、ヒョコッと警戒もしないまま顔を巣穴から出す火鼠、丸々とした黒い瞳と眼が合う、か、可愛い。

「ほらー、ビスケットあげるぞー」

『キュー』

先ほどの悲鳴のような鳴き声ではなく、短く鳴いて不思議そうに外の様子を見つめている火鼠、その眼の前にポケットからビスケットを取り出して置いてあげる。

かーさんが三時のおやつにと渡してくれたものだけど、別に惜しむ様なものでもないしな……スンスンと鼻を鳴らしている火鼠。

「よーし、それじゃあ行くか」

俺たちを警戒して食べない事に気づき、渾沌と飛行おにと一緒にゆっくりとその場を去る、悪い事したなーと少しだけ反省。

渾沌は自分と同じ国の幻想に会えたことが少しだけ嬉しそうだ、パンパンと式服に付いた汚れを手で叩いてやる。

へへっと子供のような無邪気な笑みをする渾沌を見て仕方ないなーと嘆息、いつもは大人っぽい渾沌の新しい一面が見れたので良いかな?

「むー」

そんな俺たちを黒豹の上で不満そうに見つめている飛行おにだった……わ、忘れてた。



凶暴な幻想が沢山居ると言ってた割には遭遇しない、どうやら高位幻想の飛行おにと渾沌の気配に身を潜めているようだ。

俺一人だけで来てたら恐らく今頃は焼死体になってるんだろうなー、渾沌と飛行おにに感謝しつつ頂上の方へと足をどんどん進めてゆく。

急な坂は無く平らな道が徐々に高度を上げてゆく独特の道、一見すると楽なようだが実際に歩いてみると少しずつ確実に疲れが溜まって行くのがわかる。

渾沌にお願いして自分の足で登りたいと言ったんだけど、うぅ、そんな事を言わないで最初から頼んで置けば良かったなぁ……情けないぞ俺。

自分の不甲斐なさを嘆いていると耳元に『ギョウ!』と奇怪な単語が入ってくる、野太い男の声で『ギョウ!』自分の知らない幻想と会う事が今回の目的の俺はワクワクしながら顔を上げる。

周辺を見回して鳴き声の位置を……そんな俺を仕方ないなといった感じで見つめた後に飛行おにも渾沌も周囲をキョロキョロと見回す、俺に合わせて探してくれるらしい……幻想が幻想を探すなんて少し変かも?

愉快な気持ちになって俺もさらに眼を擦り上げて辺りをじっくりと、何処だろう?

「太郎、あそこの木の上におる奴がそうじゃな、はて、梟(ふくろう)のようじゃが……か、顔は凄まじいの」

「う、うん、我輩も思う……凄まじいと言うか……」

「濃いな、白沢のオッサンと同レベルだ!」

「「そうだな」」

白沢のオッサンと俺を通して面識のある飛行おにと過去に幾度か会った事のあるらしい渾沌は頬をピクピクと痙攣させながら頷く。

俺たちの視線の先には梟の体に人の顔をした生物が『ギョウ!』と鳴きながらタラコのように分厚い唇を窄めて必死の形相で鳴いている。

同じ説明である程度は事足りる先ほど出会ったセイレンとはまったくの正反対だ、声は枯れてしまい耳障りだし、顔は一つ一つのパーツが無駄にでかい。

特に顔の全体の4分の一を占めている大きな脂ぎった鼻が印象的だ…そして眼はおでこに二つ、その下に二つと計4個も顔に張り付いている。

頭部の部分にはセイレンのような美しい髪は無く鳥の頭があるだけ……そこだけは梟のソレなのだから冗談のようだ、耳をピクピクと動かす様子も愛らしいと言うよりは不気味の一言。

あ、あの幻想は何なんだろう……俺の知識には無いので困ったように渾沌に瞳を向ける。

「あれはギョウだな、あ、あそこまで濃い顔の固体も珍しいが、こいつも先ほどの火鼠と同じく炎を好む幻想でな、昔は令丘(れいきゅう)の山に住んでいたらしいが、最古の地理書『山海経』の南山経(なんざんきょう)の中で取り上げられてからは……その、こいつが出現すると国が干ばつに襲われると書かれててな……出会う事が既に運が悪いと言うか……」

「詳しいのぅ、つーか、あの顔を見ただけで十分に不運と思うのはワシだけか?」

「うわっ、飛行おに、大きな声で言うなって! 無茶苦茶睨んできてるぞ……うっ、駄目だ、睨んだ顔も凄まじい」

鳥の体に中年の男性の顔をした存在、思ったよりその威力は凄まじい…あれで木の実とか咥えて食べたりするんだろうか? 嘴の代わりにあの太いタラコ唇で?……まさかな。

だが例えば、例えばもしあのギョウが泉か何かで水を飲もうと水面に顔を近づけるとする、勿論ながら手は無いので水をすくい上げる事は不可能、直接顔を近づけて飲むしか無い。

じゅるじゅるじゅると水を音をたてながら飲むギョウ、間違ってあの大きな鼻の穴に水が入ってしまって苦しむギョウ、群れを成して空を飛び回るギョウ………セイレンのように木の枝で群れをなして同属で戯れながら休みを取るギョウ、駄目だ……どんなにプラスに考えても不気味の一言しか浮かんでこない、しかも『ギョウ!』しか言わないし。

「ふーむ、だったら、ほれ!」

ポイッと帽子を宙に投げる飛行おに、クルクルと弧を描きながらギョウの方へと飛んでゆく、一向に怯えた様子も無く迫りくる黒い帽子を睨みつけるギョウ。

何となくその姿に漢の生き様を感じつつ黙って見守る、だって顔が男の俺から見ても無茶苦茶精悍なんだもん、働き盛りの38歳って感じがする……そしてスポッと帽子がギョウの全身を包み込んでしまう。

「いーち、にーい、さーん、ほいっ!」

手元にフワフワと浮きながら戻ってきた『不思議なぼうし』を小さな手でポンポンと三回叩く飛行おに、数え終わると同時に帽子を逆さまに。

コロリと中から転げ落ちてきたのは一匹の火鼠、先ほどの奴とは違って少し痩せ気味にも思える……ギョウが火鼠になってしまいました……すげー。

不思議そうに己の体を見下ろす元ギョウの体を掴んで、ポイっと先ほど火鼠の棲家があった方向へと思いっきり投げる飛行おに、両手をパンパンとさせながら微笑む。

「問題は何も無し、じゃな?」

「うぅー、微妙に酷いような気がするけど……」

「タロー、こいつは使い魔にしない方がいいぞ……これは独占欲などは関係なく、忠告だな」

渾沌の言葉に少しだけ納得した俺だった、頂上に着くまでもっと色々ありそうだなぁ……少しだけ気が重いぞー。

飛行おにが鼻歌を歌いながら「ほめてー」と言ってくる姿を見てさらに気が重くなる俺だった。



[1442] Re[16]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/05/12 16:07
頂上が近づくにつれて景色が殺風景なものに変わってきた、ゴツゴツとした大小の石たちが地面に寝転がっているだけだ。

何だか寂しい光景だ…………俺の前を行く二匹の幻想は無言のままに足を前へと進めている。

「何だか殺風景になって来たよなぁ、いや、最初から殺風景だけどさ」

「うむぅ……確かに、しかしワシ達はルビーを探しにこの地に訪れたわけだしのぅ」

飛行おには瞳を注意深く細めて辺りをじっくりと見回しながら言葉を返す、どうやらルビーが落ちてないか探しているらしい。

確かに頂上には近づいてきたけど、こんな中途半端な場所で見つかったらそれもそれで何か虚しいような気がする。

どうせ見つけるならもっと、何て言うか、お宝が隠されているような洞窟のような場所で見つけたいわけで、うーん。

「タロー、我輩の背に跨れ、視点が変われば少しは新鮮味も出てくるだろう」

ポンッ、慣れ親しんだ破裂音と同時に渾沌の姿が白い煙に包まれる、式服を纏った凛々しい少女の姿がその煙に溶ける様に曖昧に。

新たな形を刹那に構成される有り様を俺は眺めながら一欠伸、眼を擦りながら体に纏わりつく柔らかい尾の感触を味わう。

そして瞳を開ければそこは渾沌の背の上であるわけで、慣れない山歩きに凝り固まった俺の体を解すように尻尾が緩く締め付けてくる渾沌。

「うん、ありがとー」

『しかしながらタロー、本当に退屈な理由は景色では無くて、新たな幻想に出会えないことだろう、違うか?』

「うーっ、だって渾沌と飛行おにが殺気をばら撒いてるからみんな怖がって出てこれないんだろう?」

『タロー、我輩たちがそのようにしないと、人間であるお前はこの山に住む様々な幻想に狙われるんだぞ?』

渾沌の言葉は正しい、正しいだけに反論のしようもない、でも、やっぱりモヤモヤは胸の中から消えないわけで。

うー、どんな幻想でもいいから出てこないかなぁー、渾沌と飛行おにの放つ高位幻想の殺気に怖じ気無いで出てくる幻想……いないかなー。

辺りをキョロキョロと見回しながらそんな事を思う、そんな事をしている内に頂上に確実に近づいているわけで……このまま幻想に会わないままに到着しちゃったり?

うーあー、じたばたじたばた、じたばたじたばた、じたばたじたばた、じたばた、じたばたじたばた、言葉では渾沌には勝てないので態度で意思を表現してみる。

こーんーとーんー、おーねーがーいー。

『こ、こらっ、タロー! 暴れるなっ!』

「ふっふっふっふっふっ、飛行おにはルビー探しに夢中っぽいしー、こ・ん・と・ん、一緒に幻想探しに行こう♪」

『だ、駄目だっ、ダメ! ここには危険な幻想が多く生息しているのだし、あー、うー、我輩はタローに危険な……』

「うん、渾沌が守ってくれるし、な?……ダメか?………うーっ」

上半身を倒して渾沌と瞳を合わせる、ゆらりと波打つ獣の瞳、俺が微笑みかけて催促すると諦めにも似た光が灯る。

胸の中でガッツポーズ、渾沌は何処か困り果てたような、疲れ果てたような感じで口元を僅かに吊り上げて尻尾を俺の体から離す。

『我輩は時折に、タローに調教されているのではかと思う時があるのだが?……ほら、我輩も獣である故に調教も出来るはずだし』

「うん、賢い獣で無いと調教は出来ないから……って、ムッ! 俺は渾沌を調教なんてしてないぞ、失礼な奴だな!」

言葉を理解すると同時に渾沌を睨み付ける、かーさんが言って良い事と悪い事があると言ってたけど、渾沌の今の言葉はダメだ。

ちょうきょーだ何て……、そんな事は俺は絶対にしないし、物凄くショック、睨み付ける俺の瞳にも力が篭る、むーーー。

『天然』

「んなっ!?」



飛行おにはすっかり俺達の存在を忘れたかのように辺りを注意深く見回しながらゆっくりと歩いている、いや、実際に歩いているのは黒豹だけどさ。

本当にルビーの事になると眼の色が変わるんだ、それ程までにルビー探しに夢中になっている飛行おに、気づかぬ内にその視界から抜け出す事は簡単だったりする。

何処か悪戯の成功したような後味の悪い感覚と胸のドキドキ、渾沌の背の上から小さくなってゆく飛行おにに頭を下げる、ごめん。

『ふぅ、しかし最初から我輩にルビーとやらを探す気などは皆無に等しいのだし、主であるタローの言葉に従うのは当然なのだから……仕方ない』

「そんなに無理やりに自分を納得させなくても、それにもしかしたら幻想を探しているうちにルビーを見つけることもあるかもしれないし」

『……そんな事はどうでも良い、我輩はタローが自ら危険に飛び込む事が気に食わないだけだ、ふっ、だがやっと二人きりになれたのだし、許そうではないか』

渾沌の何処か安堵にも似た声の響きに眉を寄せる、それはどーゆー意味だろう?……やっぱり飛行おにとは一緒に行動したくないって意味?

恐ろしい速度で後方へと消えてゆく景色の流れ、それを無意識に眼で追いかけながら考える、時折、渾沌の言葉は深い意味を持っているように思えるのだ。

むー、でも足りない俺の頭ではさっぱりわからない、情けないぞ俺、うぅー、しかも何か酔ったかも、眼を瞑りながら口を開く。

「二人きりになれて渾沌は嬉しいのか? やっぱり飛行おにの事は嫌いって事は………俺が悪い?」

『天然』

「むーっ、何でだよー」

『我輩は飛行おにの事など何も気にしてはいない、タローは我輩の主であり、我輩はタローの使い魔、あの者には無い明確な絆があるわけで、っ、恥ずかしいな』

「ふんふん、で?」

妙に照れてる渾沌はそれを誤魔化すようにさらに加速する、殺風景だった岩肌の続く風景は木々の生い茂る緑色の徐々に変わってくる、下ってるのね。

まあ、確かに頂上の方よりは幻想の住みやすそうな場所ではあるけど、渾沌は先ほどと違い殺気を放ってないので幻想たちも気兼ねなく行動してるはずだ……楽しみ。

そんな事を思って口元を緩めながら渾沌の次の言葉を催促する。

『ただな、我輩は常にタローと二人でありたい、他の幻想に我輩の主であるタローが、その、親密そうにしていると、多少なりとも……うあーーー、この天然主っ!』

「天然主って、うおっ、ちょ、加速しすぎっ!?」

渾沌の発達した四肢が地面を蹴る、余計な音は一切聞こえなくなってゆく、それとは反対に体にかかる衝撃は大きくなって、あう。

葉が頬を掠めると皮一枚を切り裂いて血が零れる、痛みは無く心にゆっくりと染み込んでゆくソレは……恐怖以外の何ものでもない。

す、ストップっ、視認したと同時に一瞬で目の前に迫り来る木の枝を必死に避けながら絶叫する、これ以上加速したらヤバイ。

つーか、今の木の枝が顔面直撃したら多分死んでました俺、はははははは、ははっ、笑えないよ?

『ええーい、調教だ、調教っ! 我輩がタローの言葉に逆らえぬと思ったら大間違いだー!』

「俺が調教されんのっ!?」

何だろう、わけのわからぬままに『死』が見える……俺はガクガクと揺さぶられる体で渾沌を抱きしめながら、違う、振り落とされぬようにしながら。

ゴンッ、何かが頭に直撃した。



黒い体が地面に食い込む、木が根を張るように、人の足が地面にズブズブ、醜い、奇怪な音を立てながら侵食してゆく。

その光景を呆然と見詰めながら俺は……ってオイ!?

「………こ、ここは何処?……何で地面に足が突き刺さってんの?……渾沌は何処?……えーっと」

頭に鈍器で殴られたような鋭い痛みを感じながら疑問を取り合えず羅列してみる、地面からニョキニョキと生えて来る黒い足を唖然と眺めながら。

まるでジャックの豆の木のように生命力豊かに地面から生えてくる人の足、その全てが黒く、細く、野生動物のように引き締まった筋肉質のソレ。

しかし失礼ながら俺の足よりも短かったりする、そんな事を考えていると腹を軽く蹴られたような感覚が……体の下を覗き込んでみると地面から足が身をくねらせながら俺を退けようと蠢いているのがわかる…あっ、ごめん。

「渾沌は先走って何処かに行っちゃったのかな?……疑問ばっかりだな俺」

緑色の葉を誇らしげに太陽の光に当てて木々がざわめく音、そして地面からにょきにょきと生えてくる黒い足……黒い足は異常過ぎるので取り合えず置いといて。

えっと、緑色の葉?……渾沌の背の上でも不思議に思ったけどこの山にも普通の木があるんだ、不尽木しか無いと思ってた。

と言う事は飛行おにと一緒に歩いていた山道からはかなり離れたって事だよな? もしかして結構ヤバイのか俺……身を守ってくれる存在が誰もいない。

そしてこの山には火の属性の攻撃的な幻想が多く生息しているわけで、俺はひ弱な人間だから、うん、ヤバイ……自業自得だな。

『おー、やっと気づいたか白いトウモロコシの末裔』

「ふぇ!?」

背中から聞こえた声に身を振るわせる、身を守る術が何も無い以上、ここは振り向かずに逃げ出すのが正解なのだろうけど。

どっちみちどのような幻想であれ俺が必死で逃げ出したところで捕まえるのは簡単だろうし、何の恐れも無く後ろに振り向く。

なるようになるさ。

『そんなに怯え無くても良いよ、あたしゃ、精霊に愛されてる子に手を出すほどに馬鹿じゃないからね』

「えーっと、だれ?」

質素な服に身を纏った、いや、服では無くて葉に糸を通して無理やりに形にしたような物を体に纏わり付かせた少女、まるで蓑虫のようだ。

隙間から除く黒い肌は濡れたわけでもなく滑らかな光沢を放っている、癖のある黒髪を手でかき上げながらニヤリと笑う様子は明らかに年上の仕草。

惜し気もなく見せ付けるように外に向ける小さなお腹は薄く4つに割れている……姿見が10歳ぐらいの少女に何だか少し負けた気分。

引き締まった、まるで野生の鹿のように高い俊敏性を思わせる細く黒い脚は地面から生えるそれらとまったく同じもの、つか足が地面に突き刺さってるし。

この娘が母体?

『おーおーおー、自己紹介がまだだったね、あたしゃ、黒い体(ブラック・ボディ)って、麗しく、可憐な、美”少女”!』

「へー、俺の名前は田中太郎です、っでこっちの使い魔が………っていなかった」

『……美”少女”は無視かいっ、良い性格してるね、ったく、感謝なさいな、気絶してたあんたを助けて介抱してやったんだからさ』

へー、それは感謝しないといけないな、頭をペコリと下げながらお礼の言葉を。

「ありがとうございます、美”少女”な黒い体さん」

『……ぷっ、あははははははははは、あんた、おもしろーい、こりゃまいった、お姉さん、この世界に来て初めておもしろいと思える存在に出会えたよ』

「お姉さんも面白いよ、地面から足生えてるし」

ウゴウゴと蠢いている足たちを見ながら一言、黒い体さんはさらに声を大きくして笑い転げ、足たちもそれに呼応するように左右に揺れる。

ゲシッ、バシッ、ボコッ、左右に揺れるって事はその中心に立っている俺にキックがかまされるって事なんだけど、うぅ、痛い。

「うん、でも、目標の一つである知らない幻想さんに出会う事が出来たし、良しっ!」

『くくっ、何が良しなのよ、まったく………』

我が子に呆れる母親のような視線を向けられても困るんですけど………しかし黒い体さんか、どこの幻想なんだろう。

高圧的でも無ければ威圧的でもない振舞い、見た目がほとんど人間と変わりないことと感じる神性からして何処かの神様だろうけど。

黒曜石のような美しい瞳を細めながら馬鹿のように笑い転げる様はとても神様には見えない、さりげに失礼だな自分。

「黒い体さん、何だか助けてくれたっぽいし、おもしろいし、俺と友達になってくれる?」

『あはっっ、創造神を相手にお友達とは、恐れを知らぬというか、無垢というか、君は無防備過ぎて、だからあたしも助けてあげたんだろうねぇ』

「お、おぉ……ダメって事なのか……お断りなのか?……渾沌にも天然と言われて罵られるし……」

『違う違う、気絶してるあんたの顔を見て、無視出来なかったわけだからあたしの負けよ、友達だろうが何だろうがなってやるわよ』

赤い唇をニィと笑みの形に変えて黒い体さんが小さな手で俺の背中をバンバンと叩く、見た目の華奢さとは違ってかなりの力の強さ。

しかし親切な幻想さんだ………気絶している俺を介抱してくれたらしいし、何より友達になってくれたし、創造神らしいし、あはは。

創造神?

「………そーぞーしん、創造神、うーん、軽いお姉ちゃんにしか見えない……むむ」

『そ、軽いけどあたしゃ立派な創造神の一柱なんだからねー、すげーんだぞー、その気になればこの空を炎で焦がす事も出来るんだぞー』

「やっぱ軽っ!?」

『あれはいつだったかなぁ? 白いトウモロコシと黄色いトウモロコシで新しい人類を創造してみようかなーっと、いやぁ、その前に繁栄していた奴らが今の人間よりも色んな意味で”強かった”んだけどねー、うん、あまりにも馬鹿すぎてうんざりしちゃって』

遠い昔の話なのか瞳を細めながら語りだす黒い体さん、まあ、人間を創造した頃の話だから遠い昔なのは当たり前か……。

内容に合うことの無い軽い口ぶりに何となく疲れたような気分に陥りながら耳を傾けてやる、眠くなってきた、ふぁ。

『あたしのほかにも白い体(ホワイト・ボディ)と青い体(ブルー・ボディ)と黄色い体(イエロー・ボディ)って奴らがいたんだけどね「トウモロコシで人間が創れるかよ馬鹿」ってさっさとこの世界からいなくなっちゃったのわけよ、あたしは悔しくて悔しくて、何せあたしの大好物はトウモロコシだからね、あたしが好きな食べ物なら人間の一つや二つ創造出来るわーい!ってね』

少しずつ馬鹿らしく、程度の低い感じになってきたぞ……適当に相槌をしながら思うこと、やっぱこの人は面白い。

むーー、渾沌とは離れちゃったけどこれはこれでやっぱり正解だったかも、飛行おにには悪いけどルビーなんかよりこの人のほうが色んな意味で魅力的。

『あたしは鹿のお肉も大好きでね、だったらそれを組み合わせたら成功するんじゃない?って感じで鹿の皮と黄色と白色のトウモロコシで人類を創造しようかなーてさ、そんでもってついでにトウモロコシと鹿の次に好きだった鷲のお肉……これも混ぜたら上手く行くかなーって、うん、流石はあたし、大天才! その三つから創り出したのが貴方達の先祖ってわけ♪』

「好きなものを混ぜれば美味しくなる原理、ミックスジュース理論……俺達って一体なんなんだろう?」

些細な悩みがどうでも良くなってきた、天然って罵られたことすらどうでも良くなって……だって黒い体さんの大好物から俺達は生み出されたんだもん。

彼女の好物がもしもイカの塩辛とかだったらそれが俺達のご先祖様になってたと思うと………些細な事な悩みが泡のように消えてゆくのを感じた。

『君達? 君たちはあたしの大好物から生まれた愛しい子に決まってるじゃん♪』

「……黒い体さんは天然だ」

ポツリと呟いてみた。



[1442] Re[17]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/10/06 18:47
その後、暫くの間、黒い体さんとのんびりと話をした。

終始、笑い転げながら俺を指差して、ケラケラケラと声を上げる黒い体さんの様子に少しムッとなる。

木の根にもたれ掛かりながら、少しずつ不機嫌になる俺と、さらに笑い声を高める黒い体さん……何だか理不尽だ。

「そーいえば、ねえ、ここら辺で珍しい幻想って見なかった?」

本来の目的を思い出し、尋ねてみる、あっ、本来の目的はルビーを見つける事だった……忘れてた、うん、大丈夫。

ついでに探そう!

『君の目の前にいるじゃん♪そーぞーしん、創造神クラスだよ?』

「でも、”ど”マイナーじゃん」

俺はついつい本音をポロリと漏らしてしまう、言ってしまったと心の中でちょっと反省する。

その瞬間、俺たちの周りに生えていた黒い体さんの足たちがピタリと動きを止める、この場所に来てからの初めての静寂。

「ふえ!?」

……ガシッ、にっこりと素敵に微笑んだ黒い体さんが俺の頭を鷲掴みにする、小さな体からは想像の付かない握力が感じられる、うぅー。

ギリギリギリと全力で握り締める黒い体さん、幼くも整った顔からは感情が感じられない、だって瞳が笑ってないし、むちゃくちゃいたいー。

黒曜石のような美しい瞳を俺の視線に重ねながら、囁くように呟く。

『誰が”ど”マイナーだって?』

「いたたたたたたたっ!?ご、ごめんなさいーー!!」

痛みに耐えかねて絶叫しながら謝る、黒い体さんはそんな俺を楽しそうに、でも瞳は笑っていない……そんな様子で見つめている。

このままだと俺の頭が潰れてしまう、冗談じゃなく事実、流石に俺が涙を流しながら懇願をすると、仕方ないといった感じで離してくれる。

痛かった、うぅ、この幻想さん、怖い幻想さんだ、赤い唇を舌で舐めた後に、黒い体さんは瞳を細めて、口を開く、何か色っぽい。

大人の女性のしぐさだ、見た目は子供だけど。

『ふぅー、君って子はー、あれだよ?あたし見たいな力があっても良心的な神様だったらいいけど、何て言うか……怖いもの知らずと言えばいいのか』

「いたたっ、怖いものは嫌いだけど、だって黒い体さんは怖くないし、優しいから……自然に言葉が出ちゃった、ごめんなさい!」

非礼を詫びると、黒い体さんは細めた瞳を今度は大きく見開いて、何度も瞬きをした後に、今度は口元に手を当ててクスクスと笑い出す。

周りの地面から生えた足たちも楽しそうに左右に揺れながら……何なんだ一体、さっきまでの大笑いとは違う、何だか呆れたような笑み。

何故かそれに対して俺は恥ずかしくなって下を向く、うー、大笑いされてたときのほうがまだマシだった気がする、何なんだろう?

『ごめんごめん、ふふっ、君は本当に面白い子だねーー、個性的なのやら、変態なのやら、まったく、近年の人間にしちゃあ、頭のぶっ飛び具合が半端じゃないねー』

「変態!?ちょ、なんで変態なのさ!……うぅ、ただでさえ、自分の使い魔に”天然”って罵られたばかりなのに、失礼だな!」

『君のほうこそ、お互い様だねーー、人間と創造神が同じ位置で物を語る、”お互い様”……いいねぇー、こんな時代が来るなんて、誰が思ったのかな?』

「え?」

急に、優しい瞳で、問いかけるように言葉をこぼした黒い体さん、何だか突然に彼女との距離が遠くなったみたいな錯覚を覚える。

人間のする表情のどれにも当てはまらない、神々だけに許された、とても広くて、何もかもを内包した表情、俺のかーさんも時折するソレ。

何だか、広大な海の真ん中に放り込まれたような気分に陥る、怖くはなくて、でも少しだけ悲しくなった、そんな俺の様子を見て”あはは”と黒い体さんは先程までの表情に戻る。

極端な二面性を垣間見ちゃった、やっぱり神様なんだ……ふぇー。

『…ごめんごめん、あたしとした事が、ついつい昔を思い出しちゃってね』

「むかし?」

『そう、何にもなくて、この世界にまだ何にもなくて、その時の事……本当にあたしは君たち人間がこの世界に生まれて良かったと思うよ』

「じゃあ、俺は黒い体さんがこの世界にいて良かったと言葉にする、どんなお話でも神様は人間を褒めたり貶(けな)したりするけど、人間は神様に、いてくれて良かったとは言わないもんなー!だから、俺もお礼に、”いて”くれてありがとう!」

…昔から思ってたことを、黒い体さんって神様を通して伝える、そうそう、こーゆー事を言ってあげたいんだ、みんなに。

うれしい言葉を、優しい言葉を伝えてくれる存在に、俺も同じように”優しい”をあげたりしたかったり、みんながみんな、そんな世界が欲しい。

『おぉ!?……ふむふむ、まさか、そう切り返すとはね、面白いお友達とを、見つけたもんだわあたしも、ふふ』

「おー、面白い?……むー、こっちは真面目に言ってるのに、それでそれで、珍しい幻想さん知らない?」

『完全に自分のペースねー、はー、ふふっ、だから、君の目の前にいるあたしが……」

「それ以外!」

『うっ、さりげにキツイわね』

だって黒い体さんとはもうお友達だし、もっと、この灰音山(はいねやま)には色んな知らない幻想がいるはず!

うーん、と頭に手を当てて黒い体さんが眼を閉じる、何かを思い出そうとしているようだ、俺の言った”珍しい”の意を読み取ろうとしてるのかなぁ。

『珍しい……とは違うけど、君はここら辺一体の”属性”が火に属することは無論知ってるよね?』

「うん、無駄に暑いしなぁ」

『無駄にって……兎に角、ならば四大精霊に当てはめるならサラマンダー、この地には多くのサラマンダーが住まう、グノームの刻印を持つ君ならわかるでしょーに』

当たり前のように言われて、混乱する、えーっと、確かにグノームの刻印は持ってるけど俺……そもそも親愛の証にって貰ったものだし。

俺が”精霊使い”と決め付けたかのような黒い体さんの言葉に、首を傾げる、むむっ、もしかして黒い体さん勘違いしてないか、しかも大きな勘違い。

俺は精霊使いではありません。

「えーっと、黒い体さん、俺の事さ、精霊使いと勘違いしてるみたいだけど……違うから」

『えっ!?でも、グノームの刻印持ってるじゃん、それって、精霊使いって事だよねー?』

そうなのか……刻印持ちはみんな普通はちゃんとした精霊使いなんだ、俺なんか、精霊術なんて一つも使えないのに……大層な物を貰ってしまったのだと改めて気づく。

これって返却出来ないんだろーか、今度、若葉に聞いてみよう、返却不可!とか怒られそうだけど、俺が持ってても勿体無いだけだし。

とりあえず、掻い摘んで俺がグノームの刻印を得るまでの経緯を簡潔に伝える、それに対しての黒い体さんの一言が『バカ』……なんで?

『バカ、って別に君の事じゃないけど……はぁー、精霊術も行使できない素人に普通刻むかなー、まったく、勿体無い……でもそもそも、そーゆーもんでもあるわけだし』

「あー、ごめんなさい」

何だか責められている気がしたのでついつい謝ってしまう、そんなに凄いものだったんだこの刻印、生徒会長もそう言えば興味深そうに見てたな、そして触ってた。

俺が謝ったことに関しては何にも答えずに黒い体さんは体に纏った葉を揺らしながら、頭を掻く、ポリポリ。

『まあ、気難しい精霊の連中が……珍しいったらありゃしない、まあ、いいや……本題に戻るけど、この地にはサラマンダーが多く住んでるのよ、しかもその中でも一匹だけ”普通”のサラマンダーじゃない奴がいるわけ、これが!』

幻想じゃないじゃん、心の中で小さく突っ込みながらも、精霊とも仲良しになりたい俺としては、別段、がっかりする内容ではない。

サラマンダーかー、炎をパクパク食べながら火山に住んでるトカゲっぽい精霊だよな、一度も見たことがないけど……とても有名。

でも”普通”じゃないってどーゆー事だろう、若葉みたいに腹黒い性格をしているのだろうか、うーん、普通じゃないかぁ。

「普通じゃないって、創造神なのに、妙に軽いノリの黒い体さん見たいな感じってこと?」

ポカッ!

「……痛い」

叩かれました。

『そもそも君はサラマンダーって存在を”キチン”と把握してない見たいだねー、あれは在り方が違う、他の精霊とはね』

「あり方?」

あまり難しい話をされたら嫌だなーと思いつつ耳を傾ける、黒い体さんは、先程俺の頭を叩いた右手で指を立てながら口を開く。

駄目な生徒に根気よく教える女教師みたいだ、あれ、そのものかも……うー、俺ってダメダメだな。

『そっ、他の精霊はあらゆる現象やら事情から生まれるの、その起源はあやふやで、どんなに理論立てても明確なものではない、でもサラマンダーは違う、サラマンダーは”死んだ生物の魂”から生まれるんだよ?つまり、あらゆる生き物の魂が起源となり世界に生まれ出るの』

「えーっと、それで?……ごめん、俺、応用力とか無いから、それだけ教えられても、わかりません!」

『そこまで強気に自分を卑下するってどーなのよ、ふふっ、でー、ここからが面白いんだけど世間一般にイメージつけられている『火蜥蜴』の姿、それは正しい、どんな生き物の魂でも精霊化する時に、一番論理的な形になる、それが『火蜥蜴』の姿、でも』

でも、とわざとらしくそこで言葉を一度切る、ドキドキしながら俺は次の言葉を待つ……うぅ、意地悪だ黒い体さん。

木々の葉の間から柔らかい光が俺たちを照らしてくれる、黒い体さんの黒曜石のような瞳が俺を射抜く、うっ、変にプレッシャー与えないで欲しい。

ちょっと怖いし。

『”カムイ”って言葉を知っている?』

「えっ、う、うん」

突然に話が飛んだなー、ガクッと気落ちしながらとりあえず頷く、カムイとは日本列島北部の先住民族”アイヌ人”の讃える存在。

…アイヌとは言う言葉は『人間』を指す、えっと、そしてその人間の隣人、近くにいながらも神秘性のある存在、それが『カムイ』である。

カムイと言われる存在は動物や植物、自然を司る存在ではない……カムイとは動物や植物や自然そのものであり、他の多神教のように何かを”司る”存在ではないのだ。

では何かと問われたら、カムイとはこの世界のあらゆる対象物を擬人化したものなのだとしか答えられない、カムイは”アイヌ”を除いた世界を構築する要素なのである。

『そのカムイとは素晴らしい考え、人間(アイヌ)に出来ぬ事をカムイは出来、カムイの出来ないことを人間(アイヌ)は行える、武器を作るためには木が必要で、人々はそんな便利な素材である木の中にカムイを見て、感謝する……お互いがお互いに対等の存在、優しくて、素朴で、厳しくて、とても自然な崇拝』

「うん、俺も、好きだよその考え……でも、それがサラマンダーと何の関係があるの?」

『まあ、言葉は最後まで聞きなさいな、だけどその独特の神話体系ゆえに、いーや、そもそも”神”話でもないのだけれど………カムイは”死ぬ”それこそ、自然にね、カムイとは神ではなく、しかしアイヌの人々の純朴な信仰により神秘性を含んだ存在、故に、この内包世界のシステムに含まれれば……その死んだ”カムイ”の中からサラマンダーも生まれ出る可能性が、あるんだよなー』

「えっ!?」

それは驚きにも似たインパクトを俺に与えた、そうか、そーゆう”考え”があってもおかしくないんだ、すげー、確かに他の神話の”幻想”は純粋な生き物では無い故にサラマンダーには生まれ変わらないが。

”死”もあり、生物として、自然物としての側面を強く持つカムイならば、死を迎えた後にサラマンダーに変質しても、”おかしくはない”…そんな、面白い考えがあっても、いいんだ、それこそ。

…この世界は内包世界、あらゆる神話が入り乱れ、存在する、だからこそ、そんな愉快な考えがあっても、いいんだ!

『ははっ、急に嬉しそうな顔になって、そーゆー事、本当に嬉しそうな顔をしちゃってさ♪』

「じゃあさ、じゃあさ、いるの!その、新しいカムイの精霊さん!話すって事はいるんだよね?ふぁー、どこどこ、どこにいるの!会いたい!会ってみたいっーーー!!教えて!」

『でも、この世界でもそれは”おかしな存在”、存在する可能性があるだけで、本当はいてはいけない存在、カムイでも精霊でもない、幻想でもない存在、それでも会うの?』

「会う!」

だったらと、黒い体さんは言葉を紡ぐ、その表情は何処か楽しげで、心底おもしろいものを見つけたと、そう言っているかのようだ。

……黒い体さんが指差した先は、木々が左右に生い茂る、ちょっとした獣道……気づかなかった、こんな道があったんだ……地面から生えている”足”の印象が強すぎて気づかなかった。

イノシシさんの道?

『この先に、火と雪が入り混じった、不思議な光景が広がってるはず、頭がおかしくなりそうな光景だと思う、その先をずっーと真っ直ぐに進んでごらん、それはいるはず!』

「おー、雪と火が?…………意味がわかんない、でも、うん、面白そうだ!”そいつ”の名前は?」

よしっっと、気合を入れて立ち上がる、祝福するかのように周りの足がウゴウゴと、何だか芋虫のダンス見たいな動きをする、ちょい気持ち悪い。

『ウパシチロンヌプ=サラマンダー、凶暴な奴だから、気をつけて♪』

「おう!」



歩く、ザクザク、ザクザクとは雪を踏む音、うー、別に空から雪は降ってはいない、降り積もった雪がそこにあるだけ。

そしてその雪の上で、燃え盛る炎がある、不思議と雪は溶けずにそのまま形を失わずにその場に存在してやがる、理不尽すぎ!

教えられたとおりにあの獣道を暫く歩いた先に、本当に突然に開けた場所に出た、そこは雪と火の入り混じる不思議空間。

木々も無く、平坦な道が続いている、山道ではなく本当にただの道、まるで詐欺、どこだよここ……違う世界に迷い込んだみたいだ。

とりあえず、黒い体さんの言葉に素直に従って先に進もうと思い、足を進める、思ったより深さの無い雪の感覚を楽しみながら進む。

「クトゥグァが見たら気が狂って燃やし尽くしそうな光景だな、そんな事ばかりしてるから崇めてくれる組織がないんだよなー、ふぁー、寒い寒いー、寒くて……」

愚痴を吐きながらも歩く、もう少し服を重ねてくれば良かった、いや、でも暑かったし……どうすれば良かったんだろう?本当に。

でも、この先にはじめて見る”精霊”がいる、もしかしたら、いや、確実にその精霊を見るのは人間では俺が初めてだろう、えへへっ。

『ウパシチロンヌプ=サラマンダー』あー、会ってどんな話をしよう、ワクワクだー、どんな姿なんだろう、火蜥蜴?それともカムイであった時の姿?

なんのカムイだったんだろう……一匹でいるのかな?……こんな所に住んでて頭が痛くならないのかな?どーして、サラマンダーになったの?色々聞きたい。

あー、たまらない、うぅ、お見合い気分だ………でも凶暴って言ってたな、うーん、出会った瞬間に炎で焼かれないよな?それはちょっと勘弁なー。

チリチリ、てか、前髪焼けてるよ、俺。

「のわーーーーーっ!?あっつ!!ちょ、あーーーーーーー!!!」

パニックに陥った俺は顔面から雪の中に倒れこむ、ボフッ、冷たい雪の感覚が顔いっぱいに広がる、ジュワーッと音を鳴らしながら、独特の焦げ臭いにおい。

くさっ、顔を雪の中から引っこ抜く、チリチリになった前髪が目の前を通って……ポトッと雪の上に落ちる、俺の顔型が刻まれた雪の上に……うぁー。

『クスクスクスクス』

落ち込む俺を笑う声、子供のような、小動物のような形容しがたい声、んー、不機嫌になりながら周りを見渡す、そいつの仕業だったら、怒る!

恐らく百ぱーせんとの可能性でそいつの仕業だ、俺も怒る可能性100ぱーせんと!でも怖い奴だったら逃げよう、全力で。

「あっ!」

小岩の上に立ちながら、クスクスと声を出している、えーっと……真っ白で、小さくて、あれは……イタチ?

イタチにしては割と丸顔だ……本来なら真っ黒であるはずの瞳が燃えるような深紅で……オコジョだ、オコジョだけど、なんか違う。

それこそが、俺の探していた『ウパシチロンヌプ=サラマンダー』だった。



[1442] Re[18]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン
Date: 2006/10/11 14:21
いつから、自分はこの地に住まい、生きてきたのだろう、厳密には覚えていない、ただ、かつての故郷である土地が”和人”に侵略された。

やがて人々が自然の恩恵を忘れて、自分勝手に世界を壊し始めた頃にこの土地に移り住んだのを覚えている、最初に過ごしていたのはここよりずっと北にある草原だった。

そこには自分以外にも現実世界から移り住んだ多くの幻想が暮らしていた、本来はアイヌと共にある自分が故郷を捨ててまで生きる意味があるのだろうと、不安になったりもした。

しかし甘んじて徐々に汚されゆく土地を見つめながら現実世界で死んでゆくのには抵抗があった、自然に影響されやすいカムイはすぐにその神威を失い、ただの動物に成り果ててしまう。

……自分はそれが嫌でこの内包世界に住処を移したのだ、幸せな時間だった、アイヌはもういないけど、それでも充分に幸せと呼べる時間が過ごせた‥‥そして自分は自然の摂理に従い、大地に抱かれながら、死んだ。

”はずだった”気づけば、そこには燃え盛る炎があった、否、もっと原始的な、命の煌きと言えばいいのか?それが自分の小さな体を燃やし尽くそうとするのを感じた、逃げようにも、四肢には力が入らない。

自分の中に僅かに残った神威と、新たに生まれ変わろうとする命の炎が激しく抵抗するのを感じた、誇り高きカムイである自分が、変質するなんて恥以外の何ものでも無い、それでは故郷を侵略した不躾な輩と同じに成り果ててしまう。

小さな体は死しても苦痛に苛まれることとなった、受け入れれば楽になれるのだろう、だが、それは自分の存在の否定とも言えた、あの厳しくも美しい大地で生きていた頃の誇りがそれを否定したのだ………それがやがて、この世界に来てから死を迎えたまでの年数を越えた頃。

急に命の炎が消えうせてゆくのを感じた……いや違う、あれは自分の中のカムイの神威と”ソレ”が溶け合った瞬間だったのかもしれない、気づけば物言わぬ大地の上で、自分は草花の蔓に巻かれて眠っていた、それを僅かに不愉快に思った瞬間。

蔓は一瞬で燃えてしまい、灰になった、刹那の出来事だった……灰になった草花に対して申し訳なく思いながら、体を動かす、新たな生を受けた体は思ったよりスムーズに動いてくれた。

それが『ウパシチロンヌプ=サラマンダー』がこの内包世界に生れ落ちて、最初にした事だった。

「名前が欲しいと思った、新たな生を謳歌するために」



クスクスと俺の目の前で笑っているオコジョさん、深紅の瞳には明らかに知性が宿っており、普通の獣とは言い難い。

そもそもこの世界に普通の獣がいるのかと疑問に思いつつ、そいつをジーッと観察する、オコジョはそんな俺の様子など気にせずに楽しそうに雪の上を転げまわっている。

多分こいつか”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”だな、だって笑うたびに体から真っ赤な炎が噴き出してるし、しかも時折、氷の塊まで出てくる……本当にサラマンダー?

まったく反対の属性を扱いながら、小動物特有の愛らしさで地面をコロコロと転げ回るそいつは、何と言うか、性格が悪そうに思えた、俺の前髪燃やしたの、確実にこいつだもん。

『クスクスクス』

「笑ってるとこ、悪いんだけど、俺の前髪を燃やしたのは……お前?…はは」

触ってみる、パラパラとまだ幾らか残っていた灰が落ちる、流石に笑いながら頬がピクピクとひきつく。

うぅー、鏡が無いから確認できないけど……変な髪形になってたら嫌だぁ、いや、でも前髪がのびて来てたから、良かったのか?

もしも、丁度良い感じになっていたとしたら、この”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”に感謝しないと、でも初対面でいきなり炎をぶちかまして来たのはダメだよなー。

『キュー♪』

ポフッッ、顔に雪の塊をぶつけられる、ふわふわと空中に浮かび上がった”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”は体から雪の塊をポンっと軽い効果音で出現させると、それを俺に投げてくる。

良かった……炎じゃなくて、ポフッ!ポフッ!ポフッ!暫くの間、顔面に雪だまをぶつけられるのを甘んじて受ける、何をしてるんだろう、まあ、言えることといえば、冷たいです、はい。

「なぁー、どーでもいいけど、冷たいんだけど、本当に」

『キュッ!』

ドボフッ!ちょっと大きめの雪だまを顔面に直撃されながら、うぅー、誰か助けてー、渾沌とか渾沌とか渾沌とかー。

……そういえばはぐれてからかなりの時間が経過したなぁ、心配してくれてるかな、多分、俺のことを罵りながらこの山を全力疾走してるのだろう。

とりあえず仲良くなりたいので雪だまをぶつけられながらも”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”に歩み寄る、クスクスと笑いながらプカプカと浮いてるそいつは、逃げる気は無いようだ。

「えいっ!」

ぎゅむっっ!掴む、柔らかいモコモコした感覚と冷たいような熱いような、そんな体温、触り心地としては悪くない、ぎゅむっぎゅむっ、その間も楽しそうに笑うだけで逃げようとしない。

野生動物としてそれはどーなのだろう、赤い瞳から涙をこぼしながら俺の顔面に延々と雪だまを投げつける存在に、ちょっと呆れる。

でも可愛いなぁー、モコモコしてる、撫でるように触ってみると毛並みはサラサラしてる、渾沌とはまた違う、気持ちの良い手触り。

『キューっ!』

じたばたとやっと逃げようと動き出す”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”、近距離で投げつけられる雪だまをかわしながら、向かい合う。

自分の顔の高さまで上げて、じーーっと、赤い瞳を見つめる、もこもこー。

「人の言葉、話せないのかー?」

『キュー、キュー!』

ムリムリと、左右に首を振る小さな頭を見つめ、そりゃそうかと、納得する、ちゃんとお話したかったんだけどちょっと残念。

それでも何となくだけど、仕草やちょっとした瞳の動きとかで伝えようとしていることがわかる、俺の勘違いじゃなければだけど。

「ふーん、俺は田中太郎って”ニンゲン”さんだよ、珍しいだろう、この世界で人間に会うなんてなー、びっくりして、雪を投げてきたのか?からかい半分?」

ちょっと納得、俺たちの世界でもそこら辺を普通に幻想が歩いていたらびっくりするもんな、それと一緒、それと同じ、そう考えると怒りも消えてゆく。

黒い体さんが言っていた、”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”はおかしな存在だって、それは他の幻想や精霊に差別されてるとの意味合いに聞こえた。

どっち付かずは輪の中に溶け込めない、単体で維持できるほどに強力な幻想ならいいけど、今、俺の手の中で”キュー”と鳴いているこいつがそんなに強力な存在には思えない。

……だとしたら哀れみじゃないけど、可哀相、構って欲しくてテリトリーに侵入した俺に悪戯をしたのなら、仕方の無いことだよな、うん。

『キューっ!』

「他の精霊とは一緒じゃないんだなぁー、うんうん、だって雪とか氷の属性持ちが、炎の精霊であるサラマンダーとは一緒に暮らせないよな」

なんとなく呟いた一言に”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”は同意を示すように弱弱しく声を上げる、そーかー、それは、とても寂しいことのように思える。

こいつに会うまで大体予測してだけど、やっぱり、そうなんだなと改めて実感する、異端は嫌われる、どうしようもなく人間の社会でも幻想の世界でも、それは事実。

強くなければ”一人”ではいられない、頭に過ぎった映像を振り払うように、うーん、だったら。

「一緒に来るか?……なんかナンパしてる見たいだけど、ほら、俺ってば精霊の名前も持ってるんだぞー」

右手に刻まれたグノームの刻印を少し誇らしげな気持ちで見せてやる、同属の気配を感じているのか強く、若葉色の光を放つ。

すると不思議なことに、先程まで寒いと感じていた体が……ちょっと暖かくなる、一瞬の出来事に眼を瞬かせる……おー。

「精霊の名は、確か、えーっと、スレインって名前……だったはず、そう言えば、お前の名前聞いてないや」

先程からずっと、一方的に自分の紹介をしてきた気がする、むっ、初対面でそれってイメージが悪いんじゃ無いかな?

少し反省しながら名前を問いかける、ソレに対して”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”は深紅色の瞳を周囲に向けながら軽く鳴くだけで、答えない。

あぁ、俺ってば、答えられるわけないじゃん…………”キューっ!”としか鳴いてないし、どうしよう、名前がわからないと、仲良しになれない……大事な部分だそこ!

「それとも、もしかして若葉みたいに単体での名前がないのか?」

『キュー、キューっ!』

ポフッ!顔面に雪の塊を再度ぶつけられて、成る程、肯定っぽい、そーかー、それはいけない事だ、名前がないなんて悲しいこと、俺の勝手な考えかもしれないけど。

だったら名前をプレゼントしよう、初対面の君に、素敵な名前を……でも俺って、思えば”何か”に名前を付けた事なんてなかったなー、現実世界には”ペット”て生き物に名前を与える習慣があるらしい。

それってちょっと変な文化と思いながらも納得した覚えがあったり、さて、どうしよう。

「雪と火で単純に雪火(ゆきび)ものすごーく単純だけど、どーよ?」

『キューっ?』

「あぁ、お前の名前だよ」

とりあえず、悩んで悩んで名前を付けるよりも、第一印象を重視してみました、俺の名前も”田中太郎”だし、単純な名前でも、誰かが呼んでくれるだけで意味合いを変えるはず。

暫く考える仕草を見せて”ウパシチロンヌプ=サラマンダー”は渋々と頷く、あれ、もしかして気に食わなかった?……うー。

『キューっ!』

でも、その後、すぐに大きな声で、元気良く鳴いてくれた……悪くは無いってことかなー?でも、これでお友達になれそうだ、うんうん。

「それじゃあ、改めてよろしくな雪火っ!そして顔面に雪だまをぶつけたり前髪を燃やしてくれたりして……ダメだぞ!」

『クスクスクス、キュー!』

反省は皆無のようだけど、どうやら友達になる事を特別に許してくれたみたいだ、何せ言っている言葉がわからないので予測だけど、多分っ!

さて、目的も果たせたことだし、どうしよう?……そろそろ渾沌や飛行おにと合流しないとまずいよなぁー。

「とりあえず渾沌の気配を探しながら歩くかなー」

割と暢気な思考に従って俺は歩くのを再開した、肩に雪火をのせたままで………懐いた?



まず、世界には混沌がありました、混沌とは全てが溶け合った原初の世界、何も無く、故に何もかもが存在している、そんな世界。

様々な神々がそこから自然発生し、神話に属し、あらゆる人間の記憶に潜むようになりました、それは大きな力となり、さらに幻想の神威を増長させる事に。

そして混沌は創造への材料となり、大地となり、海となり、天となり、生き物となり、命となり、この世界の全ての存在の中に宿ることに、混沌とは全ての存在の母であり父である。

しかしながら、この世界を構築するはずであった混沌は、僅かながらに世界に残留する事になる、つまりは余り物、残り物、全てはその混沌から生まれたはずなのに、その混沌は世界の異物になってしまう。

”ヌン”と呼ばれる原初の水もその一つだった、後世に名を刻まれたということは、残り物として人類に知覚されたということ、さながら自分たちのような原初である者は名を残すぬ方が存在としては正しいのだろう。

ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ。

眠りは浅い、腕を持ち上げたまま、久しぶりに思考をして見る事にする、どうせ、永遠と呼べる時間がいつでも自分には横たわっているわけで、形を成してからはさらにそれを退屈に感じるようになっていた。

アトゥムも最近、自分の所に顔を寄越さないし、そもそも、世界の底で余り物として……自分で言っていて悲しくなるが……まあ、漂っていた自分に再度、人格を与えたのは彼だ。

それなら最後まで世話をしろと愚痴りながら欠伸をする、こうやって存在するだけならば、まだ混沌の海で太陽の帆船を持ち上げてた方がマシだった……でも、あれも、飽きますから。

そもそもあそこに戻ると四人のオカマと一緒にいないとならない、それは勘弁だった。

『あら、不思議な気配がしますわね』

水の中で意味も無くプカプカと浮く事10分、何だか慣れ親しんだ気配と、まったく不可解な………この世界にいるはずの無い気配に眉を潜める。

人間の気配と、その横には水と炎を重ね合わせたような微妙な気配、その二つにも驚いたのだが、ヌンが驚いたのはそこでは無かった……もっと、信じられない驚き。

それは自分の浮かんでいた、いや、自分そのものである”混沌”と同じ気配、この世界に来てから、もしや、他にも”余り物”がいるのだとは感じていたが、まさか、本当にいたとは。

あらゆる神話が入り乱れる内包世界、その世界で、もしかしたら自分と同じようにこの世界の礎となった混沌がいるのだとしたら、会ってみたいと感じていた。

別に一緒に原初の海に戻ろうとか、融合して存在としてもっとキチンとしたものになろうとか、そんな事を言う気なんてさらさら無い、感覚的には昔の同級生に会ったソレに近い。

それこそ、昔話に華を咲かせよう、そのぐらいの考えでしかない。

『それにしても、人間の方は知ってる神の匂いがしますわ、くんくん、バステトさんかしら?』

ブバスティス市の者だろうか?それならそれで納得出来るのだが、自分の知っているバステトの匂いとは僅かに違うように思える。

違和感に頭を悩ませつつ、それが徐々にこちらに近づいている事に気づき、チャプンと水に顔を沈める……自分から漏れ出した混沌の水により出来たこの泉。

人間が見れば発狂するか、下手をすれば脳の処理能力が追い付けずに、死ぬ……それは自分が望むところではない、仕方なくゴクゴクと泉の中で漂う混沌を飲み干してゆく。

後でまた吐き出せないと、一応は少女の姿でいるのだから、それってビジュアル的にどうだろうかと真剣に悩む。

『バステトの匂いのする少年に、相反する属性を持つ……精霊に、同郷の方ですわね、ふふっ』

少女は嬉しそうに笑った。



[1442] Re[19]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆de21c670 ID:ea9a0d36
Date: 2010/04/10 17:42
自分って何でこんなに才能が無いんだろう、具体的には魔術に関してなのだが、具体的に考えると落ち込むので思考をストップ。

結論は渾沌のいる位置がわかりません。おお、なんて事だっ!

「本当になんて事だよなぁ、大体の位置はわかるんだけど、えーっと、こっち、かなぁ?」

俺の頭の上に乗っている雪火に問いかける……自分がダメだとわかれば即に人に頼る。

情けない事だけど、ダメな自分を悲観して時間を潰すよりはマシだろう、また、都合のいい考え、ムゥ。

『キュー?』

そもそも、渾沌を知らない雪火に問いかける俺も俺でどうなんだろう、困ったように雪火が甲高く鳴く。

上半身を折り曲げてる雪火、丁度逆さまになった雪火の愛らしい顔が俺の眼の前にある。

「うーん」『キュー』

これは困ったぞ、と意味もなく唸ってみれば、雪火も何が楽しいのか真似するかのように呻く。

現状を確認するべく、辺りを軽く見回してみる……雪、辺り一面の銀世界。

先ほどまではその上に不自然かつ不可思議な光景として炎が鎮座していたが、今はもう無くなっている。

「雪火のいた所からかなり歩いたけどさ、わりかし辺鄙な光景になって来たな、うー、寒い」

『キュー、キュー、キュー♪』

「……おお、三回も鳴いた」

俺の額を小さな手でポスポスと数回叩く雪火、しっかりしろと励まされてるのかな?……しっかりしろ俺。

「ふぃー」

心臓の真上に刻まれた渾沌との契約の『証』を撫でて気持ちを落ち着かせる。

んー。

「どうしようもないよな、うん、とりあえず、歩いて歩いて、歩きまくろう」

山で遭難した場合は下手に歩き回らないほうがいいって話を何処ぞの本で読んだ覚えがある。

しかし遭難したかと言われれば何か微妙な感じ、ムムッ、俺が遭難したのか渾沌が遭難したのか、遭難なのか迷子なのか。

この歳で迷子ってどーなんだろ、恥ずかしいので遭難でいいや、遭難だと何か恥ずかしくないし。

『キュー?』

「おっ、犀犬(さいけん)だ、珍しい」

興味深そうに大きな瞳を瞬きさせる雪火の視線の先には雪の中から顔を出した二頭の幻想がジーっとこちらを見つめている。

かなりシュールだ……見た目はまんま犬だけに、動物虐待の現場をおさえたような何とも言えない気持ちになる。

「ちゃんと二匹揃ってるなー、よーしよーし」

とりあえず遭難してるって現実から逃げるには打って付けだったので、雪の上を少し早足で歩きながらその二頭に近寄る。

ピクピクと普通の犬より少し長めのヒゲを上下に揺らすだけで犀犬はまったく逃げる気配がない。

膝をついて目線をなるべく合わせて、こっちもジーっと見る……見る……見る。

「そういえば、犀犬って眼が見えないんだっけ……えーっと」

『キュー、キュー!』

ピョンと俺の頭の上から雪の上に飛び降りる雪火、ポスッっと軽めの音と共に降り立ったと思うとトコトコと小さな手足を動かせて犀犬に近寄る。

「初めて会ったのか?……可愛いだろー、犬だし、まんま犬だけど、犀犬って名前でさ」

『キュー!!』

「うん、雪火も可愛いけど、今は犀犬の話なー」

なんとなく雪火の鳴き声の”意味”がわかってきた、何せずーっとこの世界で暮らしてきたのだ、言語が違うからって意思の疎通が出来ないわけじゃない。

俺にとっては同じ種族で同じ言語を使う人間の方が時折理解不能だったりするし、うー、なんつーか、それも直していかないと。

「このワンワン達は犬の中に住むワンワンでー」

『キュー、キュッ?』

「ああ、そーそー、ワンワンは犬の事、オスとメスがいつも一緒にいてな、幸運を呼ぶワンワンだ」

中国の書物の『捜神記』で取り上げられていた幻想で見た目ワンワンそのものの犀犬。

むかーし、まだ俺が小さかったころに一度だけ遭遇した事がある、その時はオスの一匹だけしかいなかったので凄くガッカリした覚えがある。

でも頭撫でたら気持ちよさそうに眼を細めて可愛かったから、ある意味幸せって言えば幸せだったけど、ワンワンは可愛い。

渾沌も犬っぽいし。

「土の中に埋まるのが好きなのはわかるけど、雪の中は少し辛くないの?」

過去も現在もワンワンを見れば頭を撫でるのが俺、現在進行形で二匹の頭を撫でてるわけだけど、嫌そうな顔をしてないので少し安心。

暫く煤けた茶色の毛並みを楽しんだ後に問いかける、犀犬は本来は土に身を潜ませる幻想で、決して雪に埋もれる幻想ではない。

『……ワン』

か細く短めな鳴き声、曰く、気にするな。

「うん、雪が好きならいいんだ、寒いんじゃないかなーって思っただけ、そんだけモコモコがあれば大丈夫だよな」

『ワン!』

「頭たくさん撫でさせてくれたありがとう、久しぶりに渾沌以外の頭を撫でれて、ちょい嬉しかった」

決して浮気じゃないぞ、そんな下らない事をいまだ再会叶わぬ渾沌に心の中で呟いたり、同じワンワン系だから罪悪感が……。

これから渾沌以外のワンワン系を撫でる度にこの浮気した夫の気持ちを味わうわけなのか、に、二ャーニャーな猫系なら大丈夫なのか?

変な悩みが増えたぞ、俺。

「あれ、もう一匹いるや」

立ち去ろうとして腰を上げた俺の視界にもう一匹の犀犬の姿が眼に入る、これだけだだっ広い雪原で気づきそうなものだけど、今の今まで気づかなかった。

地面の中からひょこっと顔を出してるのは先ほどまで撫で撫でしてた犀犬と同じだけど、何だか毛並みの色が違う。

俺の足元にいる犀犬が地味な茶色だったのに対してぐちゃぐちゃに絵の具を塗りたくったかのような毒々しい色をしている……ホントに。

「お前らの友達?」

『『ワンッ』』

「……おお、女の子の方も初めて鳴いたな、へー、二匹だけじゃなくて三匹の場合もあるんだ」

見た目は確かに毒々しい色の毛並みだけど、近寄って見れば先の二匹より幼い姿、自然と頬が緩み手が伸びる。

カプッ!

「……………顎の力が絶望的なまでにないなー」

『ペッ、噛まれて出た言葉がそれなの?』

頭に直接響く声、驚くって言うよりは先の二匹がワンワン語だったのでその意外さに首を傾げる。

ダラーッと噛みついた子犬と俺の手の間に架かるヨダレの橋をもう片方の手で切りつつ笑う。

「あはは、やっぱ痛いや、ホントに………痛い」

『わ、笑った後にいきなり凹むの人間?……わけのわからない奴』

「うぅ、何かよくわかんないけど撫でさせろー!」

手をのばす、一度は噛んだワンワンだけど2度噛むとは限らない。

カプっ!カプッ!

「……2回噛まれた、2倍痛い……」

『ヨダレのついた手で触るなっ!………あ、アホなのかしら?……いや、確実にアホね』

いつの間にやら俺の頭の上に戻った雪火がフーっと鼻息荒く目の前の幻想を威嚇する、つか、俺の頭の上はそんなに居心地がいいのかなー。

そんな雪火を片手で、勿論ヨダレのついてないほうの手で軽くたたいて落ち着かせてやりながら再度、噛み噛みな幻想を見やる。

子犬だ、先ほどの犀犬と違うのは大きさと色だけかと思ったら良く見れば違いは他に沢山あるっぽい。

まず、眼が三つある……額に一つ、本来の箇所に二つ、それだけと思って全体を見やれば雪の中から僅かに覗かせている尻尾の真ん中に一つ。

訂正、眼が四つある。

そして柔らかそうな毛、ちょい遠目に見たときは個別の色を識別してはとても言えないような毒々しいそれ、近くに寄ってそれは間違いだと気づく。

絶えず変化しているのだ、毛の色が、すげー。

その証拠に今は華々しい鮮やかな赤色になっている、そして真っ白な雪色に……そこから変化がなくなって、所々に点滅するかのように部分部分で変化しては真っ白に戻るの繰り返し。

ああ、真っ白だからすぐ側にいたのが気づかなかったのが、で茶色になったからわかったっと、うー、卑怯だ。

こんなに可愛いのに姿を隠すなんて、ものすごーく、卑怯だ。

「噛むし、卑怯だし、可愛いし、何なんだお前!」

『いや、あの、どっちよ、褒めてる?貶してる?恨み言?どっちにしろ、初対面の相手に』

「いつも言われてる!」

『最後まで聞けや』

説教事よりこの可愛いのが問題だ、可愛いから撫でるわけで、撫でると噛むわけで、噛まれると痛いわけで、ワンワンで。

くっ、色々考えようとしたけれど何も浮かばない、最終的に可愛いのが噛む、の結果にしか至らない。

「もう、はっきりしろ!可愛いから噛むのか!あれか、噛むけど可愛いのか!?」

『触るなっ!!なんなのあんたっ!可愛い可愛いって連呼するな!てか、初対面よね!?』

「初対面とか初対面じゃないとか以前に可愛くないか!?お前可愛くない?あんまり可愛いと同じワンワン系の渾沌に対して申し訳ないんだぞっ!」

『ワンワン言うなや!』

「いや、渾沌も可愛いけど、そこんとこは大丈夫だ、うん」

『え、無視?無視なの?また噛まれたいの?』

「可愛いのに噛むな!」

『最初に戻ってるし!』

あーだーこーだーと叫びつつ隙を窺う、向こうは念で会話してくるので息切れはしない、俺は息切れしまくり。

くそ、撫でる隙が見つからない、ささくれ立つ心を癒すかのように、実際に癒すために雪火をさわさわ、撫でる!

『キュー♪』

「雪火ッ!サンキューな!」

『……あーもー、何なんだこいつ、そもそもなんで内包世界に人間の子供が……』

「お前だって子犬じゃんかーワンワンじゃんかー」

『ワンワン言うなって言ってるでしょ、2回目よっ!しつこい!』

「あ」

『ん?』

おお、少し感動した。

「ワンワンがワンワンって言った、可愛いし」

『はっ!?いや、これはあんたがワンワンって言うから』

「また言った、やっぱ可愛いし」

『ッッッッッ、このバカッ!』

名前もまだ知らぬワンワン、再度俺を噛もうとする、頭ではわかっていたけど体はわかってなかったみたいで。

俺の右手はその可愛らしい小さな口の餌食に。

「イタタタタタッ!?……ふふふふ、そして犠牲になってないほうの左手で、撫でるッ!」

『うぅー』

ダラダラとヨダレを流しながらうざったいと言わんばかりに唸るワンワン、思ったとおりの心地よさに歓喜に震える俺。

勝利の撫で撫で、そして、ごめん渾沌。

『ぷはっ………な、撫でなれてるわね』

「うん」

『…………はー、もう、いいわよ、好きなだけ撫でればいいじゃない』

「うん」

『………私の話、聞いてないでしょ?』

「ううん」

ちゃんと聞いてるぞー、でもお前があんまりに可愛くて、あんまりに上品で心地よい毛並みで、ワンワンだからさ。

キチンと集中して撫でてるだけです。

『キュー!キュー!』

「おぉ、ごめんごめん、雪火も撫でてあげるな、うん、ダブル撫で撫で、うんうん♪」

何だか不機嫌に俺の頭を小さな前足で叩く雪火、もっと撫でろと強要してる……うん、撫でる。

「なーなー」

『……私に言ってるの、よね?」

「おー、そーだよ?ワンワンなー、本当の名前はなんなの?」

どう見ても犀犬じゃないし、きっと他の幻想なんだろうな……名前を知らないとちゃんと友達になれないしな。

こんなに可愛いワンワンで噛む噛むな奴を見逃すものか……絶対に友達になってやる!

『人を勝手にワンワンと名づけておきながら本当の名前を聞くのかあんたは』

「ワンワンでもいいけど、ワンワンだと他に沢山いるじゃん??渾沌もワンワンだし、あそこの犀犬もワンワンだし、俺はお前だけの名前がほしいぞ」

『………っっ、人間が幻想を口説くのかよ』

「いや、え、あ……そんな言い方だったか俺?……ご、ごめん」

プイッと機嫌悪そうに明後日の方向に視線を逸らすワンワン、悪いことをしたのは俺らしい、うぅ。

『…………』

「そっち向いても雪しかないよ?」

プイッ、反対側に視線を逸らす、その仕草がとてつもなく愛らしいのだけれど、今言ったら怒られそうだ。

「そっち向いても雪しか、ないよね?」

『………太歳』

「たいさい?」

ポツリと洩らしたその単語をかみ締めてから、聞き返す、たいさい、わんわん、たいさい、わんわん。

わんわん、ワンワン、ワンワンの名前はたいさい……ワンワンは大歳(たいさい)……たいさい!

「おれ、俺の名前は田中太郎、っで!こいつは雪火!俺は人間で、でさ、雪火はカムイでサラマンダーで、凄いんだよなー?」

『キュー♪』

『わかったから、少し落ち着きなさいよ、えー、あー、人間……じゃなくて、たろー?…あっ、太郎か?』

「そっ、2番目の呼び方が正解な、太歳は太歳であってる?間違ってる?」

『あってるから、ちょっと撫でるのやめなさい』

「えー、こんなに気持ちいいのに?太歳は嫌か?」

『太郎、いいから、まずは手を離しなさい、もう噛んだりしないから……はぁ、人間の子供がこんなに厄介とは思わなかったわ』

「名前呼んでくれたな!やったぞ雪火、さらに距離は近づいたー!」

『キュー、キュー♪』

物凄く嬉しいので言うことを聞くことにしよう、太歳を撫で撫でから解放する……雪火は撫で撫でし続けるけど。

そういえば雪火は俺の頭の上に乗っているので客観的に見たら自分の頭を撫でてる様に見えるんだろうな俺、ま、間抜けっぽい。

「なー、太歳はどんな幻想?いいもんかわるいもんか?どっち寄りだ?」

『はっ?……いいもの、悪いものって、ホントに子供の質問じゃないの!』

「さっき太歳が俺の事を子供って言ったんじゃんかー、それにいいものかわるいもんか、気になるじゃん、あ、でも」

『なによ?』

「人間が悪いもんって決め付けててもさ、悪いもんじゃなかったりするからさ、俺の友達、大体そんなんだしなー」

ポスッ、片手が撫で撫でから離脱したのでちょい物足りない、意味もなく雪を掴んで、丸めて投げる、冷たい。

『……わ、わるいもんだけど、何か文句ある?』

「わるいもんかっ!?」

『き、気にしないんじゃないの?』

「ダークヒーローか!」

『だ、だーく?な、なに?」

「そんなことより、どう悪いの、あれか、世界を壊しちゃったか?人間滅ぼしちゃったか?」

俺の友達の”わるい”の基準にとりあえず当てはめて聞いてみる、こう考えると、俺の友達わりとアレだな。

わりと、どうしようもなく”悪いもん”だな。

『き、規模がデカイわね……戦争を操作したり、太歳凶神とか木星滅神とか、言われたけど』

「………む、難しいあだ名だな、虐めか?」

『い、虐めじゃないわよ……太歳星を追いながら地を這う化け物、知らないの?』

「知らない、むー、知らないけど、苛められてないならいいや、つおい?」

『つおいって強いって言いなさい……まあ、この世界には太歳星ないから……元々ないんだけどね、ある……って事になってる現実世界じゃないと』

「弱いのかー」

あだ名が凄く複雑だったので物凄く強いのかと思った、名前がむずかしー、そーゆー幻想は強い、なんとなくそんなイメージがある。

でもこの言い方だと現実世界では強い見たいな、むー、ワンワンは何か強いっぽいのが多いのか、渾沌もワンワンだしなー。

『暴れまわるのはもう飽きたわ、ホントに、仙人食い尽くしたり、神々を地面に引きずり込んで宮殿の材料にして、その神を崇めていた人間を住まわせて精神を狂わせたり』

「………お、おぉ」

『季節や方角を無茶苦茶にして人災を超えた神災(しんさい)を起こして帝都を壊滅させたり、歳の概念をむちゃくちゃにして人間って何年生き続けたら気が狂うんだろうなーって、試してみて、あっ、わりと200年持たずに人格って崩壊するんだってわかったり、清く正しい神や仙人に瘴気を流し込んで放置したらどうなるのかなーって、やっぱ200年は耐えたけど神格(しんかく)が崩壊して大事なとこが触れた邪神や邪仙になったりで、あぁ、人間も神も仙人も200年ちょうどなんだー、って笑ったり』

「……強い弱い以前に、わりかし酷いワンワンだな太歳」

『キュー』

うんうんと雪火も同意してくれる、特に雪火は悪である要素が皆無な”出身”であるが故にかなり嫌そうだ、昔の話って言ってるし、そんなに嫌がらなくてもなー。

『……な、なによ、悪いもんで悪い?』

矛盾したその言葉に俺は首を横に振る、昔は昔で今は今、てか、俺の友達たちの中の幾らかは神話の中で世界を滅ぼしてたりしててもこの世界で気楽に生きてるし。

うん、気にするような事じゃないや、凄く人間としてはダメなのかな、俺。

「悪くない悪くない、いい子ー」

撫で撫でを再開、なんとなく、太歳のキャラを理解しつつある、あれだ、悪者ぶってるけど本当は寂しがりやな、ああ、良く知ってるなー。

ボーディケアにそっくりだ、特にいじぱっりでふて腐れて横にプイッて向くところとか、あと、可愛いところだ。

『クッ、本当に馴れ馴れしい、しかも撫でるなって言ったのに撫でてるし、太郎!ところで貴方は何でここに来たのよ?』

「ここに?……灰音山に?」

『それ以前の問題よ、ここにって言うのは内包世界にって意味』

「いや、俺、ここで育ったし、何でって言われても困るんだけど………生まれは知らないけど育ちは間違いなくここ、内包世界だよ」

そういえば初めて友達になった幻想には大体同じような質問をされるな、その逆で、本当に仲良くなって秘密を打ち明けた人間の友達にもだけど。

この世界に人間って言えば俺だけだし、普通の人間がこの世界にいたら気が狂っちゃうらしい、狂うって……俺ここに住んでるんだけどなー。

フォルケールにそう答えたら『まあ、ネジが外れてる太郎ですから』ととてつもなく失礼なことを言われた覚えが、ネジは外れてないぞ、だってネジないし、人間ってネジないよな?間違いない。

『…………げ、幻想が人間に化けてるのかしら?』

「いやいや、人間だって、ほんと、まじ、嘘はないですよ?ほら、幻想との契約の証、心臓の上にあるっしょ?」

服の上からでも意識すると淡く光るそれを指差して、これって幻想同士じゃ無理だろ?って言いながら笑う。

『しかも、召喚士の類ってわけ、どうりで普通の人間と違ってぶっ飛んだ思考してるわけね』

「ネジは外れてないぞ!」

『何の話よ、ま、いいわ、で、イカれてて自称ネジが飛んでない召喚士の太郎くんは何をしにこの山に来たの?』

「何をしにって……太歳と友達になりに、ああ、それは今だ、今出来た目的!」

『だから何よ?』

「元々は友達の付き添いでルビーを探しに来たんだけど、今は太歳と友達になりに来た事になったんだ、うん、そーだ」

『………ともだち?』

不思議そうに眼を細める太歳、よいしょっと地面からその小さな体を引っこ抜く、下半身は足がなくて蛇のそれだったのでさらに素敵さが…かっけー。

「そーだよ、友達、つか何で下半身を雪に埋めてたのさ?」

『あ、あぁ……下半身だけ冬眠しないといけないのよ、蛇だし』

「なるほど」

俺がうんうんと勝手に感心している腕の中で『ともだち……ともだち』とブツブツと呟いている太歳、覗き込んで見てみると額の瞳が紫なのに両目は金色。

素敵……キレー。

色んな綺麗な幻想の友達がいるけど、太歳はその中でもかなり、キレー、美人。

『ともだち……はー、私と、貴方……たろ、、太郎が……よねぇ』

「そうだよ、嫌か?」

『…………べ、べつに』

プイッ、眼を逸らした太歳の頭を撫で撫でするのを止めれない俺だった。



[1442] Re[20]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆7ce9d5d0 ID:e1cf568a
Date: 2010/04/10 17:42
本当に、年下の彼女とまったく同じで素直じゃない太歳に苦笑だ、くしょー、可愛いのに素直じゃないなんて損だと思う、でもそこも可愛いから損じゃないのか。

ぷいぷいーぷい、さっきから顔を見せてくれない、むぅ、四つあるおめめーを見せろよー、凄いケチだ、ケチケチワンワン。

俺の周りは二パターンだな、二パターン、素直で可愛いのと、素直じゃなくて可愛いのと、むぅ、あまり深く追求したらどっちみち同じじゃないかと、そんな結論、
難しい事を考える事が俺にはむずかしーよ、ぷすぷすぷすぷす、頭から煙がでそーだ。

「ぬなー!?」

『うざい、うっさい、ばーか』

手から離れたと思うと俺の影の中に飛び込む、そこは犬つーよりは蛇のような鋭い動作で、にゅるーってした、あれか、下半身ヘビだからそんな動きが可能なのか。

ある意味”きめらさん”だなと変に納得しちゃったり、でも影にズブズブ沈んでいく様子は沈没船、沈没わんわん、泥船ー。

「えっと」

『なによ、”ともだち”だったら”影”ぐらい使わせてくれていいじゃないの!そのっ……この、あれ、貴方は寝床なんだから!』

「いいけど、ふむ、あれかー、まいほーむ的な、あれ、むむ、俺の影だったら好きに使えばいいよ、うん、雪の中よりマシ?」

『べ、別に、あたたかいなーとか、ぬくいなーとか、思ってないわけじゃないんだからね!』

影からひょっこと顔を覗かせて太歳が吠える、きゃんきゃん吠える、俺の影はワンワン小屋にランクがあっぷしたー、きゃー、喜んでいいのかどうなのかわかんないや。

何だかこの山に来て色んな付属が増えてます、どれもこれも可愛いのでうろたえるよ、うん、渾沌が凄く怒りそうだ、浮気だーとかきゃんきゃん、おバカな俺でもわかるのだ!ちょい賢くなってる俺!

そして子犬的な、おめめが四つの太歳が影にずぶずぶと沈んでから妙に体が軽い、どうしてだろう、何かしてくれてるのかな?地面からちょっぴり出てる小さなワンワン、教えてくれない感じ、ちょっぴり出てるヘビのしっぽが揺れる。

機嫌ちょーいいじゃん、仙人とか神様を虐めてた時もあんな感じによろこんでいたのかなー、可愛いから許されるってのは無いにしろ、俺は騙されちゃいそうだ、むぅ、ういうい友達。

『むっ、太郎!もしかしてあんたと……………さっき、コントンって言ってたわよね?……影の中にも微妙な残り香が…コントン、コントンってどんな字?』

おお、何だか話しかけてきてくれた、無視無視の方向かと思ってたけどなぁ、歩き出す、歩き出しながら、その質問はちょいむずいと、へこむ、だって俺は基本というか根本がおバカさんだからなぁ。

字を!って言われてもなー、難しい、うむむむむ渾沌、すぐに頭には浮かぶけど、書けとかどんな字かと聞かれても困る、さらにおバカがバレて怒られるぅ、うぅうぅ。

ボーディケア系と呼ぶとしよー、このなんつーか、こわいこわいけどかわいい系列を、こいつらに対抗する術は無いなぁー、正直にしらないと答えて、再度、ちゅーごくですよと付け加える。

犀犬に手を振りながら、おわかれー、ついてきちゃだめ、ここがお前たちのお家、また来ますーあれ、太歳はどしよ、どしよどしよ、どうしよう。

「ちゅーごくしんわーの最初のワンワンだけど、どした?……はっ、わんわんねっとーわく、そんなのがあるのか!ちゅーごく神話系にはっ!」

『……すごい、脳みそが腐っているのね』

「ほめられてないよなぁ、むぅ、腐ってるかどうかは中身を見ないとわかんないじゃんか!歩けてるし、喋れてるし、だいじょうぶ!で、どしたんだー?本当にワンワン知り合いか?」

『ふんっ、別にっ、成程、あいつの主になるような変人がいるなんてね、影に潜んでたらまずバレないと思うけど』

「ふへー、ワンワン知り合いじゃんか、さっきの犀犬も入れて、ワンワンにもみくちゃにされたい、もみもみくちゃくちゃー」

『キュィ!』

「うんうん雪火もなー、だいしょたいになったな、だいしょたいに!」

『…………べ、別に、あんたのことなんて、どうでもいいし、ただ、ここにいるより、人間の影の方が陰気があって、気持ちいいの!それだけなんだから!』

「うるせぇ!くちゃくゃー!」

『わふぅーっ、くぅん、はっ!?首の辺りをさするなー!しね、しね!ばかばかばかばかばか!」

隙を狙って影からすっぽりと取り出してくちゃくちゃした、顔を寄せてくしゃくしゃー、獣のにおいと照れた声、冷たいしっぽに、たまらない、でもするりと手から抜ける、また逃がした!

甘えたくぅんはいいな、もう一度隙あらばくちゃくちゃしてやるかんな!ふふ、俺の影にとても良いくちゃくちゃー空間が出来ました、隙あらば、隙あらば!

しかし渾沌……つまりは混沌的なぐちゃーとした属性を感覚で掴みながら、てきとーに歩いているが中々合流できないなぁ、どこだ、新ワンワンもいいが、やっぱりワンワン的に俺の渾沌!

「ここここここここ、渾沌ーーーーーーー!うにあー!出てこいー!もふもふさせろー!」

しかしまあ、これだけ家族的なワンワンともきゅもきゅが増えたらかーさんに説明しないとな、勝手に家に入れても何も言わなさそうだけど、ちゃんとそこは!

家族が増えるのはよいことだー、かーさんもきっと喜んでくれる、と思う、すごくわかりにくいけど、俺にはわかる!なんか髪がフワフワと縦横無尽に揺れる姿が!あれは喜んでいる証!この照れ屋めー、照れ照れかーさんももふもふしてみよう。

「我輩をもふもふとは、詳しく聞こうか?」

真っ白い式服に橙色の髪がよく映える、うんうん、肩をがっつり掴まれて、ギリギリと、痛いなー、痛い、幼い姿なのにすごい力、幼いけど凄くおとななのかなーとか、そんな風に思って、思って…むぅぅぅ!

「ワンワンの姿じゃなくないかっ!?」

「タローが何に怒っているのか我輩には不明なのだが!」

赤色の切れ長の瞳、くーるびゅーてぃーな、むぅぅぅ、俺の使い魔で、大好きで大好きすぎる渾沌の姿がそこにあった、接近に一切気付かないって…俺ってよっぽどその、魔術的な才能がなくないか、俺の方が実は使い魔の方がしっくり来る。

あはははは、良く見てみると、目尻に涙が、ぎゅううううううとしたくなるから、ぎゅうううううとしてみた。

「ひさしぶり、かなぁ、どの程度でひさしびりって使うんだろう、寂しかったぞちくしょー、うん、もふもふ、くちゃくちゃ」

抱きしめて顔を寄せる、ワンワンだろうがなんであろうが可愛い渾沌、ほっぺたを寄せてぷにぷに、俺のほっぺたで、うりゃうりゃうりゃー、ほっぺた相撲。

怒られても困るもんな、でも会えてよかった、俺より頭一つ小さい姿をした渾沌はうぅぅうぅぅと泣きながら鳴きながら、もう、鳴いてるのか泣いてるのか、俺の顔は涙まみれ、しょっぱいや。

「こんとん?どした?」

「うぅぅぅぅぅ、うー」

じっと、下から睨まれる、頬がぷくーてして、怒ってます!って感じだ、もしかして心配してくれていたのだろうか?いや、この子の事だから心配しまくりだろうけど、俺がいけないなこれ、俺が駄目だ。

バカ、俺。

「渾沌、ほら、もう一緒、はなれないし、ずーっと一緒ー、ごめんなぁ、ごめんごめん、さっきも怒らせたのは俺だったし、俺そーーやって、渾沌を涙ポロポロにして、ごめんなぁ、むぅぅ、許してくれるか?」

「………たろ」

「おう」

「……つぅぅぅ、タロー、タロー、タロー、タローっ!」

「ほいさ、はいさ、うん、好きだよ、ともかく、大好きだ渾沌、やっぱちょっとでもはなれてたら駄目だもんな俺たち、そんな事も知らなかった俺はバカだ、可愛いよ渾沌、ずっと一緒にいよう、な」

「………」

こくこくと頷く、心配させてしまった、すごい罪悪感、胸がぎゅううって締め付けられる、反省中、反省はずっとだな、ずっと反省しないと駄目だ、それはずっと渾沌といることで、うん。

暫く抱き合っていると、胸がぺろぺろ舐められて、小さなピンクのそれが服の上から、ほーう、どーゆことかわからないから放っておいたら、顔にも、爪先立ちな渾沌、ぷるぷる、涙もちょいポロポロで顔面を舐められます。

どしたんだろ、まーきんぐ的なもんかなぁ、寂しい思いをさせたのでどうにでもしてください、ぺろぺろ、こしょばいー、でもかわいい、ワンワン姿でも人の姿でもむちゃかわいい。

俺の使い魔です。

「れろ……………タロー、好きと言っても、もう大好きでも、そんな次元じゃなくて、だからっ、離れるのは嫌だ!」

「うん、俺も嫌、やーですな、納得、もう、あんまりペロペロされて視界があれじゃね!うううううううう、甘んじて受けます」

「タロー、タロー」

寄り添う、お尻から出た犬のしっぽ的なのがゆれるー、さいじょうきゅーに機嫌が良い、俺の周りをクルクルと、普段は冷静で落ち着いた態度、それが崩壊、完全崩壊。

ぽりぽりと頬をかく、可愛い奴め!このやろうー、今夜は抱きついて寝てやるもんな!なんだこの決心、うむむむむ、俺も嬉しくてどうにかなってるや、うやー、やっぱりかわいいんだもんなぁ。

白い式服の袖がゆらゆらー踊る、俺も小躍りしたいよー、なんておバカだな俺、ふむぅ。

「ところで渾沌」

「タロー!」

会話にならない、やばいなぁ、この子を放置した自分め、俺め、ともかく喜びへの世界にどっぷり使っている渾沌は意思疎通が、ていや!

目の前を通るのを見計らって、げっと!

「ほらほら、おちつくのだー、この、かわいいから何でも許されると、うん、許されるな、渾沌ー、俺もだいすきだぞー、なー、このー」

「わっ、タロー、むぃー、く、くすぐったい、あはははは」

首を舐め返す、えっと、細くて白くて雪のようで、なんだっけ、ああ、ともかく、ともかくの話、俺も大好きで渾沌も大好きで今日も世の中は素敵だなーとかそんな話?いやいやいや。

「よし、だきだき抱きしめ時間おわりっ!」

「はっ、わ、我輩は何をっ!」

「いや、こう、お互いの愛を確認出来た所でー、やっと現実の世界に戻ってこれたー、幸せだったし、これからも一緒に永遠に生きてこう!と未来も希望が沢山だしな、よかったよかった」

「むぅぅ、タロー、我輩がどれだけ心配して、う、うぅ、し、ぐ、ま」

「シグマ?」

鼻づまり声でよくわかんないので聞き返す、しぐま、なんだか無駄にかっこいい響きだ、新必殺技でも俺がいない間に考えたのだろうか、それはちょい寂しい、そーゆーのは一緒に考えたいです!

これはいけない、かーさんも交えて家族会議だなーと呑気に考えてたら、またぐしゅぐしゅした渾沌、鋭利な外見はまたも崩壊、むぅ、俺が何かしたんだろう多分!こらー!俺っ!

「えっと、えっと、どした、ううぅぅ、お、俺が何かしたんだよな?」

「ど、どれだけ我輩が心配したと!さみしいし、寂しい、淋しい、タローがいないと我輩は死ぬぞ!死んじゃうんだぞ!さみしくて!このこの!」

ぽかぽかぽかー、間抜けな効果音で胸板を叩かれる、うぅぅぅぅ、実は俺も渾沌がいないとさみしくて死んじゃうんだぞ!でも言ったら俺まで泣きだしそうなので言わない。

死んじゃうんだぞ何て言われたら俺が死んじゃいたい……くぅ、どうしよう、こんな気持ち、とても持て余し気味!大好きすぎるのも大変だー―、ちょっとそんな風に、大好きすぎるのはでも最高に幸せだ、結論。

ぽかぽかにたいこーすべく、頭を優しくぽんぽんと叩く、ぽかぽんの効果音は俺たちの幸せな音だな、やむまでこのままー、あっ、終わった。

「ふぅぅぅぅぅ、色々あったような無かったような、渾沌この、可愛い奴め」

「そっちこそ、愛しい主め」

このままでは甘ったるいだけなので毒を互いに吐き出してみたのだけどなんか微妙なかんじー、どうしてだ、好きすぎると毒を吐くのもこんなのなのか!

とりあえず、渾沌も落ち着いて俺も落ち着いて、ふぅ、深呼吸、もう怒ってないようだ、あれだなーー、これだと数日会わないだけで本当に渾沌はどうにかなりそうだ、気をつけよう!

気をつけよう事項が追加ー。

「しかし、渾沌、良くここがわかったなぁー」

「……使い魔としては当たり前の能力を使ったに過ぎないが、タロー」

意味も無く会話の途中に抱きついてくる、やばいな、もう、くっつきむし!

それでもどうにか、引きずって歩く、渾沌がこんな風になることがあるとは、少し驚きだけど、たまには良いだろう、うんうん、甘えてくるのも可愛いのだから何も問題は無い。

『キュー♪』

雪火が嬉しそうに鳴く、あっ、せつめーをしないとな。

「タロー、我輩を甘く見るで無い、全てお見通しだ、我輩は唯一無二のタローの下僕、全てタローの眼を通して見ていた」

「おーじゃあ、もう一匹友達になったワンワンが、隠れてても意味ないじゃん」

そういえば、さっきから姿を現さない、どしたんだろ、少し心配になる………そういえば、地面から出すなって怒ってたもんな、お腹がゴロゴロになったりしたのだろうか?

あれだ、せいろがんー、無い…持って来てない。

「どうしよう、せいろがん無いや」

『って誰がお腹を壊してるって言ったのよ!!こう見えてもかつては木星滅神と言われた魔王よ!どうしてぽんぽんが痛く!』

「あっ、その言い方かわいいな」

『にゃぁああああ、この、この、うっさい、くたばれ!』

また叱られた、でも顔は影から出さずに声だけ、どうしてだろうか、渾沌は目を細めて俺の影をじーっと見つめる、全部見てたんなら知ってる筈だよな?どしたんだろうか。

「タロー、これまたとんでも無いのを影にしまい込んだな、階級の程は『水』、我輩と同列で同郷の魔王だぞ?」

「わんわんな」

「いや、タロー、ふむ、それが心を許すとはな」

「わんわんわんわんな、俺のわんわんへの大好きっぷりで影を犬小屋にしてもらいました、あっ、犬って失礼か!ワンワン小屋で!」

『……もういいわ、渾沌、貴方の方こそ、こんなに幼くて頭の回転が悪そうでしかも魔力も皆無で、何だか言動自体が砂糖菓子みたいなのと契約したわね』

「ふん、我輩の主はタローのみ、そこに含まれる理由など意味が無い!」

『へぇ、愛されてるじゃない……って、あの抱きしめてグルグル回ってた時点で何となく予想はできたけど』

「なにを、俺は太歳の事も大好きだ、今度お風呂一緒にはいろーな、ぷるぷるして水しぶきを飛ばすんだ!かわいいぞぜったい!」

『何の話よ!?』

「ふぅ、本来なら嫉妬の一つでもしようものだが、タローを守る術が増えるのは幸いと思うべきか、まったく、いつもいつも、相手を蕩けさせおって」

「ほめられた!?今ほめられたよな、うりゃー!やったー!」

『うっさいわよ、はぁ、いいわ、兎も角、太郎の影に住まわせてもらうから、何か会った時は呼ぶがいいわ、す、少しぐらい助けてあげないこともないことも、そのこともあのことも、ないんだから!』

「ごめん、わかりにくい、いいよー、可愛いわんわんをいつでも抱けるその契約!俺はするよ!」

「タローよ、中国神話の魔王に割と簡単な理由で契約するなどと、そこも愛しいのが困りようだ、我輩はもしかしてもう完璧に逆らう事は……むむ、だがそれもいいかと思うのも」

何だか大好きな存在に囲まれて幸せなので、これはもはや仲良し遠足と思う事にしよう、なんだかわんわん達は知り合いのようだけど、いいやー、仲良くなるだろうに、そのうちさ。

ふと足を止める、何だか景色が変わらなかったか……今、あれれ。

「なんかすげーでかい穴があるよみんな、これ、入ったら確実にやばいよな?」

大穴、景色が一瞬で変化して大穴、ごつごつした岩の斜面に大穴、あれー…雪とかは?と思いつつも大穴……誰かが一瞬で俺たちを誘い込んだのか?

そういった魔術があることは知ってるけど、実際に突然されるとびっくりだなー、他のわんわんは何も言わず、キューと雪火が愛らしく鳴く、頭の上にあるそいつを片手でもみゅもみゅ、あたたかいし、爪でかりかりされる、じゃれるなー、いや、じゃれろ!

「ふむ、誰かが我輩たちを呼び込んだか、して、ここからあの”るびー”とやらの匂いがするぞタロー、あの時嗅いだものと同じだ、間違い無い……それとどうしてか”混沌”の属性も感じる、タローが我輩の所に辿りつけなかったのもこれが原因か?」

「まじでかー、いやいやぁ、じゃあ行こう!」

『待ちなさいよ、少しは考えなさい、この山に住んでいる私が知らない場所よ?何かあると思った方が』

「だって渾沌いるし、太歳もいるし、だいじょうぶだよ、なー、だいじょーぶ、興味もあるもん、それに友達がすげぇ欲しがってるから、絶対に見つける!!いじょー!」

なんだか冒険ものの絵本見たいな展開に胸がワクワクだ、うんうん。

「あと、太歳が守ってくれるってさっき言ってくれて嬉しかったもんなぁ、さんきゅー」

『……も、もう!』

もうって何さ、なんだかわからないけど怒られて、でも俺は足を進めるのだった、渾沌は何だか少しだけ悩み顔、ふむ、同じ属性ってどんな意味だろう?

でも、渾沌みたいな可愛い奴だったらいいな!もふもふしてくれるわ!



[1442] Re[21]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆7ce9d5d0 ID:e1cf568a
Date: 2011/04/13 17:54
洞窟の中は暗くて怖いと思いきや、何だか明るくて眩しくてー、逆に光が強いなぁー、どうしてこんなに明るいんだろうか?

渾沌の手をぎゅーと握る、沢山のドキドキと少しだけの恐怖、色んなお話の中の登場人物もこんな気持ちなのかな?とか思ったり。

気にはなるので恐る恐る天井を見る、うーん、なんだかモヤモヤした炎が天井にびっちり張り付いている、ちゃんと少しずつスペースがあるから、うん、一匹では無いはず。

何かの幻想の群れのようだけど、炎の形をした幻想は多種多様にあるからなぁ、むぅぅ、わからないや、一匹だけ?小さいのがもみゅもみゅと地面をはっている、落ちたみたいだ。

可哀相だな、亀のような歩き、これでは壁に近寄るのも大変だ、熱そうだけど、仕方ないや!

「ほい」

渾沌の手を離す、そして小さな『火』に近寄る、なんだかびっくりして、速度をあげるが相変わらず遅い……驚かせたみたいだ、凄い罪悪感。

ちょいと、悪いなーと思いつつ指で突く、全然熱くないし、痛くないし……感触がある、赤色のそれは炎のように透けて揺らめいているのに触れば確かな感触があるのだ。

それで頭に浮かんだのはキムジナー火、沖縄の精霊の一種で夜になると海上や谷で活発に活動するのだが、普段はこんな暗い場所にいるのか、本当は家の陰に潜むと言うけど、この世界に家なんて我が家ぐらいだし。

なによりかーさんたちの魔力が激しすぎて近寄れないしなぁ、キムジナー火の特徴は触っても熱く無い事と水の中でも炎が消えないと言う二点だ、初めて見たので少し感動、この子はまだ子供、産まれて、もしくは発生してから間もないみたいだ。

そりゃ落ちちゃうよなー、手で掴むと暴れる、なんだか小動物的な動き、幼体なので優しく優しく、そのまま壁の方へと歩いて、そこに張り付くように誘導する……よし、張り付いた!

もじもじとのぼる、相変わらず亀のように遅いけど!がんばれー、なんだか心配で足をとめたまま暫くその姿を見つめてしまう、渾沌はため息を吐いてるけど、許してくれている。

他の大人のキムジナー火も心配していたのか、天井に登ろうとするその子の真上に沢山集まっている、これなら大丈夫そうだ、うんうん、大人がいれば安心。

「あいつらのお陰でこんなに明るいんだなぁー、少し感謝、洞窟の中が明るいなんておかしいと思ったんだけど、うん」

「タロー、使い魔として一つ忠告をする」

綺麗な人差し指が眼前に、おぉう、少しだけ後ずさる、これは叱られる流れだな、腰に手を当てて、ちょい不機嫌だし、手を勝手に離したのも駄目だったみたいだ。

ううぅう、切れ長の鋭い瞳はさっきの涙目と同じものと思えない、なんだよー、もう、でも叱られるのは怖いけど逃げ出す事も出来ないので大人しく耳を傾ける。

「そうやってどのような幻想に対しても情を持って接する事は悪い事ではないと思う、徳がある人間が主だと我輩も鼻が高い」

「むぅ、そうやって褒めて、その後に叱る作戦だなっ!でも褒められるのは嬉しいし………ひ、卑怯だぞ!」

「はぁ、嬉しいと素直に喜べる心も純粋だと思う、しかし!危険か安全か判断出来ないものに不用意に近づく姿勢を許す事は使い魔として出来ない」

「そこはあれだ、許す方向で考えて」

「…………タロー」

「むぅぅぅぅぅ、だってさ、困ってたし、いいじゃんか!それに危ない幻想なんて俺はこの世界でそんなに出会った事はないぞ!」

「タローよ、我輩にもわからぬが、自分の母上を時にはちゃんと見つめた方がいいと思うのだが」

「は?かーさん?………いやいや、あの人は確かになんか凄いけど、危なくは無いだろう、この前も何も無い所で転んでたぞ、あの人浮いてるのに、転んだぞ、空中で、こけっ、てさ」

「あー、うー、だがな」

「大丈夫、それにそんな奴がいても守ってくれるだろう?」

俺の能力は最低だからなー、能力って言っても色々な意味で全てに置いて、魔力を感知出来るときもあれば出来ない時もあったりと、いい加減なものだし、うーん、全てがいい加減。

だとしても、大事な存在がそこを補ってくれる、俺は頼らないと生きていけないけど、そこを恥じるような真似はしない、世界なんてそんなもんだなーと嫌な事に開き直ったり。

だから大事な存在の為には全てを捨てれるし、そこんとこでバランスを保っていたりする。

「渾沌は心配しーだな、心配しー、何だか少しだけかーさんに似てきてるんじゃないのか?でもかーさん大好きだしな、それは嫌じゃないやー、ありがたいありがたい」

「タロー、真面目に話を聞かないと我輩でも怒るぞ」

「怒ったらまたポカポカするのか?……一日に何度もするもんじゃないぞ、あれ、俺もあれは悲しい気持ちになるからやめてほしい、でも幸せにもなるしー」

「タロー!!」

また叱られた、うー、真面目な渾沌の事だからてきとーに生きている俺が心配でたまらないのだ、でも心配されてもこんな性格で今まで生きて来たわけだからなぁ、
ニャル姉に言わせたら大事な何かが完全に外れているらしいけど、ニャル姉に言われてもなー、あの人だって色んな姿に変化して人を騙すのが大好きな癖にー、弟の俺だけ悪く言うなんて、それも含めてそーゆー神性なんだろうけど。

とりあえず、言葉ではあれなので、もう一度渾沌の手をぎゅって握る、俺の突然の行動に驚いたのか手が少しだけ汗ばんでいる、申し訳ないなー、もう反省しまくりだなここ最近。

「怒るなよー、な、俺みたいに終始怒られているような人間にいちいち怒っていたら疲れるだけだぞー」

『自分で言う辺りが涙を誘うわね、でも、おかしな空間ね、天地開闢の時から間もない頃の世界の匂いがする、開闢生命でもいるのかしら?』

「かいびゃくせーめー、って何だ?」

「この世界が誕生した時に発生した獣の形をした幻想の事をそう言う場合もある、我輩が代表的だな」

「ふーん、渾沌と同じか、それだとさぞ、抱き心地がいいだろう、だ、き、ご、こ、ち~♪なんかここの空気好きだー」

『その獣の抱き心地が良いとは恐れ入るわね本当に、この空気を良く感じれるなんて、もしかしたら混沌の属性と相性がいいのかもね、人間でそんな存在は元始天尊ぐらだと思ってたけど、変わり者はどの時代もいるものね』

「ふん」

『あら、その名前には微妙な思い出があるのかしら?でもどうしてそこまで混沌の属性に抗体を持っているのか気にはなるけど、ふぁ、むに』

顔をまったく出さない太歳、なんだか今欠伸しなかったか?……俺の影の中ってそんなに居心地が良いのだろうか?今度一緒に連れてってもらおうー、あれ、俺の影の中に俺が入ると影は無くなってー。

んー?………良くわからないけど、考えすぎると頭が確実に破裂する事だけはわかる、やめよう、考えるのをやめて歩くのを再開する。

「あれだよ、なんかここの空気も、渾沌のもふもふ感も、何に似てるかって言ったらニャル姉に似てるんだ、うん、間違い無いや、あとこの前そーぐーした生徒会長も、なんかごちゃごちゃして、良い感じの空気だったぞ」

髪の毛の指輪を見る、あの人、なんか色んな物が混ざってごちゃごちゃしてる印象を受けた、ちょっとだけこの世界の空気に似てる、色んな幻想がみんなで気楽に生きてるこの世界の空気に少し似ている。

なんだか少しあの人に興味があるのだけど、俺みたいな落ちこぼれが話しかけて良い人では無くて…まあいいや、話しかけてみよう、うん、今度登校したら、っても何処で会えるのか知れないけど、せーとかいしつ?むぅ。

上級生の教室はなんか緊張するしなぁ。

『その道具、かなりの魔力を感じるわ、しかも多くの幻想の気配がする、はぁ、だとして、それも様々な属性が合わさって混沌に近い属性だし、貴方は原初の頃の仙人にでもなりたいのかしら?』

「嫌だよ、俺は山の中で引き籠って色々むずかしー事を考えるなんてできないよ、まあ、ともかく、そんなごちゃごちゃしたのは嫌いじゃないな、うんうん」

しかし歩いても歩いても奥がまったく見えない、洞窟なのに何もかもが整然としていて、何かの施設のようだ、でもここはキムジナー火の住処だし、こっちの方が暮らしやすいのかもな。

あの小さいキムジナー火はしかし愛らしかったなー、亀さん歩きなので心の中で亀ゴロ―と命名、火なの亀とはこれ如何に?……今度からもちょくちょく遊びに来て様子を見よう、あ、でもここが何処だか知らないや俺。

「我輩の属性を受け入れられるのはタローだけだからな」

「突然に何を言うんだ渾沌や、属性ってどーゆー事だ?突然に泣きだしたり騒いだり、胸を泣きながら叩く……おおぅ、意外に涙もろくて弱虫ちゃん属性か!受け入れてやるとも!」

「ち、違う!混沌の属性の事を言っているんだ!その、あれだ、タローは時折、こっちの思考の斜め横を全力で走りぬける時があるな」

「はははははは」

「いや、笑う所ではないからなタロー、いやいや、大爆笑してないかタロー!?」

「あははははははは、だって、俺ってそんなにおかしくないのに、割とおもしろな渾沌にそんな事を言われたらー、はは」

「………はぁ、タローより愉快な存在なんてどの世界を探しても見つからないだろう、我輩は確信したぞ、して、どうする?」

「どーするとは?」

もしかして疲れたのかな、確かにさっきから歩き続けているし、一時間ぐらいは経過したように思える、思えるってのは何となく感覚で!

しかし本当に深い洞窟だー、もっと色んな幻想でてこないかなー、さっきの可愛いキムジナー火みたいなのを希望、でもあまり不用意に近寄るとまた渾沌に叱られそうだ。

「叱るなー!」

「叱るも何もまだタローは何もしていないだろう、ほら、ちゃんと我輩の手を握って、離れないように」

「一生だな」

「確かに一生我輩とタローは離れないし、死んでもその魂に寄り添う事を誓うが、タローよ、今我輩が言ったのはそこまで重い方の意味ではないからな」

「……うー」

「あ、う………わ、我輩はずっとタローと一緒にいたいと思っているぞ!常に、常にだ……だからそんな眼をしないでくれ、その、我輩、困る……泣きたい気持ちになるではないか」

「だってさ、そんな風にいきなり真面目に、他人っぽくされるのなんかヤダな、おー、そういえば、ここに入る時びみょーな顔してたけど、大丈夫か?」

最初はびみょーな顔をしていた渾沌だけど、俺がダラダラと下らない事で騒いでいる内に、顔色が幾分かマシになったような気がする、ここに入ろうって言ったのは駄目だったかなぁ。

でも、同じ混沌って属性の幻想なら無視しないで会った方が良いと思う、俺だけでいいーなんて言うけどさ、友達が渾沌にも必要かなーって思う、どうしてかと言われると上手に説明できないけど。

その点で言えば太歳が俺の影をまいほーむにしてくれたのは幸いだ、なんだかんだでワンワン仲間で同じ神話の時を生きていたのでちゃんとお互いを意識している、無視しないし、会話をしてる。

もっと仲良くなればいいなぁ、俺のお家で時折太歳を影から取り出そう、そしてワンワンたちで絡ませるのだ、よし、けってー、んー、ワンワン仲間を他に見つける事が出来たらいいなぁ。

そういえば渾沌ってしきょーって括りの一柱なんだよなぁ、この前また再会しようと約束した虎さんが気になる、名前なんだっけ、えっとえっと、虎さんでいいか、あれはいい虎さんだった、出来る事ならゴロゴロと鳴かせたい!

実はしきょーってのが気になる、渾沌がこんなに可愛くてあの虎さんがあんなにかっこいいのなら、他の二匹も、むぅ、出会いたいものだ、そして渾沌と仲良くさせてあげたい。

「タロー、何か不吉な事を考えてないか?我輩の心にタローの心からどうにも嫌な獣の姿がジワジワと伝達されるのだが、不明瞭でわからないが、かなり苦手な感じがする」

「別にー、んー、あれ何だ?、あっ、渾沌、走るから、抱っこ!」

「へ?にょわ!?」

渾沌の小さな体を抱き上げる、おひめさまだっこ、とかそんな奴、うー、軽い、羽のように軽い、今なんかかなり可愛い声をあげたけど、言わない方が良さそうだ、真っ赤にして俯いてしまった。

何もかもが整然とした地面、走りやすいー、目に見えたあれに一直線、なんだか穴を遮るような巨体が見える……巨体って言うより、なんだろう、大きな顔が洞窟の中心に鎮座している。

うわー、見た事ない幻想だっ!嬉しさに足をさらにはやめる、渾沌が何も言わない所を見ると邪悪な存在では無いらしい、でも、世間一般で邪悪と言われてても、空気が禍々しくても話してみたら良い奴なんてそれこそ沢山あるしな。

『おうおう、人間の子供じゃないかー、んだんだ、こんな場所に珍しいべやぁ、あで、この世界に人間っていたっけかなぁ』

「ちわ!」

『おー、はじめまして、人の子よぉ、おうおう、めんこいのぅ、こんな場所でおでの創造した人の子に会えるとは、うれしいべやー』

褐色肌の巨大な顔だ、それが達磨のように存在している、なんだか鼻息が荒くてふがふが言ってる、耳も大きくて様々なピアスをしてる、鼻にも……顔には様々な色をした泥が塗られていて凄くオシャレだ、温和そうな顔には沢山の皺が刻まれている。

頭は髪を団子に大小様々に作って、これもオシャレ、なんだかオシャレで大きな顔の幻想、額に巻いた古ぼけた布のようなものが鼻息でひらひらと揺れる。

「俺も嬉しい、大きいなー、大きいぞ!」

『ぶわはははははは、だど?おではでかい、でかくて愚かだから、こんなどこで過ごしているのだけども、人の子は何の用でここに立ち寄ったんだべか?』

「人の子って言うか、田中太郎って言うんだ、みんなは下の名前で太郎って呼ぶから、おっちゃんも気軽に太郎って呼んでくれ!鼻息すごっ!?そしておしゃれ!」

『ぷっ』

「ぷっ?」

『ぶわはははははははははははっはははははははははっはははははははっはは、おもじでぇ子供だぁああ、ぶわはははは』

唾液が飛び散る、顔面に飛び付いたそれを袖で拭う、あんたの方が面白いけどさ!なんだか話していると大きな気持ちになるような、器の大きそうな幻想さんだ。

渾沌が口を開こうとするが、やっぱりやめる、どーしたんだろう?

『おうおう、中々にすごい仲間を連れているようだべさ、んんん、おお、そこの娘は”こんとんのけもの”だべか、うんうん、おでのけものとはちがうのぅ』

「おっちゃん、渾沌知ってるの?」

そういえばこのおっちゃん、何処の幻想なんだろうか、何だか雰囲気からして大らかな地域の幻想のような気がする、それにこの器の大きさと、渾沌を知ってる所から相当の大物のような気がする。

『しってるべぇ、おでもこのせかいを創造するときに使ったべやぁ、あでだ、”こんとんの怠け者カメレオン”だ、世界が生まれる前からおでのげぼくとして働いていたんだけども』

「へぇ、知らない幻想だな、そのカメレオンさんは?ここにはいないのか?」

『絶交したべぇ、おでの言った仕事をきちんとしないからのぅ、そいつは人間に永遠の命をあげる力があったんだけども、さぼりもんでなぁ、だがら永遠の生と死のどちらかを人にあたえねぇど世界は人が好き勝手にやるだろ?永遠の生なら子はできねぇから増えなくて無茶できねぇしよ、死を与えたら、ある程度増えたら、また数が減って、無茶できねぇべ?おで、必死にかんがえたべ、みんながくるしまねぇせかいをなぁ』

「ふへー、頭いいなおっちゃん、俺とは偉い違いだなぁ、んー、ありがとうな、人間だいひょーとして、さんきゅー!」

『だべぇ、そんなこと、言われたのはじめてだわぁ、だべだべ、で、でれるぅ』

照れてる、何てシャイな人なんだ、ヤバい……好きなタイプだ、是非、お近づきになりたい、ちなみに照れて揺れるたびに天井からパラパラと埃が落ちてくる、なんとこのおっちゃん、ほぼすっぽりこの洞窟にはまっているのだ。

恐るべしおっちゃん、そして恐るべし照れ屋のおっちゃん、照れるしぐさが可愛いな……おしゃれだし、その顔に塗った土を何処で手に入れたのかも聞きたいし、あーもう!

「おっちゃん、何処の神様なんだ?えっと神様だよな?」

『…………太郎、またどうしようもない存在に……どう考えても私より上、『火』の位置にいる存在、幻想よ、ありえない、しかも創造神のような気配がする』

へぇ、アジ・ダハーカと同じって凄いんだよな、うん、確か凄いはず、あいつがあまりに親しすぎて、どうも凄いと言われてもピンっと来ないや。

でもこのおっちゃん、全然そんな風には思えない、そーぞーしんって言っても、話を聞いてると本当に一生懸命に世界を創造したって言ってるしな、良い人じゃんかー。

でも学園の人間だったらすごく契約したがるんだろうなー、俺の感覚がおかしいのかなぁ、むぅぅぅ、こーゆー人は戦って云々よりのんびりニコニコしていて欲しいや。

「タロー、あり得んぞ、この御仁、相当の……我輩と同じ元始の獣を、開闢生命を下僕と言った……つまりはそれを己の下として使っていたという事だぞ?」

「そーなのか?」

『んだべよー、あとはさぁ、地面に舌を付けただけで生き物を何万もころせる”こんとんの働き者のトカゲ”ってのを飼ってただべ、そいつもどこがにいっちまったぁ』

少しだけ沈んだ声、大きな鼻から出ている鼻毛がぴゅるぴゅると揺れる、すげぇ剛毛そうなのに揺れる、それだけ落ち込んで吐いた空気が凄かったって事だ、でも、すごいの二匹も飼ってたんだ、すごい。

渾沌レベルの幻想を二匹も使役していたというのに、何だか偉そうな部分が一つも無い、分厚い瞼が閉じられて、顔がゆがむ、寂しいんだ……二匹とも何処かに消えちゃったのか。

「下僕って言っても友達だったのか?」

『んだべさぁ、おで、あまりかんがえるごとはどくいじゃねえしよぅ、そいつらが色々助言してくれたんだべぇ、でもいなぐなって、世界も様変わりしちまって、だがらごっちの世界にきたべぇ』

「ふんふん、もしかしたらその二匹もいるかもな、こっちの世界、渾沌?」

「知らんな、タロー、我輩の同族は魔力が感じられず、しかも原初の生物故に気配も希薄だ、よっぽど近づかなければ流石に」

そういえば渾沌もずっと孤独で、そうか……うーん、でもこのおっちゃんが可哀相だ、でもそんなに凄い力を持っているなら自分で探しに行けばいいのに、仲直りしたいんだろうにさ、不器用なのかなぁ。

大きな鼻をぺちっと叩く、閉じられた瞳がまた開く、よし。

「おっちゃん、寂しいなら俺と友達になろうよ、俺、おっちゃんの生んだつーか作った、人間って生き物の一人なんだし、親孝行だ、うん、友達がいれば寂しくないだろ?」

『んだぁ』

「うん、その渾沌と同じ獣も俺がいつか見つけてあげる!俺ってその混沌の空気を感じると何かふわふわしていい気持ちになるんだ、だから近づいたらわかるしな」

『だげどもよ、おで、にんげんに死をあげだしなぁ、死はいいことだともってあげたんだげども、どうだろ、みんな、ないだりして悲しむっぺ?』

「でも死なないと、生き物は死なないとおかしいよ、それはおっちゃんのせいじゃない、みんな死ぬから生きるんだろう?ずっと生きてたら、それは”生きる”じゃないよ」

『おもじろいごとを言う子だべほんどうに、ぎにいっだ!おでのなまえは”ウンクルンクル”だべ、どもだち、はじめてでどきどきする、しかも、おでのつくったにんげんだっぺ、きらわれるのはこわいべやぇ』

「嫌いになるわけないじゃん、自分のおとーさんだろ?……ウンクルンクルって確か、南部アフリカの創造神で天空神だよな、おー、ウキリ(賢い者)じゃんか、くぅぅ、かっこいい!」

全然考える事苦手じゃないじゃん、ウンクルンクルは南部アフリカで世界を創造したと言われる至上の神だ、その力は一撃の雷光で大地を歪ませるほどだと言われている、典型的な天空神の一柱。

また万能の力を有すると言われ、欠点や人間味のある他の天空神の類に比べ、その在りようは何処か賢人を思わせる、なんていっても時折地上に雷を放ち自分の食料を自分で狩るらしいのだ、すごく大人だ、みんな見習え―。

それならばその神性の大きさや魔力の巨大さにも納得、でもすごくいいおっちゃんだ。

『だろうはおもしれぇなぁ、おで、いいもんをつくった、人間つくってよかったべぇ、ぶわははははははははは、どもだちできだ、どもだちできだ』

ゲラゲラと笑う、何だか洞窟全体が揺れる……と言うか世界そのものが震えているような感覚、この人すごい幻想だからなぁ、平気で世界とか揺らせそうだ。

渾沌の友達候補もまた出来たし、俺も混沌属性の獣さんとは相性が良さそうだ、えっとえっと、こんとんの怠け者カメレオンにこんとんの働き者のトカゲかー、覚えた。

また次に探しに行こうか、白沢のオッサンに聞いたらわかるかも!よしよし、なんだか色んな計画が浮かんできた、混沌ぞくせー探しの旅です。

『でもよ、だろう、ごごがらざきは、いかねぇ方がいいべよ?あぶねぇやつがいるべ、その混沌のぞくせーだげども思うけんど、どうもおでのしっでいるのとはちゃうけんのぅ』

「へ?まだ奥に何かいるのか?」

『んだぁ、だがら、あぶねぇやぁ、おでごごに、はまったんだべぇ』

「危ないからここに?もしかしてそいつがここから出ないようにしてくれているのか?」

『だぁ、おで、もうやることもねぇじよぉ、だいだいの幻想はおでより力がしただかんよぉ、ここでごうじで、はまってでれんようにしてるべやぁ』

なんて健気なんだおっちゃん!でもウンクルンクルのおっちゃんが危ないってどんな奴だろう、おっちゃんよりは力が弱いけど危ないって、性格的にって事かな?

「でも行ってみるよ、てか、おっちゃんがずっとそこにはまっているのが可哀相だ、そいつと俺が話をしてみて、悪い事は、悪いって言う!」

『はぁ、何よソレ』

太歳の呆れた声、でもこれは我が家の家訓だからなぁ、間違った奴には間違ってるって言わないと、それにこのおっちゃんと遊びたい日があるとして、そいつがいたらおっちゃん出れないじゃん!遊べないじゃんか!

『んんん、そのけもの、娘がいればだいじょうぶだべぇ、ぢがらが、おでど一緒にいた獣と同じなら、どんなあいてでも、まけるごとはねぇえべや、いい、どもだちだな、だろう』

ニッコリ笑う、くそぅ、良い奴だこのおっちゃん、渾沌は友達って言うより半身に近い存在だけど、何も言い返せないぐらいに綺麗な笑顔だ、そして鼻毛がそよいでイカス!

少しメリメリ横の壁におっちゃんの顔がめり込む……人が一人通れそうな隙間が出来る、ここを通って行けと言っているらしい。

「おっちゃん、そいつと話が終わったら一緒に遊ぼうな!あとその泥の化粧かっこいい、何処で手に入れたか教えてくれ!」

『んだべぇ、いいでよ、もじ、ほんどうにあぶなかったらおでを呼べ、だろう、どもだちだかんな、駆けつけてやる』

ゼウス級の雷光を放ちそうなので一応頷くだけにしとく、天空神の人たちは力があり過ぎるからな、無理に力を使わすと危ないような気がする、そもそもおっちゃんに戦って欲しくないし。

よし、俺が頑張らないと駄目なんだ、それにここに来るまでルビーは無かったし、渾沌に聞いたらもっと奥の方らしい、飛行おにも待ってろー、がんばる!

『信じられない……天空神と、渾沌と同じ力を持つ獣を二匹も従えていた雷神に友達なんて、私とはわけが違うのに、心配しちゃったじゃない、ふぁ』

「諦めろ、こうなったタローは誰も止められん、我輩はタローの身を守る事に専念するのみ………しかし、あんまり心配させるんじゃない、ほんと」

仲良しじゃんかワンワン、でも一匹はねむねむだな。



[1442] Re[22]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆7ce9d5d0 ID:e1cf568a
Date: 2010/04/11 19:46

普通、洞窟の奥に行けば行くほど光がどんどんと無くなるのになー、天井に張り付いたキムジナー火はまだまだ健在だ、うんうん、これならどれだけ奥に行っても怖くないぞ。

ちなみに今は渾沌はワンワン形態に、ワンワン形態と呼んでいる事は俺の胸の内にそっと秘めていよう、渾沌の背中は大きくてヌクヌクなのだ、とても快適。

一家に一柱、ああ、神じゃないから一匹か、どーなんだろうか、そういえば。大黒柱も柱だし、神の数え方も柱だし、意味合い的にはもしかして一緒なのかな?支えるものって意味で。

「渾沌は俺を支えてるな、駄目な主でごめん」

『いきなり、どんよりとしてどうしたタロー!?』

「いや、何か色々考えたらそんな風に思ってしまっただけだ、しかし深いなぁ、深い、どんどんいい気持になる、混沌属性は温泉と同じ効果があるのかな」

『普通の人間だったら最も忌み嫌う属性なのだが、魔力の大小に関わらずな、タローはやはり変わり者だ、我輩と同じ混沌の時代から生まれたのでは無いかと本気で思うぞ』

「混沌って温泉的なものなのか?そこからざばーって?」

『どこでどうしてそうなってしまったタロー』

「いやいや、なんだか混沌の属性って温泉みたいでほのぼのするなーって考えていたらこんな風になってしまってたよ?」

素直に白状してみた。

素直に白状したら許してくれるかなーと淡い期待、そしたら大きな尻尾で頭をぺちっと叩かれた………許してくれなかったようだ。

「うむむむ、おっ、でかい所に出るみたいだ」

開けた場所が見える、俺の興奮を察してか渾沌の足も速くなる、俺が全力で走ってもこれの半分の速度も出ないだろう、振り落されないようにしがみ付く、風で淀んだ空気が少しさわやかに感じられる。

タンっ、渾沌が足を止める、俺の体には長い尻尾が巻き付いているので落ちる事は無かった、成程、これが生体しーとべるとか、かっこいいじゃんか。

開けた場所……うん、開けてるなー、え、どんな感想だろうソレ、でもそうとしか言えないし、何も無い空間、天井は高くて何処まであるのかわからない、でも、天井までは到達できなかったけど、ぎりぎり壁に張り付いてるよキムジナー火、その光にほっとする。

ここに危ない奴がいるのだろうか、警戒しろとか言われたけど、雪火がキューキューと危険信号を出す、と言っても俺が勝手に危険信号だと思っただけだけど。

さっきまでどうも重苦しかった空気、それが一気に失せたのを感じる、なんだか清廉な感じがする、目を凝らすと水場が見える……巨大な銭湯のようだなぁと呑気に思う、温泉だったらいいなぁ。

でも温泉だったら着替えが……この服でいいか、うんうん、外は寒かったし、温泉いいな、温泉、よし、行こう。

『混沌の気配がする……これは水では無くて、混沌の水か?』

「え、水じゃなくて水ってどーゆーことだ?ん、あっー、水の中にルビー発見っ!えいや!」

背中から飛び降りて、泉に駆け寄る、人工的な泉、レンガで出来たその中に”混沌の水”やらが満タンに入っている、なんだか見ているだけで眠くなるような不思議な水、ふしぎ。

兎も角、友達の為にその中に手を突っ込む、熱くも冷たくも無い不思議な感覚に少し驚く、なんだろう、かといって、温いわけでもない、変な水だなー、渾沌の涙を拭った時と同じような感じ、どうしてだろうか。

「あら、これは珍しいお客ね……って」

「ん、誰?」

「……て、手ぇええええええええええええええええええええ!?」

「うおっ!?え、あれ、なに、ルビー取ったら駄目だった!?そーゆこと、わー、も、も、戻すから怒らないでくれ」

突然、この変な泉の中から小さな女の子が飛び出してきた、しかもすげー絶叫しているし、怒ってる、これは確実に怒っている、うー、謝っても許してくれないかなぁ。

原因と思わしきルビーを泉に投げ捨てようとしたら、その子は急いで俺の手を掴んでまじまじと見つめる、あまりの覇気に渾沌もぽかーーんってしてる。

黒い髪の女の子だ、癖っ毛なそれはお尻の下までのびている、つか、お尻がみえてる、全裸だ、小さな胸も、へこんだお腹も、垂れ目がちで優しげ顔をしている、あと耳がちょい尖がっている…瞳の色は琥珀で、良く見たら複眼で、一つであるべきスペースに二つのお目目。

ふんふん、誰だ!?

「え、えっと、貴方、大丈夫ですか?体に異常とか、あーもう、こう、洞窟の最後にいるべき存在はもっと、ふふふふふ、笑い的なものがいいと思っていたのに!」

「なぁ、大丈夫だけど、誰、君?………つーか、この中のルビーを取ろうとして怒ったんじゃないのか」

「……あら、くんくん」

首もとに顔を埋めて小さな鼻をすんすんする、うん?……なんだろう、とりあえず放置でいいよなぁ、渾沌の方を見たら何もせずに頷くだけ、あれ、危ない奴じゃなかったのかなぁ。

こんな小さな体で危ない事、できそうにないもんなぁ、納得納得ー、ずっと嗅がれる、なんだか自分より小さな女の子に体を嗅がれるのって凄く嫌だ、すごーく恥ずかしい、うー、早く終わらないかなぁ。

「少し違うけどバステトさんの匂いがしますね」

「はっ、バス?ああ、バスなら家族だよ、なんだ、君の知り合いかなんかか?……えっと、名前教えてくれないか?」

「ああ、紹介が遅れました、我が身はヌン、古代エジプトの原初の水、全ての母、でしたけど、今はただの貯水タンクですっ!」

なにその悲しいの、最後のいらなくないか?でも初対面でそこまで言うのもあれなので聞き流す、成程、ここは貯水タンクか、ふいー、やっぱりそれはないよ!

ヌンか、太陽の船を抱える存在、こんなにちっこい女の子、模型の船しか持てそうにないけど、やっぱり凄い力を持っているんだろうなぁ、うん、幻想は見た目じゃないもんな。

垂れ目がちな瞳をこれでもか!と開いてもう一度俺を見つめる、かなり小さい、幼女と言ってもいい、むしろ幼女だ、とにかく、どうしてバスの事を知ってるんだろう?

「でもバステトさんにしては……少し、違うような感じが」

「ああ、バスはバスでも、エジプトのじゃなくて、そこから分岐したかーさん達の神話で解釈された奴だから、元は同じかもなぁ」

そう言えば、最近あの猫の姿見ないなぁ、ちゃんと住所を書いた名札を首輪に付けているから大丈夫だと思うけど。

「成程、どうりでおかしな、キツイ匂いが混じってるわけです、人間の子、お名前は?」

「田中太郎だ、で、そこにいるのが渾沌、俺の使い魔だ、なんだか同じ混沌属性っぽいな、てか、原初の水って時点で混沌か、あっ、これ」

「ああ、この泉から発生したものは何でも好きに持っていってください、誰かの意識が流れ込んだら勝手にそれを大量に生みだしますから、影響のある強い幻想が思えば思うほどにです」

「なーる、それだったら常日頃からルビーを考えている飛行おにの影響に違いないや、うん、あいつすげぇな、後で頭を撫でてやろう、ぬ、ヌン?なんだか小さいのに呼び捨てに出来ない感じがする、どしてだろ?」

「ふふ」

母性というかなんというか、しょうがないのでヌンさんと妥協すると蕩けるような笑みを見せてくれた、怒ってない見たい、ちなみにさっき駆け寄ってきたのは俺の体を心配してのことらしい。

あの水に普通の人間が触ると発狂するんだそーな、でも俺は何ともない、常日頃から、俺の周りには凄い瘴気を垂れ流しにする存在が沢山いるからなぁ、大体の事は驚かない、なにかそんな免疫があるんだろうと納得。

ヌンさんはぴちゃぴちゃと水辺で足を遊ばせて俺の横に座る、俺も座る、渾沌は近づいてこない……警戒しているつーか、何かあればすぐに飛び込んできそうだ、どしたんだろうか。

色々と話してくれる、どうやらおっちゃんが危ないと言ってたのはこの水の事で、ヌンさん自体は無害のようだ、ふむふむ、その事を伝えると私が管理しているからだいじょうぶと、にこりと笑った、うん、良い笑顔。

何だか最近、バカ息子のアトゥムさんが遊びに来てくれなくて暇らしい、もうひまだーと全裸で叫んで足をぱちゃぱちゃ、女の子なんだからと言いたいけど、言わない、なんだか楽しそうだし。

久しぶりの会話が嬉しいらしい、なんだか寂しい奴らばっかだなぁこの洞窟、この人とも友達になろう!手を差し出すと、手を握られた、やったー、小さな手で、なんだか冷たくてびっくり、霊界は冷たいぜ~と笑うヌンさん、こわっ。

「でさー遊びに来てくれないですし、私の息子なのに時折、糞転がしの姿になるし、もう最悪なんですよ!最悪、だって糞転がしですよ、息子のアトゥムが糞転がしでごめんなさいと世界中に叫びたいです、名前の意味は”完全な者”だけど本当は”完全な糞転がし”あのばかばか、おばか息子!」

叫んでる、おかーさんが叫んでるからたまには遊びに来いよーアトゥムさんと俺も絶叫、どうも、高位な神にありがちな『全てを見通す瞳』も息子さんは持っているみたいだし、糞転がしのバカ息子と叫んでいるこの様子が見えてるなら是非会いに来てくれー。

なんだかエジプトの創造神が凄く身近に感じられた……こんなに騒がしい母親なら中々会いに来ないのもわかる、こう、凄く罵りそう、糞転がしの息子って、うん、確実に罵る、ちなみに”完全な糞”を転がしているのか”完全な糞転がし”なのか気になる。

「でもまあ、これで納得だ、あのおっちゃんも外に遊びに出れるし、ヌンさんとも友達になれるし、よかった」

「太郎くんは本当に良い子ですね、よし、私の息子にしてあげましょう、正し、糞を転がした時点でぶっ殺しますから」

「勝手に息子にして勝手に変な約束しないでくれー、そもそも、俺がこの姿で糞を転がしたらやばいでしょうが!いや、エジプトの創造神をバカにしているわけじゃないけど」

「いいんです、あの子は、母である私とここで水遊びするより、世界の隅で糞を転がして大地を広げている方がきっと楽しいんですよ、けっ、根暗が」

「うぬぬ、なんだか息子さんも息子さんで気になって来た、怪獣みたいに大きな糞転がしなのか」

「もし会う事があったなら虫用のスプレーで殺してあげてください、この泉で再生させて再教育させますから」

凄い酷い事を平然と言うなぁ、逆らうのもあれなので一応頷く、ヌンさんは満足したようで、俺の頭を撫でる、平らな胸が目の前に………うーん、見事に平らだ、おっぱいが足りなかったせいで非行に走ったのかもなアトゥムさん。

暴走族ならぬ、暴走糞転がし、大丈夫だろうかエジプト神話の最高神、なんだか無性に心配になる……大丈夫なはずだ、うん、もし会ったら、糞を転がす事より楽しい球技があることを教えてあげよう、サッカーとか野球とか、うん。

「でもでも、太郎くんは本当に良い子です、もし死んだらこの泉で第二のアトゥムとして再生してあげますからね」

「太郎って名前のエジプト神ってそれはどうだろうか、それに俺は糞を転がしたくないしなぁ、でも、この洞窟には色々と気になる事があるし、たまに来るよ」

「はいはい♪ああ、ここに太郎くんを呼んだのは私ですよーーなんだか面白い人たちが来たなぁと、あちらの獣さんには嫌われたようですが」

「いやいや、同じ混沌属性でも、獣型じゃないと多分警戒しちゃんだと思う、ふふふふふ、だがおっちゃんから受け取った二匹の獣と出会えたら、こう、三匹とももみくちゃしてやる!」

「はぁ、よくわかりませんけど、また遊びに来てくださいねー、ぜったい、ぜったい、ぜっーーーたいっですよ!」

「お任せあれ!」

小さな女の子に涙目になられると弱い、逆らいようも無く、でもでも、この人面白いからいいやー、うん、たまにここで泳いでもいいし、水着を持ってこないといけないなぁ。

一応、許可を得るために、聞いてみる。

「ふぇ!?こ、この原初の水の中で水泳ですか……う、ええっと、その発想がもうどういうか、いや、いいんですよ、いいんですけど、なんかそれって大丈夫ですかね!?こう、道徳的に!」

神様に道徳を……何が駄目だったのだろうか、うーん、ここ、広くて、ちゃんと管理されてるし、水泳する場所には最高だと思うんだけど、そう言ったら、だって原初の水ですよ!?と心底驚かれた。

いやいやいや、だって水じゃんかと言うと、ワナワナと震えだした、何だかすんすん鼻を鳴らしてる、小鼻がぴくぴく、赤くなって頬も赤い……可愛いので抱っこしたら暴れないで、抱きつく、どうも俺のあまりの言い草に、対抗できずに、こんな状態に。

意外に神様って泣き虫多いんだよな、しかも言葉で負かされることに弱い、すごーい力があるのに、言葉で負かされると泣いて何処かに引き籠ったりする、そんな可愛い奴ら、この人もさっきまでの母性ある感じは皆無に、ただの子供、ヌンさんではなくヌンちゃんにしてあげようか。

「と言うわけでヌンちゃん決定!」

びしっ!指さす、命名の儀式だ……あまりの勢いに大きく震える、神をも恐れぬ行為とはまさにこの事だろう、最初から恐れていないけど、うん、何か”さん”って違和感が少しあったしー。

「うぅ、もう好きに呼んでくれて結構です、でも、もし遊びに来るなら」

「うん、他の友達も沢山連れてくるよ、この水って普通の幻想が入っても大丈夫なのかな?」

ぱぁああああ、何だか晴々した表情に、何と無くわかっていたけど、やっぱり色んな人と話したいよな、うんうん。

渾沌は完全に無視を決め込んでしまっているし、うーん、俺以外と心を打ち解けないの、どうにかしないとなぁ。

「あっ、はい、幻想の方々だったら平気ですよ?……人間で平気な貴方はかなりおかしな存在ですけど、どうしてかしら?……混沌と相性が良い人間なんて聞いた事が無いし」

何だかみんなそこを気にするなー、どうしてだろう、俺自身も良くわかんないや、ニャル姉に会ったら聞いてみようかなぁー、混沌と言えばあの人だし、でも何処で悪さをしてるのか知らないけど最近姿を見ないし。

あの人、無駄に色んな姿に変化するからなぁ、そこは家族の感で一目見ればすぐに気付くけど、時折難易度高いものに変化してるし、むぅぅ、てかほぼ家出当然見たいな生活してる人だもんなぁー、かーさんがその内怒りそうで怖いや。

頭の中に、混沌と相性の良い人間って言われて”一人の人間の友達の姿”が過る、幼い時、一緒に過ごして、大好きな彼、うん、あいつの方こそ混沌とした人間だと思うけど、色んな存在を見てきたけど、あれほどに”あぶない”存在は他にいないと思う。

久しぶりに会いたいなぁ。



[1442] Re[23]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆7ce9d5d0 ID:280dccbc
Date: 2011/04/13 18:16
ヌンちゃんにルビーを沢山貰えました!太歳は俺の影をマイホームに認定して雪火も何故か俺の左手に"溶けた"ら左手に火の精霊の刻印が………ここに住むらしいです。

サラマンダーの刻印の中で『キュー!』と鳴く気配に少しびっくり、俺の体がみんなのお家になっている気がする、この刻印ってさりげに凄いんだよなぁ、二つ目だし。

しかも雪火の場合、カムイの属性も付属されるからその刻印はやや複雑、なんだかカムイの力も行使できるらしい、ちなみにこれは全て渾沌と太歳に説明してもらいました、2匹のワンワンだ。

飛行おににルビーを上げたら眼をキラキラとさせて喜んでいた、この子は本当にルビーが好きなんだぁと思ったけどそれを運ばないといけない黒い豹はうんざりした顔をしていた。

ヴクヴはヴクヴで嬉しそうにクェーと鳴くものだから鼓膜が破れるかと思ったし、でも新しい友達も出来たし、ヌンちゃんとおっちゃん、話し合いの結果、おっちゃんはまだあそこにいるらしい、どうも、居心地が良いらしいのだ。

「で、帰宅」

「タロー」

「どうした?」

「帰宅したは良いのだが、どうして家に入らない?」

渾沌の言葉は正しい、普通は家に帰宅したら家に入るだろう……いつもの俺だったら普通にそうしているだろう、けど。

「かーさん」

我が母、白い少女、見た目4歳ぐらいの少女が白いワンピースを纏ってふよふよと家の前で浮いている、ここから先は通さないとばかり。

相変らず眼は閉じているけどなんか怒っているのはわかる、触手のように白い髪がうごうごと蠢く、まるでアレだ、タコみたいだなーと思ったり。

恐らく俺が危険な所に遊びに行ったのを何処かから察知して怒っているのだろうと予測、だが何より、それより、その周りを死んだ魚の様な眼で踊るかーさんと同い年ぐらいの少女に震撼しているわけで。

「かーさん、いや、渾沌いるから危ない事なんてしてないし、どうしてトゥールスチャを踊らせているの?い、いつから踊り続けているんだ?」

ぜーはーぜーはー、ぜーはーぜーはーと荒い呼吸が哀れみ誘う、眼の下には黒いくま、この子は踊り子の癖に体力が皆無なのだ……しかしここまで酷い状態は初めて見る。

薄い緑色の髪をポニテにしていて踊るとそれが鮮やかに宙を舞う、服装はかーさんと同じワンピース、ただし色は緑色、ぜーはーぜーはー、いつも暗い感情を宿した瞳が今日はより暗い、つか既にちょっと涙目。

「でふ?朝からずっとでふ」

今は夕方だったりするわけで、トゥールスチャは既に踊りの優雅さとか繊細さとかを放り投げて全力で小さな体を動かしている、踊りって言うよりは黒魔術の儀式みたいだ。

話を聞くと、最初は俺が帰って来るまで外で待っているつもりだったが数分もしない内に暇で暇で眠くなったと、そこを偶然通りかかったトゥールスチャを捕まえて『眠気覚ましに何かして欲しいでふ』と無表情で威圧したと……そして現在までずっとかーさんを眠らせないように踊り続けていたと……トゥールスチャ頑張り過ぎだろ!?

流石かーさんの事が大好き組なメンバーなだけはあるな、かーさんが満足でふーとほくほく顔で呟くとトゥールスチャは最高の笑顔で親指を立てる、くっっ、この幼女どうしようもないなぁ、かーさんの我儘にたまにでも誰か叱ってあげないと駄目だろー。

「トゥールスチャ?だ、大丈夫か?」

「おお、御子息、ええ、大丈夫であります!この身が貴方達の一時の暇を潰すオモチャとなるなら、ぜーはー、ぜーはー」

「大丈夫じゃないよなぁ、こら、かーさん、あんまり無茶させるなよなぁ、見ろトゥールスチャを!こんな死人みたいな肌になってるじゃんかー」

「ぜー、ぜー、そ、それは最初からです御子息、じ、自分は腐敗や衰退の、神性故に……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、、ははは、こんな風に踊る事でしか皆さんにお喜び頂けない、ぜぇ」

幼い姿をしたこいつがここまで弱っていると素直に涙が出てきそうになるな、かーさんの頭をぽこんとグーで軽く叩く、振り子のように揺れて、頭をさすさすと……反省していないなこの感じだと。

「お、おろろろろろろろ」

ちなみにこれは吐く音です、俺はトゥールスチャの小さな背中を叩いてやりながら草むらに連れて行く、渾沌には家に入ってなと、ついでにお風呂に入りなさいと、俺はこの子を見捨てるなんて出来やしない!

かーさんはかーさんで俺の様子から怒られていると気付いたのだろう、何だか無表情ながらにオロオロした感じで俺達の周りをふよふよとしている、ふよふよ、困った人だなぁ。

「う、うぅぅ」

「だ、大丈夫かトゥールスチャ?」

「い、いつもはお館様の周りを踊っている自分の周りを今日はお館様が………くはっ、し、幸せですっっ!」

いい子だなこいつ、かーさんは踊っているんじゃなくてただオロオロと俺達の周りを浮遊しているだけなのに、水面に漂う海月のように、そこに何の感情はないのにさぁ。

口元をハンカチで拭いてあげながらかーさんに目配せをする『謝りなさいと』……伝わったのかはわからないけど、ぺこりとトゥールスチャの前で頭を下げる、本気で謝っているようには見えないけど、仕方ないかなぁ。

ちなみに御子息は俺でお館様はかーさんの事である。

「しかしトゥールスチャも本気で嫌な時はちゃんと断るんだぞ?家族なんだから、遠慮してたら駄目だって」

「で、ですが」

「駄目だぞ」

「うぅぅぅ、り、了解であります」

真面目なのはいいけれど、、強く言わないといけない時はちゃんと言わないとな!



あの冒険から数日が経過した、今日も学校が無いので、朝からやる事も無く暇である、家族の餌やりは既に終わっていて、渾沌と太歳は仲良く庭で日向ぼっこ、犬だよなぁやっぱ。

明日は学校、ワクワクを抑えて、あー、早く明日が来ないかなぁ、取り合えずボーディケア、フォルケール、ポールの顔を思い浮かべてクスクスと笑ってしまう、また刻印増えました―って言ったら驚く三人の顔が浮かぶ。

ここまで来たら四大属性や他の属性も欲しいかな、時間は沢山あるから、他の精霊とも仲良く出来たらいいな、せっかく同じ世界に住んでいるんだからな。

「ほい」

右手を振るうと地に花が咲く、左手を振るえば炎が空気を焦がす、しかも俺はまったく熱く感じない……さらに意識を切り替えて振るうと先程咲いた花を凍る、雪火の力。

成程、こりゃ便利、俺自体に魔力が無いから精霊に助けて貰う形はありがたい、成程成程、一人で力の確認をしながら地面に座り込む、べちゃ、炎を出しっぱなしにしていて地面の氷が溶けた、お尻が濡れた、軽く凹む。

あまり遠くに一人で行ったら怒られるので家の周りを探索する、ここら一帯はかーさんの魔力のせいで普通の幻想は住みつけないのだ、だからほとんど生物の気配はしない。

だけどもしかしたらと、そんな期待もあるわけです、だけど木や草花以外に生命の気配はやっぱり感じられない、少し寂しい、家で家族と遊んでいる方が正解だったかな?

「なるほど、ここら辺からかーさんの魔力の影響が無いんだな」

生気溢れる草花の色を見て一人で頷く、わかりやすいほどにいきなり草花の色合いが変わる……鮮やかな緑色と天に向かって真っすぐにのびるそいつらを見て再度頷く。

今まで巨大すぎる魔力をかーさんが無意識で漏らしていてその影響で我が家の周囲は瘴気が凄いんだと思ってたけど、もしかしてこれって結界なのかも。

授業で習った知識が現実に役に立った事に少し感動、もしかして俺を育てる為に危険な幻想が近寄らない様に威嚇の意味もあるのかも、今日は賢いぞ俺!

「ひゃ!?」

急にお尻を誰かに突かれてびっくりする、驚いて後ろを振り向くと今まで見た事も無い様な大きな豚が鼻息を荒くしてぷぎぃと声を上げた。

「っと」

すぐに距離を取って観察する、豚だ……肉食系の奴じゃなくてよかったなーと素直に思う反面、なんか用事だろうかと話しかけて見る。

人語を喋る事が出来ないのか、知能が低いのか、ただ俺の股の下をじっと見つめている。

「ただの豚じゃないよなー、ああ、ウワーグワーマジムンかな、沖縄の」

沖縄と言えば豚料理、じゃなくて沖縄の妖怪の一種で魔物だったよな確か、確か股をくぐられると魂を取られるとか、豚なのにおっかない幻想。

夜に活動するはずだけど、気が早い奴だなーと、でも丁度いいかも、最近お肉のストックがやばいとかかーさんが嘆いていたしな、俺も食べ盛りなのでお肉は食べたい、じゅる。

『ブギィ!』

俺の魂を持っていく気満々だな、前足を地面に激しく擦りつけ突進する気なのがバレバレ。

「我が家は肉食が多いので大人しく捕まってくれ!」

『プギィプギィ!』

はい、思った通りに突進して来た、凄い土煙をあげながら、俺は左手に意識を集中する、雪火がポンっと可愛らしい音を立てて俺の肩に出現する。

「"凍れ"」

口にした瞬間、凄まじい冷気、雪火の力が発揮される、俺の力では無くて雪火の力だけどその巨大な力に腰が抜けてしまう、勢いのままぺたんと地面に座る。

豚さんことウワーグワーマジムンは俺がお尻を地面に付けた瞬間にかっちんこっちんに……冷凍物の豚肉だ、解凍をちゃんとした手順でしないとまずくなるなー。

「これは凄いなぁ、でも、これどうやって持って帰ろうかな?」

困った、俺は非力なのだ。

「むぅう」

そこで閃く、地面を凍らせてこいつを滑らせて行けば楽に運べるんじゃないか?

自分の考えながら素晴らしく思えてくる、取り合えず試しに地面を少しだけ凍らせて前に軽く押してみる、ずずっ、軽い抵抗の後に勝手に前に進む。

「おー」

これは凄い事だ、精霊の力は凄いと学校で教えられたけど、こうやって日常の中で獲物を捕まえてそれを運ぶ段階になって初めてその意味がわかる。

戦う事ではその力はあんまり実感できないけど、これを持って帰ってみんなが喜んでくれたら、俺はもっと、もーっとそれを実感するはず!うれしいなー。

みんなが喜んでくれると、家族が喜んでくれると嬉しい、胸がほんわかする。

「トゥールスチャには俺のせいで迷惑をかけたから、大盛りにしてやらなきゃ、豚汁、ポークステーキ、角煮~~~♪」

今気付いたんだけどトゥールスチャって名前の響きが沖縄料理っぽい!

「あ、中味汁も作ろう」

沖縄の幻想だしな!



[1442] Re[24]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/05/16 04:06
訴えてくる尿意を我慢してうんうんと唸る、でも体に悪いぞーと頭の隅にいるもう一人の自分が叫ぶ。

尿意と眠気が喧嘩をして、いつも通り圧倒的な差で尿意が勝つ、ガバッと布団から起き上がって自然と時計を見る……深夜。

「うーぅ」

スヤスヤと穏やかな呼吸音、渾沌は狼の姿ですっかり眠ってしまっている、頼りなく垂れ下がった尻尾を暫く手で遊んで立ちあがる。

ドアを開けて静まり返った廊下に出る、何処かひんやりとした風が頬を撫でる、ぶるりと大きく震えて人気の無い廊下を歩き始める。

天井は高く、きっちりとした感覚で燭台が置かれている、そこで揺らめく炎は薄い緑色で、トゥールスチャの魔力によるものだと一目でわかる。

「……我が家なのに、安易に夜中に出歩いたら危険な雰囲気がたまらない、渾沌寝てるし、この年齢で一人でおしっこ行くの怖いって言えないよなー」

今日は何処か不思議な空気、何かが起こるような、そんな微妙な空気、こんな予感がしている時はろくでもない事に巻き込まれるのがオチだ。

さっさとおしっこを済ませて廊下に戻る、桟で区切られたガラスの向こう側で激しい雷が夜空に煌めく、激しい音に体を震わせて早足になる。

このままかーさんの部屋に行って一緒に寝ようかと少し悩んだ、自分の部屋に戻るよりそちらのほうが近い、不思議とその考えを受け入れてかーさんの部屋に急ぐ。

「ん?」

雷の音が鳴り響いた瞬間、庭の方で見知った姿が歩いているのが見えた、グラーキたちの住処である立派な噴水が売りの人工の泉、トレヴィの泉を模したでふとはかーさんの言葉。

その泉の向こう側には白塗りの石造の建物がぽつんと、小さい時から入ったら駄目と言われていたし……結界の様なものに遮られて入り口から先には進めない。

そんな見慣れてはいるが一度も足を踏み入れた事の無い建物に向かって歩いているのは"ニャル姉"だ、血は繋がっていないけど俺が姉として慕っている人物だ。

「ここ最近、屋敷で姿を見ないなーって思ってたけど、帰って来てたんだ、一言ぐらい連絡しろよなー、まったく」

ここからでは後ろ姿しか見えないが、その服装も表情もすぐに思い浮かべる事が出来る。

あらゆる姿に変化する事が可能なニャル姉だけど、俺の前に姿を現す時は一貫して幼い少女の姿だ、7~8歳ぐらいの幼いながらも邪悪に満ちた姿を好む。

「相変わらず、黒一色だな」

真っ黒の艶やかな髪を腰まで伸ばしてきっちりと揃えて切り落としている、前髪も同じように切り揃えていて左右のサイドの部分は顎まで伸ばしてきっちりと、全てが整然としている。

俗に言う姫カットと呼ばれる髪型だけど、中身と髪型の名前が既に矛盾を孕んでいる、切れ長の黒い瞳はいつも愉快そうに細められていて何もかもを見下しているイメージ。

小さなお鼻に色彩の薄い唇、肌の色は青白く、瞳の下にはいつも薄い隅が出来ている、それすらも予定されていたかのように美しさに溶け込んでいる。

表情はいつもニヤニヤとしていて、見るからに体に悪そうな色をしたペロペロキャンディをいつも舐めている……本人曰く『ロリポップだね』らしい。

服装はかーさんに反するように黒いワンピース、かーさんはシンプルなそれを好むけどニャル姉のワンピースはリボンやフリルが沢山付いていてここも対照的だ。

さらに両腕にはレース地を編み編みして作られた手袋、それは意味があるのかと突っ込みたくなるけど女の子にそれは禁句、さらに編上げの黒ブーツを履かせればニャル姉の完成。

「こんな時間にあんな場所で何をしてるんだろう」

久しぶりに見た小さな背中に好奇心が疼く、何よりここでまたニャル姉を逃せば次に会えるのはいつかわからない、好奇心と姉に会いたい純粋な思いが交わって、仕方ないな!

パジャマ姿のまま庭へと急ぐ、先程まで感じていた不安は消え失せ、それよりもニャル姉があんな場所で何をしているのかと、そんな好奇心ばかりが俺を刺激する。

「それに危ないって言っても、ここは我が家だしな、何かあればかーさんも渾沌もいるし」

自分の影へと眼を向ける、月の光に伸びた影の中で元気に何かが蠢く、渾沌とは違う独特の気配、太歳って名前を持つ俺の友達……ワンワン二号と密かに呼んでいるのはここだけの話。

彼女は渾沌の様に眠りについてはいなかったみたいだ、頼りになる実力者、四つの瞳を持つ子犬、仙人を殺すのが大好きな困ったちゃん、凶神、でもやっぱり俺の友達。

『ちょっと太郎、早く部屋に戻りなさいよ』

「あそこでニャル姉の姿が見えたからさ、追いかけるよ、もし何か恐ろしい事に遭遇したら俺を守ってくれよな?」

『ふ、ふん、貴方が死んだら寝床が無くなるのよ、当然でしょ!』

「あんがと」

影からズブズブと音を鳴らしながら太歳が出現する、絶えず変わる毛の色に四つの瞳……本来瞳がある場所にちゃんとある、だけどついでに額と尻尾にも瞳がある、お得です。

姿は小さな狼って感じ、異常な部位を見なければ普通の子犬だなー、そして性格は過激で過敏、でもいい奴で俺の事をなんだかんだ言いながら世話してくれる、渾沌と同じだな!

「今日の相棒は渾沌じゃなくて、お前だよ?」

『う、うれしくなんかないし』

肩に乗っけた太歳が明後日の方向にぷいっ!うん、渾沌と同じでワンワン系は素直だな、よろしい。



「海の中から這い上がり、地の下から這い上がり、空から降りてきて、彼等はあらゆる場所に現出する~♪彼等は戻って来る♪彼等がここに着く時に、我々は新たな恐怖を知ることになるだろう~♪狂気や恐怖や苦痛が支配するだろう~♪」

以前は結界で弾かれた場所に足を踏み入れて……恐怖を誤魔化す為に大きな声で歌う、肩に乗った太歳はややうんざりとした顔をしながら大げさにため息を吐く。

建物の中は暗く広い、まるでファンタジーゲームのようにその中央に地下へと続く大きな階段が……段差が激しく、歩くと言うよりは飛び降りて行く感じ?

『あのね、なに、その不気味な歌』

「いや、子守唄で歌ってもらった記憶があるんだけど、不気味かな?」

『そうね、耳が腐るかと思ったわ』

「え、えぇぇ」

『気持ちの悪い歌』

全否定、俺の幼い時の思い出を全否定、悔しいけど反論する事が出来ずに下唇を噛む羽目に、むぅぅ、確かに不気味だけど聞いている内に癖になる曲なのに。

誰が歌ってくれたんだっけ?タコの刺身が浮かんでイカの刺身が浮かんで……オリーブオイルで炒めて……ぐーきゅるるー、何故かお腹が鳴った、どんな思い出?

「しかし、蝋燭も何もないのに明るいなんて不思議だな、つか何処まで続くんだコレ、深い」

『さあね、この屋敷に住まう神の神性はあまりに個性が強すぎて、この階段が地獄に続いていても驚きはしないわね』

下半身の蛇の部位を俺の首に巻きつけて太歳が皮肉げに笑う、俺の家族のみんなは神と言っても現象であったり肉を持つ生き物であったりと複雑だ。

その在り方は他の神話に類を見ないもので、嫌われていてもおかしくは無い、でもこの内包世界ではみんな平等で、普通に生活をしている。

人間に育てられていない俺は人間の感性がよくわからない、それを勉強する為にあっちの世界に通っているけど……うーん、幻想だろうが人間だろうが好きなものは好き。

そして嫌いな奴は"苦手"だ、それ以上に何か必要があるのかな??俺は賢くなりたいわけではなくて、人間や幻想を同じものとして理解したいんだよなー。

「む、難しい事を考えたら眩暈が、はぅ」

『急に無言になったかと思ったら、まったく、帰る?』

「い、いや、ニャル姉に会いたいし、頑張る、ふぁ」

欠伸を噛み殺してぴょんぴょんと階段を下ってゆく、まるで蛙になった気分だ……肩に乗る太歳の下半身は蛇で、俺は蛙……なんだか少し面白い、はは。

それと今更気付いたのだけど、一枚岩としか思えない程に接合の後の無い左右の壁に大きな角を持つ少女の姿が幾つも刻まれている、あまりの量に少しだけ恐怖。

「ふーん、あんなに邪悪で性格が悪いのに一途だなニャル姉」

今度、現実世界に行ったらヘラジカの置物を買ってプレゼントしてあげよう。

イホ姉に素直になれずについ憎まれ口を吐いてしまっているニャル姉の姿が思い出されて笑ってしまう、あの人ぐらいにしかあんな姿を見せないからなー。

「なんか変な気配とかしない?」

『大丈夫ね、でも、本当にいつまで続くのかしらこの階段、流石にうんざりしてきたわ』

「おっ、絵が変わった……背中に蝙蝠っぽい羽……マイ姉だな」

先程の俺と同じように欠伸を噛み殺す太歳、ふぁ、俺は俺で壁画に描かれているのが誰か?クイズを自分で開催中、大体は身内なのでわかりやすい、サービス問題である。

そうやって描かれている存在を当てながらさらに階段を進む、そのまま10分ぐらい経過、どうして時間がわかるのか?それは携帯を持って来ているからです、えっへん。

「これは俺か、ちゃんと俺まで描いてくれているのがニャル姉の優しさ」

『いやいやいや、無茶苦茶刻まれているじゃない!こわっ!?す、ストーカーみたいだわ!』

「こら、言い方」

『オ●タス○リ!』

「ど、何処でそんな知識を仕入れたんだよ……そっちの方が怖いよ」

レベルの低い会話をしながらも着実に時間は過ぎる、そしてついに最終地点、眼の前には大きな鉄の扉、鍵穴も覗き穴も無い、単純に無機質にそこに存在している。

取っ手も無い、ただの鉄の壁に見えるけど、ニャル姉がこの階段を下るのをちゃんと見た……つまりはこれは壁では無く扉、何か仕掛けがあるのだろうか?

『どうやら魔術的な細工をしている見たいね、どうする??ヒントも何も無い状態で、ここを通れるとは思えないけど、帰る?』

「むぅ、どうせ"開けゴマ"的なものだろう」

壁を両手でぺたぺたと、諦めきれない俺は何度もそれを繰り返す、すると右手が淡く緑色に輝いている事に気付く、うん、輝いている。

どうしてだろうと暫くそうしていると輝きがさらに大きくなり扉がどんどん透明になってゆく、ポカーンと口を開けてそれを見ている俺をあざ笑うかのように完全消滅。

『細工をした存在の属性と太郎の右手の刻印の属性が同じだったみたいね、偶然かしら?』

「さあ?でも、これで中に入れるなー、よし、ニャル姉を捕獲しよう」

『いつの間にか"捕獲"に変化しているのが貴方の怖い所ね』

ニャル姉を捕まえて、かーさんに差し出すのが俺の使命っ!家出娘もそろそろ落ち着いてもらわないとな!



[1442] Re[25]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/04 17:33
ファルケンシュタイン城が本当に建設されていたらこんな感じなんだろうなぁと純粋に思った。

荒々しい地形をそのまま利用した造形美溢れるデザイン、山々と泉を背に小高い崖の上に雄々しく聳え立っている、メルヘンチックなお城。

暗い通路を抜けたかと思えば目の前に現れたのはそんな非現実なお城、少し混乱してしまった、ゴシック様式のその城を遠目に見つめながら、笑う。

「おかしいな、地下なのに"空"がある、森もある、泉もある、崖もある、そして城がある」

『法則がいい感じに乱れているわね、どうするの?あの城がこの世界の中心のようだけど』

濃い色合いの森、そこに敷かれた唯一の道を進む、何処からどう見てもこの道はあの城に続いていて、あの城にニャル姉はいる。

モミの木で構成された森はそこだけ現実的で面白い、密集したそれらは濃い色合いで少しだけ不気味、なんとなく早足になってしまう。

誰かに追われているわけでもないのに早足になりながら、10分ぐらい経過、荒い呼吸を整えながら見上げるのは巨大なお城の門、門も巨大。

見た事も無い不気味な動物たちが描かれたその門は青の釉薬瓦、城も巨大なら門も巨大、僅かな躊躇いを覚えながらも進む。

「無い無い無い、ニャル姉も何を考えてこんなお城を、立派すぎて眩暈がする」

『あら?美しいものは見るだけで心に潤いを与えてくれるわよ?私は好きよ』

いつの間にか俺の頭の上に移動した太歳がそう答える、絶え間なく変わる不思議な毛の色、額と尻尾を含めて四つある瞳、下半身は蛇、上半身は子犬。

そんな大切な友達の太歳、ワンワン、額の瞳は紫色で両目は金色、尻尾の瞳は薄緑色、あらゆる部分が神秘的でまさに幻想なのだ……そしてやや皮肉屋。

にゅるりと首に巻きついてくる尻尾のひんやりとした体温……鱗のぬるりとした感触、それに少しだけゾクゾクしちゃう、ワンワン×ニョロニョロ、ワンニョロ。

「しかし無駄に広いなぁ、この城の中からニャル姉を探さないといけないのか、ふぁ、少しだけ面倒だったり、そして誰にも会わない、ちょい怖い」

『そんな事を言ってるから、出てくるわよ?」

「んあ?」

言葉の意図が読み取れずに呆けた反応をしてしまう、門を潜れば広い庭、様々な花が咲き誇っている、多種多様な種類の植物が混在していると正直言って不気味である。

眼に痛い毒々しい花の集まりから眼を背けようにも周囲全てが、花、花、花……甘ったるい匂いが鼻孔を刺激して、再び眠気が押し寄せてくる。

そんな俺の意識を覚醒させるような絶妙なタイミングでそれは登場した、じゃりと花々を踏みつけながらも悠然と……今まで気配を感じなかったのが不思議なくらいだ。

「ふーん、人の♂か、成程、あの女が言っていた客とやらはこやつの事か!」

まず一番に眼に入ったのはその巨大な角、木の枝のように分岐したその先端、様々な捩じれを持って自己を主張している、その分かれた先端も一つ一つが太く、立派だ。

その角を持つ存在は鹿では無く人、しかも幼い少女の姿をしている、歳は大体10歳ぐらいだろうか?―――俺の周りの幻想には良くある事です。

瞳の色は黒曜石を思わせる艶のある黒色、光を反射して艶やかな色彩を放つ、髪は潤いを含んだ烏羽色でもみあげだけを姫巻きにしていて、後ろはショートにしている。

黒いロングコートに布のブーツ、かなり重たそうな本格的なそれを見事に着こなしている……瞳は三角眼でややキツイ印象。

その子はとてとて、そんな音を鳴らしながら俺の方に近づいてくる、背は俺よりかなり低い、それなのに角を合わせると俺の身長と同じくらい、反則なのかー?

「どうも初めまして、俺の名前は田中太郎、こっちの幻想は太歳、俺の友達だ、君はだぁれ?」

「ふふん、軽い口調で物を問う!中々に面白い!面白い物言いだ、エレガントでは無いが、心に響く」

「…………こう、顔は割と冷静なのに、口調と行動が暑苦しいなぁ、初対面で失礼かな?立ち振る舞いが貴族的なのはどうしてだ?」

「あははははは、何を、このオレの何処が暑苦しいと言うのだ!草原を駆ける風の如く、さわやか!艶やか!鮮やか!まろやか!」

「まろやか?」

「細かい事を男が気にするな!禿げるぞ!死ぬぞ!」

「うん、禿げるのはわかるけど、死ぬって、禿げをこじらせて死んだ話なんて聞いた事が無いぞー!」

「あはははははは、なんぞそれ、ちょー受ける!」

「受けられた!?面白い子だな、面白い幻想さんだ!お名前は?なんつーの?」

あまりに軽い対応と流暢な会話の流れでつい名前を聞きそびれてしまった、改めて問いかけるとキツメの三角眼がぱちくりと瞬く、小動物の様な仕種だ。

ウェーブのかかった髪をくるくると指に巻きつけて遊びながらニコニコと笑う、まるで太陽のような少女だ、毒々しい魔力の波長は気のせいだと思いたい、本人?

「オレの名か?このように華が咲き誇る庭園で名乗ろうとは!!まるで恋物語の様だ、愛物語の様だ、くぅ、オレは乙女なのだな!」

歌うように声高らかに、右手を天にかざして左手でぺったんこな胸を押さえて、まるで喜劇のようだなと思いながらも口には出さない。

頬をバラ色に染めて気持ち良さそうだし、大げさな仕種も何処か愛嬌があって憎めない、大きな角が目の前でふりふりと踊る、眼に刺さらない様に避ける、こえーです!

「あ、それで名前は?」

「ふふん、そう、ここらで名乗らねば物語の進行の妨げになってしまうな!!!オレの名は"ヒイシ"、ケイトライネン(卑しむべきモノ)ユタス(ユダ)悪神の一柱よ!さあ、人の子よ!我を!声高らかに!」

「ふぇぇ、悪神かー、じゃあ太歳と同じだな、何だかカッコいいぞ」

「もっと!」

「それに角も立派だ、真っ黒な服装と、キツイ感じだけど愛嬌のある瞳、そして大らかな振る舞い、女の子だけど、カッコいい」

「もっとーーー!」

「くるくるのドリルヘアーも貴族風でお似合いだー、モコモコした感じの服がまた愛らしい、えっと、もう一回だけど、角がすげー立派!」

「う、うへへ、そ、そうか、照れるぞ」

「照れた!?」

ヒイシがくねくねと身を捩じらせて照れるので、目の前にいる俺は角の攻撃に襲われる、後退する事で回避、花を踏まない様に注意する。

"ヒイシ"最古の悪神の一柱でフィンランドの『カレワラ』に登場する魔神、悪神らしくこの世界の全ての悪を体現した存在だと言われている。

悪神になればなる程に意味は細分化せずに、たった一つの意味を持って存在する、つまりは『悪』………目の前で呑気にクルクルと回る幼女がそんな存在だとは意外だ。

「おほん、素晴らしいぞ"田中"、男性の名を呼ぶのは照れるのでな!そちらで呼ばせてもらおう、気を悪くするなよ!」

「いや、いつも下の方で呼ばれるから何だか新鮮、つか、ここは何処で、どうしてヒイシはここにいるんだ?ニャル姉を追っていたらこの城に着いたんだけどさ」

「這い寄る混沌か、成程、確かに奴はこの城の客人だな、ここは"悪の世界"と呼ばれる内方世界のさらに裏側なのだ、そしてこの城は悪の城と呼ばれている」

角が目の前でゆらゆらと揺れて話しに集中出来ない、言葉を発する度にヒイシが小気味よくステップを踏むからだ、何だか面倒なので角を片手で掴む、パシッ。

(素晴らしい重量感、本物の重み!)

何処かしっとりとした手触りのそれに驚く、ゴツゴツとした見た目なのに表面はうるしを塗ったかのような感触、優しげで手に馴染むような不思議な感じ。

「高級感があるぞ!」

「みゃー、角を握られては上手に踊れんぞ!しかしオレの角の素晴らしさがわかるとはな!10ポイントやろう」

「え、ポイント?」

「そうなのだ!」

えへんと腰に手を当ててヒイシが答える、癖っ毛に耳の横から垂れ下がるグルグルドリル、お姫様っぽいなー、両手には大きくて分厚い丈夫そうな手袋。

極寒の地から来ましたと言われたら納得しそうな服装、黒いサンタクロースって感じ、でもブーツは編み編みのオシャレな奴だ、女の子らしいぞ。

ふふんと小さな鼻を鳴らして、"ポイント"について説明してくれるみたいだ、肌は真っ白で、シミ一つなく、つるつる……とても良い生活をしているみたいだ。

「このポイントが1000ポイント溜まれば!角が生える!」

「え」

「角が……生える!」

「わかったよ!角が生えるんだな?1000ポイント溜まれば!」

「うむっっ、伝わってないかと思って二度言ってしまった!オレとした事が情けない……が!気にはしない!」

「うわーい、男らしいなヒイシ、でも可愛い女の子だけどさ」

「オレが可愛いのは世の常よ、風が吹くように、雲が流れるように、雨が降るように、草木が成長するように、それは摂理、あぁ、オレの美貌は永遠なり」

「……」

「え、えーと、んと、黙られると、困るぞ……えと、えとえとえと、つ、角が生えるぞ!1000ポイント溜まると!どうだ田中!」

「……………ヒイシは可愛いなぁ、バカ可愛い」

「ひう!?」

何だこの可愛い生き物、ケイトライネン(卑しむべきモノ)ってあだ名がどうでも良くなるぐらいに可愛いぞ。

俺の言葉にわたわたと両手を動かして、暫くしてすぐに顔がカーッと赤くなる、どうしたものかと思案しているとぺちんと額を叩かれる、頭の上の住民が御立腹のようだ。

「太歳?」

「ちょっと待って、言葉を選ぶわ」

「な、なに?」

シリアスな口調、何か悪い事でもしたかなーと今までの自分の行動を思い出す、怒らせるような事はしていないと思うけどなー。

上半身が子犬で下半身が蛇の太歳、首に巻き付いた尻尾の鱗の感触にぞくぞくしながら言葉を待つ、ヒイシは『はうはう』と意味の無い言葉を吐きだすだけ、悪神です。

「太郎ね、貴方、色々な幻想に好かれる特異な体質をしている見たいだけど、渾沌や私も含めて、目の前の彼女も含めてね、どうやら悪神や凶神との相性が特に良い感じね」

「なんだか怖い感じの幻想って事?」

「そうね、古くて融通の利かない、頑固な悪神とかね、中国神話とも相性が良いみたいだけど、目の前の事実を見るに、出典元は何処でも良い見たい、悪……かしらね?」

「んと、えーと」

「悪神や凶神の類に育てられたのなら、そんな不思議な存在になるのかしらね?ねえ、太郎」

「さ、さあ?」

そんな風に言われてもわからない、どうやら今のヒイシの状態を見て言ってるっぽいけど、立ちっ放しは疲れたので石畳に座り込む。

手で触れて見るが汚れの一つも無く、病的なまでに清潔だ、これも住んでいる幻想の魔術か何かなんだろうか?口をパクパクさせているヒイシを見上げる、魚みたいだー。

「俺は別に、不思議でもないし、そりゃなぁ、家族が家族なのは認めるよ?」

「ふーん、少しは自覚があるのは良い事ね、自覚がないと唯のバカだもの、バカ可愛いでも何でも無く、唯のバカ」

「んな?!」

ツーンとしたお澄まし口調に少しだけムカッとしてしまう、ああ、育った環境で人格が構成されるなら俺と似たような環境で育ったあいつはどーなんだろ?

"きょー"……幼い記憶、今も続く記憶、大切な親友――――守ってあげたいのに、今はいないから、少し寂しいぞ?んと、メールでもしようかな?

「あら、物憂げな顔」

「ほっとけ!」

「くすくす、つれない表情も素敵よ?」

「うぅ、う、うぅ」

「いつもは貴方にいいようにされているからね、女の反撃ぐらい受け入れてあげるのが男の器ってものよ?」

「メスなのに」

「くす、メスも女よ?」

ぺちぺちぺちと額を肉球で何度も叩かれる、愛情と取るかからかいと取るかで今後の対応も変わりそうだ。

でもでも、太歳は可愛いので俺の負け、惚れた者が負けるのは自然の摂理なのかなー?しかし野生で暮らしていた割にぷにぷにした肉球だな。

太歳は室内犬?

「ふは!?お、オレは一体?」

「おおー、ヒイシお帰り、涅槃はどうだった?」

「な、なんだソレ?……田中は本当に不思議な奴だな、話すとドキドキしたり、顔がカーッてするぞ?後、角が何故か固定されて踊れなくなったりする」

「前者はわからないけど、後者は物理的に掴んでいたからなー、横に座れよ、立ちっ放しは……あっ!」

ポケットを漁る、パジャマだけど、あるかなーって、綺麗好きのかーさんの事だからとポケットを漁れば案の定、丁寧に折りたたまれたハンカチを発見。

それを地面に敷いて、とんとんとその上を手のひらで叩く、ぽすぽすぽす、間抜けな音、ヒイシは小首を傾げながらそこを指さす。

「えと、なんぞ?」

「いや、女の子だから、地面にそのまま座るのはあれだろ?それに、お尻が冷えたら駄目とか、その、かーさんに言われたような気がするからさ」

気遣い紳士になりたいわけではないけど、無暗に女の子を傷つけるような行動は駄目だと……思う。

「お、オレは確かに乙女ではあるが、そのぅ、悪神だぞ?」

「あ、さっき聞いたけど」

「う…………魔の大鹿を生み出してラップランド中のあらゆる場所を破壊させた事もあるんだぞ?」

「そりゃ、まあ、昔はヤンチャしました的な事だろー?」

「……む、昔、本当に昔……カレワラに統一されるよりも昔、それよりもずっとずっと昔は、その、ただの神と言うか、精霊であったけど、でも、人がオレに望んだのだ!」

「そうかー、いい子だったのに、悪い子にされたりしたって事だろ?ヒイシの昔はどうでもいいー、俺は今のヒイシと友達になったんだし」

ぽすぽす、早く座れと催促するけど、中々座ってはくれない。

「ヒイシ、座って?」

「あ、うん」

ぽてん、軽い音。

「……這い寄る混沌の弟だと言うから、身構えていたのだが、成程、予想とは違う意味で化け物なのか、なのか!」

「無理やりテンション上げなくてもいいよ?角が大きくて本当に立派だなぁー」

「は、春から夏にかけての、生え変わりの時期の、伸びている途中の角を乾燥させて粉にして、飲めば、強壮、強精の効能が、得られる、かもしれない、で、です、はい」

「ヒイシ?」

「うー、うー、うー、田中!」

黙りこんで唸ったかと思えば突然の大声、もじもじと太ももを擦り合わせながら上目づかいで俺の名を呼ぶ。

なんとなく背筋がピーンとなる、頭の上の太歳が『ふぁー、獣だからね』と意味深な発言、獣だからどうしたんだ?

「す、すき、かもしれない、オレ」

「んと、俺をか?」

「そ、そーなのだ」

「……それはありがとう、ヒイシに卑しい部分なんてないな、正直で真っすぐで、俺もうん、嬉しいよ?」

こっちも顔がかーっと赤くなってしまう、感覚でわかる、そうか……少しちぐはぐな感じになったのはそれが原因か。

お互いに気持ちを曝け出せば残るのは心地の良い感覚だけ、へへとか、ははとか、喜びを隠しきれない笑いをしてしまう。

「ふぅ、よし、これからは対等に話せるな田中!オレの告白は初々しくて可愛かっただろ、オレの可愛さが自分ながら怖い、心の底からだぞ!」

「はいはい、んで、この城は何なんだ?」

「おおぅ?説明せんかったか?ここは"悪の城"……内方世界にすら馴染めぬ悪神や凶神の住まうメルヘンチックな城!」

「自分でメルヘンチックって言ってしまうんだなヒイシ!」

「当然の事よ、何せ!メルヘンな城に住まうのはオレのように…………美しいお姫様と相場が決まっておるからな!」

成程と頷きながら、つまりこの城はとても危ない城って事だなー、さらに話を聞いてわかった事が三つ。

①ニャル姉はここの管理人で内方世界に馴染めない悪神の類をここに連れてくるのが役割らしい。

②"悪の世界"に住まう幻想は皆この城に住みついているらしく、実質はこの悪の城がこの世界の全て。

③ニャル姉は今日、ここに俺が来る事を皆に伝えていて、ヒイシには城の案内を頼んだ。

④ヒイシは俺の事が好きになったらしい、俺も好き、いいこと?

「……何を考えてんだよ、ニャル姉」

「貴方の姉らしく、一癖も二癖もありそうね、めんどうだわ、会いたくないわ」

「美しいお姫様と相場が決まっておるからな!」

「二度言った!?」

さて、クエストしますかー?学校は……休むしかないかな?



[1442] Re[26]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/08 01:08
城の中は思った通りに豪華絢爛、世界中の財を集めたと言わんばかりの内装に少しビクビク。

一目で高級なものだとわかる絨毯の上を恐る恐る歩く、作り手の愛が感じられるソレは俺のような一般人には敷居が高い。

「な、なぁ、悪神が住んでいるって言うのに、凄く綺麗で、掃除も行き届いているのなー」

「それは無論、悪神と言えど、一応は神なのだ!」

「成程、確かに神様が住まう城なら納得、それでもここまで綺麗だとは思わなかったけど」

「ふふん、オレが住まう城だから当然なのだっ!しかし、お城の掃除は"あやつ"に一任しているが、毎度の事ながら素晴らしい!」

キツメの三角眼を細めながら得意げに笑う、ふふんと実に気分良さそうだ。

ぴょんぴょんとたまに意味も無く飛び跳ねる、その度にブーツの踵が愉快な音をたてる。

「あやつ?」

「そうだっ!同じ故郷の悪神でな……普段はこの城でメイドの真似事をしているのだ!」

「悪神がメイドって斬新だなー、メイドさん?って本物を見た事がないや、少しだけ会うのが楽しみだ、ワクワク」

ヒイシが意味も無く飛び跳ねるたびに俺はその角をかわす、首をひょいひょい動かしながら……ヒイシの身長×ジャンプ力と俺の身長が丁度の具合。

つまりは両目を狙って角が襲いかかって来る、日常会話をしながらも死の危険を味わえるとは!つなみに頭の上の住民はうとうととしている、子犬だもんなぁ。

子犬の睡眠時間は一日18時間だったかな?だったら仕方ない『すぴーすぴー』穏やかな寝息、頭の上の柔らかな感触に優しい気持ちに。

「無理やり起こして連れてきたからな、ねんねんころりよ~♪」

「なんとも物悲しい歌詞だな、オレの鋭敏な感性にびびびびびっと訴えるものがあるっ!ははははは!中々の名曲だと褒めてやるぞ!」

黒曜石を思わせる艶のある瞳を瞬かせて大きな声で笑う、心の底から楽しそうで、こちらまで嬉しくなってしまう。

ここまで元気に飛び跳ねる少女が悪神だとは誰も信じないだろう、人間が勝手に決め付けただけで根本を辿れば善神や精霊だった存在は沢山いる。

そう考えると、人間って怖い存在だなーと思ったり、人間の都合で悪神にされるのってどんな気持ちなんだろう?きっと辛いんだろうな、苦しいのかな?

「ヒイシ」

「んー?」

「頭を撫でて上げましょう」

「おおっ!?なんたる事だっ!御褒美、御褒美なのか!理由が無くとも御褒美を得れるとはこれこそまさにオレの才よ!」

「よくわからないけど、いい子、いい子」

立ち止まって、癖っ毛のそれを正すように何度も撫でてやる、お日様の匂い、烏羽色の綺麗な髪……もみあげだけを姫巻きにしていて後ろはショートで独特の髪型。

くるりんとしたその姫巻き部分を人差し指で引っ張ってみる、暫くしてそれがぽよよよーんと元の形に戻る、少しだけ面白い、少しと言うか、かなり面白い。

しかし本当に立派な角だ、さっきもう一度褒めたら、生え変わりの時期に粉にして飲むか!と言われたので遠慮しておいた、流石に抵抗があるかも……うん。

「む、むぅ、気持ちいい」

「あはは、それは良かった…………神様でも頭を撫でられるのは気持ちいいんだなー」

「まあな!頭ナデナデは神・人・妖、問わずに効果的だぞっ!まさしく人の生み出した英知の結晶だな!そしてもっとナデナデしても構わんぞ!構わんぞっ!」

構わんぞ=もっとしろ、この法則は渾沌と同じだ、なんとなく、家に置いて来た渾沌とヒイシの姿が重なる、何となく、二人が似ているように思えてならない。

妙に古臭い喋り口調と、男勝りの性格、そして俺と何となく合う波長、うーん、同じような感覚を飛行おににも感じた、一体これはどーゆー事なんだろう?

「ナデナデを要求するっ!」

「あっ、ごめん」

ついボケーっとしてしまった……急かすように言われたので慌てて頭を撫でてあげる、癖はあるけど、モコモコとして気持ちのいい撫で心地。

しかし要求までされるとは、俺の周りの幻想は頭を撫でられるのが好きな奴が多いな、犬とか鹿とかだからかな?動物の幻想は大体そんな感じなのかなー。

「うぅぅぅう…………気持ちいい、気持ちいいぞ!まるで太陽の日差しを受けて芽を出す草花の如くっ!素晴らしい!」

「ポエムっぽいぞ!」

「はははははは、淑女の嗜みよ!」

「そうか、純粋に羨ましい、けど俺って文才が無いしなぁ、悪神なのにロマンチストなんだヒイシは!」

「幻想が夢を見なくてどうするのだ!そもそもオレ達がロマンの塊のような存在なのに!夢を見ろ人の子よ!」

「う、うん」

「人の子よー!」

「い、いえー!」

何だかテンション高くなったヒイシに合わせて俺も腕を天に掲げる、二人して豪華な通路で天に腕を掲げる光景――結構シュールだよな、シュルレアリスム?

しかし特に何も聞かずに付いて来たけど………ヒイシは何処に向かっているんだろう?ヒイシのペースは何だか独特で、つい何も言わずに従ってしまう。

そして何故か嬉しく感じてしまう、なんだろう、この真っすぐな性格が気持ちいいからかな?――やっぱり渾沌に似ている。

「いえー、おおぅ、どうした田中、突然黙ってしまって!オレの美しさに呆けてしまったか!」

「うん」

「……………え」

「ヒイシが可愛いから、見てたよ?そうしてたらボケーってなっちゃったかも、ごめん」

「うぅぅぅうううぅうぅうう」

「ヒイシ?」

「あ」

口をパクパクさせて鯉のようだ、お姫様の様な容姿をしたヒイシがテンパってあたふたしていると何だかドキドキする……不思議だなぁ。

角を自分で掴んでうーうーうーと唸っている、一体どーゆー事なんだろう、怒ったぞ!って意味なのかなぁ。

「つ、角よ……オレの角よ!雄々しく…………聳え立て!」

「ど、どうしたんだ?」

「ふ、ふふふふふふふふふ、角は相手を威嚇する為に存在するもの、オレの角もまたしかり!」

「う、うん……どうしてそれで俺を威嚇しようと思ったんだ?」

「いやぁ、田中の台詞がオレの乙女心をツンツンと刺激しまくるからな!畏怖を感じてしまったのだ!!だからこその威嚇・ザ・威嚇!」

「二回も言わなくても」

何だかショック、俺がヒイシの心を刺激しまくっているのか、悪神の心を刺激するだなんて……………俺は一体なんなんだろう?唯の人間です。

自分って存在が時折わからなくなるけど、それはそれで良いような気がする、だって悪神だってロマンチストなんだもんなー。

「ふぅ、いかんいかん、オレとした事が、人の子相手に角を使ってしまうとは!――情けないっ!」

「情けないんだ…………しかし本当に立派な角だな」

「1000ポイント溜まれば!角が生える!」

「ああ、そういえば言ってたなぁ」

それはそれで日常生活に支障が……角を生やして生活している自分の姿が浮かばない、残念。

そんな下らないやりとりをしながらも足を進める、暫しの後、何故か地下に続くであろう階段に案内される、えーっと、ここが地下の世界で、地下の世界のお城の地下?

「また地下なのか?」

「ふふん、さぁ、ここからは這い寄る混沌の依頼だ!この地下に不法侵入した妖の類を退治してもらう!安心しろ、オレも一緒だ!田中を……守るッ!」

「…………惚れてしまうよ」

「どーんっと来い!オレは受けとめよう!」

な、なんだろう、男らしぃ。



○あとがき

pixivで知り合いがヒイシを描いてくれました、この作品のタイトルで検索すれば出るかも、よろしければどーぞ。



[1442] Re[27]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/15 03:39
どうやら最初から存在していた洞窟に無理やり階段を取り付けたらしい、足を踏み入れるとひんやりとした風とすえた臭いに一瞬足が立ち止まる。

石造りの階段の上にはうっすらと苔が生えていて足が取られそうになる、とんとんと軽く地面を蹴って見るがヌルヌルと嫌な感触、苔に悪気は無いのに、ごめん。

イザナギノミコトがイザナミノミコトを探しに行ったのも黄泉の国へと続く洞窟を通って、そう思うと、ぞくぞくと背筋に冷たいものが、今更に怖くなった。

さらに言えば中国の考えでは神獣や妖怪は穴に住む者が多いとされていて、自分と契約している渾沌や頭の上で眠りかけている太歳のように可愛いワンワンーいるかも!と嬉しくなる。

怖いのと楽しみなのとが複雑に絡み合って、俺は目を瞬かせて混乱してしまう、しかし洞窟にしろ地下にしろ、淡い光を放つ不思議な苔のお陰で視界が奪われる事は無さそうだ。

ぬるぬる・ぴかー、見たいな?ぬるぴかです。

「どうした?……もしや、今更怖気づいたか?」

こちらの顔を覗き見るように黒の瞳が細められる、大きな三角眼がなんとも楽しそうに細く細く、心の中が見られているようでつい頷いてしまう。

すると腹を抱えて笑いだすものだから……俺としては楽しく無い、『あはははははは、そうか!怖いか!男でも怖いかっ!素直だな!』と……けらけらけらけら。

地下へと続く階段の中でその声が木霊する、ぴりぴりと大気が震えて、地下にいる妖が逃げてしまうんじゃないかと心配になる、けらけらけら、女の子に笑われてます。

「くくっ、くははは、田中、ちょー弱虫、うける!」

「うっ」

「安心しろ、田中はオレが守ると言っただろうが!ひゃう!?」

「ど、どした?」

「…………………水滴が首に当たっただけだ」

かたかたかたかた、眼を泳がせながら震えるヒイシに眩暈がする、え、ええ、ええええ……さっきまであんなに俺を笑っていたのに、実はヒイシも臆病だよな?

悪神と言えど、咄嗟の刺激には弱いらしい、格闘家がお化け屋敷で怖がるのと同じって事かなー、癖っ毛のモコモコな髪をぽんぽんと撫でてやり、震えが止まるのを待つ。

カタカタと涙目で震える様子は本当に小鹿、小鹿なヒイシはすーはーと深呼吸まではじめる始末、ニャル姉の奴め……このクエストを俺とヒイシに任せたのは悪意でだな!

ビビりとビビりで何をしろと……いやいや、ヒイシがビビりと思うのは些か早計ではあるか、ぐしぐしともこもこな手袋で涙を拭うヒイシを見ながら思う、だってキッと勇ましい顔をしたんだもの……かっこいい。

「負けぬ!」

「うん、取り合えず、手を繋いでいく?」

「望む所よっ!」

何が望む所なのかわからないけど、しっかりと手を繋ぐために片方だけ手袋を取るらしい……眼に入ったのは思ったよりも小さく、華奢な手、荒れる事なんてしらないような白魚の様な指、ぷにっとしてる!

「柔らかだなー」

「ん?何がだ…………はっ!オレの手かっ!」

「正解っ!」

「……鹿皮はどの動物よりも加工しやすいからな、柔らかくて」

「え、ヒイシ?」

「冗談だ!笑え!田中っ!シカの交尾期は春では無く秋っ!それを胸に刻み笑うのだー!」

「いらない情報じゃんか!」

このテンションで階段を下ってゆく、ぷにぷに、包むように繋いだ小さな手、俺の手が餃子の皮で、ヒイシの手が餡なのだー、本当におバカな考えをしてしまい、赤面。

暫くするとひらけた場所に出る、そりゃ、崖の上にあるお城なのだから下るのにも限界があるってもんだろう、思ったよりも短い時間で終着点。

「待て田中…………交尾期は首からフェロモンを出すようになるのだ、そこはいつも注意していてくれ」

「待てヒイシ………どうしていきなり自分が鹿ッ娘だって事をゴリ押しするようになったんだ?」

「個性の枯渇っ!オレの最も誇れる部分はこの勇ましき角っ!つまりは鹿である事だけっ!一つの個性を徹底的に突き詰めるのがオレの美意識だからなっ!」

「シカのひづめにはヤマヒルが寄生するの知ってる?」

「マジか!?あ、あわわわわわわ、ヒル嫌い、駄目だっ、あれは……生理的に……はっ!?オレのひづめは大事ないか!?」

「ないじゃん」

ヒイシはバカだなーと思いながら周囲を見回す、広大な空間、天井は高く、なんとなく湿った印象を受けるその空間には何も無く、発光する苔のお陰でとても良く見える。

何せ天井に自生している奴も発光しているからなー、とてつもなくファンタジー、さて………何処に噂の妖がいるんだろう、妖の類って事は妖怪だよなー、神様ではなくて。

どっちにしろ知らない幻想だったら嬉しいかな、手首を何度も確認しているヒイシを無視して周囲を探る、何処かに何かがいる気配なんかしないけどな、取り合えず手を引っ張って歩く。

ぴちゃんぴちゃん、地面の凹みに透明な水たまり……苔たちが嬉しそうに緑色に輝く、転ばない様に注意をしながら――さて、ニャル姉の考えている事は何なのだろうか?

人の悪い笑みを浮かべて、ニヤニヤと今も俺達を何処かから見ているのかな?容姿が愛らしいだけに、その邪悪さや狡猾さはより際立つ、俺の姉です、家族だから仕方ないなー。

『ありゃ、いつもの鹿のお嬢ちゃんだけじゃないね、誰かな?………ん、くんかくんか、ん?』

バサッ、翼の音……鳥のソレ、そしてヒラヒラと天井から羽根が落ちてくる、真っ白く大きな羽根、だけど今まで見た事のない羽根。

声のするのは天井で、上を見上げるが高すぎて何も見えない、でも淡く発光する苔を遮るように黒い影が見える、眼を擦りながら何度も凝視する。

「誰ーーー!?」

「ええい、出て来い曲者っ!いつも声だけしおって!オレはそーゆー魔性のものが大嫌いなのだっ!幽霊とか!」

お前は悪神じゃないのかと突っ込みながら、さて、意外にも早く妖さんを発見?でも声の感じが知っている誰かに似ているような気がする。

誰だろうか?凄く近しい人物のように思える、取り合えず俺達の呼びかけにその妖さんは素直に姿を現す、ばさっ、ばさっ、何かがおりてくる音。

「鳥……じゃないよなぁ」

「あんなおかしな鳥はオレも知らんぞ、まずそうだ!」

『……悪神の鹿よりは美味しいと思うけどさぁ、そっちは人間の子供か、珍しい、ありゃ、内方世界にいるんだっけ?人間、しらないや』

「あ」

地に降り立つソレ、真っ赤な光を放つソレ、光と言うよりは閃光、サングラスが欲しくなるほどの強烈な閃光だ……刹那的な光が強弱をつけながら瞬く。

やがてその点滅が消え、そこには見た事も無い鳥の姿、まず人間のような猿のような足が六本、黄色くてモコモコした袋のようなものから生えている。

細くて、白くて、頼り無いそれがしっかりと地面に立っているのだ、頭も無いから当然目も無い、そして真っ白な巨大な翼が四つ、それをゆっくりとたたむ。

つい鳥と言ってしまったが、確実に鳥では無い、そしてここまであやふやな姿だと妖であることすら疑問、まるで子供のラクガキのような姿、しかし何処か美しい。

奇妙な感情と感覚を覚える、何処かで見たはず……そう思える程に、親近感を持ってしまう、魔力も何も感じさせないソレは不思議な生き物、興味があります!

「そうだよ、俺は人間、そっちはー?」

『軽いノリ過ぎでしょ、オイ』

「田中、これ、キモくないか?」

『そっちはそっちで失礼過ぎなんだけどさ、ったく、悪神と人間のコンビが何の用事だよ、言っとくけど、ボクは這い寄る混沌から許可貰ってるからな』

モゴモゴと翼付きの黄色い袋が蠢く、御丁寧に紐で括っていて結び目まで、中身は何なのだろう?――じーっとそこを凝視していると相手が困ったようにウゴウゴと蠢く。

しかしニャル姉は退治しろって言ってたはずなのに、許可を貰っているって……あの人の事だから悪意で俺とこの袋さん、"お袋さん"を戦わせて裏で笑うって事は十分にあり得る。

なによりニャル姉とお袋さん相手だったら、俺はお袋さんを信じる、家族だけど信用が出来ない人、それがニャル姉――我が家の中で唯一信用出来ない人。

クスクスクスクス、その声が思い出される、鈴の音の様な愛らしい声、だけど全てが邪悪で人を陥れて崩壊させるのが大好きな人なのだ、クスクスクス、人の精神の崩壊を見て笑う。……それすら、お遊び程度にしか思っていないのだ。

「なんとっ!え、オレ、騙されていた!」

「俺とヒイシは賢くないからなぁ、このお袋さんがちゃんと説明してくれなかったら戦いになっていた可能性はあるかもな」

「それではオレと田中がベストカップル見たいではないか!賢くないベストカップル!マイナス×マイナスでプラスに!」

「絶対にヤダ!」

『つーか、ボクの事をお袋さんって呼ぶの止めてくれない?』

「フクロで梟(ふくろう)だからさっ!」

『ブッコロスゾ』

「すいません」

取り合えず謝る、こちらのお遊びにもきちんと付き合ってくれる律儀な性格、それも誰かに似ているような気がする……近づいて見る、相手は動かずに、大人しくしている。

ヒイシの手を引っ張ってその見知らぬ幻想の周りを1周する……うん、2周する、3周する、4周する―――12周する。

『多くない?』

「あっ、ごめん、いや、見れば見る程に」

「ああ、キモイぞ、んー、どうした田中、睨みつけるな…………可愛いって言ってくれたじゃないか!」

可愛い、可愛いけどさ、初対面の相手にキモイを連発するのはどうかと思う、素直なのは美徳だけど、素直さを出す場所を間違えるのは駄目、はい、俺がみんなに言われている事です。

『ふぅ、うるさいね』

「何を言っている小汚い袋よ、同じ屋根の下で暮らしておきながらオレに挨拶の一つも無いとは………寂しいではないか!泣かせたいのかキサマっ!オレを!」

「ヒイシ繊細っ!」

「そう、繊細にして大胆にして時折は普通、それがオレ…………ケイトライネン!フィンランドの悪神よっ!」

「かっこいいぞ!」

「…………もっとだ、田中」

「かっこよくて可愛くて、そして頭が悪いけど……おバカな子程可愛いと言いますし!」

「もっとだぁあああああ!田中ぁあああああ!」

「えーと…………手は小さくて白くてぷにぷにしてる、ぷにぷに!」

「うひゃ、照れるぞ!オレの頬が薔薇色に染まってしまうではないか!乙女が咲き誇るではないかぁ!」

『…………なんだろ、この子たち、や、やばいなー』

呆れた声、後ずさる音、お袋さんはまた少し俺達と距離を置く、少し調子に乗り過ぎたかな?

照れながらブンブンと頭を振るヒイシの角を掴んで動かないようにしながら、もう一度問いかける、君はだぁれ?

『答えないといつまでも絡まれそうだからさ、答えるけど………ボクの名前は帝鴻(ていこう)最古の神の一柱にして混沌の獣の一つ、四凶・渾沌を生み出した卑しき母』

「ふーん……」

『どうしたのさ?』

「……こ、渾沌?」

『ん?』

今の俺の思考は白濁としてまさに混沌……渾沌って、え、えぇぇええええー、けほ、むせた!

「けほっ、けほっ」

『はぁ、騒がしい子だな』



[1442] Re[28]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/11 00:23
けほっけほっ、うー、変な所に唾液が入った、辛い、呼吸を整えていると背中をヒイシが擦ってくれる。

さすさすさす、優しげに何度も、なんだか飲み過ぎて吐いている同僚を解放する感じ、暫くしたら咳も止まる。

「田中、大事ないか?」

「うー、変な咳が出たー!」

「ああ、かなり変な咳だった、とてつもなく変な咳だったぞ!例えるならナイアガラの滝の如く!」

「そこまで大したものじゃないけどさ」

「うぁ、オレとした事が例えの失敗とは、は、恥ずかしいぞ」

カーッと赤面するヒイシの頭をポンポンと撫でる、癖っ毛なので髪を梳くようには撫でれないのだ。

しかしこのモコモコ感は実に素晴らしいなー、うーん、鹿って言うよりは羊って言うか、しかし鹿に変なこだわりがありそうなので口に出したらヤバそうだ。

『落ち着いたかい?』

呆れているけど少しだけ心配も含んだ声、俺が頷くと、そうかとだけ答える、この素直だけどクールな感じが渾沌との繋がりを強く連想させる。

ゆっくりと話したいのに地面は湿った苔に覆われていて座れる状況では無い、お尻がびちゃびちゃになってしまう……代えの服も無いし、そもそもコレ、パジャマだし。

濡れたまま帰宅したらかーさんから生温かい目で見られそうだ……そして『でふでふ』と感情の無い声で言いながら俺のズボンを無理やり持っていきそう、そして洗濯をする、気まずい。

『しかし、君の驚きようにはボクが驚いた、はて、自己紹介の文の中にソレほどに驚く内容のものがあったかな?』

「いや、もしかしたら田中は小汚い袋のあまりの気持ち悪さ、つまりはキモさに今更ながらに驚いた可能性はあるぞ!そーゆー時はな田中っ!オレを見ろ!オレの愛らしさで癒されるがいいわ!」

クルクルクル、鹿は踊る、小鹿のステップ、とても軽やかでとても鮮やか、自分で言っちゃってるけど確かに愛らしい、小さな女の子が楽しそうに踊っているとそれだけで癒される。

しかし、こんなヌメヌメの苔の上で良くもまあ踊れるものだと素直に感心、フィンランド……その内、踊りに巻き込まれそうな気がする。

「ああ、渾沌って、あの、ワンワン型のだろ?犬、狼、つまりはワンワン」

『えーと、産んだ時は白い混沌の塊だったからなぁ、暫く世話をして、別れてからは知らないし、あの子も覚えてないんじゃないか?ボクの事』

「へぇ」

『仙人になったり四凶と呼ばれたり、なんとも面白い娘に育ったとは思うけどさ、つーか、君はどうして娘の事を知っているんだい?』

「いや、だって、俺の使い魔だしさ」

いまだに『オレを見ろ!』と言いながら踊っているヒイシをスルーしながら正直に答える、別に嘘をつく必要は無いし、大切な人の親にちゃんと挨拶するのは当たり前……だよな?

帝鴻の瞳を見ながら、って目が無いか、目つーか頭が無いし、取り合えず真剣に帝鴻を見つめる、ドキドキ―――――何だか、娘さんを下さいって挨拶する恋人のような心境です。

「なんと!田中っ……お前、召喚士かっ!」

「そーだよ?」

「使い魔がいるのかっ!」

「うん、つか、質問しながらダンスするの辛くないか?」

「ぜーはー」

「ひ、ヒイシ?」

「むきぃいいいいいいいいいいいいい!田中の使い魔に嫉妬!この胸の中で荒ぶる激しい感情はまさしく嫉妬!見ろ田中っ!ダンスも荒ぶっている!」

「う、うぁぁ」

激しさを増すヒイシのダンスにやや震撼、なんていう狂気のダンス……恐ろしさに俺の心拍数は上昇、こんなに嫉妬に狂った鹿を見たのは初めてだ。

しかも小鹿、地団駄を踏みながらダンスと言うよりは情愛を訴える謎の行動、ガタガタガタガタ、ちなみに震えているのは帝鴻も同じ、え、お前も怖いの?

二人して身を寄せながらガタガタガタ、歯もガタガタ、でも帝鴻は口も歯も無いのでそこはガタガタできない……怒れる子鹿が冷静になるのを待つ、静まれー、静まるのだー。

『な、なんだ、あの見るだけで魂を持っていかれそうになるおかしな踊りは、うぅうううう、眩暈がする、吐き気がする』

「い、いや、吐く口無いじゃんか」

『例えだよ、はぁ、君、気持ちが悪いからその踊りを止めてはくれないか?』

「五月蝿いわ!小汚い袋の分際でオレに命令するな!小学校の遠足の時に調子に乗り過ぎてバス酔いしてビニール袋に嘔吐したその袋の様な色合いをしおって!」

『………………』

「お、落ち着いて、こらっ!ヒイシもいい加減にしないと怒るぞ!」

「う、うぅぅぅうううう、だ、だって、田中がオレに隠して浮気してたんだもん!うぅああああああ、乙女の純情を返せ!」

「浮気!?じゃないって!」

「あばばばばば」

「落ち着けヒイシ、お前に出会う前に既に契約してたんだから仕方ないだろう!それに渾沌は渾沌!ヒイシはヒイシで好きだぞ俺は!」

「…………愛の告白か?」

うるうると目尻に涙を溜めながら問いかけてくるヒイシ、いつもはキツイ感じの三角眼だけど、この時だけはうるうると潤んで本当に小鹿のような純情な瞳、ドキドキ。

なんだか粘ついた唾液を口の中で転がしながら、うぅぅぅう、どう答えればいいんだろう……でも、俺はヒイシの事が好きだし、それは事実なわけだし、ここは素直に答えた方が。

光る苔の中でビクビクしながら問いかけるヒイシは本当に"幻想"だ、人が夢見た存在、それは悪神だろうが凶神だろうが変わりはしない……空気を壊すように頭の上からズルズルと落ちそうになる太歳。

ズルズルズル、眼前に太歳の愛らしい寝顔、子犬がこうやって寝ている姿はどうしてこんなに可愛いんだろう?頭の上ではあれなので、服の中にしまい込む、首だけ胸元から出す。

ぬくぬく……さて。

「愛の……告白と受け取ってくれていいでしょう!」

「いぇえええええええええええええ!!やったぞ、田中っ!やったぞ!、や、や、やったぞぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

ぱぁああああ、見た目はお姫様、背中に薔薇の園が見える、俺の両手を取ってクルクルと回るヒイシに付き合いながら心の底で思う……。

『なんだこれ』

心の底で思ったけど、先に言われてしまう、意外な事にそれを口にしたのは帝鴻だった、口にしたと言ったけど実際には口がない、これ如何に?

さてさて、踊りを止める為に右手を離して、角を持つ、全力でギリギリと………はい、停止、ヒイシが暴走した時はその大きくて立派な角を持てばいい。

「ま、まさか、ここに来て角が弱点になろうとは!オレの存在理由の1割が消滅したぞ田中っ!」

「少ない……いや、多い!?」

「角が無くなれば!オレは唯の人間の小娘ではないかっ!小鹿ですら無いではないかっ!その場合は田中、責任をとれっ!」

「うーうー、困る」

『え、ええーと、どうでもいいから、ボクの娘の話をしてもいいかな?それに、君は驚いたけど、ボクは驚いていないよ?なんとなく、そんな事もあるだろうと思うしね』

ウゴウゴと黄色い体を蠢かせながら帝鴻が答える……渾沌と同じでなんて器の大きさ、そこに血の繋がりの様なものが垣間見えてまた嬉しくなる。

しかしヒイシは本当に会話の流れをぶった切るなー、別に嫌じゃないけど、中々に会話が進まない……恐ろしき鹿、可愛いだけに扱いづらい、扱う気も無いけどなぁー。

「ふーん、やっぱり渾沌と似てるなぁ、性格が!」

『そりゃ、何て返事したらいいのかわからないけど……ま、あんがとね』

少しだけ嬉しそう、ツンツンしているのに、デレってしましたよ今!ううううぅ、抱きつきたいけど、帝鴻の性格からして俺が抱きついたら嫌がるだろうしなぁ。

うずうずと、なので首だけ出してウトウトと首を動かしている太歳をぎゅーって抱きしめる、子供が大好きなヌイグルミにするように強くぎゅーって、ぎゅーって、むぎゅー。

モコモコ、でも尻尾はひんやりしててお腹に直に当たるので嫌な感じ、でもそのひんやりも太歳を構成する大事な要素なので俺は……愛する!

「しかし、こんな所で渾沌のかーさに出会えるなんて感動だなー、握手させてください」

『手ないっしょ、ちょい待ち』

先程と同じ赤い閃光が帝鴻から発せられる、これは…………これは渾沌が人間の姿になる時に少し似てる、まさか、まさか、期待は高まる。

暫くして閃光に続き濃い白い煙がその体から発生、何だか暖炉のようだ、赤い閃光と濃い煙、俺はそれをただ呆然と見つめる、でも太歳はむぎゅーってしてる。

ちなみにヒイシはそんな光も気にしないでまだ踊っている、なんて奴だ、世界の中心が自分とでも思っているのか!……でも悪神だしそれぐらいの心意気でも大丈夫だぞ!

「ふぅ、人間の形は久しぶりだ、どう、ボク、可愛いっしょ?」

挑発的な物言い、その言葉に反論出来ない程に彼女の言葉は正しい……………可愛い、ヒイシも可愛いし、太歳も可愛いけど、また質の違う可愛さだ。

10歳ぐらいの少女である……切れ長の鋭い瞳、翡翠色の瞳は涼しげで見ているとドキドキする、睫毛は長く、眉も細く、綺麗に整っている、肌は真っ白で渾沌と同じようにシミ一つ無い……だけど右頬には鳥を象った不思議な紋様。

髪は薄い緑色、そして見た目の年齢にぴったりなおかっぱ頭、艶やかで天使の輪がキラキラ、鼻も唇も小さいのに、唇だけは赤く艶やかで色っぽい……うぅうう。

しかし何故に旗袍(チャイナドレス)?緑色で、しかもミニの袖なしだし、深いスリットの部分からシミ一つ無い滑らかな太ももが見える、少し汗ばんでいてやけに扇情的に眼に映る。

高めの襟なので時折煩わしそうに首元を煽る………俺はその姿をなるべく見ない様に目を逸らす、ええい、相手は小さい女の子なのに、なんか見ていると変な気持ちになる。

「ボク、可愛いっしょ?ねぇ?」

返事をしなかったらまた問いかけられた、背中に生えた小さな翼、サイズが幻想の姿の時と変化している……それをパタパタとしながら近づいてくる、うぅ。

「可愛いって言ってくれないんだ、ふーん、可愛いのに可愛いって言わないだなんて、最低だね」

理屈がおかしい、そして可愛いけど、もしかして帝鴻って意外にブリっ子で口の悪いキャラ?それでいて誠実で……真面目、どうにも、掴みづらい性格。

ああ、クルクルと先程とは逆に俺の周りを飛行する帝鴻、ぱたぱたぱた、背中の翼が愛らしく動く、そしてヒイシはまだ踊っている、幻想ってほんとうに自分勝手だな!

そこが愛らしいんだけどさ!

「可愛いよ、もう、押し付けるなよ」

「くふふふ、最初からそう言えばいいんだよ、素直は美徳ってね、娘にもそうやって口説き文句のような言葉で話しかけるのかい?」

「し、しないし!」

「だとして、ボクにそれをするなんて、妻の母にアプローチする夫の如く、倒錯的だなー、ダメー、不倫ダメ―!」

「う、うるさいなー」

「田中っ!不倫はダメだ、あれは…………ダメだぁ、本妻がいながら浮気とは許せぬ!」

問いかけたら『オレが本妻だっ!』と言いそうなので聞き流す、ここまで真っすぐな好意は照れるのを通り越してちょいびびる、しかしどうしてこんな状況?

うーん、辺りを見回したら手頃な岩を発見、苔も少しだけしか生えてなくて、座るのに手頃そうだ……転ばない様にそこに向かって歩く、ヒイシがあーだーこーだ叫ぶのは無視。

ふぅ、ぱたぱたと俺達に付いてくる帝鴻はまるで親の後を追うひよこみたいだ……引き離さない様に気を付けて歩く、しかし、この子が渾沌のかーさんか……人懐っこい所も似てる?

「ふぅ」

「しかし君はアレだな、不思議な子供だ、悪神と仲良くしてボクに話しかけて、面白い、くくくっ、笑えるナ」

「そりゃどうも」

「さて、ここで良いお知らせがあるよー!君たちが退治しなきゃいけない妖ってのは、実はボクとは別に、いるんだよ」

「へぇー何処に?」

「君の座っているソレだけど?」

「…………へ?」

ガタガタガタ、妙な振動がお尻から全身に伝わってくる、俺は顔を青褪めさせて、恐る恐る帝鴻の顔を見上げる……彼女は宙に浮きながら楽しそうに笑う。

目を細めて、いたずらが成功した子供の様な意地の悪い笑み、でも何処か清々しさがあって、憎めない様な愛嬌のある笑顔――――くすり。

「頑張ってね♪」

「……ヒイシ」

「あわわわわわ」

ヒイシは涙目で震えてました、あぅ、お尻の下の幻想さんってなに?



[1442] Re[29]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/13 08:24
カタカタと震えるヒイシを横目に俺は強制的にガタガタと震えている、お尻の下の岩が恐ろしい程に振動して全身がバラバラになりそうだ。

顔を青褪めさせて俺のお尻の下を指さすヒイシ、悪神が怯えるような状況ってなんだよー!俺、怖いの苦手なんだけどなーと呑気に思う。

ここ最近は様々なトラブルが続いているし、なにより、俺はこの内方世界で幻想に囲まれて生きてきたのだ、大した事では驚かない、現在進行形で驚いているけど!

この洞窟そのものが振動する程に激しいソレは天井から水滴を落とし苔をの生えた地面を揺らす、ガタガガタガタガタガタガタガタ、このままでは!何かオシッコが出そう。

飛び跳ねるように岩の上から脱出、ヌルヌルとした苔の上を滑るようにしながら転げまわる、ヒイシが『なんと!』と嬉しそうに叫ぶ。

「た、田中っ!」

「うぅぅううううう、腰が痛い、あそこも痛い、お尻が最高に痛い」

「それは……耽美だなっ!」

ピシッと決めポーズ、この子はどうしていつもこんなに余裕なんだろう、もそもそもと服の中で太歳が蠢く、カリカリと爪を立てた前足で俺の胸を掻く。

この状況でも寝ている事に感心してしまう、つか、俺の事を守ってくれよなーとか情けない事を思いつつ、先程、自分が座っていた岩の方へと視線を向ける。

岩の下から何かが這い出ようとしている、いや、岩そのものと繋がった何かが地面に遮られた肉体を外に出現させようとしているのだ、地面にひびが入る。

「な、なんだアレ!」

「田中、お尻は大事ないか!見てやろうか?手当はいらぬか?安心しろ、お前の体に……汚い所など無いっ!」

「なんかキュンってする男らしい台詞を今言わなくてもいいからねっ!くっ、太歳も掻き掻きしちゃダメっ!」

「呑気だねぇ、君たち」

パタパタと宙に浮きながら帝鴻が笑う、いつの間にか岩から遠く離れた場所でニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている、俺達を騙したけどな!

だけど彼女があまりに楽しそうに笑うものだから怒る気も無くなってしまう、長い間一人でいた幻想は孤独からか悪戯好きになる事が多い、自分をもっと見てくれとそんな気持ちで。

何となく帝鴻もそうなのかなぁーと思う、ひび割れる地面で転ばないようにしながら、注意深く帝鴻の様子を観察する、岩の方は大体予想出来た、学校に行っていて本当に良かった。

後はそいつが出てくるのを待つだけ……ソレは命のないもので、戦うのに抵抗は無い………戦うのは嫌いだけど、これがニャル姉の仕業なら避けては通れないのだ。

「あはは、どうするの?ねえ?」

笑う帝鴻、切れ長の鋭い瞳、翡翠色の瞳は涼しげ、肌は真っ白、薄緑色をした髪はおかっぱでとても愛らしい……右頬には鳥を象った不思議な紋様。

背中の白い翼をパタパタとさせながら向こうも注意深くこちらを観察している、逃げない事が意外だったのか口調は実に楽しげだ、こ、こいつ……でも顔立ちは渾沌に似ている。

渾沌、肩まで伸ばしてざっくりと切った橙色の髪、切れ長の真っ赤な瞳、真っ白い肌に真っ白い式服……見た目は真面目そうな少女の姿で、凛として雰囲気と合わさって素敵っ!

自分の使い魔を心の中で褒めながら思う、ああー、俺がいない事に気付いたら滅茶苦茶怒りそうだな、前に二度と離れないと約束したし、でもここは我が家の一部でもあるわけで……どうしよう?

目の前の現実より家に帰ってからの渾沌の説教が怖い……もし、渾沌に泣かれでもしたら、俺は自己嫌悪で死にたくなってしまう、大好きってもろ刃の剣だよなー。

「田中っ、ズボンをずらすぞ!ああ、田中には尻尾がないのか、驚きだな!」

「うぇ!?ず、ずらすなー!」

「?」

「いや、ずらすなって!」

「ちなみにオレにはあるぞ、鹿の尻尾は小さいのでな、パンツにもきつんと納まる素敵な仕様なのだ!」

「き、聞いてない!この子!」

「田中ー、お尻ー」

「あーあー」

ぎゃーぎゃーぎゃーと我ながら呑気な会話だなと思う、地面はひび割れ、天井にも亀裂が走る、湿っぽかった苔の表面が泥に汚れる―――そしてそれは俺達の会話を無視して現れる。

予測通り、予想通り、それは岩を人型にした存在、人型にした岩とも言える……オカルトの世界ではポピュラーで、ユダヤの律法学者が好んで使役されたと言われる存在。

この内方世界では自我の無い幻想は逆に珍しい、俺は授業でも何度か目にしたそいつを前に僅かに体を震わせる、何か授業で見たのよりゴツゴツしいし、失礼だけど不細工な形をしている。

あれか?野生だからか?そう思っている間に、そいつはゆっくりと地面を踏みしめて立ち上がる、ぱらぱらと天井から水滴と埃が落ちてきて、なんだか嫌な気分。

「ゴーレム!」

「なんだ、びびって損をした!アダムの出来損ないではないかっ!!…………オレの………おバカ!」

薔薇を背負うヒイシ、見た目が美少女なだけにやりたい放題だなー、俺はズボンを上げながら思考する、あれと戦って勝つ術は?

そもそも、俺は魔術の類は使えない、何せ魔力が生きるのに必要最低限な分しか存在しないのだ、うー、才能云々以前に必要な魔力すら無いとは!可哀相!

10メートルぐらいの素敵な巨体……俺達を探しているのか視線を周囲に向けている、瞳は無く、大雑把な窪みがあるだけ………誰かに命令されている?

ゴーレムの弱点は口に差し込まれた神の名を書いた一枚の紙だ、それこそ沢山の種類があるゴーレムだけど、基本的にこのルールに沿っている。

『…………ゴゥ』

ゴーレムが口から言葉を発した瞬間に、地割れによってそこらに出来た小さな破片がぷかーっと空中に浮く、ゴーレムの周囲に浮いたソレはやがて恐ろしい速度で回転をはじめる。

ゴーレムの視線は俺達を捉えている、ゴーレムの身長と同じようにその距離は10メートルって具合、俺が戦う術は右手に宿るグノームの刻印と左手に宿るサラマンダーの刻印。

さあ、どうする、出来る範囲としては植物を操る、炎を出す、物を凍らせれる……ここには苔もあるし、水もある、ないのは炎の要素だけだけど、力を行使する事に問題は無い。

『ゴゥ!』

ゴーレムが再度そう呟いた瞬間、恐ろしい程の速度で岩の破片が飛んで来る、あまりの速度に『ひぅ』と情けない声を吐きだしながら横に跳ぶ。

地面に生えていた光る苔もバラバラになり滑る事は無い――しかし、そのせいでかなり暗くなった、地面に破片が着弾する激しい音、地面に突き刺さりながらもその破片はぎゅるんぎりゅるんと激しく回転している。

ヒイシは『田中ー!』と叫んでいる、ああ、無事か…………俺はほっと息を吐き出して、ゴーレムを睨みつける、凍らせるのは無理そう、炎で溶かすのには時間がかかる……植物の蔦で絡めてもさっきのように石を操って引きちぎりそう、さあ、どうする?――どうする?

「田中を傷つけようとした……か、成程、オレは少し怒ったぞ、木偶の坊」

そんな俺の思考を遮るように冷徹な声、ぞくりと、俺の家族が本気で怒った時に感じるような寒気を覚えてヒイシの方を見る………メキュ、角が……さらに巨大化している。

顔には血管が浮き出てドクドクと激しく脈打っている、巨大化した角は枝分かれを繰り返し、正直な話、かなりグロテスクな形に変化している、黒い瞳は麦畑を思わせるような金色に変質。

そしてその周囲に蠢くのは圧倒的な黒い瘴気、かーさんの瘴気の中で育った俺にもきつく感じられるような真っ黒くねっとりとした瘴気、どす黒く澱んだ油の様な執拗さでねっとりと何度も蠢く。

『ゴゥ!』

危険を感じたのか俺を無視してヒイシに向かって破片を大量に撃ち出す、先程俺に向けた攻撃が遊びだったかのような圧倒的な量と圧倒的な速度、そこまで巨大なものまで?とうろたえる様な破片も変わらない速度で撃ち出す。

ヒイシの体に着弾したのかどうかなどわからない、ただ、連続で撃ち出されるソレが地面に擦れ、水蒸気と泥を空中に……ヒイシ!

駆け寄ろうにもその轟音と着弾する衝撃で足元がおぼつかない、何度も転びそうになりながらも必死で駆けよる……友達になった、仲良くなった、気が合った、これからも一緒に遊びたい!

「所詮は人間の生み出した玩具か、はん、最古の悪神の一柱であるオレを消滅させたくば、貴様らを最初に生み出した傲慢な神をここに連れて来い、オレが殺してやんよ」

ヒイシの声なのに、ヒイシじゃない口調、足が止まる……どうしてか、これ以上近づいたらダメなような気がする――――俺の家族と同じ……神話の中で人を支配する生物の蠢き。

黒い瘴気がごぽっごぽっと汚らしい泡を吐き出し、それがシャボン玉のように宙に舞い上がる、幻想的で倒錯的な光景、異常な世界がここに構築されている。

「汚らしい泥人形が、手品師の真似事をするとは!バカらしい、アホらしい、意思がないのならゴミ溜めでゴミに塗れて喘いでいろクズ、テメェは人形、性処理の玩具とかわらねー人間の慰みモノだよ」

『ゴゥ!』

その声が全てを言い終える前にゴーレムが地面を蹴って走り出す、目標は無論俺では無い、ヒイシ……であろう存在、その殺気立った口調がどうしても彼女と噛み合わない。

悪神・凶神、それはどんな存在?――俺は彼女を知っているけど、朗らかに笑うヒイシだけで、その側面を知らない、それが今眼の前で戦っている?――ゴーレムが俺を傷つけようとしたから。

まだ煙が立つその場所に向かってゴーレムが突撃する、魔術でも技でもなく単純な打撃、巨体を有するゴーレムが出来る最大の攻撃―――ヒイシ!そう叫ぼうとした瞬間、その姿が煙の中から現れる。

「消えろ、失敗作」

ズノノノノノノノノノ――巨大なミミズが巣穴に戻る時のようなおぞましい音、それがした瞬間、ヒイシの角がさらに巨大化してゴーレムに向かって伸びる。

木の根が伸びるかのように、それはまるで成長する事が当たり前のように巨大化してゆく、ゴーレムは変わらずに突撃しようとするが、その角からドロドロと溢れだす瘴気がゴーレムの表面を焼く。

やがて接触、触れた瞬間にゴーレムはまるで冗談のようにぴたりと立ち止まる、まるで電池が切れた玩具のような突然の停止。

『ご、ゴゥ』

「ばいばい」

フゥ、ヒイシがそう言って気だるげな吐息を吐きだす、それが切っ掛けなのか何なのかはわからないが、ゴーレムの体がサラサラと黄色い砂になって消えて行く。

何処かの一部から砂に変化するのではなく、一斉に体を瘴気に侵食されて―――数秒も経たずにゴーレムの姿は消えて、大きな砂山だけが残される。

「へぇ、悪神だったんだ、しかも『火』のレベルの、怖いねぇ」

呑気に笑う帝鴻………この内方世界の強さのランク分けである『月』『火』『水』『木』『金』『土』『日』の階級、上位になる程に強力になり、主神の類が多くなる。

しかし『火』…………俺の友達である悪の光輪者=アジ・ダハーカに匹敵する、内方世界でもずば抜けた力の持ち主、ヒイシ……何だか先程の口調が思い出されて、近づけない。

「ふぅー、力を使うのは疲れるな!大事ないか田中!」

声に振り向けば、角が元通りになったヒイシの姿……きょとんと、不思議そうに見上げてくる――むぅ、むぅうううううううう!この三角眼の可愛い奴が!

「さっきのヒイシ怖かったじゃん!もう!この!この!この!」

「な、なんぞ!?や、止めるのだ田中っ!この髪型はセットするのにー、あわわわわわ」

取り合えず、髪をわしゃわしゃするし!



[1442] Re[30]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/13 21:10
ゴーレムが分解されて出来た小さな山、その中心に一枚の紙が見える――真っ白で、正方形の紙、一応確認の為に近づいて手に取る、砂に幾らかまみれている。

それを手でぱっぱっと落としながら紙を見る……『はずれ』……この文字には見覚えがある、ニャル姉の字、はぁー、そりゃ、ため息も出てしまう。

全てはあの人の悪戯で全てはあの人の暇つぶし、そして何より弟で遊ぶその神経、もしヒイシがいなかったら俺、死んでたかもしれないぞ?

ああ、でもヒイシもニャル姉に頼まれたのか、まるで俺とヒイシが仲良しになる事すら予測していたようで嫌になる、蔑んだ笑みで今も何処かで見ている?

周囲の気配を探ってみるが特に何も感じない、あの人が本気で隠れようとしたら鈍い俺に見つけられるはずがなく、うーぅ、でも何処かで絶対ニヤニヤしているし。

ニヤニヤしながら弟を見下している、本に曰く愛情表現――――「ねぇ?」そう言って俺が反論できない愛らしい笑みを浮かべるのだ、紙をビリビリと破る。

このゴーレムには悪い事をした、命が無いとは言っても、俺で遊ぶ為に生み出された存在だと思うと急に愛しさの様なものが…………ごめんなさい。

「田中、お尻は大事ないか?」

「まだ引き摺ってた!?いや、大丈夫だから、もう勘弁して下さい……女の子にお尻を見られるのがこんなに恥ずかしい事だとは思わなかった」

「おんなのこ……女の子………オレの事か?」

「そうだけど」

「嬉しいぞ!」

ダキッ、思いっきりタックル、ぬくぬく、小さな子特有の高めの体温、モコモコの髪をぽんぽんと撫でながら――ヒイシは本当に単純だなー。

それと同時に先程の恐ろしい姿が脳裏を過る、どんなに可愛いと言っても、その体に流れるのは最古の悪神の血、俺がそこを理解していなかっただけかな?

先程までびびってた自分がバカなようで、ヒイシの頬っぺたを両手でむにーっと引っ張る、白くて柔らかくて良く伸びる、餅肌です、おぉー、良く伸びる。

「な、なにをひゅる」

「愛情表現」

「にゃらしかたないにゃー」

それでいいのかと問いたくなるけど、ヒイシは満足そうにニコニコと笑う、金色の瞳も夜の帳の訪れを思わせる様な黒に戻っている。

暫くヒイシの頬っぺたをあらゆる方向に伸ばして遊ぶ、するとバサバサっと翼が空を切る音、振り向けば帝鴻が……頬に手を当てて何かを考え中。

「成程、悪神にそれだけ愛されるのならボクの娘が惚れてもおかしくはないね」

「渾沌?」

「そうそう」

「渾沌は俺の使い魔で恋人ではないけどさ、でも可愛いぞ!!犬だし、ワンワンだし、それに………帝鴻も同じくらい可愛いぞ!」

「そ、そうかい」

「むっ、田中っ!そんな中身がなんなのかわからぬ袋を褒める必要などないぞ……でも確かに可愛いな、オレには及ばぬがなっ!」

「そ、そりゃどうも………君たち二人と会話をしていると調子が狂うね」

困ったように笑いながら帝鴻が頬を掻く、しかし嘘では無く、本当に可愛いんだけどなー、俺達を騙した事がどうでも良くなるぐらいに。

やっぱり渾沌の母親なだけはある、まさに美人親子っ!――――――これが中国の神秘の力か、中華料理の力なのか?お肌に良さそうだもんなー、ぷるぷる。

今日の晩御飯は中華料理にしようかなー、かーさんに頼んで見ようか?しかし、問題はニャル姉だ、一体なにを考えているのやら、恐ろしいのです。

「でもでも、酷いなぁ、俺達を騙すなんて」

「そうだぞ!可愛くて愛らしくて!性格もオレは嫌いではないぞ!その癖、騙すなんて酷いぞ!オレは悲しい!」

「え、あ」

ヒイシのストレートな言葉に顔を真っ赤にさせる帝鴻、ヒイシは本当にストレートだな、視線を逸らしながら帝鴻が口をモゴモゴさせている。

良く聞き取れないが『ありがと』って言ったような気がする、ふふんと胸を突き出しながら笑うヒイシすげー、本当にすごいや……正直であることが素晴らしい事であると体現しているなぁ。

「で、でもまあ、這い寄る混沌の命令だからね、ボクも面白そうだと乗っかった部分は認めるけどね、でもまさか、君があんなに強力な神だとはね」

「はははは、もっと褒めたまえよ!オレの強さと美しさとマスコット的な愛らしさを!」

「いや、あのね……この子はなんだろね」

「田中、そう言えば褒めてくれていないな!ほら、遠慮なく褒めてくれていいぞ!オレはいつでも愛を受け取れるぞ!ラブを!さあ来い、今来い!」

「あっ、うん、ありがとなヒイシ、ヒイシのお陰で助かった、本当にありがとう、またナデナデをしてあげましょう……そして、飴玉をあげましょう」

「アメちゃんとな!うわーい!嬉しいぞー!」

「えーっと、君たち?」

「あっ、帝鴻も可愛いからあげよう……ポケットに入っていて良かった良かった、イチゴ味でレモン味どっちがいい?」

「う、じ、じゃあ……イチゴで」

「そこら辺も渾沌と一緒なんだなー、はい」

「うぅう、あ、ありがと」

「美味いぞ田中っ!」

みんなで暫く飴玉タイム、ちなみにこの飴玉がポケットに入っている理由は酷く簡単、夜中にトイレに行く時、夜行性の家族に絡まれた場合に飴玉をあげて逃げるのだ。

何せ、我が家の人たちは夜行性が多いからなー、そいつらに対抗する為に生み出した苦肉の策なのだ!こんな場所で役に立つとは思わなかった……ああ、でもここも我が家の敷地内か!

三人でコロコロと飴玉タイム――ころころころころころころころころ、うーん、実に穏やかな時間、これをニャル姉が見ていたら何て思うだろうか?何とも思わないだろうなあの人ー。

「コロコロ、しかし、田中の使い魔とは羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー羨ましいなー」

「こわっ!?いや、だって……俺って魔力がほぼゼロだから、ヒイシみたいな高位な幻想と契約したら魔力が吸われまくって干からびちゃうよ、干からびるのは嫌だよ」

「でもアジの干物はうまいではないか!美味ではないかっ!」

理由になっていない……こうやって俺の使い魔になりたいと名乗り出てくれるのは嬉しいけどなー、物理的に現実的に無理だし、渾沌のように魔力を必要としない幻想じゃないとさ。

「だったらボクと契約する?」

「へ」

「ボクも体が混沌で構成されているからね、魔力を必要としないよ?そ、それに、娘と同じ主を持つのも、その、楽しそうだしさ」

ぷいっ、帝鴻も明後日の方向を見ながら……ヒイシはその言葉を聞いてワナワナと震えている、落ち着くんだ!鹿よ落ち着くんだ!……俺もちらりと帝鴻を見る。

帝鴻は顔を真っ赤にしながらツーンと、切れ長の翡翠色の瞳が潤み、白磁の肌は真っ赤に染まっている――――もしかして、一人でいる事が寂しいのかな?

ど、どうしよう、条件としては嬉しいし、渾沌も多分喜ぶような気がする………けど、俺と契約したいのに契約出来ないヒイシの前でソレをするのは友達として最低だ。

だから悩む、みんなが満足する様な結果を……もしかしてこれもニャル姉の計画通りなのだろうか?だとしたら本当に怒ってしまいそう、もう、困ったねーさんだ!

「ひ、卑怯だぞ!オレだって、オレだって……田中の使い魔になりたいし……一緒にいたいし……ずっと遊びたいし……飴玉美味しい、くすん、コロコロ」

「ああ、君もか……ご、ごめん、だったら友好契約にしようか?」

「へ?」

「正規契約では無くて友好契約―――もしかして、召喚士なのに、そんな事もしらないの?駄目じゃないか、勉強はちゃんとしないと」

「ご、ごめん」

何だかかーさんやニャル姉に叱られた時のように反射的に謝ってしまう、年上の女性に弱いのかな俺、見た目は10歳だけど、ほら、内から溢れる年上オーラ!

指をピーンっと立てながら帝鴻が友好契約について説明してくれる、そんなに荒れていない場所を見つけて俺とヒイシは何故か正座……本当に授業みたいだ。

正規契約ってのは基本的には主の方が上位になる……言う事を聞いてくれる代わりに主は幻想にエネルギー源である魔力を提供したり願いを叶えてあげたりするわけだ。

友好契約ってのは今ではすっかり廃れてしまった契約の形で、主と幻想の立場がほぼ同じになる、幻想が望めば幾らでも力を提供する事が出来るが、主は魔力の代わりに死ぬまでの間、契約した幻想と『友』であり続けなければいけない。

―――その契約の形そのものが幻想に魔力を提供するらしいが、難しくてよくわからない、友情パワー?

ヒイシはふんふんと鼻息を荒くしてその話しを聞いている、廃れた理由は人間が幻想を忘れて内方世界に追いやったから……もはや、人間と幻想に友情はつくれないからとか、そんな事あるか?

何だか納得できないけど、システムはわかりました、成程。

「さあ、どうする?」

「え、いいよ」

「はやっ!?君ね……もっと考えて」

「いいよ」

悩む理由は無いし、後、この契約をした幻想は主の砦に幽閉される―――主の砦ってのは人間が魔力を扱うのに必要な『両目』である、つまり、友好契約は眼の数しか出来ない。

目は二つ、なので二匹、二柱までしか出来ないのだ、生涯にそれだけ、これから沢山の幻想に出会うであろう未来があるのに、たった二つしか……でもいいや、こいつら、面白いし可愛いもん。

「田中太郎は、ヒイシと帝鴻と契約します!さっさとして下さい!」

「り、了解、君はいいのか?」

「田中の使い魔になれるなら!望む所よ!なんかよくわからんが…………望む所よっ!」

「なら、するよ?」

俺こそ、なんかよくわかんないけど、望む所さ!





不思議な少年だった、まるでこちらの心を覗き見る様な、不思議な視線で心を暴こうとしてくる………娘がやられたのはコレかと感心する。

契約の話になった時に、純粋に娘が羨ましくなった、こんな存在と共に生きれる事が出来たらそれは長い生の中でどれだけの慰みとなろうか………自分も欲しくなった。

なので、今はすっかり廃れた友好契約について教えて上げた、これは普通の契約と違って主と幻想が一体化する秘術、幻想が主の瞳になる秘術、幻想の誇りを折る様な下賤な術。

外道の術だけど、当たり前のように嘘をついて純粋な彼を騙した、娘に再会したときに何て言われるだろう?―――――娘に出会わない様にずっと瞳の中に隠れていようか?

それはそれでいいのだけど、契約を済まさないと、術の構成を練り、彼の瞳にもう一人の幻想とキスをする――仙人の真似事もした事があるので、術を行使するのは得意だ。

彼の瞳に太極図が描かれ、クルクルとそれが鈍く回転する――契約は完了した、実に簡単、騙すのは簡単だ、これによって彼と自分は繋がれて、一緒に生きる存在になった。

悦に歪みそうになる唇を誤魔化しながら、彼に向き直る、友とは言え、これで彼は自分の主になった事になる、眼をゴシゴシと擦りながら唸る少年、生涯の主。

どうして彼と契約しようと思ったのだろうか、可愛いと言ってくれたからか、このチャンスを逃したくないと思ったからか――わからないけど、ボクは割と尽くす女なんだよ?

「田中太郎―――これにて契約は完了した、我が身を存分に使い、やりたい事をなされるが良い」

「口調がヤダ」

「うん、いきなり変えるのはいかがだろうかー!田中!オレは今まで通りにいくぞっ!そこは……譲れぬ!」

悪神が楽しそうに笑う、むぅ、主に対して不躾な態度、しかしそれを彼が望んでいるのならボクも普通の態度で接しよう。

「はぁ、ともかく、これからよろしくね、えーっと、我が君」

「うっ、なんだぞれ」

「この呼び名は変えないよ?……ね、我が君」

翼で包むように抱きしめてやると、彼は顔を真っ赤にして唸るのだった……あー、鹿がうるさいナー。

親子一緒によろしくね?



[1442] Re[31]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:280dccbc
Date: 2011/06/14 08:54
新たな使い魔が増えたー、嬉しいと言えば嬉しいし、ちょっと早まったかなと思えば早まった気がする、それでも二人は可愛いし、いいかな?

抱きついているのは鹿と鳥、渾沌はワンワン……動物王国?一瞬そんな単語が頭を過る、モゾモゾと服の中の小動物が蠢いて、ぽんっと顔を出す……押し込んでたからなぁ。

「ふーん、契約したんだ」

「うん」

「ま、渾沌にどうやって説明するか決めときないさい、ふぁ、まだ寝る」

そう言ってまた服の中に、四つ目の子犬、こいつとは契約して無いけどずっと一緒にいるんだろうなーと予感めいた事を思う。

お腹に触れてすぷーすぴーと穏やかな寝息をたてるそいつ、何だか俺、お腹に赤ちゃんがいるみたい………とても頭が良くて、とてもツーンとした大事な友達。

太歳、しかし……確かに最近、俺の周りは中国の幻想ばっかだな、相性が良いのかな?と自分なりに思ったりする、うん、相性は良いはずと自分で納得。

「どうしたんだい?我が君」

帝鴻が優しい声音で問いかける、先程までのからかい口調ではなくて、心の底から心配している声―――契約したからかなー、契約する前の態度も好きだったけど。

翡翠色の切れ長の鋭い瞳……涼しげな印象、睫毛は長く、眉も細く、整然としている……肌は白磁で娘の渾沌と同じようにシミ一つ無い……だけど右頬には鳥を象った不思議な紋様。

おかっぱにしている髪は薄い緑色、艶やかで天使の輪がキラキラ、鼻も唇も小さいのに、唇だけは妙に赤く艶やかで色っぽい、子供の姿なのに不思議っ!

そして服装は旗袍(チャイナドレス)で緑色、しかもミニの袖なしです、深いスリットの部分からシミ一つ無い滑らかな太ももがちらちら、何だか見たら駄目な様な気がする。

背中には小さな翼がパタパタと、俺の契約した新たな使い魔………娘と同じようにきっと寂しがりやで意地っ張り、しっかり見て上げないとなーと思う、はい。

「田中ー!自分の使い魔には愛情を持って接するのだぞ!オレは………愛情で動くっ、ふはははは、兎では無く鹿であるが!愛情がないと死ぬぞ!寂しさがオレを殺すからな!」

腕を組んで俺に偉そうに語りかけるのはヒイシ、巨大な角を持つ少女、木の枝のように分岐した先端、様々な捩じれを持って自分を主張している。

それ程に立派な角を持つ存在は鹿では無く10歳ぐらいの幼い少女、瞳の色は黒曜石を思わせるような艶のある黒色、光を反射して鮮やかに輝く。

特徴的な髪は潤いを含んだ烏羽色でもみあげだけを姫巻きにしていて、後ろはショートにしている……なんとなく、鹿なのに羊を想像してしまったり、モコモコ。

さらに黒いロングコートに布のブーツ、重厚的なそれを見事に着こなしている、瞳は三角眼でキラキラとあらゆるものに対する興味で輝いている。

この子も俺が契約した新たな使い魔………騒がしくて面白くて俺の為に本気で怒ってくれる少女、能力的には俺の使い魔で一番強い事になるのかな?―――――怖がりだけど。

そんな二人に纏わり付かれながらゴーレムが出現した事で地面に開いた巨大な穴を覗き見る……帝鴻の話ではこの下にニャル姉からのプレゼントがあるらしい。

「あんなに派手に出て来たのに、ちゃんと穴があって、階段もある、ゴーレムの形的にありえないよなー、帝鴻?」

「これは魔術的なからくりだからね、そんな事をいちいち気にする必要は無いよ我が君、主がそんなにビビりだと使い魔まで心配になるじゃないか」

「むぅ、田中、この穴は暗くて深そうだぞ!オレのような華のある存在が下るような場所では無いと思うのだがっ!その点に関してはどう思う?」

「いや、わかんないよ、こら、二人とも抱き付くなー、うぐぐぐぐぐぐぐ、重い」

「ボクは鳥だから人間の言葉はわからないね」

「オレは鹿だから人間の言語がわからぬ!」

「今更だよな!?」

新たな使い魔は割と我がまま、渾沌と仲良くしてくれるといいけど、渾沌……はやく家に帰って抱きついてモフモフしたい、モフモフ顔を沈めたい、獣の匂い。

渾沌がワンワン状態のソレはとてもいい匂い、生きている匂い、本当にはやく帰りたくなって来た……しかし、この階段の下になにがあるんだろう?気になる。

天井からパラパラと落ちてきた破片、それが一切この階段には無い、魔術的って言ったけど、実際に眼にすると凄く不思議、驚く事が沢山ある……俺、魔術は素人だしなー。

このままここで見ていても仕方がないので階段に足を踏み入れる、二人とも無言で俺に付いてくる……実際に体にくっ付いているんだー、ヒイシの角が頬に刺さって痛い!

階段、苔すら生えていないのにうっすらと明るい、これがニャル姉の仕業だとしたら意外に親切、あの人は昔からそうだ……俺を虐める時もあるけど、絶対に怪我はさせない。

ん、そうだとすれば、やはりゴーレムとの戦闘は少しおかしい、やっぱり俺がヒイシと仲良くなるのがわかっていた、そうとしか思えない……ニヤニヤとあの人の笑みが浮かぶ。

しかし、あそこまで普通に笑った顔が想像できない人も珍しいなー、普通に笑えば凄く可愛いのに、家族にすらそんな笑顔を見せてくれないニャル姉です。

「思ったより、ジメッてしてないな、明るいし」

「だね、ボクもこの下にあるのは何なのか聞かされてないし、ああ、楽しみだね♪我が君、転ばない様に気を付けてくれよ?」

「狭いではないか!角がガリガリと壁に当たるぞっ!角が粉になるぞ!」

「その粉を我が君が飲めば?」

「おおぅ、田中っ……飲むか!」(にこっ

「…………いや、いらないです、はぁー、しかし何処まで続くんだろう……深いなぁ、意外に深い、あの崖の高さからしておかしい深さだよな」

「それも魔術で弄ってるんじゃないのかな?仙術と違って魔術は世界を根底から弄る力だからね、ボクはあまり好きじゃないな、美しくない」

「ふふん、バカを申すなフクロっ!!美しくない魔術でつくられた階段を歩もうとも、そこにいるのは世界で最も美しいオレよ!つまりは……オレ達の勝ちだ!」

「ヒイシはバカだなー」

「田中が罵るなら、オレはマゾになろうぞ!」

「……困った鹿だね、我が君」

楽しげに会話をしながら歩いていると、終着点に到着、っても……思ったよりも何も無く、まぁるいホール、天井は低く、周りも全て土を固めて構成した空間。

なんとも手作り感溢れる場所だ、きょろきょろと周囲を見回す、広さもさっきの場所に比べたら全然だ、狭い…………そしてその部屋の最奥に何かが見える。

地味な色合いのソレ、木……木で出来た杖のようなものが壁にもたれかかる様に置かれている―――――地味な色合いなのに、自然と綺麗だなと感じてしまう。

取り合えず、他に何も無さそうなのでその杖の様な物に近づく、ヒイシが『ほぅ』と息を吐き出し帝鴻が『ふーん』と呟く、二人とも何かに感心しているようだ。

俺はこの杖のようなものが何なのかさっぱりわからないので二人の様にリアクションはせずに、黙ってそれを手に取る、二人が止めないって事は危ないものでは無いのだろう。

杖……、魔法使いが使う様なありがちな形、手に持って見ると重さをまったく感じない、木ではないのかな?―――杖に何か張り紙が、メモ帳を切りとってセロハンテープでぺたりと。

『誕生日おめでとう、女性の後を着けるのは感心しないかな?また旅に出るから屋敷のみんなにヨロシクね―――君を愛する姉より』

……う、うーん。

「田中、これは中々に良いものだぞ、オレの鼻が、くんくん、告げている」

「そうなの?」

「これ、材質が如何(じょか)だね、あれを加工するだなんて……ったく、ボクの神話の仙人や聖獣が聞いたら発狂するだろうね」

「じょか?」

聞いた事がない、授業でも聞いた事がないように……思う、しかし、ニャル姉のプレゼントかー、あの人は割とモノで愛情を伝えようとする所があるからな。

態度で示さない分、モノで……そんな不器用な所も嫌いではないのだけど、んー、しかし、この杖……確かに召喚士には杖が似合う、ちょっと欲しかった。

この俺が『ちょっと』欲しいなーって感じている事を細かく観察してわかっているのがニャル姉、家族だから、それに小さい時から俺をずーっと見てくれている。

軽い軽い杖、長さは俺の身長よりちょい長め、光沢は無く、ふつふつと小さな穴が開いてるし、表面もザラザラしている……なのに自然と手に馴染む感じ。

「如何は南方の荒野に自生してた幻の聖樹だよ……300年に一度だけ花を咲かせて、900年に一度だけ実がなるのさ」

「へぇ」

「その実を食べると地仙と呼ばれる下位の仙人に人間から変化出来るんだけど、それだけの力を持っている聖樹を加工するとは……這い寄る混沌はよっぽど弟が可愛いんだね」

「いや、それはどうだろうな」

俺がどうしてこの世界にいるのか、どうしてあの家族に育てられたのか、わからない、聞いた事もない……だって家族が大好きだから、でも誕生日はある。

かーさんが捏造したのか本当にその日が誕生日なのか、わからないけど、昔から、その日が自分の誕生日だと教えられた、つか、ニャル姉が教えてくれたはず!

「はぁ、俺の誕生日、来月」

「…………うーわ」

「あはははははは、なんぞそれ、ちょーうける!」

帰るとしましょうか。



[1442] Re[32]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/14 22:58
吊るされております、誰がって…………俺が、田中太郎が――吊るされております、屋敷内にある木の枝に荒縄で吊るされてぶらーんぶらーん、ヤバい、少し楽しい。

「タローよ、反省したか?我輩とてこのような事をしたくはないのだ、だが――吊るす!タローは体に覚えさせないとわからぬからな!」

渾沌、肩まで伸ばしてざっくりと切った橙色の髪、切れ長の真っ赤な瞳、真っ白い肌に真っ白い式服……見た目は真面目そうな少女の姿で、凛として雰囲気と合わさって素敵だっ!

しかし今日はちょい厳しい、俺の周りには渾沌、帝鴻、ヒイシ、つまりは俺の愉快な仲間達、愉快な幻想達―――――愛すべき仲間たち、だから吊るされている俺を助けてよー!

家に帰宅したら既に夜の7時でした、学校サボっちゃったなーと反省しつつ、良くある事だから仕方ないと自分を励まし、かーさんに叱られて叱られて、首を齧られた。

しかしかーさんは顎の力がほとんど無いのでまったく痛くない『がふがふ』と言いながら噛んでいた――そして俺の新たな使い魔を紹介すると『ごはんの時に楽しくなるでふ』

何だか嬉しそうだった……かーさん、家族は多いほど幸せになるって素敵な考えの持ち主だから、何だか息子として嬉しくなってしまう――見た目は幼女だけど器はデカイ!

そして俺の使い魔達の自己紹介……ヒイシは渾沌の人間形態、ワンワン形態を見て『可愛いぞっ!結婚を申し込む!』とマジ告白、見事に玉砕した――うぉーい。

確かに凛とした空気と鋭利的な美貌を持つ渾沌は可愛いけど俺を無視するなんて軽くショック、ヒイシは渾沌に抱きついてうにゃーとしている、どっちも人間形態。

ちなみにヒイシは幻想の姿、つまり獣の姿に変化出来るらしい、黒い小鹿、一度見せて貰ったけどすげー可愛かった、あっちの世界ではその姿でいてくれるらしい、人間形態は目立つもんだ。

うんざりとした顔でヒイシに抱きつかれている渾沌、問題はそっちじゃない、母親の方である―――――つまりはお袋さんの方である、何だか二人とも、微妙に警戒している?

いや、渾沌が一方的に警戒しているのだ、渾沌には微妙に母親の記憶があるらしいけど、なのにその態度………仲良くして欲しい、暗くなった庭でぶらーん、ぶらーん。

「渾沌……ボクの、我が君を虐めるのはそれくらいに」

帝鴻、翡翠色の切れ長の瞳、冷たさすら感じる印象、睫毛は長く、眉も細く、綺麗に整っている、肌は白磁で隣にいる渾沌と同じようにシミ一つ無い。

そして右頬には鳥を象った不思議な紋様、おかっぱにしている髪は薄い緑色で服装は緑色の旗袍(チャイナドレス)――渾沌が13歳ぐらいで帝鴻が10歳ぐらいで姉妹に見える。

正し逆転してるけど、二人とも恐ろしく整った鋭い容姿って所は共通している――良く見れば顔も似ているし、だから仲が悪い様子を見ると胸が痛くなる、切なくなってしまう。

「―――――うるさい」

「ふーん、母親に舐めた口を聞くようになったもんだ、ボクの娘ながら可愛げがない、あっ、でも見た目は可愛いよ、くすっ」

「そうだぞコンコン!」

「ヒイシっ!我輩をコンコンと呼ぶのは止めてくれないかっ!それではまるで狐のようではないか!我輩は犬であり狼であり、狐ではない!あんな人を化かせて喜ぶような下賤な生き物とは違うのだ!」

「し、しかしだなコンコン、それが駄目だとしたら残るはトントンしかないぞ?オレとしてはそれも可愛く思えるのだが……それではブタっぽいって意見も少なからずあるのだ!」

「普通に呼べと言っているのだ我輩は!」

しかしヒイシと渾沌はすっかり仲良しだなー、見ていると和む、自分より幾らか身長の低いヒイシに抱きつかれて渾沌もまんざらでは無さそうだ―――仲良しだ。

少しだけ妬けちゃうかも?よっぽど渾沌の姿や性格が気に入ったらしい、そりゃ、確かに渾沌は美人だもんなー、見ているとドキドキしてしまう――ドキドキ、ちょー美人。

「はっ!?コンコンにばっかり構っているとオレの可愛い田中が嫉妬してしまう!モテる女は辛いのだ!安心しろ田中っ!――主であるお前が、オレの一番だ!」

「うわーい、さんきゅー!」

「ふははははははははははは、感情の無い声で喜ぶ田中も素敵だぞっ!!――――オレの宝物よ!」

薔薇を背負うのがこんなに絵になる幼女もいないな、美人ってだけで頭のゆるさが許される、それがヒイシ―――薔薇を背負う少女。

瞳の色は黒曜石を思わせるソレ、髪は潤いを含んだ烏羽色で姫巻きです、後ろを短くしているのが珍しい!そして黒いロングコートに布のブーツ、瞳は三角眼でややキツイ印象だが今は渾沌と俺に囲まれて幸せいっぱいなのでトローンとしている、反対に渾沌はうんざり。

「うぅ、タロー、厄介な使い魔を増やしてくれたものだ!我輩だけがタローの使い魔であったのに!これではプライドがズタズタではないか!」

「コンコン、泣くでない!それではオレに匹敵する美貌が台無し――んな!?泣いても可愛いぞ!百合百合しい感情にオレの心は支配されそうだっ!」

「うぅ、うるさい」

「ほら、ハンカチで鼻をチーンするのだ、オレのハンカチはフローラルな匂いがするのだぞ!」

「うぅ、ぐす、いいにおい」

渾沌のお尻の尻尾がパタパタと嬉しそうに揺れている、ヒイシはそれを見てさらにぽわーんと幸せそうな表情、背伸びをして渾沌の短めの橙色の髪をナデナデしてあげている。

それを見ながら背中の翼をパタパタっとさせて俺の吊るされている高さまで来る帝鴻、結び目をちょちょいのちょいで解いてしまう、俺はぽてっと地面にお尻をついてため息。

うー、酷い目に……でも10割ぐらい俺が悪い、全体的に俺が悪い、使い魔は渾沌だけと決めていたのに一気に二人も新たな幻想を連れて帰って来たのだ。

これぐらいの仕打ちはむしろ良い方なのかもしれない、渾沌はぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしながら俺を睨みつける、ヒイシは渾沌の腰に両手を回して幸せそう、くっ!

「タローのバカっ!我輩の気持ちを弄んでっ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!バカ!好き!」

「おおぅ、最後に愛の告白を入れるとはコンコンは流石だな、愛情、それが人や神が生きるのに最も必要な感情よ!だがオレは悪神だがな!悪が愛を知らぬ道理はあるまい!」

「何だか、ボクの娘と鹿っ娘が仲良しになっちゃったみたいだね、これではボクだけが仲間外れで分が悪い、ねえ、我が君はボクを仲間外れしないよね?」

パタパタと音を鳴らしながら腰を折って俺の顔を覗きこむ帝鴻、翡翠色のそれが優しく細められる、本当に、こんな表情をすると渾沌に似ている。

渾沌は『うーっ』と威嚇する、あまりに精神バランスを崩しているので頭の上に犬耳がぴょんと出てしまっている――尻尾も天に向かってしっかりと、威嚇状態です。

「娘に嫌われるのは辛いね、ボクはこれだけ大切に思っているのに、我が君はわかってくれるでしょ?」

「え、いや、うーん、渾沌、取り合えず、これから一緒に暮らすんだから落ち着いて……な?家族なんだろ?しかも血の繋がった、だったら大切にしなきゃ」

「だよね、流石は我が君、良い事を言う」

「た、タローは、御母さんに!――あ」

「――あ」

"御母さん"その一言に渾沌はしまったって顔をする、白い尻尾がさらにピーンって天に向かって伸びる、そして何より劇的な変化をしたのは帝鴻―――その完璧な美貌が"へにゃ"と崩れるのが見えた。

……だらしのない表情、そして暫くの後、顔が真っ赤に染まる、雪の様に白い肌、赤くなればすぐにわかる、勿論、渾沌も同じ――似た二人の顔が同時にトマトの様に赤くなる。

―――――もしかして、お互いに大好き過ぎてこんな変な感じになっているのか?だとしたら――二人ともツンツンしてたまにデレデレする病気なのだろうか?

「お、御母さんって、き、き、君っ!」

「べ、別に事実なのだから、おかしな事では無いではないかっ!幼い我輩を置いて旅に出た母であろうが、そ、その事実が変えられぬのだから!」

「そ、そう、ふ、ふーん、御母さん……か」

「田中、この二人はどうしたのだ?なんかキモイぞ」

「いや、まあ……俺にはわからない家族の形もあるのだなーって少し感心したり、ふぅ、しかし、長時間吊るされていると、結構しんどいなー、頭がクラクラする」

「お、御母さん」

「こ、渾沌、ぼ、ボクの娘ながら、その、可愛いなぁ」

「そ、そう」

何だか見ているこっちが恥ずかしくなる様な光景だ、うーん、親子愛って言うのかコレ?―――でも、みんな仲良しなのはとても良い事だよなぁ、うーん、良かった良かった。

これからこの三人と俺はずっと生きていくんだ――――そう思うと覚悟が決まる、しっかりワンワン、皮肉屋ぴよぴよ、おバカなきゅーん(鹿の鳴き声こんなんデス

「三人とも大好きだー、うがーーーっ!」

駆けよって三人を抱きしめる、全員ミニミニなお子様なので抱きしめれます、三人は流石に重いけど………大好きな三人、俺だけの使い魔、学校のみんなは驚くだろうなー。

ヌクヌク、橙、緑、黒の三色の少女たち、うーん、可愛いぞっ!このこのこのこのこの、むぎゅーとしたら三人は苦しそうに呻く、でも止めてあげない!

「これが田中の愛かっ!ふふっふふ、女は男から与えられる痛みに耐えてこそ輝くのだっ!もっとむぎゅーとしろ、むぎゅん!?」

「………タロー、我輩が一番だからなっ!そ、そ、それはちゃんと理解しておくのだ!」

「ふぅ、狭い、暑い、我が君、ヌイグルミ扱いはやめてくれない?」

それぞれの個性を大切にしようと思う、そう誓って―――――俺は笑う、こんなに幸せな事は無い、純粋にそう思った。

「四人とも~~~、ご飯でふ」

幸せだなぁ。



[1442] Re[33]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/15 04:39
俺は一週間に二度しか学校に通うことができない、内包世界と現実世界の門は月曜と木曜にしか開かないからだ。

またサボってしまった、うぅー、叱られるかな、怒られるかな、でも大丈夫、俺は新しい家族を得たので悲しみが襲ってきても相殺です。

「くぁー、眠いぞ」

「っても、主が起きているのだから、ボク達が起きないのもね、そうでしょ?我が君」

「むぅ、騒がしい朝になったものだ、我輩とタローの静かな朝が……うぅ」

いつの間にか俺の部屋がパンパンになりました、でも、三人とも俺の使い魔だから別々の部屋にするわけにも行かないし、お気に入りのソファーの上で『くぁ』と渾沌が欠伸をする。

昨日はこの家の中を軽く案内して屋敷の住民たちと挨拶をした――って言っても挨拶が出来たのは半分ぐらい、その他の奴らは屋敷にはいるだろうけど何処で何をしているのかは不明。

三人で仲良く顔洗い、歯磨き、食事、もう一度歯磨き――――俺の癖で起きて歯磨きをしたいっ!ってのがあるんだけど、何も三人とも付き合わなくても……逆に遠慮してしまう。

今日の朝ごはんはサンマの塩焼きとみそ汁と油揚げと菜っ葉を煮たの、後は漬物と佃煮の類、かーさんは『でふでふ』と言いながら手早く机にソレらを並べて行く。

箸の使い方――ヒイシは大丈夫だろうかと心配するが慣れた手つきでパクパクと、大食いである……これで三度目のおかわりだ、沢山食べる子は大きくなる、もっと食うのだ!

そう言えばアジの干物は美味しいとか言ってたな―――本当に悪神か?和食を好んで食べて朝から大盛りのご飯を三杯おかわりするとは、頬っぺたに米粒をつけてもぐもぐ、リスみたいだなぁ。

渾沌はいつものように整然とした態度で食事を口に運んで行く、実はサンマが大好物、尻尾がパタパタと揺れている――それを見て帝鴻がほわーって顔をしている。

帝鴻も箸の使い方は凄く上手、食べ方にも品があって、やっぱり渾沌に似ている……ちなみに俺の正面がかーさんで、右にヒイシ、左にワンピヨ親子だ、ワンワンピヨピヨ。

「もぐもぐ、母上殿は料理が上手だな!しかも可愛い、滅茶苦茶可愛い、隙さえあればむぎゅーとしてハートを周囲に飛ばしたいのだが……力の差が歴然で無理が出来ぬ!」

「でふでふ?」

「か、可愛いなー母上殿、ほわーとするぞ!」

ヒイシは渾沌も大好きだけどかーさんも大好き、大体想像は出来てたけど……『母上殿はアレだな……良いな!』と昨日は一緒にお風呂に入ってたからな、風呂上がりに二人で仲良く牛乳を飲んでいた、外なる神も悪神も牛乳で成長するのか疑問、今後は二人の様子をしっかりと観察しておかないとなー。

「でふでふ、みんなでご飯、美味しいでふ」

「………母上はタローの親だけあって、こう、呑気なものだな………我輩は嫌いでは無いぞ」

「ボクは怖いけどね、我が君のお母様は"アレ"でしょ?そんな規格外の存在まで内包してるなんて、世界は怖いね」

「でふでふ、けぷっ」

味噌汁を飲んでけぷっと、確かにかーさんって可愛いよな……母親だからあんまり意識しないけど、美少女って意味合いでは一番ではないか?

そりゃみんなや俺の家族も可愛いけど、かーさんのそれは質が違う、みんなが現実からかけ離れた美しい容姿をしているならかーさんはそこからまたかけ離れて愛らしい。

見た目は四歳ぐらいの少女、白いワンピースを纏っていつも宙を浮遊している、同じく雪のように白い肌に、白い髪、風もないのに踊るように漂う様子は少し怖いです。

全てが白で構成された少女であり俺の母、瞳は閉じられておりその色を窺い知る事は誰も出来ない………白の少女、真っ白な少女、雪の様で灰の様な妖精さん。

「ごちそうさまだ!オレの舌を満足させるに十分なものであったぞ!」

「ごちそうさま、そりゃ、イギリスと並んで君の国はアレだろ、料理がアレだろ、ボクは知ってるよ?」

「ふはははははははは、ゲロマズだぞ!だからこうして美味い料理が食えるのは嬉しいのだ!なぁ、コンコン!」

「ごちそうさま、我輩は人から出されるモノに好きも嫌いも無い、黙って食べて感謝をするだけだ」

「そんなコンコンも好きだっ!」

「……ごちそうさま、ふぅ、美味しかった……かーさん、そんなに急がなくていいよ?」

「でふでふ、けぷっ、いつも一緒に食べ終えれないでふ、悔しいでふ」

かーさんは食べるのが遅くて動作も遅くて小食だから無理もない、うごうごと綺麗な白髪が不満そうに蠢く、実際、不満なんだろう。

さてと、かーさんを待っていたら結構な時間がかかる、本当はみんなでもう一度ごちそうさまをしたいけど……えーっと、今日はかーさんが洗い物当番ナー。

「みんなはかーさんに洗い物当番について教えてもらいましょう!交代でしようなー、俺は少し用事を済ませてくるな」

「なんと、寂しいぞ田中っ!………寂しいぞ!」

「二度もありがとう、渾沌も不満そうに尻尾をパタパタとさせないっ!二人のかーさんと仲良くしとくんだぞ!」

「り、了解だタロー」

「な、仲良く、ボクと渾沌が……な、仲良くって……その、あの、手を繋いだり、あの」

混乱の最中にいる三人は無視して、さて、お仕事をしますか!





庭にある大きな泉、ここの向かい側にある白塗りの建物の中に入って冒険をしたわけだけど、今回の目的はソレでは無い。

立派な噴水の人工の泉、トレヴィの泉を模したその場所でぽけーっと意味も無く青い空を見上げる、今日はいい天気だなー。

あの建物の地下にあんな世界が広がっているなんて誰が考えるだろうか?―――思い出しただけでワクワクする、面白かった、ヒイシの言ってたメイドさんにも会いたいしまた行こう!

さて、手をパンパンッと軽快に叩いてやる―――すると大きな海栗のようなものが浮かび上がる、見慣れた光景……こちらに結構な速さで近寄ってくる、おお、速いぞー。

しかしまたシュド=メルの奴は寝ているのか?いつもいつも寝ているからなー、お寝坊さんだな、それとも泉の底でうごうごと、水が苦手だけど水を克服したイカよー。

クトーニアンは死んじゃうけど、水面に浮いちゃうけどー、頑張って克服したイカことシュド=メルは純粋に尊敬、やっぱりかーさんのトレーニングが……あれは酷かった。

『イカなのに泳げないはずがないでふ』――いや、体質的に無理だって、そう言ったのに地獄の特訓で克服した、イカっぽいって理由だけで、すげーやかーさん!

この世界に来るまで砂漠で過ごし、イカっぽいのに水が無い場所で過ごすのはバカらしいと内方世界に襲来、大量の水こえー、つか体質的に死ぬ!でもかーさんパワーで克服。

どんな波乱万丈な生き方だよ……そんな思考をしているとグラーキが目の前までやってくる、海栗のような形のソレがぱかっと開いて中から幼い少女が出てくる。

グラーキ……緑色の長い髪を大きな桃色のリボンで括っていて愛らしい、頬には不思議な文字の羅列が刻まれて、ふあーと呑気に欠伸をする様子は子供特有の愛らしさを持っている

うん、とりあえず愛らしい、眠たげに目を擦りながらぱちゃぱちゃと水面を叩く―――――餌の催促なのだ!

「えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!」

「待ってろ」

「――えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!」

「うるさっ!?」

バケツの中から肉を取り出す、小バエがぷーんと楽しげに飛んで血がポタポタと地面に落ちる、おかしいな、俺が餌やり当番では無い時はかーさんがちゃんとしてるはずだけど。

空中に投げてやるとぱくっ!と上手にキャッチする―――――血が水に溶けてピンク色に染まる、もぐもぐ、ごきゅ、骨すらも噛み砕き繊維を切り裂く生々しい音、グラーキは幸せそうだ……ハムスターみたいだなーと思ってしまう、頬っぺたに肉を詰め込んでもぐもぐもぐ。

「うまいうまい」

「そうかそうか、もしかしてかーさんが餌忘れてたのかなー?」

「美味である美味である」

「なにその口調!?」

びっくりしたー、彼女は表情を変えずに冗談を言いながら肉を粗食する、実に幸せそうである―――見ているだけで俺も幸せになれる。

「モグモグ、太郎、使い魔、増えたなの」

「ああ、増えたぞー、俺には勿体ないぐらいにちゃんとした幻想だぞ!凄いだろ?」

「モグモグ、食べたいの」

「だ、駄目だよ!むしろ、あいつら強いから負けちゃうかもだぞ!俺、みんなもグラーキも傷つくのはやだかんな!」

「もぐもぐもぐもぐ、そうなの、嬉しいの!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!」

ばんばんっ、また小さな手のひらで水面を叩く、俺は急いでバケツから肉を取り出して――ええい、面倒だ、バケツごと放り込む、ばきっ、甲高い音、これでもかと言うぐらいに口を開けたグラーキがバケツごと肉に喰らいつく、水の中から飛び跳ねて空中でキャッチして、バキバキと。

「新食感なの!」

「ふぅ、あと、このバケツはシュド=メルの分なー、いつもと同じで、勝手に食べたら御仕置きです」

「がーん、がーん、がーん」

真面目っ娘で心の癒しであるシュド=メルにはいつ出会えるんだろう……強制的に泉で住まされているからなー、かーさんのせいで!――――砂漠でも作るか?

さてと、周囲を見回す―――折角の休みで、使い魔のみんなもかーさんに任せてきた、久しぶりに家の住民と戯れる……と言うか昨日みんなが挨拶出来なかった奴がたくさん!

グラーキの言葉からみんなには伝わっているみたいだけど、昨日の今日で?――やっぱり怪しい、ニャル姉め、かーさんは絶対に関係ないな……そんな悪知恵の働く人じゃない。

「太郎ちゃんーーー!!チクタクチクタクー♪」

頭にシワシワの軍帽を被った少女、手は何かを探るように前に突き出していて左右に揺れている、その手には鋭い鉤爪が黒い光りを発してキラリーン!

男性用のジーンズを履いているが足の長さが足りない……でも大丈夫、かーさんと同じで空中に浮いているからまったく関係無いのだ。

羽織るようして着ている清潔そうな白いカッターシャツからは白い肌が見えている、ボタンは全開、つまりは肌がチラチラと見えます、うぉーい!

「太郎ちゃん、久しぶりです!チクタクチクタクー♪」

「うん、この間会ったけどな!遭遇率で言えばクァチルは多い方だと思うけど」

ブクブクと沈むグラーキを見ながら返事をする、沈んでいくと同時に水中で肉を噛み砕いている――なので血がさらに泉に広がって毒々しい色合いになる。

身を包む灰色の光と同じ色の瞳で年相応の純粋そうな笑みを浮かべるクァチル、でも油断はしない、一緒に生活をしている人間にはわかる、彼女の危険さ。

「クァチルと会うより、他の女に会っている方が楽しいんですよねー♪小さい時はクァチルと契約してくれるって――死にそうな顔で言ってたのに!チクタクチクタク♪」

「それ確実に脅してただろう!」

クァチル・ウタウス―時間神、そして俺には優しい少女、10歳ぐらいの少女の姿をしているが腹黒い、マイナー、困ったチャン、俺は説教をしてあげる。

そして俺の使い魔には手を出さない様にと強い口調で言うと『うーうーうー』とお決まりの語尾も忘れて唸る……仕方が無い、今度二人で遠出しようと約束する。

「いえい♪チクタクチクタク♪」

嬉しそうだなぁ。





暫く歩くと庭の花壇を手入れしている美男子を発見、相変らず華があると言うか、何と言うか……しかし、こんなに朝早くに家にいるなんてどうしてだろうか?

「デモデモ!」

「おや、太郎くん、今日も元気ですね」

ぱちん、丁寧に枝を切りながら笑う、デモデモ、俺の大切な存在―――漆黒の鎧に金髪が良く似合っている、しかし相変らず細いなー、お肉を食べなさい。

「しかし、今日は残念ながら遊んではあげれないのです、一応お仕事なので」

「へ?」

「ふふ、労働が好きなんですよ?」

デモデモは相変らず真面目だなー、もし屋敷の誰にも頼まれずにそれをしてると言うのならどれだけ良い人なんだろー、しかし、今日は遊べないのか、残念。

仕事の邪魔をしたら悪いなーと立ち去ろうとすると呼びとめられる………少しだけ真剣な瞳、綺麗な人がそんな眼をするとちょっと怖い、つーか、かなり怖い。

「兄として忠告です」

「う、うん」

「あの方を、渾沌さんを大切にしてあげなさい」

それだけを言ってまた作業に戻るデモデモ―――不思議な言葉、そう言えば前に会った時も渾沌の事を凄く気にしていたなー、どうして?何だか聞いたらいけない気がする。

俺は『うん』とうろたえ気味に答えてその場を後にする、う、うーん、どーゆー意味なんだろうか?あんなに強い口調で言われるとそこに意味を探してしまう。

そうして散歩を楽しんでいると草むらの中から見慣れた"尻尾"が見える、深い緑色をした尻尾………その太い尻尾は微動だにせず横たわっているだけだ。

その上で剃刀のような光沢をした背びれがキラキラと怪しく光る……尻尾を掴んで『えいや!』と気合を入れて引っこ抜く、ずるずるずる、うん、大物だな。

「むにぃ」

そしてそいつは変な言葉を吐きだして両手をグルグルと動かして草むらに帰ろうとする、いかせない、そこそこ久しぶりに会えたのに連れない態度!寂しいじゃん!

「ちわ、ボクルグ」

「がーう、がーう」

縦長の瞳孔を持つ黄金色の瞳がキッ!と俺を睨みつける、青白いと言えば良いのかな?独特の色をした髪を三つ編みにしているボクルグ――うがーうがーと俺を強く威嚇する。

人間で言えば五歳ぐらいの姿をしている、前もだったけど適当に着たサイズの合わない黒いシャツが俺のだったりする、すげぇショック!そこそこお気に入りだったのに最悪だ。

今日も下には何も履いてない様子、黒いシャツだけで小さな全身を覆っているので問題は無いだろう、けど背中の部分から服を切り裂いてはみ出している背びれに注目。

やっぱり問題だ……穴だらけ、ボコボコ……人間と同じ肌の所々に緑色の鱗が存在している、そして小さな体には明らかに違和感のある巨大な尻尾。

己の体と同じ面積を持つそれを気まぐれに動かしながら不機嫌に俺を見つめる金色の瞳、久しぶりの再会なのにな!

「タロタロ、お願いガウ、太陽の下は駄目ガウー」

抵抗を止めて、少し弱気な口調……こいつ、俺が注意しないとずっと暗い場所で生活しているからな、たまに太陽の光に当ててやらないと!妙な使命感が出てくる。

……ズルズルと尻尾を掴んでイヤイヤトと首を振りながら逃げようとするボクルグを引きずる、逃がしはしない、太陽の光で寄生虫とかからの被害からその身を守るんだっ!

「太陽の下でポカポカするがいいわ!」

「ガウ、気持ちいいガウ」

なんだか幸せそう、ほら、見た事か!――暫くポカポカと幸せそうにしているボクルグを観察する……ん?しかし頬が少し……痩せたか?覗きこもうとしたら、急にボクルグが両手を宙に上げる、な、なんだ?

「――えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!えーさ!」

「お前もか!?」

かーさん、餌……ちゃんと忘れないでね!



[1442] Re[34]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/21 12:46
明日は学校、今日はお休み―――俺は、のんびりとそれまでの休日を楽しむ、うーーん、明日の事を想像すると少しビクビクする。

お庭の花壇に水を撒きながらそんな事を思う、木の根……木陰で三匹は丸まるように寝ている、三匹とも人間形態ですけど"匹"ってあえて表現してみました。

ポカポカとあたたかな日差し……しかし、あの三匹つーか三人もこの数日で随分と仲良くなった、あー、いがみ合っていたわけでも無くいからー、当然と言えば当然だ。

作業をする俺を見守る様にみてた三人だったけど、やっぱりこの陽気には逆らい難いものがある見たい………良い事です、寝る子は育つと言いますし。

「ふぁー、俺も寝たいけど、今日の当番は俺だしなぁー……かーさんに任せたらまたサボって枯らしそうだし、ここは俺がしっかりしないとな!」

「太郎様は真面目でいらっしゃる、それでいて―――面白い」

「ピルルも、人間の姿は可愛いぞ!」

「止めてください、惚れてしまいますぞ」

「どーんと来い、ピルルなら大歓迎だぞーーーー!」

「―――――惚れてしまいますぞ」

ゆっくりとと目の前の少女を見つめる、ここまで会話をしていて楽しい人物は滅多にいない、なんと言うか波長が合う!、先程から途切れずに綴られる会話に驚きを隠せない。

何となく人形めいた印象を与える少女だ、生気溢れる言葉の溌剌さとは別に表情の変化は乏しい、最腰までかかる癖の無い赤毛、その左右を少しの量だけ纏めて括っている、なんだかウサギみたいだなと心の底で思う、確かツーサイドアップって名前の髪型です。

顔の作りは欠点と呼べるものが皆無、これは完璧だろうと心の中で笑う、俺の使い魔も人外の美貌をしているがこの少女もそれに対等に張り合えるぐらい凄い。

宝石のように無機質めいて、それでいて煌びやかな両眼が俺の方を興味深そうに見つめている……ドキドキ、無垢な瞳だ、汚れが一切無い、まるで生まれたての赤子のような綺麗な瞳。

その上にあるまつ毛は漫画の中のキャラクターのように完璧だ……くるんと上向きで、何だかドキドキする――――ドキドキ。

大きな黒い瞳に白い肌、ゴシックロリータ風のワンピースも彼女の華奢な体に驚くほど良く似合っている――――美少女は何を着ても美少女なのだ!!なんて圧倒的過ぎる現実。

こんなにフリルがアホ見たいに付いているのに違和感がまったく無いなんてっ!肩や背面が露出しているのに恥ずかしく無いなんて!――――なんだこの生き物。

7歳ぐらいの美幼女―――シャンタク鳥のピルル、ここに人間形態初登場!わー!わー!わー!………いや、俺は見慣れているけどね!背中にある蝙蝠の羽がポイントなのです。

「しかしごめんなー、ピルル、こんな事に付き合ってもらって」

「なぁに、ニャルラトテップ様の盆栽の世話で慣れている故に…………―――――しかし、太郎様、こやつは屋敷から追い出さなくて良いのですか?」

「けっ、俺様に指図するなカス!」

聞き慣れた口調に聞き慣れない声、まさかまさかのアジ・ダハーカ――今日は少女の姿をしている、さっきまで俺の使い魔にぐちぐちと言った後に『なるほどな、こーゆーのが好みな!』と一人で納得していた。

三頭、三口、六眼、そしてピルルの幻想状態の四倍もある巨体をこくこくと頷かせて、こいつは小山ぐらいの大きさはあるから、その度に地面が大きく揺れた……もう!

そして変身、あらゆる魔術に精通しているアジ・ダハーカに出来ない事は無い――破裂音と白い煙、そしてそこから出現するのはピルルや俺の使い魔たちに負けない7歳ぐらいの、つか7歳ぐらいのばっか!

あと一人、七歳ぐらいの見た目の幻想が揃えばスリーセブンじゃないかっ!きゃっほーーーーー!!と変な思考に……俺の裾を掴んでいる親友を見る。

綺麗な少女、性を判断させにくい中性的な声は何故か驚くほどに耳に馴染む………何処か柔らかで優しげな響きがそう思わせるのだろうか――いつもの地響きのような声からは想像できない鈴の音のような幼ない声。

色合い艶やかな濡烏の髪は後頭部の高い場所で無造作に縛られている、俗に言うポニーテールって奴……ピルルと嫌いあっているのにそこは少し被るってどーゆー事だろうか?

肌は色素が怖いぐらいに薄く、恐ろしい程に白いのにくすみやシミと言った類の物は一切見当たらない、髪型のせいでうなじや顔の輪郭が惜し気も無くさらされている。

その美しさを隠そうともしていない自信、細面で涼しげな眼元、幼い体躯とは別に完璧な程に整っているその容姿は正に人外のモノです……おいおい、俺の親友と心の中で嘆く。

………しっかりと通った涼しげな鼻筋、毛足の短い眉毛にツンと上を向いた長めのまつ毛、人が思い描く美少女という言葉を体現した姿に密かに息を飲み込む、ごくり、綺麗過ぎる。

赤々とした紅色の薄い唇は少女が持つにはやや蠱惑的で、紅を引いたわけでもないのに鮮やか、大きな瞳、その瞳孔は人とは違い縦に細く細く伸びている、感情の変化からか先程から瞳孔の大きさが常に変化している。

人間で言う白目の部分はまったく見当たらない……爬虫類、こいつは竜だから―――なのかな?

虹彩のみで構成されたその人外の瞳を見て背筋に冷たい物がびびっ!と走る、左右の色が違うその瞳、右目が金色で左目が淡青色、しかしかながらそこにまったく違和感は無い。

虹彩異色症と呼ぶにはあまりにこの少女に似合いすぎている――僅かにかかる前髪をやや鬱陶しげに手で払い、少女は口をにやりと……白く整った歯並びも完ぺきである。

身長はこの場にいる誰よりも低い、俺が小さくて可愛いものが好きだからとサービスらしい―――う、うーうーうー、確かに俺は小さくて可愛いのも好きだけど、大きくて可愛いのも大好きだぞ!

子犬も好きだが大型犬も大好きだし!ゾウさんも好きだし!ど、動物大好きだし!―――――親友のあまりの美しさに俺崩壊中なのであります、魔術の塊ってポンポンと姿を変化出来て便利だよなー。

しかも元々、性別が無いらしいのでさらに厄介である。

「どうだよ、太郎、俺様愛らしいだろう?可愛らしいだろう?ほらほら、オラっ!抱きしめてもいいんだぜ?」

「お願いします」

むぎゅーと抱きしめると『きゃきゃきゃ』と幼い声で笑う、しかしどうして浴衣?――もしかして俺が自分の名前から和服に憧れているのを覚えていたとか?

首に手を回される、その浴衣の袖から覗く腕は細く骨ばっていてやや青白く、陰鬱な色気をもわもわと醸し出している、もわもわ――さらに草鞋だしなっ!

「確かにこの姿のアジ・ダハーカは超絶可愛いな、くそぅ、親友の分際で!この、むにむにしてるし!もにもにしてるし!抱きしめたらきゅーてするしーー!むぎゅー!」

「おお、太郎が俺様の魅力にメロメロだぜ、見やがったか!カス!これぞ、俺様と太郎の友情の力だぜ!太郎をここまで喜ばす事が出来るのは"悪の光輪者"たる俺様だけだ!」

「くっ、幼女の姿を悪用するとはアジ・ダハーカ殿は最悪だな!」

「ふんっ、カスな鳥が偉そうに言うな!俺様と太郎はお前たちのように爛れた関係じゃねーんだ!なあ、太郎!これが俺達の友情の形!親友の究極系よ!」

「うー、アジ・ダハーカの抱き心地は最強だなー、ピルルも抱かせてー、むぎゅーてさせて」

「ふんっ、見ろ、太郎様はこの体が御望みだ!貴殿はさっさと何処かに去ればよかろう!」

「太郎、俺様がいながら――はっ、これが浮気か!?」

なんか平和です、明日が楽しみ。



[1442] Re[35]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/19 08:56
我が名はトゥールスチャ、この屋敷でお館様と御子息に仕えている、他にも多くの者がお二人に仕えているのだが―――どうも自分のように"忠義"と言うモノをちゃんと理解している存在がいないように思える。

どいつもこいつも自由気ままに生活をしおって!―――内方世界でも特異な力を持つ者を多く保有しているこの屋敷は自然と勢力として数えられている、普通は現実世界の己の立場を忘れて自由気ままに暮らすのがこの世界での常識。

しかしそこはお館様の御威光の凄まじい所、我らが神話体系に属する神は皆ここで生活をしている。

最初は人間である御子息を守る為だったが、皆、その子が成長するのが楽しくて仕方が無いと思い始めたのだ、例え血が繋がっていなくても、お館様に良く似ていらっしゃる。

流石は親子だ――無垢で無知で、圧倒的でありながら他者を魅了する、真っ白い意思のようなものの塊、自分はそんなお二人にお仕えしている事が誇りなのだ――頑張るぞ!

自分はお館様と御子息の剣であり盾なのだ――その、お館様に関しては守る必要など皆無で倒すべき敵など存在しないが、で、でも自分が守る!あの方は冷めたように『でふでふ』と言うけれど、愛は燃え上がるのだ。

ああ、お館様、美しいお館様、自分の天使、どの角度からどのように見ても愛らしく可愛らしく美しく、鼻の奥がツーンとする、危ない危ない。

「ふぅ、よし」

踊りの練習を終えて一息つく、自分はお館様の踊り子、いつでも練習は欠かせない―――――――あの方は自分の踊りを好いてくれている、練習のし甲斐があるというものだ。

しかし先日は参った、まさか、半日近く踊る羽目になるとは、後半は殆ど死にかけていたな自分、嘔吐して御子息に背中をさすさすして貰ったな自分、うむ、照れてしまう。

そして御子息の新しい使い魔を紹介されたのもつい先日、ヒイシ殿に帝鴻殿か―――中々、見所のある方々だったな、我々は現実世界に同行出来ない、御子息を守る存在は多くいた方が良いのだ。

だけれど、我らが神話から一柱も御子息の使い魔が出ていないとなると少し問題がある様な気がする、お館様にそれを問うと『太郎の決める事でふ』と言われた―――うーん。

――御子息は我々がお仕えして使い魔になりたいと願っている事すら知らない、ずっと見守ってきた、今より昔はさらにヤンチャで……苦労もしたけど、それだけ愛情も強い。

皆も口では言わぬが悶々としているようだ、クァチルのような奴は自分を使い魔にして!と強気に言っているみたいだ、あいつは少し頭の中がおかしいからな……うん、仕方ない。

泉をボーっと見つめながら自分が使い魔になったらと夢想してみる、うむ、そうすれば何でもしてあげたいな、歯磨きも髪を整えるのも体を洗うのも――なんだ、昔と変わらぬではないか。

皆が平等に御子息に接して来たが、自分はその中でも特別、触れあう機会が多かった、お世話係とでも言えば良いのか?――5歳になられるまでは常に一緒にいた、愛らしかったなぁと思う。

髪を引っ張られたり涎でべちゃべちゃにされたり、色々とまあ大変だった、今のようにお館様も常に活動なされているわけでは無かった――良く寝ていらっしゃったから、あの体に馴染むまでかなりの時間を必要とした。

―――あの入れ物(にんげん)の意識とお館様の本体が一つになってからは問題が無いように思える、良い事だ。

「お、やってるね」

「これはこれは、クティーラ殿、相変らず美しい」

「いやいやいやいや!そんな爽やかな笑顔で言いながら犬のようにプルプルさせて汗を撒き散らかすの止めてね!?しょっぱっ!?どんな量!?」

「はは、汗かきなので!」

「目に、目に汗がっ!?ぎゃー!?」

「はははははは、クティーラ殿は悶絶しながら地面を転げ回ってもお美しい、全身が砂に塗れようがそこで寝ているボクルグ殿の鋭利な背ビレが刺さって頭から血が出ようが美しい」

「いてぇええええええええええええええええええええええ!?」

「喋り口調が崩壊!?……これはもしかして――――痛がっておられる?」

「あばばばばばばばばばばばばばばば」

地面を転げ回ったクティーラ殿が日光浴をしているボクルグ殿に衝突、深々と背ビレが刺さって頭から噴水のように血を流しながらもさらに転げ回る、庭は広い、存分に、ああ、満足がいくまで転げまわればよろしい。

自分は優しい瞳でそれを見つめる、ボクルグ殿はそんな事も気にせずに尻尾をじゃりじゃりと地面で擦りながら眠っている、血塗れである―――実は自分はボクルグ殿も可愛いと感じているのだ。

血に塗れても愛らしいのは御本人の才であろう、素晴らしい!ちなみに日光浴をするようにお勧めしたのは御子息であるらしい。お優しき方だ。

「クティーラ殿、大丈夫ですか?血が噴水のように出ていますが…………痛かったら手を上げてください」

「ざ、ざけんな~」

「元気なようですね」

よろよろと立ち上がるクティーラ殿、相変らず騒がしい方だ――昔は自分と一緒に御子息の世話係をしていた御方だ、そして何故か自分に会うといつもこんな感じ、むう、不思議だ。

柔らかな顔、クティーラ殿…………フード付きのタンクトップにハーフパンツ、まるで男子のような出で立ちをしている、肌はやや褐色で髪の色は水色……ちょこんと後ろで髪を括っている、髪は長く無いので本当にぴょこっと――小さな尻尾のようだ。

目の色も水色で――柔らかな瞳、柔らかな表情、だけど悶絶している―――見た目は自分より大分上の10歳ぐらいの姿で固定している、自分はお館様と同じがいいので5歳ぐらいに……そこは今は関係ないか。

「ボクルグっ!いい加減に背中のソレどうにかしてくれないか!」

「ぐぅ、がぅがぅ、かむぞぅ」

「うぅ、聞いて無いじゃんか!」

すやすやと安らかな寝息をたてているボクルグ殿に怒鳴るとは悪魔の所業としか思えない、何てお人だ……やっぱり甘やかされて育てられたからと心の内で嘆く。

自分はそっとボクルグ殿に近づいてまだ血の噴き出る傷口に指を突っ込みながら笑顔で対応する、えっ?なんでそのような事をするかって?痛みに悶絶した方がクティーラ殿は愛らしいのだ。

くちゅくちゅくちゅ、ぴゅぴゅ(血の噴き出る音

「…………」(顔面蒼白

「おお、良く出るじゃありませんか、ああ、しかしクティーラ殿は血塗れでこそ愛らしい」

「……ナチュラルに、私への愛が歪んでいるよね、あんた」

「キスをしていいですか?血塗れで」

「…………いたい」

自分がクティーラ殿を好き?確かに嫌いではないが――自意識過剰ですなクティーラ殿、確かに貴方が痛みに悶絶したり疲れてぐったりしたり泣いている姿は心にある種の癒しをくれますが……好き?おかしな、おかしな事ですよそれ。

「はぁ、もういいから、傷口を抉るのを止めてくれないか?」

「ええ、良いですけど?」

しかしクティーラ殿が泉から出てくるのは珍しいですな、いつもは泉の底で怠惰に生活をしていると言うのに……そんな自堕落で腐っている部分も嫌いではありませんが。

よいしょっと、傷口を抉るのを止めて"たいおとし"を仕掛ける、クティーラ殿は軽いので余裕で技を仕掛けられる、カフっと地面に衝突した彼女は変な声を出す。

馬乗りになって、見下ろす。

「どうせ御子息に会いに来られたのでしょう、ですが御子息は今はお友達と遊んでらっしゃる、代わりに自分が相手をしましょう」

「――――最悪だー!」

「?―――――――そうですか、なぁに、自分に会いに来てくれないのに御子息には会いに来る、そんな事で怒る様な事なんてあるわけがないじゃないですか」

「自分で言ってる事わかってる?あんた?」

「さあ?」

別にクティーラ殿なんてそんなに大切でもないですしね。

「……天然って怖いっ!」

「クティーラ殿は五月蠅いな」



[1442] Re[36]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/21 12:47
屋上から見える景色は変わらない、穏やかな雲が流れて、穏やかな時間が流れる、そして私は彼が来るのをただ待つ。

少しだけドキドキする、今日も来なかったらどうしよう、そんな不安、太郎に会いたい―――会って勝手にサボった事を叱りたいです。

なので待つ、彼が来るのをひたすら待つ、腕時計を見るとそろそろ彼の訪れるはずの時間帯、この前は裏切られた……その後もずっと待って、一日が潰れた。

「ふぅ」

そうため息を吐いた瞬間に、太郎の魔力、そして渾沌の魔力のような気配―――――後は、渾沌に似た気配と、純粋に巨大な魔力が一つ、特に後者が危ない、危険だ。

私は身構えながら、いつもの間抜けな効果音を期待する、例えどんなに巨大な存在がいようとも――太郎は私の友達で、きっとその気配の持ち主も太郎の仲間なのだろうから。

確信めいたものを抱きながら私は彼等の襲来に心を躍らせる、久しぶりに会う彼は笑顔だろうか?――――どうしてそのような事を思うのか不思議だ。

「おっはー!」

ポンッ、軽快でいて間抜けな破裂音、太郎は空に両腕を振り上げて、兎が跳ねる様なポーズでその場に出現する、凄く機嫌が良さそうですね……思わずこちらも笑顔になる。

その後ろには見知らぬ獣が一匹、肩には見知った小鳥が一羽、見知らぬ小鳥が一羽―――――太郎との魔力の繋がりを感じる、ああ、この子たちが新しい使い魔ですか。

しかも獣に関しては恐ろしく濃度の濃い魔力を感じる、この学園に存在する多くの幻想の中でもここまで強力なものは……果たして、存在するだろうか?

白い小鳥の姿をした渾沌は瞳でこちらに訴えてくる、曰く、それが正解と……なるほど、なるほど、しかし太郎、向こうの世界に帰る度に強力に成長して、感心しちゃいます。

もう一羽の方は………黄色い小鳥の姿、見た目は渾沌とほぼ変わらない、そしてその後ろで前足をカツカツと地面に打ち付けているのは………黒い小鹿、本当に小さい、子犬ぐらいでしょうか?

その割には角が妙に立派で―――黒い瞳がこちらを注意深く観察している、この子は利口だ、なんとなく、そう思ってしまう………好かれているようですね、太郎。

魔力は貧弱、魔術の知識は0、しかし契約している使い魔からの愛情は本物、まさに召喚士を根底から否定する様な存在ですね、私はゆっくり彼らへと近づく。

「フォルケール、おはよう」

「わ?!」

たんっ、軽い感じで地面を蹴って私に抱きついてくる、胸の辺りに顔を埋めてぎゅーーーっと、むぅ、どうしてでしょう、妙に恥ずかしいです……最近、自分が使い魔扱いされているような気がします。

ぽんぽんっと頭を叩いてあげる、太郎とは親友です、そして弟の様にも思っています―――――なにせ、この世界に彼を連れ込んだのは私なのですから、大事にする義務がある。

まあ、それ以前に、私が太郎の事を大好きなので、それはもう義務では無くて必然なのですが―――、後、妙に黒い小鹿さんの視線が強い様な気がします、もんもんとすると言うか。

もう一羽の黄色い小鳥さんは渾沌と同じ『混沌』の属性、妙に安定した力場を持っている……陰と陽が安定した混沌、普通に考えれば東の幻想、恐らくは中国神話の幻想ですかね。

混沌の量の多さも渾沌に負けていない、つまりはソレほどに強力な幻想、はあ、太郎、また色んな人間から嫉妬されそうですね、私が守ってあげないとダメでしょうか?トラブルの塊ですね太郎……そこが愛らしいと言えば愛らしい部分でもありますがね。

「フォルケール、大好きだぞーーーーー!」

「暫く会えなかったからと言って、ハートマークをばら撒きすぎですよ太郎?」

「フォルケールのここが好きっ!銀の魔女ってあだ名がぴったりなぐらい綺麗な銀髪!癖っ毛だけどな!」

「そりゃ、どうも、私も太郎が好きですよ?」

いつものように髪を弄りながらそう口にすると、ぱぁあああああああとハートと花びらが舞う、困った太郎、優しい太郎、そして女性に全力で抱き付く太郎、如何でしょう?

しかし私に嫌悪は無い、むしろ嬉しい、親友との触れあいは心があたたまります、胸に顔を擦りつける太郎を引き摺りながら移動を開始する――もんもん、黒い小鹿さんは小鹿なのに肉食獣の視線で私を射抜きます。

ああ、背中が痛いです、太郎は鈍感なので気付いていませんねー、さてさて。

『マスター』

私の肩の上に上半身を預けて様子を静観していたプロケルがぽつりと呟く、子猫に天使の羽根を生やした不思議な存在……何処か声に緊張が漂っている。

どうぞと表情で促す――本当はテレパシーで会話をしてもいいのだが、まあ、どちらにせよ、誰かに聞かせたくない程の重要な話では無いようだ……耳元で囁くように声が紡がれる。

『太郎様の新しい使い魔、二柱とも神の属性を…………渾沌殿もそうですが、しかし―――――どちらも、悪神のようです、特にあの鹿の姿を模った者は……古代の悪神です』

「へぇ、これまた、豪華ですね」

悪神、その多くは巨大な力を有しながら人類や世界に恩恵を与えない狂った自然現象だ、故に召喚士にも扱えない、例外もあるが多くの悪神はそうであるし、常識でもある。

それを毎度の事ながらぶち壊すとは、でも太郎の育ての親は悪神の類ばかりですから、もしかしたら悪神や凶神と相性が良いのかもしれない、引き寄せる使い魔の相性って奴ですか。

それと古代中国神話の幻想とも相性が良いみたいです、そう言えば今日は『召喚士特性』を調べる授業です、そう、己がどのような魔術属性を持っているか等を調べる授業。

少しだけ楽しみですね、太郎は入試をしていませんから、そこら辺も謎ですし、わかっているのは魔力の保有量が皆無で魔術の才が皆無って所、属性や相性の良い神話の割り出しは不明ですしね。

「フォルケール、愛してるっ!!!!!!!!!」

「それは言うべき相手が、まあ、親友でもありですかね、愛も、私も愛してますよ太郎」

『い、いや、それはダメだろ、マスター』

子猫が何を言いますか。







「今日は久しぶりにボーディケアに会うから、き、キスをしようかっ!」

「……友情のアレと認識していますが、私の頬にしたじゃないですか、今」

「えへへへ」

「殺されても知りませんよ」

この時間帯はまだ生徒の姿は見当たらない、いるとすれば先程出たボーディケアぐらいでしょう、太郎の彼女にして天才少女、イギリス人、あとは、えーと。

いけないいけない、少し眠いですね、腰に張り付いた太郎はぐったりして私に全てを預けています、ずるずるずるずるずるずる、私は太郎を運ぶ機械です、ずるずるずる、乗り物です。

頭を叩いても離してはくれません、仕方が無いのでそうやって教室を目指す、甘えたがりと言うか、何と言うか……困ったものです。

『むぅ、むぅ、むぅ!!むぅ!!!』

『落ち着くのだヒイシ、我輩たちはタローの使い魔、タローの親友であるフォルケールに手を出せばタローに嫌われるぞ?』

『ボクが思うに、我が君に嫌われて捨てられるんじゃないかな?――――可哀相だから別れ際に鹿煎餅を餞別に』

『ええい!!コンコンたちは黙っているのだ!!お、オレの田中に愛人と恋人がいるなんて聞いて無いぞっ!!ああ、我が身は草食であるのに肉食になるのは時間の問題なのだっ!』

………あの、会話が全て聞こえているのですが、それを口にしたら因縁をつけられて絡まれそうな気がします……歩いている途中にお尻にプスプスと妙な感覚。

振り向けば黒い鹿さん事……ヒイシがジャンプしながらお尻に角を突き付けていました、そのジャンプ力たるや……ともかく、太郎になんでしょう?と問いかけたら説教がはじまりました。

ヒイシは『お、オレよりその女が大事なのか!!人間同士で子作り出来るしっ!?出来るしっ!?』――――――太郎の説教で激しく混乱していました、でも背後には何故か薔薇が見えました……物凄く不思議です。

口調からして悪い子では無いようですが、恐らくそれは太郎の魅力が成せる技でしょう、私が同じように接しようものなら殺しにかかるかもしれない、ああ、怖い怖いです、おお、怖い。

魔石で構成された床を歩きながら、ボーディケアにさて、どのように説明したものか……先程、新しい使い魔の正体を教えて貰ったのですが、これはまた……内方世界から連れて来てはダメな類な幻想ですね、驚きです。

まずは帝鴻、中国神話に登場する怪物でありながら神でもあるあやふやな存在、今は姿を小鳥のようなものにしているが……本来は巨大な黄色い袋に赤い光を纏った翼を持つ怪物。

その足は人間のような形をしていて六本あり、白い翼は四つ存在するらしい―――――神鳥の一種にも数えられ、同じあやふやな獣、渾沌とはどうやら同じ起源を持つらしい。

紀元前に書かれた『山海経』にもその名は登場する、由緒正しいと言えばおかしな話だが、古代から名の知られた強力な幻想である事には変わりは無い、魔力では無く混沌で体を構成しているので魔力の補充は必要無く……太郎との相性も良さそうだ。

問題なのはもう一つの方……悪神・ヒイシ、フィンランドの最古の神の一柱でありながら、この世全ての悪の根源と言われる巨大な存在、この世界で起こる全ての悪事はヒイシの仕業。

この世の全ての悪事は『ヒイシのモノ』この世の全ての毒は『ヒイシの恐ろしきモノ』この世の全ての悪人は『ヒイシのヒト』全ての悪を司る存在として信じられてきた。

ユタス(ユダ)ケイトライネン(卑しむべき者)など、その名を恐れと共に人間の脳裏に刻み込む、さらに様々な名前を持っており、それこそまさに姿が無い悪神とも言える。

世界的にそこまで有名では無いのはあまりに生活に溶け込んだ悪として栄えてきたからだ、フィンランドでは全ての悪事がヒイシの仕業と過去から言われてきた、神話では無く現実。

それだけ強力な悪神、悪神のカテゴリーの中でも最悪の一つ……本来は精霊として『聖なる木立』の名を冠する程に優れた存在、異教の教えにより堕落させられた精霊。

『田中っ!そ、そんな人間の女なんか放っておいて!オレとラブラブしようではないかっ!この姿だと抱き心地が最強だぞ!最強の……生きたヌイグルミよっ!』

『ヒイシはそれでいいのか?はぁ、我輩がお目付け役とは、非常に疲れる、非常に面倒だ……それに、肉の塊を"生きた"と付け足しても、ヌイグルミとは言わんぞ』

『だね、矛盾している、さ、流石は、ぼ、ボクの娘だ、その、着眼点がいいね』

『お、御母さん……あ、ありがと……取り合えず、ヌイグルミではないぞ』

『ええい、だったらオレの中身を取り出して綿を詰めればいいだろう!フェノール消毒!!クレゾール石鹸!!コロジウム包帯!!どれでも良いぞ―――オレは剥製として田中に愛されようぞ!』

『『勝手にしろ』』

仲が良さそうな使い魔たちで羨ましいです、あっ、教室に到着ですね。




○あとがき

pixivで知り合いが帝鴻を描いてくれました、この作品のタイトルで検索すれば出るかも、よろしければどーぞ。



[1442] Re[37]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/06/22 06:49
「きゅぴ!?」

……そう言って吹っ飛んでいく友達の姿を私は眺めているのだった、簡単に言うならば教室の扉を開けた瞬間にヒイシが突撃、椅子に座っていたボーディケアにタックル。

普段なら絶対に当たる事が無いその一撃を受けてボーディケアは小さな体を宙に浮かすのだった、角が深々と刺さって口からは透明な液体がキラキラと、可哀相に。

太郎はソレを見てガタガタと震え、渾沌はソレを見てさらにガタガタと震え、私はソレを見て面白いですねーと素直に思うのだった、ぴくんぴくんとボーディケアは震えている。

いつも完璧で人に隙を見せないボーディケアがやや白目になりながらびくんびくんと震える様は少しだけ私の心を刺激します、ふぅぅ、可愛いではないですか、中々に。

『悪は滅びたぞ田中っ!オレの角を受けて滅びぬ悪はこの世におらん!』

『はぁ、君が悪そのものなのに何を言ってるんだい?』

『我輩は何も知らぬ、我輩は何も知らぬ、我輩は何も知らぬ、我輩は何も知らぬ、我輩は何も知らぬ、我輩は何も知らぬ』

そして嬉しそうな声で語るヒイシに他の二人は関わりが無い事を主張しながら主の方をチラチラと、太郎はボーディケアに駆け寄りながら『しろめっ!ああ、しろめっ!』と激しく混乱している―――――自由ですね、太郎も、太郎の使い魔達も本当に自由です。

「ボーディケア!ボーディケア!白目でも口から泡を出していても大きく痙攣していても美少女だぞ!ボーディケア!そこは誇っていいぞ!」

「う、うぅうううう、いきなり黒い鹿に攻撃された……お、女の子の声……大体のシカ科のメスは角を持たないはずなのに……トナカイはオスメス……あるけど」

「ボーディケア!豆知識をありがとう!」

「うう――――――――――――――――――――ブッコロス」

「うん、そう言うだろうなボーディケアなら」

ゆらりと立ち上がるボーディケア、キュインと彼女の周りに風が吹く、恐ろしい魔力濃度の風が彼女を中心にゆったりと、決して激しい風では無く、決して優しい風では無い。

しかし周囲のモノは微動だにしない、ボーディケア―――天才、圧倒的な魔力保有量と圧倒的な魔術の才、ツインテールがぴょんと元気に跳ねる、ああ、金色でとても綺麗ですね。

見た目は10歳そこらの少女なのに、一流の魔術師ですら扱えない魔力を自由自在に扱う彼女は部屋をゆっくりと見回し、やがて元気に仲間と喋ってる黒い小鹿を見つける、にこっ。

ぴきぴきと血管を浮かべながら、まるで値踏みをするかのように―――――彼女ならばあれがどんな存在が、もしくは何の幻想かすら一瞬で理解しただろう、しかし驚かない。

もしかしたら現段階でこの学園が保有している幻想の中で最強と思われるソレを目の前にしても驚きもせずに、ふふんと笑う、そんな事より怒りをどうにかしたいと――キレてらっしゃる。

「アタシに鹿タックルをかますなんていい度胸じゃない―――太郎の気配を感じて油断したわ」

「な、なぁに?」

太郎の胸にトンっと手を置く、ああ、可哀相に………何となく理解する、太郎は困ったように自分の胸に置かれた小さな手を見ている――私の方を見てどうしよう?とそんな風に視線で訴えてくる―――頑張ってください。

「太郎、取り合えず、アタシは太郎が好き、太郎はアタシが好き、OK?」

「ああ、うん」

「じゃあ、"権限"を使わせて貰うわよ?」

「?―――良くわかんないけど、ボーディケアなら何でもご自由にどーぞ」

「そう、"マスター権限"強制執行―――第三アクセス『悪神・ヒイシ』――――波長パターン解析・終了――――存在濃度・27601」

「へぇ、それは凄いですね」

情報を聞いて私は素直に感心します、存在濃度はこの世界における影響力を表しています、高ければ高いほど、世界に対する影響力が高い。

まあ、平均的な使い魔で1000に届けば良い方です……伝説的な存在ですら10000の壁は中々に難しいと言われています……ケタが違いますね。

本来なら魔力濃度で調べてもいいのですが、神力、霊力、超能力と細分化された力を明確に表現しているのが存在濃度―――全ての総合的な力です。

「魔力濃度も22111…………化け物ね、マスター権限・存在濃度を10にまで減少」

『へヴぁ!?』

突然ヒイシの体が大きく震えて横に倒れる、痛みに震えるようにカタカタカタ、死ぬ前の痙攣のようです、ああ、太郎の権限を行使して限界まで存在濃度を下げられている。

召喚科Bクラスの悪魔はニコニコと微笑みながらそれを見ている、ボーディケア――そんなヒイシをゲシゲシと踏みつける姿はまさに動物虐待です――そう来ましたか。

太郎はそれを見てさらにガタガタと、自分の彼女なんですからどうにかしなさい、我々は三人で一つのチームですが、彼女に対する抑止力は太郎だけですよ?

「ふふふふふ、舐めた真似してくれたじゃない、このアタシに………鹿のロースのステーキは大好物なのよね」

『へぶぁ!?ぇふ!?あぅ!?――た、田中っ!なんだこの悪魔はっ!?か、体から力が抜ける、う、ぅうううう、うわーーーん、ぐしゅ、うわぁああああああああああん!!!」

「へ!?」

『うわああああああああああん、い、いじめりゅ、こいついじめりゅ!お、おおおお、おれを!この、うつくしい、おれを!!うううううう、うわああん!!』

だっ、立ち上がってヨロヨロになりながら太郎の方へと、床はツルツルなので何度か転びそうになりながらも―――太郎が抱きしめてあげながら頭を撫でてあげる 。

呆然とするボーディケアを見ながら私はため息を吐くのだった―――太郎、甘やかしてますね。






ぐしゅぐしゅと泣く小鹿を抱えながら太郎は御機嫌、久しぶりに彼女と会ったのに彼女を放置で自分の使い魔といちゃいちゃとは……こいつらしいと言えばこいつらしいかもね。

丸っぽい顔、童顔、むしろ子供、太郎はニコニコと自分の使い魔に囲まれて幸せそう、四凶・渾沌、神鳥・帝鴻、悪神・ヒイシ……おぅ、何処に戦争を仕掛ける気?

はぁー、しかも左手には火の精霊の刻印、それ+氷の精霊の刻印も組み込まれていて―――三つの精霊の刻印を保有している事になる、とても愉快ね、危ない方の意味でね。

ヒイシはあれから『ううぅうう、つよくてきれいだから、そこそこすきになってやる』と言われた―――なんだ、意外と可愛いじゃない、手を伸ばしたら噛まれた、どうして!?

フォルケールに関しては『ちりょうしてくれたから、あいつよりすき』……出遅れたわ、はぁ、しかし向こうの世界から帰って来る度に、何と言うか、さらにおかしくなって。

刻印に関しては両方とも包帯で隠しているけど、精霊術を扱う人間にはお宝ね、太郎の魔力パターンしか受け付けないから切りとっても意味がないけれど……精霊使い科に通いたいの?

「ヒイシ、俺の彼女と親友に嫉妬しなくても、ヒイシも同じぐらい好きだぞ」

『ぐしゅ、たなかぁ、お、オレは好きなのではない…………愛しているっ!オレの心は愛で燃え上がっている!バレンシアの火祭りよりも熱く情熱的にっ!』

「ははははは、ありがと、はい、ちーん」

『想いよオレの想い人である田中に届けっ!ちーーーーーーん!』

………何かしら、この空間……ちーんをしてもらいながら……もう一度言うわ、何かしらこの空間?てか、使い魔と主の関係ってこんなものだっけ?あああ、頭が痛くなる。

フルフルと首を振る、しかし時間的にみんなが来るのはまだまだ―――てか、まだ来ない?おかしいわね、あまりにおかしな空間のせいで時間の進み方を意識していなかった。

時計を見ると―――あれ?

「ねえ、フォルケール?」

「はい、なんでしょう」

「……今日って、創立記念日じゃないかしら?」

「――――――――召喚士特性の授業は明日でしたね」

誰も来ないはずだ、太郎が来るって事だけに注目していて、授業があるかどうかなんて考えていなかった―――――みんなは今頃、寮の自室で気持ち良く寝ている事だろう。

太郎にその事を伝えると『好きな二人しかいない!それはそれで幸せなのだー!ヒイシ可愛いよな!泣いてるヒイシ可愛いよな?』―――――うるさい奴、さてさて、どうしましょう。

一応、先日配られた『召喚士特性』を調べるための"指定用紙"を太郎に渡す―――太郎の分を渡すように頼まれていたのだ、これに魔力を込めると己の特性が文字として浮き出てくる。

「へえ、ボーディケアの見せてーーー」

「別にいいけど、その代わり、太郎のも見せなさいよ」

「さんきゅーーーーー、おお、一緒に見よう、三人一緒にな!そして"意味"を教えて!」

「「はいはい」」

フォルケールと目配せをしながら苦笑い、どうせそんな事だろうと思ったけど―――しかし、我ながらおかしな数値だと少しだけ呆れたり。



魔力保有量=S+(成長の余力あり)

魔力生産力=S+(成長の余力あり)

魔質   =地A・水A・火A・風A(四大属性の相乗効果あり)

術の方向性=西洋魔術(現代魔術)

術構成力 =A

術創造力 =S

神話保持 =ギリシア神話A+

契約種族性=悪魔B+(精神生命体)

否定神話 =東洋神話全般(克服の可能性無し)

魂保有属性=善



「えと、基本的に魔力保有量と魔力生産力、術構成力、術創造力、神話保持はS、A、B、C、D、Eの6段階で評価されます、魔力保有量は個人で魔力を保有出来る貯蔵量です」

「ふむふむ」

「これが大きい程に強力な幻想と契約出来る可能性が増えますね、生産力は魔力の回復力ですね、これが高ければ効率が良いって事です」

「おお」

太郎はうんうんと頷く、目がキラキラとして―――――どうせ、玩具か何かだと思っているのだろう、困った奴。

「魔質は個人の魔力の質です、基本的に四大属性のどれかです、全てを揃えているのはボーディケアだからです、大体二つあれば良いほうです、これまた数値が高いほど、行使できる術が強力になります」

「いいなー」

「術の方向性は自分に最もあった魔術の系統を割り出します、術構成力は術を行使する速度と難解な魔術をものに出来るかを表していますね……創造力は既存に無い新たな魔術を構成出来る可能性ですかね」

「その下は?」

「神話保持は契約するのに適した神話を割り出します、ギリシア神話とは贅沢なものです、契約種族性は契約するのに適した種族、そして否定神話は契約するのが絶対に"不可能"な神話系統ですね」

「割といい加減なんだな」

「まあ、授業で調べる様な簡易なものですから」

太郎はニコニコと嬉しそうにアタシの指定用紙を見て笑う、そこに感嘆も差別も無い、単純に情報を情報として見ているだけ、幼い時から天才と呼ばれて差別され侮蔑され区別された。

そんなアタシからすれば何とも言えない対応……自然と顔が赤くなってしまう……普通に、単純にアタシとして見てくれる――それは、言ってやらないけど、ありがたい事だ。

「太郎、魔力を込めてみなさい」

「うん!」

言った通り、その赤子の様な魔力を白い用紙に流す……アタシとフォルケールは息を飲みながら後ろからそれを覗きこむ、互いに興味はあるのだ……太郎って存在の資質が。

ゆっくりと文字が浮き上がって来る―――ん?



魔力保有量=E-(成長の余地なし)

魔力生産量=E-(成長の余地なし)

魔質   =地S+・火S+・氷S+・混沌S+(前者三つに関しては刻印の可能性あり)

術の方向性=仙術(潜在的な方向性)

術構成力 =E

術創造力 =E

神話保持 =中国神話S+・クトゥルフ神話(測定不可)

契約種族性=悪神S+・主神S+(主神S+により全種族と契約可能)

否定神話 =なし

魂保有属性=混沌









は?



[1442] Re[38]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/04 19:46
洗濯物を干しながら『でふでふ』と呟く、今日はとても天気が良い、晴々とした天気だ―――――つい笑顔になるでふ。

子供たちは皆、現実世界にお出かけ中、新しい家族はみんな仲良し、みんな元気、自分の神話に内包されていない幻想でもそこは愛しく思う。

プカプカと宙に浮きながら空を仰ぎ見る、空は高く広い、自分の瞳は開く事は無いが……その光景は読み取れる、異端としての自分の力に満足しながらふぁーと欠伸をする。

雲はプカプカと宙を気持ち良さそうに泳いでいる、自分も気持ちが良い………このポカポカとした空気がゆらゆらと……眠りの世界へと誘おうとしている。

「でふでふ」

しかし、こんな時間に眠るわけにはいかない……まだまだ屋敷の事でやるべき事が――――しかし、眠い、この眠さは反則的だ―――ふぁー、二度目の欠伸でふ。

それでも眠い、仕方が無いので空中で体を浮かせて空を見る、晴々とした青い空、眠りを誘うのには十分だ、ああ、こんなにも空は綺麗で、瞳を開けたら世界は崩壊して、自分はここにいる。

「でふでふでふでふでふ」

呟きを増やして見るが何も変わらない、ぽかぽか―――――でふでふ、ぽかぽか、でふでふ、ぽかでふ、でふぽか、ぽかでふ、でふぽか、気持ちいいでふ。

しかし、太郎たちがいないと暇と言えば暇である、洗濯物は終わったし、お掃除も終わった、餌やり―――――――したでふ?まあ、些細な問題だと笑う、自力で生きていけないと駄目でふ。

この内方世界の掟―――強さだけが掟でふ、太郎は……きっと、この世界の幻想とは違う強さを持っている、それがきっと"弟"を助け、世界を変えてくれる。

この体に内包されている力はきっと役立たず、壊す事と狂わせる事しかできない、人間の心を救う事なんて出来やしない……でふ、物悲しさ、自分を皮肉って、笑うでふ、人間なんて生き物なんて―――。

「…………でふでふ」

「お館様、どうなされましたか?」

そして――やる事を終えて、お庭でぷかぷかと浮いてゴロゴロと転がっていたら声をかけられる―――――振り向くと緑の下僕、何となく、そわそわしているように思う。

暇なのでゆっくりと近づいてやるとびくりと大きく震える、ふよふよ、畏敬と畏怖と崇拝と好意、そんなドロドロした感情が伝わって来て実に面白い―――――家族は家族でふ。

でふでふ、しかし、過去の関係性を持ち出されると少し寂しいものがある、ここでは主従の関係は無く―――ただ家族としてあればいいのに、色々と面倒でふ。

しかし、緑の下僕は今更、自分を母として敬いはしないだろう、ああ、ただ王として彼女に接するしかないのか………でふ、ほら、やっぱり物悲しいでふ、悲しいでふ。

「き、今日も相変らずお館様はお美しい」

「でふ?」

「あああああああ、お美しい、あまりの美しさに涙が止まらない程にっ!!」

「でふでふ」

「…………失礼、鼻血が止まらないので」

風に乗って血の臭い、少し顔を顰めると緑の下僕は背中を向けて……仕方が無いのでポケットを漁る、白いハンカチ―――すーっと渡す、緑の下僕が息を飲む気配。

血の臭いは嫌いだ、早く止めて欲しい、こちらの意思が通じたのがコクコクと頷きながらハンカチを手に取る、ハンカチは沢山あるでふ、だから使うでふ、でふ。

髪の触手がウゴウゴと蠢いて、緑の下僕の体を捕える、震える気配を無視して胸に寄せる、抱き枕が欲しかったのだ………近くにいれば何でも良かった、それが緑の下僕だろうが。

「うぅううう」

「でふ?」

「はぁあああ、あ、愛らしさもここまでくれば毒ですっ、やわらかい、い、いいにおい……このまま締め付けて、あああ、殺して貰えたら幸いです!!」

逃げようとも抵抗しようともしない、ただ、生き物のぬくもりがそこにあるだけ、生き物……肉のある体、本当に不思議なものでふ、内方世界は夢を叶える場所。

現実世界では忘れられ否定された存在が静かに暮らす場所でふ、現実世界に未練は無い、人間の信仰や想いに支配されない夢の様な場所なのでふ―――――抱きしめる力を強くする。

こんなにも穏やかな時間の中に自分が存在している事が不思議でたまらない、そんな世界に存在していいのかと自問したくなる、人間の器を選んだ事で人間の感性を得てしまった。

それが息子を育てる理由になるとは……人間は慈悲深く、人間が残酷で、人間は集団で生活する――そして人間は人間を愛するのだ、自分もそれに囚われてしまって今がある。

「殺さないでふ、殺したら、こうやってまた抱き枕に出来なくなるでふ」

「お、お館様?」

「…………黙って、腕の中で震えているでふ」

「は、はい!」

やはり、抱きしめるのなら息子がいいと、そう思うでふ。

「………――――――――――――――――――――――はふ」

少しだけ眠い、クルクルと抱きしめたものと一緒に回りながら、白い思考に意識を任せる……太郎はいつ帰って来るのだろうか、眠気に支配された頭でそんな事を思う。

今日のご飯はどうしよう、最近は太郎も色々と頑張っているみたいだ、好物の一つでも作ってあげようか……そうでふ、はんばーぐ、でふ。

「あ、あのぅ」

「――――」

「………もしかして、お館様は……御子息があちらの世界に行かれて、寂しいのでは無いですか?」

「―――――――――――――――――――はふ」

ねむい……ぎゅうううううううううう、抱きしめるでふ!

「い、痛いです!!でも幸せっ!」






pixivで知り合いが渾沌を描いてくれました、この作品のタイトルで検索すれば出るかも、よろしければどーぞ。



[1442] Re[39]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/04 20:04
どうやら俺の魔力操作がド下手過ぎるので指定用紙に浮かび上がった表記に間違いがある可能性が――初めてこの用紙を使う人間には良くある事らしい。

むぅ、俺は何度か魔力を流し込む、横で見ている二人が納得する形でしっかりと、浮かび上がったソレは見ずに10回ぐらい練習する、もういいかなー?

二人の視線が妙に鋭いような、うぅ、二人とも怖い顔をしている、魔力も無いし魔術の才能も無いし、別におかしな結果では無かったような気がするけど、駄目なのかな?

白い紙に魔力を流し込むだけの作業……流石の俺も10回も練習すれば慣れる、この紙は自分から魔力を吸い込む性質があるので凄く楽……便利な紙だなぁと感心する。

むんっ、今度は失敗しない様にしっかりと気合を込めて魔力を流す、もやもやとした蚯蚓のような文字が浮かび上がって紙の上でのた打ち回る――そしてそれがやがてしっかりとした文字に変化する。

二人は俺の横からそれを覗き込む、柔らかくて甘い匂いのする二人に身を寄せられると……彼女と親友が相手でも恥ずかしい!!恥ずかしいって感覚はこっちの世界で学んだ事だなぁ。

チラリと紙面に浮かび上がったソレを見る、何かさっきより文字数が多いような気がする……あれか、もっと駄目な結果とか!そんなのは嫌だぞっ!



魔力保有量=E-(成長の余地なし)

魔力生産量=E-(成長の余地なし)

魔質   =地S+・火S+・氷S+・混沌S+(前者三つに関しては刻印の可能性あり)

術の方向性=仙術(潜在的な方向性)精霊術(後天的な方向性)=両立が可能

術構成力 =E-

術創造力 =E-

神話保持 =中国神話S+・イラン神話S+・クトゥルフ神話(測定不可)精霊伝承(測定不可)=(正しくは神話では無いが精霊との契約も可能・前者の資質と合わせても過去にここまでの資質は確認されていない)

契約種族性=悪神S+・主神S+(主神S+により全種族と契約可能)+混沌の獣S+(天地開闢の時代の獣に無条件に愛される特性)精霊S+(精霊に無条件に愛される特性)

否定神話 =なし

魂保有属性=混沌



「うわ、何か増えた」

と言うか術構成力=E-……術創造力=E-……前より酷くなっている、他の文字が目に入らないぐらいのショック、やっぱやり直しをしなければ良かった!……悲しい気持ちになる。

どんよりとしたモノが心に重く圧し掛かる、今回はしっかりと魔力を流し込んだ、横で見ていた二人も無言で頷いていたし失敗は絶対に無い、そしてこの結果、最悪だっ!

二人を見ると顔を真っ青にしたままかたまっている、カチカチだ、カチコチ――かたまっている、ツンツンと二人の頬を突く、ぷにぷに、ツルツルー、二人とも柔肌です。

ブツブツと呪詛のような言葉を吐きだしている二人が不気味……体を揺すっても軽く叩いてみても反応が無い、えーっと、どうして?――紙を奪う様にして取り戻す、これが悪いっ!

「――って、みんな寝てるし」

俺の使い魔たちは退屈な話に飽きたのか日溜まりで三匹仲良く丸まっている、ぽかぽか、渾沌は鳥モードからわんわんモードに変化している、白い尻尾をぱたぱたと揺らして幸せそう。

ヒイシは渾沌の体に覆いかぶさるようにして寝ている、渾沌大好きっ娘め!――帝鴻も渾沌の頭の上で羽をたたんで――うん、仕方ない、俺も退屈だったもの、これ!

人の才能を数値化しようとするその考えがあんまり好きじゃない、これだと俺の将来性が皆無の様に思える、かーさんに見せたら悲しんで無言で触手攻撃をして来そう、怖いなぁ。

かーさんや家族に見せるのは駄目だな、からかうような奴もいるし、指定用紙を乱暴にポケットにしまい込む、シワになるだろうけど別にいいや……彼女と親友は仲良くカチコチだし、使い魔たちは仲良く寝ているし。

ああ、ちょっと学園でも見て回るかなーーー、誰もいない学校って逆に興味が出てくる!――――みんなを放置して廊下に出る。

「しかしS+ってのはいいのか……並びで言えばEより下だよな、ABCD~、うん、俺、ダメダメじゃんか、くそぅー、しかも測定不可ってなんだろー」

あまりに才能が無さ過ぎて測定出来ないとか?うーん、後で誰かに聞いてみよう。






「やぁ、少年」

食堂でカッ○ヌードルを貪っていたら急に話しかけられてびっくり、休日はお湯すらも用意していないので勝手にヤカンを拝借して勝手に沸かせた。

シーフード味、クトゥルフ味、それが大好き、ズルズルと勢いよく食堂の真ん中で啜っていたら突然の声、でも麺はちゃんと噛む、もぐもぐ。

北条学園の食堂は新しくてオシャレでとても広い、食堂の入口には多くの自動販売機が立ち並んでいるし、食堂の中はホテルの中のレストランのように"ちゃんと"している。

普段は何となく緊張してしまうそこだけど、今日は誰もいないから入り口でカッ○ヌードルを買って……そう思って、実行して、そして声、可愛い声、前に聞いた事のある声。

いつの間にか俺の向かいのテーブルで上半身をだらしなくテーブルの上に預けてにゃーとしている少女が一人、凄くだらしない、なんつーか……猫のようだ、にゃーなのだ。

「生徒会長だ!」

「そうです、私が生徒会長だ」

異形と言っても良い程の姿、一度目にすれば記憶から絶対に消えない姿、艶やかな鴉の羽のような色合いの黒髪に透けるような白い肌、真っ赤な唇。

全身に刻まれた赤い、紅い……血のような色をした多くの"証"……白い肌を侵食するように浮き出た文字たちは絶え間なく点滅を繰り返している。

瞳の中にも渦巻く"証"のせいで本来なら黒のはずの瞳が赤色に見える、でも少しだけ黒い部分もあるわけで―――その瞳で俺を見てるわけで、うーん、異形の美人だ。

人間って言うより俺の家族や友達の幻想に近いような印象を持ってしまう、人間離れした容姿もだけど、その立ち振る舞いや所作が人間味を欠いているような……難しいナー。

「小指に私の髪をまだ巻いてくれているのか、魔力で強化したから丈夫だろう?」

「ずるずるずるずる」

「えーと」

「ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる、けぷ、ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる」

「うん」

「ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる、ごくごく、ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる」

「食べ盛りの子供を舐めていた、まずは食べ終わるまできみを観察するとしよう」

ニコニコと、人の良い笑みを浮かべる生徒会長……いつもは鋭利で冷徹な感じだけど、話して見るといつも"違うなー"って思う、外面と中身が全然違う、何か面白い人。

なんとなく、飲みかけのコップをそっと生徒会長の頭の上に置いてみる、『お、おお!?』何だか驚いています、全生徒が敬う生徒会長に俺は何をしているんだろうか?

落とさない様にぴたりと動くのをやめる生徒会長、上半身は机の上にびろーんと倒したままで、時折『お、お?』と焦るような声、コップが落ちない様に意識を集中させているみたい。

「き、きみは……また刻印を、おっと、あっと、増やして、使い魔も、ととっ、増やしたみたいだね」

「ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる、はふ、ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる」

麺が無くなって、汁をごくごくと全部飲んで、お腹をぽんぽんと叩く、生徒会長の言葉に頷きながら……家では全てが手料理だから、贅沢だと知っていてもこんなものが食べたくなる。

うん、満足、帰りに幾つか買って帰ろう……生徒会長の努力に敬意を表して頭を垂れながらコップを手にする、ありがたや……でも少し零れて生徒会長の頭が濡れてしまう、ハンカチを取り出してふきふきしてあげる。

『うーうーうー』……生徒会長は威嚇している、生徒会長と言うよりはせいとかいちょーって感じ、なのでかいちょーと呼ぼうと強く決心する。

仲良くなりたいです。






pixivで知り合いがかーさんを描いてくれました、この作品のタイトルで検索すれば出るかも、よろしければどーぞ、時間がないので感想の返信は今回も無しで!すいません。



[1442] Re[40]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/06 12:24
実に美味しいラーメンでございました、けぷっ、息を吐きながら目の前のかいちょーに向き直る、ニコニコ、途轍もなく素敵な笑顔です。

その理由としてはかいちょーの頭に零した水を拭くのにハンカチを取り出した時に丸めた指定用紙を落としてしまった、机の上でコロコロと転がったソレを拾い上げたかいちょーは自然な動作でそれを広げてふむふむと言いながら見て、にっこり。

うん、他の二人とは違う反応、やっぱりかいちょーぐらいになるとこんなのも見慣れているのかなー、あはは、俺って才能無くて、恥ずかしいー、そう口にしたら頭をぺちっと叩かれた……痛くは無いけど、何か変な気持ち。

じーっと、まだ指定用紙を見ているかいちょー、誤魔化そうと思ったけど名前が書かれているから無理だし、どうしよう……学園を追い出されるとかそんな嫌な可能性が頭に浮かぶ、それは凄く嫌だっ!

「これは……素晴らしい」

「え」

「ここまで狂った資質を見るのは自分以外では初めてだ、方向性は違うが、私の同族と言っても過言では無い」

頬をバラ色に染めて鼻息荒く力説するかいちょー、小鼻がぴくぴくして愛らしい、机の上に身を乗り出して来たかいちょーは本当に嬉しそう、かいちょーも成績悪いの?

うーん、もしかして俺の見方が違うのかな?でも、どうでもいいや――自分に才能が無いのは誰よりも知ってるし、かいちょーが嬉しいのならそれでいいや、何でもいいです。

基本的に自分には無頓着な俺なのだ、コップに水を注いで椅子に座る、瞳を閉じて自分の言葉に酔っているかいちょーは俺が席を立った事すら気付いていない、おおぅ。

「かいちょー、少し落ち着いて、白湯を持ってきたから……これでも飲んで」

「おおぅ!?―――――――ずずっ」

「…………俺は水、うん、水美味しい、水道水美味しい」

「白湯は落ち着くなぁ、時にきみ」

びしっ、湯呑をコトンと机の上に置いた後に指でびしっ!――効果音の女と名付けよう、しかしかいちょーは可愛いなぁ、こんなにおもしろおかしな人格だったとは!

駄目だ駄目だ、少し好きになりかけている自分がいる、艶やかな鴉の羽のような色合いの黒髪に白磁の肌、真っ赤な唇……全身に刻まれた血のような色をした多くの証。

渦巻く"証"のせいで薄っすらと赤く光る瞳、その全てが可愛らしい、しかし困った――手が勝手に動いてかいちょーの頭をポンポンと叩いてしまっている、撫でてしまっている。

「おお!?」

「さわさわ、さわさわ、さわさわ、かいちょー、かいちょー」

「うん、これもこれで素晴らしい、些か照れるが……――――嫌いでは無いな」

「かいちょーと仲良くしたい」

「ほぅ」

「と言ってみる俺」

「なるほど、なるほど」

コクコクと頭を撫でられながらも頷くかいちょー、にゃーと言いながら骨抜きになる、イメージ崩壊、しかも完全崩壊、でも仲良くなるには既存のイメージなんて必要ないのさ!

自分に自分で力説しながらかいちょーに問いかける、今日は休日なのに何をしてるの?と……『おしごと』それだけ、うん、そりゃ生徒会長だもんな、俺みたいな駄目な生徒と違って忙しいのだろうと納得する。

「はっ!?」

「ど、どうしたかいちょー!」

「いや、躾けられている……私がっ!と気付いて震撼したのだが、がたがた、ぶるぶる、ふむぅうう、私の体は現人神故に主神S+の"ちーと"なアレに参っているのか?」

「ちーと?」

「いやいや、それならそれで面白い、私の"主"探しの手間が省ける」

「????」

「"私"と契約をしろ」

ん――?会話の流れがおかしいぞ、人間と人間で契約って出来ないだろう、かいちょーは何を言ってるんだろう?俺の頭の中に大量の?マークが出現する、しかも消えない。

色々と考えて、自分なりに答えを出そうとするけど答えがまったく浮かばない、かいちょー、頭を撫で過ぎて脳みその具合がおかしくなった?凄く失礼な事を考えたりする。

生徒会長『ヘルヴォール』………俺の事を気にいった!と以前に、そして今回のコレ、からかってるのかなぁ、俺は人の機微に疎いので上手に言葉の意図が読み取れない、人間の世界って難しい、とても難しい。

「けいやく、それって友達になろうって意味?」

「ぷっ」

「あ、えと」

「あはははははははははは、成程、やっと見つけた同族は私と正反対、つまりは鈍感らしい!これもまた面白い、きみは面白い、うりうり」

「い、いひゃい」

むにーと頬を抓られて俺は涙を流しながら唸る、思いっ切り、千切れるんじゃないかってぐらいにむぎーっと、綺麗に整えられた爪も食い込んで痛いし。

うーうーうーと痛みを口で訴える俺、かいちょーの言葉や行動が急にあやふやになって、俺は振り回されてばかり、またコップを頭の上に置くぞ。

「そうだな、きみがそう思うならいいだろう、友達って意味でもな、ナージェジダや他の者に取られる前に、きみを私の主にしたいと素直に思う」

「は、はぁ」

「つまりは主従の愛がここに芽生えていると言う事だ、それに魔力タンクの役割も担ってあげよう、その髪の指輪と契約によりきみの魔力は底上げされる」

「う、うーん、かいちょーがしたいのならいいけど、痛い?怖くない?」

「"許可"したな、くはは、大丈夫」

トンっ、胸を手で押される、渾沌と契約した時のような感覚、相手が自分をこじ開けて来る感覚、良くわからないけど――いいか、かいちょーならおかしな事をしないだろうし。

ずるずると入り込んで来る魔力を受け入れて、俺も自然とずるずると魔力を流し込む、これって渾沌とした契約だよな?かいちょーは人間、じゃあ違うか、わけがわかんないっ!

呆気無くその"契約"は終わる、渾沌とは反対側に契約の証……赤い螺旋文字が渦巻く、ぐるぐるー、服の下のそれが何故かわかるのだ……そして渾沌の証とは違って皮膚に溶けるように消えてゆく映像が浮かぶ。

「学園の人間にもきみの使い魔にもばれない様に契約した、言ったら駄目だぞ?――これできみは生徒会長である私の生涯の主と言うわけだ、よろしく頼むよ」

「えーと、えと」

「今はわからなくていい、正式な使い魔としては私が二番手か――いや、他の二つの契約には細工がしてあったな、ああ、言葉使いは……敬語にした方がいいか?」

「普通でいいよ!さっぱりだ、かいちょーはさっぱり過ぎる、わけがわかんない」

体に何か変な事をされた、それぐらいの意識、でもあまり楽しい事では無い――少し語気を荒げると『おお、こわいこわい』とおどけて見せる、もう、怒るに怒れないじゃんか!

かいちょーは実に幸せそう、頬も薔薇色、にんまり笑う、隠しきれない喜びが体の中心から溢れ出ているようだ、かいちょーも乙女だなぁ、ヒイシのようだ、少し思う。

「さて、それでは私は去るとしよう、仕事が残っているのでな、ああ、それときみの記憶を読んで事情は把握している、恐ろしい経歴だと笑うしかないが、次の登校日に生徒会に遊びに来なさい」

「御仕置き!?」

「さぁて、どうだろうな、それと人の頭の上にコップを置いたら駄目だぞ」

やっぱり御仕置きっぽい!






チラシの裏にネタものを書きました、よければ見てやって下さいー。



[1442] Re[41]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/18 20:10
まさか道に迷うとは!――この年齢になって……―――えっと、ダメだっ!いつもポケーっと仲間の後を追っている自分のバカっ。

灰色の建物の中を不安を抱えながら歩く、ここは何処なんだろう、確実に召喚科の建物では無い、うーん、困ったぞ!――頭を掻きながら足を進める。

かいちょーと別れて散歩中、あっちの世界に帰るにはまだ早い、ガラスの向こう側に映る空は青く高く広い―――――こんなにも素晴らしい空なのに幻想がいなくなった世界。

「んぁ」

いかんいかん、立ち止まって空を見ていたら眠りかけた!体質的にはお子様な俺――お昼寝がしたいとかこっちの世界では気軽に言えない、みんなにバカにされる。

ああ、そうか、使い魔のみんなの魔力を辿れば良いんだ!特にヒイシから流れて来る力の波動は無駄に大きい、こんな俺にだって位置の把握は余裕なのです、にや。

自分の名案に感心して頷いていると突然地面が大きく揺れる――ぱらぱらと天井から埃が……ソレを見上げながら驚く、何だろ?――あっちの方から凄い音がする。

ああ、自分の性格は臆病だとちゃんと自覚している、けれどそれを上回る好奇心がある事もちゃんと知っている――誰に言い訳しているのかわからないけど、体勢を立て直す――興味がある!

えーっと、こっちは………何科だろう?――うん、取り合えず行ってみよう、音のする方へ向かう途中、また地面が大きく揺れる、ぱらぱら、校舎の心配をしてしまう程に激しい揺れ。

「失礼しまーす」

意外です、辿り着いたのは体育館、見知った場所に辿り着いた安堵と中で何が起こっているんだろうって不安、その両方を同時に抱えながら扉を開ける、鉄のソレは僅かな抵抗の後に呆気無く開く。

「おや、ストップ」

「へぶぁ!?」

吹っ飛ぶ影、いい感じの声を上げながら天高く舞い上がる――ストップって口にしているけど行動は反対だよね?――吹っ飛んでいる女性、大きな西洋剣を鞘に収めたままニッコリと笑う少女、全てが非現実的で、思わず目を逸らしてしまう。

糸の切れた操り人形のようなポーズで床に落下する女性、入学の手続きの時に見た事がある……学園長、魔術師であり召喚士であり精霊使いであり仙人であり冒険家であり"人間"であり――その全てを極めた稀代の女傑。

北条瑛子(ほうじょうえいこ)……北条学園の支配者が地面に突っ伏している姿を見る事になるなんて――つーか、今日は有名人にばかり会う日だなぁ。

「おや、君は――えーっと」

「?――あのぅ、そこで小刻みに痙攣している学園長を放置しながら笑顔で問いかけられても困るんですけど!」

「ああ、瑛子、いつまで寝てるんだ、ゴキブリのような生命力で復活するのがお前の特技じゃないか、はは、ほら、ほら」

げしげし、痙攣している学園長に容赦の無いヤクザキック、この少女は一体――学園長にこの態度、このヤクザキック、よっぽど親しい相手なのだろうか?――でも、学園では見た事が無い、年齢的に俺よりも年下に見えるけどきっと違う!

俺の感が告げている――かーさんが本気で怒った時に見せる様な圧倒的な力を感じる――"世界に許されない力"

でもヤクザキック、げしげしげしっ、学園長がすぐに起きない事に気を悪くしたのかキックの質が変わって来る、先程までは目覚めの為のキック、今は殺す為の本気の蹴り、おお、何て事だ!

その度に少女の赤いマントが宙を舞う、使い古されて色の薄くなったソレだけど、何処か王者を思わせる様な煌びやかな金の刺繍のされたマント、この少女に良く似合っている。

男の子のように短く切り揃えられた金髪、艶やかさは無く色の抜け落ちたソレがボーイッシュな雰囲気と良く合わさっている、そして白磁のきめ細やかな肌が彼女が少女である事を強く誇示している。

そこには浅い傷が幾つもも刻まれている、痛々しいと言うよりはヤンチャな印象、10歳に満たないんじゃないかって姿で身長はかなり低い、マントを少し引き摺っているし――うーん。

切れ長の瞳は大地を思わせる様な濃い土色、強い意志を示すように形の良い眉と長い睫毛――何処か戦いの匂いをさせる少女だが、恐ろしく美少女だ、かいちょーもボーディケア達も恐ろしく整った容姿をしている。

けど、彼女はさらに別次元の美しさだ、戦女神――柄にもない事を思って苦笑する、かーさんやヒイシ、渾沌にすら負けていない容姿。

ごくり、改めて認識、少し緊張する――簡易な鎧のようなものを上半身に纏い、素っ気ない半ズボンに黒い本格的なブーツ、服装は地味なのに隠しきれない美しさ!――人間?じゃないよなぁー、でも幻想とも違う――何だろ。

「うぅぅ、ラインの愛情(ヤクザキック)が幸せすぎてたまりません――ハァハァ、確実に急所を狙う残虐性に胸がキュンキュン――!!」

「よーし、全世界の"精霊"を使役して塵芥も残さず、最果の世界へと退場して貰おう――大丈夫、墓はアイスの当たり棒にしてあげる」

「ひぃぃいいい、死後の扱いが納得出来ませんっ!」

何だろ、このやり取り――学園長ってもっと威厳に満ちた女性だったような、魔力で容姿を『永遠の18歳』に固定した彼女を見る――スーツにハイヒールにインテリ眼鏡に整った容姿。

間違いなく俺の知っている"北条瑛子"だ、従えている使い魔の多くは世界を滅ぼせる最強のカテゴリーの『雷神』、本人の魔力属性も"雷"ってチートなお方、あらゆる魔術大系を極めてしまった天才!

なのにゲシゲシと自分より年下の姿をした少女に蹴られて喘いでいる、良かった、使い魔もボーディケア達もいなくて、しかし"精霊"かぁ……精霊使いなのかな?

「ふぅ、蹴るの、疲れちゃった」

「け、けふっ」(白目

「――ああ、殺してしまったかな」

――恐ろしい会話だ、俺の生まれ育った環境も中々に強烈だけど、目の前の少女は単体でそれに匹敵する、逃げ出したい衝動を抑えながら何とか対峙する、圧倒的な現実と。

生徒として学園長を助けた方がいいのかな?でも、戦って勝てる自信がまったく無い、皆無――そんな事を考えていると学園長がゆっくりと立ち上がる、おぉ、不死鳥の如く!

「良かった、オレは人殺しは大嫌いなのさ――お前は人じゃないから大丈夫!と無理やり納得する所だったよ」

「はぁはぁ、使い魔に供給している魔力を全て回復に使いましたから!あの子たちは今頃、干上がってます」

「可哀相に」

「あ、あのぅ」

「「!」」

このままでは放置されたまま無駄に時間が流れる、俺も暇では無いので挙手しながら恐る恐る話しかける、二人とも急にこちらを向くから緊張してしまう――示し合わせたかのような見事なタイミングだ。

俺と同じ人種らしい学園長は眼元にかかった前髪を煩わしそうに払いのけながら俺を見下ろす、黒い瞳、無機質な黒曜石を思わせる様な綺麗だけど優しさの無い瞳――コワイです。

「あら、貴方は――」

「はぁ」

「化け物に育てられた化け物少年の田中太郎くん!」

「ぐはぁ!?」

使い魔を従えている人間の発言とは思えないっ、俺が胸を押さえながら膝をつくと愉快そうにケラケラと笑う、事務的な会話しかした事が無かったけど……こんな人だったのか!

あの頃は人間がどんな生き物かわからずに、素直に自分の経歴を全て話してしまった――親しい友人と彼女だけが俺の秘密を知っている、内包世界で生まれ育った俺の秘密を。

「ああ、この子が噂の――ふーん、確かに面白い属性に面白い使い魔、面白い資質、見える、見えるけど――精霊にも愛されているようだ」

「え、マジですか!?召喚科にしたのは失敗ですかね」

「自分の学園の生徒がどんな資質を持っているのかちゃんと調べないと駄目、あああ、と言う事は"彼"の幼馴染か」

「?」

幼馴染――いるにはいるけど、どうして俺とかーさんしか知らないその事実を彼女が知っているんだろう?――警戒する、髪が逆立つような感覚、人間は怖い、だから警戒しないと。

自分一人の事なら何だって良い、けど、大切な存在に害が及ぶのなら話は違う、心が渇いてゆくイメージ。

「ああ、そんなに警戒しなくてもいいよ、オレは彼の"育ての親"の一人さ―――君にとってあの神話の神たちが親であるように、オレは彼の母親であり姉であり家族なんだよ」

「あ」

「世界調停任意者・ラインフル・中条――この名前を彼から聞いた事は無い?」

クスクス、邪気の無い笑い声、聞いた事がある……俺のたった一人の幼馴染の育ての親の一人、全ての精霊を従えて最強の魔剣を振るって、世界の敵と戦う最強のヒーロー。

高位の幻想ですら彼女と対峙すると恐怖で震えあがると言う、幼馴染云々は関係無く、この学園に入学してから嫌と言うほどその名前を聞いた、この世界の勇者。

この学園の姉妹校である五常宗麟学園(ごじょうそうりんがくえん)の抱える最強の兵器、でもやっぱり俺にとっては幼馴染の口から出る人名でしか無くて、頭が痛くなる、うー。

「き、聞いた事ある!」

「そうか、"恭輔くん"は俺の事が大好きだからね、愛しているからね、愛し合っているからね、何処でも何時でもオレの名前を口にするからさ、ああ、困った子だ」

クネクネ、嬉しそうに体を震わせるラインフルさん、年相応の仕種とも言えるし、見た目的には少し早いんじゃない?って感じも受ける――どちらにせよ、意外な人物との遭遇に混乱してしまう。

それにしても愛され過ぎだろう――きょう、キョウ、きょー、きょー!!―――幼い時の自分の声が聞こえてくるようだ、きょーの関係者は物騒な連中ばかり………らしい、トラブルに巻き込まれそうになったらメールしろと言われているけど。

今はどうなんだろう?

「ふえー、内包世界の生まれってだけでも面白いのに、ラインとも知り合いだとは驚きましたね、流石は私、見る目と才能がある」

学園長……"才能"は今は関係ない、話を聞くとここの精霊使い科の外部講師としてラインフルさんは一ヶ月に一度様子を見に来るらしい、いつもは世界中を駆け回って世界の敵と戦ってるとか――ヤクザキックで?

だけど今日は休校日、それを伝えるのを忘れていた学園長に怒りをぶつけていたとか――二人は五常宗麟学園の同期だったらしい、だから仲良しなのかー、ヤクザキックを無表情でするのも、それを受けて恍惚に喘ぐのも仲良しだから……うん。

やっぱりそれは違うように思える、ついでに俺も同じく勘違いで学園に来ましたと言ったら指さしでバカにされた。

「きょーの知り合いとこの世界で出会った場合、迷惑をかける前に連絡するように言われてます!」

「あははははは、オレが恭輔くんに間接的であろうが迷惑をかけるなんて事はないよ、他のバカとカスとゴミ達の事でしょう?それに君は恭輔くんの大切な親友なのだから、"逃がさない"――好感度の為に――」

「……ないほうせかいにかえりたい」

「こらこら、ライン、うちの生徒を威嚇しないで下さい、勇者って自称してても必殺技がヤクザキックの時点でヤクザなのですから」

「そんな事実は無いさっ!」

取り合えず、二人が口論している内に――、取り合えず、ラインフルさんが学園長に足払いを仕掛けている内に――、取り合えず学園長に馬乗りになって剣の柄を顔に振り下ろす前に……メール、送信!!

『キョー、タスケテー』

――これが限界だっ、学園長の顔面が軋む音が背後から聞こえる、ああ、かーさんのクリームシチューが食べたい、あははは、きょー、お前の姉さんは頭がいい感じだぞ!いい感じにアレだぞ!

はぁはぁ、荒い息を吐きだすラインフルさんと血塗れになった学園長、おおぅ、魔力で回復をしているのか学園長の"凹んだ"顔面が軋む、グロっ、モザイク、モザイク処理お願いします!

「ふぅ、下がコンクリートだとよりダメージを与え――ん?何をしてるの?」

「ひぃ!?」

「恭輔くんにメールでも送ったのかな、助けて、そんな感じのメール、オレが原因とわかれば好感度が下がる、それはいけない」

「あ、あのぅ」

「"だいじょーぶ"――そう送るんだ、いいね?」

「あ、う――はい」

がくり、血塗れの学園長を見て抵抗する気力を削がれる、言われた通りのメールを送信する、暫くして『そいつは良かったな、今度遊ぼうぜー』とメールが届く。

つい嬉しくなってしまう、『うん』と短めに返信して巨大な敵に向き直る、嬉しい事と怖い事が同時に起こって混乱中、しかしこの人と向き直るとわかる――有り得ない数の精霊を纏っている。

俺の刻印の力が霞むぐらいに……思わず凄いですねと口にしてしまう、ラインフルさんは『そんな風に生まれたからね』と素っ気ない返事、あー成程。

「そんな君も素晴らしい素質があるさ、よし、決めた、君に精霊術を教えて上げよう」

「ええぇー」

「――ほう、不服なのかな?」

ぎろり、見上げられる形だけど見下されている感覚、ダメだ――この人は苦手だ、初めて会うタイプ、まるで全てがこの人の思うように進行する――勇者、成程、世界に認められた人。

だったら俺に否定なんて出来るはずが無く、黙って頷くのだった――きょー、俺、死ぬかも。

「ち、血が止まりません」

学園長も死ぬかも。



[1442] Re[42]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/19 16:11
俺の登校する日に合わせてラインフルさんが学校に来る――そして精霊術を教えてくれる――俺には魔術の才能は皆無だけど精霊術と仙術の才能は『そこそこ』あるらしい。

仙術の方に関しては次回に『こっこ』って人を講師として連れて来るとか、またきょーの関係者っぽいし、本当、きょーの言う通り、トラブルばかり――おおう。

今日は一冊の本を渡されただけ、次回までに全てに目を通しておくようにと言われた、指を立てながらえっへんって具合で言われた――成程、確かにお姉さんっぽい、幼女だけど!

「じゃあね」

あっさりと別れの言葉を告げてラインフルさんは体に強力な魔力を纏い天井をぶち抜いて青い空へと消えていった、学園長が顔を青褪めさせて『修理費が――』とぐしゅぐしゅと顔を歪ませて泣いていた。

しかし俺だけ特別講師に特別授業を受ける羽目になるなんて、自分と"こっこ"って人の事を師匠と呼ぶように!と言われた。

そして小声で『ふ、好感度、好感度、好感度!』と最後の一言は小声から絶叫に変わっていた、かーさん、現実世界は怖い所です、お家に帰るっ!

「あの、学園長?」

「うぅ、ラインは昔からいつもそうなんです、神に愛された異端の才、人ではない老化しない体、才能だけでいつも私の上を行って、努力もしないで人に慕われて、挙句の果てに私の作り上げた学園すら傷つける……――」

「――学園長」

「でもそこがたまらなく可愛いっ!ふふふふふふ、今日もラインに蹴られている最中に太ももを舐めまわすかのように見てやりましたよ!はぁはぁ、たまりません、ライン、可愛いですよライン!」

「…………」

あ、ダメだこの人、スーツが皺だらけになるのも気にしないで荒れた床の上を転げ回っている、自分より年上の女性が涎を垂らして髪を振りまわしながら悦に浸る様はこんなにも……ああ、この姿を他の生徒に見られたらどうする気なんだろう?

しかしラインフルさんの事が本当に好きなんだな学園長、そこだけ考えると優しい気持ちになれるけど、実際に行動を見ると目を背けたくなる奇行ばかり、俺を簡単に学園に受け入れてくれるはずだ!この人の方が俺なんかよりおかしい!

取り合えず、この人にこれ以上関わると不幸になりそうなので見つからない様にゆっくりと後ずさる――開けっぱなしの扉から去ろうとした瞬間、学園長が俺を呼び止める。

今までと違う口調、思わず、素直に足を止めてしまう――手に持った本に汗が滲む。

「っと、冗談は置いといて、ラインから力の使い方を教わるのは良い事です、君の才能は幼く巨大で異能、この学園のシステムでは君一人だけを特別に扱うのには限界がありますから――ラインの気紛れだとしても素直に受け入れる事です」

「――それは」

「召喚士と精霊使いの両方を学び、ふふ、それが完成した時の呼び名も決めておかないと、ねぇ?力が余り過ぎて、すぐに壊れてしまう君の幼馴染のようにはなりたくないでしょう?ふふ」

「失礼します!」

イラッとしたので声を荒げて退場する、ラインフルさんはきょーの事を知ってるけど、学園長はきょーの事を知らないはず、なのに全てを見透かしたような発言、きょーは脆くてすぐに心を壊してしまうけど――他人に笑われる筋合いは無い。

「人外に育てられた者が寄り添うか――」

学園長の言葉は鋭利に尖った氷を連想させた――少し、頑張ろうと思った。






お家に帰るっ!――教室に戻ったらボーディケアもフォルケールの姿も無かった、渾沌の話では自分たちが目覚めた時には既にいなかったらしい。

仙術と言えば渾沌に教わるのも良いかも、でも教師を用意してくれると言ったし、失礼に当たるか――ヒイシが体を擦りつけて来るのを手でけん制する――獣の特性!

いつものように屋上から内包世界に帰って、かーさんとご飯を食べて、お風呂に入って、使い魔たちが寝たのを確認してからベッドから抜け出す、手には読むように言われた精霊術の本!――トイレでこっそり読んだ!

内包世界の夜は深く暗い、しかし僅かな月の光と屋敷の灯りがソレをかき消してくれる、庭に出て息を吐く――沢山な事があった、沢山な事があり過ぎて抱えきれない程の――。

「我輩は騙せないがな」

「うげ、渾沌」

「はぁー、いい、そんなに怖がらなくても――我輩は自分の主が何を考えているかすぐに理解出来る、新たな使い魔、精霊の刻印、それは増えてゆく力だ、タロー、焦っても無意味だぞ?」

じゃり、砂を踏みしめる音と優しい声、鈴の音を思わせる様ないつまでも聞いていたい声、振り向けば人間形態の渾沌が呆れた様な顔をして立っている――いや、確実に呆れている!

夕焼けの色をそのまま切り取ったかのような鮮やかな色彩を宿した瞳が俺を貫く、隠し事は苦手だ、そして渾沌に隠し事をするのは苦手だし不可能に近い、俺は観念したと溜息を吐いて事情を説明する。

かいちょーと変な『契約』をした事、知り合いの親に強制的に弟子にされた事、精霊術と仙術を学ぶ事――自分と同じように人外に育てられたきょーの事。

「成程」

「うぅぅ」

「我輩の知らぬ間に勝手に危険な事をするのはタローの常だ、しかし――どうしたタロー、我輩が会った頃のタローはもっと"幻想"寄りの性格だったはずだが」

人の縁に縛られてそれに頭を抱えて努力をして解決しようとする――言われてみれば確かに『人間』らしい行いのように思える、でも俺は人間だから間違いではないよな?

これが成長なのかその逆なのか自分では判断出来ない、渾沌はふっと強張った表情を崩して急に優しい顔になる――、寄り添うように庭の木にもたれ掛りながら渾沌は笑う、可愛い。

「そうか、タローが何を恐れているのか我輩には何となくわかる――きっと、自分やその"きょー"と呼ばれる存在が人の世で浮いている事が怖くなったのだろう」

「……でも、俺の暮らす場所は内包世界だし」

「しかし人間が住まうのは現実世界だからな、幼馴染殿もあちらの世界で暮らしているのだろう?――さらにタローには学友がいる、自分の辿って来た『普通』では無い人生、疑問を覚えるのも当然だ、不安をかき消すように力を求めるのもな」

確かに以前の俺だったら精霊術なんて学ぼうとしなかった、精霊と仲良くなるのは嬉しいけど、術を使って操るってのは何か違うように思える――俺は変わってしまったのか?

うーうーうーー、変わる事がコワイ、なので唸る、渾沌は仕方が無いなぁとまた笑う、式服の裾をぎゅっと握る――あちらの世界はあまりに物事が多過ぎて、俺はおかしくなってる!

「それもまた人間、我輩はそれでも良いと思う――タローの優しさは変わらんよ、我輩は確信を持ってそれを口に出来る」

「うー、どぉして?」

「我輩が救われたからさ、自信を持てタロー、そして出来る事なら我輩や皆に相談しろ、そして悩んで悩んで、自分のやりたい事を選べばいい」

「――っし!」

心が弾けた!立ち上がる、気合を入れて、えーっと、パラパラと精霊術の入門書を捲る、確かさっき見た時に――えーっと、俺の扱える精霊の種類は、サラマンダー、火に決めるっ!

『術構成力=E-』『術創造力=E-』――成程、どうしようもない自分の才能だけど、精霊術ならみんなが助けてくれる、書かれている術式を気持ちを込めて詠唱する。

だってそれしか出来ないし!工夫するとか簡略化とか絶対に無理っ!俺に出来る事は精霊に『たすけてー、たすけてー』と呼びかける事のみ!自分に才能が無い事はわかってる!

「精霊術の基本っ、精霊をかき集めてぶっ放す必殺技っ!――えーっと、えーっと、なんて術だっけ」

「我輩は知らんぞ?はは、そのままぶっ放せ」

「うえええ」

周囲の空気が慌ただしく変化する、俺の周囲に火花が散り赤色の魔力が渦巻きながら産声を上げる、サラマンダー達がクスクスと楽しそうに笑う、踊る。

サラマンダーは生物の死骸が変化して発生する精霊、多くは爬虫類のソレだ――炎を纏ったそいつらは俺の詠唱に反応してどんどん集まって来る、内包世界のあらゆる場所から恐ろしい速度で、自身の体に炎の魔力が漲る、熱さも痛みも感じ無い。

そして俺を囲うように地面にありがちな五芒星が刻まれる、力が循環してより洗練され強固になってゆく。

術――俺のイメージでは五芒星、黄金比を含んだ洗練された図形、素人の俺でも扱える魔法陣、ぱちぱちっ、赤い火花と紫電の煌めき、力が充電される――ここで撃たないと制御出来なくなる!こわっ!

「う、撃つ」

もっとカッコいい台詞が出て来ないのかと自分に苦笑、ああ、けど事実としてそれを放つ、左手の火の精霊の刻印が夜の闇を否定するかのようにオレンジ色に発光する、左手の上には空中で固定された火の精霊の力の塊。

ソレを空に向かって全力で放り投げる――木々がざわめき、砂埃が舞い、轟音が響き渡る、恐ろしい速度でぐんぐんと上昇する魔力の"ボール"――。

そして再度の轟音、地面が上下左右関係無く振動する、聞いた事の無い幻想たちの声がぎゃーぎゃーと森の中に響き渡る、空が一瞬、夜空を壊す夕焼け色に支配される――雲の真ん中に大穴が出来てしまった。

ポカーン、例えるならそんな感じ……俺は想像の上をゆく光景に体を震わせる、渾沌はおかしそうにクスクスと口に手を当てて上品な笑み、学校の教材で色んな攻撃用の魔術を見てきたけど今の術の威力はそれらの遥か上だ。

ぷすぷすと、左手から煙が上がる、術の残滓――やがて幻想達の声も静まり、静寂が戻って来る……雲を貫いた事実だけがそこにはあって、夢ではない事を俺に認識させる。

「う、うそ」

「流石は我輩の主」

渾沌の声は何処か誇らしげだった――うぅ、後できょーにメールしよう、そう言えばきょーはずっと現実世界にいるんだよなぁ、本人は普通に暮らしてるって言ってるけど。

うー、昔は弱虫だったし、女の子見たいだったし、虐められたりしてないかな、してないっていつも言うけど―――――『ほんとーにいじめられてないの?』

プスプス、煙が上がって無い方の腕で送信!ついでに渾沌にワンワン形態になって貰って携帯で撮影!――ふふ、可愛いだろ!

守りたい人が守れるような人間になれるのかもしれない、期待に胸が震えた。






内包世界を揺るがす程の衝撃――それは流石に言い過ぎだろう、だけどこの森を震わすには十分な威力、ふわふわと屋敷の上からソレを見つめる。

炎と氷の矛盾した存在、アフーム=ザーに近い刻印の要素、しかしながら放たれたのは純粋過ぎる赤い炎、あの子らしい、真っ直ぐに突き抜ける力――自慢の子だ。

「でふでふ」

しかし今の衝撃で屋敷の周りは無茶苦茶だ、木の葉やゴミが散乱している―――箒とちりとりを構えながら気合を入れる――ああ、それと。

流石は我が子でふ。






空が真っ赤に染まった、炎神か何かが"きがふれて"荒ぶったかと期待したが、その力の中に親友の気配を感じて大口を開けて笑った、転げまわって手足をばたつかせて。

その度に地面がひび割れ木々が薙ぎ倒されるが気にしない、成程、炎神ではと勘違いさせるほどの力の証明、人は成長する――少しだけ誇らしい、それは幻想には出来ない事だ。

「何だよ太郎、すげーじゃんか」

流石は俺様の親友。






地下の城へと連れて行こうとした悪神が抵抗した、なので痛めつけて四肢を切り離して、流れ出る血を止める為に傷口に石をねじ込んだ――痛みに絶叫するソレを見ていると地面が大きく揺れた――自身の好む闇が一瞬だけ世界から消える。

「―――そう」

クトゥグアには劣るが圧倒的な炎の力、苦手とするその力に本来なら苛立つ所だが己の弟の成した事となれば話は別だ――しかし、想像以上の力だ、これの何処が人間の子なのだろう?

嘲笑う、しかし、愛情が無いわけでは無い、それが人の認識する愛情では無いだけだ――クスクスクス、今日は良い日だ、心の底からそう思った。

哀れで愛しい弟。






ぴこぴこ、ゲーム音、電子的な音、それに集中している親戚の背中を見つめていると一瞬、空が赤く染まった気がした、カーテンを開けばそんな事は無く、夜の闇があるだけ。

「どうした?」

「巣食いはそこでゲームしてなさい、ゲームして目が疲れてシバシバしてなさい」

「むっ!」

「ふーん、ああ、そうなのか、"そうなのか"」

「ふんっ、頭が狂ったか」

笑いもしない、泣きもしない、ただ――何となくあいつの顔が浮かんだ―――おさえないと、だめだ、おれ――だめ。



[1442] Re[43]:太郎の育ての親は外なる神だってさ♪
Name: 黒いメロン◆0d68d2f7 ID:b0281bad
Date: 2011/07/22 23:01
今日はお休みっ!――ふぁーと欠伸をしながら腰を叩く、ぐぅぐぅ、犬、鹿、鳥、ソファーで丸まっているそいつ等を見てもう一度欠伸をする。

外はざーざーざーと雨が降り注いでいる、しとしとぴっちゃん、雨ならそんな音を期待するのに―――――残念だ、空に撃った魔力の塊、その復讐だと言わんばかりの降水量。

何だかドキドキしている、廊下に出てキョロキョロと周囲を見回す、携帯を見れば深夜の2時、あれ――普段ならまだぐっすり寝てる時間、困った、困ったぞ。

「しかし、驚いた」

ラインフルさんから貰った入門書、どうやら入門書では無くて精霊術に関して特殊な才能がある人間に特化した指南書らしい、ちなみに著者を見て絶句した、ラインフル・中条。

自分かよっ!っと突っ込んでしまった、前説で『精霊術の才能の無い人間は一般の魔道書を見てね!』と軽い感じて書かれていた……彼女は天才と皮肉ってた学園長の顔が浮かぶ、きっと、天才で容赦も無い、敵も多そうだ!

「ここまで来ると、全ての刻印が欲しいなー、四大精霊だけじゃなくて――雷の精霊とかいるのかなー、気になる、探して見ようかな?」

広い広い内包世界、そんな精霊もいるかも知れない――マイナーな精霊もいるかも、ラインフルさんは全ての精霊を扱えるんだろうなぁー、俺みたいな後天的な体質では無く生まれ持った素質、あの飛行能力を見ると魔術の扱いも凄いだろうし。

それに何より凄いのはあのヤクザキック、勇者のする事とは思えない、俺も何か失敗したらあんな風に蹴られるのだろうか?―――――急所を狙ったヤクザキックを……俺は学園長のような回復魔術が使えないのできっと――死ぬ、死にたく無い!

親友の母親に殺されるなんて嫌だ、きょー、あの人の扱い方が俺にはわからない!教えて貰っても俺には扱えないけど!……『こっこ』って人は常人でありますように。

「久しぶりにきょーに会いたいなぁ」

幼馴染の事を思うと表情が和らぐ、この感情に名前を付けるなら何て言えば良いだろう?……友情、違う、愛情、違う?……同族意識、それはどーだろうー、うん、わからないままだ。

いつか答えが出るのだろうか、守りたい人だけど、常に近くにいるわけでは無い、あっちの世界の学校に通うのを決めた大きな要素としてきょーに会えるからってのはある。

これだと俺がきょーの事を大好きみたいだっ!恥ずかしくなって頭を振る、ぷるぷるぷる――犬のような自分の姿が鏡に映る、うぅ、好きか嫌いかと問われたら好きだけどっ!だ、だ、だい――。

「あら、弟くん」

「うわ、えーと………ヴンヴロトっ!今日は殺し合って無いのか?」

「――――泉に沈めたけど、ダメかしら?」

「――え」

「浮かない様に重りをつけて、放り込んでやったけど、グラーキが嫌そうな顔をして睨んで来たわね、食べて良いわよ?って言ったら泉が赤く染まったけど、ええ、不思議」

ヴンヴロトの感情の無い声に俺はガタガタと震える、『ミイヴルス』と『ヴンヴロト』はいつも殺し合いをしている――我が家ってそんな奴らが多いなぁ、改めて考えると異常だ。

二人は地球の陸地が一つしかなかった頃に領地を巡って争っていたらしい、オリオン大星雲の中に封印されて内包世界に来てからもそれは変化していない――そして勝った方が負けた方をいつも庭の泉に沈める。

泉の中で生活しているメンバーからしたら物凄く迷惑、無論、強力な神なので中々死なとない、もしかしたら不死?――兎も角、グラーキたちの餌になっても翌日には復活している、何食わぬ顔で!

ヴンヴロト――何処か物憂げな雰囲気を醸し出している少女、見た目は14~15歳ぐらい、感情の見えない細められた金色の瞳とその下にある隈が特徴的、灰色の髪はモコモコのロングで鳥の巣のようだと家族に言われている。

腕の短さを証明するように長袖を着ていてダルダル!キョンシーのようだ――下は履いているのか?取り合えず、ブカブカの長袖と安いビニールサンダルが特徴的。

「あ、後で暇があったらミイヴルスを救出するよ!」

「おぉ、別にそんなに気を使わなくてもいいのに、弟くんは優しいねぇ、あああああ、"朝"が来るようだ――世界から光を消さない様に、私は寝ないと」

フラフラ、頼り無い足取り、お酒は飲んでいないけど千鳥足!!ヴンヴロトは世界の光を吸収してかき消す『光の虐殺』の異名を持つ神、彼女がいるだけで世界は闇に包まれる。

今も力を抑えているようだけど、周囲が点滅するように一瞬暗くなる、そして明るくなる……ふぁー、欠伸をしながらポテポテと去ってゆく後ろ姿を見る。

「つか、我が家の幻想はみんなおかしいなぁ」

神話的に仕方が無いけど!――ふと、泉に沈んだミイヴルスの事が気になった、かーさんには劣るけど発生させる瘴気の量が恐ろしい彼女――でも今は泉の下で噛み付かれている、色んな奴に!

――同郷の神々に瘴気とか関係ないもんなぁー、気が向いたら釣り針に引っかけて助けてあげよう!

「殺し合いばっか」

でもそれが愛情表現なら仕方無い、本人たちは仲が悪いって言ってるけど――友達だろうに、うん、友達は良いものだ――今日は久しぶりに新しい友達を探しに行こうかな。

『我輩も連れて行けっ!』『オレがいないと主役の不在になるぞ!』『あー、うるさいね』……三匹の使い魔の声が聞こえる、うん、たまには一人になりたい時もある、ある?

――バキッ、思考を遮るような粉砕音、真っ二つになった扉がゆっくりと倒れて木々の破片が宙を舞う、ああ、誰なのかすぐにわかってしまうっ!

「ちわー」

「アジ・ダハーカっ!」

「ちわー」

「くっ、おはよう」

「へへ」

こちらが挨拶を返さないと会話をしないつもりかっ!!面倒なので素直に従うと嬉しそうに八重歯を覗かせて笑う、外は雨がザーザー……なのに傘も持っていないのにまったく濡れていない。

また便利な魔法かっ、才能があって魔力のある奴は本当に凄いなー、不本意ながらややキラキラとした瞳でこいつを見てしまう、自分でわかる、キラキラっ!―――――アジ・ダハーカは『な、なんだよ』と少し後ずさる。

「つか、今日もその姿なんだな、後、扉は壊すな!」

「おう、可愛くね?そして扉って何の事だ?」

美しい少女、性を判断させにくい中性的な声は何故か驚くほどに耳に馴染む………艶やかな濡烏の髪は後頭部の高い場所で無造作に縛られている、俗に言うポニーテールって奴!!――いつも元気なこいつにはぴったりだ。

肌は恐ろしい程に白いのにくすみやシミと言った類の物は一切見当たらないし、髪型のせいでうなじや顔の輪郭が惜し気も無くさらされている、美少女、美幼女、兎に角、綺麗だ!

その美しさを自分で口にする自信!!だが納得、細面で涼しげな眼元、幼い体躯とは別に完璧な程に整っているその容姿は正に人外のモノ!かーさんのように人間には無い美しさだ。

そしてしっかりと通った涼しげな鼻筋、毛足の短い眉毛にツンと上を向いた長めのまつ毛、人が思い描く美少女という言葉を体現した姿、あまりに完璧過ぎて怖いぐらいだ。

赤々とした紅色の薄い唇は幼い少女が持つにはやや蠱惑的、大きな瞳、その瞳孔は人とは違い縦に細く細く伸びている、人間で言う白目の部分は見当たらない……爬虫類、こいつは竜だから―――多分それが理由だな!

虹彩のみで構成されたその人外の瞳を見ていると妙に落ち着かなくなる、左右の色が違うその瞳、右目が金色で左目が淡青色、しかしかながらそこにまったく違和感は無い。

虹彩異色症と呼ぶにはあまりにこの少女に似合いすぎている――八重歯を覗かせて笑う、白く整った歯並びも完ぺきである。

「うぅ」

「可愛いだろう!」

「ぐぅうう」

浴衣の袖から覗く腕は細く細く、やや青白く、陰鬱な色気をもわもわと醸し出している――、ぷかぷか、かーさんのように空中に浮きながら近づいてくる、そしてその手が俺の頬を撫でる。

ぷいっと顔を逸らす、けらけらけら、楽しそうな声、笑われている!

「もう、何だよ、からかうな!」

「あははははは、まあ、いいじゃねーか、昨日は面白いものを見させて貰ったからな!――俺様流の愛情表現さ」

「俺様"竜"??」

「ははは、違いねーな」

目尻に溜まった涙を拭いてアジ・ダハーカは再度笑う、さっきから笑ってばかり、どうしてこんな時間に家に来たのか、そもそも、扉をどうして粉砕したのか?疑問は尽き無い。

背中にある小さな竜の翼をパタパタとさせながらアジ・ダハーカは頬に指を当てて『うーん』と唸る、もしかして理由が無かったとか――勘弁してくれ、でもこいつらしいや。

「ん、おお!理由はねーぞ、折角来たんだ、遊ぼうぜ!」

「お前なぁ、全てが無茶苦茶だぞ!――はぁ、ちょっと待ってて、顔洗って来る!」

「おう!――変な幻想が沢山いる場所を見つけたんだ!行ってみようぜ!」

こいつが幼女の姿になってから、より振り回されるようになった気がする――それを口にするとアジ・ダハーカは『振り回されているのは俺様だぜ!』とまた笑った。

どーゆー事!


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