愚痴や自慢を対話にもっていく方法
ある自称青年部の方がこんな事を書き込んでいました。
“私は基本的に「誉めるのは皆の前で、叱る時は一人の時に」をしています”
http://megalodon.jp/2011-0719-1145-53/jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/8831/1240393774/925-
これは現場でなら、なかなか良い心がけだと思います。
しかし見ず知らずの人たちばかりのネットにおいてはどうでしょう。
皆の前とは? 一人の時とは?叱るとは?
皆の前(ネット)で過ちを犯していると思われる人に真意を問うためには直接的に
個人的なメールを送るのがスジだ と彼は述べているのだと思ますが、
そのように主張した自分は相手にメールをよこすことも無く、大々的に態度を批判する
コメントを公開されています。
中には論詰まりになると、本人に直接会うべきだ、とか、問題をおこしている人の地元の幹部に
訴えてみれば 等々問題の趣旨ではなく付随的な「書き込む側の態度論」にすり替えてまで、
自分たちが是々非々であるかのように主張されます。
でも実はこういったダブルスタンダード的な責任回避のやり方も、あまり褒められたものではありません。
主張している自分は動こうとしていないから(笑)
もともと公開されている話題なのですから、ぐいぐいその話に突っ込みを入れるとウソや
虚飾がよくわかります。
以下に紹介するのは元々男女間の恋愛の話のブログですが、対話をして「人の心を知る」上で
ツボを得ているので紹介します。
※自慢話するウザ男の「本来の実力」を露呈する悪魔の7つの質問とその手順 http://girl.sugoren.com/report/5_9.php
本文は長いので書き出します。
・まず、相手のビジョンを質問
・曖昧な回答をしたら、「具体的には?」と質問
・相手の内面について、質問
・自己評価を質問
・足りない部分を質問
・類似する再質問
・理想と現状の認識を質問
ただの愚痴話や自慢話に聞かされているだけなら苦痛ですよね。
自慢や愚痴というのは100%「過去の話」や「余所の事」なので、聞かされる人には
もうどうにもなりません。だからこそストレスと感じるのです。
また自慰的満足感だけが欲しい人はホンネを聞き出そうとされると必ず怒り出します。
自己満足に浸りたいからという理由で人巻き込む事が出来る人は、他者に対する配慮が
最初から欠如しています。
むしろ自分に対する配慮(礼儀)に対してだけは敏感なので困った事になるのです。
「ちゃんと聞かないか!」とか、たしなめられませんか?
自分で言い出しておいて説明来ない人は、感覚(感情)的にものをしゃべっています
から自分では解っているように感じているでしょうけれど、実際には正しく認識出来て
いないまま話をしている人が多い。だから脱線もしがちです。
聞く方は興味なくても、相づちだけうつ事をもとめられちゃえばたしかにストレスですよね。
会社の上司部下の間ならパワハラで訴えられるかもです(笑)
しかし考え方を変えてみれば積極的に、その話題に関わることで対話になるのです。
上記の例のように七つ目まで答えるような人なら、おいそれと愚痴や自慢はまず
言わないでしょう。自分の意識の中で解決できているのですから。
自称日蓮正宗門徒のように「知識」をひけらかしたいだけのタイプの人も同じです。
対話の主導権を渡したがらないのですぐに解ります(笑)
だれか他人に自分の心の一部を無条件で聞いて欲しい という根本真理がある自慢話
や愚痴。
嫌々つきあわされるぐらいなら、逆にその話題に突っ込みをいれてみるのもお互いに
有意義だとおもいます。
もしかすると、泥のようなネガティブトークから真理の華が咲き誇るかもしれません。

くれぐれも「相手の心根を知る」という目的を忘れないようにしてください。
激怒するようならば、そこまでの境涯(寛容性)の人なのです。
すぐに決着を付けようとする必要性もありません。時間も味方してくれることでしょう。
“私は基本的に「誉めるのは皆の前で、叱る時は一人の時に」をしています”
http://megalodon.jp/2011-0719-1145-53/jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/8831/1240393774/925-
これは現場でなら、なかなか良い心がけだと思います。
しかし見ず知らずの人たちばかりのネットにおいてはどうでしょう。
皆の前とは? 一人の時とは?叱るとは?
皆の前(ネット)で過ちを犯していると思われる人に真意を問うためには直接的に
個人的なメールを送るのがスジだ と彼は述べているのだと思ますが、
そのように主張した自分は相手にメールをよこすことも無く、大々的に態度を批判する
コメントを公開されています。
中には論詰まりになると、本人に直接会うべきだ、とか、問題をおこしている人の地元の幹部に
訴えてみれば 等々問題の趣旨ではなく付随的な「書き込む側の態度論」にすり替えてまで、
自分たちが是々非々であるかのように主張されます。
でも実はこういったダブルスタンダード的な責任回避のやり方も、あまり褒められたものではありません。
主張している自分は動こうとしていないから(笑)
もともと公開されている話題なのですから、ぐいぐいその話に突っ込みを入れるとウソや
虚飾がよくわかります。
以下に紹介するのは元々男女間の恋愛の話のブログですが、対話をして「人の心を知る」上で
ツボを得ているので紹介します。
※自慢話するウザ男の「本来の実力」を露呈する悪魔の7つの質問とその手順 http://girl.sugoren.com/report/5_9.php
本文は長いので書き出します。
・まず、相手のビジョンを質問
・曖昧な回答をしたら、「具体的には?」と質問
・相手の内面について、質問
・自己評価を質問
・足りない部分を質問
・類似する再質問
・理想と現状の認識を質問
ただの愚痴話や自慢話に聞かされているだけなら苦痛ですよね。
自慢や愚痴というのは100%「過去の話」や「余所の事」なので、聞かされる人には
もうどうにもなりません。だからこそストレスと感じるのです。
また自慰的満足感だけが欲しい人はホンネを聞き出そうとされると必ず怒り出します。
自己満足に浸りたいからという理由で人巻き込む事が出来る人は、他者に対する配慮が
最初から欠如しています。
むしろ自分に対する配慮(礼儀)に対してだけは敏感なので困った事になるのです。
「ちゃんと聞かないか!」とか、たしなめられませんか?
自分で言い出しておいて説明来ない人は、感覚(感情)的にものをしゃべっています
から自分では解っているように感じているでしょうけれど、実際には正しく認識出来て
いないまま話をしている人が多い。だから脱線もしがちです。
聞く方は興味なくても、相づちだけうつ事をもとめられちゃえばたしかにストレスですよね。
会社の上司部下の間ならパワハラで訴えられるかもです(笑)
しかし考え方を変えてみれば積極的に、その話題に関わることで対話になるのです。
上記の例のように七つ目まで答えるような人なら、おいそれと愚痴や自慢はまず
言わないでしょう。自分の意識の中で解決できているのですから。
自称日蓮正宗門徒のように「知識」をひけらかしたいだけのタイプの人も同じです。
対話の主導権を渡したがらないのですぐに解ります(笑)
だれか他人に自分の心の一部を無条件で聞いて欲しい という根本真理がある自慢話
や愚痴。
嫌々つきあわされるぐらいなら、逆にその話題に突っ込みをいれてみるのもお互いに
有意義だとおもいます。
もしかすると、泥のようなネガティブトークから真理の華が咲き誇るかもしれません。
くれぐれも「相手の心根を知る」という目的を忘れないようにしてください。
激怒するようならば、そこまでの境涯(寛容性)の人なのです。
すぐに決着を付けようとする必要性もありません。時間も味方してくれることでしょう。
by abehi-ken | 2011-07-22 15:25 | ネット観察 | Trackback