フランスは、クォーター制を含む積極的差別是正に懐疑的な意見が多い国だ。これは、1789年に発布されたフランス人権宣言の根底にある、普遍主義に帰するところが多い。
万人は平等という理念で、憲法第一条として「出身・人種・宗教の区別なしに、すべての市民に平等を保障する」と明記されている。国勢調査を例に挙げればわかりやすいかもしれない。フランスはヨーロッパ一の移民大国であるのに、肌の色や人種を記入する欄がない。すべての人種が平等というのとは少しニュアンスが違い、市民間でのそのような区別自体が公的には存在しないのだ。
そのため、ある特定のグループに属する人々だけが区別され積極的差別是正の恩恵を受けることを、「平等原理の侵害」、「逆差別」と見なす意見が多く、激しい論議が交わされることになる。よく用いられる論法が、「クォーター制は、肌の色・民族・宗教を基準としたコミュニティーの価値を重んじるアングロサクソン系のコミュニタリアニズムでの制度であり、フランスの普遍主義に相反する」というものだ。
積極的差別是正は、1980年代、社会党政府下で始まった。上記のような理由で、ある特定のコミュニティーに属する市民を優遇する制度はないのだが、地域・社会・経済的な格差を一次的に是正する次のような制度が実地されている。
1987年7月10日法では、国営、民間にかかわらず、労働者数が20人以上の企業は障害者雇用率6%が義務付けられている。
社会・経済的に恵まれない地域にある教育優先地区出身の若者を優遇する入学制度もある。2001年、エリート校のひとつであるパリ・政治学院が、教育優先地区出身の生徒を、入学試験免除で、書類審査と面接だけで受け入れる特別選抜制度を開始した。大学に進むのはごく普通のことになったとはいえ、エリート校準備コースの生徒の半数以上が教師か管理職の子どもであるという事実があるからだ。当初は、デイプロマの価値が下がるのでは?という懸念もあったが、10年たった今、その心配はなさそうだ。
もっとも激しい論争を巻き起こすのが女性枠である。「女性枠を作るのなら、なぜ黒人枠やイスラム教徒枠、ほかのマイノリティー枠はないのか?」ということになるからであり、また、女性枠を逆差別としてとらえるフェミスト運動家たちも多い。
フランスでは25歳から49歳の女性のうち84%の女性が働いている(※1)のだが、仕事内容が限られていたり、大学卒業率も女性の方が高いのにもかかわらず昇進の面で伸び悩んでいる。CAC40の大企業の取締役員会での女性率は、2010年、わずか15.3% だった(※2)。そのため、6年間後には取締役員会の40%を女性が占めるようになるクォーター制が、ノルウェーをモデルにしてこの1月から導入された。男女平等度という点では世界で46位、女性の給料は同じポストの男性に比べて27%低い(※2)という現実を突きつけられて、ようやく実地にいたった措置だ。
政治は、フランスで女性にとってもっとも過酷な場かもしれない。王制下で女性の王権継承が禁止されていただけではなく、革命後に生まれた共和国の礎ともなる人権宣言でも、女性の人権が保証されていなかった。女性に選挙権が与えられたのは遅く、日本と同じく1945年のことだ。このような歴史の流れがクォーター制で一気に変化するとは思えないが、2000年6月、政界の男女平等をめざす同数候補規定法が発布された。地方・市・元老院・欧州連盟議員選挙に際して、各政党は男女同数の候補者を出すというもので、この法に従わない政党は罰金を課せられることになっている。それにもかかわらず、2011年現在、女性は政府の30.4%、国民議会の18.5%、元老院の21,9% (2)を占めるのみである。上記の男女平等度が世界で46位という成績の悪さも、政治の場での不平等に負っているところが多い。
普遍主義の理念に沿った、社会・経済的な格差をなくすための積極的差別是正で、頓挫したものもある。大都市郊外の貧しい地区では、低学歴の就職しにくい若者の失業率が40%に達する。このような状況を改善するために、2006年、政府は機会均等法を制定した。そのうちの一条項に、初就職契約という正規雇用契約の一種があった。26歳未満の者にかんしては就職2年後に雇用者側が勝手に解雇してもよい、しかし能力があればそのまま続けて無期限の正規雇用として働くこともできるというものだ。
政府側としては、期限付き雇用契約でしか働けない低学歴層の若者たちが、たとえ2年間でも正規雇用と同じ賃金や社会保障を享受できるようにと配慮した平等化政策の一部であった。しかし、この法案に対する反対デモは激烈を極め、フランスは9週間にわたるゼネスト状態に陥った。不安定な雇用が増えるという理由もあったが、「法はすべての者にとって同一でなければいけないという憲法がある以上、雇用条件はすべての国民に同一であるべきで、26歳未満であるからという理由で条件が違うのには納得がいかない」というのが主な反対理由であったのは、フランスならではのことだろう。2006年2月に強行採決後、4月初めに撤回の憂き目を見た。
IFMのトップに選出されたばかりの前経財相のクリスチンヌ・ラガルドは、フランスで女性が出世するのは無理と見切りをつけ、90年代からアメリカで弁護士のキャリアを積んだ人だ。コミュニタリアニズムのアメリカと普遍主義のフランスの両国を知り尽くしている彼女だが、クォーター制について次のように語っている。「逆差別にならないために、目標に達したら止めることができる期限付き、段階的クォーター制を採るほうがフランスには適しているのでは?」(※3)と。
普遍主義の限界を認識しつつ、どうやって差別をなくしていくか? フランスにとっては、躓きながらも、自国に適した差別是正をを手探りで探している段階である。
(※1) http://www.insee.fr/fr/themes/document.asp?ref_id=martra09
(※2) http://www.observatoire-parite.gouv.fr/egalite-professionnelle/reperes-statistiques-31/
(※3) 《Les femmes ne doivent pas imiter les hommes》, Le Monde, 14 Octobre 2010
慶応大学文学部哲学科美学美術史学科卒。ギャラリー勤務、展覧会企画、パリ・ポンピドゥーセンターで開催された『前衛の日本展』の日本側準備スタッフを経験後、1988年に渡仏。美術書翻訳、音楽祭コーディネーター業、在仏日本人向けコミュニティー誌「Bisou」の編集スタッフを経て、フリーライターとして活動している。歴史・文化背景を正確にふまえたうえでの執筆がモットー。