グランセル地方編(7/20 第37話修正)
第三十七話 王宮極秘潜入作戦! ~盗まれた王女の大切な物~
<グランセルの街 遊撃士協会>
エステル達が遊撃士協会に足を踏み入れると、受付にはシェラザードの他にも懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「ツァイス支部からやって来る応援って言うのはあんた達だったのかい」
「カルナさん!」
「やあ君達、ロレントで会って以来だね」
「クルツさんもお久しぶりです」
カルナとエステル、クルツとヨシュアはあいさつを交わした。
「さあ、あなた達、さっさと転属手続きを済ませてしまいなさい。これから忙しくなるんだから」
シェラザードに急かされて、エステルとヨシュアはカウンターへと向かった。
カウンターで2人を出迎えたのは、折り目正しさを感じさせるスーツを華麗に着こなした金髪の青年。
金髪の青年は爽やかな笑顔でエステルとヨシュアに話し掛ける。
「初めまして、私はグランセル支部担当のエルナンです」
「よろしくお願いします」
ヨシュアとエステルはエルナンに向かってお辞儀をして、転属手続きを始めた。
「それにしても、同じ様なスーツを着ているのに、こうも印象が違うとわね」
「……誰を見て言ってるのかな?」
エステルの視線を感じたオリビエがそう聞き返した。
「分かってるじゃん、オリビエさんとエルナンさんの事よ」
エステルの言葉を聞いたオリビエはエルナンをじっと見つめる。
「彼も中々のものだが、僕には及ばないと言った所かな」
「どうしてそんな自信満々なのよ」
エステルはあきれ顔になってため息を吐いた。
しかし、エルナンは爽やかな笑顔を浮かべながらも鋭い目でオリビエに話し掛ける。
「確かに、あなたはそのおどけた仮面の中にどれ程の爪を隠し持っているんでしょうね」
「ははは、僕を鷹だと言うのかい、それは君の事じゃないのかい?」
オリビエに尋ねられたエルナンは、顔つきまで堅くしてオリビエに質問を返す。
「では、あなたは?」
「ふっ、僕は鷲だね」
鋭い視線でにらみ合いを続けるエルナンとオリビエの間に緊迫した空気が流れた。
初めにからかったエステルも思わず引いてしまう程だった。
「何をバカな事を言っとるか!」
「痛たっ!」
その雰囲気を破ったのはミュラーの鉄拳だった。
叩かれたオリビエの反応の面白さに部屋の中に居たエステル達から笑いが起きた。
転属手続きを終えたエステルとヨシュアは改めてエルナンから声を掛けられる。
「これであなた方2人はグランセル支部の所属となりました。ようこそ、グランセル支部へ」
エルナンがそう宣言すると、見守っていたシェラザード達から拍手が起きる。
「この支部の推薦状を貰えばあなた達も晴れて正遊撃士ね、私と同じだわ」
「へえ、シェラ姉もこの支部が最後だったんだ」
シェラザードのつぶやきを聞いて、エステルはそんな感想をもらした。
「エルナンさんってば、なかなか推薦状をくれなくて、他の支部の倍の時間は掛かってしまったわ」
「ええーっ、そうなの?」
シェラザードがため息をついてそう言うと、エステルは驚いて悲鳴を上げた。
「だけど僕達も素晴らしい先輩達に囲まれて仕事が出来るんだから、良い機会だと思わないと」
推薦状を貰って正遊撃士の資格を手に入れたらリベール王国を出ていかなければならない。
自分勝手な願望だと思うがヨシュアは嬉しさを抑えられなかった。
「そういえば、ボース支部からは誰も着ていないの?」
部屋の中を見回したエステルは、ロレント支部のシェラザード、ルーアン支部のカルナを見つめた後にエルナンに向かって尋ねた。
「ボース支部からもどなたか来て頂ける事になっているのですが、今は依頼が忙しくて来れないようなんですよ」
「そっか、アガットさんがグラッツさんに会えると思ってたのに」
「残念だね」
エルナンの説明を聞いて、エステルとヨシュアは顔を見合わせてため息をついた。
「ですから、アネラスさんをなるべく早くグランセル支部に派遣して欲しいとキリカさんにお願いした所ですよ」
「よかった」
エステルの顔がたちまち笑顔に変わった。
「それでエルナンさん、あたし達への依頼って何?」
「ほう、君達は依頼を受けていたのか」
エステルが話を切り出すと、オリビエが興味を引かれたようにつぶやいた。
ヨシュアはしまったと言った表情になり手で顔を押さえ、エルナンは困った顔をしながら、シェラザードに視線で合図を送る。
「さあて、私達は街のパトロールにでも行きましょうか」
「痛いっ、そんなに強く引っ張らないでくれたまえ!」
シェラザードはわざとらしく大声でそう言うと、オリビエの腕をつかんで遊撃士協会を出て行った。
「あいつの無礼を謝らせてもらう」
ミュラーはそう言って深々と頭を下げると、オリビエ達に続いて遊撃士協会を出て行った。
3人が出て行くと、エルナンはほっと安心して息をつく。
「シェラザードさんが機転を利かせていただいて助かりました」
「エステル、依頼の内容を関係の無い人に聞かせちゃダメだよ」
「そうさ、巻き込んでしまう事になるからね」
「だから遊撃士協会の規則にも守秘義務が科せられているんだ」
ヨシュアの言葉にカルナとクルツも同意した。
エルナンはため息をついて書類にペンを走らせる。
「とりあえず、規則を破りそうになったエステルさんは減点ですね」
「ええっ、そんなぁ」
厳しいエルナンの評価に、エステルは悲鳴を上げた。
「あなた達はここが最後の支部です。正遊撃士を名乗るのに恥ずかしく無い存在になっていただくためにも、ここは細かく評価させて頂きますよ」
「くじけずに頑張りなよ」
カルナはうなだれるエステルに声を掛けると、クルツと一緒に遊撃士協会を出て行った。
人数が減り、一気に静まり返る室内。
ヨシュアは落ち着いてエルナンに尋ねる。
「それで、極秘の依頼とは何でしょうか?」
真剣な表情になったエルナンはゆっくりと依頼の説明を始める。
「実は先日、怪盗紳士が城に忍び込んだのです」
エルナンの言葉を聞いて、エステルとヨシュアは驚いて目を丸くする。
「怪盗紳士め、お城に忍び込むとは大胆ね!」
エステルは怒った様子で鼻息を荒くした。
「それで、何が盗まれたんですか?」
「盗まれたのは王女様の宝物だそうです」
「ええっ、お姫様の宝物?」
ヨシュアの質問に答えたエルナンの言葉を聞いて、エステルは大きな驚きの声を上げた。
「はい、王女様は大変ショックを受けておられるそうです」
「お姫様がかわいそう、絶対取り戻してあげましょう!」
「そうだね」
ヨシュアはエステルの言葉に強くうなずいた。
「あなた達はダヴィル大使の勲章を怪盗紳士から取り戻したと聞いていますから、適任ではないかと思いまして」
「でも、あたし達のような準遊撃士がこんな重要な依頼引き受けて良いのかな?」
「おや、それならこの依頼はギブアップして正遊撃士の方々に任せますか?」
エステルの言葉にエルナンがそう提案すると、エステルは慌てて首を横に振る。
「そんな事ありません、是非この依頼をやらせてください!」
「解りました、それではこの件はあなた達にお任せする事にします」
「はい!」
エルナンに依頼を任されたエステルとヨシュアは力強くうなずいた。
「それでは、お城に着いたらメイド長のヒルダ夫人を探して下さい」
「えっ、お姫様に会いに行くんじゃないの?」
エルナンの言葉を聞いて驚いて聞き返したエステルに、ヨシュアはため息をつく。
「ダメだよ、極秘の依頼なんだから。遊撃士である僕達が王女様に会いに行った事も知られたらまずいし」
「なるほど、でもヒルダさんがどう関係して来るわけ?」
「それは、ヒルダ夫人の口から直接お聞きになって下さい」
エステルに尋ねられたエルナンは意味ありげな笑顔を浮かべた。
2人はエルナンの態度を怪しく思ったがそれ以上尋ねる事は出来なかった。
<グランセル城 正門>
グランセル城に着いたエステル達は、城の大きさと格調高さに感心して立ちつくしていた。
そんな2人の様子を見た門番の兵士達が親しげに声を掛けて来る。
「君達、グランセル城に来るのは初めてかい?」
「はい、なんか圧倒されちゃって……」
ヨシュアが兵士の質問にそう答えると、兵士は胸を張って説明する。
「はは、この城門を見たみんなは同じような反応をするよ。今は解放されているけど、門を閉じたら導力大砲でも撃ち抜けない程だからね」
「へえ、そうなんだ」
兵士の言葉を聞いたエステルは感心したようにうなずいた。
「一般市民に開放されているのは、玄関広間と空中庭園だけだからね。他の場所は関係者以外立ち入り禁止になっているから、気を付けてね」
「わかったわ」
エステル達は笑顔で返事をすると、門番の兵士達と手を振って別れた。
「さて、ヒルダ夫人はどこにいるのかしら?」
「辺りを歩いているメイドさんに聞いてみようよ」
ヨシュアの提案に従い、エステル達は玄関広間を歩いているメイドに声を掛けてヒルダ夫人の居るメイド控室へと案内してもらった。
エステル達が遊撃士の紋章を見せると、ヒルダ夫人は事情を承知しているようにうなずく。
「遊撃士協会のエルナン様から話は聞いています。姫様にお会いになられたいそうですね」
「はい、そのための方法をあなたがご存じだと聞きました」
ヒルダ夫人の言葉に、ヨシュアはうなずいた。
「ええ、姫様は王宮にいらっしゃいます」
「王宮って?」
ヒルダ夫人の説明にエステルが疑問の声を上げると、ヨシュアが説明する。
「この国の王様の家族が住んでいる所だよ」
「そんな凄い所へあたし達は行くんだ」
ヨシュアの言葉を聞いてエステルは感心したようにため息をついた。
2人が話している間も、ヒルダ夫人はじっとヨシュアの顔を見つめていた。
「あの、僕の顔がどうかしましたか?」
ヒルダ夫人の視線に気がついたヨシュアが尋ねると、ヒルダ夫人は感心したように息を吐き出す。
「エルナン様から話を聞かされた時は半信半疑でしたが、どうやら問題は無さそうですね」
「はい、私も大丈夫だと思います」
ここにエステル達を案内して来たメイドも、笑顔でうなずいた。
「それでは、早速用意をいたしましょう」
そう言ったヒルダ夫人に奥のメイド更衣室に案内されたエステル達。
ヨシュアはその意味が理解できたのか、ヒルダ夫人に尋ねる。
「なるほど、王女様のお世話をするメイドに変装すれば怪しまれずに王宮の中へと入れるわけですね?」
「その通りです」
「ええっ、あたしがメイド!?」
ヨシュアとヒルダ夫人のやりとりを聞いたエステルが驚きの声を上げた。
「エステル、しっかりと王女様から話を聞くんだよ」
ヨシュアは笑顔でそう告げて更衣室を出て行こうとしたが、入口に居たメイドに腕をつかまれて引き止められる。
「あなたもですよ」
「えっ、僕もメイドになるんですか!?」
笑顔のメイドに言われたヨシュアは大きな悲鳴を上げた。
「うふふ、きっとお似合いですよ」
「僕がメイドになる必要は無いじゃないですか! エステル1人で十分では……」
メイドに詰め寄られて、ヨシュアは慌てて首を横に振った。
「ヨシュア、逃げる事は許されないわよ……!」
エステルにも捕まってしまったヨシュアは、観念するしか無かった。
やっとエルナンの浮かべた怪しい笑みの理由が分かったヨシュアだった。
<グランセル城 更衣室>
ヒルダ夫人とメイドのシアによってメイドへと変身させられたエステルとヨシュア。
特に長い黒髪のカツラを付けて化粧をしたヨシュアの姿は、姉のカリンにそっくりだ。
「また女装させられるなんて……」
ヨシュアが憂いを浮かべた表情でため息をつくと、エステルとシアとヒルダ夫人は息を飲む。
「凄い、あたしより色っぽくない?」
「姫様に負けないぐらいかも」
「たいしたものですね」
「からかわないでください……」
その表情がさらに人目を引くと言うのに、ヨシュアはため息をつき続けた。
「それでは、参りましょう」
「はい!」
「分かりました……」
ヒルダ夫人の言葉にエステルは元気良く返事をして、ヨシュアは諦めたようにうなずくのだった。
「頑張ってくださいねー!」
シアに見送られて3人はヒルダ夫人を先頭に後ろにエステルとヨシュアが続く形で更衣室を出た。
玄関広間には城を見学している人々を初め、警備の兵士達も居る。
たくさんの視線にさらされる事になったヨシュアは顔を伏せながら背筋を丸くしながら歩いた。
「お、新しいメイドか?」
「かわいいねー」
「あの子、美人だな」
兵士達のざわめきがエステル達の耳に届いた。
ヒルダ夫人がため息をついてヨシュアに注意する。
「そんな挙動不審な態度を取ってしまうと、明らかに不慣れなメイドと分かってしまいますよ」
「そうよ、学園祭の劇の時は堂々としてたじゃない」
「舞台の上ではみんなが一緒だったからだよ……」
エステルに向かってヨシュアはそう答えた。
今回はヨシュアが足を引っ張っているようだ。
そして一行が王宮の手前に広がる空襲庭園に入ると、聞き覚えのある声の人物が声を掛けて来る。
「うわぁ、かわいいメイドさん達ですね~」
そう言ってカメラのフラッシュをたいて写真を撮ったのはリベール通信社のカメラマン、ドロシーだった。
「ドロシーさん!?」
驚いて声を上げてしまったエステルはしまったと口を手で押さえた。
しかし、手遅れだったようで、ドロシーはエステルの変装に気が付いて笑顔になる。
「あーっ、エステルちゃんだ! じゃあ、そっちのメイドはヨシュア君?」
学園祭の劇で姫役を演じたヨシュアを見ていただけあって、ドロシーはあっさりとヨシュアの変装も見破った。
どうしようかと困惑するエステルとヨシュアにヒルダ夫人が助け船を出す。
「すみません、先を急いでいるもので失礼いたします」
冷汗が背中を流れ落ちるのを感じながら、エステルとヨシュアも急いで歩き出したヒルダ夫人について行った。
「ねえ、どうして答えてくれないの? おーい、エステルちゃん!」
ドロシーは去り行くエステル達の背中に大声で何度も呼びかけた。
<グランセル城 王宮>
ヒルダ夫人の先導で、王宮の玄関広間までたどり着いた。
エステル達の後を追いかけて来たドロシーは王宮の門番の兵士にさえぎられてここまでは入って来れない。
「ふーっ、ドロシーさんに声を掛けられた時は焦ったわ」
「うん、振りきれたみたいでよかったね」
エステルとヨシュアは安心してため息を吐き出した。
ヨシュアは危地から自分達を助け出してくれたヒルダ夫人にお礼を述べる。
「ヒルダさんのおかげで助かりました」
「お礼には及びません。ところで、カメラを持っていた方はお知り合いの方ですか?」
「はい、あたし達家族の取材写真を撮ってくれた方なんですけど……」
エステルがそう答えると、ヒルダ夫人の目付きが鋭くなる。
「王宮の中で見聞きした事はどんなに親しい方相手でも、他言無用です。特に記者の方には気を付けてください」
「は、はい……」
ヒルダ夫人の眼光の鋭さに、エステルとヨシュアは怯えながらうなずいた。
そして、ヒルダ夫人は王宮の1階にある王女の部屋のドアをノックする。
「姫様、遊撃士の方々が参りました」
「お通しして下さい」
分厚いドアを通して聞こえて来る王女の声は聞き覚えのある声のようにエステルとヨシュアは思えた。
エステルとヨシュアは不思議そうに顔を見合わせた後、開かれたドアから王女の部屋に入った。
「エステルさん、ヨシュアさん……!?」
「えっ!?」
部屋の中で待っていた王女に声を掛けられたエステルは驚きの声を上げた。
「もしかして君は……クローゼ?」
「はい」
ヨシュアの問い掛けに、白いドレスを着たリベール王国の王女クローディア姫はうなずいた。
「えっ、だって髪の長さが違うじゃない」
「これはヘアピースです」
戸惑うエステルに困った顔を浮かべながらクローゼは黒い長髪のカツラを外した。
「それでは、私は席を外させて頂きます」
淡々とそう言ってヒルダ夫人が部屋を出て行くと、クローゼは頭を下げて謝り始める。
「ごめんなさいエステルさん、ヨシュアさん。今まで私がリベール王国の王女である事を黙っていて……」
そう言ったきりうつむいてしまったクローゼに、エステルとヨシュアは慌てて声を掛ける。
「別にあたし達は気にしていないから!」
「そうだよ、だから顔を上げてくれないかな」
「はい……」
エステルとヨシュアの言葉を聞いて、クローゼはゆっくりと顔を上げた。
「でも、どうして王女様だって事を隠してまで学校に通っていたの?」
「それは……笑わないで聞いて下さいますか?」
エステルの質問にそう答えたクローゼは、事情を話し始めた。
15歳の誕生日を迎えたクローゼは母親に帝国の王子と婚約をするように強く勧められた。
国家の安泰のためと言われても、クローゼは顔も見た事も無い人物と婚約をするのはためらわれた。
困った末に、クローゼは祖母であるアリシア王妃に相談を持ちかけた。
すると、クローゼの婚約話はクローゼの母親が1人で強引に推し進めているようだった。
話し合いの末、クローゼは身分を隠して王都から離れたジェニス王立学園に通う事が許され、婚約の返事は卒業まで待ってもらえる事になった。
「ねえ、何でその婚約の話をハッキリと断らなかったの?」
クローゼの話をそこまで聞いたエステルが口を挟んだ。
「それは……今回の依頼に関係のある事なのですが、私はそのお相手の方と文通をしていたのです。お顔を拝見した事は無いのですが、その暖かさを感じさせてくれる言葉に、私も励まされていました」
「へえ、ペンフレンドだったんだ」
エステルはクローゼの答えを聞いて感心したようにため息をついた。
「もしかして、怪盗紳士に盗まれたと言うのはその手紙?」
「はい、私はその手紙に両親やお祖母様にも言えない悩みも書いてしまいました」
「じゃあ、内容がもれたら大変ですね」
ヨシュアは真剣な顔をしてつぶやいた。
「それに、せっかく帝国の皇太子さまにお会いする事になったのに、頂いた手紙を失くしてしまったと報告するのは申し訳ない気が致します」
「そうだね、絶対にあたし達が手紙を取り戻してあげる!」
クローゼが悲しそうな顔でため息をつくと、エステルは励ますようにクローゼの手を取って熱く話し掛けた。
「ありがとうございます、お願いします」
クローゼは嬉しそうな顔になって、エステルに頼んだ。
「それで、怪盗紳士が残したカードはありますか?」
「はい、こちらです」
ヨシュアに尋ねられたクローゼは、飾り棚の引き出しからカードを取り出すと、ヨシュアに渡した。
エステルものぞき込んでカードの文面を読んだ。
『ろうそくの灯りに照らされ踊る1つの影。
5人の見まわりの目をくぐり抜け、我は部屋へと忍び込んだ。
盗みしは10通のメール。
我がルールにより、3時にこのカードを残す。
取り戻したいのならば、6行の文をじっくりと読むのだ。
そして20日の夜に姫自ら指定の場所へ行け。』
怪盗紳士のカードを読んだエステルとヨシュアは今までと要求が違う事に驚いた。
これまで怪盗紳士は宝の隠し場所を暗示する様なヒントを与えて挑戦する様な感じだった。
それが今回はクローゼを呼び出すような内容が書かれているのだ。
「クローゼ、こんな無茶な要求に従う必要は無いわよ!」
エステルは怒った顔でクローゼに向かって話し掛けた。
「いえ、私は手紙を取り戻すためなら構いません。でも、どちらへ行けばいいのかが解らないと……」
クローゼは困った顔をしてため息をついた。
「暗号が解けないとダメか」
「でも、20日の夜までは少し時間があるから、まだ諦めるのは早いよ」
ヨシュアは励ますようにクローゼとエステルに声を掛けた。
「では、暗号が解けましたら私に教えてくださいますか?」
「はい」
クローゼの言葉に、ヨシュアはうなずいた。
「でも、クローゼと連絡はどう取ればいいの? またメイドに変装してくればいいのかな?」
「うっ、それは……」
エステルが尋ねると、ヨシュアは嫌そうな顔をした。
「大丈夫です、それには及びません。……ジーク!」
クローゼが部屋の窓を開けて呼ぶと、1羽の白い鳥が部屋へと入って来た。
そして差し出されたクローゼの肩に飛び乗った。
「うわっ、大きな鳥」
「シロハヤブサだね」
「はい、ジークと言います。私のお友達のようなものです」
ヨシュアの言葉にクローゼはうなずいた。
「すごーい、じゃあクローゼは鳥の言葉が解るの?」
クローゼはエステルの言葉に困った顔で笑いを浮かべて首を横に振る。
「いいえ、何となくは解りますが、さすがに言葉までは解りません。ですから、ジークの足に手紙をくくり付けて頂ければ連絡が取れます」
「なるほど」
またメイドにならずに済んだヨシュアはホッと息をついた。
そしてエステル達はクローゼとジークを使って連絡を取る方法を話し合った。
20日の夜まで、決められた時間にジークは遊撃士協会の近くに顔を出す。
クローゼに何か伝言があれば、その時ジークに手紙を届けさせる。
「では、今日はこの辺で失礼します」
用件を聞いたヨシュアはエステルと共にクローゼの部屋を出て行こうとした。
そんなエステル達をクローゼが呼び止める。
「待って下さい、もう少しゆっくりして行きませんか? お茶もお出ししていませんでしたし、もうちょっとでアップルパイが焼き上がるんです」
「ごめん、僕達は仕事中だから……」
ヨシュアが首を振って拒否すると、クローゼは悲しそうな顔になる。
「そうですよね……」
そんなクローゼの顔を見たエステルがヨシュアに声を掛ける。
「いいじゃんヨシュア、ご馳走になろうよ。あたし達、クローゼの友達なんだから」
「分かったエステル、少しだけだよ」
エステルとヨシュアの言葉を聞いたクローゼの顔がパッと明るくなった。
しかし、久しぶりに友達として出会ったエステル達は会話がつい弾んでしまった。
そして滞在予定時間を大幅にオーバーしたエステル達はヒルダ夫人に困った顔をされ、遅れて帰った遊撃士協会でエルナンに大目玉を食らうのだった。
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