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[28893] 魔法少女まどか★マギカ Returns  ~エルド・アナリュシス~ (まどか★マギカ×地球・精神分析記録)
Name: ぱばーぬ◆4acec556 ID:0eb1acfe
Date: 2011/07/18 14:49
みなさまこんにちは。
こちらに初めて投稿する、ぱばーぬというものです。
むかーし、しこしこと二次創作小説なんかを書いてたりしてましたが、ちょっとした事情でやめてたんですが、久しぶりに書いてみようと思い立ち、ここにきました。

タイトル通り、アニメ/まどか★マギカと、小説/地球・精神分析記録~エルド・アナリュシス~とのクロス・オーバーものです。
まあ、より正確には、地球・精神分析記録のほうの設定のあれやこれやを、まどマギに落とし込んだ、みたいな感じですが……。

とりあえず、まどかのほうだけ見ていれば、理解できるような作りにしていくつもりです。

基本は、歴史改編後の魔獣のいる世界が舞台。
予定としては、以下のような全部で五章仕立てになります。


Ⅰ 悲哀(ルゲンシウス)―――佐倉 杏子

Ⅱ 憎悪(オディウス)―――巴 マミ

Ⅲ 愛(アモール)―――美樹 さやか

Ⅳ 狂気(インサヌス)―――暁美 ほむら

Ⅴ 激情(エモツィオーン)―――鹿目 まどか


一つの章が、どれだけの長さになるかはわかりませんし、それぞれの章が同じような長さになるかも不明ですが、お付き合いいただければ幸いです。

んでは、とりあえず。
予告です。





静かなる異変……。
それがいつ始まったのか、何が引き金となったかは知らず、
サイコ・エントロピーがもたらす接触性喪失、感情の希薄化、自我空虚性に蝕まれた人類文明。
虚ろなる自我を抱えたゾンビー・ゼネレーションの増大によって、人類は種としての存亡の危機に直面していた。

この滅亡を回避する手段はただひとつ。
ヒトの集合的無意識の闇淵より生まれ出でた、魔獣の範疇から大きく逸脱した超絶なる存在、
現実世界を侵食する英雄神話の化身とも呼ぶべき四体の神獣を打ち倒さねばならない。

『悲哀』
『狂気』
『愛』
『憎悪』

これら、四体の神獣に戦いを挑むべく、四人の魔法少女たちが今、己の全てを賭けて立ちあがる……。




……みたいな?



[28893] Ⅰ 悲哀(ルゲンシウス)―――佐倉 杏子  =01=
Name: ぱばーぬ◆4acec556 ID:0eb1acfe
Date: 2011/07/18 14:54
「ある日ぃ~パパとぉ~ふったりでぇ~♪ 語りぃ~あったさぁ~♪ この世に生っきるぅ~喜び~、そしって悲しみのことを~♪ っとくらぁ!」


我ながら音程が外れまくっているとか、妙に声が裏返ってるとか、語尾がやけにおっさん臭いとか……まあ、問題点を数え上げればきりがない歌声だったが、そんなことは気にならなかった。
そんなことよりも、景気づけに歌っているはずなのに、ちぃ~っとも心が弾んでこないことのほうが、よっぽど問題だった。
ぶっちゃけた話、そんな場当たり的な景気づけでどうにかなるほど、周囲の環境が生易しいシロモノではなかったとも言えるんだろうね。

寒い……なんてちんぷな言葉では、現在アタシを取り囲んでる環境を説明するには、お粗末にも程があるってもんだろう。
かと言って、じゃあ今のこの状況を―――氷点下七十度、風速十五ノットなんて馬鹿げた数値で表される万年氷高地を的確に表現する言葉も、無学なアタシにゃ思いつかないんだけどさ……。

今のアタシの姿を知り合いの誰かが見たら、きっと腹を抱えて笑い転げるに違いない。
なにしろ、ありったけの防寒具を厚着に厚着を重ねた着膨れ状態で、坂道で足を滑らそうもんなら、そのままどこまでも転がっていきそうな状態なのだ。

それでもなお、普通の人間にとっては、十分な防寒装備とは言えなかったろう。
何しろ、手でも足でも肌がほんの少しでも露出しようものなら、即座に霜焼けを通り越して凍傷になっちまうってんだから、まったくもってシャレにならない。
不用意に深呼吸でもしようものなら、冗談抜きで肺腑が凍りつきかねないなんて、どこの異世界の常識だっつーの。まったく。

そんな、まさに想像し得る限り最悪の環境に、アタシは身を置いているのだった。

とは言え……まあ、やたらとスパルタンなこの環境も、魔法少女であるアタシにとっちゃ、さほどの重要事ってわけでもない。

魂を肉体から抜き出され、ソウル・ジェムなんつー石ころに変えられちまったおかげで、アタシ達魔法少女にとって元々の身体は、外付けのハードディスクみたいな位置づけになっている。
そのおかげで―――っつーか、そのせいで? まあ、どっちでもいいんだが―――ありとあらゆる肉体的苦痛は、ほぼ自動的に一種のフィルターがかけられたような状態になり、精神の活動に多大な影響が出ない程度に軽減されるようなのだ。
訓練すれば、意識的に痛みを完全に切り離してしまうことさえ可能、とは、こんなろくでもない身体にしてくださりやがった、白い淫獣のありがたいお言葉だ。

そんなわけだから、別に戦闘中ってわけでもない今現在、感覚を完全にシャットダウンしても確かに問題はないし、極端な話、すっぽんぽんで歩き回ったところで生命維持に支障はないのだが……アタシは、あえてそれをしていなかった。

もちろん理由はある。

アタシはトナカイの毛皮でできたコートのポケットに入れていた、これもトナカイ製の手袋をつけた両手を取り出し、目の前でわきわきと動かしてみた。


―――パキッ……ペリッ、ペリリッ……


これだ……。

完璧に防寒していたつもりでも、ほんの少しの隙間からいつの間にか忍び込んでくる冷気と氷片のせいで、薄い氷が手袋の表面をうっすらと覆っている。

そりゃまあ、魔力を回してやりさえすれば、かじかんだ手の感覚や血色は瞬時に取り戻すことも可能なんだけど、こびりついた氷までが無くなってくれるわけじゃない。
もし突発的な戦闘になって、いざ戦おうとしたら氷で滑って武器を取り落としたせいで負けました、なんてことになったら目も当てられない。そんな最悪の終わり方だけは勘弁してほしいと、アタシとしちゃ思うわけなんである。
だからこそ、過剰とも言える防寒具で全身を固めるような真似もしているわけだ。
体温維持に使う魔力の節約にもなるしね。

それにしても……と、両手にこびりついた氷をペリペリと引き剥がしながら、つらつらと考える。
こんな時につくづく思うのは、苦痛を苦痛として認識できないのも良し悪しってことだ。

たいていのヤツは、痛みを感じないってことを『便利だ』と思うらしいが、それは短絡的な考えとしか言いようがない。
そんなお気楽なことを考えるヤツは、痛みってのは自分の肉体が損傷したことを知らせるための大切なシグナルなんだってことを、まるで解っちゃいないのだろう。

そりゃあ、普通の人間と違って魔法少女の場合、肉体が損傷したところで魔力さえあれば修復は可能だ。
だが、魔力だって無尽蔵にあるわけじゃない。そんな無駄遣いをしていたんじゃ、魔力が幾らあったって足りるわけがない。
魔法少女の世界でも、省エネの精神は大切なのである。

実際、なりたての魔法少女の中には、あまり苦痛を感じないって理由で無茶をやり、それが結果として無駄な魔力消費や、肉体の損傷に由来する反応速度の低下や祖語を引き起こし、ここぞって時に思った通りの結果が出せない、なんてことがよくあるのだ。
それが原因でくたばっていった魔法少女達を、アタシはこれまで何人も目の当たりにしてきた。

まあ、他人が死に急ごうと、どんな無茶な生き方しようと、そんなことはアタシの知ったことじゃないし、それこそどうぞお好きなように、てなもんだが、アタシはゴメンだね、そんなの。

何をさておいても、自分が生き残ることに全力を尽くす。
それが、このアタシ―――佐倉 杏子のモットーなのだ。

それにしても……


「グリーン、グリーン♪ 青空にぃ~はぁ~小鳥が歌ぁ~いぃ~♪ グリーン、グリーン♪ 丘の上にぃ~は、ララ、緑がもえ~るぅ~♪」


雪こそ降ってないものの、より質が悪いとも言える尖った氷欠がゴォゴォと吹き荒れるこの陰鬱としか言いようのない天候の下、なんとも場違いな歌だなあと我ながら苦笑せずにはいられない。
ここが北緯七十X度X分……グリーンランドの高地だからって語呂合わせだけで思いついた歌だったんだが、却って寒さが増したような気がする。主に精神的に。

しかし、やけくそだろうが何だろうが、無理にでも精神を鼓舞する何かをやっていないと、どこまでも気分が沈んでいきそうになってしまうんだから仕方がない。
空気さえもが『陰気、陰気』と囁いているような、この暗い情景には、そんな、見る者の心にどこまでも染み込んでいって、灰色に染め上げてしまうような、何か不可思議な力があるような気がしてならなかった。

それとも、これこそが……


―――魔獣を超えた魔獣

―――英雄神話の顕現たる存在

―――『悲哀(ルゲンシウス)』


……と、そう呼ばれる怪物がもたらす力の一端なのだろうか?

大いにありそうだと思う一方でアタシは、いまだにその『悲哀(ルゲンシウス)』とやらの実在そのものを、完全に信じているわけでもない自分を自覚していた。

どだい、話の内容が荒唐無稽に過ぎるのだ。
いや、それを言っちまったら、魔法少女だの魔獣だのって存在自体が、普通の一般人から見ても荒唐無稽なんだろうけど、そんな荒唐無稽が服着て歩いてるようなアタシから見ても、その話は突飛に過ぎた。

実のところアタシは、今も自分が、何やら質の悪い詐欺に引っ掛かってるような気がしてならないのである。
それぐらい、今回の話は胡散臭すぎた。

それなのにどうして、わざわざ遠く日本を離れてまで、こんな人外魔境じみた地の果てにまでのこのこやって来たのかというと……正直、自分でもよくわからない。

確かに、ある種の報酬を約束されたのは事実だが、そんなものに目がくらんだわけではないってことは、胸を張って断言できる。
もちろん、誰かを人質に取られたり、弱みを握られたりして、その交換条件で無理やりに、ってわけでもない。
ましてや、人類存亡の危機だの、宇宙の全知的生命体への破滅の波及だの、そんな御大層な戯言に心動かされたわけでも断じてない。
そんなのは、勤労意欲に満ち満ちた、どこぞの正義の味方面をしたドリル髪の女ゴルゴ13にでも任せておけばいいのであって、アタシが首を突っ込むようなことじゃない。

だからこそ、自分でも不可解なのだ。
なんだってアタシは、こんな場所でこんなことをしているのだろう……。


―――なんとなく、そうしなければいけないような気がした。

―――いずれどこかで、自分と深く関わってくる問題のように思えた。


敢えて回答するなら、こんなところになるだろうか。

もちろんこんなのは、何の理由にもなっていない。
ただの気まぐれ以外の何ものでもない。

そんなことは解っている。
解っているんだが、そうとしか言いようのない衝動が、何故か胸の内に巣食ってモヤモヤしてるんだから仕方ないじゃないか。


ああ、いや。


そう言えば、もう一つだけ。
理由らしい理由があったことを思い出した。

アタシにこの話を持ってきた、そもそもの発端。
まるで女の子のような端正な顔つきと、小柄な体つきをした、不思議な雰囲気をまとったあの男……。
アイツが何をしようとしているのか―――それに興味があるのは、確かに一つの事実だった。

アイツ―――名前は確か……タツヤ。

鹿目 達也(かなめ たつや)とか言ったっけ……。



[28893]    悲哀 =02=
Name: ぱばーぬ◆4acec556 ID:0eb1acfe
Date: 2011/07/20 13:59
ユング心理学によると、英雄神話と呼ばれるモノは、個人の自我が無意識や未成熟から自由になるための象徴であり、全ての民族に共通するわけじゃないが、四段階を経て進化すると言われているらしい。
『悪戯者(トリック・スター)』、『うさぎ』、『赤い角』、『双生児』という名称で呼ばれているこれらの周期は、そのまま個人の自我の成長段階にも当てはまるとかどうとか言われているらしいが、そんなことは正直アタシにとってどうでもいい。
アタシだけじゃなく、ごくごく普通の人間にとっても、心理学に興味があるような輩でもない限り、「へー、そーか」の一言で済まして終わりな、トリビアの種でしかないだろう。

そんな呑気な一言で済ませられないのは、この先のこと―――
現在の人類は、かつて経験したことのない新しい英雄神話の領域へ……『死者(ゾンビー)』と呼ばれる、五段階目の周期を迎えつつあるという、そのことだった。

……もっとも、他人から聞いただけの受け売りだから、詳しいことはアタシにもよくわかってるわけじゃないんだけどね。
けどまあ、だからといって勉強不足だ、などとは誰にも言えないはずだ。
だって本当のところは、未だ誰にも、ほとんど何もわかってないってのが正確なところなんだからさ。

実際、それがいつ始まったのか、何故そうなったのかは、現在になっても解明されていないらしい。
ただ、人類の集合的無意識に何かが起こったのは確かだ、とは言われているんだそうな。


ついに『進化の袋小路』に行きついてしまったのだという説―――

地球規模での気象変化が宇宙線のシャワーをもたらしたのだという説―――

人間の精神に干渉・寄生する未知の異生命体に取りつかれてしまったのだという説―――


もっともらしいモノからオカルト的なモノまで、諸説頻々囁かれてはいても、いずれも定説にまでは至ってないってんだから、世間で学者でございとドヤ顔してる連中の面の皮の厚さと神経のズ太さには、ホント感動すら覚えちまうよな。
真面目くさった顔つきで、何の裏付けもない妄想に等しい持論を、それっぽい口調でぺらぺら喋ってるだけで金になるんだから、羨ましい限りだよ、まったく。
きっとアイツらの心臓は剛毛に覆われている上に、ガメラの甲羅でもくっついてるんだろうよ。

まあ、それはともかくとして。

現在、爆発的な勢いで増えつつあるゾンビー・ゼネレーションと呼ばれてる連中の顕著な特徴としては、程度の差こそあれ、等しく接触性喪失、無感動、感情の希薄化、自我空虚性などの症状に苛まれているということが挙げられる。
それらは、連中に『生きる』ということに対する無気力さを生み出し、時間感覚を曖昧模糊としたものに変貌させ、更には記憶力の著しい減衰さえもたらすこととなった。

あらゆる情熱から切り離され、虫食いだらけのスカスカな記憶を抱え、ただ死んでないだけの生を無気力に浪費する、空虚そのものの人間たち……なるほど、ゾンビーとはよく言ったものだ。

結果として、世界規模で自殺者や孤独死が増大し、出生率は年を追うごとに下降線の一途をたどりつつ、もはや留まる気配さえないという有様……。
文明の進歩は停止して久しく、あらゆる文化も緩やかに廃れつつあり、新しいモノが生まれる兆しは欠片も見えない。

社会が……文明が……そして人間という種そのものが、坂道を転げ落ちるように衰退を迎えつつあるのは、今じゃ誰の目にも明らかだった。
かつては無尽蔵に存在すると思われていた、豊穣なる心……感情……情動の揺らぎが、今や人々の内から枯渇しようとしているのだ。
これまで、集合的無意識という暗く広大な大海の奥底でたゆたっていたはずの英雄神話が、ついにはこの現実世界で再構成されてしまうほどに……。


いつしか歌うことを止め、沈思黙考にふけっていたアタシの目の前の光景が、それまでの変り映えしない無味乾燥な氷雪原から、クレバスが亀裂のように広がるモノへと唐突に変貌した。
大地もこれまでのような鉄板に等しい凍りついた一枚板のようなモノではなく、まるで幾何学模様のような亀裂が縦横に走り、そこかしこで無数に生じた水の流れが、はるか遠くクレバスが放射状に広がる中心部の巨大な亀裂へと、ドウドウと音を立てて流れ落ちていた。
時折、地滑りを思わせるような、ズズズっ……という不気味な鳴動が大地を小刻みに震わせ、それと呼応するように、亀裂のはるか奥底から放たれる鈍い赤光が明滅している。
休むことなく吠え、猛り、唸る氷雪まじりの暴風が、複雑怪奇な彫刻を思わせる形に切り裂かれた氷塊のそこかしこにぶち当たっているせいか、凄まじく不気味な音響が、休むことなく奏でられている。
さながら氷の下に閉じ込められた、無数の怨霊が漏らす号泣みたいで、まったくもって精神衛生上よろしくない。

それでもアタシが、深い安堵の吐息を漏らしてしまったのは、この場所が、地熱エネルギーの実験センターであり、とにもかくにも最初の目的地として設定した場所に他ならないからだった。
ただでさえ、標識はもとより目印となるべき特徴的な何ものも存在しないこんな場所で、ご丁寧にも視界の八十パーセント以上を覆い隠してくれるようなブリザードの洗礼を同時に受けるハメになったのだ。
方向感覚なんて、とうの昔にわけワカメになっちまってて、薄汚れた地図と、ちっぽけなコンパスだけを頼りに歩き続けてきたことを考えれば、ほとんど迷うことなくここまでたどり着けたってだけでも上出来ってもんだろう。

「ブラボー!」とばかりに賛辞と絶賛の嵐に見舞われてもおかしくないぐらいの快挙のはずなんだが、あいにくとここにはアタシ以外に誰もいないんだから仕方ない。
自分で自分に『いい子いい子』しながら、近くにある建物の中でも比較的規模の大きそうな建物を適当に見つくろい、足を向ける。
おそらくここのシステムへのエネルギー供給のコントロールか、整備や調整のための施設なんだろうけど、表面がびっしりと白い氷で覆われたソレは、何やら巨大な冷蔵庫のようにも見えた。

まあ、ここの実験センターは基本的に無人のはずだから、居住性とはおよそ無縁なつくりなんだろうけど、あまり贅沢を言ってはいけない。
この吹き付ける氷片まじりの突風さえしのげるなら、それなりに落ち着いて休息することも食事をすることも可能なはずだし、そもそもアタシはピクニックに来たわけじゃないんだから。
人間、死ななけりゃいいってもんじゃないけど、あれもこれもと欲張るのもよくないのよ。
何事も、ほどほどが肝心ってね。


―――まあ、アタシゃもはや人間とは呼べないかもしんないけどさ……。


そんなことを苦笑まじりに考えつつ、人目を気にせずに済むってことと、これまでの行軍で溜まりに溜まった鬱憤を晴らす意味もあって、アタシは魔力で生み出した槍で、凍りついた施設の扉の鍵を無造作に切り飛ばした。
そして、何の警戒も抱くことなく意気揚々と建物の中に足を踏み入れ―――
無人の施設のはずなのに、なぜか人工的な輝きが灯っていることに違和感を覚え―――
そこに見知った人影が存在することにようやく気付いて、アングリと口をあけることになってしまった。


「……ああ。意外と早かったですね、お疲れ様です」

「……………………」


暖房設備なんてしゃれたものがあるわけでもないにも関わらず、施設内は意外と暖かく感じられた。
吹き付ける暴風と肌に噛みつく氷片がないだけで、ここまで体感温度が違って感じられるっていうのは、ある意味でカルチャー・ショックだった。
RCA送信機、サーモグラフ、クロノメーターなどの武骨な機材が所せましと据え付けられているものの、施設内部のスペースは思っていたよりは余裕がある。
これなら休憩するにしても、手足を伸ばして休めそうだな。よしよし。


「……あのぉ。無視しないでもらえます?」


……ちっ。
できることならいないことにしたかったんだが、さすがにそれは無理がありすぎたか。
これみよがしに「はぁ」と大きなため息をひとつついて、アタシは改めてそいつに視線を向けた。

見かけだけで判断するならアタシと同年代か、あるいは少し年下っぽい男の子だ。
天井から吊り下げられた、古ぼけたシェードつきのランプの光のせいか、まるでスポットライトを当てられたように、その小柄な姿が薄暗い闇の中に浮かび上がっている。
淡麗とも言える整った顔つきは、光の角度によってはまるで女の子のようにも見え、そのどこか「のほほん」とした雰囲気とも相まって、ここが極寒の地であるにも関わらず、その背中に長閑な田舎の田園風景でも浮かび上がってきそうな感じだった。
加えて、どこからどうやって持ち込んだのやら、折り畳み式のパイプ椅子にのんびりと背中をあずけながら、片手には読みかけの文庫本。
も一方の手には団扇をもって、足元に置かれた火の入った七輪をパタパタやってる光景なんか見せられたら―――なんかもう、それなりに悲壮な決意と覚悟でここまでやって来たアタシの苦労はなんなんだーって気にもなるじゃないか。
もう何もかもがどーでもよくなって、アホらしいとばかりに回れ右をしたくなったからといって、文句を言われる筋合いはないと思う。割とマジで。

よっぽどそうしてやろうとも思ったが、えっちらおっちらここまで足を運んできたこれまでの苦労を無にするのも癪なので、まあ、とりあえず話ぐらいは聞いてやろう。
……決して、七輪の上でジュウジュウ脂を滴らせている、数本の焼き鳥に誘惑されたわけじゃないぞ?



  ★



「んで? なんでアンタが、ここにいるんだよ。鹿目タツヤ?」


アタシは差し入れだと手渡された焼き鳥をハグハグとぱくつきながら、とりあえず聞いてみた。
理由がなんだろうが、別にどーでもいいってのが本音なんだが、まあ、アレだ……。一応はコイツが今回の件の依頼主なわけだからな。
形の上だけでも、話ぐらいは聞いてやらねばなるまい。

しかし……ムグムグ……このタレ、結構いけるな。ガチうめ~。


「そんなに急いで食べなくても、おかわりは十分に用意してありますよ?」

「うるせ。とっとと質問に答えろ」

「う~ん……。それはまあ、結構危ない仕事を頼んだ自覚ぐらいはありますからね。サポート? っていうかお手伝い? みたいな?」

「……ことごとく疑問系になってる時点で足手まとい臭プンプンな上に、胡散臭さまで感じて仕様が無いのは、アタシの気のせいか?」

「ええと……そこは、ほら。あれですよ」

「どれだよ」

「いわゆる謙遜とでも言いますか……『ああ、この責任感にあふれた少年は、今時珍しいぐらい控えめな性格をしているんだなあ』とでも受け取ってもらえたら嬉しいなって……思ってしまうのでした」

「そんな自己主張の激しい『控えめ』があるか」

「ですよね~」


ああ、もう。あいっかわらずつかみ所のないやつだな。
これでまだ悪意が見え隠れしてるなら、こっちもそれなりに対応できるんだが、こうも邪気がないと、かえって対処に困るんだよな。
それどころか、思わずこっちが辟易しちまいそうなぐらいあからさまな、好意のオーラがぎゅんぎゅん立ち上っているのが、なおさら質が悪い。

ああ、やだやだ。アタシ、苦手。こういうタイプが、一番苦手。超・苦手。
敵意や蔑視、嘲りや恐怖を向けてくる相手ならこれまで幾らでもいたし、そういう視線にも慣れてるからどうってこともないんだけど、こういう無邪気とも言える善意や好意を無条件で向けられると、途端にどう反応していいのか解らなくなってしまう。
背中がムズムズするというか、なんか物凄く居心地が悪いというか……ホント、どう反応すりゃいいのかまるでわかんないのだから勘弁してほしい。
胡散臭さっていう点では、あの白い淫獣こと奇跡の安売りセールスマン―――キュゥべえとどっこいどっこいだが、あちらと違ってストレートに敵意を向けにくい分だけ、こっちの方が質が悪い。


「まあ、僕のことはホントに気にしないでください。足手まといになるつもりはありませんけど、もしなったとしても、遠慮なく見捨ててもらって結構ですから」

「言われなくても、そのつもりだから安心しろ」

「…………えっと。そこで納得しちゃうんですか? そこはもっと、こう……『そんなことできるはずがないだろう』とか、そういう台詞が出てくる場面だと思うんですけど」

「そう思うんなら、そうなんだろうよ。アンタの頭の中ではな」

「…………杏子さんて」

「……んだよ?」

「いわゆる、ツンドラってやつですか?」

「………………………………」


いろんな意味で違うと思うぞ。

もう何度目になるかわからないため息を「はあ~」と漏らす。
ため息つくだけ幸せが逃げるっていうけど……なるほどね。アタシのろくでもない人生の謎の一端が、ほんのちょっぴり解けた気がする。
そして、アタシのため息の回数を加速度的に増大してくれやがるコイツは、やっぱりアタシにとっての疫病神だと改めて認定。


「そもそも手伝いだなんだって、アンタに何ができるっていうのさ。口先だけで『力になりたい』って言うだけなら、幼稚園児にだってできるんだよ?」

「心外だなあ。僕だって、自分にできることをそれなりに考えてるんですよ」

「じゃあ、その『自分にできること』ってのを具体的に聞かせてみな。アタシが採点してやる」

「そうですね……。例えば、僕たちが今いるこの場所から、『悲哀(ルゲンシウス)』が出没するとされる地点までは、更にまだ距離が離れてるわけですけど……」

「……ヤなこと思い出させんなよ」

「現実逃避しても、問題の解決にはなりませんよ? まあ、それはともかく……目的の場所まで杏子さんには、せめて余計な疲労やストレスをこれ以上溜めてもらわないために、雪上車っていう移動手段を用意してきました」

「………………………………はい?」


今コイツ、何を言いやがった?


「雪上車ですよ、雪上車。さすがにホテル並みの快適さとまではいきませんけど、ちゃんと暖房完備だし、ちょっとしたコーヒーメーカーも据え付けてるんで、体力の消耗を抑えつつリラックスしながら、戦意を蓄えてください。あ、もちろん運転は僕が引き受けますんで」

「……つまり、アレか? オマエがアタシより先にここにたどり着いてたのも……ソイツに乗ってぬくぬくと雪上ドライブをエンジョイしてきたから、ってことか?」

「なんか、言い方がちょっとひっかかりますけど……まあ、概ねそんなところです」

「この野郎っっ!!」


やってられっかー! とばかりに、アタシは吠えた。
目の前にちゃぶ台があったら、間違いなくひっくり返してるところだったが、あいにくとそのポジションを務めてるのは、いまだに数本の焼き鳥をジュウジュウ言わせてる七輪だ。
食いモンを粗末にしてはいけないというわずかな理性が働いて、どうにかソイツは自重したが、だからといってこの遣る瀬無い怒りの炎が消えるわけじゃねえ!


「そんな便利なモンがあるなら、どうしてコトの初めからソイツを手配しねぇんだ、テメェはっ! アタシがここまでたどり着くのに、どんっだけ苦労を……うがああぁっ! ムカつくっ! 超ムカつく!!」

「あの……なにも血涙流さなくてもいいんじゃないですか?」

「やかましいっ! やっぱりオマエ、敵っ! アタシの敵に確定っ! 今回の件が終わったら覚悟しろよ。ボコボコにしてやっからな、こんちくしょうっ!!」


檻の中に閉じ込められた猛獣よろしく、アタシはしばらく辺りをウロウロしながら吠え猛りまくった。
ここまで頭にきたことも、久しくなかったと思う。


「そう言わないでくださいよ。これも、『悲哀(ルゲンシウス)』に逢うために必要な手続きの一環だと思ってください」

「はあ? 何だよそれは。意味わかんねぇし」

「神話……中でも英雄神話って呼ばれるモノの中には、あらゆる民族に共通するパターンが明らかに見られるんですよ。その中の一つが、英雄と目される登場人物が目的を達成しようとする場合には、必ず何らかの障害を乗り越えなければならないというものです」

「アタシは英雄なんて、歯の浮くようなシロモノじゃねえよ」

「英雄は必ずしも、正義の味方とイコールってわけじゃありませんよ? 本来ならヒトにはなし得ないことを可能とする者が、英雄って呼ばれるんです」

「むう…………」

「その乗り越えなければならない障害には、いろんなパターンがあります。例を幾つか挙げるなら……半神半獣から謎かけをされたり、汚れに汚れきった牛舎を一晩で掃除しろって言われたり、時としてはドラゴンを退治しなければならない、とかですね」

「……そして中には、ヒトが足を踏み入れたらとうてい無事には済まないような場所を踏破しなければならないパターンもある、とでも言いたいわけか?」

「ご名答です。なんだ、解ってるんじゃないですか。さすがは杏子さんですね」

「そうかいそうかい。褒められてもちっとも嬉しかないのはどうしてだろうね」


キリスト教以前の中世ヨーロッパの人間は、大宇宙と小宇宙という二つの宇宙を生きていたと言われている。
小宇宙は人間の力でコントロールが可能な空間で、家がその中心になる。そして、その外側に広がるのが大宇宙だ。
そこは、神や霊や怪物―――つまり人間の力を超えた存在が住む場所であり、病気や天災なんかの人の手に負えない諸々の災厄は全て、この大宇宙から小宇宙に襲いかかってくるものと信じられ、恐れられていたのだという。

その人外魔境を、昔の連中は『森』を象徴として恐れ、敬っていた。
古い森は太古からの魔力が支配する、自然の王国としてはふさわしく見えたんだろう。

古いドイツ人たちは、森にはヴェアヴォルフと呼ばれる毛むくじゃらの男たちが住んでいると信じていた。いわゆる人狼伝説だ。
バイエルン地方では、道に迷った旅人たちはタッツェルブルムという怪物に出くわし、ソレを目の当たりにした者は、恐怖のあまり心臓マヒで死んだと伝えられる。

だけど、人間は自然を恐れもするけど征服しようとも考える。
特にキリスト教は、この従来の二つの宇宙という考え方を嫌った。
父なる神の下、宇宙は一つだと主張し、その主張が正しいことを証明するために、大宇宙の領域に住まうモノ達を小宇宙に引きずり落とすことに専念した。
世に有名な聖ジョージの竜退治伝説や、異教の神々を悪魔として己の教義に取り込むことなんかも、その象徴の一つだったかもしれない。
他にも例を挙げればきりがないが、とにかく伝説の英雄たちにとって、魔が徘徊する危険な『森』を踏破することは、目的の場所にたどりつくために……また、目的のモノを手に入れるために、必ず潜り抜けねばならない試練だったようだ。

それでも、怪物は人々の中から消え去ることはない。
大宇宙に対する恐れが、完全に消滅することはない。

現在にいたっても……『魔獣』という形をもって、それは世界に蔓延っている……。

ならば、その現代に蘇った怪物の顕現とも言うべき『魔獣』たちの更に上をいくモノ―――魔獣を超えた魔獣とも呼ぶべきモノを、
怪物たちの頂点に立つシンボルとしての『竜』にも等しい、その『神獣』を打ち倒すべく歩を進めるアタシもまた、『竜』たる『神獣』と会い見えるためには試練を受けなければならない。
神話と、英雄神話によって侵食されつつあるこの世界において、それは避けることのできない通過儀礼なのだと、
相変わらずのニコちゃん顔をしながらも、どこか静謐なモノを感じさせる不思議な表情で、鹿目タツヤは諄々と語った。

相変わらず、胡散臭い話だ。
そもそも、その説を確たるモノとするべき論理的根拠がスカスカだ。
ヤバげなクスリが完璧にキまりました的な重度のジャンキーが口にする戯言と大差ない。

それでも、その全てを否定することはアタシにはできなかった。

だってアタシは知っている。
日常の裏に、『魔獣』と呼ばれる非日常が存在していることを……。

だからこそ、鹿目タツヤの言う四体の神獣―――


悲哀(ルゲンシウス)

狂気(インサヌス)

愛(アモール)

憎悪(オディウス)


これらの存在を、頭から否定することができないでいる。

……いや。
正直に言おう。

心のどこか……深い部分でアタシは、それら神獣の存在を半ば確信している。
だからこそ、頭では怪しい話だと思いつつも、この話に乗ったのだ。

この地に出没する神獣

『悲哀(ルゲンシウス)』を倒すという話に……。


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