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[25217] マブラヴ ~罪と共に~
Name: 筑前◆b200758e ID:4f320c77
Date: 2011/01/09 16:19
 みなさん初めまして。

 今回が初投稿の筑前といいます。

 物語を作る事が初めてなので拙い所に加え誤字脱字があるかもしれませんが、その時はお手数ですが指摘をお願いします。

 設定としては夕呼先生がメインの話で、できるだけ公式(暁遙かなりやTEも含め)に忠実に書いていこうと思っています。

 長期連載の予定で完結を目標に頑張っていきますので、よろしくお願いします。




[25217] マブラヴ ~罪と共に~ 序章
Name: 筑前◆b200758e ID:4f320c77
Date: 2011/01/02 01:28
 横浜基地地下19階にある執務室兼研究室。 
 部屋を埋め尽くさんばかりの、資料の中に香月夕呼はいた。
 鬼気迫る表情で、もの凄い勢いで資料を読んでいく。

(――因果導体なんてものにならなくても、やり直してみせる……私は天才なんだから)

 荒れた身だしなみなに狂ったように資料を読みあさる姿は、一般人が見たら狂人と勘違いしてもおかしくなかった。
 オルタネィティブ4その最高責任者であった時代の香月夕呼を知っている人がこの夕呼を見たら驚愕しただろう。
 
「いけませんなぁ香月博士……顔がやつれきって、せっかくの美貌が台無しだ」

 いつの間に現れたのであろうか、男は芝居かかった口調で話しかける。

「鎧衣……あんた匿ってもらってる身で、邪魔をするなら帝国に突き出すわよ」

 元帝国情報省外務二課課長であった鎧衣左近は現在、お尋ね者として夕呼の元に身を寄せていた。

「おお、恐い恐い。博士の飼い犬として忠実に情報を仕入れてきただけですのに……」

 今まで、一瞥もしなかった夕呼だったが鎧衣の言葉に資料をめくる手が止まる。

「……どんな情報?秒読み段階だった人類同士の愚かな戦争が始まった?」

「博士が研究用として手に入れたG元素。国連の間でこの運用方法が疑問視されはじめましてね」

「――フン。国連の連中は、また人を尋問にかけようとしてるのかしら?」

 人類を救った計画オルタネィティブ4その最高責任者であった香月夕呼の功績は多大なものであったが、数々の問題行為が災いし、軟禁状態の上に尋問を繰り返し受けていた事があった。

「まあそれぐらいなら何とかするわ」

「その件だけなら大した事はなかったのですが、各国の機密を調べている事が知られたようで、各国はもちろん特にメンツに拘るアメリカなどが怒り狂っていましてね、国連で博士の罷免決議が今にも採択されて、ここにMPが訪ねてきそうです」

 鎧衣の報告にはなかったたが、他にも夕呼の権力をひそかに乱用した各国最新の戦術機情報を入手しているなどの問題行為もあった。
 
「そう……もうこの辺が限界みたいね……」

 夕呼は独り言のように呟く。

「――鎧衣、今までお疲れさま。これ以上私に付き合う事はないわ、用意してあった安全な場所に身を隠しなさい」

 改まった態度で労いと別れの言葉を告げる。

「博士が何をなさろうとしているのか、私のような凡人には考えもつきませんが、何かの役に立てればと思いまして、私自身しか知らない内容の資料を渡しますのでそちらにも目を通してもらえれば幸いです。きっとその内容を私に言えば無条件に協力するでしょう」

 夕呼は思わず笑ってしまう、そして鎧衣の有能さを心強く思った。

「――あんたみたいな食えない人間がそう簡単に無条件で協力するものですか……でも、ありがとう」

 鎧衣は笑みだけ返し、来た時と同じように去って行った。
 その後、わずかな時間で夕呼は準備を整える。

(さてと……それじゃ無くしたものを取り戻しに行きましょうか)

 溶けるように、香月夕呼は研究室の中に消えていった。



[25217] マブラヴ ~罪と共に~ 1話
Name: 筑前◆b200758e ID:4f320c77
Date: 2011/01/20 18:48
 世界が歪んでいる。

 生理的にも感覚的にも気持ち悪い。

 目に見えるものが、モノクロに見えた。

 記憶も、意識も、視界も、混濁している。
 
「…………せ!」

 目眩がひどく地に足がついていない。

 ここはどこ――?

「……こ…………は……せ」

 誰かが何か言っている。

 私は誰――?

「――香月博士!香月博士!どうしたのですか!?」

 ――我に返った。

 気付けば、世界に色は戻っている。
 ここは戦艦の艦橋のようだ。
 女性士官が困惑したような目を向けている。
 
「……だ……大丈夫よ……」

 何とか声を絞り出し答える。

「どこか具合が悪いのですか?」

 女性士官はまだ心配そうに声をかけているが、再度大丈夫と答える。
 周囲を――艦橋の中を、見回してみる。
 怒声と罵声が飛び交い混乱を極めていた。
 一度、見た事がある……明星作戦で米軍にG弾を投下されあとの光景だ。
 
「ねえ……今日は何年の何月何日か教えて」

 女性士官は、さらに困惑した表情になりながらも答える。

「――はい。今日は1999年8月9日です」



 1999年8月30日 



 一面の森林が続く中、蒼穹色の戦術機2個中隊24機が高い空力特性を生かした水平噴射跳躍で舞う。
 国連軍所属である不知火2個中隊は日本帝国との共同作戦である、本土残存BETA掃討作戦に参加するために進んでいた。
 
(――ほんの1ヵ月前まで連隊規模だったA-01が今となっては30人足らずか……)

 新任隊長に任命されたばかりの、伊隅みちるはその事実に思い息を吐く。
 今回の任務も明星作戦ほどではないにしろ過酷な任務であった。
 BETA群の後方から奇襲を敢行しレーザー属種を殲滅するといった内容である。
 しかも、明星作戦で疲弊したA-01の戦力不足は否めず、戦力不足を補う苦肉の策として任官予定を繰り上げた新人衛士も部隊に組みこんでいるありさまだ。
 本来は予定されていなかったこの作戦が急遽決定した裏には、帝国と国連の間に政治的絡みがあったと噂されている
 これらの事から、本来なら重く感じるだけの任務だったのかもしれないが

(――この任務も副司令のおかげでマシになったな)
 
 彼女の心を軽くしていたのは、新型OSであるXM3を全機が搭載しているという事だった。

(副司令が作った新型OSのXM3は本当に素晴らしい。発案者という操作記録の衛士のように、あの機動を全戦術機が可能となれば……香月博士の言う通りこのOSが戦死者を半数に減らす事も不可能ではない)

 伊隅は、隊長就任の重圧さえもXM3の存在が軽くしてくれていると感じていた。

『――余裕そうだな、伊隅隊長?』

 まるで世間話をするかのように、秘匿回線から声が響く。
 伊隅の網膜には慣れ親しんだ顔が投影されていた。

「碓氷、貴様は動揺している私の姿をそんなに見たいのか?」

 伊隅の返答に、つまらないとばかりに碓氷は軽く肩をすくめる。

『――面白くない。責任感の強いお前の事だから隊長就任の重圧でガチガチに固まっていると思ったのに』

 この軽口が、碓氷の気の使い方だという事を長年の付き合いから知っていた。

「私より、貴様の方が心配だよ碓氷大尉。本当にお前に副隊長兼A-02中隊長の任が――!?」

『――CPより中隊各機』

 突然、CP将校なりたての涼宮遙の声が、ヘッドセットのスピーカーから響く。
 それと同時に軽口の応酬をしていた2人の顔が一気に引き締まる。

『これより第5級光線照射危険地帯に入ります。各機高度を落とし火器管制を解除してください』

 戦域に近づいている事を理解するのに十分な内容だった。

「碓氷大尉そちらの中隊は任せたぞ!」

『――了解!』

 碓氷の回答を聞くや、即座に秘匿回線を切り換え中隊の回線を開く。

「全員聞いたな?これより鎚型陣形(ハンマーヘッド)に移行!NOE(匍匐飛行)にて進む!死にたくなかったら高度30以上に頭を上げるな!我々の任務がこの作戦の成否を握っている。オルタネィティブ4直属部隊としての意地と名誉にかけてこの任務を完遂させるぞ!」

「「「「「「「了解」」」」」」」

 分かっていた。
 いくらXM3を搭載しようと、BETAの絶望的な物量が脅威であるという不変の事実に。

(それでも、このXM3が初搭載されたこの戦いが、人類反撃の狼煙になると信じている!)

 伊隅はそう願わずにいられなかった。



◇  ◇  ◇



「――はっはっはっはっ……いやはや何もかも驚きですな」

 横浜基地建設着工予定地に建てられた仮設本部の一室で、深みのある声が響く。
 盗聴と防音対策はしているため外部に漏れる心配は無かった。
 その部屋隅で、鎧衣を恐がっているのか社霞はウサギ耳が出た状態で隠れている。

「日本最高の天才として名の馳せていた香月博士は日本どころか歴史に類を見ない天才である事に間違いないでしょう。地上6番目に発見したG元素グレイシックス。その負の質量を持つエキゾチック物質を利用したタイムリープ計画。G弾の使用により時間と重力の歪みが発生し、時空が繋がりやすい状態にあった明星作戦後にワームホームを開き、そこにタイムリープで自分の記憶と貴重なデータを過去に飛ばすことなど、誰も考えもつかない事ですからな」

 協力を求める時に一度説明しただけの内容であったが、抜け目なく鎧衣は覚えていた

「しかも、帝国の窮状憂えて積極的に支援なさせってくださる。博士のいろいろな噂を聞き及んでいましたが、ここまで前評判と違うとは思いもしませんでした」

 夕呼に対する前評判は、天才かもしれないが自分の目的の為なら手段を選ばず、同胞であるはずの日本にも駆け引きを仕掛ける卑劣な女といった内容がほとんどであった。

「ここだけの話、今まで帝国の上層部は香月博士の事を“牝狐”と呼んでいましたが、現在では帝国を救ってくれる“麗しき女神”と呼ぶ者さえいます」

 いつの時代も、鎧衣の芝居かかった口調は変わっていなかった。

「……んで、そろそろ本題に入ったらどう?つまらない話はウンザリ」

 今まで挨拶以外喋らなかった夕呼は、鎧衣のドードー鳥の生態から始まり横浜基地建設決定の祝辞、夕呼に対する賛辞まで聞いた所で聞きに徹するのを止めた。

「おや……つまらなかったですか?」

「ええ、面白くないわ。本題に入ってちょだい」

 残念そうな顔をした鎧衣は、テーブルに置いてあった帽子を手に取ると、ついてもいない帽子の埃をはらい再度テーブルに置く。

「博士が煌武院殿下に極秘裏に差し出された書面の事ですが……書面の内容に殿下は大変驚きの様子で、信頼できる近習と相談したいとの事で少々時間を頂きたいという事です。ただ、早急に支援が必要な事があるのなら遠慮せずに申して欲しいと」

 夕呼は思わず舌打ちをする。
 即決断は無理にしても、もう少しマシな回答を期待していたからだ。

「私が未来の情報を持っていると明かしたのは、あんたと殿下だけよ!この情報を信頼させる為に私がどれだけのリスクを犯して殿下に情報を開示したか!?決断が1秒でも遅れることが人類の損失に繋がっているか!?今からでも遅くないのよ、日本じゃなくアメリカと手を組みましょうか?」

 夕呼は苛立ちを隠せない様子でいる。

「――申し訳ない。香月博士、この件は私に一任してもらえませんかな?」

 鎧衣が、その場しのぎで物を言う男はではない事は理解していた。
 彼が任せて欲しいというなら、納得させる見通しが付いているのであろう。

「分かったわよ。あんたに任すから責任持って説得しなさいよ」

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げた鎧衣は、この件はここまでとばかりに次の案件を切りだす。

「国防省に提案した、不知火の改修案の事ですが思った以上に難航しているようです。やはりアメリカ企業であるボーニングとの合同開発というのが一番のネックになっているようでしてな、ただ帝国陸軍技術廠・第壱開発局副部長の巌谷榮二中佐などは大変興味をお持ちのようで、こちら方面からいけば何とかなりそうです」

「やはり、巌谷榮二が食いついてきたわね」

 巌谷榮二は、大陸などで数々の歴戦を戦い抜いて来た猛者としてだけでなく、伝説的なテストパイロットとして国産機開発の道を開いたとされる有名な人物であった。
 この不知火の改修案も夕呼が元いた世界では、巌谷が提案し実現させたもので食いつくのは当然ともいえる。

「城内省に提案した武御雷の改修案の方は、殿下の説得が成功すればなし崩しにいけるはずです。ただ、城内省の内部で猛反発が起きるのは必然的でしょうな」

「フン……私が提案した改修案を実現すれば、機体能力が多少上昇するだけでなく、生産性、整備性は比べる必要もないぐらいに格段に上がるというのに何が不満なのかしらね?」

「純国産に拘り何年もの歳月をかけ念願の思いで、来年にも正式採用されようとしている武御雷を、自分達の技術以外で作り換えられる事にプライドが許さないのでしょう」

 必要以上の説明に、彼の城内省に対する皮肉が感じ取れた。

「……プライド?そんなもの犬にでも食わせたらいいのよ」


 



[25217] マブラヴ ~罪と共に~ 2話
Name: 筑前◆b200758e ID:4f320c77
Date: 2011/07/20 16:58
 澱んだ曇り空の下、地球上幾度となく繰り広げられている人類対BETAの戦いがあった。

「邪魔するなぁぁッ!!」  

 A-01隊長である伊隅みちるは、光線級を守りに接近してきた要撃級を、74式近接戦闘長刀の薙ぎ払いと返しの一閃で素早く切り裂く。
 同時に周囲の状況を確認。
 残存BETA数が少ないと判断するや矢継ぎ早に指示を送る。

「速瀬、残りの光線級を片付けに行くぞ!他の者はA-02の援護に向かえ!」

『『『『――了解!』』』』』

 整然とした陣形を組んでいた中隊は、伊隅の言葉を合図に散開する。
 伊隅と速瀬の不知火両機はBETAの同士討ちをしない性質を利用し、数体の要撃級を盾に、光線級に一気に近づく。

『――ほらほら、遠慮はいらないわよ』

 光線級を射程内に収めた両機は、速瀬の声と共に突撃砲の豪雨を浴びせる。
 2機の87式突撃砲から放たれる36mm弾と120mm弾を交互に交えた砲撃に、視認範囲の光線級が肉片と変わっていく。

(それにしても、大した奴だ)

 速瀬水月は混戦した戦いの初陣にもかかわらず、「中身」はともかく表面上は動揺の色を見せずに、他のベテラン衛士と遜色ない目覚ましい活躍を見せている。
 
(あいつなら、将来的に突撃前衛を担えるだろうな)

 突撃前衛は、ほとんどの部隊でエース級が担当する位置である。
 速瀬にその突撃前衛としての適性があると、伊隅は感じていた。

「よし!光線級は片付いた。碓氷達と合流し――!?」
 
 離脱を促そうと、速瀬機に目を向けた瞬間、BETAの死骸を吹き飛ばすほどの勢いで要撃級が速瀬機の後方に接近するのを目撃する。
 実戦の経験不足からだろう、速瀬は光線級を片付けた安堵からか周囲の警戒を怠たっていた。
 要撃級の接近にまだ反応できてない。

(……ッ!この位置からでは射線が速瀬に重なる)

 そう判断した伊隅は、神技的なコマンド入力でロッケットエンジンを点火。
 コマンド入力から不知火が動作に移るまで、XM3の利点の1つである即応性の上昇により、今までにない速さを実現する。
 瞬間的な動きを見せた、伊隅の不知火は滑走跳躍で速瀬の機体へ接近。
 接近と同時に不知火の跳躍ユニット、ベクタードノズル、尾翼の複雑な動きから描きだされる不知火独自の多角形的な動きで、速瀬機の後方間近まで迫った要撃級の側面に回り込む。

「間に合ぇぇぇッ――――!!」
 
 今にも、速瀬機に前腕を振り上げようとしている要撃級に、伊隅は機体ごと92式多目的追加装甲を叩き付ける。
 叩き付けた多目的装甲の指向性爆薬が炸裂。

「――クッ!」

 要撃級の上半身を吹き飛ばすと同時に、伊隅機の管制ユニットに耳をつんざく爆発音と激しい揺れが起こる。
 その揺れの中で、伊隅は痛感した。

(この機体にXM3を搭載してなかったら、間に合わなかった……発案者と副司令には感謝しないとな。仲間を1人失わず済んだ……)

 揺れが止まると周囲の状況を確かめ、さらなるBETAの接近がないか確認する。

『――い、伊隅大尉……』

 今の出来事が理解できたのか、速瀬は動揺をしている。

「――馬鹿者!!実戦で周囲の確認を怠るとは死にたいのか!?」

『……すみません』

 怒りを覚えた伊隅だが、普段の速瀬が見せない萎縮した態度に、思わず口元がゆるむ。
 
「フッ……もういい。お前は初陣ながらよくやった。今後も中隊を救うような活躍を期待しているぞ」

『――と、当然ですよ。任せてください』

 大した切り換えの早さだと、伊隅は苦笑する。

「さて、中隊と合流するぞ。もう少しで、この辺り一帯の面制圧が開始される。面制圧に巻き込まれでもしたら……」

 なぜか、伊隅はそこで速瀬を意味深な視線で捕らえる。

「お前の強化装備に備えてある排泄パックの容量では、足りなくなりそうだからな」

『…………』

 しばらく続いた沈黙の後、速瀬の顔はみるみるうちに赤面に変わっていく。

『……な……なな……た、大尉!!』

「――はっはっはっ。怒るな。怒るな。誰でも初陣では通る通過儀礼だ。さあ、中隊と合流するぞ」

 そう言い放つと伊隅の不知火が飛び立つ。
 速瀬は泣きそうな顔でうめき続けながらも、伊隅に続き飛び立った。



 1999年10月1日  



 BETAの侵略を受けた事がない数少ない国の1つアメリカ。
 そのアメリカの大都市にある超高層ビルで、今後の世界情勢にも影響を及ぼしかねない話し合いが行われていた。
 オルタネィティブ4最高責任者にして横浜基地副司令も兼任する香月夕呼と、アメリカ合衆国最大級の戦術機メーカー、ザ・ボーニング・カンパニーの戦術機開発部門の重役フランク・ハイネマンとの会談である。
 狸と狐の化かし合い。
 その言葉通りの会談になるであろうと、当初は予想されていたが
 
「――香月博士、確かにこのデータの一部分だけを見てもその素晴らしさは十分に感じられます……」

 常に穏やかな微笑を浮かべているハイネマンの顔だったが、夕呼の提案を受け引きつった笑いになっていた。

「このデータをボーニングが手に入れた日には、我が社の戦術機部門が生存をかけて進めている計画、フェニックス構想は成功したといっても過言ではないでしょう。それに加え、このデータの情報があれば5年以上かからないと取得不可能と思われる技術までも手に入る」

 フェニックス構想とは、世代遅れの戦術機を最新の第3世代近くまで、アビオニクスの換装とモジュールの追加のみによって安価にグレードアップさせる計画であった。
 ボーニング社はその計画の中で、全世界で最も多く配備されているF-15イーグルに目をつけ、その改修に力を入れている。

「しかし、その見返りが莫大過ぎです。不知火の改修用部品のライセンス料無償化だけならまだしも……日本で新規建設を検討中の工場も含めた、国内全ての戦術機生産ラインの全面的な支援と、ボーニング社が培ったパイプを使用し各国に日本帝国への出資を促すなど……」

 近年に起きたBETAの大規模侵略で多大な被害を受けた日本帝国は、困窮した経済状態にある。
 その状況で戦術機生産ライン増設のために国民の税金を投入する事は、国内情勢に不満を持つ者に勢いを与えかねない話だった。
 それでも、オルタネィティブ4最高責任者としてだけでなく国連での地位も、数々の裏工作で向上している夕呼の強圧的な後押しと、その夕呼の意見を無下にできない日本帝国の実情が重なりあい実現寸前まで来ていた。

「ハイネマンさん、勘違いしてもらっては困りますわ。そもそも共同開発ばかりとは名ばかりで、現時点でボーニング社は不知火の改修に何も助力していません。『ただ単に』ボーニング社の技術を流用した改修部品にする事で、不知火の改修が安易になる可能性があるからこそ提案しているだけです。やろうと思えば日本メーカーでも改修は十分可能ですわ」

 新型機が実戦配備に至るには、大きく分けて6つの過程を踏まなければならないと言われている。
 仕様の決定→発注→開発準備→製造→テスト→量産、この過程を全てクリアした機体のみ実戦配備されていく。
 5年以上先までの技術情報を保有している夕呼にとっては、この過程を省略させ最速で実戦配備まで完了させる自信があった。
 
「――確かにそうかもしれません。だからと言って日本国内全ての戦術機生産ラインの全面的支援などすれば、我が社の経営が傾いてしまいます」

「誰も、ボーニング社が潰れるような巨額出資を要求していませんわ。私が主に求めているのは、高水準な技術力を持った技術員の派遣と、各国に日本への出資を求める際の橋渡し役の2つ。これを叶えて下さるなら、このデータも含めたそれ相応の礼はするつもりです」

 どんなに技術的に優れた計画であっても、その技術を現場単位で指揮、指導ができる優秀な技術員が居なければ、実行に移す事などできない。
 そして、その計画の根本として元手が必要とされる。
 現在の日本帝国には、この両方が絶対的に不足していた。

「その条件だとしても、これは――」

 ハイネマンの言葉を遮るように、夕呼が口を開く。

「ちなみに、ノースロック社とロックウィード社にもこの話を持ち掛けています。特にノースロックの反応は素晴らしかったですわ。私がこのデータを見せた瞬間に目の色を変え、ノースロックの全てをかけて支援するとまで言ってくれました。この話を聞いたロックウィードの方も大変焦っていて、今日ぐらいには色良い返事が貰える約束ですわ」

 ノースロック社はF-14トムキャット開発で大きな成功を収めていたが、その後の戦術機選定争いでロックウィードのF-22Aラプター、ボーニングのF-18Eスパーホーネットに連続して敗れたため、経営状態が悪化している。
 追い詰められていたノースロックにとって夕呼が持ち出してきた話は、現状を好転するだけでなく、世界一の戦術機メーカーに上り詰めるという野望さえも芽生えさせるものだった。
 ロックウィードにしてもラプターで成功したとはいえ、5年先以上進んだ技術をノースロックが取得した日には、戦術機開発はノースロックの独擅場になる。
 それは、ロックウィード社が危機に陥る事と同意義であった。
 その事態を阻止するために、データ取得に提示された条件が多少不条理であろうと、呑まなければならない。
 当然、ボーニングも例外ではなく……

「ノースロックとロックウィードもこのデータを……」

 ハイネマンは、なぜ香月夕呼という女が“牝狐”の異名を取っているか、その身をもって理解できた。

(狡猾過ぎる……これは駆け引きなどの以前の問題だ……この要求を呑まなければボーニング社は潰れてしまう。我が社は、この小娘たった一人の手によって窮地に立たされている……)

 ハイネマンの顔からは、わずかに残っていた微笑が消える。

「戦術機開発の鬼とまで呼ばれたハイネンマンさんが本気になれば、この『取引き』を成立に導いてくれると、私は信じていますわ」

 夕呼の言葉は、今までと同じ――むしろそれ以上に穏やかな声であった。

(――この小娘がぁッ!!)
 
 ハイネマンはこれまでの人生の中でも、感じた事がない怒りを覚えた。

「……香月博士のご要望は理解できました。しかし、この話は全て日本帝国の承認が前提。アメリカを毛嫌いしている印象がある帝国が、本当に承諾されますかな?」

 ハイネマンは最後の意地として、ただ1つの問題ながら最大の難関を指摘した。

「フッ……当然です。必ず日本帝国に承諾させてみせますわ」





[25217] マブラヴ ~罪と共に~ 3話
Name: 筑前◆b200758e ID:4f320c77
Date: 2011/07/20 16:58
 1999年12月20日

 帝国国防省にある会議室、ここで日本帝国史上前例のない高位高官者による会議が開かれていた。
 国防省、外務省、内務省、城内省、の各省でトップクラスの実力者を始め、日本戦術機メーカーである河崎・富嶽・光菱・遠田の国内大手4社の重役、そして、極東国連軍の代表として香月夕呼までもが揃っている。
 この異例な会議は、夕呼の提案で開催されていた。
 BETAの大規模侵攻や明星作戦などで苦境に立たされていた日本帝国に、繰り返し支援を行ったことにより好印象を植え付けていたが、それでもここに集っている者の大半は夕呼の申し出による会議開催に難色を示していた。
 だが、進展のない数々の重大問題が一挙に解決するならと、名よりも実を選び、会議開催を承諾している。
 最終決定権を持つはずの皇帝御前会議の権力が無力化している現在、この会議の決定事項が日本帝国の今後の方針と直結しているといっても過言ではなかった。
 その経緯からか、会議室内を異様な雰囲気が包みこんでいる。
 議長を務める帝国陸軍中将は、この状況を打破するように話を切り出す。

「それでは、議題に進みたいと思います。では最初の案件を」

 議長に指名された帝国陸軍技術廠・第壱開発局副部長の巌谷榮二中佐が立ち上がり、場の雰囲気に流されない堂々とした態度で口を開く。
 
「正面装備調達の案件ですが――」

 ここ数年、日本帝国の戦術機正面装備調達はTSF-Type94不知火で決定していた。
 しかし、不知火の致命的な欠点により数年以内の変更を余儀なくされている。
 不知火は基本性能、稼働率、整備性どれを取っても優秀な機体であったが、極めて困難な要求仕様を実現したため構造的余裕が無く、拡張性が非常に低い機体という欠点を持ってしまった。
 現在この拡張性の無さから、機体性能の発展が困難となっているだけでなく、現場から上がってくる改善要求さえも満足に応えられない状態を生みだしている。
 このままでは将来的に予定されている佐渡島奪回、大陸反攻などの作戦で多くの衛士が苦しむ事が明白となっていた。
 この事態を打開する策として3つの案が上がっている。

 1 高等練習機としても使用されているTSF-Type97吹雪に、主機の換装と機体性能向上を施し配備する。
 2 不知火以上の性能を誇る、外国産機の導入。
 3 機体性能の大幅向上を目指し不知火を改修。

 最初の案は、不知火と吹雪の基本設計が共通である事から、主機の換装は可能でも不知火以上の機体性能向上は困難とされている。
 2つ目の外国産機導入は、帝国内に根強い国産機派の反対で導入候補の機体選定さえ決まっていない。
 そして、最後の不知火改修案が解決の最有力と期待されていた。
 その期待に応えるべく前年、不知火開発を成功に導いた国内メーカー河崎・富嶽・光菱の3社が不知火改修機としてTSF-Type94-1C不知火壱型丙の試験生産を実施。
 だが、ここでも基本となる不知火の突き詰めた設計が仇となり、完成した不知火壱型丙は一般衛士にとって改修前水準の能力すら発揮できないピーキーな機体と判明。
 100機弱の機体が生産されたが、その後の生産は中止とされている。
 この推移から、最有力視されていた不知火改修案も暗礁に乗り上げたように見えたが……

「こちらが、河崎・富嶽・光菱の3社に米国戦術機メーカーであるボーニング社を加えて新規に共同開発した、不知火改修機のデータです。なお、この不知火改修機の名称は不知火弐型としています。試験データなどの詳細な内容は資料がお手元に控えていますので、ご参照ください」

 夕呼からの多大な支援があったとはいえ、ここまでの不知火弐型開発に実質的に動き続けたのは巌谷中佐だった。

「ご覧の通り、不知火弐型の能力は米軍最新鋭機であるF-22Aラプターと同等もしくは、それを上回る性能を発揮しています。このデータは富士教導隊などの精鋭部隊で2ヶ月の短期間ながら過密にスケジュールを組み込み入念に検証した結果の表れであり、十分に信頼に足るものだと言えます」

 予想を超えた成果に室内中から、驚きの声が上がる。

「ボーニング社からは、改修用部品の生産許可を得ているので既存機の改修だけでなく、新規生産も可能になっております。なお、この生産時に発生するライセンスの対価は無償で構わないとのこと」

 通常ライセンス生産をする場合、イニシャルロイヤリティ(契約金)とランニングロイヤリティ(生産数に応じて一定割合のライセンス料)を支払っていかなければならない。
 いくら優秀な機体であっても、これらが発生するライセンス機の大量生産は簡単ではなかった。
 これが無償で済むという事は、困窮した日本帝国の台所事情において大きな助けになるのは誰の目にも明らかだった。

「以上の点から、帝国陸軍技術廠は正面装備調達に不知火弐型選定を強く推薦します」

 これだけの条件が揃って反対する理由はないだろうと、巌谷中佐が暗に示しているのを会議出席者達は感じていた。
 純国産機派の人間が不満を、周囲に愚痴るがこれ以上の案がないため、あからさまな反対ができないでいる。
 議長を務める帝国陸軍中将は周囲を見回し、公然と意義を唱える者がいないと確認すると、巌谷中佐に頷いてみせた。

「反対意見なしとし、不知火弐型を正面装備調達に選定。後日、皇帝御前会議に選定結果を報告とする」

 巌谷中佐は、安堵の表情は見せず議長に一礼する。

「では、次の案件を…………」

 議長の発言が途中で止まり、会議出席者が不審がる。

「――議長、ここからは私が直接説明させていただきますわ」

 沈黙を守り続けていた、香月夕呼の声が室内に響き渡った。



◇  ◇  ◇ 



「――ふざけるなぁッ!!武御雷と吹雪の輸出だと!?そんな話を誰が承諾するものか!」

 右派と知られる帝国陸軍の少佐を中心に、その賛同者の怒声が室内に響き渡る。

「――あら?何かご不満でも?」

「貴様の言ったことの全てだ!お前の本性が売国奴の牝狐ということが、これではっきりしたぞ」

 陸軍少佐の激昂ぶりに、相手にできないとばかりに夕呼は軽く首を振る。

「君達、口を慎みたまえ。これ以上の暴言は、それ相応の処置を取らせていただく」

 議長の勧告により、怒声を上げていたものが不満気ながら口を閉ざす。
 それでも、否定的な意見が圧倒的に占めていることから、反対派を論破する必要があると夕呼は感じていた。

「香月博士。仮に、博士が提案される案を採用するにしても、大きな困難があると思います」

 帝国陸軍の中で右派国粋主義の急先鋒と知られる大伴忠範中佐が、問題点を指摘してくる。

「まずは武御雷ですが、この機体は生産性、整備性が非常に低い上に1機あたりの調達費用、ランニングコストも非常に高価です。このことから、諸外国が欲しがるとは思えません」

 武御雷の評価試験データが公表された当時、斯衛軍だけでなく帝国軍でも武御雷を導入しようとする動きがあったが、これらの理由により取り止めになっていた。

「また、吹雪に関しても諸外国が欲しがる確固としたる理由がなく、武御雷と同様の結果になると思われます。」

 そこで、大伴中佐は眼鏡を中指で押し上げると夕呼を睨めつけるように見据える。

「そして何よりも…………『さんざん煮え湯を飲まされてきた連中に、我々が築き上げてきたものを渡せるか!!』…………以上の点から、この話は困難だと思われます」

 大伴中佐の発言に一部の者から喝采が起こるが、そんな事かとばかりに夕呼は微笑む。

「それでは、ご指摘された点を説明させていただきますわ。まず武御雷ですが、おそらく大伴中佐が持ってらっしゃる情報は古いものです」

 夕呼の指摘を受け、大伴中佐の眉間にしわが寄る。

「最新の御武雷は、全ての型式において整備性、生産性が格段に向上しただけでなく、機体性能も多少向上しています。それに加え、輸出仕様機として予定されているType-00F型は他の戦術機との部品や装備の共通化に成功し、整備性と生産性は一般戦術機と遜色ない段階まできています」

 そんな話は初めて聞いた、などの会話が飛び交い会議室が再び騒然となる。

「さらに吹雪の方ですが、私は実戦運用だけでなく日本と同じ高等練習機としての役目を目的とした、輸出計画にしています」

 世界中で主力の戦術機を最新の第3世代もしくはそれに近づくものにとの流れではあったが、各国の訓練兵が使用している練習機のほとんどが、旧世代機のF-4ファントムやF‐5フリーダムファイターが主流であった。
 しかし、それでは前線で使用する機体が最新世代機の場合、旧世代機に乗り慣れた衛士に慣熟訓練が必要になる。
 前線の国において、その慣熟訓練に労費する時間がないというのも珍しくなく、慣熟訓練が不十分なため戦場で機体をうまく操縦できずに死亡するという事態も日常的に起きていた。
 そこで第3世代の高等練習機としてだけでなく実戦運用も可能な、吹雪なら需要が見込めると夕呼は考えていた。

「輸出仕様の吹雪は、通常型より調達コストを安価にしただけでなく各国仕様へ変換しやすいように改造を施しています。ちなみに、問題点として指摘されていた武御雷と吹雪の輸出先ですが、武御雷は国連軍。これは言うまでもなく国連特需が期待できることから。吹雪は全世界と言いたいところですけど、まずは運用思想が近い大東亜連合を中心に計画していますわ。いかがですか大伴中佐?」

 予想を超えた夕呼からの切り返しに、ざわめいていた反対派が静まりかえった。
 そんな中、多少は返答に窮するかと思われた大伴中佐だったが、平然とした様子で口を開く。

「――香月博士の話は大いに勉強になりました。確かに、博士の言う通りなら、武御雷と吹雪の輸出も可能でしょう……しかし、それは輸出の決定がなされたらの話。輸出の決定には政府の閣議決定が必須。さらに武御雷の輸出には、武御雷を専用機として扱っている城内省の許可も必要。仮にこれらの条件をクリアしたとしても、最後に我々が承諾しなければならない」

 そこで大伴中佐は、改めて夕呼を見据える。

「我々がこの案を受け入れると、お思いか?」

 大伴中佐に続き陸軍少将が、間髪いれず発言する。

「香月博士は、この件以外にも他国からの帝国への融資や米国戦術機メーカーを中心とした技術者の受け入れなど企てていると聞いています。これらの件も到底納得できるはずがない。帝国が光州作戦や明星作戦などで諸外国から、どれだけ苦渋を呑まされたかご存知のはずなら、我々の思いはご理解いただけるはず」

 大伴中佐らの発言で、かつて味わった屈辱が会議出席者の脳裏を過ぎる。
 室内の雰囲気が反対一色に染まっていく感触を得た大伴中佐は、慇懃な態度で夕呼に話す。

「納得していただけましたかな、香月博士?」

 ここにきて、夕呼の状況は四面楚歌に変わりつつあった。




[25217] マブラヴ ~罪と共に~ 4話
Name: 筑前◆b200758e ID:4f320c77
Date: 2011/07/20 19:01
 正午過ぎに始まった会議は、紛糾を極め日が暮れようとしている。
 この会議の中心に居る人物、香月夕呼は孤軍奮闘の状態ながら他の者に一歩も引けを取らない論戦を繰り広げていた。

「――香月博士」

 それまで沈黙を保っていた海軍提督である小沢が口を開く。

「博士はなぜそこまでして帝国機の輸出や諸外国からの支援などに拘られるのですかな?博士が帝国を陰ながら支えていることは、みな感謝しています。しかし、それと今回の内容はまた別。確かに博士の提案を実行すれば、帝国の復興は早まるかもしれませんが代わりに日本人としての誇りを失いかねない。博士ほどの方なら我々の考えなど予測もできたはず。ここからは駆け引き無しで博士の真意を聞かせ願いたい」

 このままでは埒が明かないと、出席者のほとんどが考えていた。
 その視線を一身に浴びた、夕呼は覚悟を決めたように沈黙が包み込む室内で告げる。

「……全てはオルタネイティヴ5を阻止するためです」

 夕呼の発した言葉は大きくはなかったが、静寂の室内に伝わるには十分だった。

「――な!?」

 この発言に、小沢提督をはじめ会議出席者がざわめく。

「オルタネイティヴ5。その中身をみなさんほどの要職に携わっている方々なら、多少なりとも耳にされてはいるはず、その辺の訓練兵とは違い」

 オルタネイティヴ5それは、現在ラグランジュ点で開発を進めている巨大宇宙船を使用し、全人類で選抜された約10万人を地球から脱出させ蛇遣い座バーナード星系に移住、地球に残った人類が大量のG弾でBETAに最終決戦を挑むというのが、全貌である。
 しかし、この計画は秘匿性という点において問題点があった。
 宇宙上で巨大宇宙船を何隻も造るというのは、人類史上類を見ない巨大プロジェクトである。
 この計画を実行するには人、物、金が計り知れない程動く。
 オルタネイティヴ5は極秘裏に進めている計画なので、関係者に緘口令を布いて情報が流出しないように国連は苦心している。
 その甲斐あって一般人に対する情報統制には成功していたが、有力国の実力者にこの計画を隠せるだけの影響力は無かった。

「その計画を阻止するためには、日本主導で進めているオルタネイティブ4を成功させなければなりません。それには日本の国力強化が必須なのです。」

 夕呼の真意はともかくリスクが多大なこの最高機密発言をしたことにより、少なからず出席者達の夕呼を見る目が変わっていた。

「香月博士の考えは多少なりとも伝わりました。それで、博士の案を全てが呑んだとして、帝国にどのようなメリットがあるのですかな?」

「難民問題と食糧問題の解決。そして、2年後の2001年に佐渡島奪還をお約束しますわ」

 夕呼の発言は帝国が頭を悩まし続けている問題を、自分に任せれば決着すると公言したのも同じだった。
 夕呼の言葉に、静まりかえっていた室内が一斉にどよめきに沸きだつ。

「――無理に決まっている!我々が長年、苦心し続けている問題を2年で解決するなど……」

 大伴中佐だけでなく室内のいたるところからも、否定的な意見があふれ出る。

「――香月博士。難民問題や食糧問題、そして最大の難題である佐渡島奪還がそう簡単に解決できると思えないのですが?」

 夕呼に対して比較的友好な小沢提督でさえ否定的であることに、思わず夕呼の口から妖艶な笑みがこぼれる。

「――可能ですわ。まずは難民問題と食糧問題ですが今進めている他国からの融資、帝国産の戦術機や次世代OSであるXM3の輸出。これらで得た財源を全て軍需産業と農事産業の活性化に注ぎ込みます。BETAの進行で日本は人口の30%が失われ国土の半分近くが廃虚と化しましたが、それでも水源の豊かな国です。水源が確保されているならば荒廃した耕作地や未開地の開墾を進めていけます。また、これに並行して食糧の命綱と呼ばれている洋上生育プラントの増設も進め食糧問題の解決を図ります。これらの政策や軍需産業の活性化で発生する、直接的または間接的に必要な雇用を優先して難民の人々に充てていく事によって難民問題も相当な解決も図れるはずです」

 会議出席者達は夕呼の計画に唖然となり、さらに初めて聞くOSの名前に困惑させられる。

「――机上の空論だ!そもそも、帝国の戦術機は優秀だが国際社会からの信用性はまだ低い。この困窮した世界情勢で評価が不明な帝国機を大量に輸入するはずがない」

 大伴中佐に続き小沢提督が言葉を重ねる。

「……XM3?そのようなOSの話は初耳ですが……博士が開発されたのですかな?」

「――いいえ、私はただ立案された物を製作しただけで、XM3の立案者は一人の訓練兵です。機密にあたるので立案者の訓練兵の名前は伏せさせていただきますが、この新型OSはその衛士から提供された基礎概念と機動制御データを元に製作されました。私の案を賛成してもらえるのなら、このXM3を帝国に「無償で」提供します、これを帝国独自の物として世界各国に売り込んでください。どのような代物なのかはOSのデータ試験をなされたメーカーの方々が説明してくれますわ」

 夕呼の言葉が終わると、戦術機4メーカーの代表である技術主任が立ち上がる。

「香月博士のご説明にありました新型OS「XM3」の説明をさせていただきます。XM3の特徴としてまず、今までに類のない先行入力が可能なことや自動補正される戦術機の姿勢制御を衛士が任意でキャンセルし、戦闘機動時の柔軟な対応を可能としていること。次に衛士の操縦入力と思考統計をXM3が監視し行動の未来予測を最適化する事で、予備動作から操作入力された機体制御の実行まで、タイムラグがほぼ0という即応性を実現したこと――」

「申し訳ないが、もう少し簡潔に説明してもらえないだろうか?」

 老輩の域に届きそうな将官の1人が、苦笑を交えた顔で簡略な説明を要求する。

「失礼しました。極端な例で説明しますと、従来のOSは戦術機を操る衛士の補佐機能です。しかし、この新型OS「XM3」は衛士の操縦レベルに関係なく技能能力を引き上げる補強機能です。これによってエースと呼ばれる衛士の機動や機体制御を新任衛士の方々が安易に実行できる事が可能になっています」

 会議出席者から驚愕の声が上がるなかで、技術主任は話を続ける。

「光菱重工で実施した性能比較試験では第1世代機である77式撃震にこのXM3を搭載しところ、撃震の性能が準第3世代レベルまで向上する結果になりました。またXM3搭載の第3世代機94式不知火の機動に至っては、今までの戦術機とは全くの別物といっても過言ではありません。以上の点が新型OS「XM3」の主なデータ試験の結果です、」

 技術主任の説明が終わっても、XM3の性能の驚きに会議出席者は唖然となる。
 それを尻目に夕呼は、再び口を開く。

「このXM3搭載の吹雪、武御雷を国連ユーコン基地で実施されているプロミネンス計画に参加させ大伴中佐が、ご指摘していただきました国際評価を手に入れる予定ですわ。次に佐渡島攻略の中身ですが――」

 夕呼は女性士官に目で合図を送り、会議室中央モニターに用意されていたデータを映し出す。
 
「――ば、馬鹿な!」

 モニターにはハイヴ地下茎構造内の詳細なマップが表示されていた。
 ヴォールクデータでは表せない詳細なデータの数々、そしてなにより会議出席者を驚かせたのは、この詳細なデータに表示されている佐渡島ハイヴの文字だった。
 会議室全体で今日一番のざわめきが起こり、議長の大声でようやく静寂を取り戻す。

「ご覧の通り、今まで人類が喉から手が出るほど欲していたハイヴ地下茎構造内のデータです。このデータで地下茎構造内のマップだけでなく、高精度な敵の配備予測、兵站線の確保も可能になりG弾無しでのハイヴ攻略も夢でなくなりますわ。ちなみにこのデータはヴァルキリーデータと名付けています」

「香月博士、失礼な事を伺いますが。このヴァルキリーデータは本物なのですかな?」

 信じられないという胸中の、出席者達の気持ちを代弁するように小沢提督が真偽を確かめる。

「私はこれでも極東国連軍の代表。このような場所で偽物を提示するほど落ちぶれていませんわ。と言いましてもこのヴァルキリーデータはオルタネィティヴ計画で最高クラスに部類する極秘事項、ここに居られる方々が佐渡島奪還を実行する気がないのなら無用の長物。残念ながらXM3と同じでこのヴァルキリーデータも渡す事はできませんわ。ちなみ帝国軍が予測されている佐渡島ハイヴのBETA数は10万前後のようですが実際は20万以上の規模があるとだけ、お伝えしときます。」

 BETAの数が予想を超える事は度々であったが、夕呼から伝えられた予測を遙か超える佐渡島のBETA数に会議出席者は動揺を隠せないでいる。
 それと同時に、この事実を知りながらも佐渡島を奪還できると明言する夕呼を支持してもいいのでは?という考えを持つ者が出てきつつある。
 それ以外の者も夕呼の提案は感情的に許容できないものがあるが、XM3とヴァルキリーデータは何としてでも手に入れたいと考えていた。

「あと、これはこの場に居る方々が私の案を納得されてから発表する予定だったのですが……」

 場の流れが変わりつつあるのを肌で感じた夕呼は、一番の切り札であったカードを切る。

「すでに私の提案は、煌武院殿下と榊首相から内密ながら承諾を得ています」

 この発言に、大伴中佐を含め出席者は言葉を失う。
 これまでの自分達の議論が全て無駄になると感じたからだ。
 日本は現在、完全とまでは言えないが文民統制が原則の国。
 いくら軍が反対しても、最終的には政府の閣議決定に従わなければならない。
 政府の最高権力者である榊首相と最終決定権がある煌武院殿下が了承するのであれば、回りがいくら反対してもこの決定を覆す事はできないのだ。

「どうか皆様も、人類の勝利のためにご協力をお願いします」

 出席者達は2重の意味で驚いていた。
 夕呼が発した、最後の言葉には驚くほどの誠実さが感じたからだ。
 






あとがき
更新に半年以上の間が空けてしまいましたorz
次回は1カ月以内に更新できるように努力します。


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