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【芸能・社会】原田芳雄さん死す、71歳肺炎で 桃井かおりら沈痛2011年7月20日 紙面から
たばこの煙とバーボンのロックが似合う役者がこんなにも早く逝ってしまった−。映画「竜馬暗殺」「ツィゴイネルワイゼン」などで知られる個性派俳優の原田芳雄(はらだ・よしお)さんが19日午前9時35分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。71歳。東京都出身。葬儀・告別式は22日正午から東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は長男でミュージシャンで俳優の喧太(けんた)。 静かな最期を家族が看取った。 遺体は午後2時45分、東京都渋谷区の自宅に。俳優・スタッフに慕われた原田さんらしく、米ロサンゼルスから駆けつけた桃井かおり(59)をはじめ、石橋蓮司(69)、大楠道代(65)、柄本明(62)、松田美由紀(49)ら約60人が沈痛な面持ちで駆けつけた。 劇団俳優座に入り、1968年にテレビ時代劇「十一番目の志士」と映画「復讐(ふくしゅう)の歌が聞える」に出演。映画「反逆のメロディー」などのエネルギッシュなアウトローの役で人気を集めた。 71年に退団後も映画「君よ憤怒の河を渉れ」「どついたるねん」など話題作に多数出演。中でも「美しい夏キリシマ」「父と暮せば」など黒木和雄監督作品への出演が多く、「竜馬暗殺」「祭りの準備」「浪人街」は代表作となった。 「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎(かげろう)座」など鈴木清順監督の作品でも独特の存在感を示した。「歩いても 歩いても」や「オリヲン座からの招待状」では年齢を重ねた味わいを表現。2008年に早期大腸がんの手術を受けた後も俳優として活動を続けた。 16日から公開中の映画「大鹿村騒動記」(阪本順治監督)に、長野県の村歌舞伎を自らテーマに選んで主演。11日、東京都内の映画館で完成披露試写会に車いすで、激しくやせた姿で現れたのが最後となった。 国内の各映画賞を多く受賞し、03年に紫綬褒章。ブルース歌手としても活躍した。 ◆遺族「魂は永遠」自宅前では午後5時ごろ、関係者が原田さんの長男、喧太のメッセージを代読。「今回の入院で何度も山を乗り越え、(映画の)大鹿村騒動記の舞台あいさつに出席したことには頭が下がる。担当医も『見事な闘病生活』といってくれた」とした上で「今まで原田芳雄を応援してくださり心より御礼申し上げます。最後に役者原田芳雄の魂は永遠です」と結んだ。 家族によると、原田さんは3年前に大腸がんを患ってからは抗がん剤を打ちながら、本格的な復帰を夢見ていた。亡くなる直前まで元気な様子だったという。 ◆合掌したまま泣き崩れた最後の公の場原田さんが最後に公の場に現れた、11日の主演映画「大鹿村騒動記」(阪本順治監督、公開中)の東京・新宿での完成披露試写会を取材した。 原田さんは、長女で女優の原田麻由(34)に導かれ車いすで登場、舞台そでには医師が控えるほどの極限状況だった。別人のようにやせ細っていたものの、みずから企画を熱望し「どついたるねん」の盟友・阪本監督とタッグを組んだ作品のお披露目に、原田さんはあらん限りの力を振り絞り観客の前に現れた。 のどの炎症で声が出ず、共演の石橋蓮司が原田さんのコメント「ありがとう。どうぞ、ごゆっくりご覧下さい」を代読する間、原田さんは震える手で何度も何度も涙をぬぐった。終わるとあたかも死を覚悟したかのように、観客に向け合掌したまま泣き崩れた。 (中村千鶴子) ◆松田優作夫人 「お父さんだった」1989年に40歳で急逝した俳優松田優作さんも原田さんの熱烈なファンの一人だった。兄貴として慕い、原田さんのしぐさやセリフ回しを熱心に研究していた。ビールのCMでも共演した。原田さんの自宅で、悲しみの対面をした松田さんの妻で女優の松田美由紀(49)は「役者として尊敬でき、お父さんみたいな存在でした。昨年12月28日のもちつきで会ったのが最後になりました。当時はあまり体調が良くないようでしたが今日はきれいな顔でした」と話した。 PR情報
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