リスクを適切に見積もろう -- このエントリーを含むはてなブックマーク

10日ほど前のエントリー「職場では冷房をガンガンつけましょう」
には予想外にたくさんのコメントを頂いた。
興味深かったのは地味にブログ拍手がたくさん集まる一方で、
猛烈な勢いで反論をされた方が何人かいたことである。
評判社会とは多数決ではなく、そういうことなのだろう。

私の意見は、

1.節電は、電力料金を上げる、省エネ電気製品に税制上の
  インセンティブを与えるなどの合理的な方法で行うべき。

2.単なる同調圧力による節電は効率が悪いから止めるべき。

3.それで停電するくらいならしょうがないでしょ。
  とりあえず対策しとけ。

ということなのだが
「冷房反対派」の方々の意見を読むと、
結局のところ、停電による損失を過大に見積もり過ぎている

ということなのではないかと思う。

停電による損失がそれほど大きいとは思えないし、
実際に何度か経験してみなければ、
その損失を客観的に評価することも難しい。

実は、私の住むデトロイト圏では電力設備の老朽化のせいか、
大規模な雷が落ちるたびに結構な頻度で停電が起こる。
デトロイト地区に来て2年弱だが停電は今日で3回目だ。
電力会社も「今はこんな地域で停電してまーす」
とリアルタイムで地図を更新している。
今回は、36℃近い猛暑の中で
自宅は午前11時〜午後10時まで11時間停電し、
都市圏全体では71000の契約者(たぶん人口比で3%強)が
停電に見舞われたが少なくとも個人的にはそれほど大きな影響はなかった。

例として、「停電が起こるとこんなに大変」
という頂いた意見を一つ一つ検証してみよう。

>電気が完全に止まってしまい

ピーク電力を超えた分だけが停電する。
影響の小さい郊外や地方を停電させれよい。

>エアコンが使えない

これもあくまで停電した地域と時間帯だけ。

>電車も走らない

ピーク時でも鉄道向け電力を優先させることは可能。

>コンビニも開かない

計画停電であれば、停電地域を「まばら」にすれば、
停電した一部地域で「最寄の」コンビニだけが使えない程度に留まる。

>ガソリンも詰められない

常にタンクの半分程度まで入れておけば全く問題なし。

>冷たい物も飲めない

自販機は従来からピーク時の冷却を避けている。
氷がすぐに解けるわけではない。

>なまものは全て腐ってしまう。

11時間の停電で、最初5時間はほぼ放置、
その後、少し離れたスーパーで氷を買って入れたところ、
冷蔵庫は通常通りの温度、冷凍庫はドアや上部など
一部の温度が若干上がっただけ。
せいぜい、アイスが少し溶けておいしく食べられない程度。

>エアコンが使えなくて炎天下熱中症続出。

猛暑では自治体が涼しい部屋を用意して必要な人が避難する仕組み。

>信号、電車が止まり大混乱。

今回、あちこちで信号が止まったが混乱は無し。渋滞も軽微。
(ラッシュのやや後に車で帰ったが個人的には全く影響なし)。

>仕事も何も出来ない。

オフィスの多い都心は停電を避ければ良いし、
もともとそういう計画になっている。

>病院も警察もまともに活動出来ない。

病院には通常バックアップの電源があるし、
警察は普通に活動していた。

>生命維持装置も使えない。


同上

>水道も使えない。


ビルなど一部に限られる。水道は電力とは基本的に別系統。
米国では電力のバックアップとして
水道の水圧を使う装置もある。

>死者も大勢発生するでしょう。

しませんでした。


もちろん、デトロイトと東京では停電時の影響の大きさは
同じではないだろうが、現在の日本の停電防止対策は過剰だろう。

今回のデトロイト圏の停電は比較的大規模で
今でも復旧していない地域もあるが
ピーク時の電力消費が問題の日本では、
暑い日の昼間に数時間停電するにすぎない。
また、既に東京電力の7月末の供給能力見込は5730万キロワットと
平常時のピーク電力(5500万キロワット)を
超えているそうなので、一時的に若干の供給不足になっても
それほど大規模な影響が出るとも思えない。

一度か二度停電になれば
人はそれに備えて対策をするようになるので被害は小さくなるし、
リスクの大きさを正しく見積もれるようになるだろう。

リスクの大きさを大雑把にすら見積もらずに、
それを避けるために必死になるのはパニックでしかない。
どちらにせよリスクをゼロにすることはできないし、
ゼロにしようとすることはかえって効率を低下させる。


行き過ぎた節電による経済効率の低下によって失業者が増えたとしたら、
節電推進派は自分の給料を差し出して責任を取るのだろうか。


テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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はじめまして

実は1日3時間でも電力が止まると全く生産できない産業があるんですよ。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110314/biz11031414260021-n1.htm

日本は0.1秒の電圧低下も「基本的に起きない」という設定で動いてるんで、停電すれば大変なことになります。備えろというご意見はごもっともですが、それは電気料金が安い分、品質が悪いので個々に備えが必要だというわけで、日本のように「高かろう、良かろう」という電力供給をしてきた国ではすぐに転換することは無理でしょう。

料金設定による使用の効率化もこの夏には絶対に間に合わない。

また、大口需要家はもともと電力会社との間に特別な契約を結んでいる所が多いんです。
http://www.taro.org/2011/04/post-975.php

いざというときに節電協力する代わりに普段の料金は安くする、という性質のものです。今回の節電強制(大口需要家だけが対象)は、これの発動と見ていい。このリスクを大口需要家が認識すれば、来年からの行動は変わるでしょう。電力会社による大口需要家の囲い込みが問題だったわけです。

故に、仰りたいことは正論でも、現実に現在の日本において取りうる手段は限られてくるんです。もちろん、「空気読んでエアコンの温度上げよう」という風潮にはヤレヤレですけどね。

No title

おっしゃることは分かりますが、
料金の変更が間に合わないっていうのは失敗の結果であって、
時間は4ヶ月もあったわけです。
震災直後からたくさんの経済学者が言ってましたよね。
間に合わなかったからしょうがないっていう態度が
今後も失敗を重ねる原因でもあるわけです。

大口需要家は契約で縛られてるなら仕方ないですね。
東電か政府側が適切に対応しなければいけないということになりますね。
節電することと、冷房の設定温度を上げるのを呼びかけることは
基本的には別問題という気もしますが。

半導体、そうですか。0.1秒でもだめですか。
どっちみち大口需要家でしょうし、そんなに特殊な業種なら
個別に契約を結べば良いのでは。
狂牛病もかかった人がいる可能性があるだけで牛肉輸入禁止でしたし、
携帯電話の車内使用によるペースメーカーへの影響は事故ゼロで禁止でしたし、
ネットカフェは児童買春の温床になる「おそれがある」から禁止ですしね。
似たものを感じますが、一つ極端な具体例を探してきた分、偉いという感じでしょうか。

今更言っても後の祭り、という面は確かにあると思いますけどね。

家は27℃設定です

  関東の人たちは、震災の影響で計画停電を経験し、非常に不愉快な経験をしました。
あんな思いをする位なら、毎日の少しの不便なら我慢しようという思いです。
 震災直後に、電力不足に対する対策として、与謝野大臣が電気料金の値上げを示唆しましたが、
原発事故の影響もあって、フルボッコにあって立ち消えとなりました。
 (個人的には一番簡単で、一番良い方法だと思ったんですが)
 国民性やら、お国の事情で一番合理的な方法がとれない場合があります。
日本人の誰もが内心、もっと良い方法があるだろうと思っても、口に出さないだけです。
それを、批判覚悟で言って下さったWillyさんには、頭が下がります。


No title

すいかさん:

そういう経緯であることは理解できます。
今後も空気を読まないでいろいろ書くようにしようと思いますw

たったの4ヶ月では対応不能では?

料金設定によるピーク回避などはピーク時の電力料金をいじれる仕組みが必要で、時間帯別に電力消費量が測れるスマートメーターの設置が必要。こんなの4ヶ月でどう普及させるのか。それより何より発電量の確保と原発事故の収束に資源を割かなければならない状況下で、です。

単純にアンペア契約で料金設定などは、とうの昔にやってたわけで、それでも夏場の昼間に抑えこむのは苦労してきたわけです。

瞬断を起こさない電力供給が製造業を支えてきたという話はちっともレアケースではなく、シャープの亀山モデルも中電の制御技術に依存してきたわけです。瞬断が起きるという前提で工場を作りなおすとすれば、社会全体でどれだけの資本投下が必要になるでしょうか?そもそも時間的に間に合わない気がしますが。

日本社会は食品管理においても停電のない環境を前提としています。食品の安全を守っているのは自宅の冷蔵庫だけではないんですよ。
http://smc-japan.org/?p=1956

前提から変えるというのは4ヶ月では無理ではないでしょうか。

>震災直後からたくさんの経済学者が言ってましたよね。

言ってましたが、今夏に間に合うなどと言う人がいたら教えてほしいです。

No title

故郷を求めてさん:

時間帯別料金は確かに短期では厳しいですが
次善策として一律に上げることは可能だったでしょうし、
消費電力量による「坂」を急にすることも難しくないでしょう。
スマートメーターにしても、各家庭ではなく大口の契約から
順次やっていけば消費電力辺りのカバレッジを
ある程度上げることはできたのではないですか?
0.1秒の話でも思いましたが、
all or nothing というのはリスク評価とは相容れない考え方です。

瞬断を許さない電力は電力消費全体の何%あるのですかね?
そもそも、産業用設備では必要なのであれば、
そういう部分に関しては時間を区切ったり
総量を規制する形で節電させればよいでしょう。
そういう工場は夜間に動かすことだって可能なのではないですか。
自宅で休んでいるお年寄りのテレビが
0.1秒止まっても影響ないでしょうし、
小規模なオフィスだってこまめにバックアップ
取るなどすれば大きな影響は出ないはずです。
都心部は止めないことが前提です。
極端な例をとってきて、それを一般化して
だから停電は一律ダメ、というのは単なる問題の
すり替えに過ぎないように思えてしまうのですが。

食品の流通のリンクも頂きましたが、
結局定性的評価に留まっていて、
定量的なリスクについては何一つ計算されていないようですね。
米国では、スーパーの冷蔵庫に並んでいる期限切れ前の
パック詰め食品にカビが生えていることも珍しくなく、
「これ、カビ生えてるよ」と店員に言うと、
「あーほんとだ」といいながら、
指差されたパッケージ一つだけゴミ箱に入れて知らんぷり、
なんてこともあるので呆れますが、
それでもみんな五感を使って確かめてから食べるから
大した問題にはならないわけです。
もちろん日米では、湿度が違うんだとか、日本は生の魚が多いんだ、
とかいう意見はあるでしょうけども。

申し訳ないのですが、「故郷を求めて」さんのような
コメントを読めば読むほど、
とても博識な方なのだということが理解できる一方で、
やっぱりリスクに対する感覚が極端なのだな、
という印象を持ってしまいます。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。

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