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東日本大震災:福島第1原発事故 工程表ステップ2へ 安定へ予断許さず

 福島第1原発事故収束に向けた東京電力の工程表は19日の改定で、来年1月を期限とする「ステップ2」に移行した。ステップ1(4月中旬~7月中旬)で始めた「循環注水冷却システム」の安定的な稼働が、避難区域解除検討のカギとなる。一方で、原子炉の状態は依然として予断を許さず、事故収束後数十年に及ぶ廃炉への手続きなど、東電や政府には引き続き、重い課題がのしかかっている。【中西拓司、足立旬子、奥山智己、笈田直樹】

 ◇溶融核燃料、回収開始は10年後

 東京電力福島第1原発事故は、3基の原子炉で同時に炉心溶融(メルトダウン)が起き、溶けた燃料の一部が圧力容器から漏れ出しているという、世界にも例のない深刻な事故だ。政府は19日、原子炉を安定的に冷やすことを目標にしたステップ1は「ほぼ達成した」と発表したが、その後には、数十年にわたる困難な廃炉作業が待ち構えている。

 東電や内閣府原子力委員会などは今月初め、廃炉に向けた中長期の工程表案をまとめた。それによると、使用済み核燃料プールから燃料の取り出しを始めるのは早くて3年後。炉内から溶融した核燃料の回収を始めるのは10年後。さらに、原子炉を解体して廃炉完了までは数十年と想定した。

 工程表案は79年の米スリーマイル島(TMI)原発事故を参考にした。同事故では、1基の原子炉でさえ、核燃料を取り出し終わるまで10年を要した。

 これに対し、福島第1原発は3基の原子炉で事故が起き、原子炉建屋も壊れている。原子炉の損傷や放射性物質による汚染はかなり深刻だ。

 1~3号機の原子炉内の核燃料は合計1496体。工程表案はTMIと同様、溶けた燃料は水中で冷やしながら取り出す。そのためには圧力容器に水を張ることが不可欠で、損傷部を突き止めてふさがなければならない。

 核燃料プール内の燃料は3108体(1~4号機。うち使用済みは2724体)。損傷は少ないとみられ、十分に冷やして別の共用プールに移すことを検討する。

 通常、原発から出る使用済み核燃料は、青森県六ケ所村の日本原燃再処理工場に運ばれるが、損傷した核燃料は通常の機器では取り出せない。溶けた核燃料を遠隔操作で切断する装置や搬出のための専用容器の開発が必要だ。

 取り出した核燃料をどこに保管するかも課題だ。細野豪志原発事故担当相は「福島県を最終処分場にしない方法を模索しなければならない」と述べている。

 工程表案については、近く原子力委に設置される専門部会で検討が本格化する。国内の技術だけでは対応は難しく、海外の協力も不可欠とみられている。

 ◇汚染水浄化も難航

 東京電力は福島第1原発事故収束までのスケジュールを示した工程表を4月に作成。達成状況に応じてこれまで計3回改定した。この間、「来年1月まで」とした冷温停止の目標時期は変えないものの、対策の中身を大幅に見直してきた。

 4月17日に発表した最初の工程表は▽ステップ1(7月17日まで)▽ステップ2(来年1月中旬まで)▽中期的課題(それ以降)の3段階に分け、目標を盛り込んだ。

 ステップ1では「放射線量が着実に減少傾向」、ステップ2では「放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられている」状態を目指し、原子炉圧力容器底部の温度がおおむね100度以下になる「冷温停止」をステップ2のゴールに据えた。

 冷温停止に向けた最重要課題の原子炉冷却について東電は当初、1、3号機については格納容器全体を水で満たす「冠水(水棺)」の実現を明記していた。水素爆発によって格納容器が損傷した2号機についても、穴を修復した上でステップ2の間に冠水状態にするとしていた。

 しかし5月に入って、1号機の格納容器には直径7センチ程度の穴が開いていることが判明。冠水の実現は難しくなった。このため、5月17日に改定した工程表では冠水を断念。大量の高濃度放射性汚染水を浄化して冷却に再利用する「循環注水冷却」を打ち出した。

 冠水作業などによって発生した汚染水の量は計約12万立方メートル(6月末現在)。「格納容器は健全」としてきた当初の甘い見通しが災いした。6月27日に浄化システムが本格稼働したものの、トラブルで断続的にシステムが止まるなど、処理は難航している。すべての汚染水の浄化を終えるのは、早くても秋以降になる見通しだ。

 一方、4月の発表時には考慮されていなかった「復旧作業員の環境改善」は5月の改定で盛り込まれ、被ばく管理や医療体制の整備が進んでいる。しかし、作業に関わった協力企業作業員の中に連絡が取れない人たちがいるなど、被ばくの実態把握は難航している。

 ◇循環冷却、稼働率カギ

 避難地域解除の根拠となる「原子炉の安定的な冷却」のカギが、高濃度放射性汚染水を冷却水に再利用する「循環注水冷却システム」だ。同システムは(1)油分離装置(東芝)(2)セシウム吸着装置(米キュリオン社)(3)除染装置(仏アレバ社)(4)塩分除去装置(日立など)--の四つの部分からなり、汚染水をこのシステムで浄化し、処理水を1~3号機の原子炉の冷却水に利用する。

 6月27日に本格運転を始めたものの、弁の開閉表示ミスやコンピューターのプログラムミスなどトラブルが続発。7月以降もアレバの施設で水漏れが相次ぎ、稼働率は70%程度にとどまる。東電は7月中に80%、8月に90%に引き上げることを目指していたが、達成は難しそうだ。

 ◇計画区域 飯舘村97%、川俣町99%避難

 政府は4月22日、原発から半径20キロ圏内の地域を、立ち入り禁止や退去を命令できる「警戒区域」に指定した。警戒区域の外側でも、放射線の累積線量が年間20ミリシーベルトに達する可能性のある地域を、約1カ月以内に避難する「計画的避難区域」に指定。さらに、原発から半径20~30キロ圏内で、計画的避難区域に指定されなかった地域は「緊急時避難準備区域」とされた。

 警戒区域内への立ち入りには10万円以下の罰金が科せられるなどの強制力があり、設定には、一時帰宅した人を再び圏外へ避難させる法的根拠を整える目的もある。

 計画的避難区域では、全村民の避難を求められた飯舘村で対象村民約6200人中の約97%が避難。川俣町も対象人口1252人中99%がすでに避難したか、避難日を決め、政府は「おおむね予定通り進んでいる」と評価した。

 緊急時避難準備区域では、新たな事故発生などの緊急時にはすぐ屋内退避や区域外避難をすることが求められる。自力での避難が難しい子供や妊産婦、高齢者、入院患者らにあらかじめ避難するよう促す一方、仕事や生活物資輸送のための出入りは認められる。

 ◆東電「ステップ2」目標要旨

 東電が19日公表した、福島第1原発事故収束に向けた工程表「ステップ2」(7月中旬から3~6カ月間)の主な目標は次の通り。

 【全体目標】放射性物質が管理され、放射線量が大幅に抑えられる。達成時期は今後3~6カ月

 ◇原子炉=より安定的な冷却

 循環注水冷却を継続し、圧力容器の温度を監視して「冷温停止状態」に持ち込む。格納容器からの放射性物質の放出を管理し、追加的放出による被ばく線量を大幅に抑制する

 ◇使用済み核燃料プール=より安定的な冷却

 既に2、3号機は熱交換器を設置し、より安定的に冷却できている。1、4号機も同様に循環冷却システムの早期設置を目指す

 ◇たまり水=全体量を減少

 高レベル汚染水処理施設の拡充と安定稼働。本格的水処理施設の検討着手。処理で発生する高線量の汚泥を保管

 ◇地下水=海洋への汚染拡大防止

 ボーリングで地下水位や水質を調査。地下水遮蔽の工法を確定し、設計に着手

 ◇大気・土壌=放射性物質の飛散抑制

 がれき撤去、原子炉建屋カバーの設置(1号機)

 ◇モニタリング=放射線量を十分に低減

 自治体によるモニタリングの実施。本格的除染の開始

 ◇生活・職場環境=作業員の環境改善充実

 仮設寮、現場休憩施設の増設。食事、入浴、洗濯などの環境改善

 ◇放射線量管理・医療=健康管理の充実

 内部被ばくの測定機器「ホールボディーカウンター」の増設。作業員は月1回、内部被ばくを測定。個人線量の自動記録化。データベース構築など長期的な健康管理に向けた検討

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 ◇東京電力の工程表に関わる主な経過◇

4月17日 「冷温停止まで6~9カ月」などとする工程表を発表。63項目の対策を盛り込む

4月19日 2号機タービン建屋地下の高濃度放射性汚染水の移送開始

5月 6日 1号機の格納容器を水で満たす「冠水」作業始まる

5月12日 1号機の核燃料の大半が溶融し圧力容器の底にたまっている可能性を公表。冠水計画困難に

5月14日 復旧作業中の男性作業員が体調不良を訴え、搬送先の病院で死亡。事故処理で初の死者

5月15日 細野豪志首相補佐官(当時)が1号機冠水断念を表明。汚染水を一時保管するための人工浮き島「メガフロート」が横浜港を出発

5月17日 1回目の工程表見直し。冠水断念と、「循環注水冷却システム」の構築など13項目を追加。政府も被災者支援の工程表を発表

5月24日 2、3号機の核燃料も大半が溶融していたとの解析結果を東電が公表

5月31日 2号機の使用済み核燃料プールを継続的に冷却する仮設装置が稼働

6月10日 復旧作業の社員2人が、被ばく限度(250ミリシーベルト)の倍近い被ばくをしていたことが判明

6月17日 2回目の工程表見直し。循環注水冷却システムの1カ月以内の安定稼働や、浄化の過程で生じる汚泥の保管、地下水汚染を防ぐ遮蔽(しゃへい)壁設置の検討、作業員の作業環境改善など5項目を追加

6月27日 循環注水冷却システムの本格稼働。トラブルによる中断相次ぐ

6月28日 2号機の格納容器内に水素爆発防止のための窒素注入開始

7月 2日 処理水のみで原子炉を冷却する完全循環注水に移行

7月 7日 新たに3作業員の被ばく上限超えを確認

7月11日 細野豪志原発事故担当相が、地下水汚染を防ぐ遮蔽壁の建設を前倒しすると発言。さらに1作業員が被ばく限度を超え、上限超えは6人に

7月14日 3号機格納容器に窒素注入開始

7月19日 ステップ1完了を発表。政府の工程表と東電の工程表を一本化した、ステップ2(来年1月ごろまで)の工程表を公表

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 ◇第1原発事故による避難指示、区域設定の流れ◇

3月11日 半径3キロの住民は避難。半径3~10キロ圏内の住民は屋内退避

  12日 半径10キロ圏内の住民に避難を指示。さらに同日中に20キロ圏内に拡大

  15日 半径20~30キロ圏内の住民は屋内退避

4月22日 避難区域(20キロ圏内)を災害対策基本法に基づく警戒区域に設定

  22日 屋内退避(20~30キロ圏内)を解除し大半を緊急時避難準備区域に。計画的避難区域(福島県飯舘村など)を新設

6月30日 福島県伊達市の113世帯を特定避難勧奨地点に指定

7月19日 工程表のステップ1達成

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 ◇緊急時避難準備区域の対象自治体、人数◇

自治体名(人口規模)  対象地域・人数(区域に戻った人)

南相馬市(7万人)   原町区など一部・約4万7000人(不明)

田村市 (4万人)   都路地区など一部・4100人(約2200人)

広野町 (5400人) 全域・約5400人(約300人)

川内村 (3000人) 20キロ圏内を除く全域・約2700人(約180人)

楢葉町 (7700人) 同上・約10人(0人)

 (各市町村災害対策本部調べ、19日時点)

毎日新聞 2011年7月20日 東京朝刊

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