ただ一つの方向へ向けられたスレイの視線。
ただその視線はジン一人を捉えている。
「やれやれ、儂をご指名のようじゃの」
中央へと進み出るジン。
その身が以前の戦いの時と同じ様に一時光り輝く、やはりまた加速系の魔法を使ったのだろう。
なにやら突然始まった事態に困惑した表情をしているティータ。
だがスレイとジンは気にしない。
スレイは肩を竦めて告げる。
「審判は要らないだろう。どうせ付いて来る事も出来ないだろうしな」
「じゃの」
肯定の返事を返すジン。
互いに既に準備はできていた。
「それじゃあ、行くぞ」
軽く告げると同時、その身を光速の数百倍の領域へと突入させるスレイ。
相変わらず光速を超えた段階で、世界の防衛本能で隔離され、円環状の閉じた時系列へと変質する時空間。
そして、ジンが突入した速度域は光速の数十倍といったところだろうか、スレイの速度域からすると、静止している、とまではいかなくとも、その動きは牛歩の如く遅く感じられた。
徐々に驚愕へと歪んで行くジンの表情。
その中で、スレイは悠々と、歩法も何もなく無造作に、それでいながら次元・時系列・空間・位相、あらゆる領域での最適動作で以ってゆったりと歩み、ジンの背後へと回り込む。
攻撃どころではない。
ジンもまた、自らが可能とするあらゆる領域、あらゆる方法で回避を試みようとするも、それは儚い抵抗に過ぎなかった。
それらのジンの足掻きを、完全に俯瞰し、全て捉えるスレイの“眼”は、ジンの全てを読み切っていた。
あらゆる領域でジンを捉え、悠々とジンの背後に回りこんだスレイは、双刀を交差させ、ジンの首を挟むようにする。
敗北を認めたのだろう、ジンが様々な領域間の移動と加速を解き、スレイも同時に通常の時系列へと回帰する。
突然現れた、背後から交差したスレイの双刀に首を挟まれたジン、という光景にただ驚くばかりの見物人達。
ただスレイのペット達は自らの事のように、当然のことだ、と勝ち誇った表情をしていたが。
「俺の勝ちだな」
「ああ、儂の負けじゃの」
勝利を告げるスレイ。
敗北を認めるジン。
そしてあっさりと、スレイのリベンジは果たされたのだった。
「おかわりお願いしまーすっ!!」
「はいはい」
エミリアの実家。
その食卓。
テーブルについて、すっかり馴染んだように晩餐に与り、おかわりまで要求するティータ。
不貞腐れたように黙り込み、黙々と食事を取るグレナル。
はて、なんでこんな事になっているのか?
スレイは不思議に思う。
勝負は付き、グレナルはエミリアから手を引く約束をさせられた。
次期エルフ王であるという妹ティータがやたらと形式ばった儀式のような真似をしていたが。
ともかくそれで、グレナルはもうエミリアに、どのような干渉もすることは出来なくなった。
それはいい。
自らの望みどおりの展開である。
そしてジンに勝った事で以前の引き分けのリベンジも果たした。
あとはクロウであろうか。
彼にもリベンジせねばなるまい。
これもいい。
同じく自らの望み通りの展開だ。
だがその後が良く分からない。
グレナダ氏族の大らかな性質。
どうやらその大らかさを特に強く体現しているとしか思えないエミリアの両親。
彼らはあっさりと、どうせなら、と晩餐の席へとティータとグレナルの兄妹を招待していた。
それをあっさりと了承したティータ。
そしてティータに尻を蹴飛ばされるようにして連れて来られたグレナル。
ティータは実に悠々自適に気侭に振る舞っている。
これが次期エルフ王かと頭痛を覚えるスレイ。
対しグレナルは不貞腐れているだけでなく、居心地も悪そうだ。
まあ、これが当然の反応だろう。
完膚無きまでにフラレ、さらにこれから自分から干渉する事は完全に禁じられた相手の家。
その家で夕食を取る。
しかも自らを負かした相手も居る。
その居心地の悪さは十分に想像が付く。
そしてもう一人ジン。
スレイに戦いで破れた彼は、ヤケ酒のように、先程からぐびぐびと大量の酒を呷り続けている。
エルフにとってみても年代物の貴重な酒。
しかもよほどに強い酒らしい。
エルフのみに伝わる独自の製法の酒だと聞いた。
そしてジンは、酒を呷りながらも、なにやら一人でぶつぶつと呟きっぱなしだ。
隠居生活で鈍っていた云々。
現役復帰しようか云々。
そんな厄介な客人達相手に、エミリアの両親はニコニコとしている。
ちなみにスレイのペット達も、自分達は人と同じ食事を取れると主張し、上質な食事をそのまま与えられ、食べながら満足している様子だ。
スレイは流石に困惑し、そんなスレイに寄り添うようにくっ付いているエミリアも同じく困惑していた。
その仲睦まじい二人の姿にますます不貞腐れるグレナル。
実に混沌とした晩餐であった。
晩餐後、ジンはすぐ近くの自らの家へと帰っていった。
随分と酔っていたが大丈夫なのだろうか。
だが、それよりも驚いた事に、エミリアの両親はグレナルとティータにまで、夜も遅いという事で、泊まっていくよう声を掛ける。
二つ返事で飛びつくティータ。
そしてエミリアの安全の為にも自分は兄を監視しなければならないから、兄と同じ部屋で良いと告げる。
「ちっ」
何やらよからぬ事でも考えていたのか舌打ちするグレナル。
スレイが反応するよりも、ティータの反応の方が早かった。
どこからともなく取り出した木槌で、グレナルの頭を叩くティータ。
よほどの衝撃だったのか、当たり所が良かったのか、気絶し、その場にくず折れるグレナル。
「はいはーい、これでお邪魔虫は退散しますんで、お二人さん、どうぞごゆっくりー」
そのような事を告げ、割り当てられた部屋へと入っていくティータと彼女に引き摺られるグレナル。
「あらあら、まあまあ」
「ふむ、娘を頼んだよ」
にこやかに笑うエミリアの母と、どこか満足そうに告げるエミリアの父も、二人の寝室へと入っていった。
「スレイー、何事もほどほどにねー」
『多少は自重するのだぞ』
そう言いながら、本来スレイとペット達に割り当てられた部屋へと入っていくペット二匹。
取り残された二人は見つめ合う。
「あ、あのっ……」
「エミリア」
何かを必死に言おうとしていたエミリアの言葉を遮り、スレイはエミリアに真摯に語りかける。
「エミリアが欲しい、いいか」
「え?あ!はい!!」
最初疑問顔だったエミリアは、言葉の意味を悟ると、勢い良く笑顔で頷いた。
そして腕を絡め合い、二人はそのままエミリアの部屋へと入って行く。
扉が閉じられ、そしてスレイの魔法により、エミリアの部屋は防音は勿論、あらゆる意味で周囲と隔絶した空間となる。
そして夜は更けていった。
そして翌日。
「昨夜はお楽しみでしたね」
などと冷かして来たティータの脳天を、手刀で叩いて黙らせるなどという一幕があったが、それは余談だろう。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。