「あー、まー。それじゃ始めるとしようか」
「くっ」
咄嗟に身構えるグレナル。
だがスレイはやはりまだ気の抜けた表情だ。
何せ開始の合図が合図だ。
それに相手がグレナルでは戦いが楽しめそうもない、ということもある。
スレイはどうも意欲が湧かないなと感じる。
だが、とスレイは思う。
なにせ大事な恋人のエミリアの事を賭けての決闘だ。
手を抜く訳にもいかない。
いや、それどころか完全に諦めさせる為、圧倒的な力の差を見せつけておく必用もあるだろう。
そう考えると、スレイはエミリアを見やり、彼女の事を考え、何とかやる気を燃え立たせる。
存外あっさりと火が付いた。
闘志が湧き、集中力が高まる。
そして相手を威圧するような凄みのある笑みまで浮かび上がってくる。
男をこれだけやる気にさせるんだ。
やはり俺の恋人はいい女だな、とスレイは一人納得していた。
グレナルは、と見やると、スレイの凄みのある笑みに、何やら警戒心をますます高まらせている。
スレイはやれやれ、と肩を竦める。
さて、どうやってあの身構えているハイエルフから全力を引き出した上で、それをあっさりぶち破り、力の差を見せつけようかと考える。
と、ふと過去に観た幾つかの戦いを思い出す。
ふむ、とスレイは頷き、ちょっと考えると、アリだな、と結論を出した。
そして一本指を上に立て、グレナルに向け手を突き出した。
そんな動作にさえビビったように後退るグレナル。
ちなみにティータはそんな兄を見て呆れた表情をしている。
スレイもやれやれ、と思いながらも宣言した。
「一撃だ」
「なに?」
スレイの唐突な言葉に疑問の声を出すグレナル。
そんなグレナルにスレイは続ける。
「お前の最高の一撃を待ってやる。いくら時間を掛けても良い、道具を使うのもアリだ。その上で最高の一撃を放て」
「なんだと?」
相変わらず理解できていない様子のグレナルに、スレイは嘆息する。
「だから勝負をシンプルにしてやると言っている。お前の最高の一撃で、傷一つでも負ったら俺の負け、だがお前の最高の一撃を傷一つ無く破ったなら俺の勝ち。単純明快だろう?」
「き、貴様!」
「なんだ、イヤなのか?」
明らかに自分を相手にしていないと知れるスレイの台詞。
それにグレナルは激昂する。
だがグレナルの激昂などものともせずスレイは尋ねた。
「別に俺は普通の戦いでも構わないんだが」
「ぐぅっ」
先程の話を聞いてなかった以上、グレナルにはスレイがジンと引き分けた、という古い情報しか無い筈だが、それでもジンと自らの彼我の実力差を理解しているのだろう。
悔しそうな表情をするグレナル。
だが、彼も馬鹿ではない。
彼にしてみれば多重の意味で負けられないこの戦い。
名より実を取ることにしたようだ。
「分かった、その条件での戦いに賛同する。後悔するなよ?」
「後悔させてみろ」
スレイは軽く笑ってみせた。
超巨大な、直径数百メートル、全長数百メートルのグレナルが木属性の魔法で生み出した丸太が、スレイの頭上高くに浮かんでいる。
ちなみに見物人達と、ちゃっかりこの攻撃魔法を使用している当のグレナルと、審判のティータまで、その丸太が落ちて来た場合の危険範囲外に退避済みだ。
スレイの周囲直径1キロほどは空白地帯となっている。
なんというか随分大きな空き地だなと今更な感心をするスレイ。
しかしまた丸太。
エルフ族というのは丸太に何か思うところがあるのだろうか、とスレイは疑問に思う。
その丸太は高速で回転していた。
グレナルの風の魔法で片側の切り口が、どんどんと削られていく。
そして暫し経つと、そこには直径数百メートル、全長数百メートルの杭が誕生していた。
高速で回転する、ドリルのような杭。
さらにグレナルは水氷魔法を使い、超高密度の水を杭に螺旋状に巻き付ける。
準備は完了したようであった。
「行くぞ!!」
そして杭がスレイ目掛けて落下してくる。
自重だけではなく、魔法により加速されているのだろう、なかなかの速度だ。
まあスレイにしてみれば、大した速度ではないのだが。
そのまま見た目にはゆったりとした動作でスレイは右手を上に差し出す。
そして落ちて来る杭の先端に触れると同時、スレイは高速回転し超高密度の水を螺旋状に巻き付けた杭から、『高速回転している巨大な物体』という単純な概念を抽出し、『高速回転している』という部分を消し去り、ただの『巨大な物体』へと概念操作する。
途端、高速回転していた杭は、回転などせずに、ただ超高密度の水を螺旋状に巻き付けてはいるが、ただ真っ直ぐ高速で落ちて来るだけの巨大な杭となる。
そしてスレイはその自重だけで相当な質量を持った杭をSS級相当の圧倒的な筋力で以って片手で易々と受け止めた。
魔力操作など物理法則の改変で質量を消したりはしない。
真っ向からの力勝負だ。
指が杭の先端の内部へとその握力で以って食い込む。
そのままバランスを取るように真っ直ぐに直立させたまま支え続ける。
恐らくは素材は木でも特殊な木なのだろう、そのような無茶な支え方をしているにも関わらず、決して折れたり砕けたりはしない。
見物人達は唖然としてその光景を眺めていた。
あまりにも馬鹿げていた。
桁の違う、圧倒的に巨大な物体を、片手で持ち上げ支える細身の人間の青年。
なんという荒唐無稽な光景であろうか。
同じくその光景を唖然として見ていたグレナルだが、あっさりと自分の攻撃が受け止められてしまったのを見ると、悪あがきを試みる。
「『水蛇よ!!』」
流石はハイエルフという事だろうか、探索者で無いにも関わらず、無詠唱で、超高密度の螺旋状に杭に巻き付いた水を、水の大蛇へと変貌させ、スレイに襲い掛からせる。
しかし決着は一言、一瞬だった。
「『燃えろ』」
無詠唱のまま静かに発せられたスレイの力在る言葉。
蒼白い炎が燃え上がり水蛇を蒸発させ、それどころか圧倒的に巨大な杭を一瞬で灰の一片すら残す事なく完全に焼滅させる。
「ひっ」
慄くように、地に尻から倒れこむグレナル。
両手で支え、何とか上体は起こしているが、その瞳には怯えの色しか無い。
スレイは炎の精霊王の加護により、自らを嬉しそうに取り巻く炎の精霊達に感謝の念を伝える。
喜びの感情を伝えてくる無数の炎の精霊達。
その精霊の数とスレイの様子を唖然と見守る見物人の中のエルフ達。
もはやスレイの炎の魔法は、炎の精霊王の加護もあり、『始原の炎』などという概念に頼らずとも、無限大熱量へと至る事が出来るレベルとなっていた。
「それまで、勝者スレイ殿!」
危険が無くなった事を察知すると、ちゃっかり中心に戻って来ていたティータが、風の魔法を使い周囲に声を届かせ結果を告げる。
だがもはやスレイの視線はグレナルもティータも捉えていなかった。
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