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  シーカー 作者:安部飛翔
第五章
30話
「クククッ、どうです?これが貴女が創り上げた魔造“天才”の失敗作にして、しかし力のみは紛れもなくかつての“天才”オメガに近しい者。自らが造り上げた者に殺されるというのはどんな気分でしょうね。さあ、おやりなさいアルファ!この愚か者どもを血祭りに上げてやるのです!」
 少女に命じるグルス。
 少女は僅かに身動ぎする。
 だが、それだけだった。
 何やら少女はじーっとスレイを見ている。
 ひどく純粋過ぎる瞳に、恐怖を持たないスレイが怯んだほどだ。
「なんだ?」
 思わず疑問を口にするスレイ。
 だが、グルスにとってはそれどころではなかった。
「どうしたのですか、アルファ!?そいつらを殺せ、と命じているのです!!私の命令が聞こえないのですか!!くっ、馬鹿な、確かにマスター登録と認証を済ませて起動したというのに、いったいどういうことだ!?」
 顔を真っ赤にして怒鳴るグルス。
 その顔が赤い様子がますます猿に見えて、スレイは思わずぷっ、と笑ってしまった。
「何がおかしいというのです!?」
 すぐさま反応し激昂するグルス。
 だが他にも反応を示したものがいた。
 グルスにアルファと呼ばれた少女だ。
 アルファは、スレイが笑ったのを見ると、トトトっと、スレイに駆け寄って来る。
 決して超スピードでも何でもない、ただの子供が駆け寄ってくるような、軽い足取りだ。
 故にスレイは反応できず、容易く懐まで侵入を許してしまった。
「おお、それで良い。アルファ、その愚劣な男を殺しなさい!」
 歓喜の表情で怒鳴るグルス。
 スレイは咄嗟にエーテルを全身に巡らせ、防御を固め、思考を加速させようとする。
 だが次の言葉で一気に集中が解け、無防備にアルファに抱きつかれてしまう。
「パパーーー!!」
「は?」
 抱き付いてきたアルファを受け止めるスレイ。
 思わず間抜けな疑問の声を発してしまう。
 そんなスレイに抱きつき、腰のあたりに嬉しそうに頬擦りするアルファ。
「は?」
 グルスもまた、同じく間抜けな声を出し、その様子を眺めている。
 一通り、スレイに抱きつき頬擦りし、満足した様子を見せると、アルファは今度はシャルロットに視線を向け駆け出した。
 そしてシャルロットがやはり反応できぬ内に、また声を上げながら抱き付いていく。
「ママーーー!!」
「はえ?」
 やはり間抜けな声を出し思わず受け止めるシャルロット。
 今度はそのシャルロットの腰の辺りに頬擦りするアルファ。
 実に嬉しそうな表情をしている。
 場の空気が静まりかえる。
 そういえば、とシャルロットは思い出していた。
 このアルファを造り出す際、シャルロットはオメガの身体の一部から採取した遺伝子と、自らの遺伝子を掛け合わせて造り出した。
 結ばれる事が叶わなかった相手と自らの遺伝子を掛け合わせる事での代償行為のようなものだ。
 その上で、アルファには催眠教育で、オメガと自分を父と母というようにインプリンティングまでしてある。
 おそらくはそれ故のこの反応だろうとシャルロットは得心した。
 もっとも実験が失敗と悟った時、そのままステイシス・フィールドを張り、アルファの時を止め、一度も起動する事無く3000年も放置し続けたのだから、自分も碌でもない者だと自覚する。
 しかし、他の者は訳も分からず疑問だけが募る。
「馬鹿な、何故だ。間違いなくマスター登録も認証も済ませているというのに私の命令を聞かないだと?どうなっているんだ」
 ただ唖然とした様子のグルス。
「おい、シャル。どういうことだ?なんで俺がパパでお前がママなんて呼ばれるんだ?」
「え~、本当にスレイの子供だったりしないの~?」
『うむ、主の手の早さならあり得るかと思ったのだが』
「馬鹿を言え、本当にそうならいったい俺が何歳の時に出来た子供だ。あり得る訳ないだろう?それに、俺がシャルに手を出したのは昨晩が初めてだし、シャルなんて本人の自己申告だと未経験だったらしいぞ?」
 恐らくはシャルが造り出したということで、シャルロットに原因があるだろうと考え、シャルに尋ねるスレイ。
 そんなスレイに茶々を入れるペット二匹。
 ペット二匹に真面目に反応したスレイの、なあ、という確認の呼びかけに頬を赤らめるシャルロット。
「自己申告という言い草はなんなのだ!?正真正銘妾は未経験だったぞえ!!ええい、何をこっ恥ずかしい事を言わせおるか!!」
 シャルロットは思わず怒鳴ってしまう。
 そんな中、アルファはグルスを見つめ、ひどく嫌な表情をしていた。
「パパー、ママー。私、あの猿嫌い!私にパパとママを殺せとか言うんだよ?酷いよね。だからあの猿、殺しちゃうね」
「なんだと!?」
「は?」
「なぬ?」
 無邪気な表情で残虐な言葉を吐くアルファ。
 そのギャップに驚き唖然とした声を出すグルス、スレイ、シャルロット。
 そしてスレイとペット二匹、それにグルスはアルファに引き摺られ、一気に思考を光速の数百倍の領域へと加速していた。
 その領域の中ですら一瞬でグルスの懐に潜り込むアルファ。
 そして繰り出される拳による攻撃。
「ヒィッ!」
 悲鳴を上げるグルス。
「あれ?」
 疑問の声を上げるアルファ。
 何故かアルファの拳は、グルスに当たる寸前で止まっていた。
 その後も、この光速の領域の中でさえ、更に高速と言える連撃を繰り出すアルファ。
 だが、その攻撃は一つもグルスに届く事は無い。
 その事に気付き、反撃を返すグルス。
 だがアルファは容易くその攻撃を躱すと、首を傾げ疑問顔をしながら後ろに飛び退り、シャルロットの前まで戻ってきた。
 そしてアルファが光速の数百倍の領域から通常の時系列へと回帰し、またそれに引き摺られるようにスレイ達も通常の時系列へと戻る。
 そして動き出すシャルロット。
「ねぇ、ママー。おかしいよ?あの猿に私の攻撃が当たらないの」
「なぬ?」
 無邪気に尋ねるアルファに、やはり間抜けな声を出してしまうシャルロット。
「ああ。シャルロットには速過ぎて知覚できなかっただろうが、今、そのがそこの猿に対して攻撃を無数に繰り出したんだが、全て寸前で止まってな。一撃も与える事ができなかったんだ」
「そうだよ、そのは全部本気で当てにいってたんだけどね」
『特に何かで防御された訳でもなく、肉体が勝手に止まっているという感じだったな』
 そんなシャルロットに説明するスレイ。
 ペット二匹も補足説明をする。
「パパー、アルファは『その』じゃなくて『アルファ』だよ。ちゃんと呼んでー」
「ああ、そうだな。すまないアルファ」
 むくれて怒ったように睨んでくるアルファに、父性本能のようなものを刺激され、素直にアルファと呼んでやるスレイ。
 その間、シャルロットは俯き難しい表情をしていた。
 そして、ふっと顔を上げる。
「なるほどのう」
「どうした、何か分かったのか?」
 顔を上げたシャルロットに問うスレイ。
 それにシャルロットは答えを返す。
「ああ、わかったぞえ。グルスの奴が行ったマスター登録と認証は完全ではないがきちんと作用しているということであろう。それ故にこの……ではなかった、アルファだったの。アルファにはグルスを攻撃できないようになっておるということであろう」
 話の途中で、『この』という呼び方にむくれた顔をするアルファに、きちんとアルファと呼んでやるシャルロット。
「なるほどな」
 シャルロットの説明に、スレイは納得を示し、ペット二匹も納得した表情をする。
 グルスは勝ち誇った表情をした。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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