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  シーカー 作者:安部飛翔
第五章
28話
 シャルロットは悲痛な悲鳴を上げた後、そのまま地に跪き両手を着いて項垂れる。
「あ~」
 頬をぽりぽりと掻きながら、スレイはやや気まずげな表情だ。
 現実逃避気味に先程の戦闘の事を思いだす。
 最後にアスラとマーナを振るったその時。
 アスラとマーナとの一体感は今までの比ではなかった。
 それこそ世界すらも容易く斬り裂けるのではないかという程の全能感。
 どのような剣士にも勝る剣技を繰り出せるという確信。
 恐らくはこれが剣士系の隠し最上級職になった事による、剣技上昇の上昇率が最大限に高まった恩恵というものだろう。
 自らが今までとは段違いの剣技の、刀術の高みへと至っているという確信がある。
 そうやって現実逃避はしていても時は動き続けている。
「ス~レ~イ~」
 おどろおどろしい感じで迫ってくるシャルロット。
 その陰の美貌が逆に働き、その迫力はかなりのものだ。
 スレイに恐怖は無い為、恐怖は感じないが、気まずさは倍増する。
「あ~、なんだ。床や壁や天井をこんな罅割れさせて悪かったな」
 まずは比較的軽い被害について謝罪する。
「そんなものはどうでもよいわ、どうせ中央制御室の制御を取り戻せば修復用の魔神マシンが勝手に修復してくれる」
「そ、そうか。それじゃあ、そこの魔神兵も、腕一本から再生したりなんかは……」
「するわけなかろうが!!」
 切れたように怒鳴るシャルロット。
「腕一本から再生するとかいったいどんな化物だの!!そんな事、それこそ邪神級の存在でもなければ不可能であろうて!!こやつは妾が一から組み上げた最高傑作なのだぞえ!!いったいどうしてくれるのだ!!」
 怒鳴りながらも涙目だ。
 よほどに衝撃を受けているのだろう。
 ますます気まずげな表情になるスレイ。
「そ、そうか。……そうだ。中央制御室の制御を侵入者から取り戻した後、時間魔法と概念操作の組み合わせで、存在状態の過去への回帰を試みてみるとするか。もしかしたらそれで破壊前の状態まで巻き戻せるかも知れんしな。とりあえずはこいつで」
 スレイは“時間”“固定”の概念を込めた鉄球を魔神兵の腕へと軽くぶつける。
 これで魔神兵の腕は完全に時間的に静止した状態となった。
 巻き戻す時間もこれで僅かで済むだろう。
 シャルロットはそんなスレイに驚愕の視線を向ける。
「スレイ、お主、そのような事もできるのか?」
「いや、分からんな。何せ初めての試みだしな。そうだ、上手くいったらロビーの魔神兵にも試してみるか?あれは“時間”を“固定”することもなく、そのままにしておいたから成功率は尚低いだろうが」
『何、もし失敗したとしても我が何とかしよう』
 軽く言ってのけるスレイとディザスターにシャルロットは呆れた視線を向ける。
「やった事も無いのに随分な自信だのう?というか、もし出来たら邪神たるディザスターはともかく、スレイ。お主、本気で何でもアリの化物になるのう。そんなことが可能なら、生物を生き返らせる事すらできるのではないか?」
 スレイは、いや、とかぶりを振る。
「もし成功したとしてもそれは生命ではなく作られたモノだからだろうさ。輪廻転生の輪や魂が実在している事は、ロドリゲーニの件で既に明らかだしな。“生命”や“魂”の概念操作までできるようになれば可能かも知れないが、流石によほど上位の概念操作になるだろうから俺には不可能だろう。俺の専門は“切断”らしいしな……いや、“死”の概念そのものを“切断”する、というのもアリか?しかし……」
 スレイは何やら熟考に入り始める。
 そんなスレイをシャルロットが促した。
「ええい、考えるのは後にせい!それより今は中央制御室に居るだろう侵入者の事が先決であろう!!」
「初めに何やら落ち込んでいたのはシャルだったと思うが」
 反論するスレイ。
 シャルロットは頬を赤らめながらも告げる。
「仕方なかろう、結構ショックが大きかったのだ。だが、もう立ち直った。とっとと行くぞえ」
 どうやら本当に立ち直ったようである。
 そのシャルロットの切り替えの早さに、やはりシャルはシャルか、などと考え、スレイはまた疑問を覚える。
 やはり、とは何だ?
 最近は、何か自分でも良く分からないような思考が良く湧いてくる。
 無駄に分割思考で、概念操作の可能性と、自らの記憶の不確かさ、その二つを考えながらも、メインの思考は現実に振り分け、先を歩くシャルロットの後を追う。
 ペット二匹もそんな主の後を追った。

 移動とはいえすぐそこに在った巨大な扉に着くのはすぐだった。
 巨大な扉に辿り着いたシャルロットは、何やら横にある操作パネルを色々と弄っている。
「どうしたんだ?」
「どうやら侵入者がセキュリティを改竄しておるらしくてのう、今それを探っているところだぞえ。すぐに開けるからちょっと待っておれ」
 スレイは首を傾げるとシャルロットに提案する。
「この扉を破壊するというのは駄目なのか?どうせ修復用の魔神マシンが直してくれるんだろう?」
「ええい、なんでお主はそう乱暴なのだ。短絡的に考えず頭を使わんかえ。偶には書物など読んでみてはどうだ?」
「いや、これでも2年ほど前までは、村一番の読書少年だの、活字中毒だの、色々言われてたぐらい本は読んでるぞ?確かに最近は活字から離れてしまっているがな」
 スレイに疑わしげな視線を向けるシャルロット。
 失礼な話だ、とスレイは思う。
「まあ、よいわ。あと少しで扉は開くぞえ。せいぜい侵入者の間抜け面をおがんでやろうではないか」
 楽しげに笑うシャルロット。
 そして何やら機械音が鳴り、扉が開き始める。
 安全の為、シャルロットを制し、まず自分が最初に入るスレイ。
 後に続くシャルロットとスレイのペット二匹。
 入った部屋には大量の機械類、それらを繋ぐコード、モニター、それに培養槽など、様々なものが雑多に詰まっていた。
 そしてその中心に、一人の男が立っていた。
 毛むくじゃらな肉体を上品な衣服に包んだ、猿の様な顔の男である。
「これはこれは、よくぞいらっしゃいました。シャルロット殿、それに目障りな人間に、狼と小竜ですかな?」
「グルス、お主!人の城で何を我が物面しておるか!!」
 グルス、というらしい毛むくじゃらの猿の様な男の言葉に、激昂して声を荒げるシャルロット。
 スレイは首を傾げるとシャルロットに尋ねた。
「シャル、何だこの人の言葉を喋る猿は?お前のペットか?」
「違う!!」
「違うわ!!」
 スレイのひたすら失礼な言葉を、グルスとシャルロットが同時に否定する。
 シャルロットは、侵入者であるグルスと声が合ってしまった事を、んんっ、と喉を鳴らし誤魔化すと告げる。
「こやつの名はグルス。魔猿族の長である魔猿王にして、このヘル王国の宰相でもある男だぞえ」
「その通り。始めまして、卑しい人間族の青年よ。私はグルス、このヘル王国の宰相を務める身で、いずれは魔王となる者だ。だが貴様程度が覚えておく必要は無いぞ」
 グルスも落ち着きを取り戻し、スレイに対し小馬鹿にしたように名乗る。
 その名乗りに、シャルロットが怒声を浴びせようとするが、スレイが遮るように言った。
「ほう、これは珍しい。最近は猿が国の宰相までこなすのか。実に芸達者だな」
「なっ、貴様!」
「くっ」
「ぷぷぷっ」
『ははは』
 グルスは激昂し、シャルロットは思わず笑いを零し、フルールとディザスターは遠慮無く笑っていた。
 場の空気は、完全にスレイが支配していた。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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