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  シーカー 作者:安部飛翔
第五章
13話
 スレイをして、夢のような一時はあっという間に過ぎ去った。
 事後、スレイがあまりに激しく求めた為に、僅かに苦痛に表情を染めたタマモが仕方が無さそうにスレイを抱きしめ撫でていた。
 スレイはどこか夢心地でその状況を受け入れていた。
 そして今、スレイ達は帰路の途上にある。
 樹海の出口まではクズハが案内してくれるようであった。
 邪神との戦いに協力する証として、タマモの毛で作ったらしい一房の飾りが付いた腕輪をスレイはしていた。
 その毛から溢れる神気に、その毛の美しさだけで、十分以上に九尾の狐の協力の証明になるだろう、そういうものだった。
 それを手ずからスレイの腕に嵌めながらタマモは言った。
 自分の助力が欲しい時はこの腕輪に願えばいい、と。
 やはりまだ、どこか茫洋とした様子でスレイは腕輪を眺めている。
 と、シズカがじと目でスレイを見ながら言った。
「九尾の狐、タマモさんでしたね。どのような方だったのですか?」
「な、なんだいきなり?」
 スレイはらしくもなくどもって問い返す。
「いえ、随分と熱心にその腕輪を眺めているものですから。九尾の狐といえば傾国の美貌を持つと聞きます、随分とお綺麗な方だったんでしょうね」
「うぐっ」
 どこか詰るようなシズカに、スレイは呻く事しか出来ない。
「それにスレイさん、凄く甘い匂いをさせていますね。どこでそんな香りを付けたんですか?」
「ほんとーに、スレイってばいい匂いがしてるねー」
『うむ、非常に強いのに嫌味でない甘い香りだ』
「むぅ」
 シズカに加え、ペット二匹までが援護射撃を繰り出し、スレイは黙り込むしかなかった。
 普段であれば軽い憎まれ口でも返せたのであろうが、今のどこか惚けたスレイにそれは不可能であった。
 ただ唸るのみのスレイに、シズカは呆れたような溜息を吐く。
「昨夜、私と関係を持ったその次の日に、別の女性と関係を持ちますか」
 断言して、更に溜息を吐くシズカ。
 スレイは反論も誤魔化す事もできない。
 しかもそういう真似をしたのが、シズカは知らないとは言え、今回だけではないという事実まである。
「ほんとうにどうしようも無い人です」
 だがシズカは突然口調を柔かくした。
「戦い好きで女好きで、ペット好きで、本当に駄目駄目な人ですね。やっぱりそんな駄目人間には私が居ないと駄目だと確信しました」
「そこまで、駄目を連呼する事は無いだろう」
 スレイはどこか弱々しく反論する。
「実際駄目なのですから、そういうしかないでしょう?」
 シズカは笑ってすらいた。
 思わずスレイは目を逸らしてしまう。
「そんな駄目なスレイさんを真人間に更生するのが私の使命ですね。何せ無駄に才能だけは持ってる人ですし」
「ぐっ」
 もう言いたい放題である。
 しかしスレイは反論できない。
 今のスレイに出来るのは黙り込んで嵐が過ぎ去るのを待つことのみだ。
「仕方が無いので、私も迷宮都市に住む事にします。探索者にもなった事ですし、祖父母と一緒に暮らすのであれば問題無いでしょうしね」
「なっ」
「あら?私が迷宮都市に住むと何か困ることでもあるんですか?」
 ある。
 ありすぎる程、身に覚えがあった。
 特に迷宮都市での女性関係。
 これは徹底的に駄目だ。
 迷宮都市にシズカが住むようになればすぐに知られるだろう。
 というかシズカは祖父母からも色々と話を聞くかもしれない。
 真人間に更生とは何をされるのだろうか?
 恐怖という感情は失って久しい身だが、変わりに困惑が先に立つ。
 しかしスレイは結局何も言えなかった。
 そしてそのまままずは樹海の外へと辿り着く。
 そこで忍の気配を感じた。
 ずっとここで待っていたのであろうか。
 もし別の所からスレイ達が出てきたらどうするつもりだったのだろうと、スレイは疑問に思う。
 ともあれ、クズハはここまでであった。
 一礼をして、クズハは告げる。
「私はここで失礼させて頂きます。僭越ながらスレイ様、時々で構いませんので、これからもタマモ様に会いに来て頂けるとタマモ様も喜ぶと思いますので、どうかよろしくお願い致します」
 そして一瞬でクズハは姿を消した。
 恐らくはタマモの屋敷まで転移したのだろう。
 空間が動く気配が感じられた。
 現実逃避気味にそんな事を考えるスレイの隣では、やはりシズカがじと目でスレイを見つめている。
「スレイさんが訪ねると、タマモさんが喜ぶんですね」
「……」
 もはやスレイに言葉は無かった。
 そしてスレイ達はそのまま、まずはノブツナの居城へと向かうのだった。

 ノブツナの居城にて、首尾を報告する。
 シズカが迷宮都市の祖父母の元で暮らす旨を伝えると、ノブツナが騒いだが、トモエによって黙らされていた。
 スレイは許可を取り、昨夜泊まった一室にゲッシュから貰って来ていた特別製の飛翼の首飾りでマーカーを付ける。
 これでスレイは自分で迷宮都市アルデリアの探索者ギルド本部、転移の間とこの部屋の間を、つまりディラク島へ自由に来れるようになった。
 そしてシズカと共に転移すると、そのままシズカは祖父母の泊まっている部屋に行くという。
 今は祖父母共に留守だとしても、シズカの場合部屋の鍵も預かっているらしいし問題は無かろう。
 スレイ自身はディザスターとフルールを伴いゲッシュの元へと訪れる。
 ゲッシュは相変わらず書類の山に埋もれていた。
 そのゲッシュにスレイはタマモとの交渉の首尾を報告する。
 余計な事は一切喋らずただ九尾の狐の助力を得られる事になった旨と、その証明である腕輪を見せるだけである。
 ゲッシュは安堵していた。
 どうやら全て彼が思った通りに上手く事が運んでくれたようである。
 しかもスレイは邪神の尖兵をも殲滅してくれたらしい。
 ゲッシュが考えていた以上の成果である。
 何やら九尾の狐の事を語る時のスレイがやや浮ついた様子だったのが気になるが、大した問題ではなかろう。
 なにせこれで神獣の中でも上位にある九尾の狐の助力を得られた上、邪神の尖兵を滅ぼしただけではない、ギルドと交友を持つノブツナの勢力が、ディラク島を実質完全に支配下においたと言って構わないのだ。
 これでノブツナがディラク自体の国主となったと言って過言ではない。
 もともとのノブツナの勢力以外が全て邪神の尖兵により滅ぼされていたという事で、ややディラク島そのものの損害は大きいようだが、逆に感情を排して冷酷に言ってしまえば、反抗勢力はもはや存在しないということでもある。
 これで統治は容易くなるだろう。
 本当に上々の首尾である。
 ゲッシュは胃の調子が軽くなるのを感じていた。
 シズカがクロウとサクヤの元へ住むというのは、もはや一国の姫と同等になった娘をギルドで預かるということでやや難しいが、ギルドの権威を以ってすればそれほどの問題ではない。
 護衛に関しても、過保護な祖父母が居る事だし、あとは数人こちらの諜報員を回しておけば問題無かろう。
 何はともあれ、全て上手く纏まって、ゲッシュは安堵の吐息を零すのであった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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