スレイの感覚のままに道無き樹海を突き進んで行った先。
突然開けた場所に出る。
周囲を樹海に包まれながら、そこだけが草木も生えず、固い土がむき出しになっている。
そして中心に巨大な木造の屋敷が存在していた。
あまりにも場違い過ぎるモノである。
そしてその門の前には一人の少女が居た。
狐の耳に、狐の尾が四本生えている。
少女は近付いてくるスレイ達に礼をすると告げた。
「お待ちしておりました。スレイ様、シズカ様、ディザスター様、フルール様。わたくし、タマモ様にお仕えしているクズハと申します」
客人を迎える風体で、特に慌てた様子もない。
自分達の名を知っている事からしても、今日樹海に入ったからという訳ではなく、それ以前から自分達の事を知っていたのであろう。
それはとりもなおさずこの樹海の奥から、離れた地の事まで“視”ていたという事だとスレイは予想する。
大したものだと感心しているスレイに、シズカが少し暴れるようにして告げた。
「す、スレイさん。もういいでしょう?そろそろ降ろして下さい!」
「ああ、すまん。忘れてた」
そのままシズカを優しく地面に立たせてやるが、シズカはご立腹の様子であった。
「もう、これだからスレイさんは駄目人間なんです。本当に私が何とかしないと」
少し忘れていただけだというのに、この言われよう。
流石にスレイも反論したくなったが、ここは大人として我慢する事にする。
もっともスレイとシズカは同い年であったが。
そのような光景を見ながらも、その佇まいと態度を変える事無く、淡々とクズハは告げる。
「それでは我が主人の、タマモ様の元へとご案内致します。どうぞわたくしに付いて来て下さいませ」
告げると、足音すら立てず静かに、屋敷の奥へと進んで行く。
スレイ達もその後に続いた。
屋敷に上がり、暫し進む。
そしてある一室の手前でクズハは止まる。
「この部屋にタマモ様はいらっしゃいます」
タマモ様、とクズハが呼ばわるのに返事が返った。
「お客人をお連れしました」
「入ってもらいなさい」
それではどうぞ、とクズハが勧める。
スレイが勧めに従い障子を開けると、違和感があった。
違和感の正体はすぐに知れた。
シズカにディザスター、フルールが居なくなっていたのだ。
思わず身構えるスレイ。
「そういきり立たないで頂戴な。ちょっとあなたの連れの方達には席を外してもらっただけよ。クズハがきちんともてなしているわ。だいたいあなたの連れてたあの二匹、その気になれば私の力なんて簡単に破れるでしょう?」
それもそうかと納得し、声の聞こえてきた奥へと視線をやるスレイ。
一瞬、ガンッと頭を殴られたかのような衝撃が走る。
腰ほどまである金色の髪はまるで光の滝の様。
その肌の色は抜けるように白く、絹のような肌理細やかさ。
胸は豊かでありながら理想的な曲線を抱き、身体全てが艶かしい。
瑠璃色の瞳はまさに宝玉の如く。
顔立ちは掘りが深すぎず浅すぎず、あらゆる種族に通用すると思われる美貌。
まさに国を容易く傾けるだろう傾国の美女がそこに居た。
様々な美女・美少女を見てきたスレイであってもこれほどの美貌の主を見るのは“二人目”である。
“二人目”?
ふと自分の思考に疑問を感じる。
思い返してみるがこれほどの美女を見たのは始めての筈だ。
なぜ“二人目”などと思ったのか疑問に思うが、その思考は次の瞬間一気に吹き飛んだ。
タマモが艶やかに微笑む。
誘惑するかのような視線。
そもそも着衣が着崩され、始めから誘うかのような姿である。
思わず傾く思考。
しかしスレイはその精神力で以って何とか自らの思考を平静へと立て直した。
自らの思考を精神制御する。
どのような精神攻撃も、彼女の美貌には及ぶまいと思われるほどの影響力ではあるが、何とかスレイは自分を保つ事に成功した。
そんなスレイの姿を面白そうに、嬉しそうに見るタマモ。
「あら、うふふ。私の姿を見て正気を保つなんてやっぱり思った通りね。貴方だったらと期待はしていたけど、期待に応えてくれて嬉しいわ」
「期待していたとは、どういう事だ?」
何とか思考を引っ張られないように注意しながら問い返すスレイ。
そのスレイにタマモはあっさりと答える。
「あら、九尾の尾はこの島の全てに届くのよ?貴方がこの島にやってきてからの行動は全て見させてもらっていたわ。期待していたというのはそういう事」
「とんだデバガメも居たもんだ」
憎まれ口を叩くスレイ。
憎まれ口にさえ嬉しそうに微笑むタマモ。
参ったな、とスレイは自らの敗北を悟る。
尋常の勝負ならともかく、タマモの美貌は格が違う。
それだけで舌戦では男の自分では勝てる気がしない。
心の中で敗北を認めるスレイ。
「それで、何故この場に呼ばれたのは俺だけなんだ?」
「あら、言ったでしょう?貴方の行動は全て見ていたって。はっきり言うとね、貴方の戦いを見て貴方に惚れちゃったのよ」
「随分と惚れ易いんだな、尻軽なのか?」
だめだ、とスレイは思う。
どうやっても低レベルな憎まれ口を叩くのがせいぜいだった。
しかしその低レベルな憎まれ口に、タマモは拗ねたように唇を尖らせる。
そんな僅かな仕草すらが男を誘惑する魔性の毒であった。
「尻軽なんて酷いのね。少なくともこの世界に転生してから数千年。私が覚えている限りではこれが初恋よ」
「この世界に転生してから?」
思わず問い返すスレイ。
ええ、と頷いてタマモは答える。
「どうやら私ってば元々はこの世界の存在じゃないみたいなのよね。前は別の世界に居たらしい、って記憶はないけど知識があるのよ。どういう理由かこの世界に転生、あ、この場合の転生っていうのは人の輪廻転生と違って、私の場合は死んでも完全に魂までも滅ぼされない限り同じく九尾の狐として全てリセットされて生まれ直すみたいでね。あ、あのクズハって娘は私の従者なんだけど、前の世界からずっと私の傍に居たらしくて、前の世界に関する知識も持ってるみたいよ?私はあまり興味が無いから聞いた事はないけど、もし興味があるんなら聞いてみたらいいんじゃないかしら」
「何故この世界に来たのかも聞いていないのか?」
「ええ、興味無いもの。それはともかく転生してすぐ私はこの樹海に引き篭もった訳なのよね。自分の美貌の影響力に関する知識もあったし、クズハも傍に居たし、何よりその気になればこの島全ての出来事を知る事ができるから、退屈はせずに済んだしね。そんな訳で貴方の戦いも当然のように見ていて、初めて男に惚れちゃった訳なのよね。幸い貴方の目的は私との交渉という事で、待っていればそっちから来てくれるから、手荒なご招待をする必要も無かったし、それで今、こうやって二人っきりの状況に持ち込んだって訳」
ところで、とタマモは拗ねた口調で続ける。
「昨夜はあのシズカって娘と随分お楽しみだったみたいね?」
「やはりデバガメだな」
思わず突っ込むスレイ。
「まあ、否定はできないわね。それで、今回の貴方の目的に関してなんだけど。力は貸して上げる、ただ条件があるわ」
「まあ、ただで力が貸してもらえる訳が無いのは当然だな。それでどんな条件なんだ?よほど無茶な要求で無ければ呑めると思うが」
タマモは艶然と微笑む。
今まで以上の色香を発するタマモに思わず喉を鳴らしてしまうスレイ。
そんな自分を何とか制御しようと、明鏡止水の特性まで使おうとしてしまう。
「そんなに難しい条件じゃないわよ、昨夜あのシズカって娘にしたみたいに、初めての私を優しく、情熱的に抱いてちょうだいな」
明鏡止水の特性の発動が停止する。
ただ目の前の美女を凝視するスレイ。
思わずごくりと唾を飲む。
「そ、そんな要求でいいのか」
冷静さが保てない。
恐怖を失って以来、これほどに感情を乱されるのは初めてのような気がする。
「ええ、この要求がいいの。駄目かしら、キャッ!」
スレイは思わずそのままタマモに飛びかかっていた。
理性が働かない。
そもそも理性を働かせる必要が感じられなかった。
「だから今の私は初めてだから優しくって、んんっ」
唇を強引に塞ぎ相手の舌を求める。
タマモはどこか瞳に呆れた色を宿しながらもその求めに答えた。
着崩した襟元から強引に手を入れ胸を揉みしだく。
その肌の感触は想像以上に滑らかで、その胸の柔かさも張りも理想的だった。
唇を離すとタマモは呆れたような声を出す。
「もう、そんなにがっついて。しょうがないわね」
苦笑するようなその表情すら美しかった。
スレイの理性は完全にトんでいた。
そしてスレイは、文字通り完全にタマモの肉体へと溺れていった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
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