「痛いです」
シズカの率直な一言。
スレイは思わず苦笑を洩らす。
九尾の狐が棲まうとされる樹海の入り口。
入り口と呼ぶのが正しいかは分からないが、僅かなりとも樹海の中へ開けた道がある場所。
そこにスレイとシズカ、それにフルールとディザスターはやってきていた。
もっとも二人と二匹だけではなく、後方には気配を消した存在が居る事が感じられるが。
まあ、どれほど気配を消そうとも、スレイにしてみれば意味はない。
スレイの場合、周囲の存在に対する感知力もまた日々成長し続けている。
後方に居る、おそらくはノブヨリが忍と言っていた者だろう、その者達も、ただ気配を消すだけでなく、周囲に完全に気配を溶け込ませているが、それでも今のスレイにとってみればその存在は明確に感じ取れた。
それはともかく、スレイの苦笑にシズカはひどく不機嫌そうに呟く。
「笑い事じゃないです、スレイさんの所為なんですからね」
「ああ、分かってるさ。すまない、あれでも出来る限り優しくしたつもりなんだが」
「嘘です。途中まではそうだったかも知れませんが、途中からは獣みたいでした」
シズカが言うのに、また苦笑が洩れる。
実際途中からは我を忘れたようにシズカの身体を貪った覚えがある。
自業自得かと、シズカの責めを受け入れる事にする。
「本当にすまなかったな。少々優しさが足りなかったみたいだ」
「ええ、本当に。やっぱりスレイさんは駄目な人です。だから私が真人間にしてみせます」
なにやら決意したように軽く手を握るシズカ。
ますますスレイの苦笑は深まる。
「なんか、よくわかんないけど」
『つまり、主は何時もの通りということだな』
納得したようなペット二匹。
やはりスレイは苦笑を深めるのだった。
「まあ、それはともかくとしてだ」
言ってスレイは樹海を見上げる。
木々の一本一本がひどく高い。
それでいながら実に密に集まっている。
そして果てが見えないほどに広い。
まさしく木の海、樹海と呼ぶに相応しい地だ。
それだけでなく、その広い樹海を包むように広がる気配がある。
これが九尾の狐の気配だろう。
なるほど、これは神獣と呼ぶに相応しいな、とスレイは頷く。
「まずは、進んでみるとしようか」
「ええ」
「うん」
『承知した』
何時までも立ち止まっていたところで仕方が無い。
そのまま一行は本当に細い、道と呼ぶのもおこがましいような道を進んで行く。
そして、すぐに立ち止まる。
目の前には樹海の出口があった。
いや、入り口と呼ぶべきであろうか。
何にせよ、先程スレイ達が樹海に入った僅かに開けた道である。
そしてスレイ達の進行方向に樹海の外が広がっている。
「ほう」
「えぇ?」
「ははーん」
『ふむ』
四者四様の反応を見せる。
「これは驚いたな、幻術の境界が感じられなかった」
「え、えぇと。これが九尾の狐の幻術ですか?」
「僕は分かったよー。なにせ時間関係と空間関係は次元関係と並んで僕の専門だからねー」
『我も分かったぞ』
スレイは自らが幻術に囚われたその時を知覚できなかったことに驚愕する。
シズカはただ呆然とするだけだ。
だがフルールとディザスターは流石に九尾の狐より格上の存在、その結界を容易く看破したようであった。
「どうする?僕が結界を解いちゃってもいいけど」
『我が幻術そのものを破壊しても構わんぞ』
「いや、幻術の境界を教えてくれ。折角の機会だ、俺の力で九尾の狐の幻術を破ってみたい」
二匹のどこか物騒な台詞に、樹海に満ちる九尾の狐の気配が揺らぐのを感じたスレイは、そう告げる。
樹海に満ちた九尾の狐の気配はまた静かになった。
そしてスレイ達は樹海の入り口に踏み込む。
一歩、二歩。
「ここだよ」
『ここだ』
ユニゾンする二匹の声。
立ち止まったスレイは心眼を研ぎ澄ませる。
最初は感じ取れなかった。
しかしより深く、より鋭く、より鮮明に、心眼をどこまでもどこまでも磨き上げる。
そしてスレイは幻術のその境界を知覚した。
「“切断”」
言葉にすることで、普通よりも強化された“切断”の概念を発動させる。
そして結ばれた幻術の結界は斬り裂かれ、僅かな綻びを見せる。
「いくぞ」
「きゃっ」
スレイはシズカを強引に抱き寄せると、一気に境界を飛び越えた。
ディザスターとフルールも続く。
そして結界の綻びは瞬時に繋がれ閉ざされた。
後方にあった忍が存在する感覚も消え去る。
恐らくは完全に結界の内と外で断絶された為だろう。
そして忍には九尾の狐の幻術の結界を破る手段は無い。
つまり見張りはスレイ達を見失ったということだ。
少々悪い事をしたか、と思うもすぐに忘れる。
目の前には獣道すら存在しない、完全な静寂に包まれた、木々の海があった。
九尾の狐の力の賜物か、生物の気配すら全く感じられない。
「スレイ」
『主』
「いや、これも折角の機会だ。俺にやらせてくれないか?」
「?」
二匹のペットの呼びかけにスレイはそう答える。
シズカは何の話かと疑問顔だ。
だがスレイは説明する事なく、そのまま明鏡止水の特性で心を鎮め、無念無想の特性で無心となり、心眼の特性をより研ぎ澄ませる。
そして“全てを視る”概念を付加して、心眼の特性をより強化した。
樹海中に満ちた九尾の狐の気配。
その濃淡を探る。
僅かずつ“視”えてくる全貌。
そしてスレイはただ一つの濃い気配を捉える。
「よし、“視”えた!」
そしてそのままシズカを横抱きに抱き上げると道無き樹海を突き進む。
後に続くペット二匹。
「なっ」
シズカは頬を赤く染めると抗議してきた。
「なんでいきなりお姫様抱っこなんてするんですか!?」
「こっちの方が速いからな。それともおんぶの方が良かったか?」
平然と返すスレイにシズカは黙り込む。
実際、スレイはシズカを横抱きにしながらも、平然と樹海の中をペースを落とす事なく歩み続けている。
自分では付いて行くなど不可能な速度だ。
スレイの言葉の正当性を認めたシズカは黙り込む。
そして二人と二匹は樹海の中を九尾の狐の元へ進んで行くのであった。
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