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  シーカー 作者:安部飛翔
第五章
7話
 深い絶望に身を浸しながら進み続けるクランド。
 どうしてこうなったのだろう?
 その脳裏には常に疑問が浮かび続ける。
 だが邪神の手により絶大な力を与えられたその瞳は遥か遠くから悠然と歩み寄ってくる青年の姿を捉えた。
 黒髪に黒瞳だが、その多少整った顔立ちは彫りの浅いディラク島の人間のものでは無く、掘りの深い大陸風の顔立ちで色は白い。
 その身は細身すぎるほど細身に感じられるが、鍛え上げられた獣のような柔軟性と爆発力を感じさせる。
 ひどく軽装で、上半身は黒いシャツの上に黒いジャケットを羽織り、下半身は黒いズボンに黒い靴を履いている。
 逆に武器はディラク刀を両腰に差し、その鞘の造りは重厚で荘厳さすら感じさせる。
 その瞳にはどこか楽しそうな色が宿り、表情は傲岸不遜な笑みを浮かべている。
 青年の後方には白い小竜がパタパタと羽ばたき浮かび、蒼い狼が蹲っている。
 クランドの強化された感覚を以ってしても、何の力の波動も感じられなかった。
 だというのに、青年は悠然と、どこまでも楽しそうに、クランド軍のアンデッド兵達、その先頭へと近付いて来ている。
 最初は自殺志願者か何かかと思った。
 だがその考えはすぐに変えられる事になる。
 青年がそのまま先頭のアンデッド兵達に接触した瞬間であった。
 邪神によってクランドに与えられた力。
 その力が強引に発動しクランドの思考とその身を、世界の法則を書き換え、クランドの脳や身体の構造さえ無視して、光速の数十倍の領域まで加速させる。
 そしてクランドは、深紅と蒼の光芒が輝き、一瞬で数体のアンデッド兵が消滅する光景を見て唖然とする。
 何時の間にか、強大な力の波動が、黒の青年から溢れ出していた。

 スレイがアンデッド兵達の先頭へと近付いた途端。
 突然スレイに近いアンデッド兵達の動きが鈍る。
 不死殺し(アンデッド・キラー)の称号による補正である。
 そして不死殺し(アンデッド・キラー)の称号の補正がある為に軽い概念操作すら必要無かった。
 一瞬で爆発的に力の波動を解放したスレイは、闘気と魔力の融合で以ってエーテル強化を果たし、一気に光速の数十倍の速度域へとその身と思考を加速させる。
 そしてアスラとマーナを瞬時に抜き放ち、深紅と蒼のオーラの斬撃を繰り出す。
 その斬撃に触れたアンデッド兵達は、一瞬でその身の全てを塵と化し消滅していた。
 今まで、手に入れても、中々活用する機会の無かった称号による補正の効果である。
 とはいっても、ただ不死殺し(アンデッド・キラー)の称号の補正だけでは、このように一撃で邪神の尖兵であるアンデッド兵を消滅させる事などできなかったであろう。
 スレイの力、アスラとマーナの力、それらが合わさった強大なダメージが有った上で、更に不死殺し(アンデッド・キラー)の称号の補正の効果が発動し、アンデッド兵達は一瞬で消滅したのだ。
 そして、今の速度域に到達したスレイにとって、アンデッド兵達の動きはあまりに遅かった。
 その一瞬の仲間の消滅にアンデッド兵達が反応する間を与える事すら無く。
 いや、今のスレイの速度域ならば、それこそどれだけ悠然と待っていても、アンデッド兵達が反応する事は無かったであろう。
 スレイにとっては静止しているも同然のアンデッド兵達。
 そのただ中に飛び込んだスレイは、時系列と次元を超越したステップ、更に軽い概念操作により、空中も逆さまに或いは横向きになど自由に“蹴り”ステップし、ありとあらゆる世界の法則を無視した刀の舞を踊り出す。
 そして一気にアンデッド兵達は消滅して行った。

 クランドは唖然とその光景を眺めていた。
 光速の数十倍の速度域へと突入したクランドの思考。
 その速度域で以ってしても異常な速度でアンデッド兵達が消滅していく。
 黒の青年のあらゆる世界の法則を無視したような、どこか狂った、それでいながら美しい刀の舞。
 深紅と蒼のオーラが踊り狂う。
 更にその身はクランドがかつて見た邪神クライスターと同じくエーテル光に包まれ、エーテル光も乱舞する。
 まるで広大な海が真ん中から割れるように。
 一万の軍勢の中心線を真っ直ぐに、先頭からどんどんと消滅させ、クランドに向かい最短距離で突き進んで来る黒の青年。
 信じられない、悪夢のような光景であった。
 邪神の尖兵であるアンデッド兵達は通常のアンデッドなどとはモノが違う。
 一体一体が千の兵士に相当する、S級相当の、まさに一騎当千の力を持っているのだ。
 そのアンデッド兵達が、それこそ格の違う圧倒的な力で、ほんの僅かの間も無く殲滅されていく。
 その力の余波で、周囲には半径キロ単位のクレーターが無数に出来ていた。
 そういった真似は、クランドなら、そしてSS級相当探索者ならば不可能な事ではない。
 だがアンデッド兵達の軍勢を中心を割りながら突き進んで来る青年にはそれ以上の何かがあるように感じられてならなかった。
 絶望のみが占めていたクランドの心に恐怖という名の感情が忍び寄る。
 だが、例えアンデッド兵達にどのような命令を下そうと、今のクランドの思考速度、それに突き進んで来る黒の青年の速度相手では、命令に応える暇さえアンデッド兵達には与えられない。
 ただ、クランドはそのままアンデッド兵達の後方、その中心にて待つしかなかった。
 だが、クランドの心の中に恐怖以外に僅かに希望の光も差し込む。
 先にノブツナの軍とぶつかり合った際には、剣神の力を降ろしたあの鬼刃ノブツナであっても、クランドと互角に戦うのが精々で、自らの兵達に多数の犠牲が出たため、そのまま退いていった。
 しかし目の前の黒の青年は一人。
 しかもあのノブツナですら持たない何かを持っている感じがする。
 クランドは既に全ての民を失ったとはいえ国主である。
 だがそれ以上に一人の剣士であった。
 ディラク島に生まれた男ならば誰もが自らの刀を魂とし、同じ死であっても、寝床での死より、戦場での死を貴ぶ。
 まだ遠い黒の青年。
 彼ならばクランドに戦場での名誉の死を与えてくれるかもしれない。
 築き上げた全てを失った今。
 自らの民の命すら邪神に弄ばれた今。
 そして自らも愚劣な力を手に入れてしまった今。
 目の前を、アンデッド兵の軍勢を割り突き進んで来る青年はクランドにとって希望であった。
 名誉の死。
 ただ一人の剣士として全てを出し尽くしての死。
 それを与えてくれるかも知れない黒の青年。
 何時の間にか、クランドは笑みを浮かべていた。
 この愚かしい力を得てから一度たりとて浮かばなかった笑み。
 そして絶望から逃れ、希望に満ちた感情。
 クランドは待ち続ける。
 青年がかつて自らの民だった者達に、消滅という名の救いを与えてくれる事に感謝を。
 そして自らに全力を尽くしての戦いの中での死という救いを与えてくれる事に希望を。
 はやく、はやくここまで辿り着いてくれ。
 クランドの中にもはや疑問は無かった。
 ただ望みのみがあった。
 さあ、私に戦場を。
 自らの全てを出せる戦いを。
 そして戦いの果ての死を。
 クランドは笑いながら待ち続ける。
 死が人の形を成したかのような黒の青年が自らの元に辿り着くのを。
 さあ、はやく。
 はやく来てくれ私の死よ。
 ただ笑いながら待ち続ける。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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