どうしてこうなったのだろう?
ただ絶望にその目を染め上げクランドは考え続ける。
周囲に居るのは無数のアンデッド兵達だけ。
皆、元は小国であったクランドの国の民だった者達だ。
その進軍速度はただ歩き続けているだけなので遅く見えるが、実際には休息も補給も何も必要としないためそれなりのものである。
ディラク島。
この国の覇権を巡っての戦国時代。
ここ十数年、確かに一気に大陸でも高名な、鬼刃ノブツナが国主である国がほぼこの国の覇権を手中にする寸前まで至っていた。
僅かに残ったノブツナの国の支配に抵抗する勢力。
クランドが国主たる小国もそんな国の一つであった。
だがクランドは諦めてはいなかった。
いずれは必ずこの劣勢を覆し、自らこそがこの島の覇権を握る天下人となってみせる。
そんな希望を抱き、様々な手段を用いて国を維持してきた。
色々な出来事があった。
苦難の連続であった。
それでもクランドは希望だけは捨てずに、必死に国を維持してきた。
自らの内を満たしていた希望。
どんな苦難があっても。
いや苦難の状況だからこそ、それは燃え輝き、熱くクランドの胸に宿っていた。
全てが狂ったのはあの男が目の前に現れたからだ。
絶望のクライスター。
邪神と名乗った男は君に力を上げようと誘いをかけて来た。
思わずその提案に乗ってしまったのが間違いだったのだろう。
確かに力は手に入った。
だが自らは邪神の使徒などと得体の知れない者に変えられてしまう。
それだけならまだ良かった。
彼が、クランドが護ってきた彼の国の住人達。
彼らが邪神の尖兵などというアンデッド兵に変えられてしまわなければ。
今となってはクランドの周囲を取り巻くのはおよそ一万という規模のアンデッド兵達だけである。
その力は確かに強かった。
ノブツナの国を覗き、残っていた他の小国を一気に滅ぼし併呑した。
だがアンデッド兵達は絶望を振り撒いただけであった。
自らの死に絶望し、他者にも死という絶望を与える事のみを望むアンデッド兵達。
併呑した全ての国の住人。
生きとし生ける者は全てアンデッド兵達により死者へと変えられた。
生きた人間など一人とて存在しない死者の国。
いくらその領土を広げようとも空しいだけである。
クランドに残ったのは絶望だけであった。
こんな筈では無かった。
クランドの頭を埋めるのはそんな絶望の言葉だけだ。
絶望を司るという邪神クライスター。
何故あのような存在の誘いに乗ってしまったのであろう。
我ながら愚かとしか言い様が無い。
いったい絶望以外の何を与えられると思ったのか。
自らの愚かさを後悔し、また絶望が胸を満たす。
この自分の絶望、そして死者達の絶望。
全てがあの男の糧となっているのであろう。
そしてノブツナが、今の自分と対等に戦ってみせたあの男が治めるディラク島最大の国を攻め滅ぼし、占領したとしても、結局残るのは絶望だけであろう。
そういえばあの男は希望の邪神は既に滅んだなどとほざいていた。
もし自分の前に現れたのが希望の邪神だったなら、この現状は変わっていたのであろうか?
いや、邪神という以上与えられるのが希望であっても、酷く歪で醜い希望なのであろうと想像が付く。
結局は自分自身を信じる誇りを持たず、下らない誘いに乗った挙げ句が死者の国の主である。
どこまでも愚かしい話だ。
それでも、かつての希望に突き動かされ、更なる絶望を生み出すと分かっていながらクランドは進軍を続ける。
もはやそれしかクランドに出来る事は無いのだから。
決してクランドが救われる事は無いのだから。
そして新しい絶望を振り撒くのだ。
どうしてこうなってしまったのだろう。
いつまでも絶望の言葉のみがクランドの脳裏を埋め尽くすのであった。
「ふむ、あれが絶望の邪神クライスターの尖兵だというアンデッド兵達か」
「うわぁ~、すごいグロテスクだねぇ~」
『うむ、間違いないな』
スレイは、遥か遠くからただ歩み続ける軍勢を見つけディザスターに確認を取る。
広大な平原。
そのただ中を真っ直ぐに歩み続けるだけの軍勢はひどく見つけ易かった。
そしてフルールの言うとおりグロテスクな姿である。
アンデッドというだけあって、その身は腐り落ち、目玉が垂れているもの、腕が千切れかけているもの、頭皮がまくれている者、それこそフルコースで色々と居る。
それでいながら一体一体が放つ力の波動は相当な者だ。
ディザスターが肯定するまでもなく、あれが邪神の尖兵だというのは、確実だと思われた。
「そして、あいつがクランドという男かな?随分とまた暗い顔をしているが」
『邪神と、しかもよりにもよって絶望の邪神と契約を交わしたのだ。それはその身が絶望に満たされて当然であろう』
スレイ達の驚異的な視力は、遥か遠くに居る一万のアンデッドの軍勢の、更にその後方に居る、クランドの姿を鮮明に捉えていた。
アンデッド兵達とは違い生きた人間の生気を備え、その身も正常で、しかも圧倒的な力を放っている。
ノブツナと互角に戦ったというのも納得できる力の波動であった。
流石邪神の使徒と言ったところであろうか。
ただその表情のみが絶望に満ち、虚ろで暗い表情をしている。
ディザスターの言葉にスレイはなるほど、と頷いた。
「『邪神と契約を交わした者に待つのは破滅の未来のみ、しかしその力の誘惑に邪神と契約を交わす者は絶えず』か。昔読んだ書物に書かれていた通りだな」
「へぇ~、スレイって読書したりするの?」
『うむ、そのような所は見た事が無い気がするが』
「こう見えても、昔は本の虫だった。まあ、あれからはそれどころじゃなく、とんと離れてしまったがな」
フルールとディザスターの言葉に思わず苦笑するスレイ。
さて、と気を取り直す。
「わざわざ見張りに付いて来ているノブツナの所の人間にも悪いし、さっさと片付けてしまうかな?」
「感じ悪いよねー、あんな風に後ろから隠れて見張ってさ」
『まあ、ノブツナ達というより家臣達の指示だろう。仕方あるまい、彼奴等めは主の力を知らんのだろうからな。まあ、それも今日までの話だが』
自分達の後を付いて来ていた、恐らくは諜報専門の人員の気配に最初から気づいていたスレイ達はそんな会話を交わすと、そのまま悠然とまだ遥か遠方の敵の軍勢に向かって歩き始める。
「そうそう、ディザスターもフルールも、今回は手を出すなよ?自分があれだけの数相手にどこまでやれるか確かめたいし、それにレベルも上げたいしな」
「うーん、僕はもともと力の回復してない今の状態じゃ、まだ戦えないよ」
『しかし、あのアンデッド兵達は、経験値稼ぎには向かないと思うぞ?力は強化されているが、魂の力はほとんどクライスターの手によって奪われているだろうしな』
「まあ、数が数だしそれなりには稼げるだろうさ。それにクランドの奴は別だろう?」
『まあ、邪神の使徒に関しては逆にかなりの経験値を期待できるだろうな。絶望という負の方向とはいえ、魂も強化されているだろうし』
ディザスターの言葉にスレイは唇を舐め、よしと頷くと二匹に告げた。
「それじゃあそろそろこの辺で待っててくれるか?とっとと片付けてくるからな」
「うん、分かった。頑張ってねースレイ」
『主の格好良い姿を存分に見せてもらうとするか』
そして二匹をその場に残し、スレイは敵の軍勢に向かい、悠然と歩み続けるのだった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。