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  シーカー 作者:安部飛翔
第五章
5話
 ギルド本部に入ったスレイ達一行。
 早速受付の職員へと話かける。
 するとクロウとサクヤは先に言っていた通り、戦力と成り得る過去の知り合い達の行方を捜索したり、力を貸してくれるよう交渉したりと忙しいらしく、ギルド本部には居なかった為、職員に伝言を頼む。
 そしてゲッシュへと取次ぎを頼むと、忙しいらしいが何とか時間を作って会ってもらえる事になり、暫し待ち、その後。
 ギルドマスターの個室で書類の山に埋もれたゲッシュは、スレイ達からの情報を聞き頭を抱えていた。
 ただでさえ通常のギルドマスターの業務で忙しく、更にはギルドに登録している探索者達を調べ上げ、現時点で有力な者、また将来有望な者を選別するという作業まで増えた事で、殺人的な忙しさに忙殺されていた所にもってきて、邪神の尖兵の可能性が高い敵が出てきたという報告だ。
 ゲッシュでなくとも頭を抱えるであろう。
 しかもスレイは九尾の狐との交渉に当たらせてほしいという願いまで持って来た。
 確かに現状ノブツナの国の者達では、九尾の狐の棲まうという樹海の幻術に惑わされ、交渉にすら当たれてないらしい。
 だが九尾の狐は神獣の中でも上位にある存在モノ、来る邪神との戦いにおいては絶対に必要な戦力と言える。
 そこへ、自分達の頼みなど聞きもせず、ただ好き勝手に振る舞っているスレイという強力な戦力が、わざわざ交渉役を買って出てくれているのだから、ある意味では幸運とも言える。
 だがこのスレイという男、自分の娘の恋人でもあるのだが、ひどく扱い難くて仕方が無い。
 まさに劇薬そのものである。
 色々な意味で規格外であるし、今回も九尾の狐との交渉を任せた結果、確かに協力を勝ち取る可能性も高いが、そのまま九尾の狐を滅ぼしてしまう可能性すら考えられる。
 任せるべきか、それとも断るべきか、ゲッシュは難しい悩みにまた胃痛が走るのを感じていた。
 また胃薬を飲まなければと、頭を悩ませながら、思考の片隅で思う。
 暫し悩み、その後。
 ゲッシュとてこの探索者ギルドのギルドマスターという職務をこなす、上に立つ者としては大陸でも有数の者である。
 決断力は高い。
 様々な計算を巡らせ、リスクの高さ、そしてメリット、デメリットを計算し、それほど時間を掛けずに答えを出す。
「わかった、九尾の狐との交渉、スレイ君、君に任せよう」
 言いながらもやはりどこか胃が重くなるのを感じるゲッシュ。
 思えば自分が胃痛を患うようになったのもこのスレイという青年が現れてからのような気がする。
 決して、このスレイという青年が悪いとかそういう話では無いのだが。
 ともかくこの青年は本当に扱い難く、だからといって無視できないほどの圧倒的な力を持った存在なのが原因だ。
 それだけ圧倒的な力を持ちながらあまりにも振る舞いが自由過ぎる。
 そして圧倒的な力故に決してその行動を縛る事ができない。
「ただし条件がある」
「条件?」
 スレイは訝しげに問い返す。
 ゲッシュは縋るような、それでいてすまなさそうな視線をシズカに向けながら、スレイに対し告げる。
「ああ、九尾の狐との交渉には、そこのシズカ嬢を伴う事、これが条件だ」
「えぇっ!?」
 驚きの声を上げるシズカ。
 本当に申し訳無いとは思いながらも、ゲッシュは告げる。
「樹海には、その幻術故に生息する妖怪も居ないという話だし、何よりスレイ君が傍に居れば危険もあるまい。ただ、ノブツナ殿にはシズカ嬢を伴う事に許可を貰わねばならないだろうな。必然その許可を得る事も条件となる」
「なるほど」
 納得したように頷くスレイ。
 シズカは呆然としたまま黙り込んでいる。
「あの親馬鹿そうな鬼刃ノブツナ殿との交渉でまずは俺の交渉力を測った上で、その条件をこなせるようなら九尾の狐との交渉を任せようという訳だな?流石は探索者ギルドのギルドマスター、大したやり手だ」
「あ、ああ。まあそういう事だね」
 正直、スレイという存在の首に、シズカという鈴を付けたいぐらいしか考えていなかった自分に気付き、やはりスレイという規格外の存在が関わると、自らの思考が鈍る事を自覚するゲッシュ。
 だが、スレイが今言ったように、まずは本当に親馬鹿そうなノブツナ殿から交渉でシズカを九尾の狐との交渉に伴う事を許可させなければならないと言う事で、スレイの交渉力を測る事ができる。
 思わず言ってしまったこととは言え、確かに悪くない方法だと思われた。
「それではスレイ君。上手い事ノブツナ殿との交渉も、九尾の狐との交渉も成功させてみせてくれたまえ。期待しているよ。それとシズカ嬢、邪神の尖兵の事についてはノブツナ殿に伝えてもらえるかな?すまないが、現状我々からの援軍など送る事が難しいという事も伝えてほしい」
「え、ええ。それは勿論伝えます。援軍の事については、父上なら、必要無い、と言うかと思いますし」
 なかなかに上手く事態を進められた事に上機嫌になり、胃の痛みがやや治まるのを感じ、ゲッシュは明るくスレイにそう告げる。
 僅かに呆然としたシズカを見る時には少々すまない気持ちになりながらも、決して条件を引っ込める事は無く。
 そうしてスレイはディラク島へと赴く事になったのだった。

 そしてディザスターとフルールを伴い、シズカに連れられ訪れたディラク島。
 まず到着したのはシズカの部屋であった。
 大陸では見ないディラク風の室内。
 もし真紀などが見ていたら和室だと言っていただろう。
 その造りと広さを珍しそうに見ていたら、顔を真っ赤にしたシズカから、女性の部屋をじろじろと見るなんて失礼です、と障子を開き叩き出されてしまった。
 すぐそこには、やたらと広い庭に、池や剪定された庭木、それにししおどしなどディラク島の風土からスレイが想像できるもの全てが、だが想像の規模よりも遥かに大きく揃っている。
 ふと建物を見上げてみると、それはひどく大きなディラク風の城であった。
 周囲には城壁や堀なども存在しているようである。
 その中に、使用人らしき者達が、主人の娘の部屋から突然現れた異国の者、怪しい人物に視線を向け、慌てたようにかけていく。
 そして城内警備の兵士らしき者に取り押さえられかけ、スレイが抵抗して叩きのめそうとしたところを、慌ててシズカが止めに入り、事無きを得たのであった。

「でえぇーい!駄目に決まってんだろうがコンチクショウッ!一昨日来やがれってんでい!!」
「落ち着きなさいなあなた」
 謁見の間の上座にて話を聞き、思いっきり怒鳴り声を上げたノブツナに妻であるトモエが近寄ると、薙刀を突きつけて、ニッコリと笑う。
「あ……あぁ、分かった。分かったからその薙刀を引っ込めてくれトモエ。とにかく駄目だ。樹海にシズカを連れて行くなんて、っていうかなんでおめぇはシズカと二人っきりでいやがったんでいっ!!」
「あなた?」
 またしても熱くなるノブツナに薙刀を突きつけるトモエ。
 息子であるノブヨリなどは面白そうに見ているし、娘のシズカもどこか呆れた様子を見せるだけなので、割と良く有る風景だと思われる。
 家臣達でさえその光景に動揺している様子は無かった。
 しかし城主がその妻に武器を突きつけられるのが日常的な城というのはどうなのだろう、と他国の城で、平気で足を崩してあぐらを掻いている流石のスレイも、呆れながら抗弁する。
「いや二人っきりじゃあ無かったんだが」
「そうだよ、僕達もいたよー」
『うむ、我らも一緒であったな』
 スレイの頭の上に乗った白い小竜の言葉と横に居たディザスターの念話に、トモエにノブヨリと家臣達が僅かに驚きの声を上げ視線を向けてくる。
 ……なぜにこっちには普通に驚くのかとスレイはまた疑問に思った。
 ともあれ落ち着きを取り戻したノブツナは、やはり再度否定する。
「まあ、ともかくシズカを連れて行くのは駄目って事で、九尾の狐の説得は俺らがするから、おめぇは帰ってくれ」
「そうは言っても、未だ我らが送り出した人員で樹海のほんの入り口よりも奥に進めた者さえ居ない有様ですがね」
 ノブツナに対し息子のノブヨリがいかにも何か企んでいそうな口調で告げる。
「おいっ、ノブヨリ。おめぇ、何考えてやがる」
「いやぁ、樹海に送った者達ですが、全員惑わされて何も出来ずに帰ってきているとは言え、逆を言えば九尾の狐にはこちらを傷つけようという意図は無いと思われるので、シズカを一緒に送っても問題無いと思うんですよねぇ」
 息子の言葉に絶句するノブツナ。
 トモエは動じる様子も無くにこにこと笑っている。
「ただし、私達からも条件を一つ出すというのはどうでしょうか?」
「ノブヨリ、おめぇ何考えてる?」
 真剣な表情になった父親ににっこり笑って返すと、ノブヨリは重大な事実を軽く告げる。
「いやぁ、丁度良いタイミングだと思いまして。現在、あなた方の言うところの邪神の尖兵であるアンデッド兵約一万の軍を率いたクランドが我が国に攻め入って来ている最中なのですよ」
「ほう」
「えっ!?」
 それはと関心を持った声を出すスレイと、驚愕の声を上げるシズカ。
 ノブツナは苦い顔で黙り込み、やはりトモエは表情を変えずにっこりと笑っている。
「まだまだこの国からはずっと遠い平原を進軍してるところなのですが、既に軍を集めて一戦交えましてね。父のノブツナであってもクランド一人と互角に戦うのが精々で、しかも敵は一兵一兵に至るまで一騎当千のアンデッド兵ばかり、我が軍は精鋭揃いで軍の規模も十万だったというのに、こちらの被害ばかりが酷く、一度引いて体勢を立て直してる最中でしてね。情けない話ですが父以外の者はまともに戦う事すらできなかった有様で」
「なるほど、その敵を俺に潰せと」
 納得したように頷くスレイ。
 あまりに軽いその様子と言葉の内容に、室内に居た者達がどこか呆然とした驚愕した視線を向ける。
「ええ。父が今度は一人で突撃するなどとほざいているのですが、国主たる者そのような真似をすれば鼎の軽重を問われますし、何よりクランドと互角だった以上、いくら父と言えども、不可能とは言いませんが、確実に勝てるとは言い切れませんからね」
「そこへ丁度良く俺が今の話を持ち込んだ訳か」
 にこやかに続けるノブヨリにスレイが返す。
「ええ、聞けばその若さで我が祖父、刀神クロウと引き分けたとか。ならば貴方に父の代わりを引き受けて貰えればと思いまして」
「俺ならばノブツナと同じく一人で敵を殲滅できる可能性もあり、なおかつ失敗したとしても国主であるノブツナを失うのとは違い、大した痛手でも無いと言う訳だな。なるほど、大したものだ」
「兄上!!」
 ノブツナは黙り込み、やはりトモエはにこやかなまま、ノブヨリはどこか楽しげに笑い、家臣達はスレイがクロウと引き分けたという話にやはり呆然としたような驚愕の視線を向け、スレイは本気で感心したという風に頷き、シズカがどこか責めるようにノブヨリを呼ぶ。
 そんなシズカを無視してノブヨリは続けた。
「で、どうでしょう?この条件を引き受けてもらえるのでしたら、成功報酬として九尾の狐との交渉にシズカを伴ってもらって構わないのですが」
 ノブツナは何か言いたげだが、国主としてノブヨリの提案は妥当だと判断したのだろう、苦い顔で黙り込み、トモエはやはり笑顔を崩さず、ノブヨリは楽しげに笑う。
 なるほど、とスレイは得心した。
 国主であるノブツナはこの国の象徴の様なもの、この国を実際に動かしているのはノブヨリ、そして2人を含め国主の一家を仕切っているのはトモエと言ったところだろう。
 なんにせよ、スレイに断るという選択肢は存在しない。
「いいだろう。俺にとってもこいつを除けば邪神は不倶戴天の敵だ。その尖兵を滅ぼすのは望む所でもある。その条件引き受けよう」
「スレイさんっ!?」
 悲鳴のような声を上げるシズカにスレイは傲岸不遜な笑みを見せる。
「なに、安心しろ。俺が出る以上この戦、あんた達の勝ちだ」
「頼もしい限りです期待していますよ」
 ノブヨリもどこか面白そうに笑っている。
 そしてスレイは一人で邪神の尖兵であるクランド軍、約一万を殲滅する事になるのだった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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