あれから一行はフルールによってヴェスタ世界のクロスメリア王国王城の練兵場へと帰還を果たし、そのまま円卓の広間へと戻っていた。
ディザスターが破壊した世界の墓場に移動してから殆ど時間は経っていない。
再びあの自らの職務に忠実な侍女が茶を出すが、悠長に茶を飲んで茶菓子を摘んでいるのはスレイぐらいのものである。
スレイはその侍女に対し礼をして、そのまま一人優雅なティータイムと洒落込んでいた。
だが、場の他の者達は重苦しい雰囲気で黙り込んでいる。
ディザスターの力の波動である程度邪神のとんでもなさを察していたとはいえ、先程のジャガーノートのそれは、本体の一割程度でありながら、ディザスターのそれを圧倒的に超越していた。
ただ力の波動のみで、何も抵抗できず言葉のまま地に伏された記憶。
絶対の支配力を持った言葉に抗えず、従う事しかできなかったという事実。
悪い材料ばかりが重なり、誰もが暗い表情で沈黙し続ける。
「それで」
茶菓子を摘み、茶を飲んで、更に茶菓子をディザスターとフルールに与えていたスレイが言葉を発し、それに反応して全員の視線がスレイに集まる。
「黙っていても意味は無いと思うが、どうするんだ?」
「ふむ、確かに意味は無いのう。邪神の化物じみた力など初めから分かっていたこと、その上でどうするかがこの会議の趣旨じゃったはずだしの」
スレイと二匹のペット以外で、唯一あのジャガーノートの力に曝されながらも冷静を保っていたシャルロットがそう返すと、続けて問いかけてきた。
「ところで、御主等の戦いや会話自体は妾の最大の思考加速を以ってしても、あまりに一瞬の事で、何も見えも聞こえもせんかったが、その戦いに入る前に言っていた、お主があの上級邪神、求道のジャガーノートのご主人様候補というのはどういうことかの?流石にかつての聖戦で邪神達との戦いのその場にいた妾にしても聞き覚えの無い話じゃが」
シャルロットが言うのに、他の者達も、深い興味から、その沈み込んだ雰囲気から僅かに立ち直り、スレイに興味深げな視線を投げかける。
だが答えたのはスレイではなく、ディザスターであった。
『ジャガーノートの奴はかつてあらゆる次元、あらゆる世界において、最強の“真の神”と謳われたこの世界の創造主、超神ヴェスタの信奉者だったからな。唯一残ったそのヴェスタの遺児であり、ある意味分身とも言える主に、ヴェスタの再来を期待しているのだろう』
「超神ヴェスタ、ですか?」
興味がそそられた為か、完全に精神的な復帰を果たしたように見えるアロウンが、ディザスターに質問する。
「既に失われた伝承、神話などに登場する、この世界ヴェスタを自らの肉体で創り上げたという神ですね。もっとも、今となってはその存在を知る者はごく一部の我ら考古学者ぐらいのものですが」
時の魔法を以って、過去の探求を専門とするアロウンがその知識を披露する。
流石に感心したように、ディザスターとフルール、そしてシャルロットが頷いていた。
「たいしたものだねホント。今となってはこの世界の覇権を握った神々が、自分達の権威の為に、その存在について秘するようになった超神ヴェスタの事を知っているなんて。時の魔法を使って考古学って本気で反則気味だね」
「ははは、まあ私の場合、それが理由で探索者になったようなものですしね」
しかし、と続ける。
「超神ヴェスタの遺児とはいったいどういうことでしょうか?」
その瞳は好奇心に彩られ、熱心にスレイを見つめている。
それにディザスターは軽く答えた。
『この世界を自らの身体を材料として創り上げたヴェスタの、僅かに遺された身体の一部、それを材料として作られたのが“天才”の特性を持つ魂なのでな、故に奴などは主をヴェスタの遺児と呼んでいる訳だ』
「ほう、それはそれは」
ますます好奇心を強くし、スレイを見つめるアロウン。
そこへヤンが割り込んでくる。
「そんな事はどうでもいいだろう!それより邪神があのように現れるなど不測の事態じゃないか!一刻も早く俺達職業:勇者が封術を極め、奴等を再び封印することの方が重要じゃないか!!」
言っている事は間違いではなく、タイミングとしても最適であった。
だがその下心は丸見えで、エリナの方に向いた視線から、エリナの前で格好を付けたいだけだと見てとれる。
そんなヤンを睨みつけるイリナ。
イリナの視線の強さにヤンは怯み黙り込む。
「確かにその通りだね。君達職業:勇者の封術というだけではなく、少なくともここにいる全員も、その援護をできるように、邪神達とある程度戦えるようにならなければなるまい」
アルス王がヤンに追随した。
「と、なると、やはりまだ限界Lvに到達していない方達はLv上げを、そして既に到達している方達、それに探索者としての肉体改造が受けられない方達は、未だ我ら探索者ギルドすら何も解明できていない無数の未知迷宮の中で、何か自らを強化する手段を探すという方向性になりますでしょうか?」
アルス王の言葉に対し、ゲッシュが補足するように告げる。
「じゃが、それだけでは不足じゃろう。それこそこの国にある孤狼の森の天狼、我が故郷のディラク島の九尾の狐、それに各地の山に生息する死と再生の炎を持つ不死鳥や、大陸北方の氷雪に包まれた地域の中にありながらその熱で以って決して雪が積もらないという神峰アスール火山に住まう破壊と創造の炎を持つ不死鳥などの神獣の力を借りる必要もあるじゃろう。誰が交渉に向かうのじゃ?」
クロウが横から口を挿み意見を述べる。
「それに、封印が解けるって言うんなら、それこそ封印の維持に力を注いでいる神さん達にもそろそろ出張ってもらわなきゃな」
更にノブツナが続け、その声に応えるように降神刀フツノミタマが鞘を振るわせる。
「しかしまあ、いったいどれだけの神が邪神との戦いに臨んでくれることやら」
かつての聖戦の経験者であるシャルロットは意味ありげに聖王イリュアを見てそう告げた。
その視線にヴァリアスが殺気すら発しシャルロットを睨む。
「それはその通りですね。でも封印が解けるタイミングに、神々が封印の維持を放棄するタイミング。それこそそれらを調節するのは難しいことかと」
だがイリュアはシャルロットの意味ありげな言葉に、にこやかに笑って答えてみせた。
静かに散る視線のぶつかり合う火花。
「これからに期待できる人材を育てるのも重要なんじゃねえか?俺の傭兵団の中にも将来性を抜群に期待できるのがいるぜ?」
「野に散る原石を拾い上げるのも重要でしょう?」
ここでもグラナルとブレイズはそれぞれの主張で火花を散らす。
「まあ邪神対策にせよ何にせよ、優れた人材というのは宝だからね」
フェンリルがスレイを意味ありげに見つめて言う。
「まあ、儂の知り合いにも、年経ているが故に引退しているが、まだまだバリバリ現役でやっていけるような連中もおるしの」
オウルは思い出すように言う。
「ふむ、そうなると色々と情報網も必要になってくるのではないかね?」
カイトがそう告げる。
「もちろん民の一人一人に至るまで戦闘種族たる我ら竜人族は、一族総出で事に当たらせてもらうよ?」
悠然と語るドラグゼス。
「あら?もちろん今回は、私たち闇の種族も、あらゆる種族の戦士全員で事に当たらせてもらうわよ?」
対抗するように告げるサイネリア。
「私達もまだ戦力アップする必要があるわね。フルール、何かないの?」
三人の異世界の勇者の中で真紀がそう尋ねる。
「何にせよ、色々と動き回る必要がありそうだな」
どこか他人事のように語るスレイ。
その瞳にはまだ先程の戦闘の名残があり、どこか別の所を見据えているようで、どこか周囲と隔絶した雰囲気を放っていた。
「それならば、皆様」
ゲッシュは持っていた魔法の袋から多数の首飾りを取り出した。
飛翼の首飾りである。
「これは特別製の飛翼の首飾りで、マーカーした場所とギルド本部にある転移の間を行き来できるようになっています。これを使って自国と迷宮都市を行き来して頂ければと」
次々と飛翼の首飾りを各国の者達が受け取っていく中、渡されなかった探索者ギルド組であるスレイはゲッシュに尋ねる。
「俺にはないのか?」
「君は迷宮都市に住んでいるのだから必要ないだろう」
呆れたように言うゲッシュ。
「それを言ったら、ここに居るほとんどの者が自国と迷宮都市の行き来など、その速さのみで一瞬だと思うが」
ゲッシュは一瞬目を見開くと、納得したように頷く。
「そうか、君にはまだ伝えていなかったな。これはSS級相当探索者以上になると伝えられる規則なんだが、長距離の自らの速度を利用しての移動はギルドの規則で禁じられているんだよ。いくら細かく制御できると言っても、世界に対する影響度から、危険度が高い事には違い無いからね」
スレイは僅かにたらりと汗を流す。
以前世界樹の森へと移動した時のことを思い出したのだ。
「あと、もし他の国と行き来したいというのなら、彼らとの親交を深める事だね。飛翼の首飾りは複数の人間を同時に転移できる訳だし」
スレイは渋々頷く。
「しかし、悠長な話だな。邪神の復活は近いというのにその程度の対策で何とかなるものか?」
スレイの鋭い指摘に、ゲッシュが全てを総括するように告げ、場を纏めた。
「なんにせよ、何もしないよりはマシさ。人事を尽くして後は天意に任せようじゃないか。それに君こそ対邪神戦における切り札になるかも知れない存在だ、他人事のように言っていたら困るよ?」
「……」
そして、その後も議論は長く続いたが、既に出た結論からある程度の方針を纏めるのみで、今回の会議は終了したのであった。
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