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  シーカー 作者:安部飛翔
第四章
26話
 ところで、とスレイは悠然と話を続ける。
「そのイージスの盾。絶対防御などと言っていたが、先程の魔王さんの“真の闇”は防げたかな?あれはベクトルなどの概念的な実体すら持たない、まさに“闇”という概念だけを具象化したものに思えたのだが。あんたはどう思う?」
 どこか楽しげに話を振るスレイ。
 そんなスレイにアルスは怒鳴るように返す。
「そのような事、やってみねば分かる筈もあるまい!」
 先程までの悠然とした様子から、アルスはかなり追いつめられたように、必死な様子になっていた。
 それも当然であろう。
 自らが絶対だと思っていたイージスの盾の防御結界。
 それが屁理屈と呼んでも過言ではない理屈の、概念操作などという得体の知れない技によって容易く破られたのだ。
 だが流石にアルスも勇者王とまで呼ばれた男。
 自らが冷静さを完全に失っている事に気付くと目を閉じ深呼吸して、目を開くとそこには冷静さが戻っていた。
 そのような無防備な姿は、戦いの場で、敵に対して見せるようなものでは無いが、目の前の青年は決してそんな隙を突くような真似はすまい。
 冷静さを失った中でもその程度の計算はできていた。
 そして告げる。
「なるほど、全く君には驚かされた。先程のサイネリア殿の“真の闇”については、君の言うように、ベクトルという概念的な実体すら持たないというのなら、防げるかどうかは試してみねば分からない話だ。だが、少なくとも君がベクトルという概念すら直接操作して、このイージスの盾の防御を破ってみせたのは絶対的な真実だ。屁理屈のような理屈とは言え、実際それが現実として目の前で起きているのだから、それが真実だという事は認めるしかあるまい」
 だが、とアルスは続ける。
「私の力はそれだけではない、戦いはこれからだよスレイ君」
「当然だな、俺はまだアンタの全てを見てはいない」
 流石としか言い様が無かった。
 絶対の確信を持っていた自らの絶対防御。
 それを破られた現実を認め、その上でアルスは戦いにおける冷静さを取り戻し、勝利への算段を立てているようであった。
 その様子にスレイはニィッと口元を歪めると、どこまでも楽しそうな視線でアルスを見返す。
 事実スレイはアルスが何をしてくるのか、それを楽しんでいた。
 自身で自覚する。
 箍の外れた自分の戦闘本能。
 それがこれほど厄介なものだと始めて気付く。
 相手の力を限界まで全て引き出して勝利する。
 そうでなければ面白くない。
 どちらかと言えば戦士の本道は勝利する為に相手の力を出させずに勝つことだ。
 そう考えれば明らかに戦士として失格な嗜好。
 自らの戦いを楽しむその思考にスレイは内心苦笑すら浮かべる。
 だがそれでも、アルスがこれから何を見せてくれるのか楽しみで仕方が無かった。
 だからこそ、スレイは悠然と待つ。
 そんなスレイにアルスは告げる。
「ところでスレイ君、確かに君の攻撃は私に届いた。だがそれで、私を倒せると思っているのかね?」
「ほう?それはどういうことかな?」
 アルスの挑発的な言葉に、スレイはどこまでも楽しげに返す。
 その様子にやや眉を顰めながらもアルスは続ける。
「先程君自身が言っていただろう?私が自然治癒の力を持ったシークレットウェポンを所持していると。それは正解だ。私が所持するこの絶対王権の鞘、王の絶対たる権威を顕すこのシークレットウェポンは、我が領土を護る広大な無数の結界を創り上げる事ができると同時に、王権の主たる私をどのような状態からでも再生させる絶対治癒の力を持ったシークレットウェポンだ。そして私には更に、この、攻撃力だけならば他のどのようなシークレットウェポンよりも強力だと確信している攻撃特化のシークレットウェポン、絶対王剣エクスカリバーがある。さて、君はどのように私に勝利するつもりかな?」
 絶対の自信を持ってその腰に差された鞘を示し、抜き放たれた光そのものが凝縮したような刀身を持つ両刃のロングソードを構えるアルス。
 そんなアルスにスレイはやや呆れたように言う。
「ふむ、絶対防御の次は絶対治癒か。それに剣もまた強大なシークレットウェポン。道具頼りで勇者王の名が看板倒れにならないよう、せいぜい奮闘してみせてくれ」
 明確な挑発の言葉。
 それにアルスは乗ってくる。
「いいだろう。それほどに言うなら、我が絶対なる王剣の一撃!その身で受けてみるがいい!!」
 そして掲げられるアルスのシークレットウェポン、エクスカリバー。
 そこから迸る光輝は、先程の真紀の一撃すら超え、圧倒的な光量と力の波動で以って、それこそ頭上の果てすら見えないその先まで伸びていく。
 そしてその一撃がスレイに向かい振り下ろされた。
 慌てて避けるその斬撃の進行上にいた観戦者達。
 だがスレイは悠々と左手のマーナで以ってその一撃を受けて見せる。
 エクスカリバーの剣身は止められるも、そのまま圧倒的な光芒が剣から分離し、スレイへと襲い掛かる。
 スレイは軽くステップを踏み、自らが在る次元の位相をずらし、そのままその光の剣撃をすり抜けていた。
 光の剣撃は先程真紀が創ったよりも巨大で、やはり果てまで伸び、底の見えない亀裂を創り上げる。
「なっ!?」
 自らの一撃が容易く躱された驚愕に表情を固めるアルス。
 そのままスレイは右腕のアスラを繰り出す。
 その刺突は、どこまでも無駄のない、次元、時空間、あらゆる意味での最短ルートで以って、アルスへと到達する。
 アルスはステップを踏み、次元と時系列をずらし僅かに身を逸らすも、心臓へと向かっていたその一撃は、アルスのその回避で以ってしても、躱しきる事はできず、左肩へと突き刺さっていた。
 そのままアスラをアルスの左肩から抜き放つスレイ。
 アスラもマーナも先程から“勇者王”とまで呼ばれるアルスの血を啜り、精神を喰らって興奮している。
 ましてや先程のアルスの、エクスカリバーこそが最強の攻撃力を持つシークレットウェポンだという発言に、やや機嫌を損ねてさえいた。
 故にその禍々しいオーラはより強く、そして刀身は強く震え、圧倒的な切れ味を見せ付ける。
 そしてアルスは驚愕する。
「なにっ!?」
 血が啜らた為、傷口から血が出るのが遅かった為に気付くのが遅れたが、アルスの左肩の傷は治っていなかった。
 絶対治癒の力を持つ絶対王権の鞘。
 その治癒の力が左肩の傷に及んでいない。
「どういうことだ!?」
 先程からアルスはスレイという若い青年に驚愕させられ続けていた。
 だが今回のこれはまた極めつけだ。
 死の淵からすら一瞬で回復する事が可能な絶対治癒の能力。
 その回復が及ばない傷とはどういうことか。
 そんなアルスの疑問に、スレイは容易く答えを与えてみせた。
「ああ、あんたにつけたその傷は、どんな力でも治癒できないように、傷自体の回復の概念を一時的に殺させてもらった」
 その答えは先程と同じくあまりにも馬鹿げた屁理屈であった。
 しかし現実として、今までどのような、それこそかつて一度仮死状態とは言え、そのまま死ぬ運命にあったアルスを甦らせすらした、絶対王権の鞘の治癒の力が左肩の傷には全く及んでいない。
 そのため、アルスはスレイの言葉を真実として受け止めるしか無かった。
「これでどちらも相手を傷つけられる、立場は同等だな。さあ?次は何を見せてくれる?」
「くっ」
 そのまま怒涛の攻撃を仕掛けてくるスレイに、アルスは絶対王権の鞘の力で以って苦し紛れに無数の無敵の結界を築く。
 そして自らの攻撃のみをスレイに届かせようとエクスカリバーを構えるも、スレイはその結界を、まるで脆い硝子を割るかのように、概念操作の力を用いて、“物理的”に、強引に叩き壊すと、そのままアスラとマーナで怒涛の連撃を仕掛けた。
 アルスとて探索者としてLv99まで到達し、勇者王とまで呼ばれた男。
 相当な剣技の冴えを見せ、スレイ相手に防戦一方とはいえかなり健闘するも、そこまでであった。
 スレイの攻撃が緩んだ隙に、逃げるように跳び離れるアルスを追わず、スレイは溜息を吐く。
 そして告げた。
「悪いがアルス王、あんたは俺の敵じゃなかったようだ。やはり俺の敵とは上級邪神達あいつらであり、そして誰よりも最上級邪神あいつこそが俺の真の敵だ!!」
 複数の特性を以って一切無駄を省いた最適動作と、それでいながら単純に圧倒的に速い動きで以って、アルスの視界から完全に消え去るスレイ。
 次の瞬間にはアルスの背後にスレイが立っていた。
 そしてアルスは両手両足の腱を斬られ、動けない状態でその場に倒れこむ。
 通常の時系列へと回帰する二人と観戦者達。
「一時的に回復の概念を殺しているから暫くは動けないだろうが、概念操作の効力が切れれば、あんたの自慢の絶対治癒の能力で回復できるだろう」
 最後に告げる。
「アルス王、俺の勝ちだ」
「ああ、認めよう。私の負けだよ」
 アルスは倒れ込んだまま、だが穏やかに威厳を以って自らの敗北を認めてみせた。
 地に這いながらも王者の誇りは失っていない、そんな様子である。
 だが既にスレイにとってはアルスは『敵としては』興味の対象外となっていた。
 そのままアスラとマーナを振るい、鞘に納める。
 その時、どこからかパチパチパチとまばらな拍手の音が聞こえてきた。
 周囲に居る観戦者達ではない、突然聞こえたその拍手にスレイは自らが全く気配を察せ無かった事に驚きバッと宙を仰ぎ見る。
 するとそこには何時の間にか大きな岩の塊が浮かんでいた。
 その岩に足を組んで座り、拍手を続けながら、にこやかな笑みを浮かべる女が居た。
 やたらと派手なメイド服を着た、軽くウェーブした金髪の同じく金色のだが深遠の如き深さを備えた瞳の活発な雰囲気の美少女である。
「いやー、見事、見事。素晴らしい戦いだったよ。流石はこのボクのご主人様候補って所かな?“天才”くん。お久しぶりで始めましてだね」
 どこぞの狼を彷彿とさせるその挨拶に、スレイはただ沈黙と鋭い視線で以って返す。
 そんな中、ディザスターが驚愕の表情を浮かべ、ただ一言思念で呟いた。
『求道の……ジャガーノート……』
 そして“場”に、圧倒的な気配が満ちた。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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