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  シーカー 作者:安部飛翔
第四章
25話
 互いに向き合っていた二人。
 瞬間だった。
 スレイはエーテル強化により思考と肉体を光速の数十倍という領域に一気に加速する。
 アルスも同時に加速するがせいぜい光速の数倍という領域に過ぎない。
 無拍子と無念無想の特性もあり、極限まで無駄を削ぎ落とし自身の思考すら超越した速度域に到達したスレイの動きを追えたのは、同様に光速の数十倍の領域まで到達できるクロウやノブツナ、或いはそれ以上の領域に到達できるディザスターとフルールといった面々のみ。
 それ以外の者達は思考を最大限まで加速していながらも、スレイが消えて、次の瞬間にはコマ落としのように、一気にアルスの前方に現れたようにしか見えなかった。
 そのまま居合いの如く抜き放ち振るわれるスレイの右手に握られたアスラの斬撃。
 アルスは反応できないその動きに、しかし慌てる事無く悠然と微笑すら浮かべていた。
 その時、スレイの心眼が最大限まで研ぎ澄まされ、直感的にスレイはその隔離された時系列の中で僅かに過去へとステップを踏み、左手でマーナを居合い抜きの如く抜き放つ。
 スレイの右手のアスラは、アルスの手前で膜のようなものにぶつかると、光速の数百倍という速度へと加速され、スレイへと迫る。
 激しい金属音が鳴り、スレイに迫るアスラとスレイが抜き放ったマーナがぶつかり合い、その深紅と蒼の波動を共鳴増幅させ、周囲へと波紋の如くオーラが広がる。
 慌てて先程とは逆のコマ落としのように瞬時に後方へ飛び退るスレイ。
 周囲に居た観戦者達は、何とか自分と周囲の者を様々な手段で護ってみせた。
 ただアスラとマーナがぶつかり合った事による共鳴。
 そのオーラの波動だけでかなり強大な力が周囲に振りまかれ、この戦いのステージへと到達できる観戦者達を以ってしても、全力で防がなければいけないほどであった。
 そんな中、アルスの周囲を覆う膜のようなものはそのオーラすらも数倍の速度と威力に増幅し、はね返していた。
 スレイは軽く歩を刻み、次元の位相をずらし、自らもアスラとマーナのオーラを躱すと、同時に右腕に治癒魔法をかける。
 強引に反射されたアスラを握り続けた事で痛めた右腕を治癒する為である。
 そしてスレイはやや驚いたように呟く。
「今のは……?」
 そんなスレイにアルスがにこやかに告げる。
 その言葉を聞くため、スレイは一時思考の速度を光速の数十倍から数倍の領域まで落とした。
「ふむ、大したものだね。増幅された自らの一撃を返されて、それを咄嗟に受け止めてみせる、か。これをそんな防ぎ方をしたのは君が初めてだよ。ノブツナでさえなんとか反射した最初の一撃を身を捻って躱して、その後は逃げるのが精一杯だったからね」
「おらぁーー!!何勝手な事をほざいてぇやがるぅー!!あの時は引き分けだっただろうがぁーー!!」
 遠くからノブツナが相変わらずの乱暴な口調で怒鳴っている。
 苦笑するアルス。
「察するに、互いに決定打が無い故の引き分け、と言ったところかな?」
 スレイに対し頷くアルス。
「その通りだよ、この私のシークレットウェポン・イージスの盾は、超高位多次元に至るまで、ありとあらゆる種類の力、そのベクトルを増幅して反射する、絶対防御の結界を所有者の危機を感じると同時に自動的に所有者の周囲に張るものだ。故にこの結界を通り抜けられる攻撃は存在しない。誇るといい、このイージスの盾の力を使うのはノブツナに続いて君で二人目だ」
 どこか傲慢なまでの自信を漂わせ告げるアルス。
 しかしスレイは冷静であった。
 一人呟く。
「なるほど、ベクトル、力の向きと量を表す概念か。しかも超高位多次元に至るまでのあらゆる種類の力を反射するとなれば、闘気だろうが魔力だろうが神気だろうが容易く反射して見せる、といったところかな」
「その通りだよ」
 スレイの呟きに悠然と頷き返すアルス。
「それでどうするかね?先程は勝つのは君だなどと自信満々に謳ってくれたものだが、この結界、君に破れるかね」
 圧倒的なまでの自らのシークレットウェポンに対する自信。
 だがスレイは右腕の治癒が終わっているのを右手でアスラを振るって確認すると、そのまま悠然とアルスに歩み寄って行く。
「む?」
 流石に訝しげな表情になるアルス。
 だがスレイの歩みは止まる事は無かった。
 そしてアルスの手前、イージスの結界の直前で止まるスレイ。
「何のつもりか知らないが、私の力はこのイージスの盾だけではない。私に攻撃ができないなどとはっ?!」
 と、アルスは突然首筋に痛みを感じて首を押さえる。
 だがそこには何も無かった。
「気のせいか?」
 そのように呟いたアルスに対し、スレイが告げた。
「どうやらアンタは、絶対防御の盾以外に、自然治癒の力を持ったシークレットウェポンも持っているようだな。アスラでは血を啜ってしまうから分からないか」
「つっ?!」
 またも痛みを感じるアルス。
 今度は逆の首筋であった。
 そしてそこを手で押さえると、感じた感触に愕然として手を前に翳す。
 その手には血が付着していた。
「何を、……したのかね?」
 愕然として問うアルス。
 それに悠然とスレイは応える。
「ただアンタを斬っただけだが?」
「どうやってイージスの盾を破ったのかと聞いている!!」
 流石に予想外の事態に冷静さをかなぐり捨ててアルスが問い質す。
 それに対するスレイの言葉は簡単で、あまりにも非常識なものだった。
「単純な事だ、ベクトルとは力の向きと量を矢印で現す概念だろう?その概念そのものを抽出し操作して、振るう前の刀、アンタ、振るったあとの刀、三点のみを残し、矢印部分を完全に消し去った。つまり因果の途中経過を完全に省く事でベクトルの反射を起こせなくした、ただそれだけの軽い概念操作を行っただけさ」
「な……に?」
 唖然、ただそれだけだった。
 アルスの浮かべた表情、そこには驚愕のみが張り付けられている。
「概念操作……?」
 半信半疑といった様子で問いかけるアルス。
「そんな無茶苦茶な!そのような事ができるはずが!!」
「だが現実にアンタは傷ついている、それだけが今ここにある真実だ」
 スレイはただ淡々と告げる。
 何の力みも無い、本当にただ事実を告げるだけのその様子。
 アルスは気圧され、思わず一歩下がっていた。

「概念操作ですって!?シャルロット貴女これを知っていたの!!?」
「さてはて、何のことですかのう?」
 驚愕の視線を戦いの場に向けながらサイネリアがシャルロットに怒鳴るように問いかける。
 それをのらりくらりと躱すシャルロット。
 ちなみにリュカオンとダートは二人の背後で背景の如く、二人の口論をやり過ごしている。
「とぼけないで!貴女、あの青年ならば私の“真の闇”を防げるようなことを言っていたでしょう!?貴女、いったい何を知っているの!!?」
「ふむ、妾もいい歳ですからのう。まあ、確かにある程度の予想はしておりましたがの」
「それじゃあ彼は何者なの!?答えてちょうだい!!」
「“天才”としか言い様がありませんの」
 サイネリアはシャルロットの言葉を誤魔化しだと受け止め、苛立たしげな視線を一瞬向け、戦いの場へと視線を戻す。
 だが、シャルロットはまさしく正真正銘の事実を告げていたのだった。

「うわぁ、驚いたなぁ。概念を抽出しての直接干渉って、“天才”ってあんな事もできるんだ?」
『逆だ、“天才”だからこそ、あの程度は軽くこなして当然ということだ』
 流石に驚いた声を出したフルールに、ディザスターが突っ込みを入れる。
 フルールは興味を抱き聞き返す。
「どういうこと?」
『概念への直接干渉、それは“天才”の真の能力の前段階、基本の基本に過ぎん。だいたいただの概念操作なら我ら邪神とてもっと高度な操作も可能だ。それよりも、その遥か先にある、我ら邪神ですら到達できぬ、一つの終なる“絶対概念”。唯一そこに辿り着ける存在であることこそが“天才”の真価だ』
「はぁ~、“絶対概念”かぁ。そんなのただの幻想だと思っていたよ」
 感心したように吐息するフルール。
 そんなフルールにディザスターは決意を持って告げる。
『いずれ主が“絶対概念”へと至るのは確実な事だ。だがその“いずれ”をなるべく早めること、それこそが我が役割と心得ている』
「なるほどね~」
 そしてディザスターとフルールは、スレイの戦いの場へと視線を戻すのだった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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