戻ってきたセリカを真紀と出雲がじと目で迎える。
「な、なに?」
やや身を引きながら思わず問いかけるセリカ。
「いえ、誰かさんが随分と大胆な事を言ってくれたなーって思ってね」
「セリカちゃん、ずるい、私もスレイの恋人って言いたかった」
セリカは二人の不機嫌さの理由に納得すると、反論してみせる。
「で、でもあの流れだったらああいうのは自然な事でしょう?それに真紀も宣言すればいいじゃない。出雲に関しては徹底的に暴れて終わったんだから自業自得でしょう」
セリカをますます恨みがましく見つめる二人。
「そんな都合良く宣言できる流れが作れる訳無いでしょう?」
「暴れた、暴れない、は、関係無いと思う。セリカちゃん、思いっきりやってた」
強くなる二人の視線にうぅっと思わず思いっきり身を引いてしまうセリカ。
やはり緊張感が無い上、色ボケも極まっている、異世界の勇者三人組であった。
人の姿に戻り、娘二人の元へと戻って来たドラグゼス。
「父上~」
「父様……」
「な、なにかね?」
彼は、娘二人にじと目で迎えられ困惑していた。
「あんな若い人間族の娘に色目を使うなんて呆れたぜ」
「これは、お母様達に報告しないといけませんね」
「い、いや待つんだ、イリナ、エリナ。あれは純粋に彼女の事を讃えてだね?」
自分に近い力を持つ妻達が、数人がかりで自分を取り囲む光景を思い浮かべたドラグゼスは、冷や汗を流しながら言い訳する。
だが娘達は聞く耳を持たなかった。
「讃える言葉が『惚れてしまいそう』か」
「その言い訳はお母様達に向かってお願いしますね」
じと目のまま責めるイリナ。
だが今ドラグゼスは、じと目を止めてにこやかに告げるエリナの方により恐怖を感じていた。
彼女の母親もそうだが、穏やかでいながら、圧倒的な恐怖を与えるこの笑顔は何なのであろうか?
思わず天を仰ぐ。
そしてエリナの恋人であるスレイの友人のアッシュという青年に、心の中でエールを送るのであった。
……現実逃避として。
「それで、私に勝てる可能性があるのはかの竜皇様と~なんて言ってたシャルロット?今の勝負の感想は?」
「い、いや、お待ちやれ。確かに今の勝負、かの竜皇が相手の反則により勝ちを拾うて、実質的に負けたように見えたであろうが、それはあくまで経験の関係無い、正面からの一発勝負故でありますぞえ。先程妾も、あの三人は力だけなら陛下と同格と告げていたはずだがのう?」
「言い訳がましいわよシャルロット」
やや呆れた目で必死なシャルロットを見やるサイネリア。
だがその表情を緩めると告げる。
「でもまあ、結果として、次の私の戦いが思った以上に楽しめそうと分かったのだから、それはもういいわ」
ほう、っと吐息するシャルロット。
その横で、サイネリアは一人何かを企むように微笑んでいた。
「それでは続いて、サイネリア殿、真紀殿、前へ!!」
どこか疲れた表情をしながらも、律儀に役割を果たすアルス。
サイネリアと真紀が中心に進み出てくる。
真紀は笑みを浮かべて告げた。
「ふふ、魔王かぁ。魔王と戦うなんてアラストリアの魔王を倒して以来ね。と、言っても普通はそんな体験一度もしないんでしょうけど」
「あら?その魔王さんがどんな方だったかは知らないけど、私と一緒にしない方がいいわよ?私と比べられては見劣りして可哀想じゃない」
自信満々に告げるサイネリア。
流石にその様子に真紀もやや呆れた表情になる。
「大した自信ね。その自信が本物かどうか、確かめさせてもらうわよ」
「その前にちょっといいかしら?」
真紀の宣言に、どこか面白そうな表情をしたままサイネリアは提案する。
「なに?」
「私達も前の人達みたく一発勝負ってのをしてみない?さっきまでの勝負を見てて是非やってみたくなっちゃったのよね」
「……まあ、別に構わないけど」
「また、勝手な……ふぅ」
サイネリアの提案に少し考えるも、別に問題無いと判断し受け入れる真紀。
対してアルスは諦めたように溜息を吐いていた。
「と、言っても、さっきまでのとは少々ルールを変えたいのだけどいいかしら?」
「あら、いったいどんなルール?」
興味深げに問い返す真紀。
サイネリアは満面の笑みを以って告げる。
「これから私が私に出来る最大最強の一撃を繰り出すわ。それをどんな手段であろうと防げたなら貴女の勝ち。逆に防げず逃げたら貴女の負け。逃げるといっても防ぐ手段の為にある程度距離を取るとか、横に避けるとか回りこむとかそういうのは全部有りでいいわ」
ぴくっと真紀のこめかみが引き攣る。
「あら、随分と自信満々なのね?」
「そりゃあそうよ、だって私の正真正銘最大最強の一撃だもの、寧ろ防げるものなら是非防いで見せてちょうだいな」
本気でそれを望んでいるかのように告げてくるサイネリアに、表情を完全に引き攣らせる真紀。
「いいわ、その条件、呑んでやろうじゃない」
「ふふ、決まりね。それじゃあ勇者王さん?」
「はぁ」
サイネリアに促され、話の流れに取り残されていたアルスはやはり疲れたように溜息を吐いて、それでも律儀に戦いの始まりを宣言する。
「それでは、始め!!」
告げると同時、真紀とサイネリアは同時に思考を光速の数倍の領域へと加速する。
同じく自らの達せる限界の領域まで思考の速度を引き上げる観戦者達。
そして、サイネリアはただ一言告げた。
「『闇よ』」
サイネリアの前方に現れる漆黒の半径一メートルほどの球体。
全てを飲み込むかのような闇の塊であった。
その闇の塊が、この速度のステージの中では実にゆっくりと、じっくり真紀へと近付いて行く。
真紀は拍子抜けしたように告げる。
「随分とゆっくりとした攻撃ね。それに闇の塊なんて。私はこれでもアラストリアの魔王との最終決戦の時にはブラックホールも斬り裂いた事があるんだけれどね」
「ふふ、それじゃあ試してみなさいな」
そう告げると、もう自分は関係無いとばかりに審判であるアルスの元へと歩みより、その横に座り込むサイネリア。
実際こうなってしまえば今の勝負の条件ならば、サイネリアにはもう何も関係の無い事であった。
あとは真紀がこの闇球を防げるか否かである。
真紀は刀を抜き放ち、天に掲げると思いっきり声を上げた。
「はぁぁあぁぁーーーーーーーーー!!!!」
刀に真紀の力が際限なく注ぎ込まれ、天を突かんばかりの光の柱となる。
実際それはこの世界の墓場の何処まで届いているかも分からないほどの巨大な閃光であった。
それが振るわれる、という事を理解し、真紀と闇球の直線上の先に居た見物人達は慌ててその場から退避する。
そして真紀のその一撃は振るわれた。
地面に刻まれる刀の一撃の傷跡。
それはまるでフルールの創り上げたこの地面の果てまで続いているようで、それに深さはこの地面の裏側まで届いているようですらあった。
「は?」
だが真紀は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
サイネリアの生み出した闇球は全く何も影響を受ける事なくその遅い歩みを真紀へと向かい続けていた。
真紀は呆然とした表情を引き締め直すと、ある一つの疑いを抱き、その場の地面を切り裂いて、その土くれを闇球に向かって投げつけてみる。
その土くれは瞬時に闇に呑まれ消え去った。
これで真紀の疑いは解消される。
この闇球は幻術などでは無いようだ。
今土くれを呑んだ力は紛れもなく実体であった。
それでいながら自らの魔法剣の最大の一撃を透過したその球体。
真紀はただの魔法を放ってみる。
出雲ほどではないが真紀もかなりの種類の魔法を使える。
自らの手持ちの中では最強クラスの魔法を幾つもぶつけてみるが、やはりそれは全て透過して闇球に僅かたりとて影響を与える事は無い。
試しに気弾も最大威力で放ってみるが、それも同じ事であった。
アラストリアの勇者としての力は今紛れも無く真紀を強化している。
それでいながら自らの持ち札が全く通用しないという状況。
一瞬、術者であるサイネリアを直接襲おうか、とも考える。
ルール上は問題無い。
何せどのような手段を使っても防げば勝ちなのだから。
しかし、この闇球を生み出した術者であるサイネリアの力が自分よりも弱いとは思えない。
故にその選択肢は破棄する。
そして真紀はそのプライドを曲げて両手を上げて敗北を宣言する。
「あー、この一撃は防げないわ。私の負けよ」
宣言と同時に闇球は掻き消えた。
サイネリアが消したのだ。
「いったい今のは何だった訳?私の持つあらゆる力が透過されたんだけど」
「ただの真の闇の塊よ。闇神アライナから直接の加護を受ける私にだけ使える、ね。真の闇はどこにでも存在しながらどこにも存在しないわ。そういった概念に直接働きかける力でもなければ、この攻撃を防ぐのは不可能ってことね」
「そう、なるほどね」
真紀は理解が及ばないながらも、自分ではどうにも出来ない攻撃だったという事を素直に認め、敗北を受け入れる。
プライドは高いが、事実は事実として受け入れるだけの度量は持っている。
そうでもなければアラストリアに召喚されてから、アラストリアの魔王に勝てるまでの成長は無かったであろう。
今回もまた、敗北の事実を受け入れ、その上で何れ勝利する方法を自らの中で真紀は模索していた。
「それじゃあ勇者王さん、私の負けよ」
ここ何回か、何やら勇者王さんなどと気軽に呼ばれる事にやや戸惑いながら、何時の間にか通常の流れを取り戻していた時の中で、アルスは結果を告げる。
「それでは、この勝負、サイネリア殿の勝利とする!!」
そうして異世界アラストリアの勇者と、ヴェスタ世界の魔王の戦いは、魔王の勝利に終わったのだった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
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