今の戦いを見た者達の興奮が今だ冷め遣らぬ場。
その中で次の対戦者達の名が呼ばれる。
「それでは、ドラグゼス殿、セリカ殿、前へ!!」
呼ばれて、やや遣り難そうな表情で中心へと進み出るセリカ。
対してドラグゼスはただ悠然と中心へと進み出る。
ドラグゼスは立ち止まるとセリカに対し申し出た。
「ふむ、戦いの前に竜化させてもらっても構わないかな?」
「え?」
いきなりの事に驚くセリカ。
だがドラグゼスは表情を変える事も無くそのまま淡々と続ける。
「どうやら君の力は竜化した私と同格だと感じるのでね、だからやや卑怯ではあるだろうが、先に竜化をさせてもらいたいと思ったのだよ。もちろん君の同意が無ければ戦いが始まってから、例え隙を作る羽目になったとしても、竜化を試みるつもりだがね」
言う程には危機感を感じさせない様子で語るドラグゼス。
セリカはやや肩を竦めると、はぁ、と吐息し、ドラグゼスに対し答える。
「本当に卑怯ね。そんな事言われちゃったら断れる訳無いでしょう?いいわよ、先に竜化しなさいな」
「む、勝手な事をされては……」
「対戦相手の私が良いと言ってるんだから別にいいでしょ?」
「それは、そうかもしれないが」
何処か納得いかなさげなアルスを、セリカが黙らせる。
ドラグゼスから眩い光が発せられる。
光はどんどんと巨大になると、圧倒的な重量感を感じられるサイズまで膨らみ、そして光が収まる。
光が消え去った後には全長300メートルほどの巨体を持った、光を反射する滑らかな漆黒の鱗を持った、巨大な竜が立っていた。
『ふむ、勝手を言ってすまないね。私としても心苦しいのだが、やはり全力を出し切れずに負けるのは不本意なのでね』
「別に構わないわよ。ただ私が一つ貴方の願いを聞いたのだから、貴方も私の願いを一つ聞いてもらいましょうか?」
『ふむ、なんだね?』
興味深げに聞き返すドラグゼスに対し、セリカは続ける。
「簡単な事よ、私達も先程のサクヤとアロウンって人の戦いみたく一発勝負といかない?」
『ほう、それは何故かね』
「だから勝手なことをされては……」
ますます興味を引かれたようにセリカに問い返すドラグゼス。
アルスは続けて無視をされ、やや落ち込んだように頭を垂れる。
セリカは太もものガンホルダーから巨大で武骨な魔導銃を取り出すと、それを頬に寄せるように持った。
ちなみにその時見えた眩いばかりに白い太ももに男達の視線は奪われていた。
更に、周囲に女性がいた男達に関しては、その女性達から思いっきり引っぱたかれるというコントのような風景すら繰り広げられる。
周囲の様子には気付かずにセリカは続ける。
「さっきのクロウとノブツナって人の後じゃ、どう戦っても見劣りしそうだし、なにより私には魔導銃しか無いからね」
『ふむ、このサイズの私と、君のような美少女が戦うというのも、それはそれで観戦者は楽しめそうな気がするが、ソレしか無いとはどういう事かね?』
「つまり、連射したり軌道を曲げたり、威力を調整したり、そういった程度の事はできるけど、基本的に魔導銃から魔弾を打ち出すのが、私にとっての唯一の戦闘スタイルなのよ。それはまあ、そこらの雑魚相手なら無手でも何とかできるけど、貴方みたいな化物相手じゃ、本気でその戦闘スタイル一本ね」
ドラグゼスは納得したようにその巨大な竜の頭部を頷かせた。
『なるほど、それで一発勝負、と言う訳かね?』
「ええ、そう。どうかしら?貴方も娘さんみたいにブレスを吐けるんでしょう?貴方の最大威力のブレスと私の最大威力の魔弾、それで決着を付けない?」
ニヤリと自身ありげに口を笑みに歪めて見せるセリカ。
ドラグゼスは快笑した。
『ハハハハハッ!!面白い。実にシンプルでいいね。その勝負乗った!!』
提案を受け入れるドラグゼス。
アルスに対し、始まりの合図を促す。
『それではアルス殿、開始の合図をお願いします』
「そうそう、早く始めちゃってよ」
「君達は……、ええい!!それでは、始め!!」
頭を押さえ、やや呆れた表情をすると、ヤケになったようにアルスは開始の号令をかけた。
だが両者はまだ通常の時間軸に存在したままである。
ドラグゼスがその理由に対する問いかけをする。
『ところで、どのタイミングで私のブレスと君の魔弾を撃ち合うのかね?』
「簡単な事よ」
胸元に手を差し入れ見た事も無い硬貨を取り出すセリカ。
セリカの動作にやはり観戦者の男達は息を飲み、そして観戦者の女性から突っ込みを入れられる。
「この硬貨、私の世界の硬貨なんだけど、今からこれを弾くわ。そしてそれが地面に落ちると同時に互いに全力の一撃を撃ち合う。それで、どうかしら?」
『ああ、私はそれで構わないよ』
「決まりね」
セリカの提案にドラグゼスが同意し勝負の開始の合図が決められる。
自らの開始の号令すらも意味が無かった事にされ、やはり項垂れるアルス。
「それじゃあ行くわよ……『我が魔弾の一撃は全てを穿つ最強の矛なり』」
セリカは、自らの最大威力の一撃を放つ為の言霊を言祝ぐと、硬貨を親指で弾き上げた。
山なりの軌道を描き、空中から地面へと落ちて行く硬貨。
地面に硬貨が落ちると同時、セリカとドラグゼスの両者は、一気に思考を光速の数倍まで加速させる。
同時に観戦者で同じ領域に至れる面々もまた、一気に思考を加速させていた。
そして同時に放たれるセリカの魔弾とドラグゼスの光のブレス。
光速の数十倍の速度を以って、その両者の攻撃は一気にぶつかり合う。
周囲に広がる眩いまでの閃光。
地面に亀裂が走り、そのぶつかり合いは時空間すら振動させる。
両者共に圧倒的なまでの威力の一撃であった。
セリカは満面の笑みを浮かべ、ドラグゼスはブレスを吐いている為、視線のみに笑みを浮かべる。
そしてますます威力を増すドラグゼスのブレス。
ややセリカ側に魔弾が押し返されたその時であった。
「上手く躱しなさいよ!!」
セリカはニヤリと笑うともう一度引き金を引く。
セリカの忠告に訝しげな視線を向けたドラグゼスの両目が見開かれた。
セリカの魔弾の光芒の中心を、セリカの“真の魔弾”が通り抜けていく。
先程セリカが言祝いだのは、この一撃の為の言霊であった。
そして“真の魔弾”の言霊を意味あるモノにするにはかなりの力を注ぎ込む必要があった。
それ故に、このタイミングで“真の魔弾”を撃ったのだ。
“真の魔弾”は、そのままセリカの魔弾とドラグゼスのブレスがぶつかり合う地点まで到達し、容易くドラグゼスのブレスの中心を貫通しながら、そのまま一直線に“真の魔弾”はドラグゼスの頭部へと到達せんとする。
ドラグゼスはその“真の魔弾”に込められた威力を直感的に察すると、ブレスを吐くのを止め、そのまま一気に地面へと伏せた。
途端ドラグゼスの頭部のあった位置を通り抜けて行く“真の魔弾”とそれを追うように続く魔弾の光芒。
それはどこまでも、この宇宙の墓場の果てまでも届くようにそのまま一直線に伸びていった。
その竜の身体に冷や汗を滴らせながら立ち上がるドラグゼス。
ドラグゼスは今の“真の魔弾”の一撃が、躱さなければ自らの頭部を容易く貫通しただろう事を確信していた。
「はい、それじゃあ勇者王さん?この勝負、私の負けってことで」
「はっ?」
先程から、対戦者達はいきなり突拍子も無い事を言い出す。
そう思いながら思いっきり間抜けな顔で、疑問の声を上げてしまうアルス。
『今の勝負が君の負けとはどういう事かね?』
ドラグゼスも訝しげに問う。
だがセリカの返事はあっさりとしたもので、しかも筋が通っていた。
「だって、今のは一発勝負だったのに、私の攻撃は二発だったしね。当然でしょ?」
「な、なるほど」
アルスは確かに、と頷く。
そんな中ドラグゼスは身を震わせていた。
屈辱に打ち震えているのかと、アルスや観戦者達が思ったその時。
『アハハハハハハッ、見事だ!!仕合に勝って勝負に負けたという所かな。君にはやられたよ!!惚れてしまいそうだ!!』
「残念だけど、私、もうスレイの女だから」
『そうかそうか、君程の女性を恋人にしているとはスレイ君は果報者だな!アハハハハハッ!!』
どこまでも面白そうに楽しそうに快笑するドラグゼス。
負の感情はどこにも浮かんでいなかった。
何時の間にか周囲は通常の時を刻んでいる。
今の勝負を観戦できなかった者達はドラグゼスの笑いを訝しそうに見つめている。
だが気にすることなくドラグゼスは笑い続けていた。
アルスはまた、やや呆れたような表情をしながらも勝負の結果を告げた。
「それではこの勝負、ドラグゼス殿の勝ちとする!!」
そして異界の勇者にして魔弾の射手たるセリカと、竜人族の皇帝、竜皇ドラグゼスの戦いは終端を迎えたのだった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。