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  シーカー 作者:安部飛翔
第四章
19話
「あ、あんた随分と容赦なくやったわね」
「只の手合わせであれをやるなんて、ちょっと引くわー」
「真紀ちゃん、セリカちゃん、ひどい。それに、二人も人の事言えない」
 戻って来た出雲に対し、仲間であり付き合いの長い真紀とセリカですら流石にやや引いていた。
 この二人であっても、あのような出雲など、アラストリアでの魔王との最終決戦ぐらいでしか見た事が無い。
 まあもっとも、アラストリアの魔王が用意した異空間での最終決戦では、二人も色々と無茶をした上、最終的に魔王に止めを刺した時に真紀は出雲以上の無茶をやらかしたので、出雲の事ばかりをどうこう言えないのだが。
 なので出雲は僅かにむくれて反論する。
 しかしヴェスタという世界において、魔王の側近にすぎないシャルロットが、今の出雲の最大威力の攻撃で、ダメージ一つ負ったように見えないのには流石に驚いた。
 アラストリアの魔王でも、今の出雲の最大攻撃を喰らった時はかなりのダメージを負った様子だったのだが。
 改めてヴェスタという世界の異常性を思い知る。
「本当に、私の望み通りに化物ばっかりね、ヴェスタって世界は」
「そういえば全部あんたの所為だったわね、あんな化物揃いの世界に来る羽目になったのは」
 真紀が言うのにセリカが思い出して恨み言を言う。
 だがそんなセリカに出雲が言った。
「セリカ、それ違う」
「え?真紀の所為なのは本当でしょう」
「ううん、違う。真紀の“おかげ”でスレイに会えた」
 出雲の言葉にセリカは固まった。
 そして自分が何時の間にか元の世界を戻る事さえ考えなくなっている事に気付く。
 それはたった一人の青年が原因だ。
 他の二人も同じであろう。
「……言われてみれば、そうとも言えるわね」
「でしょう?私に感謝しなさい」
 偉そうな真紀にセリカは突っ込みを入れる。
「ただの結果論でしょうが!」
 あのような戦いの後でも、すぐに緊張感の無い会話になってしまう、緩い上に最近は色ボケまでし始めた、どこか締まらない異世界の勇者三人組であった。

「でも驚いたわねー」
「……陛下ぁ」
 どこか恨めしげな視線のシャルロットを無視してサイネリアは続ける。
「シャルロットが先手を取られたとはいえ、防戦一方になるなんて。異世界の勇者って言ってたけど、面白いわね。他の二人も同じくらい強いのかしら?」
「はぁ……力の波動で分かっておろうに。あの三人はタイプこそ違えど、皆同じ程度の力を備えておる。それこそ陛下と同等と言っていいほどの力をのう」
 諦めたように溜息を吐き、シャルロットはサイネリアの問いに答える。
 そんなシャルロットにサイネリアはどこか面白げに更に問う。
「あら、それじゃあ私が負ける可能性もあるのかしら?」
「分かってて聞いておるの?それはなかろうて。あの三人は力こそ強くとも見た目通りの年齢にすぎぬ。力で劣る妾ですら、……ひどく不本意な形ではあれど勝利を拾うたからのう。力が同等であり経験で圧倒的に勝る陛下が負ける要素など、まずなかろうて。それこそこの場で陛下に勝てる可能性のある者といえば、かの竜皇とそれに……」
 シャルロットの視線が竜皇を見た後、一瞬スレイに移り、またサイネリアに戻る。
 それに気付き、サイネリアは興味深げに尋ねる。
「ねえ、さっきから思っていたのだけれど、シャルロットは随分とあの青年を気にしてるわね。あの青年に何かあるのかしら?」
 好奇心に輝くサイネリアの瞳。
「それはいずれ分かる事ゆえ今は黙秘させていただくかのう。せいぜいその時を楽しみにお待ちになるとよろしいかと思いますぞえ」
 シャルロットはそんな主君に意趣返しをするように、思いっきり勿体ぶって告げるのだった。

「ふむ、なんと言うかひどく疼くな」
『主よ、その感情には呑まれるな。それは主にとって良くないものだ』
 冷静でいながら、今まで観戦した戦いによって、熱く戦いに対する欲望が燃えたぎったような声色でスレイが呟く。
 ディザスターは本来ならば自らにとって最上の餌であるその欲望を顧みる事なく、スレイに対し諌めるような言葉を念話で告げた。
 そんなディザスターにスレイは頷いて、冷静に、だが嫌そうな顔で返す。
「大丈夫だ、分かっている、問題無い。しかし嫌な事を思い出してしまった。ロドリゲーニの奴が言ってたのはこういう事か」
 今まで忘れていた記憶の扉が開き、スレイの恐怖を喰らった後のロドリゲーニの言葉を思い出したスレイは、本気で嫌そうな顔をする。

『さてと、お芝居はここまでにしておこうかな?存分に君の恐怖を喚起させて喰らったからね。もう君の中には恐怖の感情は欠片も残っていない筈だよ?これは僕の中のフィノと、そして何よりも僕自身からの贈り物だ。さっきは恐怖という感情を失うのは人間にとってメリットになると言ったけど、それよりなによりてんさいにとってのメリットという事が重要なのさ』
『天才だって?』
 恐怖を失ったスレイは動じる事も無く、ただ興味のままに冷静に問い返した。
『そう君の事だ。と言っても、今はまだ分からないだろうけどね。フィノの中でずっと君を見ていた僕は、輪廻転生の輪の運命の采配に狂喜さえしたものさ。ああ僕等は引かれ合っているんだとね』
『俺と邪神おまえに何の関係がある。それに俺から恐怖を奪うという事が何故、邪神おまえにとって重要なんだ?』
 恐怖を失いスレイの思考はひどく明快な状態になったとはいえ、ロドリゲーニの言う事は脈絡が無く、理解不能なものであった。
『簡単な事さ。恐怖を失えば、君はそのかつて神々に埋め込まれた、兵器としての箍の外れた戦闘本能に振り回される事無く、逆にそれを自らの物として制御できる可能性が上がる筈だ。恐怖とは戦闘本能を暴走させる大きな要素となるからね。実際それが原因となって暴走し、暴走した事で発揮した力に酔い、傲慢になり果てた君以外の“天才”達は、神々に恐れられ、闇の神に滅ぼされた訳だしね。君が生き残ったのは本当にたまたまで、そこはあの美神に感謝しないとね』
『よく分からないが、お前の目的は俺にある訳だな』
 相変わらず言ってる意味は良く分からないが、スレイは自分にとって重要な事だけは理解してみせる。
『そうだよ、てんさいが完全な形で完成する事は、邪神達ぼくらこそが誰よりも望んでいるんだ。だけど今はまだこの会話は忘れておいてもらわないとね?流石と言うか何というか。僕の目的が君だと分かった君は、僕に対する効果的な復讐として、自分が何もしない事を選ぼうとしているようだしね』
『何!?くっ!』
 ロドリゲーニの言葉に、スレイは思い通りにはさせまいと逃れようとするが、あっという間にロドリゲーニの指先がスレイに触れ、そして……。

 そう、そして今の今まで、スレイはロドリゲーニとのその会話を忘れていた。
 この、もう既に引き返せない所まで戦いの道を突き進んで来てしまった今日、この時まで。
 恐らくはもう逃れられないこのタイミングだからこそ、ちょっとした刺激で記憶の封印が解けたのだろう。
 そういう風にロドリゲーニが条件を指定して術をかけたのだと思われる。
『ロドリゲーニの?どういう事だ主よ』
「俺はロドリゲーニの野郎に恐怖の感情を喰らわれている、お前ならそれで意味は分かるだろう?」
『恐怖を喰らった!?そうか!リミッターをかけたという事か!!誰よりも上級邪神達あいつらとそしてそれ以上に最上級邪神イグナートこそが、完全なる前期・対邪神殲滅システム(天才)の完成を望んでいるからな。神々に植え付けられた主のその戦闘本能を暴走させずに主に完全に制御させ、自分のものにさせるのが狙いか!!』
「流石に理解が早いな」
「えー、スレイって恐怖の感情を邪神に食べられちゃってるの?道理でこんな状況でこの状態な訳だ」
 その時フルールが横から口を出してきた。
 フルールの言うその状態。
 それは双刀を地面に突き刺し、深紅のオーラと蒼きオーラで結界を張り、あの暴虐の嵐の中、のんびり一人と二匹でお茶菓子を食べつつ、スレイがディザスターとフルールを存分に愛でていたその状態のことだ。
 そしてそれは今でも変わらず、スレイは真面目な顔をしながらも、ディザスターを膝の上に乗せ、更にその上に何時の間にか地面を修復して戻って来たフルールを乗せて、二匹を撫でくすぐり、愛でているのだった。
 そしてそんなスレイを、流石に全員が呆れた顔で見ているのだった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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