リュカオンはエリナの力で傷を回復すると、敗者でありながらも威風堂々と自らの陣営に戻っていく。
同時にイリナはエリナの力で傷を回復させられると、エリナに耳を引っ張られ小言を聞かされながら背を丸めて父の元へと戻っていった。
その様子だけを見るとどちらが勝者か分からない。
見ていた周囲の空気はやや弛緩する。
クレーターの上部をフルールが飛びまわり一瞬でクレーターを消し元の地面を修復するとますます空気は緩んでいった。
アルスはそんな空気を引き締めるように咳払いする。
「ごほんっ」
アルスに注意が集まるとアルスは次の二者の名前を呼んだ。
「それでは、シャルロット殿と出雲殿、前へ!」
呼ばれてシャルロットと出雲が中心へと進み出る。
「シャルロットー、ここらで一回勝利をお願いねー!」
サイネリアの掛け声に、引き分けたダートと負けたリュカオンがやや所在無さげに身を縮める。
「出雲ー、負けるんじゃないわよ!」
「いつもみたいにガンガンやっちゃいなさい!」
出雲に対しては真紀とセリカの声援が飛ぶ。
向かい合う両者。
「困った、あなたとても強そう」
相変わらずのマイペースさで、とても困ったように見えない出雲が言う。
「何を言うか、感じる力の質も量もお主の方が上じゃろうに、妾の方が困っておるわい」
シャルロットの言葉も笑いながら発せられとても困ったように見えない。
「でも、正直年期が全然違う、私よりずっとお婆ちゃん、経験量が半端無い、勝てる気がしない」
「……同じ女とは言え、あまり女の年齢に言及するのは感心せんのう」
出雲の相変わらずのマイペースな語りに、僅かにぴくりとシャルロットが反応した。
僅かばかり額に青筋が浮いているようにも見える。
「表面上は反応してても、内心は全然冷静、本当に困った」
「分かってて言ったのかえ、お主、読めん奴だのう」
今度は呆れた顔をするシャルロット。
総合力においては出雲はSSS級相当、対するシャルロットはSSS級に限り無く近いとはいえSS級相当の最上級。
さらに仮にも出雲はアラストリアという世界の魔法大系を完全に極めた大魔導師、対してシャルロットは闇の種族の魔法こそ完全に極めていれども、この世界の魔法を全て極めている訳ではない。
2つの意味で出雲はシャルロットの完全に上を行っている。
だが同じく総合力においてSSS級相当で魔法と剣術というより広い選択肢を持った真紀が、SS級相当探索者に過ぎず刀術一筋のクロウに負けたように、経験は力の差を覆し、選択肢の広さを狭い選択肢を深く極める事で覆す事はままある事である。
出雲の18歳に対しシャルロットは齢5000を越える。
しかも肉体は全盛期のまま。
この経験量の差はあまりにも大きかった。
出雲がそれを十分以上に理解していることにシャルロットは素直に感心する。
「読めん奴ではあるが、お主、実に冷静で観察眼に優れており、客観的な視点も備えておるのう、これは侮れん相手だの」
「困った、侮りすら無くなったら、ますます勝つのが難しい」
表情を変えないながらも、本当に出雲は困っているようであった。
シャルロットは優美で華麗な微笑を浮かべながら、しかしその瞳は真剣で一切油断の無いものである。
「本当に、困った」
出雲の再度の言葉。
だが時は待ってはくれない。
アルスが告げる。
「それでは、始め!!」
そしてもはやこの領域の存在であればごく当然のように、超光速の領域へと両者は突入する。
戦いが始まった。
出雲の選択は単純明快であった。
出雲が勝っているのは総合力、そして大系こそ違えど修めた魔法の多さ。
ならば始めっから飛ばして行くしかない。
読み合いや戦術の勝負など経験が関係してくるものになれば出雲が圧倒的に不利になってしまう。
だからまずは時系列を歪め、並行世界理論による自分自身の分裂を無数に作り出す。
どの出雲もその力は紛れもなく出雲そのものだ。
そして無数の出雲達は、ありとあらゆる補助魔法を自らに掛け、あらゆる意味で自己を強化する。
同じ超光速の領域とはいっても、光速の何倍なのか、速度の差というものは確実に存在している。
例えば敏捷がEX+ランクのものが+1ランクの強化をしても超光速ではあるが光速の数倍程度に過ぎない、それよりはEX+ランクのものが+2ランクの強化をした方が遥かに速く、光速の何十倍にもなる。
時空間魔法に位置付けられる、加速魔法の何重にも重ねがけし、それこそ光速の何十倍になったのか分からないほどに出雲は自らの速度も当然のように引き上げる。
そのまま無数の出雲達は出雲が知る限りの攻撃魔法、あるいは妨害魔法や状態異常を起こす魔法。
とにかくあらゆる意味でシャルロットを害せる魔法を連続で解き放つ。
のみならず、一部の出雲達は互いに協力し合い、複数人でしか使えない儀式魔術すら行う。
ただひたすらに間断なく降り注ぐ魔法。
そこに遠慮や呵責などという言葉は欠片も存在しない。
殲滅。
滅殺。
暴虐。
虐殺。
破壊。
消滅。
止まらない魔法の乱舞。
それは絶望的なまでの暴力の嵐のように思われた。
この戦いを観戦することが可能な見物人達すらあまりの光景に殆どの者が呆然としている。
圧倒的な火力。
圧倒的な手数。
圧倒的な質量。
どこまでも止まらない。
無限に続くかのような連鎖。
明らかなオーバーキリング。
だが出雲はそれでも足りないとばかりに今度は既に着弾し発動した魔法の魔力を再回収しそれを利用するシステムを無数の魔法陣を描き作り上げる。
立体型の魔法陣。
積層型の魔法陣。
移動型の魔法陣。
可変型の魔法陣。
まさしく無限の魔法機構。
更に出雲の分身の数までが増えていく。
それにより増える攻撃側の魔力の総量。
そしてそれが無限機構に取り込まれ、循環する魔力量が更に増加する。
どこまでも続く反則的な攻撃。
終焉など無い無限と思われたその暴虐は何時果てるとも知れず続いた。
果たしてこの光景を知覚できていた者達にとってどれほどの時が経ったであろう。
何時の間にか、ようやく、そうようやくとしかいえない攻撃の果てに、それは終焉を迎えていた。
何時の間にか分身は消え去り、一人となっていた出雲は呆然としていたアルスに向き直り告げる。
「この戦い、私の負け」
「は?」
アルスにしてからが困惑の境地であった。
アルスが今までに見た事のある魔法など全て児戯にしか思えなくなるほどの絢爛たる暴虐の魔法の嵐。
それを生み出した本人は何時の間にか攻撃を止めてそのまま自分の敗北を告げる。
アルスで無かろうとただ困惑するしか無いであろう。
事実その言葉を聞いた見物人達も一部を除き皆理解できないような顔を出雲に向け固まっている。
出雲は焦れたように再度告げる。
「だから、この戦い、私の負け」
「それは、なかろう」
聞こえた声を、一部を除き殆どの者が幻聴だと考えた。
聞こえる筈の無い声だと思った。
生きている筈など無いとすら考えていた。
だがしっかりとその声は聞こえてくる。
「散々攻撃するだけして、妾がこの5000年溜め込んだ命のストックを一割近くも使わせよって、それで負けを宣言して、はい終わりはなかろうて」
ようやく攻撃の残照であった爆煙が晴れていく。
信じられないほど深いクレーターの中心。
そこにどこまでも深く静かな深淵の闇の塊が浮かんでいた。
闇が解け崩れる現れた者を見て殆どの者が驚愕する。
シャルロットが傷一つなくそこには浮かんでいた。
「せめてこちらにも攻撃権をよこせい」
「それは駄目、貴女怖い、だから私の負け」
「ぬぬぬ、散々っぱら好き勝手攻撃しておいて、いけしゃあしゃあと。しかもさっきもいったようにせっかく溜め込んでおいた命のストックを一割近くも使ってしもうたのだぞえ?妾のこの憤りどうしてくれる」
「命のストックを、と言うけど、貴女、殆どの攻撃、手段は分からないけど防いで見せてた。しかもあれでたった一割」
歯軋りするシャルロットに対し淡々と答える出雲。
ぐぬぬとシャルロットは唸る。
「あれはただ単に深淵なる闇の重力塊を無数に作り出しそれに吸収させただけのことだぞえ、しかもそれで9割9分は防いだというのに、残りの1分で命のストックの一割を奪っていくとは、いったい妾を何回殺すつもりだったのかのう?」
「もともと、貴女なら何らかの手段で防いで見せると予想してた、私の勘、良く当たる」
そこで置き去りにされていたアルスが口を挿む。
「し、正直状況が良く理解できないのだが、シャルロット殿の勝ちという事で相違無いのかね?」
「うん」
「妾はこのままでは納得いかんのう」
出雲は頷き、シャルロットは異論を唱える。
「シャルロット、そこまでにしておきなさいな。貴女の勝ちだというのだからそれでいいでしょう?」
「しかし陛下、妾は」
「シャルロット」
「仕方ないのう、分かった分かった、これで妾の勝ちで良い」
主君であるサイネリアの言葉により、シャルロットも頷いた。
敗者が満足げな顔をして、勝者が悔しそうな顔をするという不思議な状況の中、アルスは戸惑いながらも宣言した。
「そ、それではこれまで!シャルロット殿の勝利だ!!」
何時の間にか周囲の時も通常のそれを刻み始めていた。
そうして、この場に居る者達でさえ空恐ろしさを感じるような一方的な暴虐の嵐であった戦いは、その暴虐を生み出した者を敗者として、終幕を迎えたのであった。
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