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  シーカー 作者:安部飛翔
第四章
17話
「それでは続いて、リュカオン殿にイリナ殿!」
「うむ」
「よしっ!!」
 アルスに呼ばれ、のっそりと10メートル近い巨大な黒い狼と、一人の少女が中心へと進み出る。
 魔狼王リュカオンと闘竜皇女イリナである。
 イリナは今までの戦いを見て昂ぶっているのか、その顔には実に楽しそうな表情が浮かんでいた。
「魔狼王のおっさん、先刻さっき見せてもらった雲を削った遠吠えは良かったぜ!オレとの戦いでもよろしく頼むぞ!」
「むう……」
 僅かに困惑した表情のリュカオン。
 その自分の遠吠えの後に咆哮で雲を消し飛ばした存在に言われても賞賛としては素直に受け止められない。
 もっともあの咆哮は父親のドラグゼスの力の方がより大きかっただろうとは思うが。
 だが、それよりももっとリュカオンを困惑させているのは。
「失礼だがイリナ皇女。貴方は竜化しなくて良いのか?」
「おうっ!まずはこのまま直におっさんの力を味わってみたいからな」
 困ったようなリュカオンに明るく答えるイリナ。
 そうリュカオンをもっと困惑させているのは、竜化する様子のまったく無いイリナである。
 リュカオンとしては今の人間の姿のイリナでは自分の敵となるようには思えないので、明るく答えられてもますます困惑を深めるしかない。
 今のイリナから感じられる力の波動はA級相当の最上級といったところ。
 言っては悪いがSS級相当でも上級のリュカオンの敵になり得るはずもない。
 それでいながら今の姿のまま戦おうというのだから、イリナの考えはリュカオンには理解できなかった。
 だがイリナが望んでいる以上このまま戦うしかあるまい。
 なるべく怪我をさせないようにしようと考え、リュカオンは臨戦態勢を取る。
 合わせて構えるイリナ。
「それでは、始め!」
 開始の号令と共に闇の力によって世界の法則に干渉し超光速の領域へと突入するリュカオン。
 途端、世界から隔離されたような孤独感を覚える。
 事実、今、彼は世界の通常の時系列から弾き出され、閉ざされた円環の時系列へと隔離されていた。
 これは超光速の領域に突入できる者にとっては何時もの事である。
 いくら物理法則を改変しようとも、超光速などといった度の過ぎた、過剰に物理法則から乖離した存在は、世界の防衛本能により通常の世界より弾き出され隔離される。
 どうやらそれはもはや“死んで”いるこの世界でも変わらないようである。
 防衛本能、世界の機構システムの一部が僅かにでも残っているのであろうか?
 それともあの時空竜フルールという超越存在オーバーロードがそのシステムすらこの場にのみ再構築してみせているのであろうか?
 しかし超光速の領域に到達できるほどの力を持った者達にしてみれば、“生きた”世界のそれであろうとも、そらは世界の儚き抵抗に過ぎない。
 その閉ざされた時系列の中からすら、通常の時系列にある存在ものに対しても容易に干渉は可能である。
 現に今、リュカオンはその隔離された時系列の中、通常の時系列に存在する、彼にとっては静止したも同然のイリナに対し、軽く撫でるように攻撃を加えた。
 軽く撫でるような攻撃とはいえ、超光速の領域からの干渉ともなれば、それは圧倒的な威力となってイリナを襲う。
 吹き飛ばされるイリナ。
 そしてリュカオンは闇の力による世界の法則への干渉を解除し、そのまま静止し、通常の時系列へと回帰する。
 正直これでもやり過ぎたかと思ってしまうリュカオン。
 だが竜人族は人の姿であってもその頑丈さと保有する質量のみは竜の姿と変わらないと伝え聞く。
 そして現に今軽く撫でただけであったというのに、その質量と頑丈さはまさに竜の巨体を彷彿させるもので、リュカオンの前足の方がむしろダメージを食らったように毛細血管から血が噴出している。
 正直あの質量をあのサイズで持ちながらどうして地面に身体が沈んでいかないのか疑問ではあるが、恐らくは竜の持つという竜気を無意識に操り、そのあたりも無意識の内に制御しているのであろうと予想する。
 イリナは吹き飛ばされ、地面を削り取り深くめり込んだ後、暫くそのまま倒れ込んでいた。
 と、突然イリナは勢い良く起き上がり、頭を振り振り立ち上がる。
 そのダメージを全く感じさせない様子に唖然とするリュカオン。
 伝え聞いていたとはいえ、予想以上のでたらめな頑丈さであった。
 これが竜人族か、とリュカオンは認識を改める。
 だが、今のままではイリナがリュカオンと同じ戦いの舞台に立てないのは紛れもない事実だ。
 それ故に告げる。
「大した頑丈さだな、竜の皇女よ。だが、今のまま、その姿のままで、更にその速度では、我と戦うことは無理な話だ。それは今、十分に理解できたのではないか?我との戦いを望むのであれば、竜化し更に我と同じ超光速の世界へと来てもらわなければ、とてもではないが戦いにはならないぞ」
 イリナはどこか罰が悪そうに頭を掻きながら言い訳を口にする。
「いやー、悪い悪い。オレって頭悪いから超光速の戦闘とか、父様から色々と注意を聞かされたりしてるんだけど、物理法則がどうとか、時系列がどうとか、複雑でごちゃごちゃしてて苦手でさー」
 そう言いながら、イリナは過去に父より聞かされた話を思い出す。
『いいかいイリナ。人の魔力に狂気、神々の神気に闇の種族の闇の力、それに我々の竜気等々、世の中には世界の物理法則を容易く改変する力が幾つも存在する。だがそれが度を過ぎて、物理法則では絶対にありえない光速すらも突破した領域などに突入すると、世界の防衛本能によりその存在ものは通常の時系列より弾き出され、閉ざされた円環の時系列へと隔離される。だがそれは世界の儚き抵抗に過ぎず、超光速の領域へと到達できる存在ものともなれば、その閉ざされた時系列の中からすら通常の時系列にある存在ものへの干渉すら容易く可能とする。だがその干渉が度を過ぎ過干渉となれば、それは世界の崩壊へと繋がりかねない。故に力ある存在ものは自らの力を制御し、世界に適度に干渉する術を学ばなければならない。まあ、もっとも、この過剰な程に強固な世界ヴェスタにおいては、どれほど超光速の領域から通常の時系列に対し過干渉しても、まず世界が揺らぐ事は無いから要らぬ心配かも知れんがね』
『ねーねー、父様ー?』
『うん、なんだいイリナ?』
『ブツリホウソクって何ー?美味しいのー?』
『……』
 正直あれから年月が経ち、成長した現在いまでも、父の言葉の意味はさっぱり分からなかった。
 故にイリナはあまり超光速の領域に到達するような戦闘を好まない。
 ごちゃごちゃとした事を考えるのは苦手なのだ。
 そんなイリナに唖然とすると、そのままリュカオンは高らかに笑う。
「ははははっ!そなたは面白いな竜の皇女よ。だがまあ、我が散見したところ、お主は本能で戦う性質たちの者に見える。なれば、そのような理屈など無視して本能のままに戦えば良い。お主のような者なれば、その本能が自然と最適解の行動を導き出してくれるであろう」
 そのリュカオンの言葉にイリナは吹っ切れたように笑った。
「そうか、そうだよな!色々とごちゃごちゃ考えるなんてやっぱオレの性格には合わないや。だったらここからは何も考えず本気で行かせてもらうぜ!」
 言葉と共にイリナは光に包まれた。
 そのまま光は膨らんでいく。
 そして際限なく膨らむかのように見えた光は150メートルほどの大きさでその膨張を止め、光が収まる。
 其処には150メートルほどの体長を持った漆黒の竜がいた。
 先程までとは逆に、リュカオンの方がイリナより遥かに小さい。
 だがその身に秘めた力は互いに同等のものであった。
 SS級相当の上級ほどの力。
 秘めた力は決してその身体の大きさに比例しない。
 今、この姿になり、やっとイリナはリュカオンと同格になっていた。
 そして再びリュカオンは闇の力を以ってその思考のメカニズムと速度を支配する物理法則を改変し超光速の世界へと突入する。
 今度は同時にイリナも竜気を以って超光速の領域へと到達していた。
 それを知覚できる観戦者達と共に、彼らが在るのは閉ざされ隔離された円環の時系列となる。
 その領域においてさえ、その巨体からは冗談のような速度で突撃してくるイリナをリュカオンはかろうじて躱す。
 その逃れた先に振るわれるイリナの尾。
 それも躱すと同時にリュカオンは遠吠えなどとは比較にならない、全開全力の咆哮をイリナに向かい叩きつけるように放つ。
 イリナもリュカオンに向き直り全力全開で咆哮を放つ。
 ぶつかり合い、中心に罅割れと巨大なクレーターを作り上げながら相殺される両者の咆哮。
 続いてイリナはその喉の奥を眩いばかりに輝かせる。
 それに倣い喉の奥に深遠の闇の輝きという矛盾したものを覗かせるリュカオン。
 そしてイリナの超光速の領域にある竜気の光のブレスとリュカオンの同じく超光速の領域にある闇の力によって生み出された輝く深遠なる闇のブレスがぶつかり合う。
 クレーターを更に広げながら互いに相手の力を呑まんとする両者のブレス。
 慌てて周囲の観戦者達は、自らの護る者を護りながらその影響範囲から逃れる。
 そして互いの中心にて巻き起こる爆発。
 爆煙により両者の視界は閉ざされる。
 その中でリュカオンは背筋にゾッとする感覚が走るのを感じていた。
 慌ててその場を飛び退こうとするも、それこそ爆発が起きると同時に行動を起こしていたのであろう、翼を広げ頭から真っ直ぐに何も考えていないかのようにただ全力で突っ込んでくるイリナが爆煙を掻き分けその頭を覗かせた。
 とても躱せるタイミングではなかった。
 イリナの突撃を腹に受けるリュカオン。
 そのまま吹き飛ばされ、地面を転がり、血を吐くと、その動きを止める。
 リュカオンが動きを止めたのを確認して静止するイリナ。
 そして時は収斂し通常の時系列へと回帰する。
 イリナは竜化を解くと、自らも地面へ崩れ落ちて足を広げ両手を身体の後ろに突きふぅっと息を吐く。
 最後の突撃は自らのダメージすら度外視した、ただひたすら全力の突撃であった。
 まだ頭がくらくらとしている。
「それまで、イリナ殿の勝利だ!!」
 アルスがクレーターの外から場の状況を読み取り告げる。
 そんな中、離れた位置に居たエリナが、両者のダメージの度合いを見てとってまずはリュカオンの元へと走り寄り回復すると、次はイリナへと向かってくる。
 エリナの表情を見て、これは小言が煩そうだとうへぇっと感じながら、それまでは強敵に勝利した余韻に浸るイリナであった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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