あれから暫く。
ある程度場が落ち着きを取り戻したのを見計らったアルスが告げる。
「ふむ、それでは互いにある程度の力は把握したと思うので、適当な相手と手合わせを始めようか」
流石に“勇者王”。
動揺からは既に立ち直っている。
「それではまずS級相当の力の者達に手合わせしてもらいたいと思う、カイト殿とヤン、マリーニア殿とエミリー、ケリー殿とライバン、この順番で手合わせしてもらいたいと思うのだが構わないかね?」
特に異議の声は上がらなかった。
だがただ一人スレイがアルスに尋ねる。
「俺もS級相当なんだが」
「いや、クロウ殿と引き分けたという話で、あんな無茶苦茶な能力値の君をS級相当と言うのは無理があると思うよ。それに君には私と手合わせしてもらいたいと思ってね」
アルスが何故か娘のカタリナを意味ありげに見つめながら言う。
カタリナはその視線に何故か僅かに頬を赤く染めた。
その時ノブツナがアルスに詰め寄った。
「あ、ずりぃぞアルス!またいいとこ取りするつもりだな!!」
「ふむ、そうは言うがちゃんと君には因縁の相手がいるだろう?」
言ってクロウを指し示すアルス。
「まぁ、そりゃあそうだが」
渋々と引き下がるノブツナ。
「しかし能力値の相性も考えてこの組み合わせにしたとしたら、相当意地が悪いなあんた」
「さて、何のことやら」
スレイの指摘にとぼけるアルス。
そんな中、平気でこの国の王に対しタメ口を聞くスレイに、ゲッシュが胃の痛みを感じていた。
「それでは、まずはカイト殿とヤンから頼む。ちなみに制限無し、何でも有りで、後エリナ殿がいるから回復に関しては心配が無いので、死なない程度ならいくらでも傷つけて構わないということで」
アルスの物騒な台詞に一部は顔を蒼褪め、一部は面白そうな顔をする。
そんな中、やはり意地が悪いとスレイは呟いていた。
中心を広く空け、円形に囲むように立つ一同。
その中心にカイトとヤンが離れて立つ。
カイトは柔軟性に富んだダマスカスの弓を何度も引き、ヤンは剣を構えて立つ。
弓を弄るカイトをヤンは馬鹿にしたような顔つきで眺めている。
そんな中、スレイはある事に気付き、カイトに対し呆れたような視線を向けた。
他、数人も気付いているようだ。
「それでは、始め!!」
アルスが合図を出すと同時にやはりカイトは弓を引き、手を離していた。
今回だけは何故か弓を引く前に一度、腰に手をやっていたのだが。
しなったダマスカスの弓が元に戻り、弦を震えさせる。
そして闘気術と魔力操作を併用し、急激な加速でカイトに突っ込もうとしたヤンは、そのまま突然姿勢を崩し倒れていた。
「ぐぁっ!!」
痛みに呻き声を上げ、地面を転がる。
ヤンは右の太ももを押さえている。
そして右の太ももには何故か穴が開き、血が流れていた。
そのままヤンに近付き首筋にオリハルコンのロングソードを突きつけるカイト。
「これで、私の勝ちで構わないかな?」
アルスに対し気楽に問いかける。
「ああ、それまで!カイト殿の勝ちだ」
途端エリナがヤンに駆け寄っていく。
そして……太ももから透明な矢を抜き取ると、そのまま治癒魔法をかける。
そんなエリナにカイトが声をかけた。
「おっと、その矢は貴重なものなので、返して頂けるかな?」
カイトをキッと睨みつつも矢を投げて返すエリナ。
「おっとっとっとっ」
カイトは慌てて矢を落とさないように慎重に受け止める。
そんなエリナをヤンは頬を赤く染めつつぼぉーっと見つめていた。
おやおやライバルが増えたようだぞ、大変だな、と心の中で友人のアッシュに頑張れとまた無責任なエールを送っておく。
「ところでその矢はなんなんだ?」
「うゎっ!?」
突然後ろからスレイに声をかけられカイトが驚きの声を上げる。
いきなり現れたようにしか感じられなかったのだから驚いて当然だろう。
だがスレイは構わず続ける。
「透明な矢を腰に差しているのは気付いていたが、それはどういう原理なんだ?」
「ははっ、いきなりだなぁ君は。まあいい。これは光の精霊石を加工し、光学迷彩を施した矢だよ。いや、あの勇者殿の鎧が軽装で助かった。もし全身がオリハルコンの鎧で覆われていれば、こんな矢など粉々に砕け散ってしまっただろうしね」
「それならそれで、あんたは別の何かをしていそうだがな。ところでそんな贅沢な代物、特注で作らせたんだろう?いったい幾らしたんだ?」
「おおっと、お目が高いね。なんとこれ一本で1000000コメルという代物だ」
スレイは思わず硬直し矢を見つめる。
矢の一本で1000000コメル。
上級の探索者でさえ何回か探索を繰り返さなければ手に出来ない金額だ。
それがこの矢一本にかかるという。
「なんというか……大人は汚いな。染まりたくないものだ」
「いやぁ、照れるなあ。だがまあ、出来れば、汚いではなく賢いと言ってほしいものだね」
全く悪びれる様子の無いカイト。
「まあ、確かに勝負にあらゆる手を尽くすのは当然の事だが。こんな手合わせでそこまでするのだから恐れ入る。というか、手合わせの事なんて知りもしなかったんだから、普段から携帯しているのだろう?いったい幾つくらいそういう隠し玉を持っているんだ」
「そいつは秘密って事で」
カイトは快活に笑いウインクして見せる。
そうしてアリサとダリウスの元へと歩いて行った。
そして何やらアリサとダリウスに突っ込まれている。
ダリウスは常識的な突っ込みを入れていたが、アリサはむしろ貴重な物を無駄に使うなとか、そういった類の突っ込みを入れているようだ。
精神の安寧の為にそれは無視することにする。
治癒は一瞬で終ったようで、エリナもドラグゼスとイリナの元にとっくに戻っていた。
ヤンはそんなエリナの方を頬を赤く染めてみながら、ぼんやりと他の職業:勇者達の元へと歩いていっている。
他の職業:勇者達、エミリーやライバンから馬鹿にしたように見られているが、気付く余裕も無いようだ。
そんな様子に肩を竦めながら、スレイはゲッシュの元へと戻っていった。
「それでは次!マリーニア殿とエミリー」
途端場が静まり返る。
注目が、自分ではなくマリーニアに集まっていることに気付き、不機嫌そうにするエミリー。
マリーニアはそんな注目に萎縮したようになっていた。
しかし、とスレイはマリーニアを見て呟く。
「マリーニアは事前に加速魔法を使うつもりは無いんだな」
「何を言っているんだ、当然だろう?姉さんの速度はSS級つまり超音速、魔力操作で強化すればSSS級で雷速だ。相手のエミリーって女の速度はS級で音速、闘気術と魔力操作を使えるんだから両方で強化すれば姉さんと同じくSSS級の雷速になる。手合わせが始まる前に加速魔法を使って、自分を有利にするようなことを姉さんがする訳ないじゃないか」
大真面目に言うケリーと、萎縮しながらもしっかりと相手を見据えるマリーニアを見て、最後にカイトに視線を移し、スレイは呟いた。
「やっぱり大人が汚いだけか」
「?」
不思議そうなケリーに何でもないと返し、スレイはそのまま視線を中央に戻す。
「では、始め!!」
そしてケリーが言ったようにマリーニアは魔力操作で、エミリーは闘気術と魔力操作の併用で自らを強化し、雷速で以ってぶつかり合う。
エミリーは思考加速と思考分割を用いて怒涛の如く剣を繰り出し、短い呪文の魔法を幾つも撃ち放つが、それら全てを同じ雷速でありながら、マリーニアはまるで一瞬先を動いているように、容易く躱してのけている。
実際マリーニアには一瞬先が“視”えているのだろう。
場に、ほうっと感心した空気が流れる。
「流石は“星詠み”か」
スレイは事実を確認するよう口にしてみせた。
もはや誰もが勝者を確信する中、エミリーはムキになったように攻撃を繰り出し続ける。
しかし最初から全力全開で以って攻撃を繰り出し続けたエミリーの息は確実に切れ始めていた。
それに気付き距離を取るエミリー。
マリーニアは追わず、その場に留まる。
それを優位にある者の驕りと見たのか、瞳に憎しみを宿らせるエミリー。
そして魔法の呪文とは違う、何か特殊な呪文を唱え始めた。
剣に盾、鎧から発せられる不思議な光。
「いかん!止めろエミリー、そこまでだ!!」
自国の王に制止され、動きを止めるエミリー。
「命拾いしたわね“星詠み”さん?この“狭間”の力を以ってすればあなたなんて敵じゃなかったんだけど」
どこか優越感を漂わせ告げるエミリー。
「あら、どんな力でも、当たらなければ意味がありませんよ。“勇者”さん?」
それに言い返すマリーニア。
エミリーは負け惜しみと見たのか鼻で笑ってみせる。
マリーニアはアルスに告げる。
「どうか、このまま続けさせていただけませんか、アルス陛下?」
「しかし、“狭間”の力は危険なものだ。もし本当に君が全て躱せるとしても、周囲に出る被害は看過できないものとなる」
「ふむ、なるほどね」
途端、アルスの目の前に何時の間にか白い小竜、時空竜フルールが居た。
僅かに驚愕の表情を浮かべるアルス。
「さっきから思ってたんだけど、手合わせって言っても竜皇とか魔王とか、あのあたりがちょっと本気を出しただけで、この王都そのものが消し飛びかねないし、無理があると思わないかい?」
「そ、それはその通りだが」
自分にタメ口を聞いてくるフルールに、どんな反応を返していいか分からず困惑しながら頷くアルス。
「それじゃあ、ディザスター」
『なんだ?主でもない者が我を気楽に呼ぶな』
不機嫌そうなディザスターに、フルールがスレイに尋ねる。
「それじゃあスレイ、ちょっとディザスターの力を貸してもらってもいいかな?」
「ああ、構わないが」
主が許可したことで、ディザスターはフルールに協力する気になったのか、素直に尋ねる。
『ふむ、それで力を貸すとは何をすればいいのだ?』
「いや、ちょっと君の記憶を借りるだけさ」
そういってフルールはディザスターの頭の上に乗った。
「それで見物人としては、野次馬の一般兵達は除外して、この場にいる各国代表達だけでいいよね?」
「あ、ああ。構わないが」
困惑しながら答えるアルス。
「それじゃあ、行くよ」
途端、世界が歪んだ。
そして現れる広大な無の空間。
闇に包まれながら全てが見通せる矛盾。
ただ地面のみがどこまでも果てが無いかのように続いている。
その場に移動させられた一同はスレイを除き全員がただ困惑し、ざわめいていた。
「こ、ここは?」
「世界の墓場さ」
「世界の墓場?」
アルスの質問にフルールが答え、それに更にアルスが質問を重ねる。
見ると、どこかディザスターは機嫌が悪げだった。
「そう、ディザスターが創造し、破壊した、んー、この感じだと三つくらいの世界の墓場かな?そこに全員を移動させたんだ。ちなみにこの広大な地面や君達が呼吸している空気は、ここに漂う元々は世界を構成していた要素を使って僕が創り上げた即興のものさ」
あまりの規模の大きさにアルスは理解が追いつかなかった。
スレイを除けば他の面々も同じようである。
スレイの場合、ただ単にどうでも良いといった感じで、先程の円卓の間から魔法の袋に詰めて全て持って来た茶菓子を摘んでいるだけだが。
「しっかしディザスター、君の世界の壊し方って随分適当だねぇ。ほら、ごらんよ。超巨星が一個残って、今こっちに向かってきちゃってるじゃないか?もうかなり近いよ?」
「ふむ、フルールくん。アレは危険なものなのかね?」
「まあ、そりゃああのままこっちに来てぶつかれば、一部を除いて全員お陀仏だね。そうだ、なんなら竜の姿のブレスで破壊に挑戦してみる?本気の本気でブレスを吐ける機会なんて滅多に無いでしょ?」
竜皇の質問に答えるとフルールは何処か挑戦的に竜皇を嗾けてみた。
「ふむ、そうだね。やってみるとしようか」
竜皇はフルールの挑発に乗って見せ、そのままその場で竜の姿へと変化していく。
そして体長300メートルの漆黒の巨竜がその場に現れた。
更に光速の数倍まで思考と身体の速度を加速させる。
他の者達もその領域へと到達できるものは皆引き摺られ思考と身体の速度を光速の数倍へと加速させていた。
さらに竜皇は物理法則に縛られない竜気を発してその反射を知覚する事により、完全に『現在』の超巨星の姿を捉える。
他の者達も魔力や闇の力など、それぞれの物理法則に縛られない力を発して返って来る反射で、『現在』の超巨星の姿をリアルタイムで捉えていた。
そのまま巨竜は大きく顎を開き喉の奥から光が洩れる。
次の瞬間、周囲を震わせ圧倒的なプレッシャーと共に、広大な光速の数十倍の速度の特殊な光のブレスが放たれた。
暫しの時間を置き、超巨星へとブレスが着弾する。
そして、ほんの僅か、欠片ほどの欠落が超巨星に生じていた。
漆黒の竜は大きく顎を開いたまま硬直し、その様からは冷や汗を流しているような雰囲気すら感じられた。
『現在』のこの領域を知覚できる者達も同様に、殆どの者が唖然としている。
そして通常の時系列へと全員が回帰した。
今の現象を知覚できていた者達は呆然としたままだが、通常の時系列に居た者達はその雰囲気に付いていけずに、疑問顔である。
「おー、大したものだね!あれなら大陸の一つくらいは軽く吹き飛ばせるんじゃないかな?」
「ふむ、面白そうだな。俺も挑戦してみるか」
一人、悠然とその場に座り込み、面白そうに茶菓子を摘みながら見物していたスレイが、前に進み出ると、闘気と魔力を速やかに融合し、エーテル強化を果たして、鞘に納まった双刀に、エーテルを限界以上に注ぎ込む。
エーテル強化により一気に光速の数十倍の領域へと到達したスレイは、軽く刀の柄に手を添える。
スレイに引き摺られ、他の者達も自らの限界近い領域へとその身と思考を加速する。
だがスレイと同等の領域まで到達できた者は先程よりも少なかった。
「“今”の君じゃあ、まだあれを破壊するのは無理だと思うよ?」
「まあ、物は試しさ」
そう言い放つと、限界までエーテルで強化した超光速で、双刀を同時に抜き放ち、紅と蒼の巨大な光芒を二重の螺旋を描かせ絡ませながら解き放つ。
そのまま暫しの時間を置いて着弾した光芒は、超巨星の10分の1程を削り取っていた。
そして通常の時系列へと回帰する。
最低でも光速の数倍へと加速していた者達までは、超巨星がどうなったかを理解し、唖然としているが、それ以外の者達は何があったのか理解できずやはり疑問顔だ。
「うわぁ~、あれなら小さな星くらいなら斬り裂けそうだね。“今”でこれなんて、流石に“天才”はモノが違うなぁ。と、そうだった、あのままじゃ危険だから責任持ってあれ消してよディザスター」
『何故、我が』
「君の世界の壊し方が適当だからいけないんだろう?ほら、まだまだ遠いけど、早くやっちゃってよ」
ディザスターはぶつぶつ言いながらも超巨星を睨みつけた。
途端、全員が驚愕に包まれる。
超巨星はディザスターにただ睨まれたのみで一瞬で消え去って……完全に“消滅”していたのだ。
しかも実体を消滅させたのみでない、この場に居る者達全員に“消滅”して見えたという事は、超巨星の姿をこの場に居る者達に見せていた、光の情報までも消し去ったという事だ。
流石に邪神はあらゆる意味で桁が違っていた。
ディザスターはスレイの元へ行くと、褒めてほしそうに耳を立てながら尻尾を振る。
スレイは苦笑しつつそんなディザスターを撫でてやった。
「聞くのだが、アレで、間違いなく“下級”の邪神なのだね?」
「うん、というかアレでもまだ力の一部に過ぎないよ」
アルスの言葉を肯定するフルール。
「さて、ご覧の通り竜皇や魔王が思いっきり暴れても問題ない舞台を用意したんだから、“狭間”の力とやらだって問題ないでしょ?続きを始めようよ」
フルールは気楽に言う。
だが、確かにこうしていても仕方が無い。
アルスは呆然とした表情をしながらも、マリーニアとエミリーの手合わせの再開を宣言するのだった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
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