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  シーカー 作者:安部飛翔
第三章
22話
 早朝。
 目を覚ましたスレイはテント内のあまりの惨状に唖然とする。
 その中で平然と安らかに眠る出雲。
 どうやら本気で理性を失った自分の性衝動を全て受け切ったらしい。
 そんな出雲の得体の知れなさすら感じながら、しかし寝顔は可愛いものだと思う。
 あんな目に合わされながら、それでもそんな思考をする自分の脳に疑問を覚えながら、スレイは起き上がると、テントの入り口から外に出た。
 そこにはどこか顔色の悪い真紀とセリカが居た。
 スレイは咄嗟に何か言い訳を考えようとするが、真紀とセリカはそんなスレイを抑えるように言う。
「ああ、言い訳はいいわ、あの子のやることだからなんとなく分かるし」
「ええ、なんというか出雲は本気でとんでもない子だからね、まさかこう来るとは思って無かったけど、よく考えてみるとそう不思議でも無いしね」
 どうやら、昨晩の事をある程度理解しているらしい。
 二人とも、出雲の魔法によって眠らされていたらしいが、起きてすぐ事態を把握するとなると、以前の異世界では、出雲はどんなことを仕出かしていたのだろうか?
 知りたいような知りたくないような不思議な心地だ。
「でも、出雲は借りてくわよ、完全に解呪してもらわないとこの具合の悪さはどうにもならないし」
「本当に、あの子ってば、平気で親友の私達にもこんな魔法かけてくるんだから、トンでもないわ」
 そうしてテントに入った二人は、テントのあまりの惨状に驚き叫びつつも、なんとか出雲を二人がかりで抱き抱えると、自分達のテントへと戻っていった。
「このテント……やっぱり俺が片付けるのだろうか」
 スレイは途方に暮れたように呟くも、そのままテントに戻り、ぐちゃぐちゃになった中の整理を始めていった。

 なんとかテントの中の整理も終わり、テントを畳んで片付け朝食後の一時。
「……」
 クロウはただ沈黙は金なりと言わんばかりに、ただ黙り込みサクヤの入れたお茶を啜っていた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?絶対に、絶対に姉さんにだけは手を出さないでくれよ!」
 ケリーは半ば懇願するように言ってくる。
 その肝心のマリーニアはもはや絶対零度のスレイを凍りつかせんばかりの視線を向けてきていた。
「いや、あの視線を見ろ。流石にあの状態からどうやってそんな関係になるっていうんだ?心配要らないと思うぞ」
 そしてスレイはケリーに尋ねる。
「と、言うか何故俺はマリーニアにあんなに睨まれてるんだ?お前の恋人のギルドのアリアから聞いた話だが、お前だって恋人は一人じゃないんだろう?」
「それは……だから姉さんが恋人を増やしたお前を睨むっていうことは……つまりそういうことだよ」
「そういう事?」
「だからっ!?」
 瞬間、ナイフが飛んで来てケリーの組んだ脚の手前に突き刺さり、ケリーは顔を青くして口を噤む。
 ナイフを投げたのはマリーニアだ。
 流石にギルドの工作員の一人だけあって、投げナイフなどもお手のもののようだ。
「だから、なんなんだ?」
 スレイが尋ねるもケリーは顔を青くしたまま口を噤んで首を左右に振った。
 どうやら続きは聞けそうもない。
「やはり、最後まで一泊ごとに女性を増やしてしまったね。この旅の責任者である以上、リリアに詰め寄られるのは私なんだよ?本気で胃が痛くてたまらないよ」
 そして胃薬を詰め込むように飲むゲッシュ。
 流石にその姿には哀れを感じて頭を下げる。
「すまん、何とかリリアには俺の方から言っておく」
「そうしてくれると助かるよ、なにせ怒ったリリアは本気で怖くてね」
 そういってゲッシュは身体を震わせた。
 いったい何を思い出したのだろうか。
 興味が湧くもスレイは気を遣い口を噤む。
 ちなみにサクヤはスレイに対し生暖かい視線を向けていて、少々居心地が悪い。
 出雲は真紀とセリカの説教をぼんやりとした表情で軽く聞き流している。
 スレイの膝の上のディザスターは我関せずとばかりにスレイの手で撫でられ擽られ心地良さげにして、その上に乗ったフルールも同じ状態だ。
「やれやれ」
 スレイは溜息を吐き、空を仰いだ。

 馬車の中、スレイの隣は真紀、セリカ、出雲が牽制し合っていたので、その隙にスレイは、クロウとケリーの間に入り込み、退避する。
 そんなスレイを睨みながら、三人は一緒になって馬車の席に座った。
「ふう」
 落ち着いた様に吐息するスレイ。
「いや、流石に逃げてくるのはどうなんだスレイ?」
 ケリーの言葉にスレイは疑問を投げかける。
「それじゃあ、お前の恋人達が、お前の両隣を巡って争い出したらお前はどうする?」
「うぐっ」
 やりこめられたように口を噤むケリー。
「まったく、儂には理解できん話じゃの」
 悠々としながらクロウが言う。
「いや、あんたの場合はサクヤが怖いだけじゃないのか?」
「さて、何のことやら」
 そんなスレイの言葉に冷や汗を一筋垂らすクロウ。
 ちなみにサクヤはニコニコと笑っている。
 恐怖の無いスレイには分からなかったが、それは恐怖を感じさせるものらしく、ケリーとクロウは顔を蒼褪めさせていた。
 そうしてそのまま、処女の人数が一人になったことでやや速度が落ちたユニコーンだが、数刻後、朝の内に馬車は王都サザンクロスへと到着していた。
 都市の入り口はゲッシュの顔でフリーパスで、そのまま都市へと入って行く。
「ほう」
『これは、また』
 スレイとディザスターは思わず感嘆の声を出す。
 なにせスレイは生まれが大陸北方の田舎の村だ、長旅をしてきたとはいえ、最短ルートを選び、とても観光などと洒落こむ訳にもいかない旅地だった。
 それでも5ヶ月もかかったのは頻繁にトラブルに巻き込まれたからだ。
 ディザスターに至ってはこの数千年封印されてきた身だ。
 故に、これほどの大都市を見るのは初めての事になる。
 様々な書物で見たり話で聞いてはいたが、実に見事で美しい町並みに、スレイとディザスターは半ば見惚れていた。
「へえ、地球やアラストリアで、ここより巨大で栄えた都市はいくつも見てきたけど、ここまで綺麗な町並みは始めてね」
「そうね、何というか都市そのものが芸術品みたい」
「うん、凄く綺麗」
「僕もここまで綺麗な都市を見るのは久しぶりだよ」
 異世界組も、どうやらサザンクロスの規模はともかく美しさには感動しているようであった。
 他の者達は流石に今まで何度も訪れた事があるのだろう、それほどの反応は見せない。
 ただ少しだけゲッシュが説明をしてくれた。
「この王都サザンクロスは、何代も前の豪遊王ヘルメスが、その国家の財を惜しみなく使って、優れた芸術家、魔術師、建築士、精霊使い等々、様々な分野のエキスパートを集めて作らせた芸術品と言ってもいい代物だからね。ただ綺麗なだけじゃなく、魔術的にも精霊学的にも非常に優れた構造をしているんだ。まあ、ヘルメス自体はその散財っぷりに暗愚として暗殺されちゃったけどね。この都市だけは、ヘルメスが遺した中で唯一評価に値するものと言われているよ」
「なるほどな」
 そこらへんの知識は本で読んで知ってはいたが、やはり本で読むのと、実際に見て聞くのとでは感動が違う。
 スレイはそのまま町並みに見惚れ続けるのだった。
 そうして暫く。
 王都に入ってから、ゆっくりと道を進んで来た馬車が、王城の手前で泊まる。
 王城の門でもゲッシュは顔パスで通された。
 そして案内されるままに、王城内の馬車置き場へと馬車を置き、ユニコーンの世話については王城の世話係に任せる。
 流石に王城の世話係だけはあり、ユニコーンの世話の為の生娘も居るらしく、任せてしまって問題は無いようだ。
 そのまま、警備兵に付き添われ王城へと入ったスレイ達は、今度は王城内の侍女の案内に従い、付いて行く。
 王城内の雰囲気は華美でありながら、上品に洗練され、それでいてどこか質実剛健さも感じさせるといった不思議なものだった。
 恐らくは今までこの王城の主であった代々の国王達が残した色が混ざり合ってこのような雰囲気を醸し出しているのだろう。
 そしてとある広間へとスレイ達は辿り着いた。
 侍女はドアを開けると中へとスレイ達を誘導する。
 そして告げた。
「既に他の参加者の方々は城にお着きになって客室に滞在なさっています、貴方達がお着きになったことは知らされていますので、もう暫くすればこちらにいらっしゃると思いますので、暫くお待ち下さいませ」
 そのまま侍女は辞していった。
 その広間は中央に大きな円卓があった。
 円卓、つまり席に序列が無いこの広間、ここは恐らく他国の対等の要人達との会話に使われる広間なのだろう。
 そこには既に先客が居た。
 スレイは知らない者達だ。
 だが、その内の一人、黒髪に黒瞳の、どこか幽鬼の如き雰囲気を纏った隙の無い細身の男がクロウを見ていきり立ったように立ち上がりこちらへ向かって来ようとする。
「親父!てめぇ!」
 言葉を聞き、クロウと男を見比べれば、なるほど確かにどこか似通っていた。
 ということはこの男があの鬼刃ノブツナなのだろう。
 だがその見た目の年齢はあべこべだった。
 20代半ばに見えるノブツナに対し、10代半ばに見えるクロウ。
 親子というより兄弟、しかもノブツナの方が兄に見える。
 そんないきり立ったノブツナを一人の少女が後ろから抱きつき押し留めている。
「おやめ下さい父上!ここには他のお客人もいらっしゃるのですよ!!」
 ノブツナの娘らしき、スレイと同年代の少女に止められ、落ち着きを取り戻すノブツナ。
 そんなノブツナにクロウは呆れたように零す。
「お主、今ではディラク島を統一する寸前の国の国主じゃというのに、全く変わっとらんのう」
 そんなクロウの言葉にまたノブツナがいきり立つが、あっさりと娘に止められ席に戻る。
「お久しぶりですお爺様、死んだという事だったのですが、息災だったようで何よりです。まあ、死んだ筈のお爺様とお婆様が生きていると旅路で聞いた時は大変驚かせて頂きましたが」
「シズカお主、容赦が無くなったのう。まるでトモエ殿のようじゃ」
「それは光栄です、私、母上のようになるのが夢ですので。それにこんな父上の傍に居れば嫌でも容赦が無くなります」
 娘から悪し様に言われ落ち込むノブツナ。
 クロウも顔を引き攣らせている。
「あらあら、まあまあ。シズカ、良く成長しましたね。だけど多少は男の方を立ててあげねばなりませんよ?」
「はい、お婆様」
 素直に返すシズカを見て、クロウとノブツナは、諦めたように項垂れた。
 円卓に既に座っていたうちの二人と、スレイ達はすっかり取り残されている。
「クロウ、家族団欒もいいが、俺達にも紹介してくれないだろうか」
 スレイが言うと、クロウはノブツナの隣に歩み寄り、席に掛けながら告げた。
「まあ、紹介もいいが、それは全員集まってからの方が良いじゃろ。二度手間になるしの」
「それもそうか。分かった、それでは他の者達を待つことにしようか」
 そしてスレイ達は、全員が円卓のクロウの近くの好きな場所にかけていく。
 そんな一同を興味深げに観察している、ノブツナ達と同席していた二人の男女。
 スレイは男の方に見覚えがある事に気付き、多少驚いた表情をする。
 流石に、絵で見ただけではあるが、出身国の王の顔は覚えていた。
 氷王アイス。
 どのような経緯でノブツナ達と同席していたのかは分からないが、シチリア王国は大陸でも唯一ディラク島と直接の交流がある国なのだから不思議ではないかもしれない。
 ならば、と女の方に視線を向ける。
 あの女はかの魔狼フェンリルかと、スレイは得心した。
 何故かそのフェンリルはスレイを見て笑みを浮かべている。
 まるで獲物を狙う狼のようだ。
 そういえば、とスレイは思い出す。
 故郷の師達、クリスとアース経由で、自分の顔がフェンリルには知られている可能性があるかもしれないと聞いていた。
 そう考えてみると、フェンリルのこの視線は、有望な人材を狙う、シチリア王国の宮廷騎士団と宮廷魔術師団の長としての眼に見えてくる。
 席に着くとすぐさま侍女がティーカップにお茶を注いでいた。
 どこにも仕えるつもりのないスレイは、後から面倒が増えるかもしれないと考えると、やれやれといった心地で、ティーカップを傾けるのだった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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