迷宮都市アルデリア。
探索者としての功績により領地を持たない一代貴族となった者の多くが邸宅を構える高級住宅街。
アッシュとルルナが住むグラナリア家の邸宅もまたそこに在った。
現在スレイはそのグラナリア家の邸宅へと訪れていた。
通されたリビングの中、出された紅茶を昔読んだ本に書かれていた貴族の作法に従い飲み、ルルナと共にアッシュとルルナの両親を待つ。
スレイとルルナの後ろには、静かに佇み、紅茶のカップが空くと、完璧な仕草と絶妙なタイミングで新しく紅茶を注ぐメイドが一人、室内の風景に同化するように静かにたたずんでいる。
恐らくは邸宅の使用人の中でも特別な立場の者なのだろう。
他の使用人達とは出来が違っている。
スレイの鋭敏な聴覚は扉の外で室内の様子を伺うようにしている使用人達の話し声をも捉えていた。
どうやら彼らは自分達の仕える家の令嬢の恋人であるスレイに興味津々なようだった。
若い女性の使用人達の間ではスレイについての評価なども話されている。
貴族の家に勤めるだけあり、なかなかに厳しい審美眼を持ったその女性の使用人達の評価に若干へこむ。
容姿はそれなり、服装はなかなかのセンス、将来有望な探索者らしく二つ名も持つが現時点では未知数。
そのような感じで、ルルナの相手としてはそこそこという評価に落ち着いたようだ。
そしてグラナリア家の嫡子であるアッシュとの比較が始まる。
容姿や落ち着いた雰囲気に弁えた作法はスレイの方が上だが、現時点では家をまだ継げないとはいえ財産を継げるのは間違いないアッシュの方が今の所優良物件ではないか、など、主の家の息子に対してもなかなかにシビアな意見が飛び交う。
ルルナもやはり探索者としての鋭敏な感覚を持っている為、そんな使用人達の話し声に気付き、申し訳なさそうにスレイに謝る。
「申し訳ございません、家の使用人達が失礼な事を。わたくしが後で良く言って聞かせますわ」
「いや、主人の娘に叱られては彼女らも立つ瀬が無いだろう。彼女らは本来聞こえない声で話しているつもりなのだし、大目に見てやってくれ」
「本当にスレイさんは、女性に甘いのですわね」
ふぅ、と溜息を吐くルルナ。
もっとも、外の使用人達の様子に関しては、室内にたたずむメイドも理解しているようで眉間に青筋が浮かんでいる。
恐らくはルルナが大目に見たとしても、使用人達の中でも特別な立場だと思われる彼女が叱り飛ばすのだろうと予想が付いた。
そんな時、扉の外の使用人達が口を噤み、慌てて立ち去って行く。
スレイとルルナにも聞こえている、廊下の先から聞こえてくる三人分の足音が原因だろう。
勿論、そんなタイミングで口を噤み離れたとしても、足音の主達もまたスレイやルルナのように、使用人達の話し声や扉の前で集まっていた事なども理解しているだろうが。
やはり生粋の貴族という訳ではなく、探索者として貴族の地位を手に入れた者なだけはあり、使用人達に対しても寛大なのだろう。
スレイは静かに立ち上がり足音の主達を待つ。
そして扉がノックされ、ルルナの返事と共に、扉が開かれる。
扉を開いたのは執事らしき男の使用人で、扉を開いたまま道を空けて静かにたたずみ、その横を一組の男女が通り抜ける。
男女が通り抜けた後、静かに扉を閉めると、使用人の男はそのまま男女に付き従う。
スレイの会釈に男女は頷き応える。
「失礼させてもらうよ」
アッシュに良く似た男が、そう言うと、容姿は20代にしか見えないが、恐らくはアッシュとルルナの両親らしき男女はそのままスレイとルルナの正面の席に座り、その後ろに使用人の男が静かにたたずむ。
「どうか座ってくれたまえ」
言葉に従い席に再度座るスレイ。
そんなスレイをしげしげと興味深そうに、ルルナに良く似た女が観察していた。
そして男女がスレイに名乗る。
「始めまして、私がアッシュとルルナの父親のA級相当探索者にして一代男爵のガルード・グラナリアだ」
「始めましてスレイさん、アッシュとルルナから貴方の話はかねがね聞いてます、わたくし元S級相当探索者でガルードの妻のリリーナ・グラナリアですわ」
妻の名乗りにガルードが少し決まり悪げな様子になる。
自分よりも妻の方が優秀な探索者であったという事実をあっさりと告げられて、ちょっと男の尊厳が傷ついたのだろう。
なんとなくそんな気持ちが分かり、スレイはガルードに同情の視線を送る。
その視線に気付いたガルードが、スレイに対し目配せをして、男同士なんとなく通じ合った気分になる。
そんな二人の様子に気付いたリリーナが、咳払いをして、男の共感を断ち切った。
「さて、それでは今日貴方を呼ばせて貰ったのは他でもありません、ルルナの恋人という事で色々と調べさせてもらいましたが、貴方なかなか派手な女性遍歴をお持ちのようですわね」
「お母様!!」
ルルナが責めるように母親を見る。
「落ち着きなさいルルナ、わたくしは何もスレイさんを責めているのではありませんよ。今の世の中、優秀な男性が複数の女性を囲うのも男の甲斐性ですし、珍しい話ではありませんわ。現に殆どの国で一夫多妻が法律で認められています。まあ、家の夫に関しては、自分よりも優秀なわたくしを娶る代わりに他の女には一切手を出さないという約束をさせたので別ですけれど」
「リリーナ」
ガルードが世にも情けない声で妻に呼びかける。
それを無視してリリーナは告げた。
「それでスレイさん、貴方に聞きたいのはルルナのことは真剣に考えてくださっているのか?ということですわ。他の女性達もそうですけれども、貴方は結婚まで前提に考えて真剣にルルナと付き合っていらっしゃるのかしら?」
「ああ、少なくとも俺は関係を持った相手全員に対し、真剣に結婚まで考えているつもりだが」
「スレイさま」
リリーナの問いかけにスレイは真剣な表情で返し、その答えにルルナが感激したようにスレイを見つめる。
若干蚊帳の外に置かれて、悲しそうな表情を浮かべているガルードに対し、スレイは励ますように目線を送る。
またリリーナが咳払いをする。
「そう、それは大変結構な話ですわ。調べた限りでは探索者としても極めて将来有望なようですし、そのまま相応の地位を得て、恋人達全員と結婚できるようになってくださいな」
話はそれだけなのだろうかと疑問に思うスレイ。
そこでリリーナが別の話を切り出す。
「それで、貴方、イリナ皇女と親しいそうですわね」
「いや、親しいといえば親しいが付き合い自体は短いぞ、それがどうかしたのか?」
「いえ、家の息子がエリナ皇女が恋人だなどと大それたことを言っているので、実際どうなのだろうかと、聞きたいなと思いまして」
なるほど、とスレイは納得する。
自分とルルナの事に関してはある程度理解を示してくれているようだし、これが今回の本題なのだろう。
確かに大国晃竜帝国の皇女、しかも世にも名高い癒しの竜皇女が恋人だなどと、小国クロスメリア王国の一代男爵位の家の息子としてはあまりにも大それた話だ。
イリナと親しい自分から話を聞き、本当の話なのかどうか、少しでも確信を得たかったのであろう。
そうとなればアッシュの為にも自分が分かっている限りの話をリリーナに伝えておくべきだろうと判断する。
ガルードには申し訳ないが、どうやらこの家で最も力を持っているのはリリーナのようであるし。
そう考えるとスレイはスラスラと分かっている限りのことを答えていく。
「とりあえず、アッシュとエリナ皇女が付き合っているのは本当らしいな、と言っても文通だけの清い関係のようだが。それに対する周囲の反応としてはイリナだけは大反対しているらしいが、肝心の両親、竜皇陛下や皇妃陛下はエリナ皇女の意思を尊重するということで認めているらしいぞ。そのことをイリナが手紙で愚痴っていたからな」
「なるほど、そうですか」
どこかほっとしたような、だけど少し驚いたような様子で、リリーナは頷く。
ガルードは素直に驚愕の表情を浮かべていた。
なにせ相手が相手だ、認められた関係なのかどうか不安だったのだろうとスレイは推測する。
そしてその通りの言葉をリリーナが告げてくる。
「ありがとうございます、おかげで胸のつかえが少し取れました。息子が確かにエリナ皇女と文通しているというのは知っていたのですが、あまりに釣り合いが取れていないもので、周囲の反応はどうなのかと心配で。竜皇陛下と皇妃陛下が認めているというのであれば安心ですね、本当に良かったですわ」
「ふむ、しかしアッシュがエリナ皇女と結婚などしてしまうと、家の中での私の立場が本気で一番下になってしまうな」
「あら?私が結婚相手では不足でしたか?」
「い、いや!とんでもない!私には過ぎた妻だと今でも思っておるよ」
色々と男の悲哀を感じさせるガルードの台詞にリリーナが突っ込みを入れ、ガルードは慌ててフォローする。
本当に、色々と苦労を感じさせるガルードにまたもやスレイは思わず励ましの視線を送ってしまっていた。
共感する男達。
それをまたリリーナが咳払いで断ち切る。
「さて、それではスレイさん、今日は家に泊まっていきなさいな」
「は?いや、しかし」
「もちろん部屋はルルナの部屋で良いですわよね、なにせ恋人同士なんですし。それにどうやらルルナは他の娘より多少遅れを取っているようですので、ここらで挽回しておきなさいルルナ」
「お、お母様」
思わず赤面するルルナ。
スレイはあまりに理解のありすぎる親というのも問題だと思う。
「お、おいリリーナ。いくらなんでもそれはあからさますぎやしないか?」
「あなたは黙っててくださいな」
ガルードはリリーナにぴしゃりと遮られて黙り込む。
やはりそこには男の悲哀があった。
「わかった、それではそうさせてもらう、ただ宿の方に連絡を入れたいのだが」
「それは私の方で使いを出しておきますわ、他に問題はありますか?」
「いや、他には特に問題は無い」
そうですか、とリリーナは頷く。
「それでは励んで下さいな、わたくし最近は早く初孫が見たくて仕方ありませんの」
「……」
「なっ!」
「リリーナ!?」
あまりに直接的な言葉に黙り込むスレイ、驚きの声を上げるルルナとガルード。
「それでは、わたくしと夫は色々と忙しいので失礼させてもらいますわ、ティナ、後の事は頼みますわよ」
「はい、奥様」
静かにたたずんでいたメイドが返事を返す。
そしてリリーナはガルードを引き摺るようにして部屋を出て行き、執事がその後に続いた。
「なんというか、凄い女性だったな。仕事というのは?」
「ええと、お母様は“元”と言ってましたけれど、探索者としての登録を更新してないだけで、お父様と一緒に迷宮には潜ってますの。男爵といえどあくまで探索者としての功績での一代男爵位ですから国に対する影響力は持っていても実際に国政に関与することは殆どありませんし、ですので仕事というのは迷宮探索のことですわ」
「なるほどな」
返事を返しながらスレイは無詠唱で遠隔での念話の魔法を起動させる。
『ディザスター、聞こえるか?』
『おお、主か。なんだ、どうかしたのか?』
『すまんが、今日は泊まりで帰れなくなった、留守番を頼む』
『……そうか、わかった』
シュンとした様子が目に見えるような悲しげなディザスターの念にスレイは苦笑し続ける。
『明日、何かお土産でも買って帰るから頼んだぞ』
そして誰にも気付かれないような短時間で遠隔での念話を終わらせると、ルルナに尋ねる。
「それで、どうする?」
スレイの言葉に赤面するルルナ。
ティナと呼ばれたメイドが扉に歩み寄ると扉を開き、2人に告げる。
「それでは、ルルナ様、スレイ様、付いて来て頂けますでしょうか?」
扉を出て、ティナの先導に続くスレイとルルナ。
ほどなくしてティナは一つの扉の前で止まる。
「ルルナ様には言うまでも無い事ですが、こちらがルルナ様のお部屋になります。もし何かございましたらいつでも部屋の中にある魔法のベルを鳴らしてお呼び下さいませ」
そう告げるとティナはスレイとルルナが部屋に入るのを見届け、その場を辞して行った。
綺麗に片付けられた部屋の中、見つめ合うスレイとルルナ。
「あ、あのっ」
ルルナが勇気を振り絞り何かを告げようとしたのを、スレイは唇を使って封じた。
驚いたように目を見開くも、ルルナはそのまま受け入れるように目を閉じる。
奥深くまで舌を絡ませ合い唾液を交換する。
そして唇を離すと唾液の糸が二人の唇の間を繋ぎ、そのまま垂れ落ちる。
スレイはルルナを横抱きにするとベッドまで運び、ベッドの上にそっと寝かせた。
そしてルルナの服に手をかけ脱がせて行く。
「す、スレイさま?」
「悪い、恥ずかしそうなルルナにそそられた」
「そ、そそられ?!」
そしてスレイは自身もベッドの上に乗り告げる。
「初孫、励んでみるか?」
ルルナはただ硬直して顔を真っ赤にするが、そのままコクンと頷き身体の力を抜く。
そしてスレイはルルナの身体に溺れて行った。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
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