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  シーカー 作者:安部飛翔
第三章
12話
 グラナダ氏族の集落。
 開けた空き地。
 対峙するスレイとジンの周囲にはエミリアとその両親、そしてディザスターの他に、物見高い野次馬達がなんだなんだと集まって来る。
 スレイは、流石は異種族との交流を推奨するグラナダ氏族のエルフだと感心すると同時に、エルフの他に、様々な種族が散見されるのを見て、本当にグラナダ氏族というのは大らかなのだなと、笑みを零す。
 そんなスレイにジンが声をかける。
「ふむ、それでは始めるとするか」
 言うと同時に無詠唱のままに魔法を発動させたらしく、その身体が光に包まれる。
 恐らくは強化系、その中でも加速系の補助魔法だろうと当たりを付けたスレイは自らもすぐさまエーテルによる強化を行う。
 最近はエーテルの抽出と扱いにも慣れ、すみやかに強化を行う事ができた。
 そしてジンが始まりを告げる。
「それでは、ゆくぞい」
 瞬時にシフトする感覚。
 やはりジンの先程の魔法は加速系の補助魔法だったようで、スレイとジンは両者同時に光速の数十倍の領域へと突入していた。
 ジンの周囲に瞬時に生み出される緑色の光球。
 それが変化し、無数の巨大な丸太が生み出される。
「は?」
 流石にキョトンとしたスレイに、一気に無数の丸太の群れが襲い掛かる。
 現在・過去・未来。
 時系列を無視してスレイを狙うその丸太は、同じく時系列を無視した機動をするスレイに躱され、まるで乱立する傾いた柱のようにその広場に突き立つ。
 同時に丸太の側面から枝が生え、鋭い先端で以ってスレイを狙ってくる。
 時系列を移動し、次元をシフトし、巧みに躱すスレイだが、枝による包囲網がスレイの動きの選択肢をだんだんと狭めていく。
 このままでは不利だと思い立ったスレイはそのままジンの元へと突撃しようとするが、すでに全方向、全時系列、全次元において、丸太の枝で作られた防御網が、ジンを守護していた。
 火の精霊達に呼びかけ、炎の魔法を発動させるスレイ。
 炎の精霊王の加護を受けた炎の魔法は炎の龍となり、その防御網へと突撃していく。
 木の枝によって構成された防御網に触れた瞬間四散する炎の龍。
「なんだと!」
 流石にこれには驚愕するスレイ。
 そもそも木属性の魔法が、炎属性の魔法を打ち消す事すら難しいのに、今放ったのは炎の精霊王の加護を最大限活用した正真正銘スレイの全力の魔法である。
 魔力の差が大きいとは言え流石にこれは異常であった。
 しかもただ炎の龍を四散させたのみならず、残った魔力を吸収し、更に成長し、密度を濃くする枝の網。
 スレイは咄嗟にアスラとマーナにエーテルを最大限送り込み、居合いで以って瞬時に抜き放ち、X字型の軌跡の斬撃波を解き放つ。
 流石にこれには高密度の魔法の木の枝の網も切り裂かれ、一気にジンまでの突破口が開ける。
 ジン自体は何時の間に編んだのか、無数の魔法結界で以って、スレイの斬撃波を受け止め、何層かは破壊されるがそのまま止めてみせた。
 だが構う事なくそのままジンへと走り寄るスレイ。
 枝は時系列を無視して過去から再生しようとするが、その時系列より更にシフトし、スレイはその道を突き進み、ジンを攻撃射程へと捉える。
 ジンの周囲には今度は片側が削られ先端の尖った無数の丸太が浮かび、超光速回転しながらスレイへと襲い掛かる。
 それを無視してジンへと双刀を振るうスレイ。
 そして、全ては静止した。
 元の時系列へと回帰するスレイとジン。
 周囲の見物人達の動きや声が戻ってくる。
「な、なんだ?この木の柱や枝は?」
「いきなり現れたぞ」
「ジン様とあの青年は?」
「あ、あそこ、中心にいるぞ」
「これは、どっちが勝ったんだ?」
 刹那の間すら置かずに突然変わった空き地の状態に見物人達が騒ぐ。
 変わり果てた空き地の中心ではスレイとジンが静止した状態で互いに見合っていた。
 スレイの双刀はジンの首筋と心臓の位置に突きつけられ、だが先の尖った丸太が複数、高速で回転しながらスレイに当たる直前で静止している。
「これは引き分けといったところじゃの」
「ああ、そうだな」
 どこか楽しげなジンに対し、スレイは苦々しげな表情で頷く。
 この前のクロウとの戦いといい、引き分けが続き、スレイとしては不本意であった。
 だがこの状況では引き分けとしか言いようが無い。
 ジンがスレイに当たる直前で静止していた魔法で生み出した丸太を、そのまま地面へと突き刺し、スレイはジンの急所に突きつけていた双刀を引き、鞘へと納める。
 どっ、と見物人達が沸いた。
 ジンはエルフ達の中でも、戦闘能力だけならハイエルフ達すら遥かに越え、最強のエルフと言われているほどだった。
 それを知る見物人達は、経緯こそ不明だが、ジンと引き分けたスレイに対し素直に感嘆し、賛辞を送る。
 これもまたグラナダ氏族だからこそだろう。
 他のエルフ達ならば、どのような事があれど、人間に対し賛辞を送ることなどまずありえまい。
 そんな雰囲気の中、突然水を差すように嫌味な声が聞こえてきた。
「これはこれはジン殿、私達を待たせて何をしているかと思えば、人間などと遊んでいるとは、流石に常識を疑いますな」
 声の方を見やれば、そこにはエルフとしても極めて美しい一組の男女が居た。
 互いにそっくりで、兄妹だと思われる。
 その通常のエルフと比べて遥かに輝きの強い金髪と金眼、そして通常のエルフよりもずっと白く美しい肌から正体が知れた、ハイエルフだ。
 嫌味な雰囲気を漂わせ、スレイとジンのいる中心へと歩み寄ってくる2人のハイエルフ達。
 見物人のグラナダ氏族のエルフや他の種族の見物人達は、どこか嫌な表情をしている。
 ハイエルフ達はエルフ至上主義、なおかつその中でもハイエルフ至上主義だ。
 他種族達とも交流が深いグラナダ氏族のエルフ達とは相容れない。
 招かれざる客人というものだ。
 乱立する丸太とそこから伸びる枝を避け、中心へと辿り着いたハイエルフ達。
 男の方が、スレイを見る事もせず、ただジンのみを見たまま告げる。
「それで、我が花嫁、エミリア殿はどうされましたかな?」
 嫌な表情を浮かべるジン。
 スレイも状況が分からないながらもその台詞に険しい表情をする。
 周囲の見物人達を見回すハイエルフの男。
 ハイエルフの女は、興味無さげに、ただ佇むのみだ。
 そして見物人達の中でも、特に極めて美しい、美しさだけならハイエルフすら越えているだろうエミリアを見つけると、ハイエルフの男は感嘆したように告げる。
「ほう、以前よりもずっと美しい。彼女が我が花嫁エミリア殿で間違いありませんな?」
「誰がお主の花嫁じゃい」
 ジンは怒ったように、腕を一振りし、乱立する丸太を全て消し去った。
 風化したように崩れて消えた丸太は、地へ還り、そのまま地の栄養となる。
 そしてハイエルフの男女に告げる。
「話の続きは儂の家でするぞい」
 そしてジンはスレイとエミリア達に目配せするとそのまま歩き出す。
 ハイエルフの男女が続き、スレイとエミリア達もその後へ続く。
 見物人達も、見世物は終わったようだと三々五々に散っていく。
 そして空き地は元のまま何もなく、静寂に包まれた。

 ジンの家。
 リビングルームで席にかける一同。
 ジンの隣にエミリアが座りその逆隣にエミリアの両親が、エミリアの隣にスレイが座り、ディザスターはスレイの足下に侍る。
 そんなジン達のテーブルを挟んで正面にハイエルフの男女が座っていた。
「さて、と。それでグレナル殿、お主のエミリアへの求婚の話じゃったの?」
「ええ、ただ求婚ではなく、既に以前訪れた時彼女は私の花嫁だと告げ婚約した筈ですが?」
 ジンとエミリアとその両親が嫌な表情をする。
 スレイは話が見えないながらも、自分の恋人であるエミリアを婚約者呼ばわりするグレナルに鋭い視線を向けた。
 グレナルは殊更スレイを無視しようとしていたが、あまりに鋭い、物理的な圧力すら伴った視線に流石に冷や汗を掻いている。
「あの馬鹿げた話なら断固として断ったじゃろう」
「しかし、肝心のエミリア殿も呼んで頂けたようですが?これは私と彼女の婚姻を進める為に手回しして頂けたのでは?」
「阿呆が」
 ジンはバッサリ斬って捨てる。
 グレナルは驚いた表情をする。
「今回エミリアを呼び寄せたのは、エミリアの恋人を見せてお主を諦めさせるためじゃ、何を勘違いしておる」
「それでは、その恋人とやらは何処に?」
「何を見ておる、お主の目は節穴か?そこにおるじゃろうが」
 スレイを指すジン。
「そいつは人間ではありませんか!!」
 怒ったように言うグレナル。
 だがジンは意に介さない。
「そうじゃが、それがどうかしたのかの?」
「たかが人間などを恋人にして、私との婚約を断ると。我らハイエルフを舐めておられるのですか?このような集落潰してしまってもよろしいのですよ」
 グレナルの脅しの言葉。
 だがそれはジンの逆鱗に触れた。
「ほう、このグラナダ氏族の集落を潰すじゃと?そんな事ができると思っておるのか。寧ろ儂がハイエルフの集落を潰してやっても良いのじゃぞ」
「なっ!?」
 ジンの脅しの言葉に、グレナルは肝を冷やす。
 ハイエルフ至上主義のグレナルは他のエルフを甘く見ているが、流石にジンを、元SS級相当探索者を敵に回すという事の意味は知っている。
 だが、まさか本当にたかが人間を孫の恋人として、自らのエミリアへの求婚を、その力で以って阻んでくるとまでは予想できていなかった。
 そんなグレナルに隣に居たハイエルフの女が告げる。
「兄さん、ここは退きましょう。ジン殿を敵に回すような事態は避けたい」
「ティータ、だがっ」
 物欲しげな視線でハイエルフでさえ惹かれる美貌を持つエミリアを見やるグレナル。
 咄嗟にスレイはエミリアを抱き寄せると、見せ付けるように胸を揉みしだき、キスして見せた。
 一瞬驚いた表情をするも、目を閉じて受け入れるエミリア。
「ぐっ、貴様!」
「エミリアは俺の女だ。文句があるなら相手になるぞ?」
 たかが人間にと歯噛みしながらも、外でジンと引き分けている場面を見ている為、やはり敵に回すのは避けるべきだとグレナルは理性の部分で判断する。
 だが感情は治まらない。
 そんな中、ティータはどこかスレイを興味深げに見つめている。
「さて、と。グレナル殿、馬鹿げた話はそこまでかな?いい加減退くといい、流石の儂もこれ以上は抑える自信が無いぞい」
「兄さん」
 ジンの勧告と妹の促すような声に、グレナルは理性に従い、感情を押し殺し、そのまま退くことを選択する。
「今は退くが、いずれ必ず、エミリア殿は私が貰い受ける」
「できるものならやってみろ」
 グレナルの捨て台詞にスレイは絶対の自信を以って返した。
 同時に、スレイの足下に侍るディザスターが唸り声をあげ、プレッシャーを解放する。
 驚愕の視線でディザスターを見やるグレナル。
 スレイとディザスターを交互に見やり、そのまま悔しげな表情で立ち、リビングを出て、玄関に向かい扉を開閉する音をさせ、ジンの家を出て行く。
「それじゃあ、また」
 ティータはスレイに対しそう告げると、兄の後を追った。
「また?」
 どこか不思議そうにスレイは呟く。
 そんなスレイにジンが謝罪してくる。
「今回はすまんかったの、こんな茶番に付き合わせてしまって」
「いや、あんたと戦えたのは得難い体験だった。むしろ感謝しているぐらいだ」
「そう言ってもらえると助かるわい、だがお主ハイエルフに目を付けられたぞ?ああ見えてあのグレナルはハイエルフの中でも高い立場に居る者じゃからの」
「エミリアは俺の恋人だからな、ああいう馬鹿の相手は当然の事だ、敵対するというなら相手になるさ」
 エミリアは微かに頬を赤らめ、そのままスレイに身を寄せる。
「ふむ、それは豪気じゃのう」
 ジンもカカカッと大笑した。
 その後、スレイはエミリアの両親とジンに歓迎の晩餐でもてなされ、エミリアとディザスターと共に1泊し、次の日、迷宮都市へと帰還するのであった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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