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  シーカー 作者:安部飛翔
第三章
10話
 クロスメリア王国西端。
 エルフ達の自治領たる世界樹の森。
 現在、スレイはその森をエミリアと共に訪れていた。
 なにやら突然祖父に恋人を連れての早急な帰郷命令をされたらしく、申し訳なさそうにスレイに同行を頼んで来たのだ。
 勿論スレイは二つ返事で了承した。
 事実エミリアの恋人なのだから当然の事である。
 今回はディザスターも同行させている。
 流石に都市から結構離れた場所へ行くのに置いていかれるのは耐えられなかったようである。
 無理にでも同行しようと意気込んでいた為、仕方無くエミリアの了承を得て連れて来ていた。
 だが、ディザスターを同行させたのは正解だったかもしれない。
 エミリアは馬車などを借りて世界樹の森の手前の町まで行くつもりだったようだが、それでは時間がかかって仕方ない。
 今回、スレイがディザスターに頼み込む事で、エミリアをディザスターの背に乗せてもらい、スレイは自分の足で走る事で、一瞬の時すらかからずに世界樹の森の手前まで辿り着いていた。
 あまりのことにエミリアはポカンとしていたが、そもそも速度の基準が常人とは違うスレイとディザスターならば当然である。
 これなら日帰りも容易に可能だろうと思いながら、今スレイ達は森の中を中心部へと向かい進んで行っていた。
 エミリアの説明によると、森の真の中心、世界樹の直近にはエルフの高位種族たるハイエルフ達の集落があり、さらにその周囲に通常のエルフの各氏族が氏族毎に分かれて住んでいるらしい。
 エルフの亜種であるダークエルフ達は、やや森の中心から離れた場所に住んでいるとのことだ。
 なのでスレイ達は必然森の中心部を目指す事になる。
 森の中を足場の悪さを関係無いように進むスレイとディザスターの歩みは、森の種族たるエルフのエミリアでさえ驚くほどだった。
 流石に森の中をスレイとディザスターで全力疾走して森の中心を目指すのには無理がある為、エミリアの案内に従って歩いている。
 スレイやディザスターならば超光速であっても、森の木々を巧みに避け、森の中心部に一瞬の時間すらかけずに到達する事は可能だが、エルフの氏族の住み分けなどを知らないのでどの氏族の集落に辿り着いてしまうか分からない。
 なにせグラナダ氏族以外のエルフ族は基本的に人間を下等な種族として見下しているので、流石にそれは問題がある。
 その為に、エミリアの案内に従い、グラナダ氏族の集落を目指している訳である。
 途中から、スレイの歩みが森の中でも全然問題が無い事が分かると、エミリアはそのエルフとしては珍しい豊満な胸を押し付けるように、スレイと腕を組んで歩くようになっていた。
 都市では、エミリアとの逢瀬の時はルルナもほぼ常に一緒に居たために、スレイとエミリアが二人きりになるのは珍しい。
 だからエミリアの表情はどこか嬉しげだ。
 時折出てくるモンスターも、そのままで片腕で刀を振るい、またはディザスターが、あっさりと片付ける。
 ディザスターが圧倒的な気配を漂わせているのに襲いかかってくるような魔物は、本能という意味で野生の動物にすら及ばないような雑魚ばかりである。
 今更、そんな野生のモンスターなどいくら倒しても、経験値と呼べるような経験値にすらならないが、襲い掛かってくるのだから撃退するしかない。
 そうして歩み続ける内に一瞬、スレイは違和感を覚える。
 ディザスターも当然それに気付いたようだ。
 スレイは心眼で以ってその違和感の正体を看破する。
「結界か」
 エミリアは驚いたようにスレイを見つめる。
「よく気がつきましたね。確かに森の中心部にある程度近くには結界が張られ、森に住む程度のモンスターでは入れないようになっていますが、本当に最低限の結界なので、気付くのは難しいと思うのですが」
 確かにこの程度の違和感であれば、よほど感覚が鋭い者でないと気付かないだろうと思われる。
「結界の中ということはここから既にエルフの領域なのか?」
「はい、そうなります。尤ももう少し先に行かないと集落は存在しませんが」
「だが、どうやらこの辺りにもエルフ自体はいるようだな」
 そう言うと、スレイはおもむろに右手を自分の頭の位置に持っていく。
 次の瞬間には矢がスレイの右手に握られていた。
「え?」
「おい、そこの。いきなり頭に矢を射掛けてくるとは大した礼儀だな。これがエルフ流の挨拶なのか?」
「ふん」
 スレイの言葉を鼻で笑いながら、森の木々から数人のエルフが降りて来た。
 そしてスレイに侮蔑の言葉を投げかける。
「薄汚い人間族が、我等の神聖な森に踏み込むなど許し難い愚行だ。その命で以って贖ってもらおうと考えるのは当然の事だろう」
「貴方達!彼はこの私、グラナダ氏族のエミリアの客人です、それを分かって彼の命を狙ったのですか!?」
 強い口調のエミリアの名乗りに、エルフ達は敏感に反応した。
 恐怖を瞳に浮かべてエミリアを見やる。
「グラナダ氏族?」
「エミリアってあの?」
「ああ、間違いない、エルフ族でも珍しいあの類稀な美貌と、エルフ族に見合わぬ豊満な胸」
「あの男の孫ということか」
「おい、どうする?あの男にこのことが知られたら」
 蒼褪めて話し合うエルフの男達に対しスレイが告げる。
「おい、今すぐこの場を去るのなら、先程のことは忘れてやる。どうする?」
「スレイさん?!」
 エルフの男達は、スレイに対し憎々しげな視線を向ける。
「おのれ、あの男の孫の客とは言え、たかが人間が調子に乗って」
「だけどまずいぞ、ここはあの人間の言うとおり引いておいた方がいいんじゃ?」
「しかし人間に舐められるなど、エルフの沽券が」
 結論を出せずに話し合う男達に、スレイは背中を押してやる為にディザスターに合図を出す。
 先程から、スレイを馬鹿にされて怒り心頭だったディザスターは喜び勇んでスレイとエミリアの前に出た。
「蒼い狼?」
「ただの狼ならともかく、何故結界内に野生のモンスターが?」
 驚いたようにディザスターを見やるエルフの男達。
 主を馬鹿にされて腹が立っていたところに、たかが野生のモンスターと間違われて、ディザスターは更に怒りを増す。
『お前達、我が主と我をあまり怒らせない方がいいぞ?』
 ただの野生のモンスターと思っていた蒼い狼が喋った事に驚くエルフの男達。
 だが次の瞬間には、そんな驚きなど吹き飛ぶ恐怖が彼らを襲った。
 抑えていた気配を解放するディザスター。
 圧倒的な威圧感がエルフの男達を襲う。
「な?!」
「あ……う……」
「ぐぉっ」
 ただ気配を解放しただけ。
 だがそれは物理的なプレッシャーとなってエルフの男達を圧迫する。
 それは気配だけでもはや凶器といって良かった。
 まるで数十倍の重力に押し潰されるように地に伏せるエルフの男達。
 その瞳にはもはや侮蔑の色は無く、ただ恐怖のみが浮かぶ。
 再度スレイが合図をし、ディザスターは僅かに気配を弱める。
 なんとか動けるようになるエルフの男達。
 そこへ再度スレイが告げた。
「もう1度だけ言うぞ、今すぐここを去れ、さもなくば……わかるな?」
 エルフの男達はよろよろしながらも急いで立ち上がり、まるで脱兎の如く逃げ出す。
 後ろを1度も振り返りすらしなかった。
 ただただ恐怖で逃げ出し森の中へと消えて行く。
 そして静寂が戻る。
「あの、スレイさん」
「いい、何も言うな。基本的にエルフがああいうものだと言う事は知っていた。だがエミリア達の氏族は違うだろう?」
「は、はい!」
「それじゃあ先へ進もうか」
 スレイはしゃがみ込むと、ディザスターの頭を撫で、顎の下をくすぐってやる。
 気持ちよさそうにするディザスター。
「お前も良くやってくれたな、助かった」
『主の為なら当然だ。それに、主がその気になればあのような者達、相手にすらならなかっただろう』
「ああ、まあな。だが流石にエルフの領域でエルフ達と事を構える訳にもいかんからな。エミリアにも迷惑がかかるだろうし。だから、本当に助かった」
 そして立ち上がったスレイはエミリアに腕を差し出す。
 エミリアは一瞬きょとんとするが、すぐに気付くと再びスレイと腕を組んだ。
 そして甘えるようにスレイに告げる。
「ありがとうございますスレイさん。私の立場に気を遣って頂いて。このお礼はいずれまた」
「自分の恋人の事を気にするのは当然のことだろう?」
「はい」
 そしてそのまま先程まで以上に密着して二人は歩き出す。
 その後を黙って付いて行く、気配りの出来る邪神ディザスター。
 そしてそれからは特に問題無く、程無くして、2人と1匹は、グラナダ氏族の集落へと辿り着いたのだった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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