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  シーカー 作者:安部飛翔
第三章
8話
【始まりの迷宮】地下1階
 あれから、ケリーは渋々ながらもスレイの各国首脳との対邪神の会談への参加を認めていた。
 流石に自らの師であり、至高の剣士とされる“刀神”クロウと対等の戦いを演じたとあっては認めざるを得なかったのだろう。
 どこか悔しげな、羨望を秘めた瞳でスレイを見ていた。
 どうやら彼は真っ直ぐな気性の男のようだとスレイは思う。
 見たものを見たままに受け止め、自らの間違いを認めるというのは、なかなか難しいことだ。
 それができ、まだ若く、しかも師に恵まれているのだから、これから彼は伸びるだろうとスレイは予想する。
 そして、果たしてここに居る中の何人が、彼と同じように、成長の可能性を秘めているだろうかと後方のエルシア学園の学園生達を見やり考える。
 現在、スレイはエルシア学園の臨時講師として招かれたフレイヤの助手としてこの場へとやってきていた。
 2度も大きな事件があってから、【始まりの迷宮】とはいえども、必ずしも安全ではないということで、いくらフレイヤが元S級探索者とはいえ、引退した探索者1人しか付かずに迷宮での実習をするのに保護者達が難色を示した為、最近“黒刃”などと二つ名も付き、名の売れてきている現役探索者のスレイを助手として付ける事で保護者達に配慮した形だ。
 なにせ名門だけあってエルシア学園に通う学生には、貴族の子女も珍しくない、学園としても気を遣おうというものである。
 だが、この人選は完全にフレイヤの私情が入っていた。
 現に今もスレイの左腕に抱きつくように腕を組み、その豊満な胸を思いっきり押し当てている。
 その様子を見て、男の学園生達はスレイに刺すような嫉妬の視線を送り、女の学園生達はどこか楽しそうに騒いでいた。
 完全に見世物である。
 スレイはフレイヤの意図を見抜き、溜息を吐いた。
「男避けに俺を利用したな?」
「ふふっ、わかっちゃったかしら?ええ、それもあるわね。なにせエルシア学園の生徒達って貴族の子も多いから、断るのに色々と気を遣うのよ。せっかくそういう相手ができたのだから、最大限利用しないとね」
 にこやかに笑うフレイヤ。
 実際にそういう関係である以上、スレイに反論の余地は無い。
 ただどこか疲れたように、溜息を吐くのだった。
「でもそれだけじゃなくて、たまには貴方とこういう事をしたいって気持ちもあったのよ?貴方ってば色々な女の子に手を出してデートしたりしてるけど、私とはそういうことってなかったじゃない。宿だとサリアがいるし、こういう時でもないと宿を代わりの人に任せて空ける事なんてできないしね。だから思う存分貴方に甘えながらそれを見せ付けて一石二鳥って感じかしら」
 ちなみに現在、宿はエルシア学園の方で用意した女性が留守を預かっている。
 フレイヤが臨時講師として招かれる際に常に派遣される、学園の教師で、宿屋の娘ということで、フレイヤが安心して留守を任せられるような人材だ。
 他にサリアの面倒を看る、子供の扱いに慣れた女性も派遣されている。
 なにせ学園の専任教師になるのは探索者を続ける事に限界を感じた人材ばかり、高くて元C級相当探索者程度がせいぜいだ。
 だからといって現役の高ランク探索者を呼ぶのは流石に金がかかり過ぎるのでそう頻繁には呼べない。
 引退した高ランク探索者を呼ぶという手もあるが、年老いて引退した探索者ではいくら元高ランクでも危ういし、本当の意味での高ランク探索者は年齢を超越するので引退などしない。
 その点、未だ若い身でありながら引退した元S級相当探索者というフレイヤは、学園にとっては格好の人材なのだ。
 だからフレイヤを呼ぶ際には、そのようにフォローは万全だ。
 しかも今回はフレイヤの伝手で、最近名を売っているスレイという新進気鋭の探索者を格安で雇う事もできた。
 なのでフレイヤが臨時講師の仕事に多少のプライベートを持ち込んでも文句は出ない。
 だから今、フレイヤは心置きなくスレイとイチャつく事ができた。
 ちなみにディザスターもお留守番だ。
 スレイに置いて行かれると知った時のその様子は、耳を垂れ尾を垂れ、どこまでもしょんぼりとした様子で哀れを誘われた。
 ただ1日の仕事だというのにあまりにも落ち込むその様子はスレイに罪悪感を抱かせるほどだった。
 ともあれ今までの分を取り戻すように存分にスレイに甘えるフレイヤ。
 だが勿論、仕事を忘れてはいない。
 モンスターの気配を感じると、フレイヤはスレイから身を離し、後ろに続く生徒達を静止させた。
 そして生徒の名前を呼ぶ。
「ライオット、ルーシー、ジーク前に出なさい」
 呼ばれて3人の生徒が前に進み出て来た。
 1人は学園生でありながら騎士の如き佇まいを見せる少年だ。
 重厚な鎧を纏い、身の丈に合わぬほどの大きな剣を剣帯に吊り、大きな盾を背負っている。
 その蒼い瞳は強い意志を宿し、その金髪はしなやかに伸び、まるで物語に出てくる少年騎士のようだ。
 それだけでは無く、ある事実をスレイの心眼は見抜く。
「あの少年、学園生なのに既に騎士職なのか?」
「ええ、良く分かったわね。ライオットはあのグレイブ公爵家の嫡子で、昔から専属の家庭教師達を付けて、帝王教育を受けた少年よ。だから他の学生とは格が違うわね」
 グレイブ公爵家と聞き、スレイは、ほうと感心したように見つめる。
 この探索者上がりの一代貴族が多いクロスメリア王国にあって、代々続く由緒正しい公爵家でありながら、質実剛健を旨とし、代々優秀な当主を輩出し、国政への影響力を強く持ち続ける貴族である。
 その嫡子というからには学園生であっても既に騎士の職業にクラスアップを果たしていたとしても不思議は無いだろう。
 少年、ライオットは前に出てきてから、その強い意志を宿した瞳でずっとスレイを睨み付けている。
 どうやら由緒正しく質実剛健な公爵家の優秀な嫡子も自分の恋人に懸想していたようだと、やや面倒くさげに溜息を吐く。
 ますますライオットはスレイを睨む瞳を鋭くした。
 次の1人は黒い三角帽子に黒いローブ、魔女というイメージを体現したかのような格好の、だが大変可愛らしい容姿の少女だった。
 その蒼い瞳は大きく、明るい茶髪はカールしてふわふわとしている。
 だがその大きな蒼い瞳には尊大なまでの自負心が宿り、こちらを見下してさえいるようだった。
 「ルーシー?」
 フレイヤは少女、ルーシーの様子に困惑したような声を出す。
 フレイヤが知る限り、ルーシーはそのような瞳をするような生徒ではなく、明るく快活で、人懐っこい少女だった。
 今のルーシーの態度はフレイヤが知る性格とはかけ離れている。
 ルーシーはフレイヤとスレイを見やるとどこか挑戦的に睨み付けてきていた。
 続いて最後の1人は平凡な少年であった。
 残ったジークというのが少年の名前だろう。
 軽装で武器は持たず、僅かに手に布を巻いているのみであった。
 しかしスレイはジークに一番の可能性を感じていた。
 自然な佇まいはどこか洗練された雰囲気すら感じさせた。
「それじゃあ、ライオット、ルーシー、ジーク。各学年の主席である貴方達がまず手本を見せてあげなさい」
 フレイヤの指示に、まず歯向かったのはライオットであった。
「待ってください!その前にそこに居る男、その男の実力が知りたいです。本当に自分達に教えるだけの実力があるのかどうか、見せてもらえませんでしょうか?」
「そうよね、そんな男が“私”の魔法より上とはとても思えないもの、私もその男の実力が知りたいわ」
 あくまで自分のみを強調したルーシーに、ライオットがルーシーに視線を向け睨みつける。
「あーら、なーに?ライオット。この前みたいにまた大怪我させられたいの?」
「ぐっ」
 ライオットは僅かに怯えたような瞳をする。
 ジークはあくまで静観の構えだ。
 フレイヤは困惑する。
「ライオットにルーシー、あなた達いったいどうしたの?」
「ライオットはただ先生の恋人に嫉妬してるだけですよ、絶対。だけど私は違います。今の私は先生にもそこの男よりも強いです、これも絶対」
「なっ」
 どこまでも好戦的にフレイヤとスレイを睨みつけるルーシー。
 自分の気持ちを暴かれ狼狽するライオット。
 生徒達の様子、特に以前とはあまりに違いすぎるルーシーに困惑してどうすればいいか分からないフレイヤ。
 やれやれと思いながらも、これも恋人の為かとスレイはライオットとルーシーの2人を挑発的に見やる。
「やれやれ、子供のヤンチャには困ったものだな、俺の実力を見せろと?」
「ああ、そうだ。お前がフレイヤ先生に相応しいとは思えん!」
「なに?自信が無いのかしら」
 スレイはただ不適に笑って告げる。
「いや、見せろと言われても、お前達に“見える”かな?と思ってな」
「なんだと!」
「なんですって!」
 スレイの挑発に、ライオットとルーシーがいきり立つ。
「まあ、ガキにお灸を据えるのは後の話だな。ジーク!お前がやれ!」
 突然のスレイの指名にジークは大人しく前に出る。
「お前の本気が見てみたい、全力でやってくれ」
「はいっ!」
 ジークはスレイの顔を見ると、どこか憧れるような瞳をして嬉しそうに頷く。
 丁度通路の先から、蝙蝠型のモンスターの群れが現れる。
 ジークは躊躇することなくその群れの只中に飛び込んでいった。
 そこから先は圧巻だった。
 拳が振るわれるたび、蝙蝠型のモンスターは吹き飛ぶことすらなく胴に穴を開け、そのまま落ちていく。
 無駄な拳は振るわれる事なく一撃一撃がモンスターを正確に捉え、逆に決してモンスターの攻撃は喰らわない。
 そうして僅かな時間で、モンスターの群れは全滅していた。
 見物人だった学園生達は歓声を上げて戻ってきたジークを出迎える。
「驚いた、以前とは段違いだわ」
 フレイヤもジークの実力が以前に見た時からは桁違いに成長していることに驚きを隠さない。
 スレイは自分の見立て以上の実力を見せたジークに“可能性”を感じて、どこか楽しそうに笑う。
「さて、と」
 スレイはライオットとルーシーに視線を向けると、淡々と告げる。
「俺の実力が知りたいという事だったな?どこからでもいいぞ、2人でかかって来い」
「スレイ?!」
 フレイヤが驚いた声を出す。
 だがスレイは意に介さない。
「ふん、お前なんか俺1人で十分だ、いくぞ!」
 刀がライオットの首元にあった。
 ライオットが宣言すると同時、刹那の間すら無く、スレイの刀がライオットの首筋に突きつけられる。
 2人の間には距離があった。
 なのに、何もできずにいきなり起こった事態にライオットは混乱するしかない。
「え?は?」
「話にならんな、次、ルーシー。どうする、やるか?」
 混乱するライオットを放置し、顧みる事すらなく、スレイはルーシーを挑発する。
 ルーシーは今の光景を見て、警戒して、戦いのルールを要求した。
「私は魔法使いなので魔法を使ってなんぼです。私が魔法を放ってそれを貴方が防いだら貴方の勝ち、貴方が防げなかったら私の勝ち、ということでどうですか?」
 あくまで自分本位なルール、だがスレイは頷く。
「ああ、構わんぞ。ところで1つ質問なんだがお前の知り合いにジュリアという女性はいないか?」
「ジュリア?母さんの友達にその名前の職業神の神殿騎士がいますけど」
「そうか」
 スレイは因果を感じて、僅かに項垂れる。
「いつでもいいぞ、撃って来い」
 そのままスレイはルーシーを促した。
 ルーシーはそのスレイのあまりに自分を舐めた態度に激昂する。
 1月程前、長く患った風邪が治ってから目覚めた圧倒的な魔力。
 その魔法の力は絶対で、表での学園史上最強と呼ばれた3年主席のライオットすら容易く打ちのめした。
 2年主席のジークはそもそも挑発にすらノッて来ない臆病者だ。
 先ほどの手際には多少感心させられたがそれだけだ。
 裏での学園最強と呼ばれる二人にだって勝つ自信がある。
 そして目の前のスレイという男も、確かに“黒刃”という二つ名すら持つだけあって、ライオットに微動だにすらさせなかったあの速度は脅威だが、何とか戦いの舞台を自分のフィールドに持ち込んだ。
 愚かにもこちらの提示したルールにノッて来たあの男の自業自得だ。
 ルーシーの魔法の前での自らの無力を存分に味わってもらおう。
 そしてルーシーは自らの全力全開を以って、思考分割により構成した無数の強大な魔法を一斉に解き放つ。
 流石に現役探索者ならば死ぬ事は無いだろう。
 圧倒的な閃光と爆煙に包まれた中心、ズタボロになって倒れ伏しているだろうスレイという男を探す。
 光が収まり爆煙が薄れて行く中、ルーシーは信じられないものを見て硬直する。
 スレイという男は微動だにすらせず、変わらずその場に立っていた。
 傷一つ負ってはいない。
 恐らくは魔法の攻撃を遮断したと思われる僅かな燐光がスレイの周囲を覆っていたが、それもすぐに消え去る。
 身を伏せていたフレイヤやライオットにジーク、それに他の生徒達はその光景を見てただ驚愕する。
 そしてスレイはルーシーのすぐ目の前に現れた。
 刹那の接近。
 そして頭を拳骨でゴツンと殴られる。
「いったぁ~い!!」
「さて、どうしたものかな?」
 ルーシーの事に関しては、恐らく自分も原因の一端を担っているだろうと気付いたスレイは、果たしてどうやってこの力に溺れた少女を矯正するか考える。
 そしてついでだと思い告げた。
「ジーク!ルーシー!ライオット!これからフレイヤが臨時講師の授業の際はお前達だけ別メニューで鍛え直してやる!覚悟しておけ!」
 ジークは瞳を輝かせ、ルーシーとライオットはただ呆然とする。
 実際はスレイにとって一番の目当てはジークを鍛える事で、ルーシーとライオットの矯正はついでである。
 だがそうして、スレイは昔の夢であった教師の真似事をする機会を得たのであった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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