迷宮都市アルデリアの郊外。
時間帯は真夜中。
拓けた草原。
そこでスレイはゆったりと双刀アスラとマーナを振っていた。
剣の師クリスから受けた薫陶を思い出し、様々な敵を想定し、型を自己流に修正を施していく。
一振り一振りごとに、その刀の軌跡は洗練され、美しさを増していた。
現在、スレイは迷宮での経験を消化し、刀術を昇華して、自分だけの刀術、それこそ新しい流派を創り上げるような段階へと到達していた。
守・破・離でいう離の段階である。
そのスレイの動きはゆったりとしたものながら、高い領域に到達したものならではの美しさを持ち、双刀アスラとマーナの幽鬼の如く妖しくも幻想の如き美しい輝きも相まって、幽玄の美を感じさせた。
もしこの場に見物人が居たならば、スレイのその動きに見惚れずにはいられなかったであろう。
そしてこの場には様々な色合いを備えた無数の光球が浮かんでいた。
スレイの魔法である。
魔法に詳しいものが見たならば、その属性の多様さと、一つ一つの光球に込められた魔力量の多さに驚きを感じずには居られなかったであろう。
勿論スレイの魔力量は現段階でそれほど高いものではないので、その光球を生み出すだけで、殆どの魔力を使いきっている。
思考分割を以って、スレイは刀を振るい、独自の刀術を編み出すという、とてつもなく高度な真似をしながら、複数の属性の無数の魔法の光球を維持するという真似までして、信じられないほど高度な鍛錬を行っているのだった。
無数の光球の輝きの派手な美しさ。
アスラとマーナの輝きの妖しい美しさ。
スレイの動作の高度でありながら未完成な美しさ。
その場には紛れもない幽玄の美が存在していた。
迷宮探索においてすら掻いた事がないくらいの大量の汗を流したスレイの様子から、その鍛錬の高度さは窺い知れる。
この鍛錬は最近欠かした事の無いスレイの日課であった。
男子3日会わざれば刮目して見よ。
というが、スレイの場合は1日ごとにまさに別人と呼んでいいほどに、急激な成長を果たしている。
まさに一般的な意味でも“天才”と呼ぶに相応しい成長速度だ。
そうしてスレイは刀を一通り振り終える。
服の袖で汗を拭いながら、魔法の光球を制御しながら拡散させていく。
魔法で作り出した光球を、魔法の効果を発動させる事なく、制御しながら拡散させる。
これもまた高度な技術である。
しかも数は無数。
並大抵の精神力で行えることではないが、スレイは大した苦労も無さげに、易々とそれをやってのけているように見える。
尤も、その作業には細心の注意を払い行っていて、見た目ほど容易に行っている訳ではない。
白鳥のように見た目は優雅でありながらも、水面下ではすさまじい労力を使っているのである。
魔法を全て拡散し終えると、スレイは、抜き放っていたアスラとマーナを鞘へと納刀する。
全てを終えるとスレイはふぅと一息ついた。
そしてふと横に目をやる。
そこには忽然と蒼い、それこそ蒼穹の如き美しさと、野生の獣でさえ敵わないようなしなやかな美しさと、悠然とした王者の如き佇まいをそなえた、どこまでも蒼い狼が何時の間にか佇んでいた。
スレイはその存在に鍛錬の途中から気付いていた為に驚きはない。
ただじっと佇み、特に鍛錬の邪魔をすることも無さそうだった為放置しておいたのである。
だがスレイの鍛錬を結局終わるまでずっと見つめ続け、未だに佇む蒼き狼にはスレイに用事があるのだろうと判断する。
だからスレイはその狼に対し声をかける。
「何か俺に用でもあるのか?」
狼に対し声をかけるスレイの姿を見れば、大抵のものが笑うだろうが、スレイには相手が答えを返すだろうという確信があった。
その狼の瞳には紛れもない高度な知性が存在し、そしてその身からは信じられないほどの力の波動が迸り出ているのだから。
スレイのその確信通りに、その狼から答えが返る。
尤も、その内容はスレイの予想を大きく外れたものであったが。
『ふむ、お久しぶりで始めましてだな、主。我は欲望の邪神ディザスター、今日からお前の下僕だ。よろしく頼む』
「なに?」
念話での名乗り。
放たれた言葉。
邪神。
それはスレイにとって怨敵であるはずの者達の名前だった。
そして目の前に立つ存在はまさにそれが本当だと分かるほどの圧倒的な力の気配を今解き放っていた。
名乗りを聞き、その気配を感じた時点で、スレイは本来ならば一度は納刀したアスラとマーナを再び抜き放ち、そのまま斬りかかっていても不思議ではないほどだ。
いやむしろそうしない方がおかしい。
あるいは普通の人間であっても邪神の名乗りを聞きこれほどの圧倒的な力の気配を叩きつけられればヤケになって特攻するか、無駄と分かって逃げ出すかをしているだろう。
だが今のスレイの心は妙に落ち着き、そして懐かしさすら覚えていた。
そんなスレイに対しディザスターはいきなり不思議な要求をする。
『主よ、そこに座るがよいぞ』
「いきなり、なんだ?」
『よいから、そこでほら、胡坐を掻いて』
理解できないながらも、何となく抗し難いものを感じ、そのままスレイは草原に胡坐を掻いて座り込む。
そんなスレイの胡坐を掻いた脚の上に、ディザスターは一息で飛び乗ると、心地よさそうに丸まって眼をつむる。
『ふむ、やはり主の欲望は心地よいな。隠れてはいるが戦いを渇望する圧倒的なまでな飢餓感、それに自分の女に対する絶対的な独占欲。それでいながら平凡な生活すら望んでいる。何ともシンプルでありながら複雑でもある欲望だ。ふむ、主よ、我を撫でるが良いぞ。それは主だけに許された特権だからな』
いきなり人の脚の上に乗り丸まった上に、撫でる事すら要求してくる欲望の邪神ディザスター。
なんとも図々しい要求に、やはり何故か懐かしさを覚え、要求通りにディザスターの、どこまでも蒼い美しい毛並みを撫でる。
その毛並みはとてつもなく心地よい感触をしていた。
なるほど、これならば撫でる事が特権だなどという言葉にも頷けるほどだ。
そうして撫でているとやはりどうしても懐かしさを覚え、ディザスターに対し敵意を向ける事がどうしてもできない。
『今日から我は常に主と共にあるからな、宜しく頼むぞ主』
そんな言葉を聞き、ディザスターの毛並みの感触を味わいながら、スレイは考える。
果たしてフレイヤの宿屋はペットの宿泊はありだったかと。
何時の間にかディザスターを傍に置いておく事を当然のように感じている自分にスレイは驚く。
ディザスターに尋ねる。
「どうして俺のことを主と呼ぶんだ?俺とお前は会った事があるのか?それに何より何故邪神がこんなことを?」
『ふむ、まず主のことを主と呼ぶのは主が我の主だからだな』
主とあまりに多用されたことで少々ゲシュタルト崩壊しかけながらも、やはり意味になっていない答えだとは理解する。
『次に我と主は会ったことがあるといえばあるし、会った事がないといえば無いとも言える。最後にこんなことをしているのは心地よいからだな』
自分の聞きたい答えが返ってこない為、スレイは仕方なく直接的に尋ねる。
「お前は邪神なのに邪神らしいことはしないのか?」
『そも邪神らしいこととは何だ主よ?我等邪神はただ自分のしたいことをしたいようにしているだけだ、それが暴れる事な者も居れば、陰謀を巡らす事な者もいる、あるいは更なる力を求める者もいれば、自分と対等の敵との戦いを望む者もいる。たまたま我のしたいことは主の傍で主の欲望を浴びながらただのんびりすることなだけだが』
あまりといえばあまりな邪神の実体に少しばかりスレイは頭痛を覚える。
要は全員ただの快楽主義者にすぎないという事だ。
そもそもそういえばシェルノートも言っていた。
彼ら邪神がこの世界を訪れたのは、無数の世界の創造神にして破壊神たる彼らの力で以ってしても決して壊れない世界、それがこの世界だからだと。
だがそれにしてもやはりこの邪神ディザスターは変わっているように思える。
そんなスレイの推測を裏付けるように、ディザスターは続ける。
『だがまあ、確かにどちらかと言えば我は邪神と呼ばれながら、他の邪神と呼ばれる者達とは敵対する立場だな。主の側に付き、奴等と戦いもしたのだから』
はっきり言ってスレイには、そんな記憶は無いのだが、とりあえずこのディザスターが他の邪神と敵対しているという事は理解する。
『そんなことよりもっと我を構うがいいぞ、主』
そんなディザスターを撫でながら、なんとなく邪神ロドリゲーニの事を思い出し、彼女の望みは何なのだろうかと考える。
そうしてディザスターを撫でながら考え事をしている間に、一晩が過ぎた。
次の日、フレイヤの宿屋にて、結論を言えばディザスターを自分の部屋に一緒に泊めるのは問題なく許可された。
そもそも、探索者の中には魔物使い(モンスター・テイマー)の称号と魔物使い(モンスター・テイム)の特性を持った者も存在しているのだから、狼であっても問題は無いようだ。
ただ、その蒼く美しい毛並みは酷く目立ち、またその力の波動に本能的に怯えるように、スレイ以外には誰もディザスターに近付くことは出来なかったが。
いずれギルドマスターであるゲッシュには、シェルノートの事と絡めてロドリゲーニの事を話し、その所在の捜索に協力してもらおうと思っていたのだが、さらにゲッシュに話さなければならないややこしい事情が増えてしまったとスレイは頭を軽く押さえる。
果たしてどのようなタイミングで自らが追い求める敵であるロドリゲーニと、何故か自分のペットになってしまったディザスターの事を話すべきか、スレイには新しい悩みが増えたのだった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
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