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  シーカー 作者:安部飛翔
第三章
2話
【欲望の迷宮】地下50階
 岩盤をくりぬいたような、ごつごつとした迷宮の道を行く鷹の目団の一行。
 流石に全員がS級相当探索者というだけあって、その歩みは確かなものだ。
 今もまた、欲望に飲まれそのまま朽ちた、探索者達の魂が化けたレイス達が一行に襲い掛かる。
 しかしオグマは軽い獣化と最大限の狂化を用い、獣の力と、そのレイス達の欲望すら越えた狂気で持って、実体を持たないその霊体を、物理的に力任せに切り裂いていく。
 狂化の特徴の1つである、世界の法則を狂わせての、霊体に対する物理攻撃だ。
 リリィは浄化の風の魔法を持ってレイス達を昇天させていく。
 不死殺し(アンデッド・キラー)の特性の効果もあるのだろう、ただひたすらに圧倒的な力を持ったオグマと、魔法に長けたリリィの2人で、出てきたレイス達は、瞬きの間に片付けられた。
 何もできなかった他の4人は、やや手持ち無沙汰で、少しばかり物足りないような表情をしている。
 やはりこのパーティの中ではオグマの戦闘力はあまりに圧倒的であった。
 相性などの問題すら無視して、ただ力尽くで全ての敵を瞬殺していく。
 いつもなら、というか先程までは、他の5人と連携をとり、きちんと他のメンバー達にも経験を積ませていたのだが、恐らくはボスモンスターの居る階層、強敵が待ち受けているだろうという判断の元、オグマはほとんど他のメンバーの体力を温存させ、自分が道を切り開くという手段を取っていた。
 リーダーであるホークも他のメンバーも了承済みだ。
 だが了承しているとはいっても、やはり殆ど何もせずにオグマの後を付いて行くだけというのは暇な上にやや気まずい気分だったのだろう。
 地下50階の最奥の間と思われる広間らしき場所の入り口が見えた瞬間、ホークや他のメンバーは顔を明るいものにして、早足になる。
 そんなメンバーに苦笑しながら、オグマはゆったりとその後に続くのだった。

 広間に入った鷹の目団を待ち受けていたのは、醜悪な魔物などではなく、美しい美女であった。
 ホークがおっ、という顔をするが、流石にそのような姿形に惑わされる事は無い。
 どのような姿をしていようとも、相手がこの迷宮におけるボスモンスターだということは、探索者となった身にはすぐに分かる。
 異界の女神であるEX級ボスモンスター・ヴァナディース。
 すぐにそれだけの情報が頭に浮かんでくる。
 鷹の目団の団員はすぐさま身構えた。
 聞いたことこそあれど、EX級のボスモンスター、しかも異界の神々の1柱と相対したのは彼らにとっても始めてのこととなる。
 そのヴァナディースはただ蔑んだような視線で鷹の目団のメンバーを見る。
『ふん、こうるさい人間が来たか、ようよう己の分を弁えず欲望に長けた者達よのう。だが誇るがよい、この【欲望の迷宮】に妾が封じられてより幾年か、妾の前に辿り着いたのは貴様達が始めてだ。さて妾の財宝を得るに足るかどうか、少しばかり相手をしてやろうかの?ただしお代は命で払ってもらうがな』
 理解できない発音の言葉の意味を脳裏に直接叩きこまれ、僅かに顔をしかめる鷹の目団のメンバー達。
 そんな中、いきなり2人、リーダーであるホークとパーティ最年少のクルト、そしてドワーフのダインまでもがヴァナディースに突撃していく。
「おい!何をしている!?」
 オグマがそのように怒鳴るが、彼らが振り向く事は無かった。
 だが、オグマの優れた視力は、彼らが突撃する前、僅かに見えた横顔に欲情の色が宿っているのを見ていた。
「くっ、誘惑の魔法の類か!リリィ、あの馬鹿どもをとっとと正気に返してくれ!」
「はーい、いくよ。そーれ!」
 ふざけた掛け声と共に、突撃していった3人の頭の上から、魔力の光で輝く水が大量に降り注ぐ。
「ぷはぁっ、何しやがるリリィ!」
「冷たっ!」
「むぅ」
 3人は、ヴァナディースとオグマ達の丁度中間ぐらいの位置で、その動きを静止していた。
「何言ってるのさ!リーダーのくせにあっさりとそんな女の誘惑に引っ掛かっちゃって、全く私に感謝しなさいよ?」
『ふむ、無粋よの。せっかく妾が夢心地の内にその生を終わらせてやろうとしたのに、余計な真似をしおって』
 ヴァナディースの心胆寒からしめる言葉に、ホーク達はやっと先程まで自分達がどんな状態であったのか理解し青ざめる。
 そのままホーク達は入り口近くのメンバー達の元へ戻ろうとするが、ヴァナディースはそれを許さない。
 軽く生み出した光球をホーク達に投げつけるヴァナディース。
 ホーク達3人は辛くもそれを躱すが、凄まじい威力のその光球は、ホーク達3人と他の3人の間に巨大なクレーターを作っていた。
「なっ!?」
「危なっ!」
「くぅっ!」
 パーティの分断が目的と判断するや、オグマはあっさりと脇にいたレイナを抱え、リリィを片手で優しく握り、そのクレーターを一瞬で飛び越える。
 そうしてパーティは、広間の中央ほどで、合流を果たした。
「あんたら、何バカやってるのよ」
 レイナが冷たい視線で3人を見やる。
 あんなにもあっさりと誘惑に引っ掛かった3人に、少しばかり女としての自尊心に傷が付いたようだ。
「面目ねぇ」
「ごめん」
「すまない」
「あやまるのは後だ、それより今はあの化物をどうやって倒すかだ」
 3人の謝罪をオグマは押し留めると、ヴァナディースを厳しい目で見やる。
 そのオグマの強烈な視線にも、ヴァナディースは実に面白そうに笑うだけだ。
『ほう、妾を化物呼ばわりか、しかも妾を倒すとは実に面白い事を言う』
 オグマは思わず唇を噛み締める。
 ヴァナディースの余裕と、それを裏付けする圧倒的な力を感じとっているのだ。
「すまないが5人とも、ここから広間の端にでも避難しててくれないか?どうやらあの化物を倒すには俺も切り札を出さねばならないようだからな」
 ホークは思わず叫び声をあげる。
「オグマ、お前!まさか狂獣化するつもりか!?」
「ああ、正直俺達はこの迷宮を舐めていたようだ、まさかEXランクの異界の神なんてボスモンスターが地下50階なんかで出てくるなんてな。はっきり言って連携がどうこうでどうにかなる相手じゃない、すまないがここは俺に任せてくれ」
「……わかった」
 他のメンバーが何か言おうとするのを手だけで制し、ホークは他のメンバーを引き連れ広間の横の隅へと避難する。
 いざという時、メンバーに言う事を聞かせられるというのも、リーダーとしては優れた資質を持つ証明だ。
 そんなホークに、そして仲間達だからこそ、こんなところで死なせるつもりはない。
 ヴァナディースはそんなパーティの様子を面白そうに眺めているだけだ。
『ほう、お主、たった1人で妾の相手をするつもりかえ?』
「ああ、あんたは紛れも無く格上で、普通の手段じゃ俺達にはどうしようも無い相手だ、その気配で分かる。だから俺も切り札を使わせてもらう」
 そういうと、オグマは獣の如き唸り声をあげ始める。
 そのままオグマの肉体はどんどんと変化していき、ついには完全な巨大な獅子の姿となる。
 装備類は破れる事もなく、スッとオグマから脱げ落ちていた。
 ダインの細工の賜物である。
 なにせ獣化する度に裸になって都市へ戻り、衣装を新調しなければならないなど非効率的にすぎる。
 獣化したオグマにヴァナディースが少しばかりつまらなそうに疑問の声を上げる。
『それで、まさかそれがお主の切り札という訳ではなかろうな?もしそうならお主はできる限り残虐に殺して、それで無聊を慰めるしかなかろうが』
『ハッ、まさか。こんなのはただの前準備だ、俺の切り札はここからだ』
 念話で以って返したオグマは、そのままさらに凶悪な唸り声をあげる。
 オグマの眼からどんどんと理性が失われ、その獣の肉体は脈動し、周囲の空間が歪み、世界の法則すら狂わせ始める。
 そうして凄まじい咆哮をあげると、そこには理性を完全に失い、狂獣となったオグマが存在した。
『ほう、狂獣化か、なるほどのう。獣化の上に狂化も極めた戦士か、これは多少は楽しめるやもしれんな』
 そしてオグマは狂わせた世界の中で、超光速の世界に突入していた。
 閉ざされた円環の時系列。
 その中で、過去・現在・未来、いくつもの時系列を移動しながら、オグマは超光速でもってヴァナディースに攻撃を仕掛ける。
 対するヴァナディースもまた強大な神気を持って、自らを強化し世界を改変し、超光速の世界へと突入する。
 理性を失ったオグマのその動きを、完全に読みきって、ヴァナディースはあらゆる攻撃を防いでいた。
『ふむ、確かにたかが獣人の身で大したものだが、この程度ではとてもではないが妾を楽しませるには足りんな』
 そうして軽く突き出した手は、オグマの獅子の胴体を貫いていた。
 超光速の世界、閉ざされた円環の時系列、その始点にして終点に至り、両者は通常の時系列へと回帰する。
 そうして鷹の目団のメンバーの前には、先程まで普通に立っていたヴァナディースが深紅に手を染め、先程まで獅子が勇壮に立っていた場所には胴体に深い傷を負い倒れ伏す獅子の姿が、一瞬で時間が飛んだように、そのような光景が現出していた。
「なっ、オグマ!」
 ホークが叫び声をあげると、他のメンバーもそれぞれ叫び声をあげながら倒れ伏す獅子の元へ向かう。
 慌てて回復魔法をかけるリリィ。
 そうしてヴァナディースを睨み付ける他のメンバー達。
 だが、ヴァナディースは、もはや遊び飽きたと言わんばかりの、どうでも良さそうな表情で鷹の目団を見やる。
 実際、パーティの最大戦力であるオグマが、他のメンバーには理解すらできない領域の戦いで破れた今、鷹の目団にはもはやヴァナディースに抗する術など無かった。
「に、逃げろホーク、他のメンバーを連れて逃げるんだ」
「馬鹿か!お前を置いていける訳なんて無いだろうが」
 オグマに対し本気で怒るホーク。
 だが、そのような様子に、三文芝居でも見せられたような表情でヴァナディースは言った。
『安心せい、どの道お前達は全員この場で死ぬのだ、妾の退屈の慰めに僅かなりとも役に立った事を喜び、永遠に眠るが良い。』
 そうして無数の巨大な光球を浮かべるヴァナディース。
 そして、ヴァナディースの首の半分が無くなっていた。
『あ?』
「は?」
「え?」
「なに?」
「なんで?」
「うそ?」
「なっ、ぐぅ!」
 全員が驚きの声をあげる中、何時の間にか広間の中央には蒼く獣として標準的なサイズの狼が立っていた。
 だがその瞳に宿る知性はあまりにも深く、その姿はあまりにも美しい。
『き、貴様がなぜ!?』
 ヴァナディースの驚愕も意に介さず、蒼き狼はヴァナディースに向けて大きく口を開いた。
 恐らくは咆哮したのだろう。
 恐らくというのはその咆哮を誰も聞き取れなかったからだ。
 僅かばかり耳鳴りがしたかと思うと、鷹の目団の目の前で、ただそれだけでヴァナディースは原子の核まで砕かれて、その存在を完全に消滅させられていた。
 おそらくは迷宮のシステムがまたヴァナディースを再生するのであろうが、今は間違いなくヴァナディースは完全に、原子の1つすら残さず消え去っている。
 何も理解できず呆然とするだけの鷹の目団を、興味なさげに見やると、狼はふいっと広間の入り口を見やり、次の瞬間には消え去っていた。
「助かった……のか?」
 ホークが呟くその横で、リリィの回復魔法でオグマは順調に回復していた。
 鷹の目団は何も理解できぬままに、その命の危機を、謎の狼に救われたのであった。


面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。



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