早朝、スレイは小鳥の鳴き声に目を覚ますと、温もりを感じそちらを見やる。
そこにはフィーナが疲れ果てたように掛け布団にくるまり、スレイに抱きつき眠りについていた。
昨晩のことを思い出すスレイ。
最初は痛がっているフィーナに遠慮して優しく手加減をしていたが、治癒魔法を使いフィーナの痛みが消え去った後は、自分の体力の続く限り限界までフィーナを抱き続けた事を思いだす。
そもそも基本的な体力が違うのにそれに付き合わされたフィーナが疲れ果ててるのは当然の事だ。
自らの事ながら制御のできない欲望の大きさに、スレイは少し後悔をする。
そしてベッドから起きたスレイは、服を着て、宿へ帰る旨を書いた手紙をテーブルの上に乗せると、フィーナの寝姿を正してやり、窓から周囲を見やり誰もいない事を確認すると、そのまま窓から飛び降り宿舎から立ち去った。
宿に戻ると、どうやら朝食の仕込み中だったらしいフレイヤと、宿を入ってすぐのカウンター越しに遭遇する。
フレイヤはスレイを見ると、しょうがない子ねぇ、とばかりに苦笑して、1つ難しい注文をしてきた。
「スレイさん、申し訳無いのですが後でサリアに謝ってあげてくれますか?あの娘ったら昨日はスレイさんが帰って来るまで起きてる、なんて言ってなかなか眠ってくれなくて。恐らく起きてきたら不機嫌でしょうから、スレイさんから一言謝っていただけると、すぐに機嫌も直るでしょうし、助かるのですけど」
連絡無しの朝帰りに若干罪悪感を抱いていたスレイは、フレイヤの頼みを二つ返事で引き受けた。
「ああ、そのぐらいならかまわない。どうやらサリアにも勝手に朝帰りをして心配をかけたようだしな」
フレイヤは、ふとその笑みを妖艶なものに変える。
「あら?わたしだってスレイさんのことを心配していましたよ?そう、色々な意味で、ね?」
「勘弁してくれ、埋め合わせは今度するから」
スレイの困った様子にくすくすと笑いながらも、フレイヤは続ける。
「あら、そんなことを言ってしまっていいんですか?わたし高い女ですよ?」
からかうようなフレイヤに、本当に参ったようにスレイは言った。
「本当に、勘弁してくれ」
朝、起きてきたサリアはスレイの姿を見るなり、つーんと不機嫌な様子を見せてそっぽを向いた。
スレイはそんなサリアに、優しい声色で話しかける。
「サリア、昨日はごめんな。どうやら心配をかけたみたいで」
サリアはそんなスレイの言葉にすぐスレイの方を見そうになるが、何とかそのままそっぽを向き続ける。
「ふーんだ、ちゃんと帰って来ないスレイお兄ちゃんなんてスレイお兄ちゃんじゃないもん」
幼子の稚気に満ちた言葉に、スレイはしかしそこに本気があることを分かっているので、しゃがみこみサリアの目線に高さを合わせ、何とかサリアの視線を自分の方に向かせようと話しかける。
「本当にごめんよ、変わりに今日の朝はサリアと遊んであげるから機嫌を直してくれないかな?夜もなるべく早目に帰ってくるようにするから」
スレイは喋りながらも、いつの間にかこの宿屋に帰って来ると言い、大分愛着を持っている自分に気付き苦笑する。
「本当?もう帰ってこなかったりしない?」
いつの間にかこちらを向いていたサリアが聞いてくる。
「ああ、もしかしたら用事があって帰ってこれないこともあるかも知れないけど、その時はちゃんとサリアに教えるよ」
スレイの言葉にサリアは機嫌を直したようで、顔を笑みに変えるとスレイにいつものように抱きつき、要求をする。
「うーんとね、それじゃあね、朝は色々遊んでね?それで夜は絵本を読んでね」
スレイは苦笑して、今の自分を心で笑いながらも了承の返事をした。
「ああ、分かったよ」
朝食後、約束通りスレイは朝の間はずっとサリアと遊んであげたのだった。
【猛牛の迷宮】地下25階
昼になってから探索へと出たスレイは、上級者用の迷宮と等しい難易度の孤狼の森を攻略した事もあり、上級者用の迷宮の数々を無視して、ついに未知迷宮の一つである【猛牛の迷宮】へと挑戦していた。
しかし未知迷宮とは言っても今までのところ出てきているのは、ミノタウロスや牛鬼など、猛牛の洞窟の名に相応しく、それでいながら大陸のモンスターと島国の妖怪というアンバランスな構成のA級のモンスター達ばかりだ。
今となってはA級のモンスターなどはスレイの敵ではなく、怒涛の勢いで地下25階まで進んで来ていた。
ちゃんと敵からは換金用の部位を剥ぎ取りアイテムも集めている。
なにせ今は急な出費の所為で懐が寒い状態だ。
今の時点でも換金すれば、もう今のところは金銭の心配は無用になるだけの量は集めている。
だが昨日のフィーナとのデートの様に、いつ何時急な出費があるか分かったものではない。
そう考え、金銭面でも今後は余裕を持つ事にしようと考え、換金用のアイテムを集めるのは止めない。
それでも驚異的なスピードで突き進んで行くスレイは何やら今までとは違う雰囲気の広間へと踏み入っていた。
この迷宮は徹底的に人の手が入った様に見える迷宮で、整然と並んだブロックで上下左右ともに固められ、足場も硬く、本当に人工の迷宮という感じで、それはこの広間でも変わらない。
それでいながら周囲に照明のようなものは無いのに明るさが一定で保たれているのが流石に神々が創った迷宮というところだろうか。
だがこの広間は何やら今までとは雰囲気が全然違っている。
事前に知っていた情報通りかと、スレイはすぐに臨戦態勢に入り闘気を巡らせ確かめてみる。
思っていた通り闘気は全く使えなかった。
この迷宮は、既に地下75階までは探索されている未知迷宮である。
神々の結界により、地下25階にはこのように闘気が全く使用できない広間があり、地下50階には逆に魔力が全く使用できない広間があり、地下75階には闘気も魔力も全く利用できない広間がある。
地下25階と50階の広間に関する情報は、それぞれその階層を最初に攻略したパーティから齎されたが、地下75階の広間に関する情報は、なんとか敵から逃げ出しその広間を脱出したパーティから齎された。
その為に、地下75階の広間の情報はあるが、地下75階を攻略したパーティは全く居ないという事になっている。
なにしろ、闘気も魔力も無しでS級のモンスターの群れと戦わなければいけないのだ、流石にこの都市にいるS級相当探索者のパーティでも攻略不可能な難易度である。
例え都市の外にいるSS級相当探索者達がパーティを組んで挑んだとしてもかなり難しいものがあるだろう。
そのような事を考え、闘気での強化を放棄し、魔力操作のみの強化を果たしたスレイの前にミノタウロスと牛鬼の群れが現れる。
スレイは魔力操作のみの強化でのトップスピードである亜光速で以って群れを縦横無尽に斬り裂いて行く。
魔力操作の強化である為、亜光速に至っても物理法則に拘束を受ける事無く存分に暴れられる。
ミノタウロスの首を刎ね、牛鬼を縦に真っ二つにする。
ミノタウロスの巨体から繰り出される大斧の一撃を思考加速の所為でスローモーションに感じながら、軽く手を添えて逸らし別のミノタウロスにぶつけ同士討ちさせ、ついでのそのミノタウロスの心臓を突き刺す。
地に這う牛鬼の上を回転して飛び、その首を勢いのままに刎ねる。
何十という敵モンスターを瞬時に葬り去りながら、スレイはその亜光速の動きで返り血一つ浴びる事なく、アスラとマーナは血を啜り精神を喰らってその妖しい輝きをますます強くする。
そしてスレイは敵の只中に出来た空白地帯に立つと、炎の精霊王の力を借りた魔法を以て一気にモンスター達の一掃を図る。
地を這い敵モンスターに絡み付き、敵モンスターを消滅させていく炎の龍。
その中で、一部のモンスター達が大したダメージを受けた様子も無く普通に立っているのに気付きスレイは微かに不思議に思う。
A級モンスター・ミノタウロス達の一部だ。
スレイは良く観察すると、ミノタウロス達の中でも焼滅しなかった者達の装備を見て納得する。
完全な耐火性能を誇る魔法のアイテムを装備していたのだ。
元々、ミノタウロス達の素の能力は本来はB級モンスター程度に過ぎない。
ミノタウロス達をA級モンスターたらしめているのは、その知性である。
知性を持ち様々な装備やアイテムを使いこなすが故に、ミノタウロス達はA級モンスターのカテゴリに入っているのだ。
耐火装備をしていたのはごく一部とは言え、元々の数が数である。
かなりの数のミノタウロスが残ってしまっている。
スレイは仕方なく、水の初級魔法で以て水弾を生み出し発射しミノタウロス達に当てる、勿論水の初級魔法程度ではミノタウロス達は碌なダメージは受けない。
しかし続いてスレイは、思考分割で構成し用意していた風の中級魔法の雷撃を、呪文を高速詠唱し解き放つ。
元々水の初級魔法(勿論純水では無く電解質を含んだ水である)を受け濡れていた所に、雷撃を受けたミノタウロス達は大ダメージを受ける。
そして広間のモンスター達は全滅した。
スレイはそのまま休む事なく探索の続きを開始する。
【猛牛の迷宮】地下50階
ここまでは相変わらずA級モンスターのミノタウロスや牛鬼ばかりが出てきたが、時々S級モンスターのエアレーや牛頭鬼も混ざるようになっていた。
だが、闘気術と魔力操作の併用を用いた純光速で以って鎧袖一触に敵を葬り去りながら、思考加速と思考分割によりその速度を完全に制御し保ったまま迷宮を突き進んできたスレイは、あっさりと地下50階の広間まで辿りつく。
広間において魔力操作が強引に解除され闘気術のみに切り替わるのを感じたスレイは、そのまま敵の出現を待ちながら余計な事を考える。
自分はどれだけ迷宮に眠る宝に縁が無いのかと。
なにせ迷宮を地下50階まで突き進んできたというのに、選んだ道は完全な最短ルートで、迷宮に眠るという宝物の類を一度も見れていないのである。
それがこの迷宮だけというならともかく、探索者になってから一度も見たことが無いというのだから、運勢:Gというのが迷宮探索においてはどれだけ影響があるのか知れるというものだ。
そんな事を考えながら敵の出現を待っていると、スレイの前にどこからともなく大量のモンスター達が現れる。
分類としてはA級モンスターのミノタウロスと牛鬼、S級モンスターのエアレーや牛頭鬼が半々と言った感じであった。
スレイは闘気術のみでトップスピードの亜光速へ一瞬で到達し、敵の只中を完全に制御した機動で通り抜けていく。
魔力操作が使えず物理法則に干渉していない亜光速の動きは、ただそれだけで空間を歪める程の衝撃波を発生させ、スレイが通りぬけた後に周囲に存在したモンスター達は衝撃波に巻き込まれズタボロになる。
S級モンスターのエアレーや牛頭鬼はその生来の頑丈さを以って何体か生き残っていたが、スレイは遠距離より刀を亜光速で振るい発生させた空間を歪める衝撃波で以って追撃を行い、一気に敵を全滅させる。
しかし闘気術のみで、つまり物理法則に支配されたままの状態で亜光速を出した反動はスレイの肉体に返ってくる。
スレイの肉体は内側も外側もボロボロとなり、流石に特殊な素材で作られてるだけあって装備だけが問題の無い状態だ。
スレイはとりあえず広間から出て治癒魔法を自らに掛けるため、足元が定まらぬままに次の階へと下りていった。
【猛牛の迷宮】地下75階
治癒魔法を自らに掛け回復したスレイは、やはり闘気術と魔力操作による純光速と思考加速と思考分割による緻密な制御で、鎧袖一触に敵を切り裂き倒しながら、アイテムの回収のみは忘れずどんどんと迷宮を突き進んできた。
出てくるモンスターは全部S級モンスターとなりエアレーや牛頭鬼の他モレクといった新しいモンスターも出現したが、今のスレイにとっては問題のある敵ではなかった。
そして問題の地下75階の広間へと辿り着く。
広間に入った瞬間、スレイは闘気術も魔力操作も強引に解かれて、闘気も魔力も全く使えない状態となったのを理解した。
そんな中で登場するS級モンスター達。
エアレーや牛頭鬼、それにモレクといった面々が大集団でスレイに襲いかかってくる。
強化が使えないとは言え、スレイの敏捷はSSSである、素の状態でも既に雷速の動作は可能となっていた。
まずは小手調べに超音速で刀を振るいその衝撃波で以って攻撃を仕掛けてみる。
しかし流石にS級モンスター、その程度の衝撃には耐えて見せる。
そこでスレイは1体1体斬り裂き倒していくしかないと覚悟を決める。
アスラとマーナを見ると今にも敵の血を啜り精神を喰らいたそうに妖しくも惹き込まれる輝きを強め鼓動のようにその輝きが大きくなったり小さくなったりしている。
スレイは愛刀の輝きに後押しされるように、敵の只中に雷速で飛び込んで行く。
スレイが飛び込んで生じた衝撃波にもビクともしなかった敵モンスターの数々を、アスラとマーナを存分に振るい的確に仕留める。
エアレーの首を刎ねる、牛頭鬼を頭頂から真っ二つに縦に切り裂く、モレクを肩口から斜めに切り裂く、敵の攻撃は易々と受け流しスレイは敵の中心で死の舞踏を舞う。
敵モンスターを斬れば斬る程アスラとマーナの妖しい輝きは増し、スレイの動きも洗練されていく。
剣技上昇、刀技上昇、二刀流、無拍子、と言った刀術に関係ある特性が実戦で使われる事で噛み合い洗練し昇華され、スレイ独自の刀術を編み出して行く。
力はスレイより敵モンスターの方が強いため、敵の攻撃はそのベクトルをずらしギリギリで受け流す。
何時の間にかスレイは敵の力を受け流すのみならず、敵の力のベクトルを操作して、自らの攻撃へと活かせるようにすらなっていた。
そして、出てきた敵モンスターは全てスレイの素の状態での戦闘力を高める為の糧となり、全てが血の海に沈んでいた。
流石に躊躇うも、その血の海から、換金用の部位やアイテムを回収し魔法の袋へと入れていく。
回収が終わるとすぐに階段を下りて、とりあえず広間を脱出する。
次に水の下級魔法で自分に付いた返り血を洗い流すと、風の下級魔法と火の下級魔法を組み合わせ自分の服と身体を乾かす。
ついでに、敵との戦いの中で最後に微妙に違和感を感じたのと、この迷宮に入ってからまだ一度も能力値を確認してない事を思い出し、スレイはカードを取り出し、能力値を表示した。
スレイ
Lv:40
年齢:18
筋力:A
体力:S
魔力:A
敏捷:SSS
器用:S
精神:EX
運勢:G
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、神殺し(ゴッド・スレイヤー)、双刀の主
特性:天才、闘気術、魔力操作、闘気と魔力の融合、思考加速、思考分割、剣技上昇、刀技上昇、二刀流、無拍子、化勁、高速詠唱、炎の精霊王の加護、炎耐性、毒耐性、邪耐性、神耐性
祝福:無し
職業:剣鬼
装備:紅刀アスラ、蒼刀マーナ、鋼鉄のロングソード×2、ミスリル絹のジャケット、ミスリル絹のズボン、牛鬼の革のスニーカー
経験値:3986 次のLvまで14
預金:1280コメル
新しい特性が追加されているのを見つけ、戦いの最後に感じた違和感はこれかと、納得する。
敵の力全てを利用でき、そのベクトルを操作し、自らの力へと変える特性。
化勁について認識すると同時に、そのようにスレイの脳内へと刻まれる。
そして他にもそれら特性を全て活用し昇華することで、スレイは自分が自分の為だけの全く新しい刀術の流派を編み出そうとしていることにも気付き、自分が剣士として成長を果たしている事を理解する。
そのことに喜びを感じると、スレイは最後に治癒魔法を自らに掛け、流石に魔力回復薬を飲んで魔力を回復させると、今度は強化を使わずに迷宮を先へと進んでいった。
【猛牛の迷宮】地下100階“軍神の間”最奥の広間
この階層まで、代わり映えのしないS級の敵モンスター達と、強化の無い素の状態のままで戦い続けて、スレイの刀術は更に洗練され、完成度を増していた。
そして辿り着いた迷宮の最下層の最奥の広間。
広間の手前で立ち止まったスレイは奥から漂ってくるプレッシャーに眉を顰める。
間違いなくそのプレッシャーはかつて戦ったシェルノートの一部や天狼を軽く越えていた。
つまりこの奥には恐らくはEX級の敵が居るという事になる。
更には広間からは地下75階と同じ違和感が漂っている。
このまま突撃していたら、闘気も魔力も封じられた状態でEX級の敵と戦わなければならなかったという事になる。
あまりにも無茶な難易度設定に、スレイはこの迷宮を創った神々に対し、思わず罵詈雑言を脳内に浮かべる。
だが何にせよ広間に突入する前に気が付けて良かった。
スレイには神々の結界すらも無効化するエーテルによる強化という切り札がある。
なによりそれ以前に、敵がEX級だというのならば、エーテルによる強化を使わなければとてもじゃないが太刀打ちできないだろう。
スレイはそのまま広間の前で闘気と魔力を融合させる。
不純物が相殺し除去され純粋なエーテルのみを身に纏わせ巡らせるスレイは、感じる全能感を振り切り、敵と自分との戦力差を冷静に判断できるように精神を集中させる。
静かに双刀を抜き放つ。
ここに至るまでの間にたっぷりと敵の血を啜り精神を喰らった双刀は、また力を増してより妖しい輝きを放っている。
この刀を扱いこなし相応しい主でいる為にも、もっと強くある必要があるだろう。
スレイはそのまま最奥の広間へと突入していった。
一瞬違和感がスレイを襲う。
だがエーテルによる強化は解かれず、逆にその違和感を打ち消して、スレイはエーテルによる強化を保ったままその場に立つ。
やはりエーテルによる強化の前では、神々の結界すら無意味だった、そのことを確認し、広間の奥へと視線を移す。
奥には四目六臂で人の身体に牛の頭と蹄を持つ、巨大な化物が佇んでいた。
脳裏に自然と情報が浮かぶ、EX級モンスターにして神々に召喚された異界の神たる蚩尤である。
上級者用のダンジョンからは、世界にただ一体しか存在しない化物が、ボスモンスターとなる。
そして何度倒しても、神々の遺した魂と肉体を回復させる秘儀でその日の内に復活を果たすのだ。
あるいはこの世界の神々とは相当悪趣味なのではないかと、スレイは思う事がある。
ましてや目の前に在る存在は、聖戦の戦力としてこの世界の神々が強引に呼び寄せた異界の神である。
自分達と同格であるそのような存在を縛りつけ、迷宮のシステムに組み込むとは大概であろう。
スレイがそのような事を考えていると、蚩尤がスレイに目を向けてきてゆっくりと口を開く。
『また小うるさい探索者か、ここを探索者が訪れるのはいったい何百年ぶりであろうな?しかも今回は尻の青い小僧っ子が1人だけか。群れるのがお得意な探索者のくせに1人でここを訪れるとはな、ここを訪れた者は群れていても例外なくあの世を送ってやったというのに、よほど命が惜しくないと見える。まあ良い、お主も先達達の後を追わせてやろう』
蚩尤が発音しているのは理解のできない言葉だが、脳裏にその意味が自然と叩き込まれる。
どうやらギルドでも把握していない事実として、数百年も前にはこの迷宮のここ最奥の広間に辿り着いた者達が居るらしい。
そしてどうやらここに辿り着いた者達は皆、蚩尤にその命を奪われたようだ。
さもあらん、目の前の蚩尤から漏れ出てくるその神気に邪気はとてつもなく強力で人が敵うとは思えないほどだ。
だがスレイは負ける気が全くしなかった。
ここに辿り着くまでに磨き上げた刀術が、そしてエーテルによる強化が、そして成長したアスラとマーナが、自らの力への確信となる。
躊躇いも無かった、いくら強引に召喚された存在とはいえその邪悪さは容易に感じ取れるし、蚩尤自身の台詞からもかつてここを訪れた何組もの探索者を殺していることは明らかだ。
なのでそのままあっさりと超光速の領域に突入すると、無拍子と自ら自然に編み出した特殊な歩法を用い、時系列を超越して過去・現在・未来の無数のスレイがシユウの懐に入り込み、構えも溜めも無く、それでいて全開の威力で、それぞれ別々の攻撃を仕掛ける。
あるスレイは斬撃を、あるスレイは刺突を、あるスレイは居合いによる攻撃を、ある者は空中に魔法で足場を作り上空からの攻撃を、スレイの高位多次元機動を以ってあらゆる方向からアスラとマーナが蚩尤に迫る。
流石にEX級の力を持つだけあって、超光速に突入したスレイの動きに反応して見せた蚩尤は驚愕し、自らも超光速の次元に突入する。
蚩尤がどこからともなく取り出した楯によって、過去のスレイの攻撃は未来の蚩尤に防がれ、現在のスレイの攻撃が過去の蚩尤に防がれ、未来のスレイの攻撃が現在の蚩尤に防がれと、超光速の次元の中で、時系列が入り乱れ、無数のスレイと蚩尤が衝突する。
だが同じ超光速であっても速度は同等でなくスレイの方が上であった。
どんどんとスレイの時系列上の各点に干渉する数が増え、その物量に押し込まれ、ついには蚩尤の肩が切り落とされる。
『ぐぉぉッ!!このっ、小僧がっ。調子に乗るなっ』
どの時系列での蚩尤かは分からないが、その台詞を吐くと同時に時系列を越えて存在する無数の蚩尤の中の一部がどこからともなく取り出した戦斧を振り回し、スレイに反撃しようとする。
だが全てのスレイがその攻撃を躱し、受け止め、ベクトルを操作し受け流し反撃し、どのスレイもダメージを受ける事無く、逆に一部のスレイは化勁を使用して、逆に蚩尤に対してより大きなダメージすら与える。
『がぁぁッ!!』
蚩尤はその事に気付くと、時系列上の各点に存在する中の一部の蚩尤が、今度はどこかから弓矢を取り出し、全てのスレイを射て来る。
同じく時系列上の各点に存在しているスレイは、全員がその攻撃を様々な手段で対処し防ぐと、今度は一部のスレイがスゥッと、超光速に突入している次元の中ですら、全く動作の入りを見せずに、全ての蚩尤の背後に回る。
今度は防ぐ暇すらも与えなかった。
容易く全ての蚩尤のその牛の頭が刎ね飛ばされる。
そしてスレイは動きを止める。
片やは死に、片やが動きを止め、スレイと蚩尤は始まりの一点、通常の世界の時系列上に回帰する。
とたん、蚩尤の頭はそのままごろごろと転がっていき、身体はそのまま崩れ落ちた。
あまりにも一方的な戦いであった。
EX級である異界の神たる蚩尤を、スレイは完全に圧倒して勝利したのだ。
スレイは天狼の戦いとこの迷宮の中での、自らの急激なほどの成長を改めて実感していた。
だがまだまだこんな物では足りないと分かっている。
なにせ下級の邪神でさえこの蚩尤より上位のEX+級なのである。
最上級の邪神と呼ばれる憤怒のイグナート。
測定不能とされる者達の中でも更に頭抜けて強力な存在。
シェルノートの一部が語っていた、無数の高位多次元世界を一瞬にして消滅させたというその力は如何ほどのものか。
まだまだ力を磨き上げる必要があるとスレイは気を引き締め直す。
スレイは蚩尤が何処からか取り出した楯と戦斧と弓矢を回収し、さらに蚩尤の身体から換金できそうな部位をあらかた採取し魔法の袋にしまうと、カードを取り出し、全能力値を表示してみる。
スレイ
Lv:43
年齢:18
筋力:A
体力:S
魔力:A
敏捷:SSS
器用:SS
精神:EX
運勢:G
称号:不死殺し(アンデッド・キラー)、神殺し(ゴッド・スレイヤー)、双刀の主
特性:天才、闘気術、魔力操作、闘気と魔力の融合、思考加速、思考分割、剣技上昇、刀技上昇、二刀流、無拍子、化勁、高速詠唱、無詠唱、炎の精霊王の加護、炎耐性、毒耐性、邪耐性、神耐性
祝福:無し
職業:剣鬼
装備:紅刀アスラ、蒼刀マーナ、鋼鉄のロングソード×2、ミスリル絹のジャケット、ミスリル絹のズボン、牛鬼の革のスニーカー
経験値:4202 次のLvまで98
預金:1280コメル
そうしてLvと能力値のみならず、なぜか特性に魔術師系の無詠唱まで追加されている事に疑問を覚えるも、自らの成長を確認したスレイはそのまま比翼の首飾りで迷宮を脱出するのだった。
面白いと思ってもらえたらどうぞ宜しくお願いします。
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