「あ~、心配だ。郷里に置いて来た、妻と息子は大丈夫だろうか?何処かの勢力に攻められてはいまいか?く~っ、気になって仕方ねぇっ!」
「父上、しっかりなさってください!仮にもディラク最高の剣士と呼ばれる鬼刃ノブツナともあろうものが、そんな有様でどうするのですか!?」
ストレートの腰程まである黒髪と深い黒瞳に白い肌の、なんとも美しい少女が自分の父親を叱咤する。
「それに母上とて鬼姫トモエと呼ばれ恐れられるS級相当探索者、そして兄上に至っては智謀においては父上など比較にならない策士としてディラク中にその名を知られている神童ノブヨリ。はっきり言って刀術しか能の無い父上を置いて来るよりずっと安心できます」
そのあまりにも容赦の無い自分の娘の突っ込みに、肩程までの黒髪に黒瞳で三白眼の、筋肉が極限まで絞りこまれた細身の、幽鬼の如き佇まいで隙一つ見せない、40代でありながら20代に見える男、鬼刃ノブツナがなんとも情け無い表情をする。
「シズカ、お前、最近トモエに似て本当に容赦が無くなってきたな」
鬼刃ノブツナと、その父親に似ていない美少女である娘シズカが、いつもの如く繰り広げる光景。
あまりにもいつも通りの馬車内の会話に、そろそろ厭きすら抱いてきた女、灰色の髪と灰色の瞳を持ったしなやかな身体と鋭い美貌を併せ持った美女、シチリア王国宮廷騎士団長兼宮廷魔術師団長たる魔狼フェンリルだが、それでもいつも通りにノブツナに対して純然たる事実を述べる。
「シズカ殿の仰る通りでしょう。ノブツナ殿の細君トモエ様の勇猛さは我が国でも有名ですし、ご子息ノブヨリ様の知者ぶりも我が国においてすら知れ渡り、探索者でも無いのに神童の二つ名を持つほど。なにより群雄割拠のディラクにおいても、もはや他の国など比較にならないほどに貴方の国は成長されディラク統一も近いと言われています。今更何を心配すると言うのですか?」
ところが今回は珍しいことに、フェンリルの主であるシチリア王国の国王アイスからフォローが入る。
「そう言うなフェンリルよ、父親が妻や子を心配する気持ちは私にも良く分かる、私とて国に残して来た妻と子が心配で夜も眠れないくらいだ。ましていくら統一が近いと言われているとはいえ、未だ戦国時代と呼ばれる群雄割拠の島国ディラクにその家族を残して来たノブツナ殿の心境、察するにあまりある」
氷の如き能面のまま、灰色の髪に碧眼の壮年の男、アイスから吐き出される気遣いの言葉。
流石にそれにはフェンリルのみならず、ノブツナもシズカも、驚きのあまりに凍りついた。
氷王アイス。
非情な、あまりに厳格な治世と、常に能面の如き凍り付いた表情を変えない事から与えられた、シチリア王国の国王に与えられた二つ名である。
探索者でも無いのにそんな二つ名を与えられる、常に氷の如き自分の主から発せられた気遣いの言葉にフェンリルは流石に耳を疑った。
しかしノブツナはすぐに立ち直ると、アイスの言葉に対し共感し、感動したような表情を見せる。
「おう、アイス殿は分かってくれるか!やはり同じく妻と子を持つ身、たとえ問題は無ぇだろうと理性で分かっちゃいても、万が一の事を考えてしまう心ばかりはどうにもならねぇよなぁ~!」
「ああ、私も国に残して来た妻は慈母などと呼ばれ、娘も慈愛の姫などと呼ばれ、どちらも国民から愛され、決して問題無いとは分かっていても、常に心配ばかりせずにはいられん」
どこまでも氷の如き凍り付いた表情と声音で、しかし吐き出される言葉はあまりにも普通の父親らしく、フェンリルはただただ呆然としていた。
シズカも同じようである。
しかしノブツナは、本当にアイスの言葉に感動したようで、アイスに対し酒の誘いをして語り合おうとする。
「俺なんかたぁ違って、その治世と知略の完璧さ故に氷王などと呼ばれるアイス殿でも、家族のこととなるとその氷は溶けるようだなぁ?さぁ、どうでい、ここは一つ一献やりながら、共に家族の事について語り明かそうじゃねぇか。なに、まだ夜は長く、目的地も遠い」
ノブツナの言葉にアイスはフッと僅かに表情の氷を溶かしかすかな笑みを見せると、承知の意を示す。
「そうだな、互いに家族のことについては話題もつきなさそうだ。是非付き合わせて頂こうか」
そうして始まる2人の酒盛り。
シズカはフェンリルに対し、恐々と訊ねた。
「あの、アイス様があのような事を言うのって珍しく無いんでしょうか?」
なにせ今までが今までだ、いつも同じ様な事をやっているのに今回に限って見せたアイスの姿にシズカは驚きを隠せないでいる。
同じく驚きを隠せずにいるフェンリルは、首を横に振る。
「いや、あのような主の姿は初めてだ……、と言うかあんな姿は知りたくなかった気がする」
突然、そんなフェンリルに声がかけられる。
「そういえばフェンリルよ、以前聞いたが18歳と我が子らと同じくらいの年ながら、迷宮都市で探索者になっている有望な若者がいるという話だったな?いくら老いて引退した身とは言え、なんでもあのクリス爺とアース爺がたかが1年半で戦闘だけなら自分を超えたと太鼓判を押したとか、なんという名であったか?」
突然の問いに反応が遅れるも、すぐさま思考を切り替えるとフェンリルは静かに答えを返す。
「スレイと申す者にございます主よ」
ノブツナも横から口を出す。
「へぇ?俺だってもっと若くから探索者になっていたし、18歳で探索者になるってのは別に珍しくも無い話だと思うんだが、そのクリス殿とアース殿というのは?」
アイスが答える。
「5年前まで我が宮廷騎士団に勤めていた騎士と、宮廷魔術師団に勤めていた魔術師ですよ。元A級相当探索者で、団内においてもなかなか上位の者でありました」
ノブツナは上機嫌に笑う。
「ほぅ、そいつはまた。元A級相当探索者で、大陸においては北の狼と謳われるシチリア王国の宮廷騎士と宮廷魔術師だった者達が、僅か1年半で自分を超えたなどと揃って太鼓判を押すとは。武においては我が息子に見習わせたいところですな」
そうして、自分の家族とスレイという名の青年の話を酒の肴に盛り上がる2人。
シズカがフェンリルに訊ねる。
「そんなに凄いんですか、そのスレイという人?」
笑って答えるフェンリル。
「ふむ、そうですね。実際に見た事はありませんが、才能のみなら私でさえ比較にならないだろう、などと言っていましたね、あの爺たちは」
そしてフェンリルは考え込む。
「なんにせよ、そうか。クロスメリア王国を訪れる以上、あるいは会う可能性も無きにしも有らずか。その時は将来に備えてスカウトでもしておくか」
そんなフェンリルに対しシズカは。
「ふーん、そうなんだー。私と同じくらいの年でそれだけ凄いんだったら、私も会ってみたいなー」
と、純粋な好奇心で呟いていた。
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